盛り下がる大阪
こんばんわ。村山恭平です。
北陸新幹線敦賀延伸から一週間もたっていませんが、大阪ではすでにほとんど忘れられています。金沢まで直通だったサンダーバードが敦賀までになり、その先は、これまでより20分早く着く代わりに1000円以上高い新幹線か、それより2時間半以上余計にかかる普通列車に乗り換えるしかありません。新幹線の場合、混み合うエレベーターを利用する10分前後の乗り換えが漏れなく付いています。
どちらかと言えば高齢者が多いと思われる関西圏から北陸への観光客は、激減するでしょう。旅行代理店に並ぶパンフでも、北陸モノは減っているような気がします。北陸圏と関西圏の心理的距離は拡大してしまいました。
最悪なのは、能登半島の被災地ボランティアや被災者の親族訪問などが本格化する時期に、その足を引っ張ったことです。せめて復興が一段落して仮設住宅が完成するまでは、大阪金沢間の在来線特急サンダーバードの廃止は延期するべきでした。
もっと言えば、西明石から京阪神を経由して敦賀まで行く新快速のうち、土日祝の朝夕一往復ずつでも、金沢から能登半島内の和倉温泉まで延伸して、乗車券だけで能登に向かえるようにすれば、大きな被災地支援になったでしょう。まあ、期待するのはやめましょう。株式会社JR西日本の判断としては、何もしないのが正解なのでしょうから。
けれども、営利企業としてのJR西日本にとっては、被災地無視はあまり合理的な行動とは思えません。膨大な投資をして北陸新幹線を敦賀まで延伸させたばかりですから、金沢を中心とする北陸圏が繁栄は死活問題のはずだからです。
もっとも、実はそれどころではないのかも知れません。北陸と関西以外ではあまり話題になっていない大問題があります。北陸新幹線の京阪神への延伸のプロジェクトの問題です。結論から言えば、少なくとも今の計画では、実現は絶対に不可能だということです。したがって、今の関西と北陸との分断状況は半永久的に続くということです。
新幹線のノルマは時間短縮
さて、そもそも新幹線というものは何のために作るのでしょうか。経済効果にせよ地域間交流にせよ、移動時間の短縮によってもたらされるものです。逆に言えば、移動時間の短縮が十分でかつ効果的でないならば、新幹線を走らせるメリットはないということになります。
他にも、災害に備えたレジリアンス(簡単に言えば多重化)や環境要因など、とってつけたような理由も推進団体などは出していますが、どちらも今回の話とはあまり関係がありません。
大阪延伸が完成する頃には高速鉄道だけでも東京大阪間にはすでに2本(東海道新幹線・リニア)あり、他にも東海道本線、航空機や高速バスなど、代替手段は山ほどあります。また巨大災害時にはインバウンドなどの観光需要は激減します。よって、旅客輸送については東京大阪間で、レジストリを増やす必要はほとんどありません。一方、災害時にこそ需要が増える貨物輸送に関しては、北陸新幹線はほぼ無力です。むしろ、並行在来線問題のあおりで、北陸本線などが弱体化することの方が心配です。
また、高低差の大きい延伸コースで無理矢理に高速を出すことのエネルギー効率は、在来線と比べてかなり悪くなります。今後は高齢化と人口減少で需要自体が縮減するのが確実だということを考えても、あえて環境破壊をすることもありますまい。結局、当然ながら大阪延伸のメリットは移動時間の短縮のみということになります。
もともと効果は限定的だった
もともと、整備新幹線規格である北陸新幹線は最高速度が260kmまでに制限されており、同じ区間の特急サンダーバード(在来線最速)の160kmと比べても有利さは限定的です。さらに、今回選択されコースには迂回と急勾配がありスピードがさらに落ちるため、延伸の目的自体に疑問が出てきます。
たとえこうした状況になっても、多くの公共事業は住民の反対も押し切って工事がどんどん進んでいくものですが、今回は技術的にも経済的にもあまりにも無理が大きくて、誰も見切り発車を言い出せていません。
こうなると「北陸三県の悲願に引導を渡す悪者」になるよりも、形式的に少額の調査予算をつけて「あたかも計画がまだ生きている」ふりをしながら、忘れられるのを待つのが政治家の普通のやり方です。在阪の某ポピュリズム政党が、例によって思いつきで「早期着工します」なんて言い出さない限り何もおこりません。その某政党も、来年以降もどんどん大きくなる万博赤字の非難を浴びるでしょうから、「延伸に大金を出そう」なんて言い出せるはずがありません。結局、延伸計画はこのままウニャムニャになるでしょう
コース各所に問題山積み
では、具体的に延伸コースを見ていくことにしましょう。図1はJRTT鉄道・運輸機構が発表した大阪延伸の計画図に、ルートが決定する前に候補として残っていた他の2ルートなどを書き込んだものです。一目でわかるように、今回の延伸ルートは京都駅を中心とする巨大なS字になっており、ほぼ直線である湖西線(湖西ルートとほぼ同じ経路)と比較すると起伏やカーブが多いため、新幹線としては只でさえ遅い時速が平均210km程度まで落ちてしまう上に、距離も長くなりました。
そのため、全線開通してもサンダーバードより、京都・金沢間で33分しか早くなりません。この点だけでも延伸コースの選択に疑問符がつきますが、なんでこんなコースになったのでしょう。
説明の都合上、新大阪駅から京都駅までの区間を第Ⅰ区、京都市街地の区間(ほぼ全て大深度地下トンネル)を第Ⅱ区、京都市北部の山地から東小浜駅付近までの区間(ほぼ全てトンネル)を第Ⅲ区、小浜駅から敦賀駅までの日本海岸を走る区間を第Ⅳ区と呼ぶことにします。最後の第Ⅳ区以外は、それぞれ単独でも延伸計画自体の息の根を止めしまうような大問題を抱えています。
まず第Ⅰ~Ⅱ区では京都盆地の地下水の処理が困難で、第Ⅲ区には長大山岳トンネルという最大の難関があります。また、第Ⅰ区には速度短縮効果がほぼないというマヌケな欠陥があり、立案者の責任能力を疑いたくなります。
ひとことで言えば、「一見すると不可能で無意味に見えるが、実は本当に不可能で無意味だった」というだけの話です。けれども、「なんでこんなプロジェクトが、実行に移されようとしたか」を説明しようとすると、地質・環境・鉄道・経済・地方政治などの問題が複雑に絡み合い、やたらに話がクドくなります。私の知る限り、これらの論点を整理した解説は見たことがありません。そこで、次回から出来るだけ丁寧かつシンプルに説明していきたいと思います。