こんばんわ。村山恭平です。
 前回は万博会場が極めて地震に弱いという話をしました。では、会場で大きな地震に遭遇した入場者はどうしたらいいのでしょうか。

島からの脱出は考えても無駄

 一番大事なのは、夢洲からの脱出は考えないということです。一刻も早く逃げ出したい入場者が、数少ない橋やトンネルに殺到してパニックになりかねません。身動きがとれなくなったところで、余震、火災、津波が来たら助かりようがありません。
 次に避けるべきなのは、タイプAの海外パビリオンです。斬新なデザインが売りの設計ですから、耐震性など本質的に分からないのです。逆に、タイプX、タイプB、タイプCなどはありふれたプレハブ造りですから、屋内での落下物や火災の可能性が無い限り無事です。それでも、ひとまず揺れが収まったら、外に出て出来るだけ建物のないところに行って救助を待ちましょう。

 地震直後に一番怖いものは火事です。レストランなどの火の元になりそうな所からも離れるのは当然としても、それだけでは済みません。夢洲名物のメタンガス問題があります。地震の揺れでガスが吹き出し発火したり、それが地下室などに充満して爆発することにも注意がいります。ヤバそうなところにも近づかないことです。

津波に遭ったらさようなら

 では、津波の心配のあるときはどうしたらよいのでしょうか。幸い、大阪湾は歴史的にも津波の記録の少ない場所です。付近では、能登で発生したような逆断層型の地震が、あまりおこらなかったからです。「今後も絶対におこらないか」とか、「逆断層型でなければ津波は無いのか」、などと言わないでくださいね。そもそも、人工島の0m地帯に行っておいて、津波の心配するほうがどうかしているのですから。

 近くでおこりそうな逆断層型の大地震といえば、東南海地震や南海地震です。津波の到達まで10分とか20分とか言われています。ただし、巨大地震の場合、地球上のどこでおこっても、津波がやってくる可能性はあります。現にチリ地震(1960)では、三陸地方で大きな被害が出ました。丸一日ぐらいかけて大津波がやってきたのです。こういうのは逃げる時間はたっぷりある......というより、その日は朝から会場自体が閉鎖でしょう。

 以上のことをまとめれば、東南海や南海地震に備えて、地震後10分程度で避難することを考えておけばいいわけです。それ以外の状況は、「逃げる必要がないか、逃げようがないか」のどちらかですから忘れましょう。
 ではどこへ逃げるか。頑丈な建物の三階以上に上りたいところですが、会場内にはあまりありません。もちろんタイプAに逃げ込むのはやめたほうがいいでしょう。国内の企業団体パビリオンやタイプB、C、Xの外国展示館は基本的にプレハブですが、とりあえず避難場所にはなりそうです。けれども、日時によっては数万人もいそうな観客やスタッフの避難場所には、足りそうもありません。

最後の望みはリング様

 というわけで結局、例のリングの上に逃げることになりそうです。確かに、大きくて探しやすく、開放的なのでメタンガスや火事の煙の危険も少ない。理想的な避難場所なのかもしれません。もし私が万博担当大臣だったら、「リングは日傘になもなる」などというマヌケな台詞の代わりに「津波の避難所になる」と言えば、一定の理解は得られたでしょう。ただし、これには「リングが地震にも津波にも耐えられる」という条件がつきます。
 身も蓋もない話をすれば、津波を想定しながら大阪万博の話をすること自体が、野暮なのかも知れません。島内に越流するような規模の津波が発生したら、軟弱な表層地盤が丸ごとえぐられ、ベタ基礎の構造物(つまり島内のほとんど全ての建物)が片っ端から倒壊する可能性は低くないでしょう。そんな事態になればリングは全壊、木材は水に浮きますから、津波の高さによってはきれいさっぱり流され、波の彼方に消えてしまうこともありえます。

 延々とリスクの話ばかり書いていると「万博の開催期間はわずか半年。その間に大地震が来る確率はわずかだし、大津波がやってくる確率はもっとわずかなんだから、気にするな」という声が聞こえてきそうですが、だったらIRはどうなんでしょう。今後数十年単位で考えれば、東南海地震や南海地震がやってくる確率を無視することは無責任です。
 地震が来れば、津波やらメタンガスやらの危険は、カジノなんかよりよほどスリリングです。バカラやルーレットで全財産を失うことはあっても、命まで要求されることはないのですから。

 こんばんわ。村山恭平です。
 久しぶりに万博の話です。元旦に能登を襲った地震、万博に関する議論にも大きな影響がありました。けれども、ほとんどが資材や人材、それにお金を能登の復興に回すべきだという復興優先論です。もちろん、私もそう思いますが、もう一つの大事な論点がほとんど無視されていませんか。「開催中に能登と同様の地震が大阪南部でおきたら、入場者やスタッフの安全は確保できるのか」ということの点検です。

基礎の話の基礎の基礎

 今回は、最初に少し解説をしておきます。建築の土台、基礎の話です。何か建物を作る場合、よほど軽いもの以外は最初に基礎工事というのをやります。建てたものが自分の重さで地面にめり込んだり、傾いたりしたら困るからです。
 基礎には大きく分けて2つのタイプがあります。いわゆるベタ基礎と杭基礎です。ベタ基礎の場合は、建物のできる場所に板状にコンクリートを流します。固まれば、人工的に作った堅い地面になるので、その上に柱を立てて骨組みを作っていきます。
 個人宅など比較的小型の現場で使われる方法で、安くて工期が短いのが利点ですが、もともとの地盤が軟らかかったり、建物が重すぎたりすると、このベタ基礎自体が沈んだり傾いたりしてします。
 そのため、一定以上の規模の建物では、地下深くにある堅い地層(支持層)まで多数の杭を打ち込んで、その上に柱を立てて骨組みを作るという方法がとられます。鉄筋コンクリートの建物や四階建以上の鉄骨のビルはこの工法で、タワマンなどの超高層ビルはこれに含まれます。
 しかしこれは大変な工事です。たとえば、大阪帰宅のフェスティバルタワーなど、数千人収容のホールの上に高層建築を作るという世界的に例の少ない特殊な物件で、杭基礎の深さは86mにもなります。当然、膨大な費用と工期がかかってしまいます。

