見えない刺客は火成岩【北陸新幹線 その10】

 前回は、小浜京都間の山岳トンネルで残土の処理が最大の問題であり、特にヒ素が含まれている可能性が高いことがネックになっていることを説明しました。それにしても、工場地帯でもない山の中の土砂に、なぜヒ素が含まれているのでしょう。ここいらへんの話はほとんど報道されていませんので、少し詳しく解説してみます。

 地球上の岩石には大きく分けて、マグマが冷えて固まって出来た火成岩と、海底や湖底に貯まった土砂が自重で固まって出来た堆積岩とがあります。感覚的にもわかると思いますが、圧倒的に火成岩の方が堅くて、トンネル工事などで相手をするのはより困難です。
 次に、マグマが誕生してから無くなるまでの経緯を簡単に解説しましょう。
 地底深くは地表より高温高圧です。そんなところに海水が流れ込んだりして温度と圧力のバランスが崩れると、その場所で岩石が溶け、マグマの誕生です。
 このマグマが地表まで出てと噴火となって火山ができるわけです。ところが、地下深部、地表から遠いところで出来た西日本のマグマは、噴火前に温度が下がってしまい、地下内部で固まってしまうこともよくあります。今回の延伸部分では小浜付近やら京都市内にある巨大な花崗岩帯はこの例です。

 こうして岩石成分がほぼ全て固まって離脱し、高温の水溶液のようになった状態のマグマをペグマタイトといい、金や銀などの鉱脈ができることもあります。ただし、ヒ素やらウランやらの嫌らしい元素もごっそり出てきます。
 ここからさらにマグマの温度が下がると、熱水すなわち温泉になり、最後の最後はミネラルを多く含む地下水(冷泉)になります。活火山が無い近畿地方にも、温泉地はたくさんあります。丹波周辺だけでも、城之崎・有馬・湯村などがあります。これらの温泉と同じようなメカニズムで、マグマによってヒ素は京丹波地域の土壌に運ばれて来たのです。

 残土などの環境問題を別にしても、ヒ素の発見は北陸新幹線にとってバッドニュースだと思います。ヒ素の多い地域には、花崗岩の巨大岩体も多い傾向があるからです。
 国土地理院作成の地質図では、小浜から京都市街までの区間はほぼ全て、太平洋の底の泥が固まって出来た「付加体」という堆積岩中心の岩盤で、花崗岩は見つかっていません。けれどもこれは地表の話で、地下数100mのトンネルを掘れば、巨大な花崗岩体にぶち当たる可能性は決して小さくありません。まるで待ち伏せしている刺客です。

 一方、「付加体」の堆積岩は楽勝かというと、そうとも言い切れません。太平洋の底にたまる泥と言っても、放散中や珪藻というプランクトンの細かい化石が大量に含まれているからです。岩石名はチャート(写真1参照)。やたらに堅くて粘りもあるので、トンネルを掘るシールドマシンは苦戦するでしょう。
 前にも書きましたが、北海道新幹線の工事では高さ17mの安山岩(火成岩)にシールドマシンがのめり込んでしまい、仕方なく横から穴を掘って助け出すという事件https://www.uhb.jp/news/single.html?id=42901&page=2が起こり、工事が2年ほど遅れました。花崗岩は安山岩よりもさらに堅く、しばしば数100m規模の巨大な岩体になるので、まともに突っ込んだら工事の遅れは2年では済まないでしょう。
 また、元々は太平洋の底だった玄武岩も、上にのった泥と一緒に付加体に巻き込まれることがあります。風化が進んでいるので花崗岩ほどではないでしょうが、これだって火成岩ですから結構堅いものもあります。
 さらに言えば、兵庫県西宮市にある甲山(かぶとやま)のように、花崗岩とはタイプの違う火成岩である安山岩が紛れ込んでいることもあります。ちなみに、北海道新幹線の工事を止めたのは、このタイプの火成岩体でした。
 まとめて言えば、堆積岩最強のチャートがあるのはほぼ確定的で、火成岩最強の花崗岩体が助っ人に参入しているかも知れません。両者がタッグを組んで、さらに堅い変成岩になって待ち構えていることもあります。また玄武岩や安山岩が忍者のように突然現れることも、想定しておくべきでしょう。
 つまり、ろくに地質調査ができていない山地にトンネルを掘るということは、刺客やらゲリラやらがウヨウヨいる街に、呑気に観光に行くようなものです。何が起こるかは偶然でも、何かがおこるのを想定しないのは無責任です。

 対策としては、事前の調査で巨大火成岩が見つかったら、泥沼にはまる前にシールドマシンで掘ることはあきらめて、発破(爆薬)を使った古くからある暴力的な方法に切り替えるよりありません。工期が長くなる上に、地下水や川の枯渇などの環境破壊を招きやすくなりますが仕方ありません。
 繰り返しになりますが、何より厄介なのは強固な岩体があるかないかが、この地域ではほとんどわからないことです。なにしろ大きな建物や鉄道はおろか、まともな道路もないところですから、地質データの蓄積が無く、何が出てくるのかは掘ってみてのお楽しみです。「地下工事なんてこんなもんだ」と言ってしまえばそれまでですが、費用・工期とも概略の推定すらできません。
 推進派の政治家や役人は、なんで事前にプロジェクトの予算を計算できるのか、少なくとも理系の発想では理解しがたいところです。