2010年02月02日

スーさんの休みなき週末

2月1日(月)

ソフトテニスな土日だった。
土曜日は、浜松市の1年生大会(団体戦)。予選リーグと決勝トーナメントの2回戦までが行われた。
本校は、予選リーグこそ1位で通過したものの、決勝トーナメントではシード下から勝ち上がってきたS中に3番勝負で敗れ、ベスト8入りはならずという結果だった。
言い訳をするつもりはないのだが、先週初めから1年生の大将前衛がインフルエンザに罹患して、試合前日にようやく登校できるようになったという状況もあった。もちろんその間はまったく練習はしていないので、当日もやはりその選手のミスが多く、負けた試合もその選手のペアが3番だったということもあった。しかし、それまでの練習の積み重ねはあるはずなのだから、敗戦は敗戦として厳粛に受け止めなければならないであろう。

また、これも言い訳めいてしまうのだが、このところ毎週のように県選抜の練習が組まれていて、じっくり指導できる土日のどちらかは自校の練習ができないという状況もある。
県代表チームの監督を任せられているのだから、それはそれで自らの務めを果たさなければならないのではあるが、そうやって他校の選手たちを指導しながら、ふと「こうやって他の学校の選手を一生懸命に教えてると、自分とこの選手とは差が開く一方だよなあ」と思ってしまうこともある。
特に、今回のように自チームが試合で負けてしまうと、よけいにその感を強くしてしまうのである。

気が晴れぬままに、夕刻からは久しぶりにシンムラくんも加わって、いつもの中華料理店で小宴。
このところ、小宴には毎回参加の**氏は、所謂「荒れている」学校に勤めているので、こういった気の置けぬ仲間と飲む時などには、つい愚痴の一つも漏れようというところであろうが、上からは「やたらと学校の様子を外で話すな」というご指導が為されたとのこと。もちろん、**氏とて地方公務員としての守秘義務に抵触するようなことを話したりはしていない。ちゃんと授業や部活動の指導を行いたいから、その環境を整えるにはどうしたらよいかということを話題にしているのである。そもそも、最もその責を負うべきはいったい誰であろう。そのことをよく理解していない管理者では困るのだ。

試合会場では旧知の先生とも顔を合わせる。かつては、しんどい学校で同じ学年を担当した戦友のような間柄の先生。「最近はどう?」と尋ねると、「生徒がよくないと、すぐに学年主任や担任の所為にさせられるんですよお。やってらんないっす」と曇った顔で答えた。困った話だ。これでは、心身を病む先生たちが増えていくばかりだ。こういう実態を、上は承知しているのだろうか。
試合で負けた気分も手伝って、いつもより悪酔いした感じのままに雀荘へ。
それでも、最近は大負けしなくなった。試合で勝てないと雀運は上がるということであろうか。

明けて日曜日は、県選抜の練習会。今回は焼津市の総合体育館のサブアリーナである。
焼津と言えば「焼津さかなセンター」、違います、「かどや」です。
昼に「かどや」へ行けることのみを何よりの愉しみとして、早朝に浜松を出発する。
前回、沼津K学園高のスガイ先生より指導を受けた前衛陣であるが、見違えるほどに上達している選手もいた。やはり、選手によっては相当のインパクトがあったのだと思った。
ひとしきり練習して、お待ちかねのお昼。正午ちょっと前に席の予約電話を入れ、まっすぐに「かどや」へと向かう。
定食の他に、「ホタテの醤油焼き」、「カキフライ」、「桜海老のかき揚げ」等が追加注文された。「うまい!」という言葉を発するのももどかしく、それらの料理は次から次へと平らげられていくのであった。
十分に満足して「かどや」を後にする。

午後からは、サブアリーナの後ろがやや狭くて試合をするには不適当ということもあって、外のコートを借用してゲームをすることにした。来る2月14日、富士宮に関東を中心とした選抜チームを集めて行われる研修大会に出場する選手の、カップリングを確認するのが主たる目的である。
そのまま午後4時過ぎまでゲームを行い、何とかカップリングの目処は立てることができた。後は、実際の試合ぶりを見て、最終的に都道府県対抗戦に出場する4ペアを選考することになる。

ちょうど試合が終わった頃から降り出した雨の中を、浜松へと帰る。
こうして、ソフトテニスな土日が終わった。
どうも、休日は家でのんびり過ごす時間がないと、休んだような気にならない。自分も年を取ったものだとつくづく思う。
でも、まだこんな土日が3月末まで続く。
Twitterでもしながら、気を紛らせようと思う。

そうして今日、如月初一。
昨日までほぼ30年にわたって取り続けてきた、地元紙の契約を解除した。いちばんの理由は、記事がおもしろくないからである。
もちろん、同時に取っている毎日新聞とは同日の談ではないのだが、それでも毎日新聞には記者が自ら足で稼いで記事を書いているという感じがある。
地元紙の場合は、取材をお願いしたところに出向いて紹介するという体の紙面づくりである。もう、そういう記事は読みたくない。
リージョナルなメディアは、内田先生や(http://blog.tatsuru.com/2010/01/10_1144.php)、140Bのオーサコくんも書いている(http://www.140b.jp/blog/2010/01/post_553.html)ように、「ミドルメディア」であるべきである。
それについては、ちょっと考えていることがある。もしも実現可能であれば、現職を辞してもやってみたいと思っていることがある。今から少しずつ準備していくつもりだ。

サリンジャーが亡くなった。
その報に接した先週の金曜日、『九つの物語』(集英社文庫)を購入して帰った。

2010年01月26日

スーさん、句をひねる

1月25日(月)

