2010年03月16日

スーさん、温泉にゆく

3月15日(月)

日曜日から1泊2日で西伊豆は松崎へ。
例年、共済組合より「宿泊施設利用券」が支給されるのだが、いつも使用しないままに年度末を迎え、慌てて近くの宿泊施設に泊まりに行ったりしている昨今である。
昨年は、妻が「まだ食べたことない」と言ったので、奥浜名湖にある施設に「スッポン会席」を食べに行ったのだが、そう毎年同じことをするのも芸がないと思っていた。
今年はどうしようとぼんやり考えていたところ、ちょうど妻の仕事が連休になる日があることがわかった。それではということで、ちょうどその日に泊まれそうな県内宿泊施設のウェブページを片っ端から調べてみたところ、伊豆松崎の「まつざき荘」だけが宿泊可能ということが判明した。
すぐに予約を入れたのが先週の木曜日。ちょうど公立高の合格発表日で授業のない月曜日は、有給休暇をいただくことにした。

久しぶりに西伊豆へ行くということで、沼津K学園高のスガイ先生のところに連絡を入れ、「土肥から堂ヶ島の間で、どっか美味しいお昼の食べれるとこ知らない?」と尋ねると、宇久須からちょっと南へ下った安良里地区内のお店をいくつか教えてもらった。
春の西伊豆へ行くのは初めてである。秋とはまた違った趣を楽しみにして浜松を出発した。

東名は、相変わらず車は多かったが、特に渋滞するようなこともなくすいすいと沼津インターまで。途中見えた富士山は、最近降った雪のためだろうか、6合目くらいまで雪化粧であった。
沼津インター出口は、最近複雑に道が枝分かれしている。とりあえず「伊豆」と表示された道路を選択すると、そのまま三島・箱根方面へほぼノンストップで行ける道が整備されていた。この道路、以前箱根から降りてきた際に伊豆縦貫自動車道へ繋がっていることを確認した道であった。さすがにそこまで行ってしまうと、西伊豆へは遠回りになってしまう。途中、三島で途中下車して、下田街道を修善寺方面へと抜けることにした。三島市内はいつもの混雑であったが、下田街道は空いていた。伊豆中央道に入って有料道路を修善寺まで。さらに、湯ケ島の手前を右折して船原峠越え。下れば土肥である。
海岸沿いの国道136号をすいすいと宇久須を越えて右折、安良里漁港に入る。スガイ先生の紹介してくれたお店ならどこでもよかったのだが、たまたま駐車場が近くにあった「よこ田」に入る。
既に午後1時を過ぎていたが、店内はほぼ満員であった。「すみません、いっぱいなんで…」と入店を断られそうになったが、店の女将が「いいですよ、お二人でしょ?カウンターにどうぞ」と言ってくださった。いい感じがした。さっそく注文。あれこれ思案の末、「鯵の活造り定食」を頼むことにした。妻は鮪のすき身丼。すぐ横に水槽があり、鯵は注文するとそこからすくって料理されて出てくる。新鮮なことこの上ない。身も引き締まって歯ごたえがある。こんな鯵は初めて食べた。

ビールを飲んだ夫に代わって、そこから宿までは妻の運転。堂ヶ島を越えて松崎まで。そんなに時間もかからないドライブであった。
宿舎である「まつざき荘」は、前身は国民宿舎であったそうだが、4年前に現在の場所に移築されたそうだ。まだ新しくきれいな宿である。ほとんど部屋が海に面しており、駿河湾に沈む夕日が一望できる。
チェックインを済ませて旅装を解くと、部屋から浜辺と神社が見えた。行ってみることにした。これが何と、かの厳島神社の分社だった。もちろん、本社には比ぶべくもなかったが。夏は前の浜辺が海水浴場になるのだそうだ。夏の賑わいが目に浮かぶようだった。
一頻り散策して戻り、まずは一風呂。大浴場は最上階にあった。ここからも海が一望に見渡せた。湯はもちろん温泉。松崎から山あいに入った大沢温泉の湯とはさすがに違うが、体の芯から温まる湯であった。
夕食は、昼に安良里で食べてあまりに美味しかったカサゴの煮付けを追加注文した。これがまたひどく美味しかった。ついビールを過ごしてしまった。
食後は再びお風呂へ。十分に温まって快眠。翌朝も、朝食前に三度風呂。温泉はこうでなくてはいけません。
地元産品が並ぶバイキングの朝食をたっぷりといただいて、「まつざき荘」を後にする。よい宿であった。宿泊補助券を使ったこともあるが、ほぼ大沢温泉ホテル一人分の料金であった。また来ようと思った。

