久しぶりに北陸新幹線の新大阪延伸の話をします。東京から北陸三県を経由して福井県の敦賀まで繋がっている北陸新幹線を、京都市街地の地下を通って新大阪まで延伸させる計画があります。自公政権のプロジェクトチームと称する団体が勝手に作ったものなのですが、賛否以前に物理的に無理な計画ではないかと当初から思い、記事を書いてきました。
案の定、ここ半年ほどの間に、世論の風向きが変わってきました。いろいろな団体が反対の立場を明確にしつつありますが、それだけでは済みそうにありません。小浜ルートのとんでもなさが少しずつ露呈してきてきたのか、財政論・環境論から技術的不可能論に、反対論の軸足が変化しつつあります。
推進側から、マトモな「心配無用」「解決可能」という話が一向に出てこないので、もう議論を打ち切ろうとする動きも出てきました。典型が米原ルートの復活です。金沢を中心とした超党派の関係者が動き始めました。
一方、小浜への新幹線の乗り入れを諦めきれない地元と、逆に議論をコジレさせ確実に延伸を潰してしまいたい滋賀県勢などが、小浜ルート維持を叫んでいます。また、どういうわけか、ひめゆりの塔で一躍有名になった西田昌司参議院議員も賛成に回っています。夏の参議院選挙前に自分の選挙区で嫌われて......何を考えているのでしょうか。
これら推進派は大きな危機感を抱いて、なんとか世論を説得しようとしています。キーワードは「科学的知見」です。「科学的知見をもって京都市民の不安を払拭する」というような話があちこちの推進決議に出てきます。
けれども、なんだか市民を馬鹿にしたような話です。「我々は科学的知見に基づいて計画を推進しており、無知蒙昧な京都市民に丁寧に説明をし理解を得るつもりである」と言うのと同じことだからです。
今後、仮に完成不可能を結論とする科学的知見が得られたら、現在の推進派はおとなしく理解するつもりなのでしょうか。もしその気がないのなら、「科学的知見」などと気軽に口にしてほしくありません。科学は中立で冷酷です。時には自分たちの利益や希望を容赦なく破壊することもあります。
また、それ以前にとりあえず着工できる程度の科学的知見を、工事関係者は得られているのでしょうか......とてもそうは思えません。
想定される想定外
これまで記事にしてきましたように、今回の延伸で技術的にずばぬけて巨大な問題が2つあります。京都盆地内のシールドトンネルと京都盆地~小浜間の山岳トンネルです。
前者では地下水、後者では残土の問題がよく報道されますが、それ以前にこの2カ所のトンネルは常識的な費用と工期で完成できるとは思えません。総工費合計10兆円工期100年などということになれば、事実上は完成不可能と言えます。個人的には、いくら楽観的に考えても解決策があるとは思えません。
古都の市街戦で不戦敗【北陸新幹線 その5】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/06/12_2141.html
見えない刺客は火成岩【北陸新幹線 その10】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/07/12_0738.html
悪魔の温泉へようこそ【北陸新幹線 その11】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/07/28_0742.html
当然、こうした見解を覆して「可能である」と言うには綿密な地盤調査が必要です。地下深くの状況を知るのに一番必要なのは、地表から穴を掘って地盤を調べるボウリング調査です。けれども、公募入札募集の記録などから調べたところ、ボウリングの地点数は新大阪~敦賀の全区間合わせても、2022年度以前は2本、2023年度は23本、2024年度は18本で、合計わずか46本です。150kmの延伸ですから3kmあたり1本もありません。
【簡易公募型競争入札方式】
https://www.jrtt.go.jp/procurement/system/koukoku.aspx?NO=:75:66:78:61:50:38:72:67:68:61:52:38:89:69:65:82:61:50:48:50:51
【令和5年度北陸新幹線事業推進調査について】
https://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi5.pdf
