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   <title>スーさんの熱血うなとろ日記</title>
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   <title>スーさん、温泉にゆく</title>
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   <published>2010-03-16T00:57:04Z</published>
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   <summary>３月１５日（月） 日曜日から１泊２日で西伊豆は松崎へ。 例年、共済組合より「宿泊...</summary>
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      ３月１５日（月）

日曜日から１泊２日で西伊豆は松崎へ。
例年、共済組合より「宿泊施設利用券」が支給されるのだが、いつも使用しないままに年度末を迎え、慌てて近くの宿泊施設に泊まりに行ったりしている昨今である。
昨年は、妻が「まだ食べたことない」と言ったので、奥浜名湖にある施設に「スッポン会席」を食べに行ったのだが、そう毎年同じことをするのも芸がないと思っていた。
今年はどうしようとぼんやり考えていたところ、ちょうど妻の仕事が連休になる日があることがわかった。それではということで、ちょうどその日に泊まれそうな県内宿泊施設のウェブページを片っ端から調べてみたところ、伊豆松崎の「まつざき荘」だけが宿泊可能ということが判明した。
すぐに予約を入れたのが先週の木曜日。ちょうど公立高の合格発表日で授業のない月曜日は、有給休暇をいただくことにした。

久しぶりに西伊豆へ行くということで、沼津K学園高のスガイ先生のところに連絡を入れ、「土肥から堂ヶ島の間で、どっか美味しいお昼の食べれるとこ知らない？」と尋ねると、宇久須からちょっと南へ下った安良里地区内のお店をいくつか教えてもらった。
春の西伊豆へ行くのは初めてである。秋とはまた違った趣を楽しみにして浜松を出発した。

東名は、相変わらず車は多かったが、特に渋滞するようなこともなくすいすいと沼津インターまで。途中見えた富士山は、最近降った雪のためだろうか、６合目くらいまで雪化粧であった。
沼津インター出口は、最近複雑に道が枝分かれしている。とりあえず「伊豆」と表示された道路を選択すると、そのまま三島・箱根方面へほぼノンストップで行ける道が整備されていた。この道路、以前箱根から降りてきた際に伊豆縦貫自動車道へ繋がっていることを確認した道であった。さすがにそこまで行ってしまうと、西伊豆へは遠回りになってしまう。途中、三島で途中下車して、下田街道を修善寺方面へと抜けることにした。三島市内はいつもの混雑であったが、下田街道は空いていた。伊豆中央道に入って有料道路を修善寺まで。さらに、湯ケ島の手前を右折して船原峠越え。下れば土肥である。
海岸沿いの国道１３６号をすいすいと宇久須を越えて右折、安良里漁港に入る。スガイ先生の紹介してくれたお店ならどこでもよかったのだが、たまたま駐車場が近くにあった「よこ田」に入る。
既に午後１時を過ぎていたが、店内はほぼ満員であった。「すみません、いっぱいなんで…」と入店を断られそうになったが、店の女将が「いいですよ、お二人でしょ？カウンターにどうぞ」と言ってくださった。いい感じがした。さっそく注文。あれこれ思案の末、「鯵の活造り定食」を頼むことにした。妻は鮪のすき身丼。すぐ横に水槽があり、鯵は注文するとそこからすくって料理されて出てくる。新鮮なことこの上ない。身も引き締まって歯ごたえがある。こんな鯵は初めて食べた。

ビールを飲んだ夫に代わって、そこから宿までは妻の運転。堂ヶ島を越えて松崎まで。そんなに時間もかからないドライブであった。
宿舎である「まつざき荘」は、前身は国民宿舎であったそうだが、４年前に現在の場所に移築されたそうだ。まだ新しくきれいな宿である。ほとんど部屋が海に面しており、駿河湾に沈む夕日が一望できる。
チェックインを済ませて旅装を解くと、部屋から浜辺と神社が見えた。行ってみることにした。これが何と、かの厳島神社の分社だった。もちろん、本社には比ぶべくもなかったが。夏は前の浜辺が海水浴場になるのだそうだ。夏の賑わいが目に浮かぶようだった。
一頻り散策して戻り、まずは一風呂。大浴場は最上階にあった。ここからも海が一望に見渡せた。湯はもちろん温泉。松崎から山あいに入った大沢温泉の湯とはさすがに違うが、体の芯から温まる湯であった。
夕食は、昼に安良里で食べてあまりに美味しかったカサゴの煮付けを追加注文した。これがまたひどく美味しかった。ついビールを過ごしてしまった。
食後は再びお風呂へ。十分に温まって快眠。翌朝も、朝食前に三度風呂。温泉はこうでなくてはいけません。
地元産品が並ぶバイキングの朝食をたっぷりといただいて、「まつざき荘」を後にする。よい宿であった。宿泊補助券を使ったこともあるが、ほぼ大沢温泉ホテル一人分の料金であった。また来ようと思った。

帰りはすぐに沼津方面へと戻ってもよかったのだが、せっかくだからとさらに南へ下って雲見まで足を延ばしてみた。松崎から雲見への海岸沿いの道は、兵庫県の城崎から香住へと抜ける海岸沿いの道とそっくりであった。断崖絶壁、岩場の海岸、そうして突如現れる海水浴場。途中、何度か車を停めて写真を撮った。それほどに景色のよい場所がいくつもあった。
雲見からは再び松崎へと戻り、ナビが推奨する仁科峠越えの道を辿る。ところが、これがとんでもない山道であった。対向車に注意しながら、何とか仁科峠を越え、そこから船原峠方面へ降りて、行きしに通ってきた下田街道へ。
ちょうど昼時ということもあり、いつもの沼津港の魚市場で昼食。今回は珍しく妻が「丸天で食べたい」と言ったので、新装なった二号店の「みなと店」へ。その前に、沼津K学園高ソフトテニス部ＯＧのお父さんに出会った。昨夏、弁天島の花火を一緒に舟から見物した方である。ご縁があるなあと思った。
「丸天」のボリュームたっぷり定食に膨らんだお腹をさすりつつ、そこからは妻の運転。いつものように、国道１号を清水まで、そこから東名で浜松まで。天候に恵まれたよい旅であった。

次の３連休はソフトテニスの遠征。自校のチームと県選抜チームを率いて滋賀と京都への遠征である。
さらに、春休みに入った２６日からは三重県伊勢市にて都道府県対抗全日本中学生ソフトテニス大会。
つかの間の休暇であった。
今週で３学期も終わる。忙しい年度末が待っている。

      
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   <title>スーさん、書店について考える</title>
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   <published>2010-03-08T13:03:18Z</published>
   <updated>2010-03-08T13:04:43Z</updated>
   
   <summary>３月８日（月） 恵みの雨。 と思いきや、土曜日は朝から市のシード校決定戦のために...</summary>
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      ３月８日（月）

恵みの雨。
と思いきや、土曜日は朝から市のシード校決定戦のために市営テニスコートへ。
雨ならテニスはできないのが普通だ。でも、市営コートには屋根付きコートが４面ある。出場校が限定されていれば、４面でもそれなりに試合は消化できる。
今回は、雨なら午前と午後を男女で分けて、やれるところまで試合を行うとの事前連絡が入っていた。
会場に行くと、既に主将が組み合わせ抽選を済ませて対戦相手も決まっていた。ジュニアのファームを持つ強豪校の一つだった。１試合やるだけで帰れそうだと思った。選手たちには試合に臨むにあたっての具体的な指示をして待機に入った。

このシード校決定戦、今年度から始まった試みであるが、前にも書いたとおりわざわざ時間を労力をかけて行うほどのことはないとの感を強くしている。
特に今回は、本戦の組み合わせを抽選で行うようにしたことで、その思いは確信に変わったと言ってよい。
もともとは、実力校同士が市内大会で潰し合いをせず、それなりの順位で順当に上位大会に出場できるよう配慮したいとの意図で始めたと思うのだが、地区予選を勝ち抜いた学校が対戦する本戦で、その組み合わせをくじ引きにしてしまっては何にもならないのだ。
運営部の諸君には、「一度始めたことはしばらく続けてみないと」などと官僚的な発想は捨て、ぜひ再考をお願いしたいところだ。

試合は、案の定本校の惨敗で終わった。まあ、冷静に実力を勘案すれば当然の結果であったろう。と言うか、いろいろと対戦校についての情報収集ができたという意味では、対戦はいい機会となった。でも、それだけである。
ふだんの練習ぶりを見ていれば、少なくとも自校の技術的なレベルがどの程度のものかということくらいは重々承知している。だから、試合結果もほとんど予想に違わないものとなる。
そもそも、年明けから春先にかけては、じっくり時間をかけて技術的なレベルアップを図る時期である。試合なんぞしている暇はないのだ。

哺時より、２週間ぶりの支部小宴と例会。
今回は、いつも正月以外にはほとんど参加したことがない自称「百獣の王」が参戦した。
やる前までは、「みんな、点棒持って集合してもらおうかい」と嘯いていたが、ほとんど和了ることもなくマイナスに沈んだ。奢れるものも久しからず。「百獣の王」は、飼育された猫のようにおとなしかった。

明けて日曜日は、天気予報どおりに朝から雨。
予定では県選抜チームを率いて三島高にて一緒に練習をさせていただく予定になっていたのだが、週間天気予の雨予報もあって、当の三島高ソフトテニス部監督であるイナムラ先生とも相談して、先週水曜日には早々と中止を決定していたため、完全に一日オフとなった。
うれしい。もちろん、朝から春炬燵に入ってひたすら読書。
きっと、退職後はこういう生活になるような気がする。早くそうなりたいものだ。

前日の小宴の際、自宅近くにあるスーパー銭湯によく行くと言っていたケーイチくんから、そこの割引券をもらったので、「もし明日行くんなら電話してよ」と約しておいたところ、ちょうど昼前に件のケーイチくんから、「２時くらいにどうですかあ」と電話が入った。一も二もない。昼食後のまったりした時間にお風呂に入るのも乙なものだ。
きっかり２時に駐車場で待ち合わせて入場。ワンコイン（５００円）で８種のお風呂が楽しめるとの触れ込みだ。日曜の午後ということで混んでいるのではと予想していたが、思いの外空いていた。おかげで、ゆったりと時間をかけて湯に浸かることができた。サウナにも入ったし、雨中の露天風呂も楽しんだ。コストパフォーマンスはかなり高いと思った。

ほっこりした気分で帰宅して再び春炬燵に入ると、程なく深い眠りに落ちていった。目覚めると夕刻。急に思い立って、豊橋の精文館書店まで出かけることにした。
目的は、内田先生も書評を書かれ、アオヤマ姉御も大のオススメだった『身体感覚で「論語」を読みなおす』（安田登／春秋社）と、鷲田先生の『普通をだれも教えてくれない』（ちくま学芸文庫）。
スーパー銭湯の帰り、自宅近くの書店を数軒回ってみたのだが、ともに見出すことができなかった２冊である。