帰りはすぐに沼津方面へと戻ってもよかったのだが、せっかくだからとさらに南へ下って雲見まで足を延ばしてみた。松崎から雲見への海岸沿いの道は、兵庫県の城崎から香住へと抜ける海岸沿いの道とそっくりであった。断崖絶壁、岩場の海岸、そうして突如現れる海水浴場。途中、何度か車を停めて写真を撮った。それほどに景色のよい場所がいくつもあった。
雲見からは再び松崎へと戻り、ナビが推奨する仁科峠越えの道を辿る。ところが、これがとんでもない山道であった。対向車に注意しながら、何とか仁科峠を越え、そこから船原峠方面へ降りて、行きしに通ってきた下田街道へ。
ちょうど昼時ということもあり、いつもの沼津港の魚市場で昼食。今回は珍しく妻が「丸天で食べたい」と言ったので、新装なった二号店の「みなと店」へ。その前に、沼津K学園高ソフトテニス部OGのお父さんに出会った。昨夏、弁天島の花火を一緒に舟から見物した方である。ご縁があるなあと思った。
「丸天」のボリュームたっぷり定食に膨らんだお腹をさすりつつ、そこからは妻の運転。いつものように、国道1号を清水まで、そこから東名で浜松まで。天候に恵まれたよい旅であった。

次の3連休はソフトテニスの遠征。自校のチームと県選抜チームを率いて滋賀と京都への遠征である。
さらに、春休みに入った26日からは三重県伊勢市にて都道府県対抗全日本中学生ソフトテニス大会。
つかの間の休暇であった。
今週で3学期も終わる。忙しい年度末が待っている。

2010年03月08日

スーさん、書店について考える

3月8日(月)

恵みの雨。
と思いきや、土曜日は朝から市のシード校決定戦のために市営テニスコートへ。
雨ならテニスはできないのが普通だ。でも、市営コートには屋根付きコートが4面ある。出場校が限定されていれば、4面でもそれなりに試合は消化できる。
今回は、雨なら午前と午後を男女で分けて、やれるところまで試合を行うとの事前連絡が入っていた。
会場に行くと、既に主将が組み合わせ抽選を済ませて対戦相手も決まっていた。ジュニアのファームを持つ強豪校の一つだった。1試合やるだけで帰れそうだと思った。選手たちには試合に臨むにあたっての具体的な指示をして待機に入った。

このシード校決定戦、今年度から始まった試みであるが、前にも書いたとおりわざわざ時間を労力をかけて行うほどのことはないとの感を強くしている。
特に今回は、本戦の組み合わせを抽選で行うようにしたことで、その思いは確信に変わったと言ってよい。
もともとは、実力校同士が市内大会で潰し合いをせず、それなりの順位で順当に上位大会に出場できるよう配慮したいとの意図で始めたと思うのだが、地区予選を勝ち抜いた学校が対戦する本戦で、その組み合わせをくじ引きにしてしまっては何にもならないのだ。
運営部の諸君には、「一度始めたことはしばらく続けてみないと」などと官僚的な発想は捨て、ぜひ再考をお願いしたいところだ。

