2018年5月、悪質タックル問題の被害側となった関西学院大学アメリカンフットボール部であったが、昨年末そんな彼らがすばらしい試合を見せてくれた。
幸いにもスタジアムでその試合を観戦できた一部始終を書き残しておきたい。
人は時に、常識では考えられないような出来事に遭遇することがある。巷間、そんな出来事は通常「奇跡」と呼び慣わされている。
2018年12月2日、大阪の万博記念競技場で繰り広げられた全日本大学アメリカンフットボール選手権西日本代表校決定戦「ウェスタンジャパンボウル」では、関西学生リーグの優勝校である関西学院大学ファイターズと、西日本代表校4回戦の勝者である立命館大学パンサーズの試合で、そんな「奇跡」のような出来事を目の当たりにすることになった。
西日本代表校決定戦に到るまでは、初戦で中四国代表校と北陸代表校が、2回戦ではその勝者と九州代表校が、3回戦ではその勝者と東海代表校が、4回戦ではその勝者と関西学生リーグ2位校とが対戦し、その勝者が西日本代表校決定戦で関西学生リーグ1位校と対戦することになっている。今年の4回戦の勝者は、関西学生リーグ2位の立命館大学パンサーズであった。
大学日本一を決める「甲子園ボウル」は、全日本大学選手権の東日本代表と西日本代表との間で争われる。甲子園ボウルに出場するためには、東西の代表校決定戦を勝ち抜かなければならないのだ。
既に、両校は関西学生リーグの最終戦で一度対戦していた。そのときには、関学ファイターズが終始試合の主導権を握り、31−7で圧勝していた。
一度対戦したチームが再戦する際には、よほどの力の差がないかぎり、追いかける方=前回の対戦で負けたチームの方が有利と言われる。敗戦の教訓を生かし、技術面や戦術面で立て直しを図ってくるだけでなく、何より「やり返してやる」という精神面でのモチベーションが高まるからだ。
現に、2017年のウェスタンジャパンボウルでは、関西学生リーグ最終戦で立命館大に敗れた関学ファイターズが、34−3で関西学生リーグ1位の立命館大に勝利している。やはり「追いかける方が有利」だったのだ。
2017年とはまったく逆の立場になった両校が、さてどんな試合を展開するのか興味は尽きないままに、2018年の「ウェスタンジャパンボウル」を迎えたのである。
キックオフは14:05。試合開始直後からそんな通説通りの試合が展開されていった。
パンサーズのオフェンスは、ファイターズのお株を奪うかのようなノーハドル(ハドルとは、オフェンスチームが事前に戦術の打ち合わせをすることで、それをせずにどんどんオフェンスを進めるやり方)のオフェンスで幸先よく先制、得点後のTFP(トライ・フォー・ポイント、得点後のボーナスポイント。キックで1点、エンドゾーンにランまたはパスで持ち込めば2点が追加される)こそファイターズのディフェンスに阻まれたものの、試合のモメンタムを引き寄せる貴重なタッチダウン(6点)を奪った。
対するファイターズのオフェンスは思うように進まない。何とかパンサーズゴール前には迫ったもののタッチダウンは奪えず、FG(フィールドゴール、ボールを蹴ってゴールポストを通過させること)の3点を返すに止まった。
逆に、前半終了間際には、ファイターズのQB(クォータバック)奥野#3が投じたパスをパンサーズのディフェンスがインターセプト、そのまま一気に68ヤードを走り切ってタッチダウン、差を13−3と広げる。
後半に入ってもパンサーズのオフェンスは好調で、第3Qにはパンサーズのキッカーが44ヤードのFGを決めて16−3。さらに点差は開くばかりであった。
しかし、第3Qに入ってようやくファイターズも反撃に出る。完全にパンサーズへと傾きつつあった流れに待ったをかけたのは、前半から今一つ波に乗れない奥野#3に代わった、主将でQBの光藤#10だった。その光藤がWR(ワイドレシーバー、主にパスを受けることが専門のポジション)阿部#81への24ヤードパスを決めてようやくタッチダウン、点差を16−10と詰める。
これでファイターズに流れが来たかと思いきや、次のオフェンスシリーズでは奥野がこの日3本目のインターセプトを喫し、攻撃権を奪われてFGを決められ、点差はまたもや19ー10と開いてしまう。
試合は、第4Qに入ってファイターズの敗色濃厚という雰囲気であったが、ここからファイターズが息を吹き返す。奥野のパスとランで陣地を進めたファイターズは、さらに光藤のランでエンドゾーンに迫り、最後はRB(ランニングバック、主に走ってボールを運ぶポジション)中村#26が飛び込んでタッチダウン、19-17の2点差に迫った。
直後のパンサーズの攻撃をディフェンスが凌いで、オフェンスに攻撃権を渡す。試合終了まで残り1分56秒。ボールオンはファイターズの自陣36ヤード、相手エンドゾーンまで60ヤード以上の距離が残っている。
「奇跡」はここから始まった。
ここでファイターズのベンチが送り出したのは、流れを変えた光藤ではなく、この日インターセプトを3本も献上した奥野だった。観客席からも「奥野じゃダメだ、光藤を出せ!」という声が聞こえた。
その奥野が、WR松井#85へ矢のような24ヤードパスを通す。続けて、WR阿部#81へもミドルパスを決め、阿部はボールキャッチ後のランでそのまま一気に28ヤードをゲインし、パンサーズのエンドゾーン10ヤード付近まで迫った。ファイターズ応援席はほとんど総立ちになった。
試合終了まで1分を切って、次にファイターズが選択したのはランプレーだった。ランプレーの場合、ボールキャリアがファーストダウン(4回の攻撃で10ヤード進んだ場合に与えられる新たな攻撃権)を獲得せずにフィールド内で倒されると時計は進む。
