山地を嫌う高速鉄道【北陸新幹線 その7】

 今回から5回に分けて、第Ⅲ区(京都府北部の丹波山地)の長大トンネルの問題を解説します。今回と次回はコースの技術的難しさを地形の面から、3回目は一番の難物である残土処理について、ラスト2回はトンネル掘削自体のリスクや環境への悪影響を、それぞれ解説する予定です。

 これまで北陸新幹線の敦賀以南の延伸について、新大阪から京都市街地までの区間(第Ⅰ区、第Ⅱ区)の問題を見てきました。第Ⅰ区の新大阪・京都間は、ここに新幹線を作る理由自体がわかりません。第Ⅱ区の京都市街地での水問題は、よく言われる井戸水の枯渇やトンネルの水没リスクが大きすぎたのでしょう。市街地の地下を通るルートは断念され、比叡山や団文字山の下へ迂回することになりました。膨大な工事費の追加になります。走行時間も余計にかかることになり、現行のサンダーバードとの差がさらに縮まることになりそうです。

 難所中の難所

 けれども、そんな議論するのがアホらしくなるほどの難所があります。長大トンネルが連続する第Ⅲ区の丹波山地です。地形図や航空写真をみてみましょう。ものすごいところです。由良川沿いを除けば、集落どころか道らしい道もほとんどありません。
 平安時代ぐらいから京都と日本海との間は盛んに行き来がありました。けれども、百人一首にも歌われた大江山経由(ほぼ今の山陰本線)のルートや、鯖街道と呼ばれる琵琶湖沿(一部はほぼ今の湖西線)のルートなどが使われ、丹波山地を横切るのは避けられていました。あまりにも山深いからです。北陸新幹線は、なんでわざわざ、こんな山岳コースを選んだのでしょうか。

 目指せ世界一、国定公園ブチ抜くぞ

 ここでクイズをひとつ。「山脈」と「山地」はどうちがうのでしょうか。また、西日本に多いのは、このうちどちらでしょうか。
 山脈とは一本の大地のシワです。同じような高さの尾根が直線状に、時には何十kmもまっすぐに続くのが山脈です。日高・奥羽・飛騨・木曽・赤石......大規模な山脈は全て中部地方より東にあります。参勤交代の時代から、大きな街道は谷筋沿いに山脈と平行に作られていました。時代が下り、鉄道(特に高速鉄道)は曲線になると大きく速度が落ちるので、トンネルや鉄橋なども使い、さらにまっすぐ走るようになりました。東北新幹線や上越新幹線はみごとな直線コースになっています。
 一方、紀伊・中国・四国・筑紫・九州......西日本には山地ばかりで大きな山脈はありません。山地とは、簡単に言えば古い山脈が断層やら風化やらでグダグダになったものです。ですから、西日本にはあまり高い山はありません。近畿以西で最も高いのは四国山地にある石鎚山(1,982m)で、2000m以上の山さえありません。今回、問題になっている京都も、千葉・沖縄に次いで全国3番目に高い山の無い都道府県ですが、なめてもらっては困ります。
 断層や風化などのせいで峰や谷は直線状にならず、中低山の間をぬって川が網の目のように流れるというのが、西日本の山地のパターンです。道路や線路は、川と一緒に曲がりくねります。典型は、京都と日本海側を結ぶ山陰本線で、新緑や紅葉を楽しむにはとてもよいのですが、およそスピードは出ません。
 そこで今回の延伸では、1本の長大トンネルで一気に丹波山地の下を抜けてしまい、ついでに京都市街では、大深度地下にして用地買収も省略しようというプランになりました。

 京都-小浜間の直線距離は約40kmですが、滋賀県を避けるために大きく西に迂回して丹波高地(山地)に突っ込み、公表されているコースは50km近くにもなります。そのうち最低でも40kmがトンネルで、もしかしたら、小浜付近を除いて全線が地下を走るのかもしれません。
 京都側の第Ⅱ区も市街地を避けたために山岳トンネルになりそうで、Ⅱ区とⅢ区の全てをトンネルにしてつなぐと、青函トンネル(54km)超えの日本一、あるいは世界一(58km)まで狙えます。費用をケチっている場合ではありません......いや、ケチりようがありません。

