飯田龍成様、詳細なコメントをありがとうございます。
http://nagaya.tatsuru.com/iida/2025/02/16_0837.html
御返事がおそくなって申し訳ありません。


クリアカット問題

 記事をじっくり拝読して自分なりに考えたのですが、どうやら私は「クリアカット」という言葉を安易に「良い意味」で使ってしまった様です。そういえば、この長屋の大家さんも、たとえば関西起源の某新興政党(仮に「Iの会」としましょう)のような議論を批判するときなど、悪い意味で使われることが多いようですね。
 ただ私の感覚としては、うまくできた定理の証明を見たのと同じ心地よさを、飯田さんの記事での、「写像」という概念の当てはめ方に感じたということを「クリアカット」と表現したくなります。もしかしたら、飯田さんのおっしゃる「数学の『美しさ』」と同様のものなのかも知れないと思っております。違っていたらごめんなさい。
 確かに、「クリアカット」という言い方には、「ごちゃごちゃした合理性」を不当に無視したり、怠惰に回避したりするようなニュアンスがあるようにも見えます。難しいものですね。

かわいそうな象

 もうひとつ、残念ながら「写像」という言葉はジャーゴンとせざるを得ないと思います。というのは、日本語話者の中で、「写像」という言葉を理解していないか、あるいはこうした表現を嫌悪する人は80%ぐらいいそうです。
 残りのうち10%ぐらいは、誤解しています。特に多いのは「抽象」の対語(反対語ではない)の「捨象」との混乱です。「射象」なんてやるやつまでいます。エレファントハンティングかい。偉そうに言う私も「象」と「像」の使い分けが正確にできていたか自信はありません。
 最後の10%が飯田さんのように、きちんと理解して必要に応じて使っているというのが実感です。こうなると、やはりジャーゴンという、やや有り難くない概念の範疇にはいってしまうでしょう。
 ある言葉がジャーゴンであるかないかを判別するのは、得てしてその言葉を使わない人たち(多くの場合、多数派もしくは自分たちを多数派だと思っている人たち)です。

 さて「もて」論の方ですが、「数学を勉強している高校生はもてない」というのは、「数学を勉強しているからもてない」のではなく、「もてる高校生はその対応で忙し過ぎて、数学の勉強にまで手が回らない」という議論です。
 もちろん、そんなアホな事実はなく「数学ができない(ここでは群論を知らない)ことを、無茶な理由で正当化する」ダメ教員を演じてボケているわけです。ちなみに、私の場合、大学時代にあこがれていた女子の何人かは数学の得意な人でした(その子たちがもてていたかどうかは記憶にありません)。でも結局、彼女たちにも数学自体にも片思いで終わったというほろ苦い思い出です。
 専門上の必要もあって、かなり必死に勉強したつもりなのですが、ひとなみレベルにまで到達したとは思えません。でも、出来るやつを尊敬する素直さと、分かる範囲で数学的な概念を美しいと思える感性は失いたくないと、ずっと思っています。

一番不謹慎なやつは誰だ

 つくづく思うのですが、私たち人間は本当に忘れっぽい生き物です。韓国の政権はどうなってますか。万博の工事はどうなってますか。ガザの停戦は続いていますか。どれもこれもほんの少し前に騒がれていた事で未解決で、しかも今後の展開によっては自分のところに火の粉が飛んで来かねない話ばかりです。でも、ほとんどだれも現状の把握すらしようとはしていません。
 八潮市の道路陥没事件。不謹慎を理由に、あまり売れているとは言いにくい兄妹漫才コンビが糾弾されました。けれども、芸人の(舞台上での)不謹慎をいちいち叩いていたら、体がいくつあっても足りません。また、野暮というものです。
 しかも、あのときのネタ。過剰に安全対策をしている妹(ボケ役)を兄(つっこみ役)がからかうという構図の中で、「(ここまでやっているのに)秒で死んだらおもろいよね」「余裕で穴落ちて死んだんだけど」となるわけです。ですから、事故の被害者を侮辱したり笑ったりする要素は全くありません。
 難を言えば、「秒で死ぬ」のは誰なのかが解りにくて誤解されたことと、全く面白くなかったことでしょうか。これを不謹慎だと非難するのなら、なんで芸人が芸のことでいちいち謹慎しないといけないのか、説明してもらいたいものです。イヤなら見なければいいものの典型なのですから。
 事故の被害者が声を上げておらず、また声をあげようという気もなさそうなのに、外野が勝手に騒ぐのはそろそろやめにしませんか。

 ゾンビじゃねえぞ

 不謹慎といえば、下水管内に今の残るトラックの運転席を3週間もかけて探しに行くのを「救助」と言う行政の方がよほど不謹慎です。完全武装の自衛隊員も消防署のレスキューも近づけない地下空間に、防護服どころか水も食料ももたずに転落した高齢者が、事故後1ヶ月以上も生存していると考えるのは、逆にかえって失礼でしょう。「生きていることにしとけば、問題ないよね」という責任逃れが丸見えです。もし私が被害者の家族だったら、「うちのじいちゃんはゾンビじゃねえぞ」とキれていたでしょう。
 一方、本気で救助を考えているのなら、2回目の転落後、すぐに水を完全に止めるべきです。流域の上水道を断水すれば半日ほどで下水への流入は、ほぼなくなります。水さえ無ければ、瓦礫を撤去してトラックの運転台を引き出せるかも知れません。真上から穴を掘って下水道管を破ることもできます。決して救出の可能性が高いとは言えませんが、万一のチャンスに賭ける気なら、水を止めなければ話になりません。
 数日間の断水を住人に強いることになりますが、人命第一なら迷うことはありません。意地の悪いことを言いますが、落ちたのが幼児で満員の保育園のバスだったら、あるいは石破総理の公用車だったら、確実に断水作戦をやっていたんのではないでしょうか。
 でも今回は「見殺し」でした。「生存の可能性が少ない一老人のために県民の生活や地域の経済を犠牲にはできない」という判断をしたのなら、そのことをトップ(知事かな)は発表するべきです。

公表されていないこと

事故はほぼ確実に人災で、その責任は100%行政にあることが確実なのに、県や市を批判する声は、漫才兄妹を非難する声の100分の1ほども聞こえてきません。それを良いことにしてか、県は事故の原因を粉飾することで、責任問題から逃げようとしているとしか思えません。もしかしたら既存メディアも取材力が弱く、事実が断片的にしか見えてきません。「行政が把握していることが、おそらく確実なのに公表されていないこと」の具体例を挙げてみましょう。
 まず、下水管の現状と事故にいたる破壊進行の経緯が全く発表されていません。事故現場の想像図でさえ、掲載されるメディアによってバラバラです。特に、すぐ上流の交差点内にあるはずの巨大な人抗(マンホール)と事故現場の位置関係が分からないため、今見えている巨大な穴は、もともとの人抗の一部なのか、土砂の流出だけによってできたのか、「救出作業」のために掘られたものなのか全く不明です。
 土砂の流出量や地下水の流量なども、行政からの発表はありません。そもそも今現場で流れている水の大部分は本当に下水なのでしょうか。地下水、あるいはどこかで上水道から漏れ出た水が直接下水道に流れ込んだものということもあり得ます。
 実は、地下で水道管から大量の水が下水に流れ込んでいる場所は、日本中にかなりあるようです。大阪市内の拙宅の近所にも、24時間かなり大きな水音の響くマンホールがあります。原因はどうやら水道の漏水のようなのですが、発生場所が分からず何年も手つかずになっているところがあります。

原因不明は対策不能

 現状把握についてさえこの始末なのですから、今後の見通しとなると全く情報が出てきません。水による穴の拡大は止まっているとのことですが、何を根拠にそうおっしゃるのでしょうか。周囲の河川堆積物(さらさらの砂)や関東ローム層(パラパラの火山灰)のような地層は、少量の水でも時間が経てば崩れていくものです。鉄の矢板を打ち込んだだけのような現場が、今後どれだけ頑張れるものなのでしょうか。特に流れの底の部分の状態は、外からは見えず完全に把握できているはずがありませんから、非常に心配です。蟻の一穴のようなものが出来れば、周囲で新たな陥没が起こる危険もあります。
 今後の下水道システム全体の復旧を考える場合も、事故の原因が硫酸による腐食だけなのか、あるいは別の複合的な要因があったのかで、工事の考え方自体が変わってきます。
 腐食が主要因だったとしたら、周囲の下水道管の状況も把握した上で工事範囲を考えないと、巨額の費用を投入て完全復旧したつもりなのかも知れませんが、同じ下水道管の別の場所でまた腐食と陥没が発生して、単なるモグラ叩きになってしまう可能性もあります。
 また、逆に腐食に加え、地下水や道路振動などが大きな原因になっているのなら、そちらの方の対策を優先的に手当しておかないと、この場合は同じ場所でまた陥没が起こることになります。