夢洲の現実

 万博の会場のある夢洲は、昔のゴミの埋め立て地で地盤が極端に弱いところです。人工島などの埋め立て地では、大地震時に地盤の液状化がおこることは常識です。能登でも発生しましたし、阪神大震災のときには神戸市沖の人工島では大きな液状化が発生しました。これらの島は、山間部を造成したときに出た土砂で作られたもので、もともと街をつくるためにできた場所ですから、夢洲よりもかなりマシな地盤です。
「夢洲では液状化の問題はおきない、もとから液状の地盤なんだから」などというジョークがありますが、いまだに新鮮なメタンガスが地下ポコポコ発生していることを考えれば、笑っている場合ではないでしょう。
 こういうところに建築物を作るときは杭基礎一択です。ところがリングの場合、6000本ある全ての柱で杭工事をしたら数十億円は吹っ飛びます。おそらく、何か「マジック」をして省略したのでしょう。閉会までの間、自主的な沈下や傾きは免れたとしても、耐震性が十分であるとはとても思えません。大阪には大地震は来ないことになっているのでしょうか。けれども、原発まである能登半島だって、大きな地震や津波は来ないことになっていたはずです。
 タイプAの海外パビリオンの工事が難航どころか不可能になりつつあるのも、基礎工事の負担が問題になっているのでしょう。半年しか使わない物件に杭基礎は勘弁してほしいものです。ニュース番組で見ただけなので信憑性に自信の無い話なので仮名にしますが、ある国のAタイプのパビリオンは、建物を支えるために発泡スチロール製の「浮き」を使うそうです。よく建築確認申請が通ったものです。

リングが木製であることの理由

 リングを鉄骨製やコンクリート製にせずに木材を使ったのも、軽くするためでしょう。永久保存というプランが盛り上がらないのも、設計陣が青くなっているからかも知れません。「今になってそんなこと言われても」と言うわけです。
 なにしろリングは、柱や梁の材料は集成材(要は寄せ集めで作った材木)で、伝統的な貫工法で、ボルトによる耐震補強。そんなシロモノが屋外で、灼熱の太陽、吹きすさぶ潮風、40度近い寒暖差、ついでに大阪市民の冷たい視線に、最大2年近くさらされる訳です。「集成材にボルト用の穴を開けて大丈夫なのか」、「貫工法は長周期振動に耐えられるのか」、などの疑問が次々に出てきます。

 それでは、会場にいて大きな地震に遭遇したときは、どうしたらいいのでしょうか。その話は次回以降ということにしましょう。

頑張れ小林製薬

正確な調査には時間がかかる
 
 こんばんわ。村山恭平です。
 マスコミ人の時間感覚。私は好きになれません。今回の紅麹サプリメントの問題。「健康被害の報告が小林製薬に最初に寄せられてから、発表までに2ヶ月もなぜかかったのか......」なんて疑問に思わないでください。かかって当然なんですから。
 製薬会社などの「お客様相談室」には、膨大な数のクレームや問題指摘があります。悪質なクレーマーは別としても、誤解や思い違いなども多数寄せられます。けれども一方では、クレームは貴重な情報の宝庫でもあります。被害報告に基づいて商品をチェックしなおすのは当然としても、そうした情報をどの段階でどういう形で公表するのかは、極めて難しい問題です。 
 たとえば、ある日、サプリメントXを飲んだ人から健康被害の通報があったとします。メーカーはどう対応すべきなのでしょうか。極論を言えば、「通報があったら全てを公表し、当面Xの販売を中止すべきだ」という考え方もあります。けれども、こういうことをやり出すと、多くの製造業、特に医薬品や健康食品のメーカーは存在できなくなります。
 そのため、実際には被害報告が一定数になるか、手元に残した出荷品のサンプルから、被害と合致する成分が検出されるまで、情報を非公開にするのが通例です。これだけで一月ぐらいかかるのは普通でしょう。

 無実だったシトロニン

 こうしたことを頭の片隅において、今回のケースを見てみましょう。今(24/4/10現在)のところ、原因物質はペブルル酸が有力ということになっています。どうやって調べたのか、記者会見の中で「未知の物質のピークが......」という発言がありました。おそらくクロマトグラフィーを使った定性分析、島津製作所の田中さんがノーベル賞を取った装置と似たものが使われたのでしょう。一番身近な例では、妊娠判定検査キットと同じ原理だと思ってください。
 この分析では、サンプルに何がはいっているのか、とりあえず一通りのカタログを作れますが、含まれている量は全く分かりません。こういう分析のことを定性分析と言います。だから、ピークの強さを比較することで、ロットごとに含有率のばらつきがありそうだというとこは分かっても、何%あるいは何ppm含まれているかを調べることは、こうした装置だけではほとんど不可能です。濃度によっては何を使っても無理でしょう。

初期段階で腎臓被害という情報から、小林製薬は真っ先にシトロニンというカビ毒を疑ったはずです。もともと紅麹の中には、シトロニンという腎臓にダメージを与えるカビ毒を生成するものがあるのですが、小林製薬は伝統的に日本で使われている紅麹菌はシトロニンを作らないことを遺伝子解析までして、製品化する前に証明しました。この紅麹なら少し多めに食べても大丈夫だとして、機能性食品や着色料として販売をしていました。
 ですから今回、腎機能障害と聞けば、「シトロニンを作る変異株か外来株が混合したのではないか」と疑って、必死に問題ロットのシトロニンの含有を調べたはずです。けれども、全くみつかりませんでした。最初の被害報告から、発表が遅れたのには、こんなことも関係していると思われます。
 いわば、重要容疑者を逮捕して取り調べたところ完璧なアリバイがみつかったようなもので、捜査は振り出しに戻ります。その後、分析に様々な工夫をして、やっとペブルル酸にたどり着いたわけです。

 ペブルル酸にまつわる厄介な話

 では、なぜ、出荷前の検査でペブルル酸がみつからなかったかと言えば、含まれる量があまりにも少量であったため、普通の精度の分析では検出できなかったのだと思います。その点は今後批判され、「もっと高精度の分析をしろ」とメディアは上から目線で説教するかも知れませんが、実際問題として全製品を出荷前に、そこまで高精度のチェックをする時間があるのかどうか多いに疑問です。検査でペブルル酸だけをマークしていれば良いわけではないのですから。
 私が、小林製薬を擁護というより評価したいのは、短期間で自力でペブルル酸にたどり着き厚労省に報告した点です。問題をウニャムニャにする気なら、延々と時間をかけたあげく、「腎臓障害をもたらすような物質は今のところ発見されていない」と言い続ければよかったわけですから。
 いずれ警察や厚労省などが立ち入り検査をするでしょうが、サンプルを持ち帰って分析しても、サプリメントを扱い慣れている自社ほど、きちんと分析ができるとは思えません。仮にペブルル酸が見つかったとしても、どう考えても含有量は安全基準を下回っていそうですし、ペブルル酸の腎臓毒性は公表されていないのですから、いくらでも言い逃れができました。情報公開などしない方が、裁判になったときも有利でしょう。