このうち、難所のひとつである京都盆地の土質ボウリングが最大で10本。これには調査だけして没になった、「鴨川の東を通るルート(3カ所でボウリング)」や「東西ルート」を含めてのことですから、現在生き残っている「南北ルート」「桂川ルート」上では最大でも合計で5~6本程度でしょう。この区間は両ルートの合計で延べ50km程度ですから、せいぜい9~10kmに1本というところです。
地盤や地下水による浮力にばらつきの大きいこの区間で、こんな粗いデータで安全なトンネルが掘れるのか、かなり疑問です。工事を始めれば何がおこっても想定外でしょう。だから「南北ルート」「桂川ルート」のどちらが現実的かという議論も、まともには出来そうもありません。
もうひとつの難所、京都盆地~小浜間の山岳トンネルでは、岩盤ボウリングは最大でも11本しか掘られていません。他の方法での調査もやっていますが、約50kmの区間ですから、過去に詳細な地質調査が全く行われていない場所であることを考えると、4~5kmに1本というのは、いくらなんでも少なすぎます。
さらに、南丹市が延伸反対で調査をさせなかったからなのでしょうか、一番山深い場所に全くボウリングデータのない区間が約10kmほど続きます。
地質の常識では最少数10m単位で岩相が様変わりすることも想定しておくべきで、この程度の事前調査では、掘り始めてから想定外の巨岩やら断層にぶつかる可能性は大いにあります。実際、今回よりもはるかにデータが揃っていたはずの北海道新幹線でも、想定外の岩盤にぶち当たり数年単位で工期が遅れる、という事態がおこっています。
10兆円でも足りない?
いくらなんでも、今の状態で着工というわけにはいかないでしょう。あと数年、細々と調査を続けるよりなさそうですが、毎年20本前後のボウリングを追加しても、地盤に関する「科学的知見」が爆発的に増えるはずがありません。
さらに悪いことに、南丹市に続いて京都市も現状の工事への反対を決議しましたから、これまでのようには調査が円滑に行かなくなるでしょう。技術的不信感を抱く側が調査協力をしないのは、本来なら筋が通らないことです。けれども、国会質問までされても既存のデータが公表されないことを考えれば、反対派自治体が今後の調査を拒否するのも仕方ないことでしょう。都合の悪いデータを隠蔽したまま、着工されてはかなわないからです。
【掘削調査の結果示せ 衆院委 北陸新幹線巡り堀川氏;赤旗】
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik25/2025-04-08/2025040802_03_0.html
結論を言えば、京都盆地のシールドトンネルと京都盆地~小浜間の山岳トンネルだけをとっても、技術的に完成可能であるというだけの「科学的知見」は得られていなません。ということは、現時点で算出されている工費やら工期には何の根拠もないということになります。
現状の大本営発表的な見積もりでも、最大5兆円やら最長28年という数字が出ています。北海道新幹線やらリニアやらの苦戦ぶりを考えれば、10兆円や40年でもまだ甘いということすらありそうです。国も沿線自治体もJR西日本も、とても怖くて、goサインを出せる状況ではありません。
データ不公表はオウンゴール
さて、「科学的知見」と言えば、もう一つの考えられることがあります。これまでの調査データから、「とてもじゃないが完成は無理」という結論が出ている可能性です。50本弱のボウリングデータでは工事可能とはとても言えませんが、片っ端からとんでもないデータ出ている場合など、50本でも十分に工事不可能は言えそうです。
そこまで行かなくても、工費や工期が大きく上振れする予想が出ているのかも知れません。無理に着工すれば、数年後にはやむを得ず費用負担を中止する自治体が出てきて、業者への支払いが滞るということも起こりかねません。我が国の公共事業などでは、これまでは考えられなかったことですが、大阪万博では実際におこったことです。
即座に情報公開をしないことで、自治体や住民が大きな不信感を抱くのは仕方ないことです。ここまで来たら、都合の悪いデータでも公表してしまった方が、関係者からの信頼も得られ、うまく行けば国内外の技術者・研究者や企業から意外な新技術が提案されることで、一発逆転のチャンスもあります。小浜ルートの息の音を止めたくないのなら、この方がまだしも現実的だと思うのですが、いかがでしょうか。