こんばんわ。村山恭平です。
北陸新幹線の大阪延伸の問題に戻ります。メディアなどでは延伸が難しい最大の原因に、「京都市内の渇水問題」があげられるのが普通です。ラスボスとまで言われることもあります。ただし、この問題よりも数段大きな、本物のラスボスは別にいるのですが、その話は京都府北部の山岳トンネルのところでやります。
というわけで今回は、トンネルと地下水の関係の話をするつもりでしたが、皮肉なことに最適な事例が、タイムリーに出てきてしまいました。
頑張れ俊介君
リニア中央新幹線のトンネル工事が続く岐阜県内で、コース周辺のため池や井戸の水が極端に減少したり干上がったりしはじめました。この地域では過去に事例のないことで、他に有力な原因もないことからなのか、JR東海はリニア原因説を認めました。
普通、こういう場合の「加害者」は「因果関係は不明」などと居直るものですが、JR東海の丹羽俊介社長は、あっさりと責任を認めてしまいました。私にとって、俊介社長は学生時代のアマチュア吹奏楽団の後輩で、あまり深い付き合いはないのですが、ラッパを吹く真面目な美少年という印象でした。名古屋の御実家と現場がわりと近いこともありますが、何はともあれ被害者に寄り添おうとするのは、いかにも彼らしいなと思います。
けれども、商売柄、地下水というものの恐ろしさを身にしみて知っている「先輩?」としては、「リニアを作るぞ」と言い出したわけでもない「後輩」に、回り合わせのせいで全ての責任が重くのしかかるのは納得できません。なんとか無事に乗り切ってほしいと思います。
天然ピタゴラスイッチ
少し技術的な話をしましょう。海やプールのような水の水圧は、単純に深さに比例します。水深20mの水圧は水深10mの2倍になります。ところが、地下水となると、いきなり話が複雑になります。周囲の岩盤や土砂が複雑な働きをするからです。
基本的に、岩盤は地下水に圧力がかかるのを防ぐ働きをします。だから、どんなに地下深いところを通るトンネルでも、中にある水の水圧は、地表の水たまりと同じ1気圧です。
ところが、天然の地下水層では、周囲の岩盤が上からの圧力を防ぎきれないと、逆に水を押しつぶすような働きをして、高圧の地下水ができます。結局、「そこにどれぐらいの水圧の地下水があるのか」は、掘ってみなければわかりません。そのためトンネルを掘る前には、必ずボーリング調査をします。もちろん、トンネルのコースが地下深くなるほど、水圧の予想、つまり湧水の予想が難しくなります。
トンネルと高圧の地下水が接触したときに、離れたところの別の地下水に影響がでることもあります。たとえば、図1のような例です。
① 地下水A,Bが上下にある場所で、Aを利用する井戸がある。
② 工事でトンネルが作られたとき、Bの層に穴が空き、水の流出が始まる。
③ Bの水圧が下がり、地盤が沈下し上部の地下水Aに流出する透き間ができる。
④ 地下水Aが、透き間を拡げながら流出し続ける。
⑤ 地下水Aが枯渇する。
⑥ トンネル周辺を固め直しても、地下水Aは元に戻らない。
もちろんこれは具体的な事例ではなく、トンネル工事の影響が、直接流入したのとは別の地下水に影響を与える例を、シンプルなメカニズムで作ってみたものです。
今回の岐阜瑞浪の事例で、一番遠い渇水場所はトンネルの先端から1km前後離れています。おそらくですが、多数の地層や地下水が関係する複雑なメカニズムが関係したのでしょう。いわばトンネル工事が「天然のピタゴラスイッチ」を押してしまったわけです。
今後のトンネル周辺での防水作業によって井戸やため池の水が戻るかどうかは、専門家でも自信がなさそうです。もし仮にトンネルへの湧水が一旦止まっても、工事を再開後して掘り進めば、別のピタゴラスイッチを押してしまい被害が拡大する可能性もあります。もうそうなれば、工事を続けることはまず政治的に不可能でしょう。
リニアの工事は当分止まる
JR東海は大きな課題を背負い込みました。原因究明と復旧に全力をあげるとのことですが、もし復旧しなかったらどうやって補償するのでしょう。もともと水の便の悪いところですから、ため池や井戸にどこから水をどうやって運ぶのか、永遠に経費を出すつもりなのか、......リニア沿線の他の地域の工事でも渇水がおこったら、全てJR東海が補償するのでしょうか。
瑞浪のケースでこれらのことを解決して、被害者側が一定の納得をしない限り、工事を続けることは難しいでしょう。最悪の場合、他の地域でも次々と同様の事例が見つかれば、リニアの建設計画全体が中止になりかねません。
もしそうなったら、JR東海は俊介社長ひとりに責任を押しつけて済ませるつもりなのでしょうか。地球科学の立場から言わせてもらえば、一番悪いのは、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」などという危険な法律を作って、用地買収の費用を出さずに大規模な公共事業をできるようにした官僚です。あるいは、地下水の怖さを知らずにロクに地質調査もせずに、政治家の言うままにコースを引いた無責任な土木技術者たちです。
「箱根八里はリニアで超すが、超すに超されぬ大井川」の辞世の句(都々逸風?)を残して去って行かれた(?)静岡県の川勝元知事(私の高校の大先輩で、部活も同じです)の主張も、実は正論だったのかもしれません。
今回の事例がおこるまでは私も、「リニアの本工事どころか、地下水への影響を調べるためのボーリング調査すら拒否するのは、さすがに不合理な嫌がらせではないか」と思っていました。けれども、岐阜瑞浪でこんなことになり、「蟻の一穴」のリスクを考えれば、十分に納得できる主張だったことになります。
少なくとも日本では、大深度地下トンネルによる鉄道建設は、今後は「周辺の地下水や河川水を回復不能の枯渇に追い込む可能性」を覚悟しない限り、できないのではないでしょうか。
おこらなかった偶然の出会い
ここから先は私の個人的な妄想です。川勝元知事も丹羽俊介社長も熱心なクラシック音楽ファンで、担当楽器もヴァイオリンにトランペットと花形。ミスをすると曲全体を壊してしまうような難しいパートで、勤勉さと責任感が必須です。お二人は真面目で理論派という点でも、よく似ておられるように思います。
活動場所も同じ東海地方。もし、リニアの話が出る前にどこかのコンサートの客席でででも知り合っておられたら、随分と大井川問題の展開も変わっていたような気がします。
もちろん、トップ一人の考えで全てが決まるわけではなく、趣味の世界とビジネスや政治は分けて考えるべきなのでしょう。けれども、リニアの問題は多分に感情的な部分があり、このお二人の間に少しでも個人的な信頼関係があれば、「まあ、あの人の話も聞いてみようか」ということになり、生産的な展開があったかも知れません。二人の有能な理論家が腹を割って話し合っていたら、何かが生まれていたような気がします。
特に、川勝元知事の水に対する感覚的な危機感を、俊介君が(賛否はともかく)しっかりと理解できていれば、今回の岐阜瑞浪の渇水騒ぎもここまで酷くなる前に何か手を打てていたような気がします。人と人との出会いは、地下水よりも複雑なピタゴラスイッチなのですから。
パワーアップしてラスボスに
話は北陸新幹線の延伸工事に戻ります。京都市内での地下水の枯渇は、最大の問題(ラスボス)ではないと書きましたが、もしかしたら今回のリニアの事例は、この「水問題」をラスボスに育ててしまったのかも知れません。「京都盆地内で、大深度地下にトンネルを掘るのは、技術的にも政治的にもとても不可能だ」ということが、改めて具体的に確認されたからです。