よくある議論に反論する(後半)- 誠実な議論にあいた穴  【北陸新幹線 その18】

知的で誠実な論者がマジメに論考しても、大前提が間違っているとおかしな結論が出ることがあります。

 財源論の抜けた理想の鉄道

 次は、鉄道ジャーナリストの北村幸太郎氏[1]。北陸新幹線に関して専門的な記事を大量に書いておられます。常連執筆者の中では、もっとも読み応えがあると思います。さらに言えば、小浜ルートに対してはかなり懐疑的なお考えのようです。
 けれども、財政に関しては、とんでもない思い違いをしておられるようです[2]。しかも西田議員をはじめ、小浜派が財政論をするときには同じような議論をしますので、若干申し訳ないのですが、批判させていただきます。
 一言で言えば、この記事で著者は、わが国の財政の深刻さを理解しないまま、理想の鉄道のありかたを論じておられるわけです。

 この記事の結論は、「小浜推進」ではないのですが、「日本の財政は財務省自身が安心小浜ルート論者がよく口にする(無茶な)財源論の典型なので、議論しておきます。

『国が抱える負債はすべて国民や民間の資産になる。国家全体のバランスシート上では、これらは均衡するものだ。それでも「そんなに借金が増えて大丈夫なのか」と心配する人は、「外国格付け会社宛意見書要旨」と検索して、財務省の同名のページを見てほしい。そこには「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」と書かれているので、安心してほしい。』[2]
 外国格付け会社宛意見書要旨ですかぁ......膨大な財務省のホームページの中から、よりにもよって凄いものを見つけてきましたね。そもそも外国格付け会社とは何か。「ムーディーズ」とか「フィッチ」とか聞いたことのある方もおられるかも知れませんが、要は「株」や「債権」などが、どの程度安全かを審査する会社です。ただし、たとえば格付けに問題があって、太鼓判を押した債権が紙切れになっても、なんの責任も負いません。ある意味で競馬の予想屋みたいなものです。
 なぜ、わが財務省ともあろうものが、そんなイヤヤコシイ会社に意見書を出さなければならないかと言えば、日本国債に良い格付けをもらうためです。なぜ良い格付けが必要かと言えば、格付けが一定以下になると、世界中の公的機関や銀行などの投資家の所有が、難くなるからです。
 そうなると、とんでもない金利を付けなければ誰も国債を買わなくなり、一気に財政破綻に追い込まれかねません。天下の国民国家が、ただの民間会社に報告書を出して審査してもらうというのも変な話ですが、資本主義とはそういうものらしいのです。
 だから、わが財務省が「大丈夫」という報告書を出すのは、「KO負け寸前のボクサーがレフェリーに向かって必死にファイティングポーズをとっている」ようなもので、そんなものを根拠に安心なんて出来る訳がありません。もちろん『財務省が、実はひそかに財政破綻を否定しているのだ。』なんて、デマもいいところです。

『要するに、生産供給能力の限界内であれば貨幣を刷って供給しても問題ないということだ。れいわ新選組によれば、年に100兆円単位で国債を発行してもインフレ率は約2%になるという。』
 生産供給能力いっぱいまで貨幣を刷るような国の通貨を、いったい誰が欲しがるのでしょう。極端な円安になって、輸入物価が高騰。『インフレ率が2%』で済むはずがないじゃないですか。ただし賃金はほとんど上がりません。国も企業も自治体もそれどころじゃなくなるからです。一方、割安になった株や不動産は海外の富裕層が、洗いざらい持って行くでしょう。万一、本当にこんなことになったら日本の植民地化、国民の奴隷化です。

