トンネル工事をする技術者や職人にはあるタブーがあります。食事をするとき、ご飯に味噌汁をかけてはいけないというのです。行儀の話ではありません。逆に味噌汁の中にご飯を入れるのは平気なのですから。茶碗のご飯に味噌汁をかけると、ズブズブと崩れていきます。これが落盤事故に似ているので、縁起が悪いということらしいのです。
現在も、多くの現場でこうした風習は根強く残っています。地面の下には予想不可能なリスクが眠っているという意識が強いのでしょう。科学技術の世界にタブーなど持ち込むなというのは、ある種の正論ですが、地盤工学や建築技術がいくら進歩しても、「見えないリスクにはある程度目をつぶる」というギャンブル性がつきまとう以上、こうした迷信で心に謙虚さ保つのは悪いことでは無いでしょう。
長屋で最もたくさん書いたこと
恥ずかしながらこの長屋にわらじを脱いで、もう少しで一年になります。1番沢山書いた記事は北陸新幹線関係、2番目が関西大阪万博関係となりました。京都盆地や丹波山地で無理な大深度地下トンネルを作ろうとしたが、計画が具体的になるほどあちこちでボロが出て、断念に向かいはじめて北陸新幹線小浜ルート。もともと、建物を作ることなど想定していなかった夢洲で博覧会をするは、カジノは建てるはという無茶がたたって、身動きが出来なくなった関西大阪万国博。どちらに関しても、最初のボタンの掛け違いは「地盤」というものを甘く見たことだったと思います。
他にも、リニア中央新幹線沿線での水涸れや地盤沈下、鹿児島の北薩トンネルの崩落なども記事にしました。これらの共通点は、「加害者」側ですら因果関係を認めているの状況なのに、問題が発生したメカニズムがほとんど解明されていないということです。そして、またしても同様の事故がおこってしまいました。埼玉の八潮市での道路陥没です。
このニュースにも奇妙なことがいくつかあります。まず、官民あげて全力で人命救助をしていながら、作業にえらく時間がかかっています。重機のほんの数m下に幾重不明者がいるかもしれないのにです。また、穴のなかでどんな事態が進行しているのか、ほとんどわからないこともおかしな話です。ドローンなども使われていますが、肝心の部分は誰にも見えていません。
けれども一番不思議なのは、発生直後から「下水道が原因である可能性が高い」と発表されていることです。かなり詳しいストーリーまで出来ています。埼玉県の水道局?関係者の説明では
「地中に埋められた下水道管が破損して、徐々にその穴に土砂が流れ込み、地中に空洞が発生。それにより、その上を通るトラックなどの重みに耐えられず路面が陥没した可能性があります。
下水道管の標準的な耐用年数が50年とされていますが、該当箇所はまだ42年しか経過していないものでした。今回、破損したのは老朽化のほかに、下水で生じた硫化水素が空気に触れて硫酸となり、コンクリートを腐食させた影響が考えられます。」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a78562eca2eb35f706a9f7c86165dba4d5acbe9f?page=1
などとなっています。
メディアがこの説の状況証拠のように提示されたのが、2023年のストリートビューにみられる亀裂と、ここ数年周辺で感じられたという悪臭です。
「風が強い時に下水の臭いがかなり強く漂っていたんです。なんか臭いなぁってのはもう何年も前からずっとあった」(50代女性)
https://news.yahoo.co.jp/articles/a78562eca2eb35f706a9f7c86165dba4d5acbe9f?page=2
土はどこへ行った
けれども、私にはこの下水管犯人説は、どうも信じられません。
理由はまず、穴が大きすぎることです。現在の穴の大きさは直径40m深さ15mということですが、穴の形が円錐型(シャンパングラス型)だったとすれば、失われた土の量は
20 × 20 × π × 15 /3 = 約6000立方m にもなります。
下水管は敷設されて42年ですから、完成3年目に穴が空いたとしても、最低でも毎年150立方m、一日に400リットル、毎時16リットルほどのペースで土が出てきたことになります。こんな分量の土が流れ込んだら下水管が詰まってしまうのではないでしょうか。
2021年には管内部を検査したそうですが、こうした問題は発見されていません。
https://news.yahoo.co.jp/articles/11449215d653d4f796fd51480f4b3ddb320e61e7
また、事故発生時の映像を見ても、穴は転落車の重さで空いたものではなく、数秒前に自然に空いたものだとわかります。交通量を考えれば、その数秒前まで何の問題もなく多数の車両が通過していたはずです。
もし、何年もかけて少しずつ土が下水管に流されたのなら、こうなる以前に小規模な陥没事故が何回か起こっていたはずです。2023年にアスファルトの亀裂を整備する道路補修が行われていることと、今回の事故を関連付ける報道もありますが、この段階で地下に空洞がもしあれば、補修用の重機を乗り入れた瞬間にその重さで、規模はともかくとして陥没が発生していたはずです。
どうやら、この陥没の直接の原因となった地下の空洞は年単位で少しずつ大きくなったものではなさそうです。
ウンコの香りの謎
