ある博物館を訪れ、ローマをはじめとするヨーロッパについてとても役に立ちそうな知識などをたくさん得た。ヨーロッパのトレンドをあまり詳しく知らない僕にとって博物館はすごくありがたい。
 博物館ではゴヤの絵画を見ることができた。ヨーロッパでは今、主流の人々が「ゴヤの世界」化していると僕は思う。守る想定のモラルを守らない者がいるようだ。イタリアも大変なのである。
 地中海を見に行くと波が荒れていて風が強かった。魚市場を興味深く見た後、魚料理を食べられないかと思って入ったお店はレストランではなく食材を売るお店だった。まあ、いいかと思って「ラビオリ」なるパスタの一種を買い、宿に戻って茹でて塩を振ると涙が出るほどうまい!しかもレストランで食べると14ユーロくらいするのに、自分で茹でると2ユーロ弱。
 宿をチェックアウトして帰路の鉄道に乗るまで街を歩いて時間を潰そうと思ったらザーザー雨が降り始める。海が荒れていたのがお陸まで来た。疲れも溜まっていてかなりフラフラになりながら本屋に逃げ込む。並んでいる本を少しずつ読んでみると、ローマではウィーンなどに比べてアカデミズムとサイエンスに信頼を置いていて厳しい印象がある。こういう所も日本に近い。オカルト寄りのハンガリーとの違いである。
 まだまだ訪れたい所はあるが、三日ではとても回りきれないのでまたの機会に。ローマはこれからも無視できない都市であることを願う。

 ローマのとブダペストの西洋風の建物はつくりが同じだ。ローマのコレを模倣してブダペストのアレが作られたのかという発見が続く。ブダペストはローマのような街を作ろうとした時期があることがわかった。ローマはみんなの憧れだったみたいだ。日本も憧れたんだろうな。

ローマで何回も日本人を見た。実は日本人観光客を見ることすら何ヶ月ぶりだかわからない。ブダペストやウィーンと比べてローマに日本人観光客の多いこと!キラキラと小綺麗な日本人の皆さまを見かけると、そういえば日本人ってこんな感じの人が多かったなーと思い、何となくボロッとした格好でウロウロしている自分と比べ、ずいぶん長い間日本と離れた所にいたのだということを思った。

 ローマは日本と近い感じがする。本当に久しぶりに日本人を見た。どの辺りに日本人が増える境界があるのだろう。オーストリアの国境を越えたあたりで日本人がぐっと減るのかなー。

 コロッセオやパルテノン神殿など有名な観光地を訪れる。ものすごい数の観光客が集中している。もうちょっと人が集まっていない所で、見どころがあるはずだと思い、人混みをかわしながら街を散策。ヨーロッパの街歩きや公共交通機関の勝手はブダペストと大して変わらないので、慣れたもんである(あまり油断するといけないが...)。おいしいカルボナーラを食べて通りを歩いていると色々と面白い品物を見ることができた。

 ローマはさすがの観光地である。観光客を喜ばせるようにできていて、ちょっとやそっとでは新しいものが見つからないな(でも見つけたいな...)と思う。

 サヴォイア家のヴィラがあることを調べ、街の中心から少しだけ離れたヴィラにバスで向かう。サヴォイア家とはイタリア有数の名家である。ヘレンド陶器を評価した貴族のひとつでもある。

 ヴィラの敷地内には誰でも入れるようになっていて、信じられないくらいのどかな空間が広がっている。若者たちと若くない者たちのピクニック天国。クローバーのお花畑。おとぎ話のような森と草原と空。鴉。ここで遊んでいる人たちはサヴォイア家に縁のある人々なのだろうか。ふと気がつくと、周りには観光客が一人もいない。あれ?僕みたいな観光客が入っても良かったのだろうか、何かしきたりとかあったらどうしよう...と思ったが、思っただけでズンズン入ってゆく。おおきな枝垂れ柳に出会う。「日本ぽいな」と思い、また別のところには桜の木が咲き始めている。再び「日本ぽいな」と思う。さらに小道を進んでゆくと竹が植えられている。「日本だな〜」と思う。まだまだどんどん進んでゆくと、ぱかぱかと馬が走っている。おー。馬はやっぱりいいですね。