ただでさえ雨で薄暗いところへ、ちょうど日暮れ時ということもあって山のシルエットがふだんとは違う風景のように見える道を一路豊橋へ。ＢＧＭはマーラー。５番のアダージェットと雨の浜名湖畔の景色はまことによくマッチする。
いつもの駐車場にプリウスを入れて精文館書店へ。もちろん、目的の２冊もゲットすることができた。
でも、どうして浜松にはこういう書店がないのだろう。売れ筋の本を置かないと経営が苦しいということはあるかもしれない。
前にも書いたが、「本屋という場所にわたしたちが誘われるのは、そう意識していようといまいと、本屋の本棚の本がひそめる理想主義という秘密に誘われ」（『本という不思議』みすず書房）るからなのだ。 いくら本をたくさん置いていようが、その棚に「理想主義」を感じさせない配架の書店は、そもそも「書店」というものが持つ基本的な機能を果たしていないのである。当然、それは配架する本の選択にもあらわれる。
いや、その街の書店が文化的関心のバロメーターであるとするなら、少なくとも浜松は「人文的関心が極めて低い地域」と結論づけられるであろう。改善のために自分ができることはないのだろうか。
ちょうどＮＨＫ教育ＴＶでやっていた「Ｎ響アワー」でのチャイコフスキーの４番のシンフォニーを聴きながら、そんなとりとめのないことをつらつらと考えていた。

      
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   <title>スーさん、多治見に遠征する</title>
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   <published>2010-03-01T21:38:54Z</published>
   <updated>2010-03-01T21:41:12Z</updated>
   
   <summary>３月１日（月） 知命の年も超えて早三歳となる自身の誕辰。 朝から大家さまである内...</summary>
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      ３月１日（月）

知命の年も超えて早三歳となる自身の誕辰。
朝から大家さまである内田総長を始め、甲南麻雀連盟、浜松支部、甲南合気会、浜名湖道場等々の方々より、Twitterにてお祝いのお言葉をいただいた。
徒に馬齢を重ねる身にはあり余るお言葉の数々、まことに感に堪えず、ひたすら恐れ入るばかりであった。同時に、しっかりせねばと自らを鞭撻させる思いも新たにさせられた。

さて、この土日は、いよいよメンバーの定まった県選抜チームを率い、岐阜県は多治見市へと遠征。
以前から親交のある岐阜県のワタナベ先生からのお誘いで、多治見市総合体育館にて開催されることになっていた「近府県選抜中学生ソフトテニス研修大会」に参加するためである。

多治見市での試合と言えば、２年前の悪夢のような出来事（http://nagaya.tatsuru.com/susan/2008/02/11_2241.html）を思い出す。
途中から降り出した雪のため、帰り道でたいそうな難儀をしたのである。
以来、「もう２月の多治見には絶対に行かない！」と心に固く誓っていたのであるが、今回は自分で運転しなくてもいいということもあり、さすがに２年前のようなことはなかろうということで参加させていただくことにしたのである。

初日の土曜日は、参加５府県の総当たり戦。
試合をする前は、「ひょっとしたら全敗かもしれない」と覚悟していた。それほどに、本県チームの技術的レベルは高くないと思っていたからだ。
試合が始まった。初戦の京都府戦こそ何とか勝てたものの、以後の３試合は悉く敗れるという結果であった。
この日は、特に大将ペアの後衛選手がぴりっとしなかった。久しぶりのインドアだったためか、とにかくボールがコートに入らないのだ。
他のペアも、ポイントは競り合うのだが、肝心なところで先にミスが出てゲームをものにできないという展開が目についた。
試合後、そのことも含めて簡単にミーティングを行い、翌日の試合に臨む心構えを確認した。

宿舎にチェックインの後、件のワタナベ先生をはじめ、地元の先生もご一緒に駅前の居酒屋にて小宴。
いろいろと内部事情なども伺う。傍から見ているのとはだいぶん違うことがいろいろとわかった。それぞれに難しい事情もあるということなのだ。
そのままニ更に入ろうかというところまで飲んで終宴。
「雀荘は１軒しかないです」という地元リョウセツ先生の事前情報もあり、そのままホテルへと戻っておとなしく就寝。

明けて日曜日は、富山県選抜チームも加わり、計６チームでの総当たり戦を行った。ただし、時間の関係もあって、同ブロックチームの対戦は組まないように配慮されていた。
選手たちには、「今日は勝ちにこだわってやろう」と話をしておいた。そのために、要所でサインプレーを使うことも打ち合わせておいた。
試合が始まった。
初戦は京都府戦。京都には前日の試合でも勝っていたので、選手たちもリラックスして臨めたところもあったと思われるが、何より前日不調だった大将後衛がいつもの調子を取り戻してくれていた。前日とは打って変わって、落ち着いた試合ぶりであった。トップの大将ペアがしっかりしていれば、その影響は他のペアにも及ぶ。京都戦は３ペアとも勝つことができた。
次は、福井県選抜。ここは大将ペアの後衛が力強いボールをびしびしと打ち込んでくる。前日にやられたプレーを確認して、特に前衛選手がアジャストできるよう指示して送り出した。トップは大将戦。終始こちらがリードする展開で勝つことができた。
続くペアはこちらが単発のミスを繰り返していいところなく敗れ、３番勝負となった。その３番勝負、途中からどうやらこちらのサインがバレていると判明した。すぐに対策すると、そのまま勝つことができた。これで２勝。

次の相手は長野県選抜。強力な大将ペアを擁している。この試合もトップが大将戦となった。相手は、前・後衛ともに体格がよく、技術的にも高いレベルにあることがよくわかる試合ぶりであった。ところが、途中から相手後衛選手にミスが出始めた。そのことにかなり苛立っていることも試合中の態度で伺われた。ここを先途とそれに応じた配球を指示したのだが、最後は相手の力に押し切られてしまって敗戦。
それにしても、相手のお世辞にも良い態度とは言えない試合ぶりには多少なりとも気分を害された。きっと、ジュニア時代から試合で勝つことで、不自然に膨れ上がった自己に気付かず、そのバブリーな自己に振り回されているのであろう。天は二物を与えずということなのかもしれなかった。
さすがに、こちらも大将ペアが敗れると続くペアも元気がない。この対戦は３ペアとも敗れた。これで２勝１敗。

最後の対戦相手は、富山県選抜。メンバー表を見ると、ほとんどが１年生のチームだ。これもいろいろな事情があるだろうが、どうして１年生ばかりのチーム構成になってしまったのだろうか。もちろん、県内の試合で勝った実績を考慮されてのことだろうと思うが、それってどうなのだろうと思ってしまった。
要するに、ジュニアのときは何でもハイハイと言うことをきいてくれるので監督やコーチも指示を出しやすいのだが、それが中学生も２年生あたりになると反抗的な態度も見られるようになるばかりか、いろいろと遊びの誘惑にも負けてしまう選手も出てくるため、監督・コーチが使いづらいということなのだろうか。
だとするなら、何よりまず中学校の顧問たちがそのことを真剣に受け止めて、何とかしていかなければならないのではなかろうか。
もちろん、相手は１年生とは言え、上手な選手たちであった。それでも、さすがにミスも少なくはなかったため、本県が３−０で勝つことができた。
結果は３勝１敗。昨日の試合ぶりを考えれば、上出来であったと言えよう。本戦での戦いぶりもだいぶんイメージできるようになってきた。それは、選手たちとて同様であったろうと思われる。
得ることの多い貴重な遠征であった。

帰途、高速道の電光掲示板は、地震による東名清水—富士間の通行止めを報じていた。県東部地区から参加していた選手・保護者は、たぶん中央道を迂回して帰らねばならなくなったはずだ。とんだことになってしまった。
やっぱり、岐阜県の多治見には魔物が棲んでいるとしか思えない。やはり、あまり近づかない方が無難ということなのであろう。
ワタナベ先生をはじめ、岐阜県選抜チームスタッフのみなさま、お世話になりました。たぶん、来年もお願いします（どっちやねん！）

      
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   <title>スーさん、忙しい週末</title>
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   <published>2010-02-23T07:14:03Z</published>
   <updated>2010-02-23T07:14:56Z</updated>
   
   <summary>２月２２日（月） いろんなことのあった週末だった。 金曜日の夜は、月に一度の北総...</summary>
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      ２月２２日（月）

いろんなことのあった週末だった。
金曜日の夜は、月に一度の北総合気会山田師範による稽古。
片手持ち入り身投げ、両手持ち四方投げ、両肩取り四方・入り身・呼吸・回転投げ、両手後ろ肩取り四方投げなど。今回は、特に入り身投げで新しい気付きがあった。
それにしても、人間の身体というのは不思議に満ちている。ちょっとした手の向き一つで、可動域が広がったり、逆に相手の可動域を狭めたりすることができるのだ。さらには、その使い方が正しくない場合には、「ちょっとヘンだよ」というシグナルを送ってくれる。稽古を重ねれば重ねるほど、合気道の奥深さはいや増すばかりである。

土曜日は、昼前から妻の姪の結婚式並びに披露宴。
娘が途中で新婦のために自作した曲をピアノで弾き歌いすることになっていたので、そのリハーサルもあって受付1時間前に会場入り。
その会場（「ワン・アンド・オンリー・ル・グラン・ミラージュ」と言うのだそうだ、長いね。とてもわれらオジさんちには覚えられません）、市の郊外、「もうちょっと行けば浜名湖畔」という場所にある瀟洒な建物であった。もうオープン４周年だそうだ。知らなかった。と言うか、こういう結婚式場が最近は増えているような気がする（確か、ヤイリくんの結婚式もこのような会場で行われた）。ホテルウェディングよりも安価に済むからだろうか。それとも、「プールサイドでのビュッフェスタイル」とか、ちょっとホテルではできないプログラムが用意されているので選ばれているのだろうか。
いずれにせよ、もちろん披露宴は仲人もなく、新郎・新婦の紹介にはビデオが上映され、新婦友人たちの
「てんとう虫のサンバ」（古いか）もなく、新郎友人たちのちょっと品のないパフォーマンスもなく、祭りの練りの乱入もない、ほんとうに「食事を共にする会」のような雰囲気で会は進行していったのであった。

初対面の新郎は、「ちょっとねえ」と誰しも思うほどの長髪クンだったが、途中のいわゆる「お色直し」でその長髪をばっさり切って坊主頭で登場したのには驚いた。やるなあ。最近は、新郎もパフォーマンスを見せてくれるのだ。
料理は、予想に反して（？）どれもおいしい料理ばかりだった。既に、控え室にいる時からジントニックなどをいただいていただのが、これらの料理の登場で赤白ワインをすっかり過ごしてしまった。
ヨイヨイになって帰宅。

その披露宴が始まったばかりのとき（新郎新婦紹介ビデオの上映中）、いきなりケータイに電話をしてきたのはヤイリくんだった。
「あのオ、今日の夜は…？」と、例会を促す電話であった。実は、その前の土曜日の昼間も、富士宮へと移動中にヤイリくんから電話が入っていたのだ。ちっとばかし調子がいいと、矢も盾もたまらなくなということであろう。
メンツを揃えておくということで、その時間まで家で昼寝をすることにした。

哺時からの小宴は、ヤイリくんたっての希望で「スッポンエキス入り餃子」を供してくれる居酒屋。さすがに昼間の酒も抜けてはいないので、あまり度を過ごすことなく、その日は監督の代わりに富士宮まで選抜チームの指導に行ってくれていたオノちゃんからチームの様子など一部始終を聞き、いつまでたってもTwitterすら使えないオーツボくんやヤイリくんが、「これでやるんですよ」とiPhoneを持ち出してＴＬを見せるケーイチくんに揶揄されているのを嗜めつつ、気がつけば既にニ更に入っていた。
すぐに河岸を変えて、２抜けの東回しを４回。うち、参加したのは２回で１勝１敗。このところ麻雀は調子がいい。

