よくある議論に反論する(前半)- まずは落ち武者狩り   【北陸新幹線 その17】

 昨年末、北陸新幹線の新大阪延伸に関して大きなニュースが出ました。京都市内でのルートの絞り込みが出来ず、2025年度の着工は中止です。来年度予算案でも、2023、24年度に続いて「調査費」らしきものが盛り込まれましたが、今年度からの増額は1%以下の1500万円。インフレを考えれば事実上の減額で、その限られた調査費は小浜駅建設予定地の調査に使われるとのことです。
 もし本気で26年度の着工を目指すなら、京都市内での詳細な環境調査を行い、問題点の洗い出しをして地元との協議を進めるべきなのですが、そうした方向性は見えてきません。
 はっきり言いましょう。小浜ルート推進派はギブアップしたのではないでしょうか。今回、代表的な小浜推進論のいくつかに反論するつもりで、昨年末ごろから原稿を書きためていたのですが、こうなってしまうと落ち武者狩りになりかねません。気が重い話ですが始めます。
 なお『』は原則として原文記事からの引用です。

 四面楚歌のラスボス

 まずは小浜ルート原理主義者、西田昌司参議院議員の談話[1]。福井テレビの独占記事です。京都市内での詳細ルートの絞り込みに失敗し、25年度中の着工が絶望的になった上に、京都仏教会や伏見の酒造組合から事実上の小浜ルート拒否宣言が出された直後のものです。インタビューからの文字起こし記事ですから、細かく引用して反論するのはあまりフェアではないので、全体の問題点を大づかみに指摘しましょう。

1)夏頃から『年内に詳細ルート絞り込む』と散々息巻いたあげくの、今回の断念なのに、振り回してしまった関係者への謝罪がまったくありません。小浜ルートの破綻が広がっているのに、『急がば回れ』などとうそぶくのは、アジア太平洋戦争末期の「転進」とか「本土決戦」と言うのと同じで、ひとえに格好悪いものです。

2)行政プロジェクトが反対運動にぶつかったとき、よくあることですが、『情報提供と世論醸成をしていく』というのは、「京都人は無知で洗脳されているので、正しい知識を与えて善導する」と言っているのと同じで随分失礼な話です。
 被害を受けることが明確な地域住民に推進側が出来ることは「交渉」であり、求めるべきは「妥協」や「辛抱」です。

3)『それなりにサンダーバード(京阪神と北陸地方を結んでいた在来線特急;村山注)も便利だったので、"新幹線がどうしても欲しい"という府民感情、市民感情はない。そういうこともあり、はっきり言って関心が薄い。』
 よくお分かりじゃないですか。ただしこのあと、延伸メリットが、『確かにサンダーバードでもいいが新幹線は時間が半分以下になる』とおっしゃっていますが、これはほとんどウソです。
 時間が半分以下になるのは、新大阪か京都から小浜に行く場合だけで、隣駅の敦賀となるともう怪しくなります。桂川ルートなら乗り換えを、南北ルートなら京都駅付近での徐行運転を考慮すれば、現行サンダーバードの55分を半分にするというのは、まず無理な話です。

4)延伸に5兆円かかっても国が負担すべきだ。山陰新幹線や四国新幹線だと含めて50兆あれば、全国に10本の新幹線が出来る。国債を発行しろ。毎年5兆円出せ......みたいな事をおっしゃっていますが、103万円の壁を破るのに財源論で四苦八苦している国の話とは思えません。こんなのを真に受けて早期着工したら、あてにしていた国からの援助が結局なく、破産する自治体を量産しかねません。

5)『地下鉄御池線も東西線も、二条通りから西はオープンカットではなくてシールド工法でやり、水が枯れたとか汚れたという話はなかったという報告を受けている。そういう事を市長たちにも知ってもらわないといけない。まだ市長になられたばっかりだから知らないのかもしれないが、そういう大事な情報をしっかりと共有していかなければならない。』
 御池線と東西線は同じものです。『そういう大事な情報をしっかりと共有していかなければならない。』......などと嫌味は言いませんが、こんな言い間違いをする人が何を根拠に、市長より自分の方が情報を持っているとお考えなのでしょうか。
 同じシールド工法でも大深度となると問題の質が変わりかねません。既に、東京町田や岐阜瑞浪のリニア工事で、想定外の水涸れや地盤沈下などがおきています。京都市長が心配するのは当然です。

