忘れられない話

 争点にならない五輪の「レガシー」

 東京都知事選挙がありました騒ぎが大きかった割には、毎度の事ながら何が争点だったのかは、わからずじまいでした。今回はそれだけではなく、不思議と議論にならなかったことがあります。覚えてますか東京五輪。「パリ五輪が95%既存建物や仮設施設を使っている」との話題も出てきたのに、東京五輪の巨大赤字をどうするのか、誰も問題にしていません。私の知る限り、現職のこの重大責任を追及した新人候補はいませんでした。
 日本一の金持ち自治体だからそれぐらい気にしないというのでしょうか。けれども、地方交付税の財源を一人で稼いでいる東京都が、今後は五輪の後始末に専念するはめになれば、日本中になにがしかのツケが回ってくるはずです。でも、私の見た限りマスメディアはどこも大して問題にしていません。ネットメディアでも同様です。
 借金して大盤振る舞いしてメディアともども納税者は忘れてしまう......結構な話なのかも知れませんが、大阪万博で無理矢理盛り上がっている某政党やら、横浜でいつのまにかやることが決まっている世界花博の主催者やらを、勇気づけてしまうのではないかと恐ろしい限りです。
いっそのこと、札幌五輪招致を断念したJOCは今回に限り執行猶予として、博覧会協会の方はこの機会には解体して、「今後は我が国は万国博覧会の類いは一切行わない」とするのが国民の為だと思うのですが。

 五本の柱

 九州の筑後川に大石堰というかんがい用の石垣があります。江戸時代の巨大公共事業ですが、工事の最初に作られたのは5本の柱。失敗したときに、事業を申し出た5人の庄屋さんを磔(はりつけ)にするためのものでした。
 責任をうやむやにしたいための柱。例の神宮外苑で伐採した巨木の廃物利用や大阪万博が誇る木製リングの再利用にも御検討いただきたいものです。東京五輪の赤字額が確定するのはかなり先ですが、知事は早めに採寸だけでもしておいたらどうでしょう。今ならエジプト十字架タイプも対応可能です。一生背負われるのが良いと思います。大阪の方は巨額の赤字が確定的ですから、すぐに取りかかりましょう。おとなりの致死性パワハラ知事さんと枕を並べてというのも分かりやすいでしょう。
 さすがに本人を磔けてしまうのは衛生上問題がありますから、ロボットで代用するとしてボタンを押せば自分がなぜこうなったのか喋るようにしましょう。詞書きとメカは大阪伝統の文楽の様式でAI制御。新旧の技術の融合。これほど見事なレガシーはそうありません。カジノの人寄せとしても最高です(それにしても、なんで万博に文楽館を作らないのでしょう。吉本よりよほど科学技術振興と愛称が良いと思うのですが)。
 これならパリ五輪開会式の悪趣味演出に十分対抗できます。

 公共事業の失敗で命まで差し出せというのはさすがに暴論ですが、何事も無かったように、その地位に居座るというのはいかがなものでしょう。東京五輪にしろ大阪万博にしろ、国民が失った資産、あるいは今後するであろう負担の大きさは、マリーアントワネット個人の浪費よりもはるかに大きいはずです。200年以上たっても許さずにバーチャル再処刑までするフランス人のしつこさを、私たち日本人も見習うべきだと思います。

 「詰んで」しまっていたリニア

 ところで、リニア中央新幹線のトンネル工事で岐阜県瑞浪市の井戸水が涸れた事件、覚えておられますか。その後どうなったか、6月以降報道は皆無。水漏れは止まったのでしょう。メディアの続報は皆無で、あちこちリンクをあたってやっとJR西の広報資料を見つけました。

https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/efforts/gifu/_pdf/gifu-office-info01.pdf

 一言で言えば、出水の対策は目処すら全くたっていないということです。溜め池が多数あるような決して地下水が豊富ではない瑞浪でも、この始末です。リニアというのは土木工事としては国策中の国策で、十分な調査と最高レベルの施工が行われているはずなのに、出水を予測することも、半年がかりででも水を止めることもできなかった訳です。「水の流れは急変する。下に向かうことだけは確かだ」なんて孟子の自体からわかっていました。
 結論を言えば、今の人間の技術では大深度地下トンネルを作るなら、大規模な出水と近隣での永久渇水を覚悟する必要であると言うことです。リニアや北陸新幹線はもちろん、今後の大規模なトンネル工事は事実上「詰んで」しまったということです。

 この記事を書いている最中、8月1日付けの日経新聞には、岸田総理が「2037年中のリニア中央新幹線全線開業を堅持」との声明を出したとの記事がありました。地図や写真の入った5段抜きの大きな記事で、静岡の前知事の一件などには触れているのに、この岐阜瑞浪での水漏れの話は全く出てきません。現実に工事が止まって再開の目処が全く立っていないのに、工期に影響はないのでしょうか。
 来年までに政権の座にいるかどうか怪しい総理が、無責任に花火を上げるのは普通のことですが、報道する側が水漏れ事件に言及しないのは、かなり困ったことです。担当記者が瑞浪の件を忘れていたのではないことを祈ります。