国レベルでの後遺症

 動きが鈍いのは、メディアも同じです。なにかと国や自治体に噛みつく癖のある旧来型のマスコミも、なぜか動きがあまりよろしくありません。メンテの怠慢または無能のせいで、人を一人死なせ、また巨額の損失を出した県の責任をどうするのでしょう。まず知事の引責辞任は当然だと思うのですが、そういった方面への議論は一向に盛り上がりません。
 こういうときは、ネットメディアに期待したくなるのですが、どういうわけか小物の芸人をしつこく叩く元気はあっても、行政や既存メディアへの批判は今もって元気が出てきません。
 現場の完治が数年単位で難しくても、安易に応急処置と対症療法を繰り返していると、信じられないような損失がいずれ発生するはずです。どうするつもりなんでしょうか。今後、梅雨や台風で雨量が激増する度に、付近で大小の「崩壊のお代わり」が発生したりすると、巨大な下水管を別に一本作り直す必要が出てきそうですが、用地買収を含めて費用を十分に捻出できるのでしょうか。また費用対効果を含めて適正な設計ができるのでしょうか。
 国レベルでの後遺症が残りかねない事故なのに、メディアの関心は消滅しかけています。「連日、日本人メジャーリーガーを追いかけ回してばかりいる場合ではないでしょ」と思うのですが。

 硫化水素を知ってますか。アンモニアと人気を二分する悪臭業界のアイドルです。八潮市の道路陥没事故で、日常生活の場からわずか10数m下に被害者がいるのに、一向に救助が進まない最大の原因はこいつです。
 この有毒ガスには硫酸という進化形もあり、八潮市の地面陥没事故の原因であるという報道をよく見かけます。現時点でそう決めつけてしまうのは危険で、他の原因も検討してみる必要があるという記事を書きはじめたところで、同じ硫化水素による痛ましい事故が福島県の温泉でおこってしまいました。硫化水素は、動物の呼吸を止めてしまう毒性のほかにも引火性があり、酸素と結合して毒性やら引火性やらを失うと、今度は腐食性の強い硫酸になるという、まことに厄介な存在です。今後の事故防止のため参考にしていただくために、少し詳しい解説をしておこうと思います。

身近な毒ガス

 硫化水素の発生源は基本的に2つ。火山と生物です。福島の事故現場は温泉の泉源でした。温泉も火山の一種であると言えるということは、北陸新幹線がらみの記事で、これまでに書きました。
  見えない刺客は火成岩【北陸新幹線 その10】
 http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/07/12_0738.html
 何が何でも硫化水素で、思い切り苦しんで死にたいというひとは、別府の坊主地獄か箱根の大涌谷の、立ち入り禁止エリアを散歩することです。観光地の数m横に悶絶死をもたらす場所があるのが、自然というものの怖さです。

 もう一つは生物起源です。硫化水素の悪臭は「卵の腐った」と呼ばれるのが定番ですが、「ドブの匂い」と言った方がピッタリくる感じです。動物の排泄物や死骸に含まれるタンパク質が、腐敗により分解して発生するのからです。
 今すぐ嗅いでみたいというひとは、ドブ掃除をすると良いでしょう。金魚や熱帯魚を飼っているひとは水槽の掃除をすれば、ピュアな悪臭を楽しめます。ただし、掃除が完璧にできるまでは、お魚さんたちは別の容器にでも避難させておいてください。これをおこたると簡単に水槽ぐるみで全滅します。私も、子供時代から同じパターンで何回も、いろんな水棲動物を死なせてしまいました。アホです。

微妙に重くて非常に危険

 自然環境でも、排泄物や死骸は腐敗し分解されて硫化水素が発生しますが、多くの動物が生息している普通の環境では、周囲に大量にある酸素と反応して硫酸になって、水の中で拡散してしまいます。
 ところが、池の底の泥や下水道の中など酸素の供給が十分でない環境では、反応しきれずに余った硫化水素は、空気中にガスとなって放出されます。そのあと、拡散するまでしばらくの間は水面の近くでウロウロしています。空気より少しだけ重いからです。
 数字で比較してみましょう。1モル(22.4リットル;小さめの電子レンジぐらいの容積。化学反応の基準)の空気の重さが29gで、硫化水素は34gです。気球や風船に使われるヘリウムガスが4gということを考えれば、かなり微妙な差です。
 実は、これが危険な差なのです。水面や地面から放出された硫化水素は、沈み込むでもなく飛んでいくでもなく、モアモアと立ち上がってくるからです。発生量によっては、人間の顔のあたりまで漂ってくることもあり、少量でも猛毒であるだけに危険極まりないことになります。
 異常を感じてしゃがむ、横たわる、這う......倒れた仲間を助け起こそうとする......人間の自然な行動が、空気より重いガス相手では致命的な結果をもたらします。わざわざ濃いガスのおかわりを、吸いに行くようなものだからです。
 福島県での事故は大雪の中でおこりました。おそらく地熱で暖められた泉源付近では雪が溶けていて、周囲の積雪のなかで窪地のような場所になっていたのではないでしょうか。そのため、普段は空気が通り抜ける安全な場所でもガスが溜まっていることがあります。旅館のスタッフが管理している泉源で遭難したのは、そのせいなのかと思います。日常的な場所が、いきなり天然のガス室になってしまうのですから、対処のしようが無かったはずです。

毒物界の二刀流

 硫化水素の毒性の根本は、酸素を集めてしまう性質です。これを還元性と言います。こうして集めた酸素と反応してできあがるのが硫酸です。この硫酸には酸素を放出して周りに押しつける性質があります。これを酸化性と言います。つまり還元の反対語は酸化ということになります。ややこしいのは、同じ「酸」の文字を使っていても、「酸性とアルカリ性」とは別の話だということです。ここは押さえておいてください。
 人間をはじめ多くの生物にとって、酸素を奪われる還元性とは恐ろしものです。けれども、機械や設備に与えるダメージとなると話が変わってきます。金属製品がさびるのは酸化によるもので、状況にもよりますがどちらかと言えば、還元的なガスは被害が少ないと言えます。
 今回、下水管の天井のコンクリートが少しずつ溶けたのは、硫化水素が化けて出来た硫酸によるものです。硫化水素自体には下水管を壊す力はありません。つまり、硫化水素は生物に必要な酸素を爆食いし、満腹になると腐食性の強い硫酸になるという、二刀流で悪さをする物質なのです。

陥没事故のよくある説明

 八潮市の現場でおこったことを見ていきましょう。下水の中で発生した硫化水素は、もともと溶けていた酸素と反応をして硫酸になります。けれどもあまり発生が大量だと、水中の酸素を全部使ってしまい、硫化水素のまま水に溶けていることになります。もちろんこんな水では、魚をはじめ普通の生物は生息できません。
 さらに発生量が多いと、水に溶けきれなかった硫化水素がガスになって、下水管の空中を漂うことになり、やはり天然のガス室が出来てしまいます。八潮市の事故で被害者の場所がほぼ分かっているのに、消防署も自衛隊も手出しが出来ないのはこのせいです。
 こうして放出されたガスの一部は下水管の天井まで達します。こういう場所はたいてい結露していますから、硫化水素はその水滴に吸収され、溶けている酸素と反応して硫酸になります。
 こういう状況では普通、硫酸の濃さが一定になると、硫化水素と酸素の反応は止まってしまいそれ以上は濃くならないのですが、ここでは周囲に石灰分を多く含むコンクリートが豊富にあり、石灰と反応して消費されるため硫酸の濃度はあまり高くなりません。
 一方、下からは新鮮な硫化水素ガスがどんどん供給されますから、コンクリートを溶かす硫酸が無くなることもありません。分厚く頑丈な下水管が老朽化するメカニズムを、八潮市をはじめ関係者はこのように説明しています。

硫化水素主犯説への3つの疑問

 けれども、私はこの説明に疑問を持っています。少なくともこれだけで今回のような大規模な崩落を説明するのは無理だと思っています。
 今回、道路の下に空洞ができていたわけでですが、硫酸による下水管の崩壊だけでこれを説明しようとすると、下水管に空いた穴から周囲の土砂が流入したことになります。4年前の調査では、緊急の修理の必要は無いとされていた区間に、急に大きな穴が空いたのでしょうか。
 また、現場の数m上流には、大型(縦横11m×10.5m、高さは少なくとも4.75m以上)
 https://mizudesignjournal.com/measure/4104.html
の人抗(マン・ホールの直訳ですね)があったようですが、こういう設備の目的には、下水中の硫化水素を大気中に逃がす「ガス抜き」もあったはずです。単なる作業坑なら、こんなにでかいものを作る必要はありません。だから、普通に考えれば最も事故がおこりにくいはずの、ガス抜き直後の下水が流れる地点で、わざわざ崩落がおきたことになります。
 もうひとつ、同様の構造で経過年数も同じぐらいかそれ以上の下水管は、日本中に山ほどあるのに、明らかに硫化水素起源の硫酸による同様の崩落は、ほとんど報告されてはいません。八潮の事故後、日本中で緊急点検は行われたのに、腐食が進んで穴の空きかけていた大口径下水管の例も聞いたことがありません。なんで、他では無く八潮で事故がおこったのでしょうか。

聞こえてこない情報公開を求める声

 なぜ、点検後の短期間に、事故の起きにくいはずの場所で、全国に先駆けて崩落がおこったのか。少なくとも、この3つの疑問に答えられない限り、少なくとも再発防止の指針をしめせるレベルの原因究明はできないと想われます。

