北陸新幹線の新大阪延伸問題。年末になって急にいろいろな動きが出てきました。たとえば、与党自民党の中から、米原ルート復活を意図する勉強会が開かれました。また、25年度予算編成に向けても、いろいろな動きが出ています。関係者の主張を少し整理してみましょう。
分類の軸は2つ。北陸新幹線の延伸を熱望しているか(A)、関心が低いないし反対している(B)。もう一つの軸は、小浜ルートの早期着工に賛成(Ⅰ)か反対(Ⅱ)しているかです。
小浜をめぐる四つの立場
まず、延伸を熱望し早期着工を望んでいる(AⅠ型)。基本的に小浜関係者ばかりです。単純小浜論と言えます。つけ加えれば、小浜方面から京阪神に出るには、「小浜線で敦賀まで行き、サンダーバードに乗り換えて」、というコースなのは昔からのことで、サンダーバードが(北陸新幹線の今週の延伸で)敦賀止まりになったせいで、大阪までの直通が無くなり不便になった金沢方面の人とは、感覚が違います。敦賀駅での乗り換えが続いても、あまり気にしません。
延伸は熱望するが小浜ルートに踏み込んで欲しくない(AⅡ型)。これは現実的米原論と言えます。これまで、あらゆる点で検討してきて小浜ルートに完成の見込みがないのですから、本気で大阪延伸を希望する富山・石川方面から聞こえてくる意見です。また、金沢に行くのに在来線特急「しらさぎ」から、敦賀で北陸新幹線に乗り換えるルートが永続化する名古屋の関係者にも見られます。まあ、常識論でしょう。
本音では延伸に無関心ないし反対なのに現実困難な小浜ルートに固執する捻れた議論(B1)。これが今回の主役「捻れ小浜論」ですから、まずは後回しにしましょう。
最後に、延伸工事にはっきり反対しているので小浜ルートの着工にも当然反対。という原理的反対論(BⅡ)。環境問題や財政に関心のある層です。自然保護団体や財務省は立場上そうなりますが、加えて、小浜ルートの全貌が分かれば、恐らく多くの国民はこうなるはずだと思うのですが。
イケズ日本一の思惑
捻れ小浜論を唱えているのは、総理を含む政権与党の大部分、滋賀県関係者、そして一部の京都の政治家です。小浜ルートで着工してしまえば、近い将来、工事が頓挫するのは目に見えています。
ではなぜ踏み込むのかと言えば、それぞれの思惑があります。まず、政権与党は、あからさまの賛成論ないし反対論を出して感情的な反発を買うより、時間のかかる小浜ルートに追い込んで、問題の先送りをしようというのです。滋賀県関係者は、とりあえず米原ルートや湖西ルートに完全にトドメを刺して、自分たちに火の粉がかかるのを回避したいわけです。
そして、一番複雑なのは京都の政治家で、「完成は不要どころか迷惑だけど、着工はしてほしい」という立場です。ここで思い出していただきたいのですが、3ルートとも京都「新駅」はイオングループのショッピングモールの近くに作ることが予定されています。
関係者各位の名誉のために言っておきますが、これは必ずしも贈収賄とか癒着とかを意味するものではりません。大深度地下ルートでも、駅には地上に向かう出入り口がなければなりません。大規模で協力的な企業があればコラボするのは当然です。間違っても、数十件の個人宅相手に延々と交渉したあげく、最後は強制的土地収容などという茨の道を選べば、来年着工など夢のまた夢です。
この場合、相手企業にとってのインセンティブが大きいプロジェクトほど、JR側は有利に交渉できることになります。イオンにとって3ルートのうち、最もインセンティブが大きいのが、南北ルートであると思われます。
桂川ルートの場合、確かにイオンモール京都桂川と直結にできますが、乗り換え客のうち、途中下車してまでここで買い物をする人は少なそうです。一方、東西ルートの駅が出来る八条通りはイオンモールKYOTOから50mほど離れています。だからもし、地下道をコンコースまで繋ぐならイオン側の自腹工事になります。乗り換え客があまり利用しそうもないのは桂川ルートと同じです。
南北ルートが最高、新幹線さえ来なければ
けれども、南北ルートの駅はイオンモールの目の前にある油小路通りの地下です。JRの側から「御社敷地内に地下駅の出入り口を作らせてくれ」と言う話になりそうです。自腹どころか、保証金やら土地使用料が入ってくるかも知れません。しかも、駅のコンコースは在来線とも直結されますから、敷地から京都駅までの地下道を作ってもらえて、維持管理もJR持ちになるという美味しすぎる話です。
このイオンモールKYOTOは、大規模書店や玩グ店などもテナントとして入っています。雨の日やベビーカーでのアクセスに難がありましたが、地下直結になれば沿線住人にとって極めて使いやすいショッピングモールになります。よく利用する私も個人的には大歓迎です。ほとんどの京都市民は南北ルートを大歓迎するでしょう、新幹線さえやってこなければ。