明けて、日曜日は午前中が部活動の指導、午後はその日休みだった妻と帰省中の娘と連れ立って浜松市美術館へ。館長さんが直々に招待状を送ってきてくれたので、それではと出かけた「アトリエ　インカーブ」の展覧会。昨冬、大阪のサントリーミュージアム「天保山」で記録的な来場者を動員して大きな反響を呼んだとのことだ。
かつてはテニスコートだった駐車場に車を停め、そこから歩いて美術館へ。昔の試合のことなどが思い出され、一頻り感慨に耽ってしまった。
美術館では、１階の展示室を出て２階へ登る途中の階段で件の館長さんと会うことができた。招待状のお礼と、簡単な感想を申し上げる。
展覧会については、とにかく人間の創作への情念を強く感じた。
帰宅して昼寝。妻と娘は買い物に。

夜、ＮＨＫスペシャル「浅田真央　金メダルへの闘い」を見た。
真央ちゃんの金メダルを確信した。と言うか、これは真央ちゃんにどうしても金メダルを取ってもらわなきゃと思った。すばらしいスケーター魂を感じた。
真央ちゃん、がんばれ！！
（お見逃しの方、再放送は２月２４日の午前０:４５〜午前１:３５、つまり２３日の深夜です）


      
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   <title>スーさん、ツイッターする</title>
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   <published>2010-02-15T22:13:18Z</published>
   <updated>2010-02-15T22:14:20Z</updated>
   
   <summary>２月１５日（月）   また、ソフトテニスな土日。 土曜日は、午前中が今年から始ま...</summary>
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      <![CDATA[２月１５日（月）
 
また、ソフトテニスな土日。
土曜日は、午前中が今年から始まった市シード校決定戦の区代表決定戦（団体戦）。区内の予選を勝ち抜いた８校によるトーナメントで、１勝すればそれぞれの区代表校によるシード校決定戦に出場することができる。
本校は、初戦を何とか突破、２回戦もシンムラくんとこのチームに３番勝負で勝ったが、区大会決勝ではオータくんとこのチームに惨敗して２位という結果であった。
まあ、平日の練習は１時間程度、唯一まとまった練習時間の確保できる毎週末も、監督不在のために土日のどちらか半日しか練習ができていないという現状と、選手の技術的なレベルを鑑みれば、結果はこんなものなのだろうと思う。

それより、今年から始まったこの新しい試み、顧問者会の時に聞いたときには「ま、やってみりゃいいじゃん」と軽く受け流していたのだが、実際にやってみると、この時期に毎月のように試合が入っていることから、じっくり腰を落ち着けてフィジカルな、あるいは技術的な課題に取り組むということがなかなか難しくなってしまうということに気付いた。
実力校をきちんと選んで夏季大会を迎えたいという運営部の意図はわかる。でも、夏の大会に向けてぐんぐんと実力が伸びてくるのは、概ね４月以降のことである。従来どおりに、前年秋の新人大会の結果でシード校を決定しても、今の時期にシード校を決定しても、そう大きな齟齬はないような気がする。とりあえず、今夏の大会結果を見て、来年以降も同様に開催していくのかどうかを慎重に検討した方がよかろうと思う。

試合がちょうど昼過ぎに終わったので、ソッコーで家に帰り、宿泊の準備をして迎えに来てくれる手筈のオノちゃんアルファードを待つ。この日、朝から富士宮で行われている各都県代表チームとの練習マッチに参加している県選抜チームを指導するため、オノちゃんと共に富士宮へと移動するためである。
浜松西インターへ行く途中で昼食を取り、一路富士宮へ。途中、選抜チームの面倒を見てもらっているヤマガタコーチに電話を入れると、前日の雨でコートコンディションが悪く、スタートが遅れたとのことであった。

会場の富士宮市民テニスコートに到着したのは午後２時半。そのまま４時過ぎまで選抜チーム選手たちの試合ぶりを見て宿舎へ。今回は、JR身延線西富士宮駅近くのビジネスホテル。チェックインを済ませ、地元のオノダコーチ、所用で遅れて到着したヨッシーらとともに、オノダコーチお薦めの鉄板焼のお店へ。そのオノダコーチが作ってくれた、今ではすっかり全国版になった「富士宮焼きそば」をいただきつつ、富士宮の夜は更けていった。

明けて日曜日は、東北・関東・東海・近畿地区の計１５都県から集まった選抜チームによる研修大会（団体戦）。本県選抜チームはA・B２チームでエントリーしていた。この大会での試合ぶりを見て、来月末に三重県伊勢市にて開催される都道府県対抗全日本中学生ソフトテニス大会に出場する本県選手８名が決定されるのである。

試合は３チームの予選リーグと、リーグ１位チームによる決勝トーナメントで行われた。結果、Bチームは全敗、Aチームは１勝１敗で、共に決勝トーナメントへの進出はならなかった。
試合後、スタッフで昼食を共にしながら、最終的な選手選考を協議した。あれこれ意見は出たものの、すんなりと選手を決定することができた。あとは、本戦までいかにレベルアップさせるかということである。これからがスタッフの指導力の見せどころと言えよう。

ぐったりと疲れて帰宅すると、不肖の娘がピアノを弾いていた。次週が後期試験で「集中して練習しとかんとやばい」と、急遽帰省してきたとのことであった。
すぐにPCを起動して、このところすっかりハマっているTwitterのTLを読む。
大家さまである内田先生も始められたとのことである。さすがは先生、登録から３日間でフォローが3,000を軽く超えた。

Twitterは不思議なツールである。
他のクライアントと組み合わせて使うと、それまでmixiなどでやっていたことが、さらにパワーアップされてできてしまうのである。
そうして、何より齎される情報の鮮度が新しい。
「ちっとばかし情報が早いからって、それがどうかしたんですかい？」とお尋ねの向きもあろう。でも、メディアというのは、きっとそういうものなのだ。
と言うか、今ネット上ではとんでもないことが進行しているような気がする。まさに、革命的な出来事が、だ。それを実感するには、とにかくネットに接続して、TwitterなりTumblrなりを使って、何か発信したりしてみるしかないのである。
フォローの人数はどうでもいいのであるが、「ちょっと覗いてみっか」という奇特な方は、
<a href="http://twitter.com/sfumio">http://twitter.com/sfumio</a>
でどうぞ。
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   <title>スーさん、リーダーシップについて考える</title>
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   <published>2010-02-10T03:37:17Z</published>
   <updated>2010-02-10T03:39:16Z</updated>
   
   <summary>２月８日（月） 珍しく県選抜の練習が入っていない土日だった。 両日とも、午前中は...</summary>
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      ２月８日（月）

珍しく県選抜の練習が入っていない土日だった。
両日とも、午前中は部活動の指導、午後は家の炬燵で丸くなるという、判で捺したような生活だった。
でも、こういうふうに過ごすのが、何より心も体も休まる。

土曜日は、晡時よりいつものメンバーでの小宴。
「リーダーシップ」についての話題になった。例えば、校内で対教師暴力が発生した。さて、どう対処するか？
校内で最終決定権を持つのは学校長である。そこで、
①何より、学校長がそのリーダーシップを発揮して的確な指示を出し、速やかに事態の収拾にこれ努めるべきである。
という意見と、
②学校長にもいろんなタイプがあるのだから、まずは部下が意見具申を行い、学校長にはそれに従って具体的指示を出してもらうようにする。
という意見に分かれた。

さて。
もちろん、ケースバイケースで具体的な対処法は異なってくるのであろうが、対教師暴力というのは学校にとっては非常事態である。非常時に、部下があれこれ話し合いつつ善後策を協議など、とてもしている暇はなかろう。ゆえに、自分が主張したのは前者（①）である。

かつて、太平洋戦争を戦った旧日本海軍は、官僚主義の悪弊に陥っていたと言われる。
その官僚主義については、マートンによる「官僚制の逆機能」についての指摘が有名である。（＠Wikipedia、以下も）①規則万能（規則に無いから出来ないという杓子定規の対応）、②責任回避・自己保身、③秘密主義、④前例主義による保守的傾向、⑤画一的傾向、⑥権威主義的傾向（役所窓口などでの冷淡で横柄な対応）、⑦繁文縟礼（膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること）、⑧セクショナリズム（縦割り政治や専門外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向）などである。

太平洋戦争の帰趨を決したと言われるミッドウェー海戦で、日本海軍機動部隊を指揮したのは南雲忠一中将だった。もともと「水雷屋」と言われた彼が畑違いの機動部隊の指揮を任されたのは、“優柔不断と評される一方で、一度決めた作戦ならばそれを徹底して進める人物でもあった”（＠Wikipedia）からとも言われている。まさに、「官僚主義」の賜物であったと言えよう。
彼は、ミッドウェー島への攻撃部隊収容に際し、米空母発見の報に接して、第２次陸上攻撃用に装備していた爆弾を艦船攻撃用の魚雷に兵装転換を命じ、ために攻撃隊の発進が遅れたところを米攻撃機に急襲され、機動部隊主力の空母４隻と３千人の尊い人命を損失するに至った。

問題の兵装転換に際しては、
“第二航空戦隊を率いていた山口多聞少将はこの混乱は危険と判断し「現状況は一分一秒を争う。地上爆撃用の爆弾でもアメリカ海軍空母の甲板を破壊すれば発艦できなくなるのでこのまますぐに発艦し攻撃すべし」との考えから、信号で駆逐艦を中継して「直ちに発艦の要ありと認む」と進言した” （＠Wikipedia）が、却下された。
このとき、実際に空母「赤城」の飛行甲板上にいた淵田美津雄は、『真珠湾攻撃総隊長の回想　淵田美津雄の自叙伝』（講談社）の中で以下のように書いている。
“古来、兵は拙速を尚ぶのである。私は思った。ミッドウェー基地反復攻撃に備えていた第二波攻撃隊を直ちに発進させなければならない。兵装は陸用爆弾であった。けれども、陸用爆弾だって、敵空母の飛行甲板をぶち破って、その発着機能を封ずるだけの威力はあるのであった。あとの始末は、そのあとでゆっくりやればよいのである。
私はやきもきしていた。けれども、南雲部隊司令部は、拙速よりも巧遅に惰した。”（205〜206頁）
いくら部下が「やきもきしていた」としても、実際に攻撃隊発進の命を下すことはできない。命令するのは南雲長官であった。かくて、“急降下爆撃機による爆撃によって「加賀」4発、「蒼龍」3発の爆弾を受け瞬く間に炎上、旗艦である「赤城」にも2発の爆弾が命中して炎上した。”（＠Wikipedia）

非常の時こそ、組織の「長」たる人間は、そのコンティンジェントなリーダシップを発揮することが求められる。なぜなら、「兵は拙速を尚ぶ」からである。
しかし、「官僚主義」に陥っている指揮官には、そんな指示をすることができなかった。
これは組織の大小にかかわらず、いずれの組織についても斟酌しなければならないことではなかろうか。
もしも選ばれてその任にあたるのであれば、その役どころの自覚と決断力の涵養は常に自らに科さねばならないことは言を俟つべくもないが、自らが「官僚主義」の悪弊に陥っていないかと自省することも必須のことであるように思う。事ほど然様に、リーダーシップを発揮するというのは難事なのである。

寒さもあって、小宴では日本酒の熱燗に終始した。話の内容もあって、だいぶん酔いが回った。
そんな状態での打牌は乱れた。半荘を４回ほどやったが、ほとんど最下位であった。酒席であんまり重たい話をしてはいけないと自省した。
後悔先立たず。

