久しぶりに北陸新幹線がメディアを賑わせています。これまで、「一刻も早い大阪延伸」をなどと言っていた面々が、続々と現実路線の「米原」に舵を切り、福井県が悲鳴を上げ始めました。消えたはずの米原ルート......ゾンビに油揚げさらわれたと言いたいところでしょう。けれども油揚げを好むのはゾンビではなくビーガン、そもそも油揚げ自体が幻だったのです。
小浜いじめが始まった
昨年(2024)夏、小浜ルートの詳細が発表されると、これが無茶苦茶なプロジェクトで、技術的問題を意図的に先送りしまくっていることが、少しずつ露見し始めました。正直言って、よくこんなものを人前に出したものだと驚くレベルでした。
最初に反対運動の狼煙を上げたのは、京都市伏見の酒造組合と京都の仏教会です。大深度地下工事による水質悪化や地盤沈下は死活問題です。彼らの懸念には誰も答えられませんでした。というより、自信をもってルートを選定したはずの技術者たちの声が全く聞こえません。「私がプロジェクトリーダーです」と名乗り出る方もおられません。根拠不明の怪しげなレポートで「影響はほとんどありません」などと言われても、関係者が納得できるわけがありません。脱力と嘲笑あるのみ、反感さえ満足に買えたかどうか疑問です。
こんな有様で、小浜ルートは泥沼化することが確定的になり、次に思わぬところから火の手があがりました。北陸の「首都」金沢を擁する石川県です。商工会や一部の県議など、もともと米原派(小浜懐疑派)が潜伏していたようですが、ついに県知事自ら、国会議員や各首長など関係者の集まる「北陸新幹線建設促進大会」で、主催者に無断で米原推進のビラを撒きました。さすがは元レスラー、場外乱闘はお手の物です。
維新軍団の大阪府がこれに続きました。あまり話題になりませんが、小浜ルートは大阪府にも高額の費用負担が来ます。だから、タイミング良く厄介払いにかかったのでしょう。また、政治的には反維新の市長が率いる交野市も、水源をほぼ全て地下水に依存していることから、別働隊のような立場で小浜反対の声を上げています。
同じ頃、京都市も事実上の小浜反対決議を採択してしまいました。同時に採択された「丁寧な説明」を求める決議は満場一致でした。きちんとした事前調査をして問題が無いことを確認しない限り着工は認めないという、私に言わせれば、やっとまともな状態になったわけです。
そして、2025夏の参議院選挙で小浜ルート派の「教祖」が大苦戦をしました。トップ当選は米原派の維新の新人。前回ゼロ打ち(開票率0%の段階で当確がでた)の御大は得票数を前回の半分以下の2位というのですから、キモを冷やしたのでしょう。突然、米原ルートの調査を容認すると言い出しました。つまり小浜派から模様見派への撤退です。なんだか、クラスのタブーが破られイジメがスタートするのと同じ構図のようです。素朴に新幹線がやってくるのを待っておられた小浜市民には、気の毒の限りです。
そして、2026年度の予算。今年もまた北陸新幹線の大阪延伸予算は、時効要求じゃなかった......自公要求じゃなかった......事項要求になりました。つまり金額なしの予算要求。最大でも昨年度並みの予算で、再来年の3月まで細々と調査を続けて、なんとか小浜を維持しようということです。
肝心の地質ボウリングは年間20本以下、これを米原ルートや丹波山地の山岳トンネルにも振り向けるのですから、京都市内やの新規ボウリングはせいぜい4~5本。京都市民を説得できるようなデータがとれるはずがありません。よって、「丁寧な説明」は来年度中も不可能です。これまでのデータが公表されていないところを見ると、もしかしたら既に、一発で「こらアカンわ」となる恐ろしいデータが出ているのかも知れませんが。
しかも、財務省が異例である着工決定前の調査(私は良いことだと思うのですが)に、そう何年も予算を付けてくれるかどうか疑問です。特に、推進派はこれまで手つかずだった米原ルートの調査を優先する必要があるのですから、小浜ルートに使えるお金は今年よりかなり少なくなりそうです。