 観光気分で訪れる場所だったか微妙だけど、随分落ち着いた気分になった。資産のある人がこうやってパブリックに土地を提供するのは素敵なことなのではないでしょうか。
 
 宿へ戻る。

 ブダペストは長らく神聖ローマ帝国領のパンノニアと呼ばれる場所にあった。帝国の本拠地であるローマに出かけようと思う。

 ブダペストからウィーンを経由して、ローマに向かう鉄道に乗る。ブダペストからウィーンまで2時間、ウィーンからベニスまで8時間、ベニスからローマまで8時間ののんびり鉄道旅行。ウィーンからイタリアに向かって国境を越えるまで平野を行くのかと思いきや、かなりの割合で山や森の中を走る。雪の残った山の峰や牛や馬を眺めながら、夜中にベニスに到着。乗り換えに2時間ほどあるので、夜中のベニスを散策。海のにおいがして嬉しい。ハンガリーは内陸なので、海の気が全くない。ドナウ川は流れているから水の気はあるけれど、海と川はにおいが違う。海の気に飢えていたようで、藻のにおいが嬉しかった。

 ベニスは今や観光都市になっているので、夜中でも煌々と照明がついている。きれいな街明かりを見るのもいいけれど、空を見上げるの月と星が街を装飾していることに気づく。今のように観光都市になる前、ベニスを訪れる人たちは海のにおいと波の音を聴きながら、夜空の星に照らされる中世の建物を眺めてお酒と食事を楽しんだに違いない、と妄想した。だから、個人的には街の明かりの量をもう少し減らして欲しいと思いましたね。

 ハンガリーの人口は997万人。一方で、あるヨーロッパの新聞記事によると(*1)、ハンガリーを離れて生きている人の人数は70万人。これは全体の約7パーセントである(この数は近隣諸国に住むハンガリー系の200万人を含まない)。この驚異的な割合を日本に適用すると、約840万人の日本人が国外に移住して働き、国外で生活しているという計算になる。凄まじい流出だ。政府は国外のハンガリーの人々が「ホーム」に帰ってくるようなキャンペーンをしているが、ほとんどの人は故郷へ帰るつもりはない。政治的にこんなキャンペーンはジョークに過ぎないということである。同記事は流出の原因は政治が反リベラリズムに向かっているせいだと言う。僕もそうだと思う。「岡目八目」のように、国を離れた人の方が物事をよく見えているかもしれない。

 以下にここ数日間で調べたことやあった出来事を書く。新しく知ったことが多過ぎて、まとまったストーリーにはできなかった。

 16〜17世紀のハンガリーの貴族で「血の伯爵夫人」と呼ばれるエリザベス・バートリという悪名高い人物がいる。なんでも、城の召使いや下級貴族の女を600人以上殺し、処女の血に身を浸すことによって若さを保とうとしたそうだ(*2)。バートリについては様々な残虐なエピソードがあり、興味深いオカルト話として伝承されてきた。

 しかし、バートリについての逸話が本当かどうかの真偽は確かではないということが、アメリカなどの近年の研究で指摘されている(*3)。当時の貴族の家庭では親が子供を大事にしなかったせいでバートリのように残虐な人間が生まれたということがまことしやかに語られていたが、事実は全く反対で、当時の貴族たちは子供を甘やかせるだけ甘やかしていた。一族が確実に長く生き延びるように子供を大切にする慣習があったようだ。権力を持つ女性として恐れられたので周りの貴族が殺人をでっち上げたと主張する者もいるが歴史的に言ってこれも正しくない。権力を持つ女性は当時のヨーロッパ社会で珍しくなかった。600人は多く見積もりすぎと言われているが、針やアイアンメイデンなどの信じられないほど恐ろしい拷問器具を用いてバートリは実際に何人かの若い女性を殺害した可能性は極めて高い。なぜバートリは世にも恐ろしいことをしたのか、伝説はどの程度真実なのか、それは今でも謎のままだ。