      
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   <title>スーさんの休みなき週末</title>
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   <published>2010-02-02T04:50:47Z</published>
   <updated>2010-02-02T04:52:19Z</updated>
   
   <summary>２月１日（月） ソフトテニスな土日だった。 土曜日は、浜松市の１年生大会（団体戦...</summary>
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      ２月１日（月）

ソフトテニスな土日だった。
土曜日は、浜松市の１年生大会（団体戦）。予選リーグと決勝トーナメントの２回戦までが行われた。
本校は、予選リーグこそ１位で通過したものの、決勝トーナメントではシード下から勝ち上がってきたＳ中に３番勝負で敗れ、ベスト８入りはならずという結果だった。
言い訳をするつもりはないのだが、先週初めから１年生の大将前衛がインフルエンザに罹患して、試合前日にようやく登校できるようになったという状況もあった。もちろんその間はまったく練習はしていないので、当日もやはりその選手のミスが多く、負けた試合もその選手のペアが３番だったということもあった。しかし、それまでの練習の積み重ねはあるはずなのだから、敗戦は敗戦として厳粛に受け止めなければならないであろう。

また、これも言い訳めいてしまうのだが、このところ毎週のように県選抜の練習が組まれていて、じっくり指導できる土日のどちらかは自校の練習ができないという状況もある。
県代表チームの監督を任せられているのだから、それはそれで自らの務めを果たさなければならないのではあるが、そうやって他校の選手たちを指導しながら、ふと「こうやって他の学校の選手を一生懸命に教えてると、自分とこの選手とは差が開く一方だよなあ」と思ってしまうこともある。
特に、今回のように自チームが試合で負けてしまうと、よけいにその感を強くしてしまうのである。

気が晴れぬままに、夕刻からは久しぶりにシンムラくんも加わって、いつもの中華料理店で小宴。
このところ、小宴には毎回参加の＊＊氏は、所謂｢荒れている」学校に勤めているので、こういった気の置けぬ仲間と飲む時などには、つい愚痴の一つも漏れようというところであろうが、上からは「やたらと学校の様子を外で話すな」というご指導が為されたとのこと。もちろん、＊＊氏とて地方公務員としての守秘義務に抵触するようなことを話したりはしていない。ちゃんと授業や部活動の指導を行いたいから、その環境を整えるにはどうしたらよいかということを話題にしているのである。そもそも、最もその責を負うべきはいったい誰であろう。そのことをよく理解していない管理者では困るのだ。

試合会場では旧知の先生とも顔を合わせる。かつては、しんどい学校で同じ学年を担当した戦友のような間柄の先生。「最近はどう？」と尋ねると、「生徒がよくないと、すぐに学年主任や担任の所為にさせられるんですよお。やってらんないっす」と曇った顔で答えた。困った話だ。これでは、心身を病む先生たちが増えていくばかりだ。こういう実態を、上は承知しているのだろうか。
試合で負けた気分も手伝って、いつもより悪酔いした感じのままに雀荘へ。
それでも、最近は大負けしなくなった。試合で勝てないと雀運は上がるということであろうか。

明けて日曜日は、県選抜の練習会。今回は焼津市の総合体育館のサブアリーナである。
焼津と言えば「焼津さかなセンター」、違います、「かどや」です。
昼に「かどや」へ行けることのみを何よりの愉しみとして、早朝に浜松を出発する。
前回、沼津Ｋ学園高のスガイ先生より指導を受けた前衛陣であるが、見違えるほどに上達している選手もいた。やはり、選手によっては相当のインパクトがあったのだと思った。
ひとしきり練習して、お待ちかねのお昼。正午ちょっと前に席の予約電話を入れ、まっすぐに「かどや」へと向かう。
定食の他に、「ホタテの醤油焼き」、「カキフライ」、「桜海老のかき揚げ」等が追加注文された。「うまい！」という言葉を発するのももどかしく、それらの料理は次から次へと平らげられていくのであった。
十分に満足して「かどや」を後にする。

午後からは、サブアリーナの後ろがやや狭くて試合をするには不適当ということもあって、外のコートを借用してゲームをすることにした。来る２月１４日、富士宮に関東を中心とした選抜チームを集めて行われる研修大会に出場する選手の、カップリングを確認するのが主たる目的である。
そのまま午後４時過ぎまでゲームを行い、何とかカップリングの目処は立てることができた。後は、実際の試合ぶりを見て、最終的に都道府県対抗戦に出場する４ペアを選考することになる。

ちょうど試合が終わった頃から降り出した雨の中を、浜松へと帰る。
こうして、ソフトテニスな土日が終わった。
どうも、休日は家でのんびり過ごす時間がないと、休んだような気にならない。自分も年を取ったものだとつくづく思う。
でも、まだこんな土日が３月末まで続く。
Twitterでもしながら、気を紛らせようと思う。

そうして今日、如月初一。
昨日までほぼ３０年にわたって取り続けてきた、地元紙の契約を解除した。いちばんの理由は、記事がおもしろくないからである。
もちろん、同時に取っている毎日新聞とは同日の談ではないのだが、それでも毎日新聞には記者が自ら足で稼いで記事を書いているという感じがある。
地元紙の場合は、取材をお願いしたところに出向いて紹介するという体の紙面づくりである。もう、そういう記事は読みたくない。
リージョナルなメディアは、内田先生や（http://blog.tatsuru.com/2010/01/10_1144.php）、１４０Bのオーサコくんも書いている（http://www.140b.jp/blog/2010/01/post_553.html）ように、｢ミドルメディア｣であるべきである。
それについては、ちょっと考えていることがある。もしも実現可能であれば、現職を辞してもやってみたいと思っていることがある。今から少しずつ準備していくつもりだ。

サリンジャーが亡くなった。
その報に接した先週の金曜日、『九つの物語』（集英社文庫）を購入して帰った。

      
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   <title>スーさん、句をひねる</title>
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   <published>2010-01-25T23:30:33Z</published>
   <updated>2010-01-25T23:30:55Z</updated>
   
   <summary>１月２５日（月） 土曜日は、伊豆長岡の体育館にて県選抜チームの練習会。このところ...</summary>
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      １月２５日（月）

土曜日は、伊豆長岡の体育館にて県選抜チームの練習会。このところ、毎週のように練習が入っている。
せっかく伊豆長岡まで行くんなら、前日は沼津に宿泊して久しぶりにK学園高女子ソフトテニス部監督であるスガイ先生と久闊を叙したいものだと、事前に連絡を入れて再会を約しておいた。

前日の金曜日は、勤務時間終了と同時にソッコーで家に帰って支度。今回はオノちゃんが迎えに来てくれる手筈になっていた。
まあオノちゃんも早くて６時くらいになるだろうと思いきや、５時半には既に我が家に到着していた。手回しがいい。程なく沼津へ向けて出発する。
幸い、週末の東名は空いていた。おかげで午後８時前には沼津に到着。すぐに予約しておいた駅前のホテルにチェックインし、スガイ先生と待ち合わせる。

待つことと暫し、スガイ先生がホテルまで迎えに来てくれた。そのまま歩いて近くの韓国料理店へ。
本場のもんの料理に舌鼓を打ちながら、ビールと焼酎を痛飲する。
話題は、ソフトテニスのことはもちろん、後で合流した男子顧問のハラ先生がiPhoneを持っていたのをきっかけに、Twitterなどのウェブのことどもにも及ぶ。
スガイ先生の、「Twitterって何すか？」という質問に始まって、まだ最近覚えたばかりのことや興味深いサイトについての情報交換などをしているうちに、沼津の夜は深々と更けていった。
もう三更になろうというところで、ハラ先生は意欲十分であったそうだが、既に酩酊状態を呈していた自分はとても麻雀など打てる状態になく、そのままよろよろとホテルへ戻り、湯浴みの後でベッドに昏倒したのであった。

翌朝、痛む頭を抱えつつ朝食を済ませ、ホテルをチェックアウトして、スガイ先生をご自宅まで迎えに行く。前日の夜に、「明日、伊豆長岡の体育館まで一緒に行きましょうかあ？」との申し出を受けていたのだ。こちらからはとてもそんなことはお願いできないと思っていたことを、スガイ先生の方から申し出てくれたのだ。もちろん、一も二もなかった。

沼津から伊豆長岡までは３０分ほど。体育館に到着し、練習が始まった。
昨年もそうであったが、今年も本県は前衛選手の育成が焦眉の急である。スガイ先生からは、主として前衛選手の技術的な課題について、中でもボレーの技術を中心にみっちりと指導していただいた。

午後からは、オノダコーチがかつては国体選手も務めたことのある社会人のスワベ選手を同行して登場。選手たちとゲームをしながらいろいろと指導してくれた。
スガイ先生とその試合ぶりも見ながら、最終的な選手選考のことも視野に入れつつ、各選手の課題を話し合った。スガイ先生からも「（本戦の）初戦勝利までの道のりは遠いかもしれませんねえ。 前衛のレベルアップが急務っすよ」と指摘された。
そのことも視野に入れつつ、あと２ヶ月で何とか試合で力を発揮してくれそうな選手を選ばなければならない。つい、溜息が漏れてしまいそうになる。

浜松に帰ると、いつもの中華料理店でヨッシーとヤイリくんが待っていた。
飲み且つ食べながら、ネットを利用した個人のアーカイブづくりの必要性を説く。
ネットやＰＣの利用について、「ボク、使い方よくわかんないから」などと言える時代はもう終わったと思う。今や、わからなかろうがなんだろうが、とにかく使っていきながら操作法や利用法を覚えていく時代なのだ。
そんなことを力説して、いつもの雀荘へ。
麻雀はこのところ調子がいい。
東回しで４回ほどやったが、最初の３回はほとんど和了れず。しかし、最後の１回で爆発した。ラス親で１０本以上積み、プラ１０４。それまでのマイナスを一気に帳消しにした。
やばい。こんなところでツキを使っていると、本戦の都道府県対抗戦では勝てないかもしれない。

明けて日曜日は、本校の選手たちを指導。このところ、土日は必ずどちらかが県選抜チームの練習で学校の練習ができないため、指導できる時に必要なことを精選して練習しておかなければならない。
県選抜チームのレベルのことを思うと、とてもそこまでは追いつけそうにない自チームである。県選抜の監督をすることの矛盾も感じつつ、何とか置いていかれないようしなければと思う。

午後は、散髪をしてすっきりとしたところで、ＴＵＴＡＹＡで「トランスフォーマー／リベンジ」のＤＶＤを借りて帰った。県選抜チームのブログをアップし終え、件のＤＶＤを見る。なんだか、ＣＧがごちゃごちゃして敵味方の区別がよくわからなかった。
先日、妻と一緒に見た「アバター」でも感じたことだが、この映画でも戦闘場面にアメリカの病巣を見る思いがした。

そうそう、Twitterをはじめとして、最近ハマっていることはいくつかあるのだが、中でも特にハマっているのが俳句づくりである。
Tumblrを使ってネット上に自分だけのミニブログを作成したことをきっかけに、以前からやりたいと思っていた俳句づくりに挑戦することにしたのである。
とにかく「一日一句」を課して、Tumblrにアップする。始めたのは先週木曜日。もちろん、句づくりに欠かすことのできない『歳時記』は購入済みである。

句づくりをしていると、思わぬ発見もある。
今日、『歳時記』で発見したのは、正岡子規の句である。
「薪をわるいもうと一人冬籠」
思わず、菅野美穂ちゃんの姿が目の前に浮かんできた。