昨年春に、こうした事態を予想した自分の先見性をひけらかしたいところですが、こんなもの少しばかり地質を勉強をしたことがある人(国内に数万人はいそうです)なら、誰でもが出す常識的結論のはずです。政治と行政がやっと常識に追いついたというべきでしょう。
露わになる惨状、噴出するホンネ
ところで、一度消えて復活した米原ルートはどうなんでしょう。
ここでメンバー紹介。関係団体の本音を確認して行きます。まず、北陸三県、当たり前ですが、福井は小浜ルート死守、早く延伸を完成させたい石川は米原ルートです。真ん中の富山は現在は小浜ですが、本音は模様見と言った方がいいでしょう。
通過される側の府県。まず、大部分の京都府民は当然ながら小浜阻止。大阪府も模様見から、財政負担のない米原にシフトしました。
ややこしいのは滋賀です。県民にとって米原ルートには小浜にはない大問題があります。完成してしまう恐れがあることです。そうなれば巨額の負担が発生します。並行在来線(北陸本線・湖西線)の経営を三セクという形で押しつけられかねません。けれども小浜なら、着工後に頓挫することも大いに期待できます。完成するとしても早くて30年後。その頃には並行在来線問題もなんとかなりそうです。だから小浜推しなんです。
ほぼ同じ事を考えていそうなのがJR西日本。国も地方も既に、財政は思い切りキツい訳ですから、政治家たちはこぞってJRの負担増を口にしています。冗談ではありません。 だからJRも何のかんのと理由をつけて米原ルートのハードルを高くしています。小浜なら完成しないから大丈夫と読んでいるのでしょう。ここいらへんの事情は、前に記事を書いたときとほとんど変わっていませんが、こうも早々に米原ルートが復活してきたのは、やや意外でした。
南北ルートが強いわけ【北陸新幹線 その15】,この長屋,http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/12/20_0921.html
これまでのように滋賀県としては、体裁の良いことを言いながら静観して、小浜ルートの自滅を待つ訳には行かなくなって来ました。隣県福井の恨みを一身に受けても、きっぱりと断る日が必ずやって来ます。
けれども、京都の受け入れ拒否が認められた以上、滋賀だけがババを押しつけられる理由は全くありません。だから京都もダメ・滋賀もダメとって延伸コースがなくなります。よって、今の状態が北陸新幹線の最終形。永遠に敦賀止まりというのが最終結論です。
昭和の遺物「整備新幹線」
なんでこんな無様なことになったのでしょう。よく言われることですが「整備新幹線」という田中角栄時代の発想が、地方都市の人口減少が続く現状に合わないのです。虚しい仮定の話ですが、もし今、滋賀県の人口が激増中で湖西線の慢性的な混雑が問題になり、「サンダーバード(もちろんこちらも満員御礼)を新幹線に移して、新快速を増発しろ」という声が沿線から上がって、三セクの話には全国の企業が手をあげて利権まで発生するような状況なら、滋賀県は乗ってくるでしょう。ただし、環境問題や安全問題が大きすぎる京都府は、これさえも拒否せざるを得ないでしょう。つまり様々な理由で新幹線を整備してほしい県といらない府県に分断が発生しているのです。
鉄道路線の新設で、通過地点の自治体や住民の不利益・負担が大きいのは今に始まったことではありませんが、それに見合うメリットがまるでない状況では、あらゆるところでトラブルになります。整備新幹線の場合、これは北海道や九州でも実際におこっていることです。
おそらく、JRTT(鉄道・運輸機構)も西九州・北海道・北陸の新幹線の処理だけで、当分の間は手一杯のはずです。人口減少が特に地方でひどいことを考えれば、整備新幹線という枠組みは日本中どこでも、二度と機能することがないでしょう。