ゾンビ対吸血鬼......北陸新幹線延伸ルートの論点整理【北陸新幹線 番外編】

 敦賀延伸以来、話題になることの少なかった北陸新幹線ですが、6月後半になって、来年度予算の概算請求に向けて有利な既成事実をつくろうという動きが活発になってきました。この先の延伸コースを「敦賀から琵琶湖の北を米原に抜ける米原ルート」か、「京都府をトンネルで南北にブチ抜く小浜ルート」かの論争が再燃しはじめました。どうやら、決定したはずの小浜ルートでの開通は不可能だということが、少しずつ明らかになってきているからのようです。理由の数々は、【北陸新幹線】という目印のついた6本の過去記事を読んでください。

 小浜にこだわる懲りない面々

 本気で北陸新幹線の関西方面への延伸を考えている側は、「米原ルート」を蘇らそうと躍起でゾンビが息を吹き返しつつあります。小浜ルートを着工してしまったら、半永久的に延伸は完成しないからです。
 彼らは極めて真面目です。主に、石川県内の首長(県知事は別)や地方議員などの北陸北部の政治家、そして最近加わった維新系の関西の論者など、その言い分はシンプルです。「延伸はできる方法でやろう」

 一方、小浜論者はその思惑によって4つのグループに分けられます。まず、小浜の不可能性がわかっていないか、どうでもいいと考えているとしか思えない面々です。
 代表例は、福井県選出・稲田朋美衆院議員。「小浜・京都・大阪へとつなげていく。ここにいるみなさんが心をひとつにするということがとてもとても重要。小浜ルート一択」などと吠えておられまます。「北陸新幹線小浜・京都ルート建設促進同盟会の総会と決起集会」での発言ですから、もともと「みなさん」の「心はひとつ」で「小浜ルート一択」に決まっています。技術的な困難さについて何もわかっていないのか、全くどうでもいいと思っているのかは、私には判定できません。

 二番目に、選挙基盤などのせいで「小浜断念」を言い出しにくいグループです。福井県内でよく見られる主張ですが、義理と議席を守るために現実不可能なことを言っていると見なされても仕方のない、一種のポジショントークです。
 杉本達治福井県知事は、「(小浜ルートは)乗り換えがない。お金が安い。時間が短い。日本の将来のために必要不可欠なルートとして小浜京都ルートがある」言うに事欠いてなのかも知れませんが、よくもこれだけ無茶を叫ぶものです。簡単に反論しておきましょう。

 「乗り換えがない」......小浜ルートでも大深度地下ホームで「たちの悪い」乗り換えが残りますhttp://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/29_0826.html【北陸新幹線 その3】参照)。終着点を大阪では無く不便な新大阪にしてしまった時点で、乗り換えは北陸新幹線の宿命になってしまいました。

 「お金が安い」......地球一周の「南米ルート」と比べての話ですか。
 「時間が短い」......敦賀・京都間を33分短縮することに、どれだけの意味があるのでしょうか。http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/06/12_2141.html京都市街地での迂回やら、http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/29_0826.html大深度ホームとの乗り換えにかかる時間を考えたら、過去のサンダーバードと比較してわずか10分程度の短縮になるのがせいぜいのところでしょう。
 なんでこれが「日本の将来のために必要不可欠」なのか、全く分かりません。

 三番目は、とにかく延伸自体を潰してしまいたいグループです。小浜ルートは着工しても、いずれ自動的に座礁するからです。三日月知事をはじめとする滋賀県民にとっては、実現可能な「米原ルート」が復活するのは悪夢です。ゾンビの心臓には早めに杭を打ってしまいたいところです。

 最後の四番目は、工事を長引かせてより長い間利権にありつけるという連中です。たいていは、「もう決まったことだからゴチャゴチャ言うな」という論陣を張ります。真面目に議論をするのはまずいことが分かっているのでしょう。
 京都府選出・西田昌司参院議員はやはりその総決起集会で「米原ルートなる名前が頻繁に報道されているが、与党PTですでに手続き的には小浜・京都・大阪で決まっている。それを蒸し返す話は断じてありえない」。状況が変わったり新たな事実がでてきても、原理原則は守るというのも一つの見識ですが、それなら「憲法改正」なんて論外ということになりますよね。
 そもそも小浜ルートは本当に「決まった」ことなんでしょうか。与党・政府のPT(ピンボケ提言......じゃなくてプロジェクトチーム)なんてただの任意団体でしょ。「法的拘束力はない」という維新の議論も、彼らにしては珍しく正論です。

