3月19日(水)ハンガリーのすごいところ

 ハンガリー出身の著名な学者は少なくないが、振り返ってみると、彼らの受けた教育と僕が留学中に学んだことはどこかつながっている気がする。何がつながっているのかというと、ひとことで言うならば、ハンガリーの教育で磨き上げられる能力の一つは、「ガチのパズル解決能力」だという点だ。ハンガリー以外ではとても真似できないような本気度のenigma(謎)というものを想像してほしい。そのパズルは数々の不可能を可能にしてきた。そんなパズルを想像して欲しい。これは現在のハンガリーの大学でもひっそりと受け継がれている。

 かつてハンガリーの高等学校にはエトヴェシュ・コンクールと呼ばれるコンクールがあった。

「選ばれた学生が密室に閉じ込められ、難しい数学問題が与えられる。一般に大学レベルの素養が必要で、創造的で大胆な思考が要求されるものだった。このコンクールの面白いところは、賞を獲得した学生の教師が大変な栄誉を受けることだ。だから教師もまた最良の学生にコンクールの準備をさせるのに力を入れた。」

(異星人伝説 20世紀を創ったハンガリー人 p244-245)

 ハンガリー出身で活躍した科学者の半数以上がエトヴェシュ・コンクールで受賞したことがあるそうだ。ハンガリーのコンクールを形だけ日本で真似しようとしても、そのコンクールは単なる閉鎖的な競争に落ちぶれてしまうことだろう。ハンガリーのそれは必ずしも競争ではない。学生が自立できるようにサポートするための教育プログラムでもあるのだ。

 エトヴェシュ・コンクールは数学や科学のコンクールだが、同じ学びのスタイルは文学の分野にも見ることができる。さりげなくきれいに整えられた詩やプローズが与えられ、学生は一週間程度で文学を読解する。平凡な学生はひとつの詩からひとつやふたつくらいのどうでもいいメッセージを読み取ることしかできないが、優秀な学生はひとつの詩から百や二百の重要で合理的な特徴を見つける。ブダペスト大学での学びが平凡なものにとどまるか、異世界への扉となるかは、学生の意欲と能力次第となる。わりと過酷なことである。僕の留学経験はそんな感じだった。

 世界中で学問の自由が脅かされている。ブダペストの輝きもやはり脅かされている。ハンガリー人がそのすごいところを思う存分発揮できる日がやってくるとしたら、それはいつになるのだろう。