俳句って、いいなあ。

      
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   <title>スーさん、袴を穿く</title>
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   <published>2010-01-21T01:38:13Z</published>
   <updated>2010-01-21T01:39:34Z</updated>
   
   <summary>1月19日（火） なにか特別なことがあったというわけではなかったのだが、なぜか多...</summary>
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      1月19日（火）

なにか特別なことがあったというわけではなかったのだが、なぜか多忙な日々であった。
というわけで、今回も先週末からのことを箇条書きに。

・土曜日は、県選抜チームの新年初練習会。場所は、袋井市と掛川市とのちょうど境目の小笠山にあるエコパのサブアリーナである。
このスタジアム、日韓ワールドカップのときに作られた県営の施設だが、とにかくとてつもなく大きい。国道１号線方面から見ると、山の中腹に大きな貝殻を伏せたような屋根が見える。それがエコパのスタジアムだ。収容人員は５万人。スタジアムのすぐ隣にアリーナ（体育館）が付設されている。この体育館も大きい。観客席の収容人員は１万人。さらにその隣にあるのが、今回の会場であるサブアリーナなのである。インドアでテニスコートが２面取れる。
午前中は、後衛はオノダコーチ、前衛はヤマガタコーチの指示で、それぞれポジション別に練習を行った。年末に行われた東海インドアの反省点も踏まえてのプログラムであったが、なかなか課題も多く、他県のレベルを考えると前途は多難であるとの思いであった。

・夕方からは、前回一度行ったことのある「すっぽんエキス入り餃子」を食べさせてくれる居酒屋にて小宴。時間前に到着したオーツボくんは、既にかなりデキ上がっていた。酔ったおっちゃんは、声は大きいわ、やたらと酒やアテを注文するわでタチが悪い。途中からヨッシーも合流して、さらに件の餃子が注文された。その後に移動した雀荘に、餃子の臭いが充満したことは言を俟つべくもなかった。

・日曜日、終日蟄居。
この日は、区内の近隣校によるシード校決定戦が行われたが、諸般の事情でコーチは副顧問に頼んで会場には行かず。午後、その副顧問から連絡が入り、何とか２試合とも勝ったとのこと。が、技術的なレベルアップは喫緊の課題である。

・最近話題のTwitterにハマった。というか、どんなものなのか試しにいろいろと使うようにしてみたところ、案外奥が深いような気がしてきたことと、Twitter周辺のアプリにおもしろいものが多いということに気づき、今はそれらをどのようにおもしろく使えるのかを試行中というところだ。
そうそう、Twitterを使っていく過程で、イワモト秘書とも再会(ネットで)することもできた。
それにしても、こういうことをしていると、あっという間に時間がたってしまう。
同時に、ウェブが考えられないほど進化していることに驚愕した。とりあえず使っていかないと、どんどん情報格差が広がっていってしまうような気がした。

・同様に、最近話題の「クラウドコンピューティング」の広がりにも目を瞠らされる思いであった。
メールアドレスとパスワードを登録しさえすれば、ネット上で数ギガのファイルを使用できるのだ。そして、ウェブに接続できる端末さえあれば、それらのファイルにいつでもどこでもアクセスできるのである。
写真など、そのまま自宅にPCに保存しておくとひたすら容量を減らしていくばかりであるが、ネット上に置いておけばそんな心配もいらない。便利な世の中になったものだ。
手放しで賞賛するというわけではないが、少なくともフラッシュメモリなどでデータを持ち歩くよりははるかに安全だと思うのだが。

・高原基彰の『現代日本の転機』（NHKブックス）、なかなか興味深く読んだ。筆者の、時代を捉える確かな目を感じさせられた。同時に、自分がいかに今まで自分が生きてきた時代の空気に囚われているかということも感じさせられた。
もちろん、未来のことは誰もわからない。でも、知らず知らずのうちに過去に深く囚われることで、現在をどう生きるのかということを見失ってしまうこともあるかもしれない。

・そのことと関連があるかどうかはわからないが、少なくとも、２０数年前の自分の教育実践を、現代にもそのまま十分通用するかのような言説を流布させる教師にだけはなりたくないと思った。

・新年初の北総合気会山田師範による稽古で、初段の御免状をいただいた。晴れて、袴を着けて稽古ができるようになった。
今日はその初日だった。
何かが違った。心なしか、姿勢が良くなった気がした。受け身もスムーズに受けられるようになった気がした。いや、ほんとうに確実に何かが変わった。もっともっと稽古したいと強く思った。
袴の威力は絶大である。

      
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   <title>スーさん、新年を祝う</title>
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   <published>2010-01-12T23:36:30Z</published>
   <updated>2010-01-12T23:38:47Z</updated>
   
   <summary>１月１２日（火） あけましてしばらくになりますが、みなさまおめでとうございます。...</summary>
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      １月１２日（火）

あけましてしばらくになりますが、みなさまおめでとうございます。
大家さまの寛仁大度により、長屋住まい６年目の新春迎えました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、年明けから今日までのことを箇条書きに。
・今年の元旦は、粉雪の舞う寒い朝であった。例年のごとく、朝食の前に浜松市郊外にある井伊谷宮に家族３人で初詣。お神籤は「小吉」。いつものように、破魔矢と干支の土鈴を購入して帰る。正月のよいところは、朝からお酒が飲めることである。つい、調子こいてビールを２缶と日本酒を少々。朝食後は妻の運転でお年始。昼過ぎに戻って新年会の準備。

・元旦の午後、甲南麻雀連盟浜松支部の面々が、シンムラ号に乗って登場。兵庫県は香住から直送のカニすき鍋を囲んで、一品持ち寄り新年会。途中から「今や高体連県卓球部専門委員長」のワダくんも加わり、ヨッシーお手製のオードブルも卓に饗せられて、お酒の飲めないシンムラくんは「ミスド」のドーナツを囓りながら、小宴は辺りが暗くなる頃まで続いていった。

・元旦夕刻からは、河岸をいつもの「はつとん」に替えて「初打ち会」。例年、お正月にしか登場しない「怪獣」ヒロノくんが仰けから絶好調である。得意のドラ爆弾攻撃や、地獄の単騎待ちなどを駆使し、終わってみればプラ１００超。「みんな草食系だねえ」と嘯きながら、ご機嫌で帰っていった。憎い男である。

・２日、仲人親宅にお年始。

・３日、午後からオカベ元校長先生宅にて「初打ち会第２弾」。家主が和了り続け、ヨッシーがマイナ１００超に沈んだ。

・４日、５日、終日蟄居。年末に大阪で購入してきた本どもを読む。

・６日、始業式。お正月の暴飲暴食でズボンが履けないのでは心配していたが、問題なく着用することができた。やれやれ。

・１０日、 三ヶ日中にてソフトテニスの団体戦（「オレンジカップ」）。散々の結果だった。予選リーグ、決勝トーナメントともに全敗。どこからどう立て直していけばいいものやら、思案がつかぬまま帰途に就く。

・この日は夕刻から「支部新年会パート２」。元旦に参加できなかったオーツボくん、ヤイリくん、オータくん、イケヤくんらが加わり、河岸は支部長が昔から馴染みの小料理店にて、新鮮な魚介類に舌鼓を打ちながら日本酒を熱燗でくいくいといただく。
このお店、勤務校が店から遠くなって自然と疎遠になってしまっていたのだが、現在校からは近距離ということもあってかつてのご縁が復活、学校行事のお弁当や学年の懇親会などで頻繁に使用するようになっていた。
つい年末も、妻と二人の「プチ忘年会」で鍋料理をいただいたばかりだった。そのことを話すと、オノちゃんやシンムラくんが、「ぜひ一度小宴を開きましょう！」と強く要望していたので、今回開催の運びと相成ったのである。
それにしても、「もう魚料理はしばらくいらな〜い」と言いたくなってしまうほどであった。刺身の盛り合わせから始まって、揚げ物、煮魚、生牡蠣、そして鮪のかま焼き。しかも、こんなにたらふく食べて飲んで、「え？ホントに一人これだけ？」と思わずみんな顔を見合わせてしまうほどのお代であった。いやはや、
「たか久」恐るべし。

・酒と料理に十分堪能したあとは、早くも３回目となる例会。年末から好調であったヤイリくんが、何と四暗刻を自摸る。新年の支部初役満である。ヤイリくんの今年の目標は、「打倒オノちゃん」だそうである。この調子ならそれも可能かもしれないと思わせる和了りぶりであった。

・新年になって支部の異変は、いつもなら定位置のごとくマイナスに沈んでいたシンムラくんが好調なこと。元旦の初打ちでは何とプラマイゼロ。この日も、マイナ２で投了した。「このまま１年間いきたいっす！」と鼻息は荒かった。
支部長も、年末に引き続いて元旦からもマイナス街道をひた走っていたが、どうやらようやく長いトンネルから脱した実感を得ることができた。これからの巻き返しに乞うご期待というところだ。
同じく、まだ年明けしたばかりで既にマイナ１００超に沈んでいたヨッシーも、この日はプラスのまま投了。「あはは、先輩ハコ下ですかあ」などと、ちと調子こいてるシンムラくんには、ぜひ役満の鉄槌を下してほしいものである。
こういう仲間たちと一緒に過ごす時間は、何ものにも代え難い。

・以下の報に接した。
「高架橋から常磐自動車道へ自転車と消火器を投げ落としたとして、茨城県警高速道路交通警察隊は１１日、つくば市立中３年の少年（１４）を道交法違反（禁止行為）の疑いで検挙、同校１年の少年２人（いずれも１３歳）を補導した。３人は「学校が面白くなく、むしゃくしゃしてやった」と話しているという。
容疑は、１０日午後１１時１０分ごろ、つくば市谷田部の常磐道谷田部－桜土浦インターチェンジ（ＩＣ）間で、高架橋（高さ約１２メートル）から路上へ自転車１台を投げ落とし、約７時間後には約６００メートル離れた高架橋から自転車２台と消火器３本を投げ落としたとしている。
最初に投げ落とされた自転車が通りかかった乗用車と衝突し、バンパー部分が破損したが、運転していた男性（３８）にけがはなかった。それ以後は被害はなかった。
通報を受けて付近を警戒していた県警つくば中央署員が１１日午前７時半ごろ、つくば市内で自転車に２人乗りしていた１年生を発見。職務質問したところ、３年生と一緒に投げ込んだことを認めたという。」（＠毎日新聞）
自分たちの行為について、あまりにも想像力の欠如したとしか言いようのない振る舞いは、彼らが特別だからなのだろうか？「因果を含める」と言うが、私たち現場の教師はいかなる方法で子どもたちに「因果」を「含め」させていけばよいのであろか。人ごとではなく、真剣に考えなければならないことのように思う。

      
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   <title>スーさんのことしの重大ニュース</title>
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   <published>2010-01-01T04:38:26Z</published>
   <updated>2010-01-01T04:40:00Z</updated>
   
   <summary>１２月３１日（木） 今年も残すところ数時間。 大晦の今日は、朝から寒風吹きすさぶ...</summary>
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      １２月３１日（木）

今年も残すところ数時間。
大晦の今日は、朝から寒風吹きすさぶ冬晴れであった。午前中は、ここ数年気になっていた書棚の整理。読了する度にきちんと整理するように心掛けておればいいのであるが、つい書棚に無造作に置くことが習慣になってしまうと、エントロピー増大の法則に従ってその乱雑さの度合いを増していく。
今回は、書棚から全ての本を引きずり出し、単行本、新書、文庫本と分けて整理してみた。こうやって整理していくと、ここ数年の自分の読書傾向がよくわかる。「え？こんな本読んでたの？物好きだなあ」とか、つい忠告の一つでもしたくなってしまうのであった。
午後は、お決まりの風呂、洗面所の掃除と居間の整理。ＤＶＤに録画した番組も、整理箱が必要になるほどであった。元旦は、支部会員たちをお迎えして新年会を催すので、炬燵廻りの整頓をして座椅子を配置する。