ゲインは2ヤードほど。時間は刻々と過ぎていく。観客席からは「何してんねん、タイムアウト取らんかい!」と怒号が飛ぶが、試合終了まで残り2秒となったところで、ようやくファイターズベンチはタイムアウト(前後半それぞれ3回ずつタイムアウトが取れる)をコールした。相手に攻撃時間を残さないためにあえて時間を進ませ、24ヤードのFGトライを選択したのだ。
すべてはK(キッカー)の安藤#8に託された。パンサーズの観客席からは大ブーイング、ファイターズの観客席は手を合わせて祈るばかりだ。
タイムアウトが解け、安藤がポジションにつく。ゴールポストを越えれば20-19でファイターズの勝利、失敗すれば19-17でパンサーズの勝利である。勝ったチームが甲子園ボウルへの出場権を得る。
ボールを後ろにスナップするスナッパー鈴木#67が、ボールをセットするホルダー中岡#14へボールを送り、中岡がセットしたボールを安藤がゴールポスト目がけて蹴り込む。
ゴールポスト下に控えた2人の審判の両手が高々と挙げられた。ボールは見事ゴールポストの間を通過したのである。ファイターズ観客席からはうなりのような声が挙がった。試合終了と同時のファイターズ1点差の勝利であった。
観客席の誰もが「1分56秒の奇跡」と感じたこの試合であるが、その布石は第1Qから始まっていた。
「布石」のその1は、第1Qにパンサーズの先制タッチダウン直後のキックによるPAT(1点)をファイターズのディフェンスがブロックしたことである。
ファイナルスコアは1点差。このブロックがなければ、最後のFGを決めても同点だった。その場合、ファイターズは勝つために最後はどうしてもタッチダウンを取りにいかなければならなかったはずだ。ゴール前のディフェンスは守りやすいと言われる。残り時間を考えても、それはFGを決めるより困難であったろう。
「布石」のその2は、試合開始から終始健闘していたファイターズディフェンスチームの粘りである。
パンサーズに2本のタッチダウンを許したのは前半だけだったし、そのうちの1本はオフェンスチームがインターセプトされてのタッチダウンだった。後半も、パンサーズには2本のFGを決められたが、そのうちの1本はまたもやオフェンスチームがインターセプトされての失点であった。
残り時間が少なくなった第4Qで、パンサーズオフェンスに時間も使わせず、ゲインもほとんど許さずに1分56秒をオフェンスチームに残したことが、オフェンスチームを奮起させたことは想像に難くない。これが「奇跡」のお膳立てとなった。
「布石」その3は、主将でQBの光藤の存在である。今季のファイターズは、3人のQB(2年生の奥野#3、昨年のエースQBだった4年生の西野#18、そして光藤#10)を場面に応じて使い分けていた。
この試合では、先発の奥野が3本のインターセプトを喫するなどして精彩を欠いた。流れを変えるべく途中から出場した西野も、プレー中に手を骨折してしまった。そんな状況の中で、光藤は冷静に自分のやるべきことに徹していた。
試合後、光藤は「前半から相手にリードされている展開を予想して練習していました」と語った。光藤にとっては、予想通りの試合展開だったのだ。その光藤が、後半2本のタッチダウンを演出した。光藤のクォーターバッキング無くして、ファイターズが接戦に持ち込むことはできなかったのである。
このように、一見するとまるで奇跡のように思えることでも、そこに至るまでの過程を振り返ってみると、いろいろな要素がお膳立てとなって「奇跡」へと収斂していったことが判明する。
もちろん、そんな「お膳立て」をするのは、日々の精密な練習の積み重ねであり、戦略と戦術を含めたコーチ陣のゲームプランであり、試合中の選手たちのメンタルの持ちようなのであろう。
最後にFGを決めた安藤は、「あれはミスキックでした」と語っていた。相当のプレッシャーがあったのだろう。しかし、見事に成功させたのは、日ごろからこういう場面を想定して練習してきたからであろうし、コーチ陣もそんなキッカーの力量をしっかりと見極めていたのだ。
そして、何より忘れてはならないのは、スポーツにおける「奇跡」を演出するためには、実力が伯仲したライバルがいなければならないことだ。
関西学生アメリカンフットボールリーグにおいては、この10年ほどは、ほとんど関西学院大と立命館大でその覇権が争われてきた。ライバルの存在を意識するからこそ、さらなる高みを目指そうと互いに切磋琢磨する気運は生まれる。
それは、実際の試合においても、僅差を争う好ゲームにつながる。僅差のゲームだからこそ、試合終了までその行方を予想することは難しく、両チームの応援席では固唾を飲んで試合の展開を見守ることになる。そんな観客の存在が、時に「奇跡」を生む土壌ともなるのだ。
今季、ウェスタンジャパンボウルを制した関西学院大学ファイターズは、甲子園ボウルでも東日本代表の早稲田大学ビッグベアーズを圧倒、2年ぶり29回目の甲子園ボウル制覇を遂げ、大学日本一に輝いた。もちろん、ファイターズの面々はパンサーズの思いも背負って甲子園ボウルに臨んだはずである。
かつてファイターズと互いに甲子園ボウルで覇を競った日本大学フェニックスOBの宍戸博昭氏は、「週刊TURNOVER」誌上で関学ファイターズを次のように評していた。
「仲間を信じ、スタッフを含めた全員が勝利を目指して死力を尽くす。他大学が憧れリスペクトしてやまないK.G.ファイターズとは、そういうチームなのである。」
スポーツ、特に学生スポーツってすばらしい。
来季、関西学院大学ファイターズはどんな戦いぶりを見せてくれるのだろう。