 2月3日の記事「地盤を甘く見てはいけない」
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2025/02/03_0850.html
では、地下水主犯説で事故原因を推定しましたが、道路の振動、下水量の増加による下水管事態の沈下など、いろいろな仮説を各分野の専門家が提示するべきだと思います。また、硫化水素が近年増加した可能性もあるはずです。この方向性では、人工透析廃液の流入を原因として考察する記事もあります(週刊現代ビジネス)。
https://news.yahoo.co.jp/articles/544f9a3400f8594e2b8867e525138abc34302b93
 ここ4年のことと言えば、パンデミックによるホームステイの増加で、東京のベッドタウンが集まる埼玉県東部の昼間人口(つまり調理をしてゴミを出し、ウンコをする人の数)が激増したのも原因のひとつになった可能性もあります。もっとシンプルに、近年の人口増加による下水量の急増に、40年前の仕様の下水管が対応できなかったということもあるのかも知れません。

 メディアには、全国の下水管の老朽化に警鐘を鳴らす記事が溢れていますが、その割には八潮での陥没の原因究明には不熱心なようです。特に、重要な情報(たとえば、下水管の現在の破損状況)を公開しない自治体に対する非難がないのは、どういうことなのでしょう。ネットメディアの方も、たいして悪くもない芸人ばかり叩いてないで、行政に対して声をあげて、情報公開とそれに基づく対策の議論を求めてほしいものです。

 教育無償化が議論されています。最大で年間40万円ですか。結構な大盤振る舞いです。自分が生徒だったら、「3年間不登校を貫徹して、自力で大検通ったら半分おれにくれ」なんて、可愛くないことを言いだしそうです。
 私のような悪ガキは、「長屋の大家さん」を始め、多くの読者の方から「高校は進学のためだけに行くところじゃないんだよ。もっと大事なことがいっぱいあるんだよ」などと優しくたしなめられそうです。
 でも、だったらなんで大検なんていうバックドアがあるのでしょうか。大検組は「もっと大事なこと」を学んでいない欠陥人間なのでしょうか。教育、特に学校制度について少し理屈っぽく掘り下げると、すぐに矛盾の岩盤に突き当たります。現代社会には、学校の「目的」に関してコンセンサスがなく、しかもコンセンサスがない事に関して問題意識がないからです。「なんのかんの言っても、みんな子供たちの幸せを願っているんだから......」で、たいていの議論は強制終了します。

理想の学校

 日本の学校制度の中で最も成功しているのは、自動車学校だと思います。揚げ足をとっているわけではありません。多くの自動車学校が学校教育法上の各種学校で、通学定期やら教育資金贈与の対象になります。そうでないところも教育内容は全く同じなので、実質的に学校と考えて良いでしょう。入学・卒業という制度まであります。
 自動車学校は中退率は低く、イジメや不登校は皆無です。一昔前までは噂があった、教員によるセクハラやパワハラも今では皆無のようです。なぜこんなにうまくいくかと言えば、理由は二つあると思います。
 第一は誰でも思いつくことですが、「目的」が単純明快で全員が共有していることです。運転免許を取得するのに必要な技能と知識を身につけることです。運転に関係ない人格や人間性には一切興味もありません。ひたすら免許に特化した教育を行う。そして、そのことについて監督官庁も経営者も教員も生徒や保護者も完全に同意しています。
 第二の理由は、教育者と審査者が分離していることです。実技試験は仮免も卒検も、教習をした教官は試験官からはずされます。学科試験も、都道府県単位で警察官が作問、採点はマークシートですから、教習所の教官には何の権限もありません。これは案外重要な事なのかも知れません。
 小学校から大学院にいたるまで、授業をする教員が定期試験の作問をしたり採点したりすることが普通に行われています。けれども、授業はより多くの学生・生徒を引っ張り上げる母性原理の働く場であり、試験は不適切な学生・生徒をふるい落とすという父性原理が働く場で、本質的に矛盾します。
 母性原理と父性原理を統合してうまく運用するには、部分的にはせよ「神」の立場に立たなければならなくなります。実際、小学校などでは教員と生徒との器に大きな差があるため、先生が神様のふりをしていればうまく行きます。けれども、生徒の側に一定の知識がつき自我に目覚め始めると、母性原理に片寄った教員は徹底的にバカにされ、父性原理に片寄った教員は徹底的に憎まれるようになり、どっちにしても教育は失敗します。本当は、神ならぬ生身の教員が母性と父性の間で葛藤する姿を見るのも、生徒の成長には欠かせないことなのでしょが、寝言を言っても仕方ありません。
 特に、機械的な平等主義でも一応は機能する母性原理と違い、父性原理には結果の不平等に関する公平性が要求されます。主観や偶然が入ってくると、多くの生徒本人や保護者が「父性」ではなく「不正」と見なし、糾弾の対象になってしまいます。
 このことが最もあらわになっているのが、高校入試の内申書制度です。中学校3年間、常に高校入試をやっているようなもので、教員というのは生徒から見て敵とまでは言いませんが油断のならない相手で、授業でも部活でも行事でも、良い生徒であることをアピールし続けなければならないのです。結果的に学校生活での教育機会を無駄遣いしています。
 そのくせ教員は「全ての生徒には無限の可能性がある」とか「みなさんよく頑張りました」などと、深い考えも無く建前で母性的なことをよく口にするので、生徒たちの只でさえ不安定な思春期の心がかき乱されます。全国の中学校の荒れが今程度で済んでいるのが不思議なぐらいです。
 幸い、大学にはこういう矛盾はあまりありませんが、母性と父性の無責任な分離という問題があります。
 たいていの学生は最終学歴で間違ったことを覚えてしまうと、修正の機会はまずありません。数学者の故森毅先生は、「期末試験の答案で全員が同じ間違いをしているというのが最大の悪夢」とおっしゃっていました。授業で教え損なったことが明白ですから。
 私にも情報系の授業の試験中に答案を覗き歩いていて、あまりにも同じ間違いが多過ぎるので急遽試験を中止して解説を始めてしまい、あとで成績付けに苦労したことがあります。父性原理の完全放棄と言えるでしょう。でもそれで良かったと思っています。

学力の成熟の分離と統合

  母性原理の「教える」と父性の「選別する」の役割分担がはっきり出来ている教育の例には、自動車学校の他に、塾・予備校の類いがあります。これらは目的が明確という点も共通しています。明確な目的のために母性と父性を分離しているとも言えます。
 現在の学校、特に公立学校の教員は無責任な教委や管理職のあおられて、全人教育の美名のもと何でもかんでも抱え込み疲弊しきっています。部活・行事・生活指導・そして大量の雑用に追われ、肝心の授業の準備が疎かになっていない先生はほぼいないでしょう。これは見かけ以上に深刻な問題です。
 私の高校時代でさえ進学校でも(というよりだからこそ)、受験塾や予備校に行くのは当り前でした。わが娘達の世代では、志望中学合格直後から大学入試に直結する塾に行くのが主流になりました。だったら中学受験などしなくてもよさそうなものですが、そうした「一流」の塾に入学できるのは難関中学の新規合格者だけです。つまり、私立中学が塾に代わって選抜試験をしているわけです。この世界では、高学力の生徒ほど、苦労して入った受験校の受験教育に期待していません。
 考えてみれば、いくら高校の音楽の授業の成績が良くても、それだけで合格できる(二流以上の)音大はありません。大谷翔平は体育の授業で精進してメジャー行きを決めた訳ではないのです。芸事やスポーツと同様に、学問の世界でも学校教育は一流を目指す場では無くなってきています。はっきり言えば、親の教育方針と財力が子供の進路を限定する世界がどんどん広がっているのです。
 多くの学校はそうした流れに、反発するどころか乗っかっています。学力については自己責任&塾責任。スポーツなど部活に関しても「ちゃんとやりたい人は学外の団体でやってね」という感じです。競技成績や安全性を考えれば、ボランティアベースの部活より断然良いというわけです。では何に力を入れているかと言えば学校行事で、灘の文化祭や開成の体育祭は関係者以外にも有名です。
 皮肉なことに、「この長屋の大家さん」のおっしゃる「成熟したコミュニティーのメンバーを育てる」という教育が、一番機能しているのはこういうタイプの進学校なのでしょう。難関中学合格者というエリート意識で学校をリスペクトするからです。

改革の前に崩壊した宗教

 以前、ある右ボケ作家の方が「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」などと言って顰蹙を買いましたが、こんなことが通用するほど今の若者は甘くはありません。
 将来の生活を良くするためのものが何もないのに、奴隷としてのマナーを叩き込もうとする学校など、破壊の対象でしかないでしょう。こういう学校では残念ながら「実直な精神」を「成熟」と言い換えても、ほぼ同じことでしょう。
 小学校時代の記憶ですが、井上ひさしという作家が、「偽原始人」という小説の後書き(だったと思います)に、「学校教育とは、それに適応すれば指導者予備軍に加えてもらえる現代の宗教である」と書いて「宗教改革の必要性」を説いていたのを覚えています。けれども、学校真理教は全く改革されることなく崩壊しつつあります。
 心理学者の岸田秀は学校制度そのものを批判して、「目的のはっきりしない集団では、破壊や攻撃が発生しやすい」としていました。確かに、同じ学校でも冒頭でふれた自動車学校では、かなりのワルが集まっても学級崩壊やいじめは皆無。みんな免許が欲しいからです。
 同じ事を10年単位でやっているのが進学校&医大のセットでしょう。運転免許と医師免許、どちらも収入に直結する資格です。交通事故が減少し、医師の不祥事がこの程度の数で済んでいるのは、こうした学校での資格に相応する「成熟」を求める教育が、ある程度は機能している証拠のように思えます。結局、学歴の価値がそれ以外の学校の機能をも担保しているわけです。