 バートリにまつわるオカルト話は面白い。面白いとか言っていると人格を疑われそうだが。
 
 17世紀、ハンガリーはハプスブルク家とオスマン帝国によって分割され、トランシルバニアを統治するバートリ一族にハンガリーへ平和をもたらすことが期待されていた。バートリ家はどうしてドラゴンの紋章を掲げたのだろう。

 カタリン・ノヴァーク元大統領の辞任を受けて、2月16日、英雄広場でオルバン率いるフィデス政党に抗議するデモがある。英雄広場を埋め尽くすほどの大規模なデモだったことがわかる写真を見た。この日は体調を崩してしまって現場に行けなかったのだが、デモに参加した人々のSNSからも熱気が伝わってきた。後日英雄広場を訪れるとダンボールで作ったカードがまだ残っていた。少し離れた場所のロシア大使館前に死亡したアレクセイ・ナワリヌイを追悼する場が設けられており、花束とキャンドルが備えられていた。火の消えたキャンドルに僕も一つ火を灯した。これは革命の火だと言うことを感じた手が震えた。

*参考文献

*1)『若い女性600人を殺害「血の伯爵夫人」バートリ・エルジェーベト』, NATIONAL GEOGRAPHIC, https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/102500492/

*2) "Hungary Is Spending A Fortune To Entice Its Young People Back Home, But Many Remain Unconvinced", Lili Rutai, https://www.rferl.org/a/hungary-brain-drain-politics-jobs/32753641.html

*3) "No Blood in the Water: the Legal and Gender Conspiracies against Countess Elizabeth Bathory in Historical Context", Rachael Leigh Bledsaw, https://ir.library.illinoisstate.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1134&context=etd

2/6(火) お金の話

 いつ何時お茶を点てる機会に恵まれるかわからないので、茶道を稽古している者の嗜みとして野点セット(茶室だけではなく屋外でお茶を点てるための道具セット)を一応スーツケースに忍ばせてハンガリーまでやってきた。ところが中途半端なことに、肝心の「棗(なつめ)」という抹茶を入れておく容器を持ってくるのを忘れてしまった。しかし、せっかくハンガリーに来たのだから日本の道具だけでなくハンガリーで棗に代用できるもの(見立て)を探してそれを使うことによりミックス道具セットを作ってみよう、と思いついたのが去年の夏。慣れない環境にしばらく右往左往していて今まで道具を探す余裕があまりなかったのだが、ヨーロッパで新しいセメスターが始まるこの時期には地元のあらゆるお店が商品を新しく入荷させ、にわかに街がどよどよと活気づき始めていた。今こそ道具を探す良い機会ではないかと思い、一軒のアンティークショップに立ち入ったことがハンガリーの有名ブランド「ヘランド」の陶器との出会いである。

 ハンガリーでは刺繍が有名だということはSNSなどで目にしていたけれど、陶磁器について僕は全く無知だった。ところがハンガリーは陶磁器で世界的に有名なブランドが三つもある。「ヘレンド」「ジョルナイ」「ホルハザ」である(お店の人がこの三つが有名なのだと高らかに唱えてくれた)。ハンガリーには閉鎖的な文化があり、それは長らくウクライナ支援に反対の立場をとっていたことにも象徴されているだろう。ところがハンガリーにおける陶磁器は今まで僕が出会った中で最も「世界的にオープンかつ常識的」という部類のもののように思った。

 ハンガリーの他に中国、香港、アラビア諸国の道具が並べられていたアンティークショップで一際輝くオーラを放っていたのがハンガリーの陶磁器だった。批判を重ねるようだが、ハンガリーの造形物に対しては僕は基本的にいつも大きな翳りがあると感じずにはいられない。裕福そうな家や街の教会の建築さえどこかバランスの崩れや神経過敏な追い込まれ方を見て取ることができた。ところが陶磁器には病的な暗さがそれほどなかった。これはハンガリーにおいて例外的なことと考えられる。