6)『琵琶湖そのものにもしトンネルを掘ったらどうなるか、というと、おそらく水は枯れないし汚れもしない。同様に、水のある所にトンネルを掘るのは、規模からすると細いホースを入れるようなもので、ほとんど環境には影響がない、というのが専門家の科学的知見に基づく意見。』
 こんなアホなことを言う専門家を見たことはありません。何を根拠に、どなたがおっしゃているのか教えてください。確かに、全体が水である琵琶湖の中にトンネルを作っても、周辺にの水にはほとんど影響はありませんが、岩盤と土砂と地下水の相互作用で圧力バランスを保っている地層に、穴を開けたり異物(コンクリート製のトンネル)を押し込んだりすれば、何がおこるか分かりません。ろくに地質調査もしていない段階で、あやしげな「専門家」をたてて、無責任なことは言わないでください。
 だいたい、鹿児島県の北薩摩トンネルでの崩壊も岐阜県のリニア工事での地盤沈下も、メカニズムさえ分かっていません。だから、まともな専門家なら断定的なことは言わないはずです。
 京都市の地下で何がおこるかを知る確実な方法は、実際にトンネルを掘ってみることです。ただし何かがおこってしまったら、多分もう取り返しはつかないでしょう。

7)記事の見出しにある『市民に寄り添う』などという言葉を、安易に加害者側が口にしてはいけません。「さっさと消えてくれ」と思っている相手に、無理に寄り添おうとするのはストーカー行為です。
 ちなみに参議院京都選挙区選出の西田先生は、今まで住人には寄り添ってこなかったのでしょうか。他にも、『京都府や京都市の方』など、京都の議員とは思えないような物言いです。「京都の議員は仮の姿、今年7月の選挙を過ぎたら、おそらくわしは只の老人だ」とでもおっしゃりたいのでしょうか。

8)『今年中に1つの案に決めてしまったら、1年3カ月後に工事できるように思うかもしれないが、それは府民、市民がオッケーと言えばの話。それがないまま、この案が良いと決めてしまうと、もう聞く耳を持たないのかという話になってしまう。だから、そういうことにならないように、 しっかり府民、市民の話を聞いて進める。』
 身内だけで勝手に小浜ルートに決める前におっしゃるのなら分かりますが、今になってこんなことを言っても、府市民は納得しません。無実の被告に死刑判決を出してから、「電気椅子と断頭台とどっちがいい」と尋ねているようなものです。

 暴走のスイッチ

  お次は、評論家の八幡和郎氏。この方の歴史関係の記事は、独自の視点での研究が深くて面白いのですが、NGワードが2つあります。「京都」と「医者」。これらがテーマになるとスイッチだが逆鱗だかしれませんが、人が変わったような暴走がはじまります。
 今回は、京都スイッチ。雑誌アゴラから、『京都の北陸新幹線「通せんぼ」は許されない:京都迂回路線の提案[2]』です。インタビューではなくご本人の書いた記事ですから、しっかり引用させていただきます。

『 北陸新幹線についての、京都のいけずで北陸の人をバカにした下劣なわがままは京都市民として恥ずかしい。』
 今回の京都市民のいけずは目的ではなく手段です。多大な迷惑にノーというのがなんで「北陸の人をバカにする」とこになったり、「下劣なわがまま」なのでしょう。

『全国的な交通網を通過させるのを地元の損得で決めるのをゆるすなんて許されない。滋賀県にとって東海道新幹線が通過することになんのメリットもないから、米原か草津あたりで終点にさせて、京都の人は在来線でそこまで来て東京と行き来したらどうか。』
 迷惑の程度によります。費用負担に関しては数千億単位。水や地盤沈下、残土などの環境被害は未知数。それなのに、高度成長期に環境負荷の少ない高架鉄道を、国(当時の国鉄)のお金で作った東海道新幹線を引き合いに出されても困ります。

『京都府や京都市が知らなかったわけでない。京都の知事や市長は市民の理解を得るのが大事とか言っているが、無責任にもほどがある。』
 大深度地下の工法や詳しい経路が決まったのはこの夏です。その後は最近まで、府市民はもとより、知事や市長にも公式に意見を言う場は作られていません。だいたいなんで知事や市長が、理解をしてもらう側なのでしょうか。

『地下水についても、大深度地下を掘ることの影響は京都市内を走る地下鉄、阪急、京阪に比べて影響は少ないのであって、まったく非科学的な主張です。』
 なんで大深度だと影響が少ないのか根拠不明です。京都盆地という特異な場所で、歴史の浅い大深度地下シールド工法をやるのですから、『影響は少ない』と事前に決めつけるのは無理です。

『日本酒だって、昔は、それぞれの土地の水で味が随分違ったが、現在は調整しているから地下水の成分にそれほど制約されるはずがない。』
 日本各地に地酒が存在する理由はないということですか。同じ米を使えば、世界中どこでも同じ酒がつくれるというのですから。日本酒に対する侮辱......ですが、あまり怒る気にもなりません。理由は言うまでもありませんよね。
 だいたい、酒造メーカーの懸念はそんな微妙な話ではありません。日本酒の醸造には軟水(簡単に言えばカルシウムなどのミネラル分が少ない水)が必須で、伏見の原水は京都盆地一帯に降った雨が地下に長年滞留することで生成される特殊な軟水です。含水層に長大なコンクリート製のトンネルを押し込んで、カルシウムたっぷりの出汁をとったらどうなるか、「調整」で済む話ではないでしょう。
 それだけではありません。JRは東京町田のリニア用トンネルの工事で地上にブクブク出てきたのと同じ発泡剤を京都でも撒いて、伏見の酒をスパークリングにするのでしょうか。風味うんぬん以前に、まともな日本酒できなくなるのが心配なのです。