貴重な公費とエビデンスのない効果の貧乏臭いジレンマ

 教育無償化に話を戻しましょう。確認しておきたいのは、ここで議論しているのは実質的には「高校教育の無償化」だということです。
 多くの識者が既に指摘しているように「荒れた高校」と「学力格差」、そしてその結果としてのFラン大学を増産する結果を招くように思われます。おそらく「機会の平等が本人に責任のない結果の不平等を招いた典型例」にいずれなるでしょう。
 もうひとつ、学校に行かない権利が徐々に剥奪されていくことも、良いこととは思えませ。「家庭の事情」という言い訳を奪い、自分の低学歴に説明責任が発生する社会は、芸術家や職人を志望する若者や不登校経験者にとっては、決して生きやすいものではないでしょう。学校機能の強化は教育の規格化を招くのは仕方の無いことです。でも規格外の人間にはたまったものではありません。
 何回も書いていますが、私自身はかなりの期間いわゆるFラン大学で授業をやっていました。九九の怪しい学生にプログラミングを教えたこともあります。それでも、実感だけで語ることが許されるのなら、彼らも十分「成熟」して卒業していったと思います。根拠はありません。教育にエビデンスを求めても仕方がないでしょう。
 また、多くの研究者志望の若者にとってのセーフティーネットであるFラン大学の教職ポストや非常勤講師の需要が消滅するのは、確実に日本の研究開発能力を削ぐことになります。

 けれども、「費用対効果はどうなんだ」と責められると全く自信がありません。今の国会の議論を見ていても、与野党伯仲で、自分の手柄での「バラマキ」をしたくてたまらない議員さんたちをもってしても、財源論で話が止まっています。巨額の公費を防災や福祉に優先して支出するべきなのか議論のあるところです。「お前の授業に補助するよりも下水管の一本も替えた方が、まともな税金の使い方だったな」と言われたら返す言葉はありません。とても納得もできません。
 また、「研究者なんて金持ちの子供がなればいい」という暴論は昔からあります。大学の卒業式で、渋々就職していく同期の友人から投げつけられた説得力のある言葉です。確かに、自宅ガレージでパソコンの組み立てを始めたビルゲイツも、大学の同窓会名簿作成のためにフェイスブックを始めたマーク・ザッカーバーグも、大きな自宅や立派な大学に縁のある環境だった訳です。
 貧困層を教育しても、たいした人材は滅多に(絶対とは言えないが)出てこないから、費用対効果はよくないという考え方も一理あります。でも、これにはもっと、納得ができません。

 まことに困った問題ですが、まずは困った問題の所在と詳細を把握するところからしか、貧乏臭くなってきた日本に活路はないと思います。

 前から気になっていました「長屋」の先輩の記事にコメントしてみようと思います。「飯田龍成のハンガリー日記 」から、 「宇宙際タイヒミュラー理論を考える」です。
http://nagaya.tatsuru.com/iida/

 本題からは若干それた感想で申し訳ないのですが、強烈な印象を残す言葉がありました......「単射」です。なるほど単射ですか。見事な指摘です。「この長屋の大家さん」のおっしゃり方なら「クリアカットな説明」ということになります。少しでも言語学に関心のある、理科系の、日本人が、この記事を読めば、恐らく同じ感慨を抱くと思います。もっとも、そんな人がどれだけいるかは知りませんが。なにはともあれ、ぜひ一度、元記事を読んでみてください。

 許してあげてくださいね

 集合論など、シンプルで定義がはっきりしている世界の用語で何かを説明すると、ある程度の心得のある者どうしなら、一発で話が通じるというメリットがあります。ただし、授業という場でのことなら、「心得のない人」にも話を共有できるようにする責任が教員にはあると思います。
 さて、飯田さんに授業をしていた先生。場所はハンガリーでアラビア系の方なのですから、「日本では高校生レベルの知識」がないことを糾弾するのはやや酷な気もしますが、状況処理の仕方は最悪だったと思います。
 いやしくも大学という場なのですから、相手が学生であれ誰であれ自分の知らないことがあれば、知ろうとするのが義務のはずです。もし教壇に立っていたのが今の私だったら、「オレな、高校のときは、女の子にもててたから数学なんかする暇なかったんや。悪いけどキミ、『単射』について簡単に説明してくれんか」とでも言って、黒板の前に連れて行ったでしょう。
 その際、学生がうまく説明できたら「キミよく知ってるな。オレの代わりに来週から授業したらええがな。冗談はともかく、マジでいろいろ助けてな。たのむで」と励まします。うまく行けば、言語学のファンを一人増やせるかも知れません。
 逆に、学生がうまく説明できなかったら「なんやキミも、オレほどではないけど、高校でもててたんやな。一目でわかるわぁ。よっしゃ、来週までにみんなで調べておこう」とでも言って、恥をかかせないようにします。その際、ちょっとばかり自分の権威を見せたかったら、専門外の写像論をゴリゴリ勉強して渾身の説明を次回にすればいいのです。
 どっちにしろ、クラス全員(教員自身も含めて)が大きな得をするでしょう。なかには、卒業後に言語学と聞いてこの話しか思い出せない学生も出てくるかもしれませんが、それでも十分です。

 というような偉そうなことを書いていますが、現役のときこんなにきれいに授業を裁けていたかというと、全く自信はありません。せいぜい、あとで飯田さんをつかまえて、「写像ってどういうものか教えて」、と小さな声で聞くぐらいだったでしょう。あるいは、飯田さんの回答を無かったことにするか、ムシの居所の悪かったら、ネチネチいじめていたかも知れません。
 その先生も恐らくバックに「欧米人自身の神格化・選民思想」があったのでしょうが(ムシの居所の悪い時などに黒い本音は露出します)、大学教員もただの人間(どちらかと言えば、片寄った人が多い)なのです。許してあげてくださいね。「長屋の大家さん」みたいな先生が特別なのです。

 後悔していること

 目上の立場で目下の人に質問する......勇気のいることです。だから、答える方も敬意を払って誠実に答えるべきなのです。でも、なかなかそうは行きません。
 大学教員だったころの学外での話です。ある企業のオーナーと会食したとき、「その会社が同業他社に比べていかに配当をケチっているか」を、対数を使ったグラフを見せて説明したことがあります。「企業収益と比べて桁ちがいに配当が少ない」ということを可視化したわけです。
 一通りの説明のあと、オーナーから「キミ、その対数というのは何かね」と質問をいただきました。とっさに思ったのは「こいつ、大卒のくせに対数も知らんのか」というあからさまな軽蔑でした。でも考えてみれば、高校を出て何十年もたっている法学部卒の方ですから、対数を知っている義務など、どう考えてもないのです。
 逆に、プレゼンみたいなことをしているわけですから、質問があれば即応できるように、分かりやすい説明を準備していない私の方が、よっぽど不誠実なわけです。
 オーナーの方はおとな中のおとなでしたから、私の「つたない説明」も「言葉の端々に出たであろう無礼な優越感」も全て理解した上で容認し、後日経営陣とかけあって、配当増額を勝ち取られました。今でも、思い出すたびに胸の痛くなる話です。

「長屋」の記事を拝読している限りの話ですが、大変失礼ながら飯田さんは私の若い頃になんだか似ているような気がします。頑張ってください。でも、私みたいには、ならないほうがいいでしょう。周囲が迷惑しますから。

 トンネル工事をする技術者や職人にはあるタブーがあります。食事をするとき、ご飯に味噌汁をかけてはいけないというのです。行儀の話ではありません。逆に味噌汁の中にご飯を入れるのは平気なのですから。茶碗のご飯に味噌汁をかけると、ズブズブと崩れていきます。これが落盤事故に似ているので、縁起が悪いということらしいのです。
 現在も、多くの現場でこうした風習は根強く残っています。地面の下には予想不可能なリスクが眠っているという意識が強いのでしょう。科学技術の世界にタブーなど持ち込むなというのは、ある種の正論ですが、地盤工学や建築技術がいくら進歩しても、「見えないリスクにはある程度目をつぶる」というギャンブル性がつきまとう以上、こうした迷信で心に謙虚さ保つのは悪いことでは無いでしょう。

 長屋で最もたくさん書いたこと

 恥ずかしながらこの長屋にわらじを脱いで、もう少しで一年になります。1番沢山書いた記事は北陸新幹線関係、2番目が関西大阪万博関係となりました。京都盆地や丹波山地で無理な大深度地下トンネルを作ろうとしたが、計画が具体的になるほどあちこちでボロが出て、断念に向かいはじめて北陸新幹線小浜ルート。もともと、建物を作ることなど想定していなかった夢洲で博覧会をするは、カジノは建てるはという無茶がたたって、身動きが出来なくなった関西大阪万国博。どちらに関しても、最初のボタンの掛け違いは「地盤」というものを甘く見たことだったと思います。
 他にも、リニア中央新幹線沿線での水涸れや地盤沈下、鹿児島の北薩トンネルの崩落なども記事にしました。これらの共通点は、「加害者」側ですら因果関係を認めているの状況なのに、問題が発生したメカニズムがほとんど解明されていないということです。そして、またしても同様の事故がおこってしまいました。埼玉の八潮市での道路陥没です。
 このニュースにも奇妙なことがいくつかあります。まず、官民あげて全力で人命救助をしていながら、作業にえらく時間がかかっています。重機のほんの数m下に幾重不明者がいるかもしれないのにです。また、穴のなかでどんな事態が進行しているのか、ほとんどわからないこともおかしな話です。ドローンなども使われていますが、肝心の部分は誰にも見えていません。
 けれども一番不思議なのは、発生直後から「下水道が原因である可能性が高い」と発表されていることです。かなり詳しいストーリーまで出来ています。埼玉県の水道局?関係者の説明では

