古都の市街戦で不戦敗【北陸新幹線 その5】

 こんばんわ。村山恭平です。
 京都市内での渇水問題は北陸新幹線の大阪延伸計画の最大の障害とされています。岐阜瑞浪でのリニアが引き起こした井戸やため池の枯渇は、この問題をさらにクローズアップしたように見えます。

地下水に依存する京都

 よく言われるように、京都の文化や産業には水質に依存するものが多数あります。茶道、華道に始まり、日本庭園、友禅染、西陣織、京野菜、豆腐・湯葉などの大豆製品、京料理、和菓子など、中には市内での生産が衰えてしまったものや、水道水で代用できるものもありますが、京都盆地にだけ湧く軟水が必須のものも多数あります。また、銭湯や街路樹など単に安価で良質の地下水を必要とするものもあります。湧き水や井戸が全部枯れてしまったら、京都という街の魅力が大きくそがれることは間違いありません。
 もうひとつ、関東での大深度トンネル工事で報告されている地面の陥没も深刻です。寺院など大規模な木造建築は、一本の柱が数10cm沈めば、建物全体が崩壊することさえありえます。文化財だらけの京都は、大深度地下の工事をする技術者にとっては、地雷原のようなものです。
 当初、この二つの危惧は過小評価され、北山から堀川通を通って京都駅に抜ける図1のルートⅠのようなコースなら大丈夫だろうなどと巷間言われていました。確かに二条城の池が干上がるかもしれません。でも「大丈夫」です......京都には枯山水の技法があります。西本願寺の御影堂(国宝)が一瞬で瓦礫に山になるかもしれません。でも「大丈夫」です......御影堂は東本願寺にもあります。
 どちらも建設する側から見れば他人事です。「因果関係は立証されていない」と言って逃げてもいいですし、「公共性のためのやむを得ない犠牲だ」と開き直ってもいいでしょう。けれども、地下トンネルを建設するものにとって、水問題の本当の怖さは水没にあります。

 水没は永遠の懸念

 京都というのは不思議な街で、鴨川以外に大きな川がないのに、10万以上の人口を1000年、養えてきました。地下水が豊富だったからです。市の中心部では、ほとんどの場所で5mも掘れば井戸が出来ると言われています。私が子供時代に過ごした郊外の北白川周辺でも、川もため池もない場所に水田が広がっていました。潤沢な湧き水があったからなのでしょう。
  岐阜瑞浪の事例で、トンネルへの漏水量は少なめの数字でも毎秒20リットル、一日約150トン以上、すなわち小学校のプール30杯分以上です。もともと水の便が悪いのでため池をたくさん作った岐阜瑞浪でさえこれですから、京都市街ではその10倍になっても不思議はないでしょう。ただし、こればかりは掘ってみなければわかりません。でも、掘ってしまってからでは手遅れかもしれません。排水設備が止まると、工事中でも開通後でも漏水が始まって数時間でトンネルが水没しかねません。
 あまり知られていないことですが、京都の町は北から南にゆるやかに傾斜していて、山岳トンネルの出口から京都駅まで60m程度の落差があります。大深度の分も計算に入れたら100m以上にもなります。
 だから、市内の区間でトンネルに集まった水は全て京都駅に向かって流れ下って行きます。真横に排水用のトンネルを別に作れば、京都駅が水没するということはありません。けれども、大深度地下に集まった水は最終的にはポンプを使って汲み上げるより仕方ありません。列車が走ってようが走ってまいが、このポンプは24時間365日止められません。
 地下水はどんな銘水でもトンネルに吹き出した瞬間に汚水になります。ポンプで汲み上げたはいいけど、どこに捨てるのでしょう。沿線に大きな川は鴨川しかありませんが、ここを汚すことを京都人が許すとは思えません。結局、桂川か淀川まで運んでいって捨てることになるのでしょうが、膨大な電力が消費されます。
 また、地震などで水脈が変わり、想定外の出水があれば全てアウトです。この懸念は、大深度の路線を廃止するまで続きます

 ラスボスは我がふるさとの御影石

 実は、これらの水問題はある意味では解決済みなのです。JR西自体が京都の市街地は通らないことを宣言しています。ボーリング調査の実施状況などで考えれば、どうやらJRは京都市街地中心部をほぼ諦めて、図1のルートⅡのような、急なヘアピンコースを考えているようです。水問題を処理することは不可能と見て不戦敗を選んだということです。
 しかし、その結果どうなったか。まずコースが大きく U字型に曲がりました。北山のトンネルから出た列車は大きく右に曲がって大文字山の下を通って、清水寺の下あたりでさらに右に曲がって京都駅に向かう。京都行きでも京都発でも、この部分だけでも10分ぐらいかかりそうです。これでは小浜-京都間の17分、敦賀-京都間が33分というのはかなり難しそうです。

 地元では子供でさえ知っている話ですが、大文字山というのは水晶の産地です。と言っても、最大で小指の頭ぐらいしか見つからないのですから、本格的なマニアはやってきません。なんでこんなことを知っているかと言えば、私の実家の近くで、この山で少年時代知ったの石探しの面白さが、後に地球科学を専門にすることの最初のきっかけだったからです。
 お子様サイズとは言えコレクションに使えるぐらいの大きさの結晶が出るということは、この山の花崗岩の岩体はかなり大きいと言うことです。京大が近いこともあって、この花崗岩体はよく研究されていて、大雑把に言うと大文字山と比叡山の京都側の半分は花崗岩の巨石の集合のようなものです。
 花崗岩とは御影石の俗称で知られた白っぽい火成岩(マグマからできた石)で、墓石や建築に使われるぐらい堅く、掘削が難しい岩体の一つです。これまでの難工事の例は山陽新幹線の六甲トンネルがありますが、今回は大深度という悪条件がさらに加わります。やってみなければ分からないとは言え、普通に考えれば「より深く、より堅く、より大きな」巨石を相手にすることになります。どうやら、水問題から逃げて東山の下に迂回したせいで、とんでもない「ラスボス」に出会ってしまったようです。
 この地でボーリングをしているのを知った反対派のひとが、「工事を断念させるための資料を集めているのではないか」と首をひねっていました。確かに、ここの調査が始まったころから、(京都を通らない)米原ルートや大深度地下以外の工法の話が蒸し返しのように出てきたのは偶然なのでしょうか。
 見も蓋もないことを言えば、こんなブランドものの花崗岩の存在を知らずに、ボーリングをはじめてしまうということは、常識的な地質の知識のある技術者が大阪延伸チームにはいないか、いても権力者相手に「ここはダメです」と言える雰囲気では無かったのかも知れません。
 もう一つ言えば、「京都と滋賀の間に南北に伸びる東山は、古来から人の行き来が多く峠が何カ所もあるのに、本格的なトンネルが一本もないというのはなぜか」という当然の問題意識を、大規模な公共事業を立ち上げるような政治家には持って欲しいと思うのは、国民として贅沢な事なのでしょうか。