一連の北陸新幹線関連の記事も16本目になりました。全部集めると、かなりの分量ですが主張はシンプル。「小浜ルートでの北陸新幹線の延伸は、技術的にも社会的にも、ほぼ不可能である」ということです。今回「ほぼ」という保留を付けたのは、もし将来、独裁者が「金に糸目を付けずに、何人死んでも、何百年かかってもやりとげるぞ」と言い出せば技術的には可能だからです。落盤事故を繰り返しても、気にせずにトンネルを掘り続ければいずれ切り通しになります。環境問題など当然無視。もっともこれで「社会的にも可能だ」と言えるのかどうかは疑問です。
極論だと言われそうですが、今の政治家たちの延伸賛成論を見ていますと、こんな風に考えているのか、技術や経済が全く理解できないのかのどちらかのはずです。あるいは、前回[1]書きましたように「着工さえすれば完成はしなくて良い」と目論んでいるのかも知れません。
やっとまともな推進論が見つかった?
延伸反対論や米原ルート復活論に対する彼らの反論は、「もう決まったことだから」と「国策だから」の2点しかありません。京都選出の西田参議院議員などその典型ですが、「決まった」と言っても、任意団体に過ぎない「与党プロジェクトチーム」の決定です。何を根拠に国策などとおっしゃるのでしょうか。そもそも工費の予測が大幅に上振れしたのですから、たとえ「決定」やら「国策」でも見直して当然です。
推進論自体が議論の前提さえ無視したものですから、技術的な裏付けのある「不可能論」へのまともな反論は見たことがありませんでした。ところが、藤井聡(京都大学大学院工学研究科教授)氏の「反論」が先日、現代ビジネスオンラインの記事(以下「記事」と呼びます[2])に掲載されました。
ワイドショーなどでおなじみの藤井教授は、他のコメンテーターと違いあくまで謙虚で、それでいて工学的な議論が鋭い論客で知られています。今回その藤井教授が京都市街の工区での地下水枯渇に関して「杞憂」だと主張しておられます。懸念を表明している外部の専門家や松井市長に対しても、十分にリスペクトが見えて好感のある記事です。けれども、いかんせん内容がありません。
根拠になっているデータは、いつも私も引用して突っ込んでいる「国土交通省鉄道局と(独)鉄道・運輸機構の『北陸新幹線(敦賀・新大阪間)詳細駅位置・ルート図(案)ご説明資料』(以下「説明資料」と呼びます[3])」のみと言えそうです......と言うより、「記事」全体が「説明資料」の浅い解説に終始してしまっています。藤井教授ともあろう方が、なんでここまでデータの乏しい状況で、無理やり「記事」を書くことになったのか分かりません。
誰も言っていないリスクに反論している
ではでは、細かく引用しながら反論していきましょう。「記事」の最初で、「説明資料」にある「シールドトンネルは基本的に水を通さない構造のため、トンネル内に地下水を引き込まない。」とあるのを引用して、これまで地下鉄南北線、東西線、阪急京都線、京阪鴨東線で使われた開削(オープンカット)工法より、今回の工事は地下水への影響は少ないとの議論ですが、はっきり言ってこれは嘘です。
これらの路線でもシールド工法は使われています[4]。また地下水への悪影響も確認されています[5]。少しググれば分かることを、なぜ調べないのでしょう。それ以前に、堀川通や川端通りが工事で長期間にわたって大渋滞したことはないことも、京大の先生ならお分かりでしょう。大深度でのシールド工法がオープンカットより悪影響が少ないことの根拠も不明です。
ついでに言えば、シールド工法が新しい技術というのも間違いで、遅くとも1970年代には実用化されていたはずで、市営地下鉄の両線や京阪鴨東線の完成よりもはるかに昔の話です。
データが不正確な上、議論にもアラが目立ちます。そもそも、だれもトンネル内への水の流入による周辺での井戸枯れを心配しているわけではありません。枯渇が発生するほど水がドバドバ流れ込むなら、掘っている穴はトンネルではなく井戸です。25000Vの高圧電流を使う新幹線ではもっての他でしょう。枯渇の原因が危惧されるのはトンネルの外側です。
「十分な厚さがある帯水層に対しシールドトンネル(約10m)は点の構造物」という話も意味不明です。「十分な厚さがある帯水層」は立体なのですから、中を通るトンネルは(太さを無視したとしても)点ではなく線の構造物です。
点という表現にこだわられるのは、「大きな帯水層と比較して小さなものに過ぎないトンネルが重大な悪影響を及ぼすとは考えにくい」というお考えなのでしょうが、圧力が関係する場面では、穴の大きさはあまり問題ではありません。膨らんだ風船を針で突けば爆発することを考えればわかります。蟻の一穴というやつです。
この先の議論も無意味です。「トンネルがせき止めるから酒造用の井戸水が枯渇する」なんて奇妙な危惧は存在しないことです。線に過ぎないトンネルが「十分な厚さがある帯水層」の水をせき止めることなど物理的に不可能です。また、万一そんなことになったらその水は最終的には溢れ出し周囲の地盤を破壊してしまいます。あちこちで地盤沈下がおこり、井戸水の心配などしている場合ではありません。もちろん、そんなバカげた事例はありません。
トンネル内への水の流入にしても、トンネルによる堰き止めにしても、誰も想定していないような架空のリスクに対して反論をしておられるわけです。
駅のことなど誰も言っていませんが