「地中に埋められた下水道管が破損して、徐々にその穴に土砂が流れ込み、地中に空洞が発生。それにより、その上を通るトラックなどの重みに耐えられず路面が陥没した可能性があります。
 下水道管の標準的な耐用年数が50年とされていますが、該当箇所はまだ42年しか経過していないものでした。今回、破損したのは老朽化のほかに、下水で生じた硫化水素が空気に触れて硫酸となり、コンクリートを腐食させた影響が考えられます。」
 https://news.yahoo.co.jp/articles/a78562eca2eb35f706a9f7c86165dba4d5acbe9f?page=1

 などとなっています。
 メディアがこの説の状況証拠のように提示されたのが、2023年のストリートビューにみられる亀裂と、ここ数年周辺で感じられたという悪臭です。

「風が強い時に下水の臭いがかなり強く漂っていたんです。なんか臭いなぁってのはもう何年も前からずっとあった」(50代女性)
 https://news.yahoo.co.jp/articles/a78562eca2eb35f706a9f7c86165dba4d5acbe9f?page=2

 土はどこへ行った

 けれども、私にはこの下水管犯人説は、どうも信じられません。
 理由はまず、穴が大きすぎることです。現在の穴の大きさは直径40m深さ15mということですが、穴の形が円錐型(シャンパングラス型)だったとすれば、失われた土の量は

 20 × 20 × π × 15 /3 = 約6000立方m にもなります。

 下水管は敷設されて42年ですから、完成3年目に穴が空いたとしても、最低でも毎年150立方m、一日に400リットル、毎時16リットルほどのペースで土が出てきたことになります。こんな分量の土が流れ込んだら下水管が詰まってしまうのではないでしょうか。
 2021年には管内部を検査したそうですが、こうした問題は発見されていません。
 https://news.yahoo.co.jp/articles/11449215d653d4f796fd51480f4b3ddb320e61e7


 また、事故発生時の映像を見ても、穴は転落車の重さで空いたものではなく、数秒前に自然に空いたものだとわかります。交通量を考えれば、その数秒前まで何の問題もなく多数の車両が通過していたはずです。
 もし、何年もかけて少しずつ土が下水管に流されたのなら、こうなる以前に小規模な陥没事故が何回か起こっていたはずです。2023年にアスファルトの亀裂を整備する道路補修が行われていることと、今回の事故を関連付ける報道もありますが、この段階で地下に空洞がもしあれば、補修用の重機を乗り入れた瞬間にその重さで、規模はともかくとして陥没が発生していたはずです。
 どうやら、この陥没の直接の原因となった地下の空洞は年単位で少しずつ大きくなったものではなさそうです。

 ウンコの香りの謎

 硫化水素と硫酸の話もやや違和感があります。コンクリートを腐食は、汚水内で発生した硫化水素が空気中の酸素と反応してできた硫酸によるもので、硫化水素自体のものではないはずです(そんな反応聞いたこともないです)。とすれば、下水管内には十分な量の酸素があったはずですから(空気の5分の1は酸素)、管内が硫酸ができる環境(温度など)ならば、原料の硫化水素は大部分が消費され硫酸になってしまうはずです。さらに、下水管から地表までの10mもあるわけですから、下水管にあいた穴から少量の硫化水素がもれたとしても、地表でまで匂うとは思えません。
 もうひとつ、瓦礫の撤去がかなり進んだ2月2日のニュース映像で、下からゴボゴボと大量の水が湧いてきています。もし、これが下水から来たものなら、すさまじい硫化水素臭(上品に言えばウンコの香り)がするはずですが、そんな話は報道されていません。では、この水はどこから来たのでしょう。
 下水以外にあるパイプ類(上水道、用水)は全て地表付近にあり、これらが出所なら水は上から流れ落ちてくるはずなのですが、そんな様子もありません。穴の壁部分の土も乾いている様子です。そもそも、こうした種類の水ならば、バルブなどで簡単に止めてしまえるはずです。
 この水は地下水ではないでしょうか。東京大生産技術研究所の桑野玲子教授(地盤工学)は 「八潮地域は砂地盤で地下水位も高く、......」と述べておられます。
 https://www.sankei.com/article/20250201-HOQAJRY33VPXZFKQD2DQLGJIA4/

 ズブズブの関東ローム層

 砂地盤の話が出ましたので、簡単に説明しておきます。関東平野のほぼ真ん中の八潮市の地盤は基本的に関東ローム層(火山近傍の裸地から風によって舞い上げられた火山性の細粒子が堆積した「風塵(レス)」)です。
 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e2c3bcd7bd3e44bd837e469d5b9169a111a13457

 「風塵」というところがミソで、はかない人生の喩えにされるぐらいですから、軽く飛びやすくボソボソです。しかも、それは普通の地層のように海や湖の底にたまって固まったものではなく、風で飛ばされて来て降り積もっただけのものですから、関東ローム層の土は気合いの入ったボソボソです。そのため水田耕作には向きません。
 ここで冒頭の話になります。普通に装ったご飯に味噌汁をかけると、茶碗の中にズブズブと沈んでいきます。「朝はパン食」という方のために説明し直すと、コーヒーをペーパードリップで淹れるとき、熱湯をかけると中の粉はこれまたズブズブ沈んでいきます。要は、ボソボソした粉状のもの(ご飯、挽いたコーヒー)に液体(味噌汁、熱湯)をかけると、ズブズブと潰れて沈んでしまうということです。
 八潮市の話に戻せば、もし関東ローム層の柔らかい地層に、なんらかの原因で地下水が「突然」流れ込めば、ズブズブと沈んで上に空洞が出来ても不思議はないという話です。この「突然」には人間のやる工事なども含まれます。リニア中央新幹線建設による岐阜瑞浪の地盤沈下などは、これに近い例なのでしょう。よかったら、私の過去記事を読んでみてください。
 http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/06/07_1522.html

 はずれてほしい私の仮説

図1

 「八潮での陥没は、地域に地下水が流れ込むことで、関東ローム層主体の柔らかい地層が縮むか、水の流れにのって運び出されるかして消滅し、地下に巨大な空洞ができる(図1の②)。その後、何かのきっかけで空洞が潰れて、地上では陥没がおこった。」というのが私の仮説です。
 もう少し踏み込んで推定すれば、「何かのきっかけ」は2回あったように思います。1回目は、地下10mにある下水管の崩壊です。地下水によって下水管の下の土が少しずつえぐられ、下水管が歪み始めます。このため管と管の継ぎ目が開き下水が漏れ出して、匂いが上がっていきます(図1の③)。硫酸で下水管に穴が空いた場合よりも漏れ出す汚水の量は多くなるはずです。
 歪みに耐えられなくなった下水管は崩壊して下の空洞に落下します(図1の④)。トラックの転落の直前におこり、連絡事故のあとにもう一つの穴が出来ました。
 次に、下水管に支えられていた土砂も地下水の中に落下し、空洞は上に広がり、地表付近にあった雨水幹線(現状でユンボで取り除かれているコンクリート製の箱状の残骸)も崩壊します(図1の⑤)。このため雨水幹線が支えていた真ん中の部分が崩壊落下し、2つの穴が繋がります(図1の⑥)。
 下水管崩落後は、流れてきた下水は穴の中に全てぶちまけられますが、悪臭の話はほとんど報道されていません。これは、おそらく地下水の方が下水よりも圧倒的に多くて、悪臭のもとは薄められ、いっしょに流されてしまうからだと思います。
 あくまで報道される画像や映像からした推理なので、どこまで正しいのかわかりませんが、これまでの事故の経緯とはよくあっていると思います。いずれにせよ数日後、瓦礫の撤去が進み地下の下水管の状態がわかれば、仮説がどの程度当たっていたかが分かるはずです。
 もし、このシナリオが正しければ、残念ながら今後もしばらくは地下水の乱暴狼藉が続くはずで、穴は横方向へも深さ方向へも広がるでしょう。転落された方の救助の妨げになります。ボソボソの関東ローム層が相手ですから、やりたい放題やるでしょう。
 この地下水をなんとか制御しない限り、この場所に新たな下水管を作るのは、かなり難しいのではないでしょうか。そうなると復旧は、最低でも何ヶ月単位の話になります。
 埼玉県の東半分の下水はこの管を通って流れているとの話ですから、とてつもないことになりそうです。被害がこれ以上は拡大しないことを祈るしかありません。

