この長屋では、北陸新幹線をはじめ公共事業などの技術論を書いているつもりですが、あまり一般的には注目されていない危惧も指摘するよう務めてきました。
見方によっては、重箱の隅のあら探しです。けれども、記事にした「恐れていた事」の2つが、立て続けに現実化してしまいました。報告しておきます。
鋼鉄のタケノコは二度死ぬ
暖かくなってきました。春と言えばタケノコ。今年の出色は、一夜にして梅田の路上に生えた、高さ13mの鋼鉄製の「タケノコ」です。不謹慎かも知れませんが、生えて来るところを是非ともライブで見たかったと思います。
原因は多分浮力です。人間の心理なのでしょうか、物が沈んでいく事に関しては恐怖心が働くのですが、沈んでいた物が浮き上がってくることはあまり気にしません。そういえば、鹿児島の道路トンネルの崩壊事故もその例でした。
本当は恐ろしい浮力の話(この長屋),村山恭平,
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/08/29_0556.html,
今回の「タケノコ」騒ぎも同型の話です。正体は鋼鉄製のパイプ、大雨のとき地下3mの下水(雨水)管から24m下にある地下貯水層へ汚水を落とすための縦の送水管だったそうです。つまり巨大な雨樋です。
こういう場合、通常の工事ではまずは穴を掘りながら上のパイプと繋いでいきます。たぶん作業中に少しずつ地下水が浸入して来るでしょうが、底の部分が完成したらポンプで吸い上げて捨てます。こうすれば中は空っぽになります。
なにしろ水を一切通さない直径3.5m高さ27mのパイプを地下に立てるわけです。地表から地下27mまでの途中に地下水の層があれば、そこからパイプの周囲を伝って水が下へ落ちて行き底に回り込んで貯まりはじめます。
地面の下に巨大な注射器を押し込んだようなものです。血液検査のときなど、注射針を刺しただけで、ピストンを引かなくても注射器の中に血が入ってきます。低血圧症などで血が貯まらない場合に、力づくで医師がピストンを操作して血を吸い上げることを強行採血と言います......嘘です。
梅田の地下は「高血圧」だったのでしょうか、鋼鉄パイプは穴底に貯まった水に浮かぶ形でどんどん持ち上げられ、地上に出てきたのです。
報道では「浮力あるいは地下水の圧力」などいう表現もありましたが、実は同じ物です。水中で物体が受ける圧力のうち、「上から下に押し込む力」と「下から上に押し返す力」を比べると、水深が深い分だけ後者の方が大きいのですが、その差が浮力になります。大きさは、水に沈んでいる部分の体積に比例します。
船の設計などでは、積分なんぞを使った面倒な計算になりますが、今回の「タケノコ」は、直径3.5mの円筒で、これ以上ないほど単純な形です。上面は空中に出ていて側面は鉛直ですから、底面にかかる水圧がそのまま浮力になります。13m飛び出した状態では、地下に残っている部分の体積は、1.5 × 3.5 × 3.14 × 17 で、だいたい650立方mぐらいですから、浮力は最大で650t分になります。鋼鉄管の重さは約56t。まだまだ余力があるのに上昇が停まったのは、地下水の深さのせいでしょう。パイプの長さは約30mで地上に13m出ているということは、地下17mまで刺さっているということで、ここいらが地下の水面なのではないでしょうか。
大阪の鋼鉄管最大13m隆起...専門家「地下水の圧力でありうるが、これだけ
巨大な事例聞いたことない」,読売新聞オンライン,
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260311-GYT1T00407/
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この「タケノコ」ですが、中に水を入れると浮力に対抗できる重さになり、ズブズブと再び地中に沈んでいきます。なにしろ注射器のようなものですから、上から押してやれば沈みますが押すのをやめれば浮き上がります。だから最後に地上に残った1.6mほどの先っぽは、切らない方がよいでしょう。先っぽが無くなればパイプは軽くなり、その分また地上に上がってきそうだからです。
もともとの目的が大雨時の送水管なのですから、完成後、平時には常に鋼鉄管の中を空っぽにしておかなければなりません。大阪市は地盤の補強が終わったら再び鋼鉄管内の水を抜いて工事を続行するとのことですが、やめた方が良いと思います。
今回の事故でさらにはっきりしたのは、この地域は地下水が多く地下にある中空の構造物は、浮力で浮き上がって来るリスクがあることです。周辺に固着剤を流し込んで鋼鉄管を周辺の地盤にくっつけるとの事ですが、なにせ軟弱地盤です。固着したはずの土砂ごと持ち上げられ、「タケノコ」の回りに土砂の衣がへばりついて、もう一回、上がってくることになりかねません。地元の人は絶対に許さないでしょう。大阪では「二度漬け禁止」は常識です。いつまでも「タケノコ」にこだわらず、最初から設計をやりなおすのが、実は一番早くて安上がりなのではないでしょうか。