硫化水素と硫酸の話もやや違和感があります。コンクリートを腐食は、汚水内で発生した硫化水素が空気中の酸素と反応してできた硫酸によるもので、硫化水素自体のものではないはずです(そんな反応聞いたこともないです)。とすれば、下水管内には十分な量の酸素があったはずですから(空気の5分の1は酸素)、管内が硫酸ができる環境(温度など)ならば、原料の硫化水素は大部分が消費され硫酸になってしまうはずです。さらに、下水管から地表までの10mもあるわけですから、下水管にあいた穴から少量の硫化水素がもれたとしても、地表でまで匂うとは思えません。
もうひとつ、瓦礫の撤去がかなり進んだ2月2日のニュース映像で、下からゴボゴボと大量の水が湧いてきています。もし、これが下水から来たものなら、すさまじい硫化水素臭(上品に言えばウンコの香り)がするはずですが、そんな話は報道されていません。では、この水はどこから来たのでしょう。
下水以外にあるパイプ類(上水道、用水)は全て地表付近にあり、これらが出所なら水は上から流れ落ちてくるはずなのですが、そんな様子もありません。穴の壁部分の土も乾いている様子です。そもそも、こうした種類の水ならば、バルブなどで簡単に止めてしまえるはずです。
この水は地下水ではないでしょうか。東京大生産技術研究所の桑野玲子教授(地盤工学)は 「八潮地域は砂地盤で地下水位も高く、......」と述べておられます。
https://www.sankei.com/article/20250201-HOQAJRY33VPXZFKQD2DQLGJIA4/
ズブズブの関東ローム層
砂地盤の話が出ましたので、簡単に説明しておきます。関東平野のほぼ真ん中の八潮市の地盤は基本的に関東ローム層(火山近傍の裸地から風によって舞い上げられた火山性の細粒子が堆積した「風塵(レス)」)です。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e2c3bcd7bd3e44bd837e469d5b9169a111a13457
「風塵」というところがミソで、はかない人生の喩えにされるぐらいですから、軽く飛びやすくボソボソです。しかも、それは普通の地層のように海や湖の底にたまって固まったものではなく、風で飛ばされて来て降り積もっただけのものですから、関東ローム層の土は気合いの入ったボソボソです。そのため水田耕作には向きません。
ここで冒頭の話になります。普通に装ったご飯に味噌汁をかけると、茶碗の中にズブズブと沈んでいきます。「朝はパン食」という方のために説明し直すと、コーヒーをペーパードリップで淹れるとき、熱湯をかけると中の粉はこれまたズブズブ沈んでいきます。要は、ボソボソした粉状のもの(ご飯、挽いたコーヒー)に液体(味噌汁、熱湯)をかけると、ズブズブと潰れて沈んでしまうということです。
八潮市の話に戻せば、もし関東ローム層の柔らかい地層に、なんらかの原因で地下水が「突然」流れ込めば、ズブズブと沈んで上に空洞が出来ても不思議はないという話です。この「突然」には人間のやる工事なども含まれます。リニア中央新幹線建設による岐阜瑞浪の地盤沈下などは、これに近い例なのでしょう。よかったら、私の過去記事を読んでみてください。
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/06/07_1522.html
はずれてほしい私の仮説
「八潮での陥没は、地域に地下水が流れ込むことで、関東ローム層主体の柔らかい地層が縮むか、水の流れにのって運び出されるかして消滅し、地下に巨大な空洞ができる(図1の②)。その後、何かのきっかけで空洞が潰れて、地上では陥没がおこった。」というのが私の仮説です。
もう少し踏み込んで推定すれば、「何かのきっかけ」は2回あったように思います。1回目は、地下10mにある下水管の崩壊です。地下水によって下水管の下の土が少しずつえぐられ、下水管が歪み始めます。このため管と管の継ぎ目が開き下水が漏れ出して、匂いが上がっていきます(図1の③)。硫酸で下水管に穴が空いた場合よりも漏れ出す汚水の量は多くなるはずです。
歪みに耐えられなくなった下水管は崩壊して下の空洞に落下します(図1の④)。トラックの転落の直前におこり、連絡事故のあとにもう一つの穴が出来ました。
次に、下水管に支えられていた土砂も地下水の中に落下し、空洞は上に広がり、地表付近にあった雨水幹線(現状でユンボで取り除かれているコンクリート製の箱状の残骸)も崩壊します(図1の⑤)。このため雨水幹線が支えていた真ん中の部分が崩壊落下し、2つの穴が繋がります(図1の⑥)。
下水管崩落後は、流れてきた下水は穴の中に全てぶちまけられますが、悪臭の話はほとんど報道されていません。これは、おそらく地下水の方が下水よりも圧倒的に多くて、悪臭のもとは薄められ、いっしょに流されてしまうからだと思います。
あくまで報道される画像や映像からした推理なので、どこまで正しいのかわかりませんが、これまでの事故の経緯とはよくあっていると思います。いずれにせよ数日後、瓦礫の撤去が進み地下の下水管の状態がわかれば、仮説がどの程度当たっていたかが分かるはずです。
もし、このシナリオが正しければ、残念ながら今後もしばらくは地下水の乱暴狼藉が続くはずで、穴は横方向へも深さ方向へも広がるでしょう。転落された方の救助の妨げになります。ボソボソの関東ローム層が相手ですから、やりたい放題やるでしょう。
この地下水をなんとか制御しない限り、この場所に新たな下水管を作るのは、かなり難しいのではないでしょうか。そうなると復旧は、最低でも何ヶ月単位の話になります。
埼玉県の東半分の下水はこの管を通って流れているとの話ですから、とてつもないことになりそうです。被害がこれ以上は拡大しないことを祈るしかありません。