「よき戦争より悪しき平和」という言葉があります。ウクライナ情勢で考えてみましょう。ウクライナ側の「領土を譲っても、これ以上、国民が殺されないようにするため停戦すべきである」という発想です。ロシア側なら「国の評判が泥まみれになる前に、そこそこの戦果で終わろう」という感じでしょうか。
 もちろん、こういう考え方は四方八方から避難が飛んできます。「腰抜け」「敗北主義者」「侵略者プーチン報酬を与えるな」「ファシストに殺された若者の血を無駄にするのか」とか、理論的にでも感情的にでも断罪できます。正義とかイデオロギーとかがお好きな方は、腕のみせどころです。
 けれども、「罪もない子供たちが大量に殺されてるのに、正義を守ってると言えるのか」という再反論の前では、口をつぐむしかありません。評論家の呉智房氏は、以前この状態を「正義と幸福の矛盾」とまとめていました。
 私はイデオロギーとは正義の追求の方法論で、ビジネスとは幸福の追求の方法論ではないかと思っています。だから、昭和日本の学生運動の末路から、20世紀末の社会主義国崩壊ドミノにいたるまで、「左」の失敗は、正義の追求が過剰になり、また形骸化し、幸福を求める多くのひとが、ついて行けなくなったことが引き金になりました。
 同じ流れは今でも続いています。労組の陳腐化、フェミニズムの粗雑化、環境運動の呪術化などがやり玉に挙がっています。わたしたちの長屋の大家さんの至言のひとつ「審問の語法」というのがあります。いかにも左っぽい審問スタイルが、アレルギーと呼びうるほどの反発を受けているのが現代の「先進国」なのでしょう。
 アレルギーをエネルギーに変えてのし上がってきたのが、言わずと知れたトランプさんです。真面目な言い方をすれば、「民主党政権が継承してきた価値観政治の行き過ぎと行き詰まりを突いた」とでもなるのでしょうか。

無茶苦茶でも痛快な平和構築

当選したトランプさん、「就任すればウクライナ戦争は一日で終わらせる」というのは無茶でしたが、ガザ地区のほうはとりあえず押さえ込んでしまいました。ある意味で痛快なのは、何の思想性もない力による停戦というやり口です。論理も倫理も無茶苦茶ですが、それなりの結果は確かに出しています。
 こうしておいてから、腰を据えて仲裁に入る気のようです。その際、争う両者に対してコワモテぶりを誇示します。一方的にイスラエルの肩を持つという憶測が流れましたが、実際にはネタニヤフにも圧力をかけているようで、さっそくワシントンに呼びつけるつもりみたいです。
 のこのこ出てきて大丈夫なのかな、国際刑事裁判所から逮捕状が出ていますが......首脳会談でトランプさんの逆鱗に触れれば、目配せひとつで銃と手錠をもった連中が飛び出して来る知れません。韓国には「元首は牢獄への王道」ということわざがあるという話を聞いたことは......ありません。今、わたしが考えました。
 極論は別としてもイスラエル側が気を遣う展開になるのは間違えありません。なにしろアメリカファーストの人が相手ですから、いつまでも安値で武器なり物資なり技術なり情報なりの提供をとは行きません。援助をやめるのはいつでも只でできます。
 もちろん、ハマス&イラン側にはすでに相当な圧力がかかっています。こちらの方はもっと簡単で、少し強力だが使い勝手の悪い大型兵器を、ちょっとばかりイスラエルに渡せばいいわけです。たとえ虐殺の責任を負わされそうでも、もらった以上、使わないわけには行きますまい。
 つまり両者を渋々交渉の場に引き出し、双方に妥協をさせようという作戦です。この考え方、どこかで見たことありませんか。落としどころとは「両者が同じ程度に不満な状態」というのは、当長屋の大家さんの口癖ではありませんか。
 「両者が同じ程度に不満な状態」......英語で言えばディールです。ディールとは交渉ごとですから、「どちらかを一方的に勝ちとして、負けた方は悪の権化として裁かれる」という風にはしないでしょう。両当事者とも心の底では満足はしませんが、それなりに顔をたてやり停戦に持ち込もうと言う算段です。
 考えてみれば根っからのビジネスマンであるトランプさんは、ビジネスとしては戦争は引き合わないことをよくご存じです。武器輸出で死の商人が潤うとしても、ウクライナやガザのように中短距離ミサイルやらドローンが主役になってしまうと、「戦車はいかがでっか。ICBMあるでぇ。型落ち戦闘機、安うしとくよ」という老舗商売はしにくいでしょう。それに産軍複合体にとって、不動産長者であるトランプ氏は最も扱いにくい政治家と言えます。兵糧攻めの効きがものすごく悪いからです。
 さらに、トランプさんは国外出兵を全くしなかった近年珍しい米大統領とのこと、武力行使は国内、特に首都ワシントンでというのがモットーのようです。こういうのをドメスティックバイオレンスと呼ぶべのではないでしょうか。いや呼ばないでしょう。
 「よき戦争より悪しき平和」というのは、もしかしたら分断社会での特効薬、少なくとも、よい痛み止めにはなるのではなります。何しろ痛みが多すぎますから。

 よく分かってはいけない事件

 さて、フジテレビ問題です。よく分からない事件です......いや、よく分かってはいけない事件なのでしょう。性犯罪というのは、理解が広がること自体が(少なくとも)被害者が傷つけるからでしょう。加害者(仮にそうしておきます)と被害者との間で、守秘義務契約が結ばれたのも当然でしょう。
 けれども、これでは議論のしようがありません。基本的な情報が何もないからです。「誰が(個人名でなくても立場など)被害者なのか」、「どういう経緯(フジテレビとの関係など)で被害にあったのか」、そして「何がおこったのか」、です。
 最大の関心ごとは、最後の「何がおこったのか」です。これが分からない限り事件の全貌が見えることはあり得ません。よって、現状で責任の議論をしても無意味なはずです。
 一方、被害者が一番表に出してほしくないのもおそらくこれでしょう。「あんなことも、こんなことも、されちゃったのね」という話は、ポルノとして消費可能で、多くのマスゴミ関係者には、喉から手が出るほど欲しい情報でしょう。性加害者の責任追及という錦の御旗もあります。
 特に巨額の「解決金」が表に出てくると、この論点はさらにクローズアップされます。もし、被害の具体的な内容が明らかになり、仮に軽微なものであった(厳密には世間が軽微と見なした)場合は、被害者は娼婦扱いされるでしょう。「一夜で9000万円(?)稼いだ女」というわけです。逆に、誰が見ても残酷で凄惨な被害にあっていたとすると、被害者は賎民と扱われかねません。つまり「一夜で9000万円分(?)汚されてしまった女」という訳です。
 奇妙なことに、この点では加害者も同じで、「9000万円相当の臆病者」か「9000万円相当の変質者」という訳です。しかも、こういうイメージはつねに変動します。兵庫県知事のパワハラ事件を見ていても、ちょっとしたことで善玉と悪玉が入れ替わることの恐怖を覚えます。
 だから、フジテレビが徹底的に箝口令をひいて、事件を隠蔽しようとしたのは少なくとも結果的に正しかったと思います。惜しむらくは発覚当時に、N氏には「急病」になってもらって、ただちに他局を含む全番組を降板させて、当分の間、海外ででも静かに暮らしていただくべきでした。そして、外部からの取材には、「噂話では聞くが会社として対応すべき事案では無いし、プライバシー保護のために取材には一切答えない」とでも弁護士に言わせて、強引に幕引きをはかるべきでした。仮に「トランプ社長」だったらそうしていたでしょう。
 事件の本質部分に守秘義務がある以上、記者会見を開くのは無意味でした。「何をやったかは言えないけど、ごめんなさい」じゃ、議論の進めようがありません。たとえ、何か言い分のある関係者がいても、口をつぐむしかありません。だから、被害者の傷を深めるわりに得るものは何も無いのです。
 こんなことを理解するのに10数時間も要したとすれば、現場にいた記者の大部分はアホということになります。そうではなくて他紙・他社との横並び意識のせいで席を立てなかったとすれば、これまた別の意味でアホです。
 会見で一番得をしたのは、当のフジテレビだったのかもしれません。まず、逃げずにギネス級の会見につきあったことで、誠意を見せられました。そうです、われわれ日本人の大好きな「無意味で芝居がかった誠意」です。坊主刈り・指詰め型誠意と言いましょう。
 もうひとつ、取材する側に十分な失態を演じさせたことも大きな成果でしょう。これが下地がとなって、直後に発覚した文春砲の誤報は起死回生のオウンゴールとなりそうです。
 そろそろ世間も飽き始めています。これ以上無理に騒ぐ必要は誰にもないと思います。真相も責任もウヤムヤですが、私個人としては、「良き戦争よりも悪しき平和」であって欲しいと思います。

 お台場のガザ地区での戦禍

 事件の構図をあらためて確認すると、ガザ問題と似ているように思います。加害者のN氏がハマス、被害女性がイスラエル人の人質、フジテレビがパレスチナ人(一部にはハマスの熱心な支持者もいた)、広告主や海外株主がネタニヤフ政権です。
 最初に攻撃したのはハマスで人質は純粋な被害者なのですが、現在のネタニヤフ政権の制裁は、人質救出を建前としながらもパレスチナ人全体に無差別に向かっていて、かつ過剰です。そのため人質はより危険な目にあい、多くのパレスチナ人は理不尽に生命や財産を失っているわけです。
 そっくりじゃないですか。やはり「良き戦争よりも悪しき平和」しかないでしょう。