玉虫色の開業準備
もちろん、本当に街中の大深度地下でトンネル工事をやられたら、駅が便利になることぐらいではとても釣り合わない巨大な迷惑が、京都市民の上に降ってきます。井戸は涸れるわ、ダンプは走り回るわ、そこらじゅうが地盤沈下して世界遺産までひっくり返るわ......てなことになりかねません。ではなぜ、南北ルートを先頭に立って進めているのが京都選出の参議院議員なのでしょうか。
とても着工できる状況ではない
この謎解きの前に、第二の予想の話をします。小浜派は、来年度の予算に「(北陸新幹線の)着工」という文字を入れさせ、小浜ルートを既成事実にしようと必死ですが、そう簡単にはいきません。着工されては困る連中が日本中にわんさかいるからです。
まず、未完成の北海道新幹線。こちらの着工が遅れたのは、北陸新幹線の金沢敦賀間の工事に手間取ったからでした。「北陸さんも、うちが完成するまで待ちんしゃい」というのはもっともな主張です。また、西九州新幹線の長崎県内の線路は他の新幹線とは接続しない飛び地新幹線になっています。こちらの方も、「北陸に手をつける前になんとかしろ」と言いたいでしょう。
決定打は着工五条件。安定財源やら費用対効果やらが絶望的に悪くなっています。逆に言えば、無理矢理に北陸延伸の着工してしまうといことは、「着工五条件は無視してもいい」という前例を作ることです。日本中から、「おらがムラにも新幹線をよこせ」という声が上がり、大量の赤字路線ができます。これは昭和初期に旧国鉄で起こったことと全く同じで、新幹線網がそうならないためにあるのが着工五条件なのですから、安易に踏み越えてよいものではありません。
一方、京都府も福井県も巨額の経費を負担する気はなさそうです。「延伸は『国策』だとし、事業費は地元自治体ではなく国が圧倒的に負担するべきだ」......小浜原理主義者の西田昌司議員など、すごい事を言うものです。財政再建や減税を求める声が高まっているなかで、しかも少数与党政権。地元でさえ賛否が分かれていて、費用の全貌も完成時期もはっきりしない数兆円規模のプロジェクトなど、誰が着工などと寝言を言い出せるものなのでしょうか。
けれども、例年同様に少額の調査費を認めて、地下水・ヒ素など環境への影響調査をすると言えば基本的に反対する人はいません。これなら現状維持だからです。賛成派には「着々と着工に向かっている」と言えますし、反対派には「着工はしていない」と言えます。日本名物、玉虫色の平和論です。
本音は食い逃げレガシー
実は京都には、これだけでも結構大きな経済効果があります。たとえば、京都駅南の新駅予定地での地盤や水脈のデータは、もし延伸計画が消えてもこの地域の再開発に使えます。さらに美味しいのが埋蔵文化財調査です。京都市街では、かなり深くまでいろいろ出てきます。「1000年の都の地下に駅を作らせていただくのですから、調査は念入りに」とでも良いくるめて、地下深くまで調査溝を広めにとって掘り進んでおけば、埋め戻すついでに地下通路ぐらい簡単に作れます。
予算項目に「調査」だけではなく「着工のための事前準備」のような言葉が盛り込められれば、さらに好きなことができます。市北部の山岳地帯では、トンネル残土を10tトラックでガンガン運べる高規格の国道バイパスが作れます。電力関係、生コン工場、工事スタッフの宿舎なども含めて、公共事業やり放題です。
玉虫着工が動き出しても、調査やら事前準備だけで本体工事ができない状況は、国の財政が奇跡的に好転しない限り何年も続きます。そうこうしているうちに、着工五条件の達成はさらに難しくなってくるはずです。将来人口を考えれば北陸新幹線の減便もおこり、じり貧のGDP下では、「令和最強の金食い虫」新大阪延伸の話自体が、いずれ立ち消えになります。けれども、京都府内には小浜ルートの「食い逃げレガシー」がしっかり残るというわけです。
これが「捻れ小浜論」者の理想のシナリオではないでしょうか。延伸計画を小浜ルートに引き込んで、身動きとれない間にトリクルダウンをたっぷりいただき、いずれ自然消滅してもらう。イケズな京都人の面目躍如です。最近、厳しさを増す国庫の問題や、リニアを筆頭に各地のトンネル工事での失態など、小浜ルートの現実性に暗雲が立ちこめるればこめるほど、逆に「捻れ小浜論者」が増えているように思います。
ということで、もう一度、予想を書いておきます。
(1)京都市内のルートは南北ルートに決定。
(2)25年度予算案には明確な「延伸着工」の文字はなく、北陸新幹線関係の費用は、調査費や準備費として計上される。
さて、どうなりますやら。
[1]
https://www.asahi.com/articles/ASS8X03SRS8XPLZB00SM.html?oai=ASSDF2PHPSDFULFA00BM&ref=yahoo