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2008年01月 アーカイブ

2008年01月01日

スーさん、年末最後のご挨拶

12月晦日(日)

今年も残すところ、あと数時間となった。

今日は、恒例の浴室&トイレ掃除に、居間の片付けと玄関周りの掃除を行い、ミニしめ縄飾りをつけて、お正月を迎える準備をしていた。何せ、4日前には四日市へ、そして昨日まで大阪に行っていたので、とりあえず掃除くらいはやらないと申年が越せない気がしていたのである。

四日市では、何と3位に入賞することができた。上出来である。何せ、東海4県から計24校、いずれも各県の強豪校ばかりを集めて行われた大会である。行く前は、何とか予選リーグくらいは突破したいなどと思っていた。それが、予選リーグを1位通過したばかりでなく、決勝トーナメントもベスト4まで残ったのである。

試合は、確かに予選リーグの最初の試合から厳しい試合であった。相手は岐阜のK中。どうやらこの学校もジュニアの選手を擁する学校のようだ。トップに出てきたのは1年生ペア。ジュニア育ちの選手は、ゲーム運びがうまい。どうすれば失点しないか、どこが勝負所なのかということをよく知っている。その典型的なジュニアのテニスに翻弄されて本校のトップは敗戦。続く大将ペアは、苦戦しながらも何とか勝って3番勝負。相手の3番後衛のボールが入らず、何とか勝つことができた。それにしても、最初からしんどい試合だった。

予選2試合目は、地元の学校だった。ここはそんなに苦戦することなく3組とも勝って、予選を1位通過することができた。決勝トーナメントに入って初戦の相手は、何と同じ浜松市の学校だった。市内新人大会の準決勝で対戦したS中である。これもしんどい試合だった。トップはいきなり2ゲーム先行され、なかなか流れがつかめなかったが、途中から後衛選手が打ち出して盛り返し3−2、タイブレークに追いつかれたものの、そのタイブレークは終始リードを保って勝利。ところが、続く大将ペアが、こちらはタイブレークの末に敗れてしまった。どうやら、県選抜チームに入っている相手前衛選手を意識しすぎたようだ。またしても3番勝負。この試合も途中まで一進一退であったが、途中から本校の後衛が打ち出して、何とか勝つことができた。これでベスト4。

準決勝の相手は、三重県ナンバーワンの実力と評判の高いY中であった。もちろん、ジュニア育ちの選手ばかりを擁する学校である。来年の夏のことも考慮しなければならないが、とりあえず、現時点ではほとんど勝負にはならないはずだ。「とにかく、何ポイント取れるか試すつもりでやってこいよ」と選手たちを送り出した。案の定、試合は一方的な展開であった。トップは6ポイント、2番と3番はそれぞれ1ゲームを取るのが精一杯であった。まあ、こんなものなのだろうと思う。夏までに、この差をどうやって埋めるのかが大きな課題だ。でも、課題は大きい方がやり甲斐があるというものだ。

さて、四日市から帰った翌日からは、大阪行きである。毎年恒例のソフトテニス部顧問による納会に参加するためである。行く前に、ゑびす屋さんから、この日に本部連盟の打ち納め会が開催されると知らされていた。ならば、年末のご挨拶も兼ねて内田先生のところまで出かけようということになったのである。

昨年は雪で往生したが、今年はスムーズである。ちょうど昼に大阪に到着。すぐに大迫力くんにメールを入れて、心斎橋近くのおいしい昼食をいただけるところを教えてもらう。すると、すぐにカンキくんからメールが入った。どうやら、二人とも内田先生宅にいたらしい。大迫力くんに教えてもらったお店で昼食を済ませ、地下鉄御堂筋線と阪急を乗り継いで先生宅へ。既に打ち納めの会は始まっていた。

まだ時間があるからということで、2卓が追加されて本部連盟との対戦が始まった。そのうちに、画伯とジローさんがお見えになった。「ま、まさか、画伯とやるんですか?」と狼狽するシンムラくん。巡り合わせとは、そういうものなのである。途中、何度もシンムラくんのぼやきが聞こえてきた。どうやら、みんなに甚振られている模様だ。まあ、これも試練ということなのである。半荘1回が終わって、そろそろ大阪に戻る時間となったので、先生を始め、みなさまにご挨拶をして、御影を後にする。来年も、本部連盟との対戦が楽しみである。

ソフトテニス部の納会は、いつもの美章園「母屋」でのてっちり。ところが、天王寺の駅に着いたとたん、オノちゃんが体調不良を訴え始めた。どうやら、腹痛がひどくなって、とても飲食ができそうにないとのことである。結局、そのまま一人でホテルに戻ることになった。昨年は、「忍者」ハットリくんが体調不良であった。どうも、年末になると、今までの疲れがどっと出て体調を崩すのかもしれない。

その代わり、というわけではないのだが、今回は地元大阪出身で現在浜松市の中学校(ウチの隣の学校のソフトテニス部副顧問です)で講師をしているヨコサさんが参加してくれることになった。果たして、いつもの「濃い」メンバーに混じって大丈夫だろうかとも思ったが、この忘年会のことを紹介したところ、二つ返事で「行きたいです!」と言ったくらいだから、心配することもなかろうと思っていた。