 メディア企業の社風糾弾は虚しいだけ

 「そんなことになれば、同じような事件がまた繰り返される。事実を明確にしてウミを出し切らなければならない」などと紋切り型で反論されるかも知れませんが、仮に被害者の人権はきっぱり諦めて、事件の全貌を明るみに出したところで、在来メディア企業の体質は変わらないでしょう。
 一方、この件があろうがなかろうが「性上納」みたいなものは時代に合わなくなっているのは確かです。名前を出して大変恐縮ですが、藤井聡太氏や大谷翔平氏がこうした性接待を受けるなんて考えられません。一面識もなく調べているわけでもない私たちには何の根拠もないのですが、そういうイメージで見ています。つい20~30年前に、将棋名人やトップアスリートの一部がどんなことをして、ある意味で世間もそれを当然視していたのとは、時代が様変わりしているのです。
 テレビ局などの旧メディア企業は変化について行けていないので、今回のような事件はおこるのでしょう。けれども、追いつくことを周囲が要求するのはおそらく無意味です。かなり頑張ってみても彼らが追いつくよりは、少しずつ社会的影響力を失いながら消滅していくスピードのほうが、遙かに早そうだからです。

日本全体が抱える社会状況などに由来する問題が集まってきました。

● 西前頭二枚目   日本全体の経済状況の悪化
→ 引用文献不要
 何も言うことはありません。国にもお金はありません。大きなプロジェクトが失敗した場合に最後のババを掴む役割は国家というのがお約束でしたが、この規模のババは処理できるはずありません。ツケが誰にまわるのか、そろそろ関係者の腹の探り合いがはじまるころです。


● 西前頭三枚目   政権与党の弱体化
→ 引用文献なし
 安倍政権時代のように自公が余裕で衆参の過半数を押さえていれば、与党の有力議員のやろうとすることは、たいてい実現できました。個人的な賛否は別として、とりあえず協力する政治家や官僚が山ほどいたからです。ところが、政権が弱体化して押さえが効かなくなると、あっちこっちでレジスタンスやらサポタージュやらブーイングが出てきます。現職与党議員でも個性を出さないと次の選挙が戦えないからでしょう。
 「総工費は最悪の場合5.8兆円」とか「山岳トンネル残土の3割が環境基準以上のヒ素を含む」とかがそのクチです。将来のインフレ率とか地下深部にある岩体の元素含有率とか、本質的に予測不能なリスクに、わざわざ不利な推定を付けて出してくる。官僚による一種の世論誘導なのでしょう。
 昨年末のルート絞り込みをめぐるドタバタ騒ぎも、政権与党のグリップ力弱体化のなせるわざなのでしょう。そして、今年正月早々の最初のハイライトが、来年度本予算の国会通過です。
 厳しい財政状況の中、自公政権は、北陸新幹線延伸について、わずかですが調査予算を増額しました。少子化対策さえ財源を確保しなければ先にすすめません。こんな御時世ですから、地元でさえ賛否が分かれたままの小浜ルートに関する予算は、削るように守勢要求される恐れもあります。もっとも自公にしてみれば格好のガス抜きツールですから、簡単にゆずって減額修正となるでしょう。
 一旦減額の流れが出来ると、財政の状況がよほど良くなるかしない限り、大きな予算がつくことはなく、着工自体を国としては断念することになります。


● 西前頭四枚目   米原ルートなどの有力代案
→ 引用文献なし
 小浜ルートのボロが出始めた昨年後半から、数年前に死んだはずの小浜ルートの再評価が各方面で始まりました。こうなったのは当然のことなのですが、私が疑問に思うのは、なぜもっと早く、メディアがしっかりと『小浜ルートは不可能だ』と声を上げなかったのかとうことです。
 別に専門知識はいりません。高校程度の物理・地学・地理・政治経済......なにか一つでもしっかりと理解していて、かつ常識的な論理能力があれば、小浜ルートはダメそうだという疑問は湧いてくるはずです。「本当に建築可能なのか」を推進側(ここでは与党PT)にぶつける取材をしないのでしょうか。
 米原ルートの他にも、湖西ルートや舞鶴ルートなどを提唱する声が上がってきています。福井県知事が言い出した小浜部分開業というのも、一種の代案でしょう。あるいは最有力の代替案はサンダーバードの北陸乗り入れ復活で、金沢・敦賀間でさえ不要な延伸だったのかも知れません。
 こうなってくると、敢えて小浜ルート指示するには、具体的なメリットについての説明責任が出てきています。これは多分、不可能なことであると思います。

さてここからは、西方(社会的リスク)の番付です。これらの方は、私の専門から遠いせいもあって話がシンプルです。基本的におかねの話が多いですからね。もう一度、番付を見てみましょう。

西 (社会的問題)
横綱     沿線自治体の財源問題
大関     費用対効果(B/C)
関脇     JR西日本の収支見込み
小結     並行在来線に関する滋賀県の同意
前頭筆頭   沿線および日本全体の人口減少・高齢化
同二枚目   日本全体の経済状況の悪化
同三枚目   政権与党の弱体化
同四枚目   米原ルートなどの有力代案

l 西横綱     沿線自治体の財源問題
→ 引用文献不要
 福井県お金ありません。大阪府お金ありません。京都府お金もっとありません。基礎的自治体、京都市以外の市町村はもともと負担があるなんて夢にも思ってません。

l 西大関     費用対効果(B/C)
→ 北陸新幹線の大阪延伸は不可能である。
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/24_0827.html
 話が長引けば長引くほど関西大阪万博炎上の影響が現れ、「経済効果」という言葉自体、クチにできる雰囲気ではなくなりそうです。ある小浜ルート推進派の方が「東海道新幹線が災害で何年も寸断されることになったら日本経済はおだぶつだ」などと近頃絶叫しているレジストリ論には、上の記事で予め反論しておきました。もしかしたら、小浜ルート建設の泥沼に落ちるより、「おだぶつ」の方が日本にとってはまだマシかもしれません。この夏頃に出た朝日新聞の社説でも同様の見解があったようです。
 念のために言っておきますが、自分の先見の明を自慢しているわけではありません。あまりにも当然の話なので誰も活字にしてこなかった事ですから。私の先見の明があるとすれば、恥ずかし気もなくこんな議論にしがみつくお方が出てきそうだと予感していたことでしょう。自慢する気にはとてもなれませんが。

● 西関脇     JR西日本の収支見込み
→ 引用文献不要
 今、維新の政治家を不機嫌にしようと思えば、しつこく「万博の赤字どうするの」と聞くのが手っ取り早いでしょう。けれども、JR西の幹部に「新大阪延伸の赤字どうするのか」と質問しても怒るとは思えません。安心しているようです。小浜ルートの最大のメリットは完成する可能性がほぼないことです。

l 西小結     並行在来線に関する滋賀県の同意
→ 北陸新幹線の大阪延伸はもう「詰んで」いる 【北陸新幹線 その2】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/24_0827.html
 整備新幹線に関する誤解のひとつに、着工五条件には「沿線自治体の合意」があると言われていますが、そんなものはありません。だいたい、地元が(ということは実質的にはそこの沿線自治体)から要望が出たときに、国が着工へのGOサインを出すための最低条件が着工五条件という目安なのです。沿線自治体がイヤやと言うのなら五条件の議論にさえ乗らないはずです。
 よく間違えやすいのは、五条件の最後の「並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意」というやつです。これを「沿線自治体の同意」と略する場合があるので、混乱がおこります。
 混乱の方はとりあえず放っておくことにして、今回の新大阪延伸で「並行在来線の経営分離」の対象になるのは、北陸本線および湖西線です。少なくとも他の路線は議論になっていません。この2路線は主に、小浜ルートが全く通らない滋賀県を走る路線で、どちらかと言うと県内では過疎地と言える湖西・湖北地方の大動脈という位置づけです。もうひとつ付け加えると、湖西線というのは旧国鉄時代の最後を飾るような豪華仕様在来線です。新幹線のように高架を走り、全線ひとつの踏切もありません。また、敦賀から京都まで直線的なコースで最高時速130kmのサンダーバードが走り抜けます。
 もうひとつ面白い存在が姫路・敦賀間に昼間は一時間に一本走る新快速です。兵庫・大阪・京都・滋賀・福井と5府県を3時間少しで結んでいます。でも、あくまで快速電車ですから貧乏学生の味方です。大阪・敦賀間は2時間強、サンダーバードと比べて45分ぐらいの違いで、2000円以上する特急料金は不要です。要は在来線最強の特急(25往復)とコスパ最強の新快速(7往復)と遙か北海道まで行く貨物列車(一日数本)が走る路線です。首都圏で言えば埼京線にイメージが似ています。
 北陸新幹線が小浜ルートになればサンダーバードの走る湖西線が、米原ルートになればはくたかの走る北陸本線が並行在来線ということになり、特急列車が走らなくなりおそらく赤字路線となるので、これを負担するわけには行かない。よって、「新幹線着工前に滋賀県が三セクという形ででも引き受けてね」とJR西としては言いたいわけです(公式には言っていませんが)。
 ところが、小浜ルートの場合、延伸自体もともと滋賀県には何のメリットも無い話ですから、三日月知事は「県内には並行在来線は存在しない」とはじめから相手にしません。上の記事でも書きましたが、知事が小浜ルートを指示しているのは、米原ルートだとこの主張が難くなるからのようにも思えます。
 「滋賀県がどうしても拒否するなら、湖西線など廃止してしまえ」という勇ましい意見も鉄ちゃん系の人からは出ていますが、これは不可能です。公共交通機関の廃止は国土交通省の許可がいるからです。だから、滋賀県が三セクはイヤやと言えば、JR西とすれば、鬼の辛抱で赤字湖西線を抱えるか、北陸新幹線の新大阪延伸自体を断るかの選択になり、おそらく鬼の辛抱は拒否するでしょう。で、全てが終わる訳です。
 けれども、最近、JR西にとってさらに悪いシナリオが出てきたように思えます。桂川ルートにせよ、南北ルートにせよ、完成したとしてもかなり使い勝手の悪い仕上がりになりそうです。また、2024年の北陸新幹線の敦賀延伸にともなって三セク化されたはハピラインフクイが、この新快速との接続の良さを武器に増便を始めたという話もあります。
 だからもし、3セクの話が出たら拒否するどころか、喜んで引き受けてハピラインふくいとコラボして、京都・福井間の新快速を走らせる可能性があります。ダイヤを少し工夫すれば、少なくともサンダーバード並の速度で走ることは可能です。あるいは、少しだけ特急料金(ワンコインぐらい)をいただいて特急列車にしてもいいでしょう、名前は三セクバードにしましょう。引き受けるときの条件交渉で、大阪まで東海道線に乗り入れる権利をとれたり、北の金沢まで延伸したりしたら、相当数の乗客が新幹線から流れるでしょう。
 もうひとつ、この路線には秘密兵器があります。山科駅です。あまり知られていない話ですから、山科駅にはJRの他、京阪電車と京都市地下鉄が乗り入れていて、京都の洛東エリア(清水寺・平安神宮)に行くには、オーバーツーリズムの聖地である京都駅よりも便利です。もしかしたら、3セクではなく京阪電車が手を上げるかも知れません。
 もし、延伸が桂川ルートになったりしたら、こうした悪夢のシナリオがさらに現実味を帯びてきます。JR西が南北ルートや(今は亡き)東西ルートに固執していたのは、こうした背景があるのかも知れません。