 ですから、初期段階で厚労省に、わかった限りのことを報告したことの誠意は賞賛されるべきものだと思います。けれども一方、厚労省がペブルル酸という言葉をメディアに出したことは、よかったのかどうか疑問があります。まず、毒物であることが分かっているます。素人が簡単に手に入れられる物質でもありません。今更、危険性を指摘してもあまり意味がないでしょう。
 けれども、まだ、ペブルル酸が原因物質だと確定したわけではないことです。容疑が固まってもいないのに、特定の人物の公開捜査をはじめたようなものです。また空振りだったら、あちこちで時間の無駄が発生します。善意で、原因究明に関する実験や関連情報の収集をしている研究者は、世界中にいっぱいいそうだからです。

 これからも続くイバラの道

 さて、今後のことですが、やるべきことは3つです。まず、ペブルル酸の腎臓毒性の確定です。でもこれはかなり大変そうです。出荷段階の検査をする抜けているわけですから、サプリ一錠あたりのペブルル酸の量は微々たるものだったはずです。「ある特定の毒物をごく微量、長期間服用したらどうなるか」という問題なのです。
 これを動物実験でするのは容易ではありません。「即死はしないが、長期間服用すると腎臓に悪影響があるペブルル酸の量」を特定し、その実験動物に与え続ける必要があります。餌に混ぜたとしたら摂取量には大きな個体差が出ます。同時に食べた餌の量や質、飲んだ水の量なんかの影響も出そうです。注射で与える方法はありますが、「人間が毎日、毎食後3錠飲んだ」というような状況を再現できるのでしょうか。
 アレルギーの問題がからんでいたら、さらに個体差が出ます。人間には有害でもネズミでは全く問題がおこらないことも、その逆もあり得ます。こんな状況なのですから明瞭な結論は出ないことも大いにあり得ます。

 次に調べるべきなのは、生産工程でペブルル酸はどうやって混入したかということです。意図的に誰かが投入したというのはは考えにくい話です。ペブルル酸はそこいらへんに転がっている物質ではなく、合成するのもかなり面倒くさいものだからです。同じ理由で、なんらかのミスで紛れ込むこともまずあり得ません。
 ということは、ペブルル酸を作るカビなどの生物が、紅麹プラントのどこかで紛れ込み紅麹と一緒に活動したという説が一番有力になります。ただしこの場合、さらに頭痛のするような問題があります。カビなどが様々な有機物を作ることはよくある話ですが、ペブルル酸だけを作るような器用な青カビがいるとは思えません。今回は、他に何が作られたのでしょう。その何かが腎臓毒性をもった物質かも知れません。どうやって特定するのでしょうか。

 これらの問題をクリアして、「ペブルル酸に腎臓毒性があり、それを作る青カビの侵入経路がわかった」としても、最終的には、ペブルル酸入りの紅麹サプリを意図的に作る再現実験をすることでしか、結論は出ないと思われます。
 さらに、仮にそれが出来たとしても状況証拠にしか過ぎません。同じ反応が実際に小林製薬の製造ラインで起こったという証拠にはないからです。

 今回、問題が起こった大阪工場が閉鎖され、製造ラインが和歌山県に移転したのも検証を難しくする要素のひとつです。移転時には、装置の古い部品を取り替え、新工場では入念にチェックをしながら、装置を組み立てるはずです。旧工場に何か欠陥があっても、誰も気がつかないうちに修正されて無くなっているいる可能性は、かなり大きいのではないでしょうか。

 責任追及が問題解決を不可能にする

 以上、素人でも思いつくポイントをあげましたが、実際にはもっといろいろな課題もあるのかも知れません。いずれにせよ、今回の「サプリ害(薬害ではない)」の原因究明はかなり難航しそうです。わからずじまいということもあり得ます。というより、多分そうなるでしょう。

 それだけに、失敗の原因をとことん追求しようとしている小林製薬の姿勢には、とても頭の下がる思いです。また、確実でなくとも可能性の大きな原因をもし究明できたら、大いに賞賛されるべきことです。
 念のために言いますが、こういう原因究明が難しい事故で、小林製薬の最初の事故の責任は追及するべきではありません。これをやってしまうと、今後、科学者や技術者が保身のため、原因の調査に協力しなくなるからです。

 自分たちの失敗をきちんと分析し、二度と同じことが起こらないようにする方法を見つけるのは、安易に反省したり懺悔したり責任をとることより、はるかに値打ちのあることですが、もしかしたら我々日本人が、もっとも苦手としていることなのかも知れません

遅くて高い北陸新幹線

 こんばんわ。村山恭平です。
 北陸新幹線の新大阪・京都間でコースが直線ではなく東に膨らんでいる話をしました。このため不思議かつ不都合なことが起こっています。ほとんどの北陸新幹線利用者にとって、延伸完成後もこの区間には乗る理由がないのです。京都駅で乗り換えられればそれで十分だからです。理由は2つあります。

1)北陸新幹線が速くないこと
2)新大阪駅は便利な駅ではないこと

 順に見ていくことにしましょう。
 まず、北陸新幹線の列車(推定)と現在するJRの主な列車との、新大阪・京都間の所要時間と平均的な運転本数を並べてみましょう。

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 目に付くのは北陸新幹線の遅さです。同じ駅間なのに、最速列車の「はくたか」は「のぞみ」よりも40%以上、余計に時間がかかっています。考えられる原因は2つ。ひとつはほぼ直線的に走る「のぞみ」よりも、「はくたか」の走る北陸新幹線の曲線コースは速度を出しにくいこと。もうひとつはこの迂回のため距離が長くなることです。

 このため、東海道山陽新幹線から北陸新幹線に乗り換える場合、下りで名古屋方面から来る場合はもちろん、上りで岡山方面から来る場合も京都駅乗り換えの方が早くなります。 新大阪延伸は、東海道新幹線の横に「並行在来線」をわざわざ新設するようなものです。

 新大阪を使うと500円損

 それでは、JR各線の他に3本の地下鉄と2本の私鉄が乗り入れる関西最大の旅客ターミナルである大阪駅から、北陸方面に向かう場合はどうでしょう。大阪駅から新大阪駅に向かう東海道線(京都線)の電車のうち、1時間に4本ある新快速電車は新大阪から最速23分で京都まで行けてしまいます。その差は「つるぎ」とならわずか2分、「はくたか」とでも4分です。
 一方、「はくたか」や「つるぎ」は、せいぜい毎時各1本程度しかないので、「新大阪でこれらを待たずに、さっさと新快速で京都まで行っても、そこで同じ列車に乗り換えられる」という現象がよくおこるはずです。また、乗りたい列車の発車よりも20分ほど早く新大阪に行けば、京都までの特急料金がほぼ確実にいらなくります(500円ぐらいの違いになりそう)。多くの関西人はこちらを選ぶでしょう。
 まとめて言えば、大阪駅よりも新大阪駅に行く方が便利な一部の地域を例外として、ほとんどの関西人は、北陸新幹線に乗り換える場合は京都駅を選びそうだということです。