 ところで、ヘレンドの陶器を買う時の、お店のオーナーの人の値段の決め方が面白かった。客の僕に「どれくらいだと思う?」と聞いて決めようとするのだ。骨董品の値段を決めることはおそらく難しいことなのだ。本を売るときと同じように、内容の価値に照らし合わせて物の値段を決めるわけにはいかない。人生を変えるような本だからといって「人生を変えるような本なので一生かけて支払わないような値段にしないといけないからとりあえず500万円」というような値段の付け方はしない。どれだけすごい内容の本であっても古本屋ならポテトチップスと変わらない価格帯で本は買える。骨董品も似たようなもので実用性に照らした値段にするわけにもいかないだろうし、僕はたいして詳しくないけど、おそらく芸術的価値みたいなものに照らして値段をつけるのだろうけれども、そもそも芸術的価値の客観的評価など簡単にできるわけがない。

 僕が購入した陶器に僕が値段をつけるなら「15万円はくだらない」とするのだけれど、これは相場を知らない僕が陶器に感動したときの気持ちの問題としてそれくらいの値段かと思ったというだけの話であって、そもそも食器の相場は世界で最も高価なカテゴリーであっても1万円〜2万円くらいのようなので15万円なんていう値段は絶対につかない。ちなみに25ユーロで購入した。

 アンティークショップも商売でやっているわけなので、一応できるだけ高い値段でたくさん買ってもらおうと思っているはずではある。ハンガリーの通貨フォリント、EUの通貨ユーロ、僕の馴染みある日本円の換算は単純計算が難しい。日用品を買うときはフォリントが日本円の半分よりちょっと安いくらい、ユーロが3/2倍してゼロを二つつけるくらい、というかなりアバウトな計算をしていたのだが、「10000フォリント」と言わずに「25ユーロ」と言われるとユーロの方がお手軽な気がしてくる。でも実際は同じくらいの値段である。しかも初めに「30ユーロはどう?」と提案があって「学生にはちょい高いっすかねえ」と応え、「25ユーロは?」「それなら良いかも」というやり取りの結果の25ユーロだったため安くまけてもらったくらいの気でいたが後で考えるとそう安い買い物でもなかった。でも初めから僕は「これはいくらでも出す価値ある(出せるかどうかは別だが)」と思っていたので全然構わないのである。

 ところでヘレンドというのは日本でも有名なブランドらしく、古くは1826年にハンガリー西部に位置するヘレンド村でユダヤ系経営者によって始まった陶器でありハンガリーの帝室・王室御用達でありロスチャイルド家もヴィクトリア女王もハプスブルク家もウィリアム王子もキャサリン王妃も愛用したばかりか、それだけでなく1870年ごろ倒産の危機に直面するや贋造によって経営を建て直した歴史を隠そうともせず公開しているという、どの話も嘘っぽいけど全部本当の、なんだかすごく面白いブランドなのである。

 もう一つの有名ブランド「ジョルナイ」はペーチというハンガリー南部の都市に本拠を置いているらしい。「ホルハザ」はよくわからない。どのブランドも手描きで装飾の絵を描いているらしい。また目にする機会があれば調べてみたい。

 いきなりありえないレベルの貴重な物に遭遇してすっかり驚いてしまった。

1/26(金) ウィーンへ

 19世紀にハンガリー帝国を解放へと導いた皇妃エリザベートは当時ヨーロッパで最も美しい女性と讃えられたにも関わらず、絶え間ない暴力と侵略がエリザベートに向けられたせいで決してその頭脳に美しいものを理解する余裕を与えなかった。ウィーンへ小旅行に出かけてエリザベートの生涯を展示した博物館を見てまわってそう思った。
 
 博物館には皇妃が使った小物類や家具なども展示されており、皇妃が使ったとされる東洋風の扇子を見ることができた。扇には綺麗な桜の花が描かれていた。どうして桜の花を選んで描いたのだろうか。