試合は、案の定本校の惨敗で終わった。まあ、冷静に実力を勘案すれば当然の結果であったろう。と言うか、いろいろと対戦校についての情報収集ができたという意味では、対戦はいい機会となった。でも、それだけである。
ふだんの練習ぶりを見ていれば、少なくとも自校の技術的なレベルがどの程度のものかということくらいは重々承知している。だから、試合結果もほとんど予想に違わないものとなる。
そもそも、年明けから春先にかけては、じっくり時間をかけて技術的なレベルアップを図る時期である。試合なんぞしている暇はないのだ。

哺時より、2週間ぶりの支部小宴と例会。
今回は、いつも正月以外にはほとんど参加したことがない自称「百獣の王」が参戦した。
やる前までは、「みんな、点棒持って集合してもらおうかい」と嘯いていたが、ほとんど和了ることもなくマイナスに沈んだ。奢れるものも久しからず。「百獣の王」は、飼育された猫のようにおとなしかった。

明けて日曜日は、天気予報どおりに朝から雨。
予定では県選抜チームを率いて三島高にて一緒に練習をさせていただく予定になっていたのだが、週間天気予の雨予報もあって、当の三島高ソフトテニス部監督であるイナムラ先生とも相談して、先週水曜日には早々と中止を決定していたため、完全に一日オフとなった。
うれしい。もちろん、朝から春炬燵に入ってひたすら読書。
きっと、退職後はこういう生活になるような気がする。早くそうなりたいものだ。

前日の小宴の際、自宅近くにあるスーパー銭湯によく行くと言っていたケーイチくんから、そこの割引券をもらったので、「もし明日行くんなら電話してよ」と約しておいたところ、ちょうど昼前に件のケーイチくんから、「2時くらいにどうですかあ」と電話が入った。一も二もない。昼食後のまったりした時間にお風呂に入るのも乙なものだ。
きっかり2時に駐車場で待ち合わせて入場。ワンコイン(500円)で8種のお風呂が楽しめるとの触れ込みだ。日曜の午後ということで混んでいるのではと予想していたが、思いの外空いていた。おかげで、ゆったりと時間をかけて湯に浸かることができた。サウナにも入ったし、雨中の露天風呂も楽しんだ。コストパフォーマンスはかなり高いと思った。

ほっこりした気分で帰宅して再び春炬燵に入ると、程なく深い眠りに落ちていった。目覚めると夕刻。急に思い立って、豊橋の精文館書店まで出かけることにした。
目的は、内田先生も書評を書かれ、アオヤマ姉御も大のオススメだった『身体感覚で「論語」を読みなおす』(安田登/春秋社)と、鷲田先生の『普通をだれも教えてくれない』(ちくま学芸文庫)。
スーパー銭湯の帰り、自宅近くの書店を数軒回ってみたのだが、ともに見出すことができなかった2冊である。

ただでさえ雨で薄暗いところへ、ちょうど日暮れ時ということもあって山のシルエットがふだんとは違う風景のように見える道を一路豊橋へ。BGMはマーラー。5番のアダージェットと雨の浜名湖畔の景色はまことによくマッチする。
いつもの駐車場にプリウスを入れて精文館書店へ。もちろん、目的の2冊もゲットすることができた。
でも、どうして浜松にはこういう書店がないのだろう。売れ筋の本を置かないと経営が苦しいということはあるかもしれない。
前にも書いたが、「本屋という場所にわたしたちが誘われるのは、そう意識していようといまいと、本屋の本棚の本がひそめる理想主義という秘密に誘われ」(『本という不思議』みすず書房)るからなのだ。 いくら本をたくさん置いていようが、その棚に「理想主義」を感じさせない配架の書店は、そもそも「書店」というものが持つ基本的な機能を果たしていないのである。当然、それは配架する本の選択にもあらわれる。
いや、その街の書店が文化的関心のバロメーターであるとするなら、少なくとも浜松は「人文的関心が極めて低い地域」と結論づけられるであろう。改善のために自分ができることはないのだろうか。
ちょうどNHK教育TVでやっていた「N響アワー」でのチャイコフスキーの4番のシンフォニーを聴きながら、そんなとりとめのないことをつらつらと考えていた。

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