 もっと身も蓋もない事をいえば、1時間ぐらい早く出発して新快速で敦賀まで湖西線経由で行ってしまう手もあります。この場合、新大阪・敦賀間の特急料金(2000円程度か)は全く不要になります。実際、「サンダーバード」だけで金沢には行けなくなった今、関西から北陸へ移動の主流は、この新快速から新幹線に敦賀で乗り換えるルートになるという話もあります。やや極論のようにも思えますが、学生の帰省などには向いているでしょうし、琵琶湖の眺望をゆっくり楽しめるという特典もあります。
 いずれにせよ、「はくたか」や「つるぎ」の最大のライバルが、同じJR西日本の新快速というのは皮肉な話です。

 では将来、京都駅を通らずに名古屋から新大阪駅に、リニア新幹線が乗り入れたらどうなるのでしょうか。
 この場合も、リニアで東(山梨・岐阜方面など)から来て、北陸新幹線に乗りかえるのならば新大阪まで行かずに、名古屋で「のぞみ」に乗り換えて、京都で北陸新幹線に乗るのが安くて早そうです。
 また、さらに遠方の東京や神奈川からリニアで新大阪まで来て、北陸新幹線に乗り継ぐこともあり得ません。長野回りの北陸新幹線に東京で直接乗れるからです。
 リニアからの乗客も、新大阪駅を使ってくれそうもありません。

 乗り換え駅の「点と線」

 しかもここまでの議論は、かなり新大阪駅にとって有利な想定で行ったものです。けれども、今後さらにいくつかの不安要因が現実化すると、新大阪駅を利用するメリットがいよいよ無くなり、新大阪・京都間の延伸自体が全く意味不明なものになりかねません。
 懸念の例を三つあげます。

 1)新大阪駅での北陸新幹線への乗り換えが、京都駅より圧倒的に不便になる。
 2)京都までの所要時間が、さらに長くなる。
 3)特急料金が値上げされる。

 現在、京都駅はJR線全ホームがほぼ平行に並ぶという単純な構造をしています。北陸新幹線の大深度地下ホームも同様に平行になりそうですから、改札やエレベーターの設置も比較的容易でしょう。
 ところが、新大阪駅では在来線と新幹線のホームが斜めに交わっているために、乗り換え改札は、両線の交点である場所にしかなく、増設するのは物理的に困難です。さらに北陸新幹線が来るころには、すでにリニアも大深度地下に入ってきていますから、とんでもない迷宮駅ができそうです。
 現在、敦賀駅での「サンダーバード」から北陸新幹線への乗り換えに10分程度かかるようですが、新大阪駅の規模や複雑な構造を考えれば、最悪20分以上かかっても不思議ではありません。事実上、乗り換え駅として使い物にならない可能性すらあります。
 一方、京都駅は極めて単純な構造なので、乗り換え時間は現在の敦賀駅と同じようなものでしょう。少なくとも新大阪駅よりも不便になることは無さそうです。
 極端な場合、乗り換えではなく新大阪駅で直接北陸新幹線に乗る場合でも、迷宮をかき分けて地下ホームに向かうより、「京都まで新快速で行って乗り換える方が早い」ということになり、始発駅としての新大阪駅の価値も完全になくなります。

 少し話はそれますが、大阪駅には乗り入れない北陸新幹線には、乗り換えの不便さが宿命のようについて回るでしょう。たとえば大阪駅から金沢方面に向かう場合、これまで「サンダーバード」一本で行けていたものが、北陸新幹線のせいで新大阪か京都か敦賀かのいずれかで乗り換えが必要になるのです。金沢到着がわずか30分ぐらい早くなったところで、高額の特急料金と面倒な乗り換えのために、関西人にとって北陸は遠いところになってしまいました。高齢者や家族連れのJR利用は激減し、高速バスに移るのではないでしょうか。

新快速に勝てないけれども特急料金

 次に、新大阪・京都間(第一区)のコース自体の懸念です。現在公表されている北陸新幹線の所要時間は、予定の場所に普通に線路が引けた場合の話です。ところが、すでに京都市内では水問題で、この想定になかった大幅な迂回が必要になりそうで、新大阪駅付近にも似た問題があります。第Ⅰ区の迂回が大きくなり所要時間があと5分も増えれば、「新快速より遅い新幹線」というマヌケな事になるのですから、これは結構深刻な問題です。

 三番目は料金の問題です。膨らむ追加経費を背負わされそうなJR西日本が、特急料金の値上げをせざるを得なくなった場合、JRの利用者自体が激減するだけでなく、「仕方なく」乗る場合でも安く上げるための京都駅利用の割合が、さらに上がりそうです。

 以上、三つの懸念のうちひとつでも現実化してしまうと、只でさえ少ないメリットを完全に吹き飛ばしてしまうことになり、京都・新大阪間の乗客は皆無になりかねません。
 最初の計画がいい加減なためさまざまな問題がボロボロ出てきて、つぎはぎで対応しているうちに、元の目的が消滅してしまう......この第Ⅰ区の悲しい状況は、北陸新幹線の敦賀以南への延伸そのものが抱える問題の縮図のようです

 S字に走る異常なコース
 
 こんばんわ。村山恭平です。
 北陸新幹線の大阪延伸について話しています。
 前回の第一図を見てください。この延伸はなぜこんな複雑怪奇なS字コースになってしまったのでしょうか。
 まず、敦賀から京都までの区間(第Ⅲ区)。普通に考えたら、直線的に走る湖西ルートか最短で東海道新幹線に接続する米原ルートの2択のはずです。ところが、最終的に採用されたのは大きく西に外れた小浜回りのコースでした。
「原発誘致の代償に小浜に新幹線を通すとした田中角栄時代の約束があった」という説もありますが、これも変な話です。小浜市に原発はありません。また、小浜を経由して京都に向かうにしても、ルートは不自然に西に曲がっています。どうせトンネルをブチ抜くのですから、普通なら最短の直線コースにするでしょう。現地調査はまだしていないのですから、地質上の問題のはずがありません。
 図2をご覧ください。図1で京都市と大津市が接する部分を拡大したものです。滋賀から突起状の土地が3本、京都市側に食い込んでいます(水色矢印)。そして、今回のコースは、ギリギリでこれらの突起を避けており、そのために南に曲がっています(紫色矢印)。何が何でも滋賀県内の走行を避けたがっているとしか思えません。なぜなのでしょう。

図2
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滋賀県民の悲鳴

 地元では、「JR西は滋賀県を嫌っている」というウワサが流れています。理由は2つ。ひとつは1991年の信楽高原鉄道の事故を巡って訴訟沙汰になった件。もうひとつは2006年に一旦着工までされた東海道新幹線の栗東駅を、滋賀県知事が凍結したことです。
 けれども、これらが原因というのはあり得ないと思います。どちらも、前知事時代の話ですし、新駅問題の被害者はJR西日本ではなくJR東海のはずです。信楽高原鉄道の裁判では、争点は基本的にお金の話だけで、金額も微々たるものです。こんな古くてセコい理由で、何兆円レベルの損が発生しかねない喧嘩を、上場企業であるJR西日本が行政相手に仕掛けることは考えにくいでしょう。

