北陸新幹線の大阪延伸はもう「詰んで」いる 【北陸新幹線 その2】

 S字に走る異常なコース
 
 こんばんわ。村山恭平です。
 北陸新幹線の大阪延伸について話しています。
 前回の第一図を見てください。この延伸はなぜこんな複雑怪奇なS字コースになってしまったのでしょうか。
 まず、敦賀から京都までの区間(第Ⅲ区)。普通に考えたら、直線的に走る湖西ルートか最短で東海道新幹線に接続する米原ルートの2択のはずです。ところが、最終的に採用されたのは大きく西に外れた小浜回りのコースでした。
「原発誘致の代償に小浜に新幹線を通すとした田中角栄時代の約束があった」という説もありますが、これも変な話です。小浜市に原発はありません。また、小浜を経由して京都に向かうにしても、ルートは不自然に西に曲がっています。どうせトンネルをブチ抜くのですから、普通なら最短の直線コースにするでしょう。現地調査はまだしていないのですから、地質上の問題のはずがありません。
 図2をご覧ください。図1で京都市と大津市が接する部分を拡大したものです。滋賀から突起状の土地が3本、京都市側に食い込んでいます(水色矢印)。そして、今回のコースは、ギリギリでこれらの突起を避けており、そのために南に曲がっています(紫色矢印)。何が何でも滋賀県内の走行を避けたがっているとしか思えません。なぜなのでしょう。

図2
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滋賀県民の悲鳴

 地元では、「JR西は滋賀県を嫌っている」というウワサが流れています。理由は2つ。ひとつは1991年の信楽高原鉄道の事故を巡って訴訟沙汰になった件。もうひとつは2006年に一旦着工までされた東海道新幹線の栗東駅を、滋賀県知事が凍結したことです。
 けれども、これらが原因というのはあり得ないと思います。どちらも、前知事時代の話ですし、新駅問題の被害者はJR西日本ではなくJR東海のはずです。信楽高原鉄道の裁判では、争点は基本的にお金の話だけで、金額も微々たるものです。こんな古くてセコい理由で、何兆円レベルの損が発生しかねない喧嘩を、上場企業であるJR西日本が行政相手に仕掛けることは考えにくいでしょう。

 私には、逆に滋賀県の三日月知事が断ったように思えます。北陸新幹線は滋賀県民にとってメリットは皆無なのに、巨大なデメリットがあるからです。
 まずはメリットの無さから。県内に新幹線を通しても、できる新駅は一つだけです。湖西ルートなら高島、米原ルートなら長浜あたりとされていましたが、おそらく停車する列車は少なく、東海道新幹線のM駅のような「国民的通過駅」になりかねません。
 現状でも長浜や高島からは、敦賀なら1時間、大阪でも2時間程度で、新快速で行けてしまいます。特急料金もいりません。もし急ぐのなら、特急「サンダーバード」や米原からの東海道新幹線も使えます。今さら北陸新幹線ができても、たいしたメリットはありません。「新駅」周辺ですらこれですから、他の県民にはもっと無意味です。
 一方、負担の方はしっかりあります。まず、巨額の費用負担。そして用地買収や環境の悪化は県民を分断します。さらに、並行在来線化する湖西線や北陸本線の減便と値上げ。冗談ではありません。「来るな。いらんで。帰れ。消え失せろ」というのが県民の本音でしょう。
 念のために言っておきますが、滋賀県民には北陸地方を差別するつもりはないでしょう。律令時代から畿内と日本海側の交通を担った鯖街道をはじめ、長い交流の歴史があるご近所で、経済的にも文化的にも支え合ってきたわけですから。けれども、あまりに巨大な負担の押しつけは勘弁してくれと言っているのです。

日本一新幹線を知る知事

 おそらく偶然なのでしょうが、現在の三日月滋賀県知事はJR西日本の出身。労組の幹部を歴任しており、実務では山陽新幹線での運転研修の経験まであるそうです。人脈も知識も豊富。新幹線の特性も問題点も熟知しています。とはいえ、政治力にものを言わせて露骨に延伸計画を潰しに行けば、北陸地方との間にタチの悪い遺恨が残りかねません。まことに困った問題です。
 けれども、仮に延伸が完成しても県内を走らせないなら被害は半減します。工事費負担はいらないし、用地や環境の問題もおこりません。並行在来線問題だけは残りますが、これはなんとか拒否できそうです。とりあえず、琵琶湖畔から線路を追い出してしまえばいいわけです。
 実際にどんな議論が行われたのかは知る術もありませんが、県知事の権限は強力です。無理筋気味の静岡県知事の抵抗でも、リニア新幹線の着工が5年以上遅れているわけです。滋賀県民の本音を背に受けた「日本一新幹線を知る知事」と全面対決する度胸が、JR西日本にあったとは思えません。

 滋賀県を通る湖西・米原の両ルートが消滅した瞬間に、今回の延伸計画は「詰んで」しまいました。滋賀がダメなら京都を通るよりありませんが、京都府北部の丹波山地は細かい山や谷が続き、およそ道路や鉄道を作るのには向かない場所ばかりです。工事を強行すれば、長大な山岳トンネルが必要になり天文学的な費用がかかります。
 常識論を主張できる普通の技術者と、その常識論を聞く気のある普通の政治家がそろっていれば、この時点で延伸は中止になっていたはずです。もっと本質的なことを言えば、滋賀県での延伸計画に目処が立たないのなら、北陸新幹線は東京から金沢までで止めておくべきでした。
 こんなわかりきったことを、三日月知事が知らないはずはありません。県内通過を断れば、いずれ計画自体が暗礁に乗り上げることは、想定していたのでしょう。完成の可能性が皆無なら、並行在来線問題もおこりようがなく、安心して賛成側に回って国に貸しを作ることも出来ます。

 一方、なぜ京都府はこの疫病神を引き受けたのでしょうか。「府知事に情報や政治力がなく断れなかった」という説や、「府北部の開発利権に目がくらんだ」という解釈も無くはなさそうですが、そこまで府の行政は無能ではないと思います。
 やはり滋賀と同様に「実現可能性がないのなら、わざわざ断って事を荒立てる必要はない」という打算が働いたというのが正解ではないでしょうか。なにしろ、「今すぐ追い出したい客には、お茶漬けを勧める」のが京都の伝統ですから。
 そうなると、どうせ完成しそうもないなら、関係者一同、無責任で自分勝手な夢や利権を延伸計画に盛り込み放題だったのでしょう。出来上がったコースは意味不明にゆがんでしまいました。図1に戻りましょう。京都市街より北の路線(第Ⅲ区)が西に曲がっている一方、南の路線(第Ⅰ区)は東に膨らんでいます。京都府内に新駅を作って、費用負担の見返りをするつもりなのでしょうか。
 そもそも、北陸ルートは米原まで湖西ルートは京都までで、新大阪まで延伸する計画はありませんでした。新大阪延伸はいつ・誰が・何のつもりで押し込んだ話なのでしょうか。
 この問題は次回ということにしましょう。