竹槍戦隊大本営【北陸新幹線 その12】

 少し訂正をしたいと思います。新大阪京都間の第Ⅰ区、京都市内の第Ⅱ区、京都小浜間の第Ⅲ区と比べて、小浜敦賀間の第Ⅳ区は問題があまりなく普通に着工できるというようなことを書きましたが、最近「鉄道・運輸機構」が発表した資料を見ると、本当にそうなのか自信がなくなりました。要は、トンネル工事が必要で第Ⅲ区と同じような地質的な問題はあるが、規模が小さいことや丹波山地ほど山深くないことで、状況がかなりマシだというだけの話なのです。


竹槍でもやってる感

 先日「鉄道・運輸機構」が「関係府県との間で同調査の進捗状況の情報共有を図」るために、開いている「北陸新幹線事業推進調査に関する連絡会議」のhttps://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi5.pdf議事録(2024年6月19日)が公表されました。典型的な大本営発表。「事前調査が進んでおり、着工の準備万端調っていますよ」「だから、米原ルートなんか忘れてくださいね」というアピールです。けれども、少しの専門知識と十分な冷静さがあれば、あちこちにボロがあるのが分かります。
 もとになっているのは、

1)無料で入手できる資料(「用地関係調査」......不動産業者が山ほど持ってきます)
2)少なすぎる調査(「地下水関係調査」......地下水・河川水全20箇所を採取し成分分析)
3)会議室とパソコンだけで出来る仕事「(「受入地事前協議」「鉄道施設概略設計」「道路・河川等管理者との事前協議」

 少しはまともそうな「地質関係調査」では、やってます感を出すためなのか、地質断面図のようなものを成果として提示しています。もっとも、着工前に無理矢理ひねり出した20億円に満たない予算での調査なので、竹槍で極音速ミサイルと戦うようなものです。

 その「実施結果」とやらを見てみましょう。本当は、資料の図表を持ってきたいのですが、知的所有権で問題になるのもつまらないので、興味のある方はhttps://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi5.pdf元資料の議事録(2024年6月19日)を見てください。もちろんここでは、図が無くても、一通りわかっていただけるように、説明をします。

 調査の中心はボーリングだというのですが......

「敦賀・新大阪間の全線で25本のボーリングを実施」。敦賀・新大阪間の距離は150kmです。6kmに一本。これで何かを建設するための議論をするのも......楽しそうですね。
「ボーリング調査結果と文献調査を活用し、福井県内及び京都府内の山岳トンネル区間約80kmの地質縦断図を作成」......仮にこの区間にボーリングを集中させたとしても、3.2kmに1本。東京の山手線や大阪の環状線の2駅分ぐらいの距離です。これで何か地質図を作れというのは、地質学的に言えば一種のパワハラです。

隠しても三大リスクが揃い踏み

 その「地質縦断図」の例として出てきたのが、小浜線の栗野駅付近から十村駅付近までと思われる20km弱の区間の「地質縦断図」です。何本のボーリングをしたのか。下手をすれば、図に点線の囲みがある2カ所だけかも知れません。
 「ボーリング調査に加え文献調査※も活用し......(※ 産業技術総合研究所 地質調査総合センターhttps://gbank.gsj.jp/seamless/v2/viewer/?mode=3d¢er=35.5522%2C136.0011&z=12&v=1&dip=0&azimuth=359.21732521668963&target=cursor「20万分の1 日本シームレス地質図」による)」とありますが、これだけで「地質縦断図」など描けるはずがありません。
実際、このシームレス地質図よりも「地質縦断図」の方が細かいデータが盛り込まれています。どこからデータを持ってきたのでしょうか。資料には引用元がありません。
 おそらく、この部分は舞鶴若狭(高速)道路(2014年全線開通)とほぼ平行に走る区間で、建築時のの詳細な地質データが入手できたのだと思われます。ですから、先行調査が皆無の第Ⅲ区の丹波山地で同じマジックは出来ません。こんな状況で、今年中に詳細な全コースの場所をどうやって決定できるのか全く解りません。