身近な市街地でも、地下のことは案外見落とされているものです。たとえば、降った雨のほとんどは地下水になるのに、その先の流れはほとんど解明されていません。ですから、十分な地質データの無い場所や大深度地下での工事では、これまでの常識では考えられないような問題や、経験したことのなかった事態が発生するのです。
ところで、浮力と関係ないところでも、地下水によってよく考えてみると恐ろしい事態が進行しています。見てみましょう。
甘過ぎた私の危惧
福島第一原子力発電所に関して、先日、ある報道がありました。内容は2022~23年ごろの調査です。2026年3月9日付けの朝日新聞の朝刊一面でしたが、スクープというより、どちらかと言えば地味な震災記念日がらみの回顧記事です。けれども、見出しを見て冷や汗が出ました。
原子炉直下に新たな想定外「消えたコンクリート」 15年後の今も謎,朝日新
聞
https://www.asahi.com/articles/ASV2W33C4V2WUTFL01BM.html,
やっぱり来たか......恐れていた老朽化がいよいよ始まったようです。地震翌日にメルトダウンして以来、いまだに大量のデブりが残る一号機。原子炉本体とも言える格納容器を支える台座の中心部分で、鉄筋だけを残してコンクリートがゴッソリと無くなってしまっているようです。
現場の担当者の方は、「横からの支えもあることなどから、大規模な損壊に至る可能性は低い」などと呑気なことをおっしゃいますが、とんでもない話です。調査で分かったのは「中心部分が無くなっている」ということだけで、当てにしている周辺部分がどの程度残っているのかは不明です。
下に破片がほとんど落ちていないことから考えて、台座のコンクリートは「崩れた」というより「溶けた」ということです。あるいは両方かもしれませんがメカニズムは不明。今後、崩落(熔解?)が進行しないと考えるのは、あまりにも楽観的でしょう。
地震や津波などのリスクもあります。明治になってから3回も大きな津波が来た場所です。無視できる危険ではありあせん。いずれにせよ、格納容器がそう長く保つことは期待できません。この前の記事で、「どんなに頑張っても、あと100年もすれば建屋が崩壊」と書きましたが、見積もりが数10年単位で甘かったようです。
新春備忘録(この長屋),村山恭平,
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2026/01/14_1820.html,
鉄筋コンクリートのジレンマ
最近まで知らなかったことですが、鉄筋コンクリートは鉄筋のないコンクリートよりも寿命が短いそうです。理由は鉄筋が錆びるからです。ローマの円形競技場が残っているのも鉄筋が入っていないからとのことです。
それでは、なんで鉄筋なんか使うのでしょうか。コンクリートは押しつぶす力には滅法強いのですが、引っ張られるとたわいなく割れてしまいます。タイルを考えると分かりやすいのですが、少し腕力のある人なら普通の10cm角のタイルをへし折るのは簡単でしょう。しかし、たとえレスラーや力士でも、壁に張ってある同じタイルを、指で押しつぶすのは無理でしょう。
地震時など、コンクリート製の柱や壁を引き延ばしたりねじったりするタイプの力に備えて、補強をするのが鉄筋なのです。だから、地震国ほど建物に鉄筋をしっかり入れる必要があります。
これまた不謹慎な話ですが、ガザやキーウの爆撃で倒壊しかけているビルは、えらく安普請に見えませんか。けれども地震の少ない地域の建築はあれぐらいで十分です。それを、わざわざ壊しに来るほど人類が馬鹿なのは、設計者やコンクリートの責任ではありません。
けれども、鉄にも弱点があります。国内の普通の建物では、何十年かすると鉄筋はさび始め、元に戻ることはありません。さびが進むと鉄筋は膨張して周囲のコンクリートにひびが入り、そこから入った水分でさらに鉄筋がさびるというという悪循環が始まります。
古いビルの外壁が剥がれて、中から赤茶けた鉄筋が顔を出していることが時々ありますが、そのビルは倒壊への王道コースを進み始めたことになります。ここまで来てしまうと、いくらお金をかけてもメンテナンスすることは困難です。コンクリートの中にある鉄筋を全て新しい物に取り替えることなど不可能だからです。中古マンションなどでこういう個所を見つけたら、いくら外見が丈夫そうでも絶対に購入しようなどと思わないで下さい。
まとめて言えば、耐震などの「短期的な丈夫さ」と「長期的な安定性」は、本質的に矛盾しているのです。鉄筋を減らせば地震に弱くなり、増やせばさびのリスクが増えるからです。
メンテが分けた二つの被曝建築物