外は木枯らしの音が聞こえるので、シベリウスの交響曲を１番から順に聴きながら、例によって３×１０大ニュースを記すことにする。

＜出来事編＞
①合気道初段審査
来年になるだろうと思っていた昇段審査を、１１月にやることになった。かなり不安だったが、何とか終えることができた。最後まで動いた自分の身体を褒めてやりたい。
②内田先生の結婚式
神戸女学院での結婚式とホテルオークラ神戸での披露宴に参列させていただいた。終始温かい雰囲気のすばらしい式と披露宴であった。二次会では、ヒラカワさんに鰻屋さんと間違えられた。
③ギエムを見た
もう日本では二度と見られないという「ボレロ」を見ることができた。入手至難のチケットが、まるで奇跡のように手配できた。すばらしい体験だった。

＜おいしいお店＞
①焼津の「かどや」
この焼津港際のお店の魚料理は、どれもが絶品。地元の名酒「磯自慢」も飲める。
②浜松の「百盛」
「開店１周年記念につき半額！」の触れ込みで初めて行ってみたのだが、「干し豆腐の和え物」など、今までにない食感の中華料理に仰天。それから行きつけのお店になった。
③「まこと」の閉店
ここ数年、支部の旗亭であった「まこと」が閉店してしまった。料理はどれをとっても安くて美味、大将と女将さんの人柄が偲ばれる。可能ならばぜひとも復活してほしい。

＜旅行編＞
①城崎極楽温泉麻雀
今年は内田先生もご参加されての城崎行。いつもの出石の蕎麦、城崎の外湯、旅館「湯楽」での麻雀を堪能させていただいた。
②箱根行
今年の秋の小旅行は箱根へ。ポーラ美術館や芦ノ湖など、見所数多の観光地であった。沸かしも足しもしないそのまま源泉はさすが箱根。
③東伊豆行
妻の誕生日旅行は東伊豆の北川温泉へ。料理もさることながら、貸切露天風呂もワイルドだった。

＜ソフトテニス編＞
①県大会団体準優勝
まさか決勝まで行けるとは。選手たちのおかげで、監督としては１５回目となる東海大会へ。
②都道府県対抗初戦敗退
群馬を土俵際まで追いつめたのだが、そこから逆転負け。一筋縄では勝てません。おかげでまた監督をさせられる羽目に。
③ＦＡＸ詐欺マッチ
面識のない顧問がＦＡＸを送りつけて練習マッチの誘い。勘違いして参加してしまった。参加した学校の監督は、おしなべて選手たちに罵詈雑言を浴びせかける人たちだった。参加したことをひどく悔いた。

＜学校関係編＞
①新型インフルエンザ猛威
本校もご多分に漏れず、新型インフルエンザの洗礼を受けた。３クラスが学級閉鎖に。年明けからも予断は許さない状況である。
②３５人学級
生徒数を少なくするのはよいが、「どの学校も一律に」ではなく「それぞれの学校の実情に応じて」実施させてほしいのだが。おかげで講師は払底し、本校に来るはずだった時間講師が来なくなったために理科の教員は四苦八苦。来年はこうならないよう配慮してほしいものだ。
③教員免許更新制廃止
民主党政権となり、教員免許更新制が廃止されることになった。こんなバカな制度、もっと早く止めるべきだった。

＜読書編＞
①『単純な脳、複雑な「私」』（池谷裕二、朝日出版社）
わが静岡県の出身者にもこんなにすばらしい科学者がいた。誇らしく思う。
②『１３日で「名文」が書けるようになる方法』（高橋源一郎、朝日新聞出版）
タイトルから、ハウツー本かと思いきや、筆者が明治学院大学で受け持っている「言語表現法」の講義を書籍化したもの。こんな講義を受けてみたい。
③『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』（加藤陽子、朝日出版社）
東大の歴史学教授による中高生への授業。過去を見る視点とはどういうことか目を開かされる思いだった。

＜音楽編＞
①シベリウス交響曲全集（コリン・デイヴィス指揮、ロンドン響）
どこかへ長時間ドライブするときには、決まってこの全集を持参した。特に２番、６番、７番が秀逸。サー・コリンのシベリウスはとてもいい。
②ブラームス交響曲全集（カール・ベーム指揮、ウィーン・フィル）
ベームが指揮するブラームスって、あまり高く評価されないのだろうか。とてもいいと思うのだが。
③ブルックナー交響曲全集（ロベルト・パーテルノストロ指揮、ヴュルッテンベルク・フィル）
ＣＤ１１枚組なのに、２千円以下で買えた。でも、演奏は「安かろう悪かろう」どころか、どれも聴き応えのする演奏ばかり。特に６番がいい。

＜映画、ＴＶドラマ編＞
①「ＪＩＮ−仁−」（ＴＢＳ）
今までテレビドラマなんて見たことなかったのに、このドラマだけは毎週欠かさず見た。いいドラマだった。ぜひ続編を期待したい。
②「坂の上の雲」（ＮＨＫ）
どうやって映像化するのか、そんな興味で見始めたが、菅野美穂にはまった。
③「サマーウォーズ」（細田守）
大家族がみんなで力を合わせて困難に立ち向かうという設定がよかった。人の輪って大切だと思う。

＜感動編＞
①内田総長来浜
われらが内田総長が浜松で講演をされ、その後みんなでプチ打ち上げ宴会を催した。大いに盛り上がった小宴となった。
②船から花火を見た
生まれて初めて船上から花火を見た。でっかかった。
③ＪＡＦの迅速なサービス
こんなにＪＡＦのお世話になった年も珍しい。でも、その度に迅速で親切な対応には感激した。

＜モノ編＞
①レノボのネットブック
ご多分に漏れず、ウィンドウズのネットブックを購入した。旅行に持参したりして、何かと重宝している。
②ＥＹＥ-ＦＩカード
無線ＬＡＮの環境下だと、デジカメのスイッチを入れるだけでＰＣに写真を転送してくれる優れモノ。
③液晶モニタ
わが家も、ついに１４型のブラウン管のＣＲＴから１９型液晶モニタに替えた。くっきりはっきり見えるのと、ワイドな画面がうれしい。

では、どちらさまもよいお年をお迎えください。

      
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   <title>スーさん、年の瀬を愉しむ</title>
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   <published>2009-12-22T04:11:20Z</published>
   <updated>2009-12-22T04:13:15Z</updated>
   
   <summary>１２月２１日（月） 土曜日は、先週に引き続いて県選抜チームの第２回練習会。会場は...</summary>
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      １２月２１日（月）

土曜日は、先週に引き続いて県選抜チームの第２回練習会。会場は、午前中が磐田市の「アミューズ豊田」、午後は浜松市の「新橋体育センター」である。
この練習会、実は昨年の反省もあって、「東海インドア大会までに少なくとも２回は練習会を持とう」ということで、主務のヨッシーが計画をして会場確保に努めた結果、実現した練習会である。
午前中の会場である「アミューズ豊田」は、インドアのテニスコートが２面取れる施設だった。体育館に入ると、既にラインテープも貼り終わって乱打が始まっていた。
その日は地元の大会があるとのことで不参加の予定だったコーチのヤマガタくんの姿が見えた。「あれれ？今日は来ないんじゃなかったっけ？」と問うと、「地震の影響で大会が中止になっちゃったんです」とのお答え。そうなのだ、ヤマガタくんとこは東伊豆（伊東）なので、つい前日（17日）の夜と前日（18日）の朝に震度4～5の地震が発生したばかりだったのである。「そうか、タイヘンだったねえ」と様子を聞くと、「特に昨日は、１時間目の授業を始めますってあいさつをしたとたんに地震だったので、ちょっとびっくりしました」とのことだった。

今回は、新チームになって初のインドア練習ということで、インドア特有のボールのバウンドに慣れることと、インドアにおける戦術を活用するために必要な技術的要素を身に付けさせることが、練習の主たる眼目であった。
実際にボールを打っているところを見ていると、やはり多少はボールのバウンドに戸惑っているようなところも散見せられた。ひとしきりボールを打たせたところで選手たちを集合させ、ヤマガタくんからロビングを打つ際のポイントをコーチしてもらった。
それにしても、さすがは県下から選抜された選手たちである。ボールのバウンドにも程なく慣れて、アウトコートと変わらぬパフォーマンスを発揮できるようになってくる。
ストローク練習のあとは、前衛の技術練習。インドアでどうしても必要になってくるスマッシュ力を強化するためのプログラムをやらせてみた。
せっかく２面あるからということで、後半はゲーム。前回の練習会で組ませたペアのインドアでの試合ぶりを確認する。なかなかいい感じである。それぞれの選手が持ち味を出した試合ぶりを見せてくれた。

昼食は、午後の会場に移動して取ることになった。午前中の会場から午後の会場までは車で３０分ほど。最近はどの車にもナビが装着されているので、道に不案内な保護者たちの移動を心配することもない。便利な世の中になったものだ。
午後の会場はコートが１面しか取れない体育館である。練習プログラムもそれなりに考えなければならない。午前中のゲームの様子も考慮しつつ、前・後衛のコンビネーション練習と試合形式を行わせることにした。前衛選手の技術的な課題も見つかったが、なんとか他の選手の見よう見まねで自分なりに課題を克服しようとしている姿も見られた。このへんが選抜チームで練習することの大きな意義であろう。

来る東海インドアは、２３日から愛知県西尾市の体育館にて行われる。東海４県からそれぞれの３チーム（開催地の愛知は４チーム、さらに都道府県対抗戦の開催地である伊勢市が１チーム加わる）の選抜チームが集まって、予選リーグと決勝トーナメントを行う。
昨年は愛知県のA・Bチームによる決勝だった。本県はベスト８に２チーム入るのが精一杯であった。今年も、三重県などは今夏の中体連全国大会に出場したペアを擁しているだろうし、いずれの県も一筋縄ではいかない相手ばかりであろう。そういう意味では、そんな相手に現時点でわが県の精鋭たちがどれだけ対抗できるのかを確認できる絶好の機会ととらえられるであろう。今年は、なんとか昨年を上回って、ベスト４入りを果たしたいなどと密かに皮算用をしているのだが、さてどうなることやら。

練習が終わって、夕方からはその日愛知県で予定していた練習マッチが雪のためキャンセルになったオーツボくんと、週末はどうしても麻雀をやりたいヤイリくんとで新規開拓の小料理店へ。
何と、ほとんど地元以外で入手至難の日本酒「磯自慢」が置かれていた。牡蠣の土手鍋や揚げ銀杏などに舌鼓を打ちながら、つい「磯自慢」を過ごしてしまう。
程よく満足したところで、その日協会の納会に参加していたヨッシーとオノちゃんも合流して、いつもの「はつとん」へ。
この日は、ヤイリくんが激和了を見せた。どうも、全自動卓は配牌に片寄りがあるような気がするのだが。要は、誰がその片寄りに当たれるかどうかで勝敗が決まってしまうのではあるまいか（って書くということは、「また」負けたってことです）。それにしても、こんな「よえ～」状態で本部へ行ったらどうなってしまうのだろう。画伯の「ロン！満貫だけ！」攻撃の格好の餌食になってしまいそうだ。

