悪魔の温泉へようこそ【北陸新幹線 その11】

温泉名物、人間焼売

 もうひとつ、あまりメディアに登場しないリスクを指摘しておきましょう。この手のヒ素やら花崗岩やらがあって、マグマの気配のする場所のトンネル工事で、よくおこるのが熱水の噴出です。「北陸新温泉で村おこし」などと呑気なことを言っている場合ではありません。近隣にある有馬温泉や城之崎温泉の泉出温度を考えれば、100度近い熱湯がいきなりトンネル内に吹き出すかも知れません。この点だけでも、地質構造がよく分からない場所でのトンネル工事は命がけです。
 そこまで劇的ではなくても、温泉水のせいで岩盤の温度が数十度にもなっていることもあります。黒部ダムの工事用トンネルでもおこった問題です。とりあえずこれを冷やさないと、鉄道トンネルとしては使い物になりません。こんなところで、列車が緊急停止し長時間停電が続くと、乗員乗客は人間焼売になってしまうからです。緊急時に備えて、小浜駅には醤油と酢、それに辣油か辛子を用意しておきましょう。

 もうひとつ、ここでも水問題がついて回ります。由良川の清流が枯渇するかどうかは不明ですが、そうなったらどうやって補償するのでしょうか。広大な水田を含む流域全体の経済基盤にかかわる話です。ため池や井戸水などにも問題がおこるのは、岐阜県瑞浪のリニア工事で経験済みですが、それを大規模の再現することになります。
 今回のように長大トンネルだと、それだけでは済みません。瑞浪のケースと同程度の出水がトンネル内あった場合、どこにそれを排水するのでしょう。とにかく地上まで汲み上げるのは仕方ありませんが、ヒ素などの出汁が利いている場合には浄化設備を作るはめになります。すると、今度はそこから出る高濃度ヒ素入り残土はどうするのか、問題の連鎖は、工事予算と工期を食い潰しながら延々と続き、完成後のランニングコストにまで響きます。
 それほど深刻ではない普通の漏水でも、中間拠点の近くで排水して由良川を丸ごとドブにしてしまう根性も、京都側の鴨川にこっそり流す度胸もないのなら、小浜側の日本海に捨てるよりありません(許してくれたらの話ですが)。ポンプでの汲み上げが必要です。仮に北陸新幹線が廃線になっても、このポンプは、トンネルを完全に埋め戻してしまわない限り止められません。
 また、あかり区間などから下向きにトンネルを掘っているときには、排水ポンプは作業現場の命綱です。出水量が急に増えたりポンプが故障したりすると、掘り進めている先端の「切羽(きりは)」が水没する恐れがあるからです。さすがに作業員が避難する時間はあるでしょうが、高価なシールドマシンなどは、水没が長引けば修理不能になるでしょう。

 日本のお家芸インパール作戦

 火成岩や温泉水・地下水のリスクは、掘ってみなければわからないタイプのもので、綿密な事前調査をすれば、かなり避けられるはずです。けれども、北海道新幹線やリニアで起こったことを考えれば、現在の技術力に問題があってリスクを見落としているのか、技術者が指摘したリスクを経営者が無視しているのか知りませんが、我が国の大規模プロジェクトには、無謀な決断を事前に回避できない「インパール体質」があると思います。
 最近リバイバルしているNHKの人気番組に「プロジェクトX」があります。困難に立ち向かう技術者が出てくるという意味では、理系・物作り応援歌のようにも見えますが、上からの無理な要求を、現場担当が理詰めで説得し阻止した話はひとつもありません。言い換えれば、ユーザーや経営陣の無茶振りが、現場の体育会的努力といくつかの幸運によって解決されたという話ばかりです。
 この手の成功経験が作る神話が、その後、致命的な敗北の遠因になるという話はいくらでもあります。「科学技術者はドラえもんである」「国民はのび太君になりなさい」と言うのは、結局は神州不滅を信じて突き進んだインパール作戦と同じだからです。

 大学時代に受けた講義で最も印象に残っている話は、あるノーベル賞級の物理学者から聞いたもので「科学法則の本質は禁止側である」というものでした。つまり、「○○は不可能である」「△△はありえない」というのが、科学法則の本質であるというのです。
 実際、「永久機関は作れない(エネルギー保存則)」とか「秩序は本質的に崩壊する(エントロピー増大の法則)」とか、「矛盾の無い数学体系は作れない(不完全性定理)」など、人類の夢をピシャリと撥ね付けるような「性格の悪い」大法則がよくあります。
 だから、上役やスポンサーがいくら熱望しても、「出来ないものは出来ない」とはっきり言うのが、科学者の本質的な仕事なのかも知れません。ドラえもん型科学技術者とは随分とメンタリティーが違います。

 北陸新幹線でも、促進派がアセスメントを早く済まそうとするのも変な話です。環境にしろ費用対効果にしろ、真面目にアセスメントをすれば、小浜ルートなど環境面でも経済面でも簡単に没になるはずです。そんなことを促進派は夢にも思わないとすれば、随分、科学自体がなめられたもので、「昔預言者、今アセス」とでも言いたくなります。
 けれども、預言者や予言者の言うことを無視したりねじ曲げたりすると、最終的にどうなるのか知りたければ、聖書でも、古事記でも、雨月物語でも、カルメンでも良いですから、お好きな古典を読んでみてください。アセスを無視したらどうなるかは、ご自身の末路がいずれ古典になって残ると思います。