ただし、建築時に鉄筋のさびを防ぐ工法や完成後のメンテナンスで、鉄筋の寿命も延ばすことも可能ではあります。たとえば、広島の原爆ドームは1912年の完成で、終戦の時点ですでに耐用年数に近かった可能性があります。被爆で福島よりもはるかに強烈な熱と放射線と爆風を浴びているのですが、その後、80年にわたって(少なくとも台座部分は)原型を保っています。戦争遺構になったことで十分なメンテナンスが行われ、築後100年以上残っているという訳です。まさに歴史の皮肉なのですが、原爆投下がなかったら、おそらく戦後の早い段階に老朽化で取り壊されていたことでしょう。
では問題の福島の原子炉格納容器はどうなのでしょう。まず、完成は1970年頃、海砂やアルカリ骨材反応などの問題が知られる前の施工ですから、もとのコンクリートとしての完成度は期待できるとは思えません。
また、原子炉の寿命は40年とか60年とか言われているわけですから、百年単位の使用を前提に設計されたはずがありません。むしろ、短期的な丈夫さを優先して鉄筋を多様するのが常識ですから、さびに対してはあまり工夫のない、当時の普通のコンクリート基礎だったのでしょう。
そして、「そろそろ寿命かどうかをチェックしよう」という時期に、震災が起こったわけです。もともと耐用年数が近づいていたときに、地震・津波・メルトダウン・水蒸気爆発・海水の流入とダメージのフルコースを耐え忍んでいるのですから、最初の設計施工者はある意味でヒーローです。けれども今後はどうなるのでしょうか。
もちろんメンテなど夢のまた夢です。格納容器には人間が近づけないですから。それどころか、デブリで加熱された海水が常に循環し、弱くなったとは言え今でも放射線にさらされているのですから、これまでと同じかそれ以上のスピードで、腐食が進んでいくでしょう。
呑気な現場と忍び寄るXデイ
さて、その現地で何が行われているかと言えば、デブリの取り出しです。いつ終わるのでしょう。事故から10年以上たって、「0.9グラム取り出せたぜ」と技術者が興奮している状態です。デブリの総量は880tで取り出せた量の約10億倍。
「100億年仕事。それまで太陽系がもつかどうか」とか「ウランの半減期は最大47億年だから、そのころには放射線もかなりマシになってるやろう」などと嫌味を言うつもりはありません。
けれども、デブリ取り出しの完了時期は、東電「大本営」の発表では、本格的な取り出し開始が2037年以降、建屋の解体終了が2051年ごろとのこと。怪しげな数字が並んでいます。ほとんどの関係者や科学・技術者が鼻で笑う、この楽観的な見積もりでさえ、取り出し終了は今から25年後、つまり震災から今までよりも長い期間になり、そのころには一号機は築80年を迎えることになります。格納容器が頑張りきれるかどうかは、微妙なところだと思います。
デブリの受け入れ先問題なども無視した楽観的な工期見積もりでさえこれなのですから、格納容器のコンクリート劣化問題は深刻だと言わざるを得ません。最悪の場合、2040年ごろのある日、一号機の格納容器が建屋ともろとも倒壊してしまい、大量のデブリが外気に露出し、それまで健気に汚染水を除染していたALPSも停止するでしょう。
こうなると敷地に近づくことすら危険ですから、事故の対処どころか逃げ遅れた人の救助も不可能です。大気中や海水中の放射性物質は海外でも観測されるまでになり(チェルノブイリ事故では日本国内のモニタリングポストにさえ異常値が出ました)、なすすべも無く汚染物質を垂れ流し続ける日本は、世界中から呆れられ天文学的な損害賠償を求められるでしょう。
最後に私なりの対策を書いておきます。まず、デブリの取り出しは早期に諦めるべきです。出来そうもないことに経費と人員、そして何よりも時間を費やすべきではありません。諦めきれない夢(ここでは完全な現場の除染)のために、着実に危険が増す事を放置しがちなのは私たち日本人の(あるいは人類の共通の)悪い癖です。
地元福島県の方には本当に申し訳ないのですが、デブリを含む放射性汚染物はその場で密閉処理するより仕方有りません。具体的には、まず、既存の原子炉施設(格納容器や圧力容器)が曲がりなりにも機能して放射線を遮蔽できているうちに、周囲に土手を作るような方法で建屋もろとも隔離してしまい、最終的には埋めてしまうより仕方有りません。そして、一帯の地下水やら海水やらをくみ上げて、冷却と除染を続ける......こんな方法しかないでしょう。
それで何とかなるのかと聞かれたら、「分かりません。無理かもしれません。多分無理でしょう」としか答えようがありませんが、今のままデブリ相手のママゴトで遊んでいて、「突然の倒壊で手の付けようもなくなる」となるよりは、はるかにマシだと思います。少なくとも、日本は最後の最後まで勇敢に戦い抜いて破綻した国家として、と歴史に名を残すことができるからです。