 私には、逆に滋賀県の三日月知事が断ったように思えます。北陸新幹線は滋賀県民にとってメリットは皆無なのに、巨大なデメリットがあるからです。
 まずはメリットの無さから。県内に新幹線を通しても、できる新駅は一つだけです。湖西ルートなら高島、米原ルートなら長浜あたりとされていましたが、おそらく停車する列車は少なく、東海道新幹線のM駅のような「国民的通過駅」になりかねません。
 現状でも長浜や高島からは、敦賀なら1時間、大阪でも2時間程度で、新快速で行けてしまいます。特急料金もいりません。もし急ぐのなら、特急「サンダーバード」や米原からの東海道新幹線も使えます。今さら北陸新幹線ができても、たいしたメリットはありません。「新駅」周辺ですらこれですから、他の県民にはもっと無意味です。
 一方、負担の方はしっかりあります。まず、巨額の費用負担。そして用地買収や環境の悪化は県民を分断します。さらに、並行在来線化する湖西線や北陸本線の減便と値上げ。冗談ではありません。「来るな。いらんで。帰れ。消え失せろ」というのが県民の本音でしょう。
 念のために言っておきますが、滋賀県民には北陸地方を差別するつもりはないでしょう。律令時代から畿内と日本海側の交通を担った鯖街道をはじめ、長い交流の歴史があるご近所で、経済的にも文化的にも支え合ってきたわけですから。けれども、あまりに巨大な負担の押しつけは勘弁してくれと言っているのです。

日本一新幹線を知る知事

 おそらく偶然なのでしょうが、現在の三日月滋賀県知事はJR西日本の出身。労組の幹部を歴任しており、実務では山陽新幹線での運転研修の経験まであるそうです。人脈も知識も豊富。新幹線の特性も問題点も熟知しています。とはいえ、政治力にものを言わせて露骨に延伸計画を潰しに行けば、北陸地方との間にタチの悪い遺恨が残りかねません。まことに困った問題です。
 けれども、仮に延伸が完成しても県内を走らせないなら被害は半減します。工事費負担はいらないし、用地や環境の問題もおこりません。並行在来線問題だけは残りますが、これはなんとか拒否できそうです。とりあえず、琵琶湖畔から線路を追い出してしまえばいいわけです。
 実際にどんな議論が行われたのかは知る術もありませんが、県知事の権限は強力です。無理筋気味の静岡県知事の抵抗でも、リニア新幹線の着工が5年以上遅れているわけです。滋賀県民の本音を背に受けた「日本一新幹線を知る知事」と全面対決する度胸が、JR西日本にあったとは思えません。

 滋賀県を通る湖西・米原の両ルートが消滅した瞬間に、今回の延伸計画は「詰んで」しまいました。滋賀がダメなら京都を通るよりありませんが、京都府北部の丹波山地は細かい山や谷が続き、およそ道路や鉄道を作るのには向かない場所ばかりです。工事を強行すれば、長大な山岳トンネルが必要になり天文学的な費用がかかります。
 常識論を主張できる普通の技術者と、その常識論を聞く気のある普通の政治家がそろっていれば、この時点で延伸は中止になっていたはずです。もっと本質的なことを言えば、滋賀県での延伸計画に目処が立たないのなら、北陸新幹線は東京から金沢までで止めておくべきでした。
 こんなわかりきったことを、三日月知事が知らないはずはありません。県内通過を断れば、いずれ計画自体が暗礁に乗り上げることは、想定していたのでしょう。完成の可能性が皆無なら、並行在来線問題もおこりようがなく、安心して賛成側に回って国に貸しを作ることも出来ます。

 一方、なぜ京都府はこの疫病神を引き受けたのでしょうか。「府知事に情報や政治力がなく断れなかった」という説や、「府北部の開発利権に目がくらんだ」という解釈も無くはなさそうですが、そこまで府の行政は無能ではないと思います。
 やはり滋賀と同様に「実現可能性がないのなら、わざわざ断って事を荒立てる必要はない」という打算が働いたというのが正解ではないでしょうか。なにしろ、「今すぐ追い出したい客には、お茶漬けを勧める」のが京都の伝統ですから。
 そうなると、どうせ完成しそうもないなら、関係者一同、無責任で自分勝手な夢や利権を延伸計画に盛り込み放題だったのでしょう。出来上がったコースは意味不明にゆがんでしまいました。図1に戻りましょう。京都市街より北の路線(第Ⅲ区)が西に曲がっている一方、南の路線(第Ⅰ区)は東に膨らんでいます。京都府内に新駅を作って、費用負担の見返りをするつもりなのでしょうか。
 そもそも、北陸ルートは米原まで湖西ルートは京都までで、新大阪まで延伸する計画はありませんでした。新大阪延伸はいつ・誰が・何のつもりで押し込んだ話なのでしょうか。
 この問題は次回ということにしましょう。

 盛り下がる大阪

  こんばんわ。村山恭平です。
  北陸新幹線敦賀延伸から一週間もたっていませんが、大阪ではすでにほとんど忘れられています。金沢まで直通だったサンダーバードが敦賀までになり、その先は、これまでより20分早く着く代わりに1000円以上高い新幹線か、それより2時間半以上余計にかかる普通列車に乗り換えるしかありません。新幹線の場合、混み合うエレベーターを利用する10分前後の乗り換えが漏れなく付いています。
 どちらかと言えば高齢者が多いと思われる関西圏から北陸への観光客は、激減するでしょう。旅行代理店に並ぶパンフでも、北陸モノは減っているような気がします。北陸圏と関西圏の心理的距離は拡大してしまいました。
 最悪なのは、能登半島の被災地ボランティアや被災者の親族訪問などが本格化する時期に、その足を引っ張ったことです。せめて復興が一段落して仮設住宅が完成するまでは、大阪金沢間の在来線特急サンダーバードの廃止は延期するべきでした。
 もっと言えば、西明石から京阪神を経由して敦賀まで行く新快速のうち、土日祝の朝夕一往復ずつでも、金沢から能登半島内の和倉温泉まで延伸して、乗車券だけで能登に向かえるようにすれば、大きな被災地支援になったでしょう。まあ、期待するのはやめましょう。株式会社JR西日本の判断としては、何もしないのが正解なのでしょうから。
 けれども、営利企業としてのJR西日本にとっては、被災地無視はあまり合理的な行動とは思えません。膨大な投資をして北陸新幹線を敦賀まで延伸させたばかりですから、金沢を中心とする北陸圏が繁栄は死活問題のはずだからです。
 もっとも、実はそれどころではないのかも知れません。北陸と関西以外ではあまり話題になっていない大問題があります。北陸新幹線の京阪神への延伸のプロジェクトの問題です。結論から言えば、少なくとも今の計画では、実現は絶対に不可能だということです。したがって、今の関西と北陸との分断状況は半永久的に続くということです。