 開花時期を過ぎた桜の木の下を歩いたことのある者は誰でも桜の木が醜い毛虫に覆われることを知っている。王家の者に贈るのであればもっと特別な花を選んでも良かったのではないか。エリザベートは桜の花に満足しただろうか?いや、エリザベートは桜の花の醜さをどこか感じて見通していながらもその扇を愛し、その扇で構えをとったのである。

 日本で生まれ育った僕はこのことについてどう考えたらいいのだろう。

 ブダペストのホロコースト記念館というところに行ってきた。ハンガリーのユダヤの人々とロマの人々が受けた虐殺、ブダペストで実際にあった殺戮の記録を展示したところであり、ユダヤのシナゴーグを改修した所だ。ブダペストを訪れる機会があれば、必ず訪れて欲しい場所の一つだ。

 シナゴーグの広間に入った時、「ここで武道大会ができるな」と思った。空手道なら武道大会、合気道なら演武会ができるサイズ感と場の雰囲気である。

 日本の教会しか訪れたことがないと、まさかそこに繋がりがあるということには気がつかない。日本の教会はこじんまりしていて、大抵は一階建てであり、武道ができるほど広々とした空間ではない。

 ハンガリーのシナゴーグや教会は空間が広々としていて、観客席にできそうな2階がある。

 ヨーロッパの他の教会もきっと広々としているとは思うのだが、ハンガリーのシナゴーグ・教会には「神をも恐れぬ生意気さ」があってユニークだと思った。

 ドイツなどの教会は荘厳すぎて、「ここで飛び跳ねたりコロコロ転がったりするなんて畏れ多い」という気がする。ハンガリーの施設は武道でもオッケー!オッケー!という豊かな感じがある。

 ハンガリーの人々の魅力はあらゆる権威が味方ではないと思っているところだと思うのだけれど、今の政治家はクリスチアニティや聖書の重要性を強調している。これから先は一体どうなるのかなあと思う。

 ホロコースト記念館で合気道の演舞会なんかやったら入門者が殺到するだろうなー、ということを考えた。

 合気道のお稽古に行ってみよう、と思い立ち、インターネットで合気道のお稽古ができる所を探すと、小学校とギムナジウムを併設した施設でお稽古している団体があったので、ギムナジウムという所を見てみたいと思い、その団体を選んでお稽古に参加してみた。僕の稽古してきた合気道とはかなり違った。

 僕は考古学の学者なのです、と言うおじいさんと組んで、稽古の後に名刺をもらった。ブダペスト大学の人文学部学長は考古学の先生だったような、と思ってネットで名前を検索してみたら、学長ご本人だった。僕が京都出身だと知ると、私の袴は京都で作ったんだ〜、と、嬉しそうに話してくれた。

 ブダペストには日本好きの人が微妙に多く、やたら本格的な抹茶屋さんがあったりするので、「なんだこれ」と思っていたが、ハンガリーの偉い人の中に日本が趣味の人がおられたのですね。ありがたいですねー。

 胸の内では、僕はELTE(ブダペスト大学)の状況は問題だらけだなあと思っている。学長様の合気道も、残念ながら、闘争心があまりに強く湧き出ていて、その結果として極めて男性中心主義的なマチズモ、力づくの様子があった。他の門人はそういう合気道を「これが伝統的な合気道だ」と言うので意味がわからない。ハンガリーではAuthenticという言葉を軽視することによってユダヤ教を信じる人を弾圧してシナゴーグを閉鎖したという記事を読んだが、そういう暴力に繋がりかねない。つまり、ハンガリーの人々は同じ間違いを繰り返しているのだ。もし、現在のELTEの教育について「これはジャパンの合気道の教えでもあるのだ」というような話になってしまうと(ならないと思いますが)、それはものすごく困る。それは違います。もしそれが「勝敗強弱を気にする」ものであったり、「技がかかる・かからない」を気にするものであるなら、それは僕がお稽古してきた合気道とは違う。そういうことを、僕の責任にしないでください(本当にやめてー)。だってそんなことになっているとは知らなかったのです。そして僕が好きなハンガリー出身の人たちは、みんなハンガリーを離れている。ユダヤ系SF作家の人も、ELTEを離れてアメリカの大学で先生をしている。

