「一見さんはお断りどす」......京都観光のビジネスモデル【北陸新幹線 その6】

 プロジェクトX時代の象徴、東海道新幹線の建設。困難には技術と根性で打ち勝つことが当たり前でした。上り坂の日本には十分な資金や時間......そして何よりも国民の熱い思いがありました。けれども、令和の整備新幹線。国にも地方にもお金はありません。おまけに、大部分の国民の冷たい視線。プロジェクト×(プロジェクトぺけ)の時代なのです。

 いけずな京都の冷たい視線

 これまで北陸新幹線の技術的困難のお話を延々としてきました。けれども、こうした問題も、もしお金をジャブジャブつぎ込めるなら何とでもなるでしょう。でも、はっきり言います「そんなお金はどこにもありません」。
 特に、走行区間が一番長い京都市は、只でさえ高齢化の上に産業の空洞化で市税が集まらず、財政再建団体転落に王手をかけた状態です。高額な工事費の地元負担を求められたら、笑ってごまかすか泣いてあやまるかの難しい判断を迫られるでしょう。
 市債を発行して国に買い上げてもらい、ボチボチ返すというような姑息な手口もありますが、市の未来を安値でJRに売り渡すような政策を、いけず日本一の市民が許すとは思えません。北陸新幹線は京都のビジネスには何のメリットもないことが、すでにバレているからです。

 京阪神の産業で北陸との関係が深いのは、加賀友禅などの伝統工業か鯖江のメガネなどの精密工芸品です。もともと経済規模は小さく、消費地としての京阪神の劣化を考えれば、経済的には将来性があるとはとても思えません。新幹線ができて京都までの乗車時間が1時間ほど短くなったとしても、大した経済効果は発生しません。むしろ並行在来線問題の影響で貨物料金が値上げになったら、かえって打撃になります。

 では、大学関係のビジネスはどうか。確かに、京都は日本有数の大学都市で北陸三県からも多くの学生さんを多数受け入れていることは事実です。けれども、京大・同志社・立命館など、京都市内の大型大学はほとんどが市北部にあり、大深度地下の京都駅ホームから最低30分はかかりそうです。たとえば、金沢の場合、バカ高い新幹線定期券を買って自宅から片道2時間以上かけて通学したい学生が、どの程度いるかということです。
 毎日毎日列車に揺られて「トンネル通学」するよりは、都会で一人暮らしをしたいというのが、平均的な大学生のメンタリティー。当たり前といえば当たり前の話です。
 もとより新幹線通学ができるようになっても、学生数が急増する訳ではありません。実際、北陸新幹線の東京・金沢開通前後を比較しても、富山県・石川県から首都圏への大学進学者数が目に見えて増えたわけではありません。もちろん、少子化の影響も言うまでもありません。

 最も重要に見える観光需要。「北陸と京都、観光地どうし。近くなればWin-Win」などという脳天気な話もありますが、実際はそう簡単ではありません。京都の観光はコロナ後の需要回復で容量一杯になりつつあり、いわゆるオーバーツーリズムの状態に近づいています。中華人民共和国からの個人旅行が本格化する前ですらこれですから、今後、観光客がさらに溢れかえるのは目に見えています。
 その上に北陸新幹線が客数を増やすことの利害は微妙です。京都市が求めているのは、観光の量ではなく質だからです。ただ念のために言いますが、「北陸・信越や北関東の観光客は質が悪い」と言いたいわけではありません。

 「俗地巡礼」の傾向と対策

 少し解説をしましょう。京都の観光客はどのような形でお金が落とすのでしょうか。
 京都の観光名所の最大の特徴は入場料が安いことでしょう。それどころか無料のところも多数あります。神社仏閣はもともと宗教施設なのですから、当然といえば当然です。
 ここで問題を出します。次のコースを回ったときの入場料(拝観料など)は合計いくらでしょうか。

伏見稲荷(赤鳥居) → 清水寺 → 平安神宮 → 金閣寺 → 嵐山(竹林の道)

 「栄えスポット」を網羅したような王道、「俗地巡礼コース」とでも呼びましょうか。気になるお値段の方は、拝観料は清水寺と金閣寺で合計900円。市バス地下鉄の一日乗車券(1100円)を使えば2000円で、丸一日楽しめます。
 このうち、拝観料は税法上「宗教団体への寄付」なので、無税で国にも京都府市にも1円も行きません。一日乗車券のうち100円は消費税です。京都市交通局に行くのは1000円。これで、10回以上も市バスに乗られたら、燃料費・人件費などを考えればどう計算しても京都市は赤字です。
 この「俗地巡礼」の皆様が、弁当水筒持参で土産物も買わずに日帰りしたら、経済的には京都に何のメリットもありません。結局、飲食や宿泊、土産物のお金で京都の観光ビジネスは回っているのです。

 北陸新幹線が出来ると、多くの地域から日帰りでの京都観光が可能になります。宿泊地も芦原温泉や金沢などに流れることがあり(「俗地巡礼と温泉三昧の旅」とか)、京都での飲食や宿泊はむしろ減少しかねません。京都観光がどんどんカジュアル化してしまうと、混雑のわりにお金が落ちなくなりビジネス的にはマイナスなのです。オーバーツーリズムで、ゆっくり滞在してくれる本当の京都好きの足が遠のくとなると、関係者にとっては死活問題です。観光客数が増えると京都は潤うというような、単純な話ではありません。

 結局、京都市民にとっての北陸新幹線延伸の経済的メリットはほぼありません。少なくとも、只でさえ懐が寂しい行政が多額の公的資金をつぎ込む価値は無さそうです。

 確実で巨大なデメリット

 一方、負担の方は確実にあります。JR大本営の発表でも2.1兆円かかり、その何分の1かが自治体に回ってくることなると、走行距離が長い京都市の負担はどんなに少なく見積もっても1000億円。令和5年度の歳出の一割を超えていて、簡単に負担できる額ではありません。北陸新幹線延伸の経済面での最大の問題はこれです。

 そこへ、前回、解説をした水問題。もうひとつ、トンネル工事で出る残土の搬出問題も深刻です。仮に、最後の捨て場は全て北陸三県が引き受けてくれるとしても、どうやってそこまで運ぶのでしょうか。市街地の立坑や京都駅から搬出するとなると、ただでさえ狭い京都の道路を10年以上にわたって、大型ダンプが走り回ることなります。渋滞による経済損失もばかになりません。そしてホコリや騒音、交通事故、土に含まれる天然のヒ素......勘弁してください。

 京都市民にしてみれば、建設費を一部負担するどころか、適正な迷惑料をJR西日本と北陸三県に請求したいぐらいでしょう。京都府市の議会には、自民や維新などのイケイケ派を含めても、熱心な建設推進派はいないように見えます。いまのところ着工の可能性が見えないので、北陸さんの顔を立てて「即時建設」などとやっていますが、本当に話がすすんできたら何のかんのと理由をつけて抵抗すると思います。滋賀県民がやったことを、より洗練された陰険さで再現しているのが京都府民なのです。