明けて、日曜日は午前中が自校の部活動指導、午後は久しぶりに家でのんびりと過ごす。
とりあえず、年賀状の裏面印刷を終えた。宛名も印刷しようとしたら、昨年の住所録が自宅PCにはセーブされていないことがわかった。一昨年のものはあったので、今年の年賀状を見ながらその訂正作業に勤しむ。こういうことをしていると、時のたつのを忘れる。自分は、こういうことがけっこう好きなんだと思った。ひととおりの作業を終えて、無事住所録をセーブすることができた。
夜は、お楽しみの「坂の上の雲」を見る。一部に、「正岡律が出過ぎ」などというメディア評もあるようだが、ええい、下がりおろう、菅野美穂はいいのである。

今学期も、本校は明日を持って終業、いよいよ冬休みに入る。暫し仕事のことは忘れて、のんびりとした年末年始を過ごしたい。


      
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   <title>スーさん、寿命を延ばす</title>
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   <published>2009-12-15T07:05:33Z</published>
   <updated>2009-12-15T07:08:44Z</updated>
   
   <summary>１２月１４日（月） 土曜日は、県中学生選抜ソフトテニスチームに選ばれた９ペア１８...</summary>
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      １２月１４日（月）

土曜日は、県中学生選抜ソフトテニスチームに選ばれた９ペア１８人の選手による第１回強化練習会。会場は、県大会の予備日として確保してあった浜松市の花川運動公園テニスコートである。
会場に到着すると、既に選手たちはコートに入ってボールを打ち始めていた。ひとしきり打って体が温まったと思しきところで選手たちを集め、練習に臨んでの留意点等を簡単に説明する。
・ふだん自校でやっている練習とは違う練習を課せられるかもしれないが、頭と体を柔らかくして対応すること。
・自分のフレームワークにこだわらないことで、さらなるレベルアップが図れるようにすること。
・明るい雰囲気で楽しく練習すること。
・よくわからないところやうまくいかないところがあったら、すぐにコーチ陣に質問して確認すること。

さっそく、練習に入った。午前中はストローク中心のメニュー。さすがに、県下から選ばれた選手たちである。たぶんやったことはないと思われる練習でも、すぐに対応してそれなりのパフォーマンスを見せてくれる。
もちろん、技術的レベルの高い選手ばかりなので、それに触発されてさらにパフォーマンスのレベルが上がるということもある。他の選手との相互作用である。こういうことも、集まって強化練習会をやることの大きな意義の一つであろう。

お昼になったので練習は中断して昼食休憩。スタッフは、食事を共にしながら午後のゲームをさせる際のカップリングを協議する。このカップリングというのが難しい。こちらでいいだろうと思って組ませてみても、思うように互いの力を発揮してくれないペアも出てきてしまうからだ。そこが、スタッフの腕の見せどころであろう。あれこれ協議の末に、ほぼこれでいこうというカップリングも決まった。
そのペアで午後はゲーム。思いの外、高いパフォーマンスを見せてくれたペアもあれば、明らかに練習不足によるミスを繰り返すペアもあった。
ある程度ゲームをこなしたところで、もう一度スタッフで集まって、冬休みに予定されている東海インドアに出場する団体戦３チームの編成を協議する。実力順に編成するか、３チームとも平均化された編成にするか多少は議論が分かれたが、今回はほぼ実力順でいこうという結論に達した。それで実際の試合ぶりを見て、だんだんとメンバーを絞っていくのである。

とりあえずの目鼻も立ったところで練習はお開き。終了後、選手たちには練習に参加しての感想を書いてもらった。
「スタッフの方たちが優しく教えてくれて、自分のやりたいことが全てできました。」
「練習が早く終わったように感じ、もっとやりたいと思いました。」
「団体チームが決まりましたが、勝つことだけを考えるんではなくて、協力して楽しんでやりたいです。」
「みんなはとても上手でした。その中で練習できて、プラスになるところが多かったです。」
どうやら、スタッフの意向は選手たちには確実に伝わっていると感じさせられた。

保護者たちへの対応（主務）は、もちろん今年もヨッシーである。２年目ということもあり、大体の様子がわかって対応にも余裕が出てきたのではあるまいか。
昨年もそうだったが、本県選手の保護者の方々はほんとうに協力的であった。文字どおりの「後方支援」に徹してくださった。練習や試合のこと等についての不協和音は、何も監督の耳には入ってこなかった。
聞くところによると、某県では保護者兼コーチがあれやこれやと練習に口出しするのみならず、自分で勝手に練習マッチを組んだりして、相当にチームをかき乱したらしい。
少なくとも、本県では然様なことは一切なかった。おかげで、スタッフは試合の準備だけに集中することができた。よき保護者に恵まれたのはもちろんであるが、ヨッシーの心配りがあってこそのことであろう。

その日の夕刻からは、支部会員による例会。今までの旗亭に代わる河岸を見つけようとしているのだが、なかなかそんな店は見つけられない。
この日は、「すっぽんエキス入り餃子」が売りの居酒屋に行ってみた。間口一間の普通の家かと見紛うお店であったが、店に入るとカウンターも座敷も埋まっていた。「６人くらいですけど…」と言うと、奥の座敷を空けてくれた。さっそく、名物餃子をアテに生ビールで乾杯。
この餃子、名称はいかがなものかと思われるが、確かに香ばしくておいしい餃子であった。他にも、「豚にんにく」、「にんにくライス」など、特にシンムラくんが注文するのは、なぜか精力が増強されそうな品ばかりであった。疲れていたのかもしれない。マスクをして参加したオータくんは、きっと風邪から回復したに違いない。荒れてる職場でかなりエネルギーを消耗している○○くんは、これでスタミナを充填できたことであろう。

それにしても、○○くんの話を聞いていると、表沙汰にはなっていないが（そのために奮闘している人がきっといるに違いない）、地下のマグマのように、本市の学校現場にも不気味な変動が起こり始めているということはないだろうか。
保護者も、生徒も、地域も、そうして何より現場の教師も、時代の波を受けて変性している。学校というシステムはその変性をきちんととらえて、それに対応するべくシステムのバージョンアップをこまめにしているだろうか。そして、それはどのような手段で検証すればいいのだろう。その手だてをわたしたちは持っているのだろうか（少なくとも、外部の学校評価と内部の教職員評価がその役を果たすとは、到底思えない）。
現場の教師について言えば、もちろんこれは自分だけの印象論であるが、教師集団が持つ多様性が年を経るごと幾何級数的に失われていきつつあるように感じる。有り体に言えば、「事なかれ主義」が蔓延しつつあるどころか、それが各々の教師たちの身体奥深くまで染み込んでいるような気がするのだ。
多様性を失った教師集団には、有事に臨んでの対応力に欠けるところが出てきてしまうであろう。そうならないために、これからわたしたちが学校現場でやらなければならないこととは何であろうか。とりあえず、教育現場をなるべく俯瞰的に見てみること、その中から自分ができること、できそうなことをきちんと腑分けをして、そこから手を付けていくことであろうか。

あまり気分がすぐれぬままに（飲み過ぎたのかもしれない）、いつもの雀荘へ。
支部長は、このところオノちゃんとの相性が極めて悪い。こちらがリーチを掛けると、程なく追っかけリーチを掛けられ、あろうことか一発で振り込んでしまうというようなパターンがいかにも多い。あるいは、終盤に来て誰かがリーチを掛け、山越しで現物を切っていると、海底でオノちゃんに振り込んだりしてしまうとか。はたまた、のみ手のリーチに振込むと、裏ドラが乗って親満とか。なんでこうなるのだろうと思ってしまう。同じようなことが続くと、そこには人智を越えた量り知れぬ力が働いているようにも思ってしまうのであるが。
以前は、飲んで麻雀をしても、打牌は慎重であったと思う。ところが、最近はあまり注意を払わずに危険牌を打ってしまうのである。飲みすぎが原因なのかもしれない。
総長からは、「振り込んだときこそ、にこやかに点棒を差し出さなきゃダメですよ」と教えられている。でも、生来の負けず嫌いな性分から、とてもそんな大人然を装うことなど不可能なのである。早く、本部の江さんのように、振り込んでも鼻歌が出るくらいの余裕を持てるようになりたいものだ。

ってなことを、不肖の妻に話していたら、「でも、そうやって振り込んでる分だけ、違うことでいいことあるかもしれないじゃない」と慰撫された。そうかもしれない。
そう言えば、詳細は書けないが、「おかげで手前の寿命はだいぶん伸びたかもしれない」と思われることもあった。今思えば、ここ数年、いわば孫悟空の緊箍児のように手前にそれなりの縛りを掛けていたもの（と自分で勝手に思っていたもの）が、きれいさっぱりとなくなったのである。
おお、そういうことか。
人間、どこで、何が、どう影響して、その結果どうなっていくのかは、誰もわからない。でも、そんな自分の未来について、きわめて想像しにくい（たとえ想像しても全然リアリティがない）状況というのはあると思う。今回は、そんな想像をしなくてもよくなったという意味で、大いに喜ぶべきことなのであろう。
オノちゃんには、感謝しなければならないかもしれない。（しかし、東回し６回でマイナ１３０超は、いかにも負け過ぎである）

      
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   <title>スーさん、テレビを観る</title>
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   <published>2009-12-08T00:27:52Z</published>
   <updated>2009-12-08T00:30:36Z</updated>
   
   <summary>１２月７日（月） 自分は、どちらかと言えばテレビをあまり見ない人である。ふだんは...</summary>
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      １２月７日（月）

自分は、どちらかと言えばテレビをあまり見ない人である。ふだんは、夕食時に飲みながらニュース番組を見る程度だ。そんなテレビを見ない人間が、日曜日の夜だけは例外のようにテレビに齧り付くようになってしまった。NHKの「坂の上の雲」、TBSの「ＪＩＮ-仁-」、NHK教育の「N響アワー」、時に「NHKスペシャル」と、見たい番組がほぼ同じ時間帯に放送されるからである。
かように、見たい番組がダブった場合にはどれかの番組を録画して後で見るようにすればいい。しかし、ほぼ同じ時間帯に放送される番組を、二つながらに録画したい場合はたいへんに困る。どちらかの録画を断念しなければならないからだ。「松たか子か檀れいのどちらか一人を結婚相手として選べ」というような状況とでも言えばよいだろうか（あり得ないけど）。

前週の日曜日など、それに加えてTBS系でボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチ、「内藤－亀田」の試合放送が入っていた。かようなイレギュラーの番組が闖入するのはたいそう困るのである。一方の録画を諦めても、さらに見たい番組がダブってしまうという状況が出来してしまうのだ。
とりえあえずボクシングを見て、「坂の上の雲」はビデオ録画しといて後で見ればいいやと思っていたのだが、ボクシング終了後の９：２５からは「ＪＩＮ-仁-」が始まることが判明した。この番組も、初回からずっと録画しながら見ていて、原作も読んでるから、見逃すわけにはいかない。
８時からの「坂の上の雲」は９時半終了だから、終わりを５分間だけ端折って「ＪＩＮ-仁-」を録画するということも考えたが、「坂の上の雲」の最後に流れるサラ・ブライトマン×久石譲のエンディング曲は聴き逃すわけにはいかないのだ。
実は、「坂の上の雲」は同日午後１０時からBSでも放送されるので、そちらを録画すればいいと思ったのだけれど、そうすると今度は「ＪＩＮ-仁-」が録画できなくなってしまう。
NHKオンラインで「坂の上の雲」の再放送日時を検索したところ、従来の大河ドラマと同様に、土曜日の午後から再放送するということがわかったので、「坂の上の雲」はそれで録画することにして、とりあえずボクシングと「ＪＩＮ-仁-」を見ることにした。
この日は、午後１０時からの「N響アワー」の時間に、「オーケストラの森」と題して、読売日本交響楽団の演奏会も放送される予定だった。そちらの方は泣く泣く録画を諦めた。
「ったくよう、ふだんは見たくもないバカ番組しかやってないのに、なんで同じ時間帯に見たい番組が重なっちまうんだよう」と、思わず泣きが入ってしまうのであった。