土曜日は、伊豆長岡の体育館にて県選抜チームの練習会。このところ、毎週のように練習が入っている。
せっかく伊豆長岡まで行くんなら、前日は沼津に宿泊して久しぶりにK学園高女子ソフトテニス部監督であるスガイ先生と久闊を叙したいものだと、事前に連絡を入れて再会を約しておいた。

前日の金曜日は、勤務時間終了と同時にソッコーで家に帰って支度。今回はオノちゃんが迎えに来てくれる手筈になっていた。
まあオノちゃんも早くて6時くらいになるだろうと思いきや、5時半には既に我が家に到着していた。手回しがいい。程なく沼津へ向けて出発する。
幸い、週末の東名は空いていた。おかげで午後8時前には沼津に到着。すぐに予約しておいた駅前のホテルにチェックインし、スガイ先生と待ち合わせる。

待つことと暫し、スガイ先生がホテルまで迎えに来てくれた。そのまま歩いて近くの韓国料理店へ。
本場のもんの料理に舌鼓を打ちながら、ビールと焼酎を痛飲する。
話題は、ソフトテニスのことはもちろん、後で合流した男子顧問のハラ先生がiPhoneを持っていたのをきっかけに、Twitterなどのウェブのことどもにも及ぶ。
スガイ先生の、「Twitterって何すか?」という質問に始まって、まだ最近覚えたばかりのことや興味深いサイトについての情報交換などをしているうちに、沼津の夜は深々と更けていった。
もう三更になろうというところで、ハラ先生は意欲十分であったそうだが、既に酩酊状態を呈していた自分はとても麻雀など打てる状態になく、そのままよろよろとホテルへ戻り、湯浴みの後でベッドに昏倒したのであった。

翌朝、痛む頭を抱えつつ朝食を済ませ、ホテルをチェックアウトして、スガイ先生をご自宅まで迎えに行く。前日の夜に、「明日、伊豆長岡の体育館まで一緒に行きましょうかあ?」との申し出を受けていたのだ。こちらからはとてもそんなことはお願いできないと思っていたことを、スガイ先生の方から申し出てくれたのだ。もちろん、一も二もなかった。

沼津から伊豆長岡までは30分ほど。体育館に到着し、練習が始まった。
昨年もそうであったが、今年も本県は前衛選手の育成が焦眉の急である。スガイ先生からは、主として前衛選手の技術的な課題について、中でもボレーの技術を中心にみっちりと指導していただいた。

午後からは、オノダコーチがかつては国体選手も務めたことのある社会人のスワベ選手を同行して登場。選手たちとゲームをしながらいろいろと指導してくれた。
スガイ先生とその試合ぶりも見ながら、最終的な選手選考のことも視野に入れつつ、各選手の課題を話し合った。スガイ先生からも「(本戦の)初戦勝利までの道のりは遠いかもしれませんねえ。 前衛のレベルアップが急務っすよ」と指摘された。
そのことも視野に入れつつ、あと2ヶ月で何とか試合で力を発揮してくれそうな選手を選ばなければならない。つい、溜息が漏れてしまいそうになる。

浜松に帰ると、いつもの中華料理店でヨッシーとヤイリくんが待っていた。
飲み且つ食べながら、ネットを利用した個人のアーカイブづくりの必要性を説く。
ネットやPCの利用について、「ボク、使い方よくわかんないから」などと言える時代はもう終わったと思う。今や、わからなかろうがなんだろうが、とにかく使っていきながら操作法や利用法を覚えていく時代なのだ。
そんなことを力説して、いつもの雀荘へ。
麻雀はこのところ調子がいい。
東回しで4回ほどやったが、最初の3回はほとんど和了れず。しかし、最後の1回で爆発した。ラス親で10本以上積み、プラ104。それまでのマイナスを一気に帳消しにした。
やばい。こんなところでツキを使っていると、本戦の都道府県対抗戦では勝てないかもしれない。

明けて日曜日は、本校の選手たちを指導。このところ、土日は必ずどちらかが県選抜チームの練習で学校の練習ができないため、指導できる時に必要なことを精選して練習しておかなければならない。
県選抜チームのレベルのことを思うと、とてもそこまでは追いつけそうにない自チームである。県選抜の監督をすることの矛盾も感じつつ、何とか置いていかれないようしなければと思う。

午後は、散髪をしてすっきりとしたところで、TUTAYAで「トランスフォーマー/リベンジ」のDVDを借りて帰った。県選抜チームのブログをアップし終え、件のDVDを見る。なんだか、CGがごちゃごちゃして敵味方の区別がよくわからなかった。
先日、妻と一緒に見た「アバター」でも感じたことだが、この映画でも戦闘場面にアメリカの病巣を見る思いがした。

そうそう、Twitterをはじめとして、最近ハマっていることはいくつかあるのだが、中でも特にハマっているのが俳句づくりである。
Tumblrを使ってネット上に自分だけのミニブログを作成したことをきっかけに、以前からやりたいと思っていた俳句づくりに挑戦することにしたのである。
とにかく「一日一句」を課して、Tumblrにアップする。始めたのは先週木曜日。もちろん、句づくりに欠かすことのできない『歳時記』は購入済みである。

句づくりをしていると、思わぬ発見もある。
今日、『歳時記』で発見したのは、正岡子規の句である。
「薪をわるいもうと一人冬籠」
思わず、菅野美穂ちゃんの姿が目の前に浮かんできた。

俳句って、いいなあ。

アーカイブ


2004年3月までの長屋日記

Powered by