トンネル部分の議論はこれだけで、駅、特に南北ルートで作られるであろう地下駅の安全性についてに話の中心は移っていきます。「少なくとも一般論で考えれば、『浅い南北案』は『深い東西案』よりも地下水への影響は限定的であり、かつ、影響が仮にあるとしても限定的な水準であると考えられます。」と言ってみても、もともと東西案の影響の大きさがわからないのですから比較しても無意味です。
次に、「『南北案』の20メートルの深さといえば、現在の京都市地下鉄烏丸線の京都駅と同じです。したがって、仮に南北案が地下水に影響があったとしても、当該地下鉄の駅がもたらしている影響と同程度だという事になります。」というのも議論の飛躍です。
南北案の地下駅予定地がある堀川通と地下鉄駅のある烏丸通りとでは場所が全く違います。名前からも分かるように堀川通には過去、結構大きな川が流れており、今ではそれが伏流水になっていると考えられています。実際、地下鉄東西線の工事中、大量の出水があったことは、工事関係者の間で今でも語り継がれている事です。「地下鉄烏丸線の京都駅は大丈夫だから南北ルートの京都駅も大丈夫」というのはかなり無理のある推定です。
最後の話題は、「堀川バイパス」との比較です。「松井京都市長は、南北ルート京都駅とほぼ同じ場所に、道路トンネルを作ることの要望書を提出している。よって、市長自身は、北陸新幹線の南北ルートも京都駅周辺では問題があるとは思っていない。」と考えておられるようですが、堀川バイパスは距離も短く大深度地下工事をするわけでもありませんから、比較の対象にはなりません。
また、シールド工法は堀川バイパスの2案のうちのひとつで、水問題などでこの工法が不適切なら、単純に今の国道を拡幅する工法案もあります。地下水のリスク管理に関するかぎり、堀川バイパスと南北ルートの京都駅を同一視するのは無理です。
かえって小浜ルートの足を引っ張る「記事」
議論をまとめましょう。今回の藤井教授の「記事」は、
1)一般論に終始して、「問題があるとは限らない」ことだけを立証している。
2)だれも指摘していないリスクに反論している。
3)大深度工事であるという議論の重要な前提が抜けている
という3つの問題点があります。
「まず、『シールドトンネルによる地下水への影響は発生しないと考えている』という部分についても、一般論として反論しづらい主張であると思われます。」......「地球科学には本質はなく現象のみがある」という自虐めいた箴言があります。おだやかに言い直せば「自然物を扱う場合、対象の個体差が大きくて一般論で語れる範囲は極めて狭い」ということなのでしょう。
今回のケースで、「一般論では大丈夫なのだから、大丈夫である可能性は否定しきれない」などと主張しても、刑事裁判の「疑わしいは罰せず」じゃあるまいし、何の意味もありません。あくまで、「京都盆地」「大深度」「堀川通」などの個別の条件での話なのですから一般論を語っても仕方ありません。
また「記事」がとりあげている「シールドトンネル内への流入」「堰き止め」「南北ルートの地下駅」など、あまり誰も危惧していない問題を選んで回答なり反論をしています。これもほぼ無意味です。
さらに驚くべきことですが、「記事」の中には「大深度」という言葉が一度もでてきません。最大の危惧要因が無視されているのですから、まともな反論が出来るはずがありません。
それにしても、藤井教授はどのような意図でこんな「記事」を書いたのでしょうか。大御所が、証拠も論証も極めて不十分な議論を一度展開してしまうと、「藤井先生でもまともに弁護できないのか」ということになり、かえって小浜ルートのいかがわしさを強調してしまうように思うのですが、いかがでしょうか。もっともそれが狙いなら、お見事と言わせていただきますが、ひとりの藤井ファンとしては残念な限りです。
[1]
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/12/20_0921.html
[2]
https://gendai.media/articles/-/143831?page=2
[3]
https://news.yahoo.co.jp/articles/a4e13aa8ed2d4f7e9b6286ef464b95ffb3fda05b?page=1
[4]
https://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000006911.html
[5]
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/157553/3/D_BATUER_ABUDOUREYIMU.pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/27/4/27_115/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jagh/62/2/62_161/_pdf/-char/ja
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/157553/3/D_BATUER_ABUDOUREYIMU.pdfhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/27/4/27_115/_pdfhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jagh/62/2/62_161/_pdf/-char/ja