そうしてまた日曜日がやってきた。
この日は「地域防災の日」ということで、部活動は自粛することが事前に申し合わされていた。のんびりと起きて朝食を済ませ、「ではでは、昨日録画した『坂の上の雲』ね」と、DVDデッキのスイッチをオンにした。朝日の差し込む居間で、炬燵に入って煎れたてのコーヒーを飲みながら「坂の上の雲」を見るというのはなかなか乙なものである。
見る前までは、あの原作をドラマ化するなんて、とてもじゃないけどムリだろうと思っていたが、初回を見るかぎり、なかなかどうして見応えのある番組に仕上がっていた。それなりのドラマにしようとする番組制作スタッフの意気込みが伝わってくるような気がした。モノクロームの場面を効果的に挿入してあるのも印象的だった。もちろん、久石譲のエンディングも期待どおりだった。
つい、読みかけだった『「坂の上の雲」と日本人』（関川夏央／文春文庫）を一気に最後まで読んでしまった。もちろん、解説はわれらが内田先生である。

午後、久しぶりにプリウスを洗車して一息つくと、「ＪＩＮ-仁-」のスペシャル番組を放送していた。今までの８話をオムニバスに仕立てた番組だった。見るつもりはなかったのだが、つい見てしまった。原作とはだいぶん異なっているが、それはそれで毎回見応えのあるドラマに仕上がっていると思う。夜の第９回が楽しみになった。

入浴を済ませ、湯上りのビールを飲みながら、お待ちかねの「坂の上の雲」第２回を途中から見る。もちろん、終了は９時半なので、録画は１０時からのBS版を録画するように設定しておいた。その前に、９時からの「ＪＩＮ-仁-」を録画しておくのである。で、その「ＪＩＮ-仁-」は後日のお楽しみということにして、とりあえず「坂の上の雲」を最後まで見る。正岡子規の妹「律」役の菅野美穂、いい感じだなあ。つい、真之との再会場面にほろりとさせられてしまう。

ほっこりした気分になって、すぐさまチャンネルは「N響アワー」に。ネルロ・サンティの指揮で、ストラヴィンスキーの「火の鳥」がちょうど始まるところだった。この演奏は、裏で「ＪＩＮ-仁-」を録画しているために取れない。居間のオーディオは、DVDのデッキと繋いであるので、そのデッキを通さないとスピーカーに出力することはできない。仕方がないので、テレビの音量をかなり上げて聴くことにした。
ネルロ・サンティは、最近の指揮者には珍しく、長い指揮棒を使って無骨に指揮をする。お世辞にも見栄えのする指揮ぶりではない。だが、演奏はすばらしい。指揮者は外見ではないということなのである。
彼の指揮ぶりを見ていて、トスカニーニを思い出した。かつて、映像で見たトスカニーニも、長い指揮棒を使って無骨に指揮をしていた（ただし、ネルロ・サンティとは違って、エネルギッシュな指揮ぶりではあったが）。指揮は、ひたすら曲の演奏に向けられているということがよくわかる指揮ぶりであった。
詳しいことはわからないが、彼らは共にイタリア出身の指揮者である。レパートリーも似通っている。おそらく、ネルロ・サンティ自身も、若いときにはトスカニーニの実際の指揮ぶりに接したことがあるのではなかろうか。そんな気がした。

「N響アワー」を見終わって、録画中のBSで再び「坂の上の雲」。入浴中で見逃した初めの方をじっくりと見る。漱石がちょっと違うイメージだった。またじっくり見ればいいや、とも思ったのだが、つい見てしまった。秋山好古役の阿部寛もイケメンだが、実際の好古もかなりのイケメンだったらしい。「長身で色白、大きな目であり、陸軍大学校時代には教官のメッケルからヨーロッパ人と間違えられたというエピソードがある。 また青年期の頃から眉目秀麗と称賛され、故郷の松山や留学先のフランスでは女性にかなり人気があったという。」（＠Wikipedia）
そっかあ、それで松たか子演ずる佐久間多美と結婚するんだな、とよくわからぬ納得をしてしまうのであった（おかげで、「ＮＨＫスペシャル　真珠湾の謎〜悲劇の特殊潜航艇〜」を見逃してしまった）。
かように、NHKの「坂の上の雲」には、既に第２回にして見事にハマってしまったのであった。いやはや、日曜日が楽しみである。

でも、録画したい番組が重なったときでも、二つでも三つでも同時に録画できるような装置ってないのだろうか？誰か教えてくれません？

      
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   <title>スーさん、選考する</title>
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   <published>2009-12-01T03:56:47Z</published>
   <updated>2009-12-01T03:57:14Z</updated>
   
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      １１月３０日（月）

土日は、静岡県中学校対抗ソフトテニス大会。新人戦の県大会である。土曜日が団体、日曜日が個人戦であった。
例年ならば、自分とこのチームが負けてしまえばそれでおしまいなのであるが、昨年から都道府県対抗戦に出場する県選抜男子チーム監督を引き受けた関係で、この大会で県選抜チームの選手選考をしなければならなくなってしまった。
選ぶのは９ペア。とりあえず、冬休み中に愛知県にて開催される「東海インドア大会」に出場する団体３チーム分の選手たちである。
県西部地区の選手は、地区大会終了時点である程度選んで強化練習会も行った。あとは、中部・東部地区の選手を見て選考すればいいのだが、この選考がなかなか難しい。もちろん、監督が一人で選ぶのではなく、スタッフで協議しながらの選考なのだが、最終的には来春の都道府県対抗戦に出場させる選手のことを念頭に置いて選んでいくことになるから、いきおいその選出条件のレベルは高いものになってしまうからだ。
そんな事情で、自チームの指導よりも、そちらの選手選考にウェイトがかかってしまうのも致し方ないというところであった。

まずは団体戦。
本校の初戦の相手は、東部地区のＴ中。３ペアとも平均化された実力を有するチームであったが、この試合は相手のミスにも助けられて勝つことができた。
続く２回戦の相手は第３シード。中部地区優勝校である。トップ、ゲームカウント２－２まで競ったが、そこからこちらのミスが止まらなくなって敗戦、２番もゲームカウント０－３とリードされ敗色は濃厚であった。それにしても、ふがいない試合ぶりであった。確かに、県大会前にはインフルエンザの影響で選手の所属する学級が学級閉鎖になったこともあり、お世辞にも十分な練習ができたとは言い難い状況で迎えた大会ではあった。だが、ミスの仕方というものある。明らかに集中力を失い、地に足がついていない状態でミスを繰りかえす選手たちを見ていると、コーチする言葉も失うほどであった。
仕方がないので、「これで３番に回せないようだったら…（以下略）」と引導を渡した。不思議なものだ。次の第４ゲームから、いきなり相手がミスし始めた。あっという間にタイブレークに追いつき、そのタイブレークも先にリードする展開で勝利をものにしてしまったのである。まことに、中学生の試合というのはわからない。
３番勝負になった。この時点で、たぶん勝てるだろうと踏んでいたが、試合は接戦になった。互いにサービスゲームを落としながらタイブレークに。そのタイブレークも一進一退の攻防で５－５まで競ったが、最後は本校選手が連続でミスしてゲームセット。勝てるチャンスも十分にあっただけに、惜しい敗戦となった。
もちろん、負けるのには理由がある。それは、新チームになってからずっと課題だったことだ。技術的な課題ももちろんあるのだが、それよりも精神的な部分の改善が必要だということである。選手たちがどれだけその必要性を感じているかはわからないが、それなくしては本校チームのレベルアップも頭打ちになってしまうであろう。そんなことを選手たちには話をした。

その日の夜は、県選抜チームの主立ったスタッフが集まって、最近よく行くようになった中華料理店にて小宴。何せ、一人2100円からコース料理、さらにプラス千円で飲み放題と、このデフレに時代にいかにもマッチしているお店である。
よくよく集ったメンバーを見れば、浜松と富士宮の先生たちである。かつて、富士宮の中学校は常に県中学校のソフトテニス界をリードする存在であった。手前なども、どうやって富士宮の学校に対抗していこうかということばかり考えていた時期もあった。言わば、いいライバル同士であったのである。
そのかつては県大会で覇を競った監督たちが、こうして一堂に会しているのだ。どころか、互いに手を携えて都道府県対抗戦に立ち向かっていこうとしているのである。感慨は一入であった。
気持ちよく飲んで、その後はいつもの雀荘にて浜松・富士宮交流戦。しっかり酔っていたので結果はよく覚えていないが、シンムラくんが負けたということだけは確かだった。

明けて日曜日は個人戦。
本校からは、開催地区推薦枠も含めて２ペアがエントリーしていたが、対戦によっては１，２回戦で姿を消してしまう選手も見ておかなくてはならないので、とても自チームの選手たちには十分なコーチをしている余裕はなかった。
本校の２ペアのうち、1ペアは富士宮地区優勝ペアにタイブレークまで競ったが、そのタイブレークは一方的にミスをしてあっけなく敗戦。もう1ペアは、前日の団体戦で対戦した中部地区優勝校の大将ペアと対戦、相手後衛にいいように配球されてこちらはストレートの敗戦であった。
自チームのペアがいなくなったので、選手選考に専念できる状況となった（選手たちは監督に気をつかったのかもしれなかった）。
だんだんと候補選手が絞られていった。気がついたのは１年生選手たちのレベルの高さであった。中部地区や東部地区の選手で目を引く選手のことを他のスタッフに確認すると、その多くが１年生であった。びっくりした。もちろんジュニア出身の選手たちであろうが、中にはジュニア育ちではない選手もいた。うかうかしてはいられないと実感させられた。

個人戦の決勝は、西部地区のペアで争われた。軍配が上がったのは、磐田Ｎ中のペア。後衛がびしびしと厳しいボールを打ち込み、前衛が確実にポイントを挙げる。見ていて気持ちのいいペアである。
その後衛のS選手、小学校時代に本校まで練習に来たことがあったから、旧知の選手であった。小学生の時にはまだまだ華奢な体格であったが、見違えるようにたくましい選手に成長していた。まるで、自分のところの選手が優勝したかのようにうれしかった。
決勝戦前、スタッフで協議をして９ペアを絞り込んだ。多少は議論するところもあったが、現時点でほぼベストに近い選手を選ぶことができたと思う。
とりあえず、このメンバーで強化練習会を行い、東海インドア大会に臨む。名だたる選手こそいないが、貴重な強化練習会の内容を濃いものにして、少しでもレベルアップさせていきたいと思う。しんどい仕事ではあるが、やりがいは感じている。どうせやるのなら、選手たちと楽しみながらやっていきたいと思う。
目標は、もちろん今年も「都道府県対抗で初戦突破」である。
がんばろう。


      
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