 今回、言いたいことはこれだけなのですが、以下、見つけたデータを私自身のための備忘録をかねて、少し詳しく解説します。「ここは長屋だ。物置じゃない」との声が聞こえそうですが、この記事に反論したいかたや、データをどこか外部で引用したい方、暇をもてあましているかたなど、おつきあいいただければ幸いです。

 美しいグラフ、恐ろしい現実

 上のリンクのグラフを見てください。トンネル内に漏れ出てきた水の量の測定です。5月20日の水止め工事の効果は若干見られるものの、それでも毎秒15リットル程度以上の水が出てきています。これは一日で1200トン、標準的な小学校のプール約4杯分の量です。しかも、工事継続中には水量の増減を繰り返しながら、もとの20リットル程度の量にもどりつつあるように見えます。これは、止水剤などで一時的に穴を塞いでも、水が別のところから噴き出してくる、モグラ叩き状況を表しているように思えます。
 二番目のグラフ、初めて見たとき息を飲みました。作ったような見事な水漏れのグラフだからです。屋外で観察する自然現象で、これほどきれいなデータは滅多にありません(満水の風呂の栓を抜いてお湯の深さを記録すると、こういう感じになります)。

 北組(井戸)とあります水色の線を見てください。4月15日前後に突然水位がさがりだし、雨が降るたびに若干は回復、けれども6月17日ごろ水が底をつき水位の低下が止まる......「地下水層のどこかに穴があき流出がはじまった」以外の解釈は無理です。
 その後、7月の3回の大雨ではもとの地表付近まで水位が回復するが、またすぐに下がりだし、しかもその速度は6月以前よりも速くなっている。これは、7月の大雨の水で穴が拡大し、水漏れの速度が増えている考えるのが妥当でしょう。

 そして最初の出水のグラフと二番目の井戸水のグラフを比較すると奇妙なことがわかります。北組井戸地下水層からの流出がはじまったのと同じ時期に、トンネル内の湧水量がパタっと減少しています(22→19リットル/秒)。もしこの地下水層の水がトンネルに流れ込み始めたのなら水量が増えるはずですが、現実は逆になっているのです。
 もし、この二つの現象に関係があるのなら、どこかで新たに大きな水の流れができ、そこに北組井戸の地下水も、トンネルに湧くはずだった別の地下水も、ともに引き込まれていったというシナリオなのでしょうか。以前「天然のピタゴラスイッチ」と書きましたが、地下水のメカニズムは、少なくとも現在の大深度トンネル技術で対応できるほど、単純なものではないということです。

 さて、三番目のグラフも見てみましょう。すでに報道されていることですが、トンネル工事前から地下水の状況を調査するためにわざわざ掘られた観察井1~3で、2月の半ばの時点で大きな水位の低下が見られています。けれどもJR東海はトンネル工事を続行し、約二ヶ月後に北組井戸など既存の貯水施設であいつで水位の低下が始まったわけです。「炭鉱のカナリアがバタバタ落ちているのに逃げなかった鉱夫がどうなるか」という話です。何のための観察井だったのでしょう。あれほど明確な水位低下が複数の場所で、しかも同時に出ていながら工事を止めないのなら、観測井などはじめから無用です。

 それにしても、今後JR東海はどうするつもりなのでしょう。おそらくいくら止水剤でトンネルの回りを固めても、地下水全体の流れが元にもどることはなさそうです。
 また、大量の水が流れ込むトンネル内で高電圧を扱うのは、いくら排水で対応できたとしても危険です。何らかの方法で水をの流入を止めなければなりません。困難な作業ですが仮にそれがうまく行ったとして、行き場を失った水はどうなるのでしょう。トンネル周辺に貯り浮力でトンネル自体を持ち上げたり、地下に滑り面を作って地滑りの原因になったり、鉄砲水となってどこかに飛び出したり、何をしでかすかわかりませんから対応が必要です、でもどうやって大深度地下に排水路を作るのでしょうか。

 さらに頭が痛いのは、水田地帯の下を潜る大深度トンネル工事では、どこでも同じことがおこきうるということです。完成後も、地震・川の氾濫などの自然災害や近隣での別の大規模工事、トンネル自体の経年劣化などで、新たな地下水の流入がありえます。技術的には政治的にも経済的にも、この問題の対応に目処が付かない限り、リニアのトンネル工事は先に進めないはずです。実際、岐阜瑞浪では止まっています。
 普通に考えれば、よほど画期的な探査技術と防水技術が発明されるか、よほど強引な政治判断をして被害者を黙らせるかしない限り、工事の再開は無理でしょう。けれども、なぜかメディアはこの議論は黙殺しています。
 今後どう話が展開するのか、予想もつきません。大阪万博の木製リングの柱は約6000本ありますが、この分ではすぐに満員になりそうです。