● 西前頭筆頭   沿線および日本全体の人口減少・高齢化
→ 小浜の立場で考えてみる【北陸新幹線 その13】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/11/17_0943.html
→ 小浜市(オバマシ 福井県)の人口と世帯
 石川県の県議が小浜ルートについて「3万人の町でしょ、できるわけではない。」などとぶち上げました。失礼極まりない発言ですが、それでもなお現実はもっと残酷です。
 延伸工事の着工は早くて2026年、新大阪駅の工期が25年、どんなに早くても完成は2050年以降です。そのころの小浜の人口は2万人と少しです。一日に停車する金沢行きつるぎの総座席数と良い勝負です。延伸の地元負担分で、たっぷり市債を発行してしまって、償還は大丈夫なんでしょうか。まるで、50代のおっさんが、前払い30年ローンでスポーツカーを買うようなものです。
 他の沿線自治体や国も似たような状況です。もし今の財務状況のまま着工が決まったら、支払いに不安があり施工後値切られかねないこんな現場を、引き受ける工務店があるのでしょうか。関西大阪万博でパビリオン建設の受注が大変だったのと似た状況になるでしょう。

丹波山地の環境問題を原因まで遡って、少しだけ解説しましょう。

¡ 東前頭二枚目   京都丹波山地での環境問題
→ 見えない刺客は火成岩【北陸新幹線 その10】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/07/12_0738.html
→ 悪魔の温泉へようこそ【北陸新幹線 その11】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/07/28_0742.html
 数分に1回、轟音をたててやってくる残土満載の大型ダンプ。騒音・振動・粉塵・交通事故。鮎で名高い清流由良川の枯渇化。多彩な環境破壊。力士で言えば技のデパートですが、なんと言っても一番の決め手はヒ素です。
 工業地帯でもないのになぜヒ素なんかがあるのか、上のふたつの記事でも触れましたが、出所はマグマです。少し解説しましょう。活火山のない近畿地方でも、かつては地下からのマグマの上昇があり、いまでもマグマのなれの果てとして、各地で温泉が出ています。
 マグマが冷え固まりながら上昇すると、中に溶けている元素のうち、あるものは気体になって大気に出ていき(水素など)、またあるものは岩石が出来るときに中に取り込まれ(鉄、マグネシウムなど)、どんどんマグマから出ていきます。けれども、ヒ素などの大型元素の多くは、行き場がなく残りのマグマと同行します。
 マグマは出がらしになるほど色が薄くなります。東日本と比べて西日本の火山は地下深くからマグマが上がってくるので、途中で黒っぽい色のもとになる鉄やマグネシウムが抜けてしまいます。そのため、西日本では花崗岩(みかげ石)という白っぽい岩盤がよく見られます。
 残ったマグマには、嫌われ者のヒ素やウラン、ラジウムなどが濃縮されることになります。だから、御影石の岩盤とその周辺にはこれらが残り、岩石の中の透き間や断層などに入り込みそこで固まります。だから、ヒ素の濃度はひとつの岩盤の中のでもばらつきが多くなります。
 丹波山地の場合、もとは太平洋の底に貯まった泥などの塊ですが、そこにマグマが侵入して固まる間に、あちこちにヒ素の塊ができてしまった訳です。除去というするものにとっては悪夢です。40kmのトンネルのどの部分にどれだけヒ素が入っているのか、皆目わからないわけです。
 現実的には花崗岩や安山岩などのマグマ起源の岩石とその周辺を掘って出てきた残土をハイリスクと見なして別扱いで処理(させてくれる場所があるとして)するぐらいしか対策はないのですが、どこに花崗岩があるのかさえ明確には、掘ってみるまでわかりません。
 結局、「トンネルを掘りながら最先端から先のボーリング調査のようなことをして、これから先に花崗岩などがあるのかないのかを調べて、それによって残土の捨て方を変える」という、面倒極まりない工事になります。一般処理された残土の中から高濃度のヒ素が見つかれば、その度に何ヶ月も工事は停まるでしょう。
 もっと厄介なのは地下水です。岩石中のヒ素は固めてしまえば比較的安全ですが、地下水に溶けているとなると話が全然違います。京北町側のあかり地点から見ると、敦賀に向かうトンネルは途中まで少しは上り坂になっているので、中に湧き出した水はトンネルの入り口から流れ出てきます。量によっては由良川に流すしかなくなります。ものがヒ素ですから、鮎をはじめ地場食品の商品価値を大きく損ないかねません。
 基本的に工事期間中だけの(と言っても20年以上かかりそうですが)残土やそれを運ぶトラックと違い、湧き出す地下水とは未来永劫に付き合わなければなりません。京都府北部の住民が、死に物狂いで小浜ルートに反対するのは、当然の話なのです。

¡ 東前頭三枚目   新大阪駅の施工
→ 迷宮駅に消えた最初の目的 【北陸新幹線 その3】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/29_0826.html
 大阪人でもあまり意識しませんが、新大阪駅というのは淀川と神崎川に挟まれた中州のような場所で、どちらの川からも約1kmの距離です。当然、小浜ルート名物の水問題はありそうです。詳細はボーリンク調査でしか分かりませんが、地下深くに駅を作るほどリスクが増すことは確かです。
 鉄道建設・運輸施設整備支援機構さんの発表では、北陸新幹線は東海道新幹線とほぼ平行に東側から来て、ホームの位置は現在の南口のロータリーのあたりで、長さは400m、深さは地表から20mほどまでとのことです。
https://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi09.pdf
 ということは、南東からやってくるリニア中央新幹線を完全にブロックしてしまうことになります。ですからリニアのホームは、北陸新幹線のさらに南側に平行に並べるか、下を潜るしかありません。北陸新幹線よりもはるかに需要が大きいリニアの駅が、東海道新幹線・在来JR線・地下鉄御堂筋線などからは遠く、ついでに言えば淀川には近づきます。はっきり言えば、本来リニアが来たいところを先に押さえる訳です。こんな話を関係者一同、納得しているのでしょうか。
 けれども、リニアに場所を譲って大深度のまま新大阪駅に乗り入れると、今度は乗り換えがさらに時間がかかり、歩く距離も伸び、面倒くさくいし迷いやすくなります。つまり、「できるだけ避けたい乗り換え駅」になってしまいます。
 乗り換え時間が20分を超えるようだと、大阪から敦賀に行く場合など、新大阪で北陸新幹線に乗り換えるよりも、湖西線新快速に乗った方が早いという笑えない話になります。また、福井や金沢に行く場合は、京都駅(または桂川駅)での乗り換えが最速になりそうです。なんのために「はくたか」が新大阪に乗り入れるのかわからなくなります。
 なんのために作るのか分からない駅のために、わが国の地下鉄道史上に残る難工事に立ち向かわれる現場の皆様方に心からご同情申し上げます。


¡ 東前頭四枚目 敦賀・小浜間の山岳トンネルの施工
→ 竹槍戦隊大本営【北陸新幹線 その12】
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/07/28_0746.html
 何が根拠か知りませんが、この区間の工事は楽勝だとみんな思っているようですが、この地域での過去のトンネル工事(舞鶴若狭道)の例で考えると、工期におそらく15年以上かかることは避けられそうもありません。京丹波地区(私の言う第Ⅲ区)と地質の似たこの第Ⅳ区で工法の試行錯誤を進めて、同時に第Ⅲ区での地質調査をすすめる......どうしても小浜ルートというのなら、これが一番まともな取り組み方でしょう。
 その意味で小浜先行開業論もありと思うのですが、小浜までで終わりなき先行開業となって、いつまでたっても新大阪延伸ができないと、路線維持にとてつもない赤字がかかりそうです。