新幹線のノルマは時間短縮
 
 さて、そもそも新幹線というものは何のために作るのでしょうか。経済効果にせよ地域間交流にせよ、移動時間の短縮によってもたらされるものです。逆に言えば、移動時間の短縮が十分でかつ効果的でないならば、新幹線を走らせるメリットはないということになります。
 他にも、災害に備えたレジリアンス(簡単に言えば多重化)や環境要因など、とってつけたような理由も推進団体などは出していますが、どちらも今回の話とはあまり関係がありません。
 大阪延伸が完成する頃には高速鉄道だけでも東京大阪間にはすでに2本(東海道新幹線・リニア)あり、他にも東海道本線、航空機や高速バスなど、代替手段は山ほどあります。また巨大災害時にはインバウンドなどの観光需要は激減します。よって、旅客輸送については東京大阪間で、レジストリを増やす必要はほとんどありません。一方、災害時にこそ需要が増える貨物輸送に関しては、北陸新幹線はほぼ無力です。むしろ、並行在来線問題のあおりで、北陸本線などが弱体化することの方が心配です。
 また、高低差の大きい延伸コースで無理矢理に高速を出すことのエネルギー効率は、在来線と比べてかなり悪くなります。今後は高齢化と人口減少で需要自体が縮減するのが確実だということを考えても、あえて環境破壊をすることもありますまい。結局、当然ながら大阪延伸のメリットは移動時間の短縮のみということになります。

もともと効果は限定的だった

 もともと、整備新幹線規格である北陸新幹線は最高速度が260kmまでに制限されており、同じ区間の特急サンダーバード(在来線最速)の160kmと比べても有利さは限定的です。さらに、今回選択されコースには迂回と急勾配がありスピードがさらに落ちるため、延伸の目的自体に疑問が出てきます。
 たとえこうした状況になっても、多くの公共事業は住民の反対も押し切って工事がどんどん進んでいくものですが、今回は技術的にも経済的にもあまりにも無理が大きくて、誰も見切り発車を言い出せていません。
 こうなると「北陸三県の悲願に引導を渡す悪者」になるよりも、形式的に少額の調査予算をつけて「あたかも計画がまだ生きている」ふりをしながら、忘れられるのを待つのが政治家の普通のやり方です。在阪の某ポピュリズム政党が、例によって思いつきで「早期着工します」なんて言い出さない限り何もおこりません。その某政党も、来年以降もどんどん大きくなる万博赤字の非難を浴びるでしょうから、「延伸に大金を出そう」なんて言い出せるはずがありません。結局、延伸計画はこのままウニャムニャになるでしょう

 コース各所に問題山積み

 では、具体的に延伸コースを見ていくことにしましょう。図1はJRTT鉄道・運輸機構が発表した大阪延伸の計画図に、ルートが決定する前に候補として残っていた他の2ルートなどを書き込んだものです。一目でわかるように、今回の延伸ルートは京都駅を中心とする巨大なS字になっており、ほぼ直線である湖西線(湖西ルートとほぼ同じ経路)と比較すると起伏やカーブが多いため、新幹線としては只でさえ遅い時速が平均210km程度まで落ちてしまう上に、距離も長くなりました。
 そのため、全線開通してもサンダーバードより、京都・金沢間で33分しか早くなりません。この点だけでも延伸コースの選択に疑問符がつきますが、なんでこんなコースになったのでしょう。
 説明の都合上、新大阪駅から京都駅までの区間を第Ⅰ区、京都市街地の区間(ほぼ全て大深度地下トンネル)を第Ⅱ区、京都市北部の山地から東小浜駅付近までの区間(ほぼ全てトンネル)を第Ⅲ区、小浜駅から敦賀駅までの日本海岸を走る区間を第Ⅳ区と呼ぶことにします。最後の第Ⅳ区以外は、それぞれ単独でも延伸計画自体の息の根を止めしまうような大問題を抱えています。
 まず第Ⅰ~Ⅱ区では京都盆地の地下水の処理が困難で、第Ⅲ区には長大山岳トンネルという最大の難関があります。また、第Ⅰ区には速度短縮効果がほぼないというマヌケな欠陥があり、立案者の責任能力を疑いたくなります。
 ひとことで言えば、「一見すると不可能で無意味に見えるが、実は本当に不可能で無意味だった」というだけの話です。けれども、「なんでこんなプロジェクトが、実行に移されようとしたか」を説明しようとすると、地質・環境・鉄道・経済・地方政治などの問題が複雑に絡み合い、やたらに話がクドくなります。私の知る限り、これらの論点を整理した解説は見たことがありません。そこで、次回から出来るだけ丁寧かつシンプルに説明していきたいと思います。

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 デザイナーにも社会的制裁を

 こんばんわ。村山恭平です。前回に続いて、関西・大阪万国博覧会の話をしましょう。

 前回指摘しましたリーダーシップの欠如、というより責任者の欠如の典型例が、いわゆるリングの問題です。昭和の悪役レスラーが「血はリングに咲く花だぜ」と言ったらしいのですが、令和の悪役政治家は「血税はリングに散る花だぜ」とでも言うのでしょうか。
 "大本営発表"ですら300数十億円。ため息が出ます。
 だれの責任かと言えば、こういうものを採用した万博協会が悪いに決まってますが、私は敢えて、デザイナーであるF氏(個人攻撃が目的ではないので仮名にします)の責任も追及します。
 もし採用されれば大阪府市民をはじめ多くの国民に多大な負担を求めるような代物を、平気で考案してしまうような人物を、今後は公的な行事に関与すべきではないと思います。これが高校生ぐらいまでの若者の「僕の考えた万博のシンボル」なら、たとえ荒唐無稽、経費無視であっても一向に構いませんが、プロとして何年もやっているデザイナーがこういうことをしてはシャレになりません。

 規模は小さいけれど、例の2億円デザイントイレも同じです。そのうちの一つは、工事の入札にゼネコンがどこも手をあげなかったことからも、いかに非常識でコスト感覚のないデザインなのかがわかります。2億じゃ済まない話なのかも知れません。
 吉村知事は「将来、ここから世界的建築家が誕生するかもしれません」などと、呑気に言っていますが、このての迷惑な「世界的建築家」の芽は、今のうちに摘み取ってしまうのが人類の為、また本人の為でもあるように思います。