 誠実ですが無理で無責任な提案

 最後に、全く悪意はないのでしょうが、12月26日の定例記者会見での杉本福井県知事の発言もひどいものでした。長大トンネルで発生する残土(京都新聞の見積もりで2000万立方メートル)のうち、40万立方メートルを福井県が受け入れ可能というのです[3]。
 受益者負担の原則で考えれば、全部は無理でも残土の半分ぐらいは福井県が持つべきということになります。嫌なら嫌でも良いのですが残土の処分先が決まらない限りトンネル工事は始まりません。わざわざ、40万などという小さな数字を発表するのは、京都府民に喧嘩を売っているようなものです。さらに言えば、処理の難しいヒ素入り残土の処理はどうするのでしょう。
 この記事を書いている間にも知事から『京都府内のルートは十分議論していけばいいが、小浜までは誰も反対する人がいない』[4]との発言がありました。これは問題先送りの「食い逃げ論」です。
 論点を整理します。発言の意図が小浜ルートの既成事実化なら、京都府民や米原ルート派などは猛反対でしょう。富山の知事が好意的なコメントをしたのは、この解釈によるものです。逆に、「北陸新幹線の事実上の終点を小浜にする」という意図ならば、盲腸新幹線を作ることになり建設費の回収など不可能です。JR西日本は悲鳴を上げるでしょう。小浜から先の延伸をするかしないかを、あえてぼやかすことで、あらゆる反対論をかわしてしまおうというのが現状です。趣旨を隠しているから『誰も反対する人がいない』のです。
 「費用は全額、福井県と小浜市が負担する」というので無い限り、現行の小浜・京都ルートの全線着工以上に、この部分着工の可能性はありません。小浜ルートと米原ルートが共倒れするような提案ですから、石川県以北の沿線自治体も、表だって反対はし難いものの、迷惑であることは間違いありません。
 部分開業では、東海道新幹線のリタンダンシーにもなりませんから、国策とも呼びにくくなり国が負担割合を増やす理由もなくなります。それに対してなのかどうかは知りませんが、杉本知事は『原子力立地地域なので、避難路としても非常に効果がある』[5]なんて、おっしゃり始めました。
 原発事故を想定しておられるのかも知れませんが、原発事故時に東小浜駅付近まで徒歩で避難してこれる住人は、せいぜい数百人単位でしょう。「つるぎ」一編成分です。自家用車などで小浜まで来れるなら、新幹線などあてにせず、そのまま逃げたら良いわけです。
 そもそも、原発事故時に北陸新幹線が動いているのかも不明です。たとえ線路や送電が無事でも、何かの原因でどこかで一編成でも停まってしまったら、全線が動かなくなります。だから、融通の利かない鉄道(特に高速鉄道)は、緊急時の避難には向かないのです。
 さらにまた、「先行開業」時には小浜は西側の終点ですから、偏西風の影響で放射性物質が流れて行きやすい敦賀・金沢方面にしか逃げられないというのも大問題です。

 「なんとかして小浜に新幹線を引きたい」という、知事のお気持ちはわかるのですが、あまりにも現実性の無い提案や、屁理屈としか思えないような延伸理由を量産すると、ますます小浜ルートの不可能性とイカガワシさを強調することになると思います。

 いずれにせよ、小浜ルートの姿が具体的になればなるほど、先送りしてきた巨大な無理が露わになり、実現が遠のいているというのが現状です。

[1]北村幸太郎(鉄道ジャーナリスト)の記事一覧
https://merkmal-biz.jp/post/writer/koutarou-kitamura
[2]北陸新幹線の延伸、「小浜ルート反対」でも5兆円の投資は本当に妥当なのか?
(地の文なのか引用なのか分かりにくい部分のある記事ですが、どちらにせよ内容は著者の御主張と大差ないと考えて議論します。)
https://merkmal-biz.jp/post/77480/6
[3]北陸新幹線延伸 京都・大阪の懸念解消へ福井県杉本知事「建設発生土の受け入れ可能」 理解得られるかは不透明【福井】
https://news.yahoo.co.jp/articles/864e1047b9fcfa743405a07032478f2489e10012
[4]新幹線、小浜まで先行開業検討を 福井知事「誰も反対しない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/9cd45bd1bc4b2a9346774fe44306fc1fc4369f9a
[5]福井県知事「初夢は小浜先行開業」 北陸新幹線延伸問題で
https://www.asahi.com/articles/AST194T4ST19PGJB001M.html