 ではその労作「地質縦断図」をじっくり読ませてもらいましょう。どうやら、故意に分かりにくく描いているように見えます。まず、通常「地質断面図」と呼ぶところを「地質縦断図」と名乗っています。ネット検索回避なのでしょうか。図中には具体的な地名も縮尺も一切なしなので、場所を推定するのにも一定の知識がいります。
 岩石名も、「緑色岩」・「珪質岩」と、見慣れない表記が使われています。一般的には「玄武岩」・「チャート」と呼ばれ、例のガチガチに堅い岩石です。「撤退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と呼ぶような言い換えなのでしょう。
 また、右の方にさりげなく小さく「貫入岩」の文字、図にそれらしき線上のものが2カ所ほどあります。花崗岩類と区別しているのですから、おそらく福井県によくある安山岩の岩体でしょう。北海道新幹線の工事を3年遅らせた凶悪な火成岩です。
 まとめて言えば、前回、第Ⅲ区で指摘した玄武岩・安山岩・チャートの、シールドマシンにとっての三大リスクが揃い踏みしているということです。

トンネル工事はミニⅣ区でも13年仕事

 この図を見る限り、ここにトンネルを作るのは20km前後の距離でも簡単では無さそうです。山が低いことや、途中の谷を「あかり区間」として使えそうなことは、確かに救いですが、残土に関しては最低でも第Ⅲ区の3割程度は出てきそうです。つまり、いろいろな点で第Ⅲ区のミニ番が第Ⅳ区です。
ところでこの「地質縦断図」のある20kmほどの区間に、トンネル(仮に美浜トンネルと呼びます)を掘るとするとどれぐらい時間がかかるか推定してみましょう。参照するのは、ほぼ平行して走っている舞鶴若狭自動車道の3つのトンネルの長さと工期です。短いトンネルですから、あかり区間や立坑のない直結方式で、両側から掘り進めるとして、一日当たりの掘り進む距離を計算します。

 矢筈山トンネル 2418m 約3年半 0.9m/day
 御岳山トンネル 1338m 約3半 0.6m/day
 野坂岳トンネル 2348m 約4年半 0.7m/day

 荒っぽい計算ですが、1日に掘り進められる距離は平均で1mを切っているのは間違いありません。花崗岩やらチャート相手に苦戦している様子がうかがえます。これを北陸新幹線第Ⅳ区の「美浜トンネル」に適用してみます。あかり区間として真ん中の谷が使えますから、20kmを四カ所からほることになり、各工区5000mがノルマになります。

 5000 ÷  ( 1 × 365 ) = 13.7 年

 13年以上かかります。同じ方法で計算すると第Ⅲ区にある40kmのトンネルは、25年以上かかることになります。工事の難易度を考えれば、第Ⅲ区の方が早く進捗する理由はまずありません。リニア中央新幹線であった大量出水やら北海道新幹線であった巨大安山岩の出現やらがあれば、さらに数年単位で工期が遅れます。
 では、第Ⅲ区と第Ⅳ区どういう順番で工事をはじめましょうか。技術的にだけ考えれば、この「美浜トンネル」がある第Ⅳ区の工事をしながら技術開発やら岩盤の研究を進めてから、おもむろに第Ⅲ区に挑戦するのが妥当だと思うのですが、そんなことになれば、工期は合計で35年を超えてしまうでしょう。だと言って、第Ⅲ区と第Ⅳ区の工事を同時進行することになると、さらに人員やら機材やらが不足することになります。普通に考えれば、第Ⅲ区や第Ⅳ区の山岳トンネルのことを考えるだけで、15年の工期など夢物語なのです。

易者対技術者

 もうひとつ、残土の毒性調査に関しては、意味不明の報告が出ています。「ボーリング調査により得た試料から重金属含有に関する試験を実施し、対策土の含有率を約30%と推定」と言われても、現在残土の毒性が一番指摘されているのはヒ素です。それがなぜか、重金属の話にすり替わり、「対策土の含有率を約30%と推定」などと言っています。
 トンネル残土800万tの30%なら立派な鉱山じゃないですか。もし重金属が全部金だったら、今日中に国税庁を廃止しましょう......などとイジワルは言いませんが。意味も根拠も不明な「含有率」です。何度も書きますが、25本のボーリングだけで工事のリスクを「推定」するのは地質学というより易学の世界。当たるも八卦当たらぬも八卦、評価すること自体が野暮です。
 ところで、ひとつ不思議なのは25本しかできないボーリングを、わざわざ花崗岩地域でやっていることです。強固な岩盤やら多量のヒ素やら、不利な情報がバンバンあがってくるはずです。現場技術者たちは工事の困難さを早めに主張して、なんとか上を諫めようとしているのかも知れません。惨めな撤退が目に見えているようなプロジェクトに、下手に巻き込まれたら、自分の技術者人生を丸ごとつぎ込むことになりかねないからです。