 実は以前、私自身も「建築基準法無視で勝手に借家を改造をした老デザイナー」相手に裁判沙汰になったこともあり、芸術家の自我(それはそれで大事なのですが)を、社会で野放しにすることの危険性を思い知らされています。ただし、こういう問題で法規制というのは言論弾圧と直結しかねませんから、彼らには何らかの社会的制裁が与えるのがベストだと思いますが、いかがでしょうか。
 そういえば、東京五輪の国立競技場での、ザハ案がコンペで採用後に没になった件、結構な無駄金がかかったはずですが、誰か責任をとったのでしょうか。

 世界一でもダメはダメ  

 本題にもどって、そもそも万博のシンボルとしてなぜリングなのでしょう。維新の政治家がよく口にする「先端技術の発展」ですか。掘っ立て柱の物見台なら、似たようなのが三内丸山や吉野ヶ里にもあったと思います。日本の建築技術は、令和の今も縄文弥生レベルが最先端なのでしょうか。タフトやヴォリーズが化けて出て来そうです。

 ならば「世界最大級の木造建築物を作ろう」というのはどうでしょうか。
 まずは「......級の......物」などと、最初から言い訳じみた情けない表現はやめてください。どうせなら堂々と「世界一」を名乗りましょう。国会で「二番じゃダメなんですか」と聞かれたら、胸を張って答えましょう。「絶対にダメです。一番でもダメなぐらいです」。
 単純にものを横に並べて世界一のサイズにするのは、お金と土地とかなりのセンスの悪さがあれば誰にでも出来ます。「世界最大のタオル」とか「世界一長いホットドッグ」なんかと同じです。個人が自腹でヤルならシャレで済みますが、公金でとなると笑い事ではありあせん。
 ちなみに、本物の木造世界一がどこかご存じなのでしょうか。倉庫の類いではアメリカ・オレゴン州にあるティラムーク航空博物館だそうです。柱と梁のある普通の建物でなら京都東本願寺の御影堂でしょう。京都駅から徒歩5分ほど、入場無料ですがかなり見応えがあります。ちなみに、二位と三位は、奈良の大仏殿と西本願寺の御影堂で、これらを一度でも見たことがあれば、「あれ」を世界最大級などと名乗ることの恥ずかしさが分かると思います。
 「あれ」は、数百億出してセンスの悪さを主張しているようにしか見えません。会場内には全貌が見える場所があまりないのが救いと言えば救いですが、万博協会が入居する近くの高層ビルからは、よく見えるそうです。どっちを見てデザインしているのかがよく分かる話です。

 念のため言っておきますが、「木造だからSIDGs」なんて言うのもやめてくださいね。使用された木材の総重量が2.6万t、ざっと計算しただけで、東京ドーム一個分ぐらいの森が丸坊主になる分量です。その貴重な上質木材が半年で廃材、しかもその間、何かにつけて大量の化石燃料で重機を動かす。焼き畑農業よりもタチの悪い自然破壊です。

 これらの他にも、「あれ」は遊歩道にも日よけにもなるなどと"実用性"を言い立てる主張もあったのですが、「あれ」って、もともとは今回の万博のシンボルでしょ。前回の万博で「太陽の塔」に関して、建設する意義についての議論はあまり無かったと思います。ちなみに、あのデザインが醜悪だという意見はありました。私個人は今でもそう思っています。
 今回、「あれ」はシンボルなのに正当性や実用性について下手な言い訳をするから、必要以上に炎上したのではないでしょうか。シンボル(=芸術作品)が役に立たなくて何が悪いと一貫して主張をしていたら、「それにしては高すぎる」「いやこれぐらいは」という、ある意味で筋の通った単純な議論で済んでいました。
 そうはせず、関係者が妙に正当化に走るというのはやはり、彼らも「いくらなんでも高すぎるよね」というのが本音だったからではないでしょうか。テーマに関して、幹部の間でさえ意思統一が出来ていないことが、よく分かります。

 救いも無くはないが

 戦略の失敗を戦術でカバーすることは不可能だと言われていますが、実際にはある程度ならカバー出来てしまいます。だから困るのです。一般的に真面目で従順で、そして器用なわれわれ日本人は、リーダーの失敗や無理な指示でもかなりの段階まで、なんとかかんとかクリアしてしまいます。その代わりある限界を超えると、いきなり総崩れになります。
 歴代幕府の崩壊、第二次大戦の敗戦、バブル末期の金融機関の破綻......ところが、こうした歴史の教訓が少しずつ国民に共有され、一方で極端な新自由主義の副作用として組織への忠誠心も消滅しはじめたためなのか、現代日本の組織には粘りがなく、かなり早い段階から崩壊が始まるようです。現場が無理に頑張らなくなったからです。これは困ったことのようですが、よい面もあります。
 今回、万博がボロクソに言われる理由は、現場からの問題点の指摘や不平不満が、握り潰されにくくなったからでしょう。SNSをはじめとする「声を上げるためのツール」が充実したこともありますが、「上からの指示でも自分がおかしいと思ったら盲従はしない文化」が根付きつつあることの証のようにも思えます。
 今回、関西・大阪万博は歴史に残る大失敗に終わりそうですが、こうした「自分の価値観で行動する文化」がさらに根付く契機になれば、それはそれで一定の成果だと思います。まあ、そうとでも思っていないと、大阪市民としてはやりきれないのも事実ですが

なんのための万博なのか

 こんばんわ。村山恭平です。
 昨秋以降、関西・大阪万博は袋叩き状態です。工事の遅れ、予算の膨張、しょぼいコンテンツ、その結果としての前売券の販売不振。あらゆる方向からあらゆる論者がボロクソに批判しています。こんな空気の中で、さらに新たな問題を指摘するのは、なんだかイジメみたいで少々後ろめたいのですが、一人あたり2万7千円も出費させられている大阪市民としては、とても看過できません。少しでも機運を盛り下げて、中止は無理でも縮小してもらえればなあ、という気分です。

 それにしても、なんでこんなことになったのでしょうか。根本の原因は、だれも本気で、「博覧会をやりたい」とは思っていなかったことでしょう。よく指摘されることですが、ネットワークがここまで発達してくると、web上にないコンテンツが世界的に枯渇します。世界中が「ぜひ、これを見たい」という展示物は世界中にも皆無です。
 そのため、近年の万博のテーマは「食」やら「環境」やらに向かいます。視聴覚以外の刺激があるものや一定以上大きいものです。その中の一分野に「建築」があります。あまりに大きいため、液晶画面では見きれないからです。その点から考えれば、前回のドバイ博ではなかった通称「万博の花」と呼ばれるタイプAパビリオンを、各国が自ら設計・施工までやって、オリジナリティを競うと方針は理にかなっています。
 けれども、「建築を見せたい」という意思統一から博覧会を開くのではなく、はじめに「博覧会を開く」という前提で建築を集めるという構図ができあがったことは、今にして思うと躓きの第一歩であったようです。