 山岳トンネルの3つのパターン

 まずは、図1をご覧ください。長いトンネルの工事で、入り口と出口の両端だけから掘削するのは効率が悪く工期は長くなります。このため、どこか途中で線路が地上に出る区間(あかり区間)を作る【仮に「あかり方式」と呼びましょう】などして、1つのトンネルを多くの工区に分けて効率を上げるのが普通です。
 ただし、海底トンネルなどで途中部分からアクセスできないときは、素直に両端だけから掘る【「直結方式」と呼びましょう】しかありません。ちなみに、青函トンネルは24年かかりました。よほどの必要性・公共性が無い限り、こんな工法は選ばれません。

ではこの3つの方式を比較してみましょう。

「あかり方式」
 メリット
  工区を分割できるので、工期が短くなる。
  立坑がいらないので、残土の搬出がしやすい。

 デメリット
  膨大な用地買収が発生する。
  工事中も完成後も環境負荷が大きい。
  あかり区間に暴風・防雪対策が必要。
  線路に大きな勾配ができ、速度を出しにくい。

「立坑方式」
 メリット
  工区を分割できるので、工期が短くなる。
  用地買収が少ない。
  トンネル内を平坦にできる。
  完成後は環境負荷が小さい。

 デメリット
  立坑や斜坑の分まで、さらにトンネル工事が必要になる。
  雨水や地下水が立坑から流入する恐れがある。
  残土の運び出しが難しい
  完成後は立坑も取り付け道路も、ほとんど無駄になる。

「直結方式」
 メリット
  大深度を利用するので用地買収がほとんどいらない。
  環境負荷が極めて小さい。
  トンネル内を平坦にできる。

 デメリット
  工区を分割できず工期が長くなる。
  事前データが少なく、難工事になりやすい。

 直結方式以外は、丹波山地のどこかに中間拠点(仮にそう呼びましょう)を儲けて、そこから大量の工事残土をダンプカーで運び出すことになり、京都府北部の住民にとっては迷惑極まりありません。間違いなく反対運動が本格化・泥沼化しますから、立坑などの用地買収も難しくなり着工が遅れるでしょう。また、そこから幹線道路(恐らく国道161号)まで何kmも、ダンプカーが走れる規格の作業道を新設する必要があり、ここでもまた用地買収の問題が発生します。
 つまり何をやっても、天文学的な経費と長い準備期間や工事期間が必要になることが分かります。少なくとも着工後15年で完成というのは、見え透いた夢物語でしょう。次回は、各方式の利点と欠点を比較しすることで、いずれの方式でも問題が解決しないということをお話しましょう。

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 一長十短四苦八苦【北陸新幹線 その8】

 北陸新幹線で京丹波地区にトンネルを掘ると何がおこるのか。確実なのは環境の悪化ですが、どこで何がどれぐらい起こるのかは、具体的には雲を掴むような話です。
 そこで、まずトンネル工事で出てくる残土の分量を概算してみましょう。トンネルの長さが40kmで、直径10mの円だとします。実際こんなに無駄なくキレイに掘れるものではありませんが、最低限の量だと思ってください。

40000×5×5×π = 3140000 立方m

 残土の比重を2.5として、約800万t。5t積みのダンプで160万回。往復ですから最低での320万回、どこかのトンネル入り口と処分場(あればの話ですが)との間を大型ダンプが走ることになります。

 さすがに無理な直結方式

 図1を見ていただければ分かると思いますが、残土を運び出せるのは、直結方式なら京都側と小浜側の2カ所だけで、それぞれダンプが160万回通れる強度の道路が必要になります。
 15年かけて掘るのなら、

160万 ÷(15×365×24)= 12   (=6往復)

 つまり、365日24時間休み無く、5分間に1回ダンプが走るということです。実際には積み込みなどに時間がかかり、時間効率はかなり悪いはずですから、ダンプの走る頻度は1時間に数台程度でしょう。
 直結方式なら工期は20~30年はかかりそうで、15年というノルマとはだいぶ開きがあります。それに、少なくとも京都駅側の市街地に関しては、一日中、頻繁にダンプが走るというのは現実的ではありません。
 実のところ、直結方式などだれも考えてもいないでしょうが、あかり区間や立坑の必要性を示すため、あえて計算してみました。