 それにしても、何があったら合気道のファンになるのか。不思議だ。ハンガリーにおける考古学と、英米文学に相補的関係はあるのだろうか。別に全然関係ない気もする。さあわからない。

 年末年始は温かいスープを作り、ダラダラとお菓子を食べながら浦沢直樹の『モンスター』という漫画を読んで過ごした。ELTE(ブダペスト大学)の先輩にあたるSF作家の人が最近『モンスター』のレビューを書いていて、気になったので電子版を買ってみたのだ。ヨーロッパで日本人として生きていくテンマ医師に若干感情移入する。

 秋セメスターでは、何人かの教授から「英語をできるだけ練習するように」と注意を受けた。英語の本を読むのは日本語の本を読むより圧倒的に時間も体力もかかるし、グループワークでなめらかに話すことがたまにできたり全然できなかったりするので、指摘そのものはその通りかなーと思いながらも、僕はモヤモヤする。

 ユダヤ系アメリカ文学の先生に「僕の英語力、足りてないでしょうか」と聞いてみたら、"You need to practice."とのお答え。 普通に考えたら"You need to practice (English)"という意味だと思うけど、Englishまで言わずpracticeで止めてくれたことに僕は感謝する。それが子ども用の英語の絵本でも、児童文学でも、SF小説でもポッドキャストでも、みんなイングリッシュ。Practiceするのは単に「円滑に話すための英語」だけではなく、もっと広くて大きくて深い何かなのだ・・・と僕は(勝手に)解釈した。

『モンスター』のレビューを書いたユダヤ系SF作家の人は日系アメリカ人を親にもつ人の小説のレビューも書いていた。その小説を読んでいると、もちろんネイティブ英語なので、一見すると普通の現代的なアメリカ英語のようなのだが、意外に日本的で、不思議な感じがする。こういう英語を読むことは、日本語が第一言語の僕にとって新しい可能性なのかもしれない、というふうに思った。

 ヨーロッパの人が話すような英語を僕が目指す必要は、特にない。日本語が第一言語の人が話す英語は、英語やハンガリー語が第一言語の人が話す英語とは単語の選び方やリズムが違ったものになるかもしれないけれど、その違いは必ずしも修正すべき間違いとは限らず、むしろ日本語話者が英語をクリエイターとしての立場から扱うチャンスかもしれない。日本語を第一言語とする人が英語を「母語」として扱うことは、夢物語に過ぎないだろうか。実際には、日本語と英語の間には日本語を第一言語の人のために用意された「空席」があるかもしれない。

 所属しているコースの、必修科目のシラバスを見ていたら、最終授業の課題がイェイツの詩だった。

 イェイツについて、"The Conversation with Friesnds"というアイルランドの作家のデビュー作で、次のようなストーリーがあった。

 フランシスはダブリンで英文学を専攻している。フランシスがマッチングアプリで知り合った医学生と会い、店で食事をする。医学生は「英文学か。僕はイェイツが好きだな。英文学って何の努力も必要ないからいいよね。医者は大変だよ」ということを言う。そのまま二人はホテルに行く。フランシスはセックスを断りたかったが、ことを大きくしたくないと思い、抵抗しなかった。そして医学生はフランシスをレイプする。後でフランシスは友だちのニックにそのことを話す。ニックは「イェイツが好きなやつに人間の営みは一生できない」と言う。 

 僕はこのシーンをよく覚えている。そのイェイツが課題だ。指定の詩はギリシャ神話に絡めたレイプのもの。

 一体、この大学は、ハンガリーは、何がしたいのだろうか。学部一年生にこんなものを読ませて、何かいいことがあると思っているのだろうか。

 必修科目のこれを除けば、移民についてのセミナーや、アメリカのユダヤ系作家についてのセミナーなど、勉強になるし、楽しい講義があった。しかし、必修科目のこの授業は何だと言うのか。少なくとも知識の乏しい学部一年生に与える課題ではないと思う。

 どんなに気持ちの悪い課題を出されても、きっと何か意図があるのかと思ったが、もう学期末である。