 さらに、この構想には夢洲はあまりにも不適切でした。ゴミを埋め立てて作った軟弱地盤の人工島は、大規模な建築には全く不向きな場所でした。ならば、参加募集の段階から「会場の地盤は最悪......その上に何が作れるか各国で競ってください」と言っておけば、ある国は建築技術の粋をつくして頑丈な建物を作り、別のある国は伝統的な高床式住宅風、また別の国は敷地のほとんどを池にして「浮かぶパビリオン」というのもありでしょう。こういう展開になれば軟弱地盤がひとつの「お題」になるわけです。
 ところが、地盤の悪さが周知されたのは、各国がコンペなどを経て凝ったデザインを決めた後のことでした。さらに世界一厳しい地震国日本の建築基準。予算のことを別にしても、そんな曲芸みたいな現場を引き受けるゼネコンが出てこないのも仕方ありません。
 おそらく、現時点(2024年3月)で業者さえ決まっていない約20ヶ国は、いつの間にか姿を消すか、主催者側が仕方なしに建てる平凡な施設(いわゆるタイプXですね)に入るかしかありません。また、業者は決まったが未着工という国々(現状ではこれが最多数)からも、開幕に間に合わないところが、ボロボロと出て来そうです。最悪の場合、開会式当日に、まともなパビリオンが建っていない国が過半数ということになりかねません。

 内容も淡泊で貧相に

 さらに「建築さえ開幕に間に合えばなんとかなる」というのは甘い考えです。内装完成後、展示物を搬入設置して、スタッフを集めて訓練するだけで、まともにやれば数ヶ月はかかりそうです。
 もっとも、参加国の立場で考えれば、ここまでケチのついた万博に十分な予算や人員を付けたり、貴重な展示品を持ち込むことはあり得ません。各国の担当者たちは、もう逃げることしか考えていないでしょう。
 イイ加減で投げやりな展示(たとえば「有名人の愛用品」や「ありふれた民具」と「観光ポスター」だけの、やる気のない小学生が8月31日に作った自由研究みたいな代物)で、お茶を濁して逃げる気なら、準備は数日で十分です。ただし、SNSなんかでどんな評判が立っても知りませんよ。
 多くのパビリオンがこういう惨状になれば、万国博覧会自体が全世界的に終了です。今後、開催に手をあげる国はなくなるでしょう。大阪については、前売り券の払い戻し要求さえ出てきかねません。

 電通のいないイベント

 なんでここまで酷いことになったのでしょう。開催決定の段階から、「何を見せる万博なのか」が明確にせずに話を進めたせいで、何か障害に当たるたびにパニックになり、「先送り→クラッシュ」の必敗パターンに陥り、複数の致命傷を抱えることになったことが原因なのではないでしょうか。
 言い換えれば、「いのち輝く未来社会のデザイン」というところから、具体的にどうするのかという所にまで、踏み込めていなかった点が致命的でした。環境・食・園芸などのアイテムは、これまでの博覧会でやり尽くされていますから、医療や介護福祉あたりの方向性を、徹底的に詰めるべきでした。
 こうなってみると、東京五輪の不祥事などで電通が参加できず、具体的な活動で、イベントのプロが誰もリーダーシップを取れなかった事が大きかったようです。例を挙げれば、あのミャクミャク。私は世界大腸癌学会のゆるキャラかと思いました。大阪市内では汚水用マンホールの蓋に使われていますが、さらにイメージが「そっち」に行ってしまうのは覚悟の上なのでしょうか。
 「空飛ぶ車」にしたところが、ネーミングを「有人ドローン」ぐらいにしておけば無事でした。「どうしてあれが車なんだ?」というツッコミは当然だとしても、「空飛ぶ」の方も、通常は「円盤」と「絨毯」がほぼ独占している修飾語で、怪しげなイメージはおよそ科学技術とは折り合いが悪そうです。
 素人芸のイメージングが次々に失敗して、開催目的までもがますます混沌としてくる中、予算ばかりが膨らみ続けるという、最悪のパターンになってきました。「引き返す勇気のなさ」では世界最高水準を誇るわれわれ日本人が、陥りがちな罠そのものです。

 科学技術振興のためのシンプルな方法

 今になって、開催目的をこじつけようとするのは悪あがきです。
 大阪府市の政治家たちが「科学技術の振興が目的」などと言い出しましたが、それなら、万博に数千億かかる経費を、日本中の大学研究室にバラまいた方が効率がいいでしょう。2万人弱の全大学短大の全教員に1000万円配れば、最低でも1000人ぐらいは地味でも役に立つもの、100人ぐらいは面白いものを作ると思います。
 残りは全部無駄金になっても、間接的に多くの大学の研究・教育活動や関連業界(出版社や実験装置業者)には、かなり恩恵がありそうです。干天の慈雨です。
 あるいはシンプルに奨学金徳政令というのもありでしょう。

 関係者が誰一人本音ではよろこばず、無関係者は喜ばないどころか今後の負担の恐怖に震えているというのが、関西・大阪博覧会の現状です。次回は、もう少し具体的な問題、一番批判の集中しているリングについて、お話しましょう。

自己紹介

こんばんわ。村山恭平です。
 理科系の元大学教員。今は個人で不動産業をしています。子供が学校で「パパは怖い人」と言った話が一人歩きしたうえに、近隣で違法操業をする工場を閉鎖に追い込んだりしたため、近所では地上げ屋さんのように思われております。
 確かに、権力や既得権を振りかざして勝手放題やっている連中に一泡吹かせるのは大好きですが、もちろん暴力を使うわけではありません。情報収集と理系的推理を武器に、ネチネチ追い込んで行くのが芸風。ホワイト地上げ屋を目指しています。

 物書き的なこともやっています。ホームグラウンドにしていたネットメディアが閉鎖になり書く場所をさがしていましたさい、内田先生のお誘いを受けて「長屋」に参加させていただくことになりました。「被災して仮設住宅を求めていたらタワマンの最上階を紹介された」ようなものでしょう。大変緊張しております。

 現在、書きためているテーマは、「大阪万博」「地震と原発」「北陸新幹線」「部活廃止論」「少子化とフェミニズム」などです。とりあえず、これらのテーマについて、現時点での自分の結論を書いておきましょう。ただし、 特定のイデオロギーのために書いているわけではないので、状況によって考えを変えることは厭いません。

 大阪万博は見事なほど失敗しカジノも逃げだし、今の府市政の致命傷になる。
 地震国で原発を安全に運転することは、今の科学技術では出来ない。
 北陸新幹線の新大阪延伸は不可能である。
 公立学校での部活動を全廃しないと、教育格差は拡大する。
 ジェンダフリーを諦めない限り、少子化は続く。

 同じテーマを何回か書いて一区切りついたら次に行く、という進行を考えていますが、何か新情報があったりリクエストがありましたら、できるだけ御対応させていただきます。

 なにとぞ、よろしくお願いします。