 あかり方式、お呼びじゃない

 では次に、あかり方式はどうか。上で説明したように、丹波山地には直線的に続く谷筋が、ほとんどありませんから、地上を走れば小トンネルと鉄橋の連続になり費用が増大します。用地買収・環境問題・積雪......苦労して地上まで上がってきても、「お呼びじゃない」ので、長居は無用。さっさと地下に戻りましょう。
 つまり、京都駅を出た後、20~30kmの上りがあり、一瞬地上に出ただけで、今度は小浜まで下りが続きます。これに急カーブが加わるのですから、高速鉄道というよりジェットコースターです。考えてみればバカバカしい話で、工事を容易にするためだけに、完成後は何のメリットも無いのに、トンネル内に急勾配の上昇下降区間ができます。
 自民党筋から唐突に「京都府北部に新駅」を作ろうという話が出てきたのは、あかり方式にせめてものメリットを見いだす構想のようでしたが、提案の段階で地域の顰蹙を買っています。こんなところに、高い特急券が必要な列車しか停まらない駅を作っても、地元には迷惑なだけですから。

 経費爆食い立坑方式

 あかり区間がダメとなると、立坑を複数作って工事負担を分散するよりありません。実際、大文字山付近で立坑をつくるためのボーリング調査が行われているようです。
 もうすこし計算してみましょう。立坑をもう1カ所作って、一カ所あたりの残土運び出し量が全体の3分の1になっても、1カ所あたり毎時10tの残土を、中間拠点から運び出す必要があります。
 中間拠点から真上の地上まで、浅いところでも約200m、小ぶりなタワマンぐらいです。エレベーターで運ぶしかなさそうですが、高速エレベーターは秒速1mで昇降しますから、往復で400秒。これに積み下ろしの時間を含めたら1往復に10分程度はかかりますから、一時間に6往復が限界です。
 エレベーターが1回に運べる土砂はせいぜい0.5t程度(土砂を入れる容器の重量は含まない)でしょうから、1時間に20回運ぶ必要がでてきますから、20÷6で、4台必要になります。メンテやら故障やらを考えたら最低5~6台は欲しいところです。巨大な立坑を掘ってエレベーターが安全に使える程度の基礎工事をして......これだけでも数年はかかりそうです。
 もちろん、立坑から国道162号線まで、数kmの専用道路も作らなければなりません。国定公園のどまん中に、土砂を満載した大型ダンプが一日何十台も、15年以上走っても耐えられる道をどうやってつくるのでしょうか。地質調査、設計、環境アセス、用地買収......これらを反対派包囲網の中で完遂しなければなりません。トンネル掘りの準備の段階ですでに、費用・工期ともとてつもない事になりそうです。その上、工事が終われば立坑や取り付け道路もエレベーターも無用の長物。虚しい限りです。

 具体化することの恐怖

 直結方式、あかり方式、立坑方式......どれも一長十短、ひとつ問題を解決すると別の大問題が次々発生します。どの方式を選択するのか、あるいはどう組み合わせるのかは公表されてきませんでした。けれども、詳細なコースを発表するとなると、いくらなんでも「黙秘」は不可能ですから、あかり区間やら立坑の位置ぐらいは、渋々発表するでしょう。
 けれども用地買収交渉前にこれをやれば、地権者は態度を硬化させるかねません。たとえ、もともとは値段次第で売る気のあった地主さんでも、いきなり「お前の家を壊して立坑にする」と言われればカチンと来ます。また、地元在住者や専門家の指摘で、技術的な問題点がボロボロ出てくるはずです。逆に、詳細ルート公表前に地権者などに根回しをすると、インサイダー取引じみた事になります。
 いずれにせよ、計画が具体化すると言うことは、困難さや生臭さも具体化することになります。特に、工事費用については恐ろしい数字が表れ、明らかに着工5条件の達成はますます遠のくことになるでしょう。
 次回は、地域にとって最大の問題と言われている残土の、「最終処分地」への運搬と実際の処理について検討してみることにしましょう。地下トンネルのリスクは、掘ってみないと分からないものが多いのですが、この残土の処理だけは確実に発生します