『それに伏見の蔵元は、昔から桶買いで各地の酒を集めてブレンドして売っているではないか。』
 「伏見の酒の全てもしくは大部分が」という意味なら事実無根。名誉毀損や営業妨害と言われてもしかたありません。逆に「一部の酒が」というなら無意味な指摘です。各地の酒ではなく、伏見で作っている酒の話をしているのですから。

『また、京都仏教会という観光寺院などでつくる会が千年の悔いを残すとか言って反対しているが、本山が熱心な仏教徒が多い北陸の人が京都に来るのを邪魔して何が嬉しい。』
 京都仏教会の加盟寺院数は約1100とのこと、いくら京都でも「観光寺院」はこのうちのごく一部です。本題と関係ない妙なレッテル貼りには困ったものです。
 今回の延伸プランのうち、南北ルートで一番怖い思いをしているのは、門前数10mを大深度地下でえぐられる西本願寺です。熱心な浄土真宗信者が多い北陸の人もさぞかしご心配でしょう。
 平素は一枚岩とは言いにくい仏教会が、宗派を超えて反対の声を上げるのは、よくよくの事です。

 この後の、『東京の大学にシフト』だの『奈良にとられて辺境化し』だの『空港はない』だのは、はっきり言って大きなお世話。北陸新幹線が来たところで、これらが改善するとは思えません。けれども、各種の災難は京都市在住者全員に、もれなくついてきます。

 何のための代案なのか

 最後に出てくる代案(?)は脱力ものです。
『敦賀→三方→小浜東郊外→朽木→途中→大津市北部(湖西線乗り換え)→六地蔵(奈良線・地下鉄・京阪)→松井山手(学園都市線)→新大阪 (図ではA案;村山注)』
『敦賀→塩津(湖西線・北陸本線)→米原→東近江→甲賀(草津線)→城陽(奈良線)→松井(学園都市線)→新大阪 (図ではB案;村山注)』

 A案は湖西ルートもどき、とんでもない過疎地を走ります。なんで三方・朽木・途中に新幹線の駅を作るのか不明です。これらの駅全部に停まったら、新大阪・敦賀間の所要時間は現行のサンダーバードとあまり変わらないのではないでしょうか。
 B案は米原ルートもどき......というより前半は米原ルートそのもので、後半は湖東山脈に無理矢理突っ込んでいきます。まともに走れる線路を引くには、多数のトンネルやら鉄橋が必要になり当然高コストです。コースの長さを考えれば、総工費は現行の桂川ルートと同じぐらいになるかも知れません。それとは別に広大な用地の買収も必要です。
 このルートが完成したとしても、新大阪駅から北陸方面に向かうなら、東海道新幹線のこだまで出発して米原駅で乗り換えた方がよほど早いでしょう。ついでにもう一つ......小浜は通らなくても、政治的に良いのでしょうか?
 さらにAB両案には共通の弱点があります。滋賀県が承認するわけがないということです。これだけの長さの経路と多数の駅が県内にあれば、滋賀県の経費負担は避けられません。大小の環境問題もおこるでしょう。おまけに並行在来線問題で、湖西線の三セク化を求められそうですから、三日月知事率いるオール滋賀が反対に回るでしょう。
 だいたい、湖西ルートやら米原ルートを滋賀県が許さないから、仕方なく小浜ルートを考えたというフシがあります。この上、京都府が小浜ルートを断ったといって、もう一度戻ってきたら、あまりの計画性のなさに、滋賀県民に鼻で笑われるだけでしょう。逆に京都府市民は、粗大有料ゴミを追い出して一安心です。「いけずで下劣でわがままな」京都市民を喜ばせる代案を、著者は何のために出してきたのでしょう。

[1]【単独】北陸新幹線延伸"京都府民に寄り添う姿勢"からルート案を選定せず 「財源は国が責任をもって手当てを」 西田・与党整備委員長インタビュー全文<前編>
https://news.yahoo.co.jp/articles/9617bf5b53a6492ad14b6962a035d06cea1e4240
[2]【独占】北陸新幹線延伸「日本のリダンダンシー高める国策。負担は国がすべき」西田委員長インタビュー<後編>
https://news.yahoo.co.jp/articles/296a39ec8a81f4d3d0eb7b5450bbe30ae1786a10
[3]京都の北陸新幹線「通せんぼ」は許されない:京都迂回路線の提案
https://agora-web.jp/archives/241227211145.html