 一方、小浜派の既成事実原理主義者たちは、「着工さえできれば完成する必要はない」というのが本音のようです。実際、来年度後半に着工して、奇跡的に順調に進んでも、完成は2040年ごろ。おそらく実際には、遅延に遅延を重ねたあげく静かに消滅するでしょう。

 丹波は吸血鬼の住処

 永遠に完成しないのでバルセロナのサグラダファミリアにたとえられることがありますが、あちらさんは未完成でも礼拝堂や観光施設として立派に機能しています。一方、何の生産性もない破壊と消耗の続くこのトンネル工事は、北近畿のインパールでの、タンバール作戦とでも呼ぶべきでしょう。
 納税者にとっては吸血鬼みたいなものですが、工事が続く限り利益が発生する立場からみると、下手に順調に完成してしまうより、よほど美味しい生き血がすえます。もちろん手抜きもやりたい放題。いずれ廃墟になるのですから、工事中の自分たちの安全さえ確保できれば、無茶な設計やいい加減な施工もOKです。

 官僚さんたちも、今の財政状況では吸血鬼やゾンビに付き合う余裕はありませから、こんなものを出してきました。https://news.yahoo.co.jp/articles/37f0700a7ebe344d44a3cd15fe5db30c71582299国土交通省鉄道局は2024年6月19日、未着工となっている北陸新幹線の敦賀~新大阪間について、「米原ルート」に関する見解を明らかにしました。技術的な問題を挙げていますが、どれも小浜ルートが抱える大問題の数々と比べたら些細な話です。リニア開通後には、東海道新幹線の並行在来線化をはじめ、事情が大きく変わってくることも無視しています。
 そして、この意見書の最大の問題点は、米原ルートというものがあることを暗に認めてしまっている点です。少なくとも無視し得ない提案だと認識しているわけです。要は、どちらのルートも勝ち組にしたくないのです。着工すれば、無意味で面倒な仕事が大量に降って来ます。ここが民間とは違うところで、ますます話は混乱します。

 ラスボスはトロイの木馬

 そういえば、さっき小浜派の「総決起集会」。実は変な決議を上げています。「駅位置や詳細ルートの公表」「国費の大幅増加による財源確保など着工5条件の早期解決」「2025年度の認可着工、一日も早い全線開業実現」、「JR小浜線が並行在来線でないことの確認」の4項目が主眼らしいのですが、結果的に小浜ルートの無理や矛盾を表面化する話ばかりです。
 「駅位置や詳細ルートの公表」......反対運動に燃料を投入する気なのでしょうか、駅や立坑の予定地などで一坪運動でもされたら、それだけで着工は大幅に遅れます。だいたい、まともな地質調査もせずに詳細なコースを決めようというのですから、無責任極まりない話で、施工させられる現場はたまったものではありません。
 「国費の大幅増加による財源確保など着工5条件の早期解決」いくら国費をぶち込んでも、これは土台無理な話です。「安定的な財源見通しの確保」、「収支採算性」、「投資効果」、「営業主体であるJRの同意」、「並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意」というのが5条件ですが、一時的に大金を投入しても、「将来にの採算性」と「投資効果」の改善は期待出来ません。おまけに、湖西線や北陸本線の経営分離など滋賀県が同意するはずがありあません。
 それどころか法的根拠のはっきりしない「5条件」という言葉をわざわざ持ち出してしまうと、「現状では着工できないこと」をアピールしていることになります。もし本当に前進したいのなら、「5条件に拘らない柔軟な政治判断を求める」とでもすべきでした。
 馬脚の出た議論のあげく「今年度中に認可着工するぞぉ~」と吠えても、虚しいスローガンにしかなりません。「JR小浜線が並行在来線でないことの確認」というのも同じ意味でマヌケな話で、「並行在来線」という言葉を出してしまうと、湖西線や北陸本線どころか、他の整備新幹線との比較の話にまでなり、JR西日本が身動きできなくなります。
 小浜原理主義者のラスボスである京都府選出の西田参院議員は、新大阪延伸の早期実現を叫びながら、復活しつつある「米原ルート」を潰すと同時に、「小浜ルート」をわざと頓挫させようとしか思えません。もしかしたら、京都の反対派が放ったトロイの木馬なのではないでしょうか。