例年のことだが、ここでてっちりを食べると、「1年間、もうてっちりはいりません」と言いたくなるほど、美味しくてボリューム満点のてっちりをいただくことができる。いつもお世話してくれるシモムラ先生に感謝である。初出場のヨコサさんも、相当に満足した様子であった。よかったよかった。

翌朝、朝食を食べようということでロビーに行くと、ヨッシーが「オノちゃん、やっぱり夕べもあんまり眠れなかったみたいで、今朝の新幹線で帰りました」と報告してくれた。さぞかし残念だったろうが、何より体のことの方が大切である(自宅に戻って医者に行ったところ、ノロウィルスとの診断だったそうだ)。

残ったメンバーは、それぞれショッピングやら博物館見学(シンムラくん)やらで、思い思いの時間を過ごす。これも、例年の楽しみの一つである。今回は、難波のタワレコで、マーラーが編曲した版で演奏したシューマンの交響曲全集を見つけた。シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏である。しかも、初回プレスのみの限定版だそうだ。ひどく得をした気分になる。

帰ってみると、自宅に小荷物が届いていた。「ま、まさか、iPod touchでは!」と荷物の裏を見ると、Apple Storeと書いてある。そうなのだ。四日市に行く前に、妻のお許しが出たので、ネットで注文しておいたのだ。でも、その後のアップルストアからのメールだと、配達は年明けになるようなことが記してあったから、まさか年内にく配達されるとは思ってもいなかったのだ。やったあ!そんなこともあろうかと、大阪ではちゃんとiPod touch用のクリアケースやガイドブックを購入してきたのだ。いやはや、楽しいお正月になりそうである。

それでは、みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。

2008年01月06日

浜寇な人々

正月初四(金)

みなさま、あけましておめでとうございます。本年も、みなさま方にとってよき一年でありますよう祈念いたします。早いもので、この「長屋」住まいも5年目を迎えました。今年も御贔屓のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、いつもの元旦であれば、起床してすぐ初詣に出かけるのだが、今年は大晦日まで娘がスノボとやらで不在。だけど、「ぜったいに元旦の朝早く帰るから、いつもみたいに初詣は家族で一緒に行こ」と言っていたので連絡を待っていたところ、ちょうど雑煮を食べ終えようかという頃に連絡が入ったので、迎えに行きつつそのままいつもの井伊谷宮へと向かう。

二礼二拍手一礼する間に、長々と願い事はできない。二拍手と一例の間を縫い、間髪入れずに願い事を唱えることにしている。今年は、「私に関わる人たちがみんな幸せになれますように」と祈願した。これでいい年だったら、これから毎年この祈祷でいこうと思う。

さて、妻の親戚にお年始に行って帰ると、もう昼過ぎである。午下は、支部の面々が集まって、新年会&打ち初め会。三々五々、いつものメンバー(ヨッシー、シンムラくん、オノちゃん)が参集してくる。さすがに、年末にノロウィルスに冒されたオノちゃんは禁酒。しかし、「コバルト爆弾」ワダくんや、最近はこの元旦のみ参加の「怪獣」ヒロノくんも加わって、わいわいにぎやかな新年会となる。

一頻り飲み且つ食らいながら談笑した後は、お決まりの初打ち会。今年から河岸を代えて、新しい雀荘での初打ち会となった。さすがに、元旦の夕方前は誰も客がいない。貸切状態で、08年の初打ち会がスタートした。

ちなみに、07年の最終結果は、以下のようであった。
年間王者  「画伯のライバル」オノちゃん  +1,101(勝ちすぎて、年末にノロわれた?)
2位  支部長  +991(2年連続王者ならず)
3位  「難しいなあ」オーツボくん  +217(最近は得意のタンヤオ三色が出ない?)
4位  「ウッシッシ」イケヤくん  +4(目的は打つことよりも飲むこと!)
5位  「沼津の弱雀」スガイくん  -33(特に浜松に来ると勝てない。方角が悪いのかも)
6位  「忍者」ハットリくん  -121(忍法通ぜず)
7位  「コバルト爆弾」ワダくん  -218(負けが込んでから参加しなくなった)
8位  「会計係」ヨッシー  -285(2年前は年間王者だった。奮起を期待したい)
9位  「支部の初代弱雀小僧」ヤイリくん  -441(シンムラくんがいなきゃビリじゃん!)
ビリ  「支部の二代目弱雀小僧」シンムラくん  -1,488(支部創設以来の記録樹立!よえ〜)
なお、この他に1回だけ参加が2名いるので、参考のために記す。
番外その1  「ハラ坊」ハラくん  +79(ホームであろうがアウェーだろうが、とにかく強い!)
番外その2  「怪獣」ヒロノくん  +75(今春から中学に戻るので、打席は増えそう)

支部長は、年末に入ってオノちゃんの猛追を受け、あえなく王者の座から追い落とされてしまった。それにしても、恐いくらいのオノちゃんのツキだった。やはり、ツキ過ぎるとどこかで帳尻を合わせられるのであろう。勝つのもいいが、「程々に」しておくのがよいということかもしれない。

さて、初打ち会である。結果は以下のとおり。
1位  ヒロノくん  +128(久々に暴発。誰も止められなかった)
2位  支部長  +123(四暗刻を自摸った。こいつぁ春から縁起がいいやあ!)
3位  オノちゃん  +51(まだ病み上がりで、途中でリタイア。でも、昨年からの好調さを維持)
4位  シンムラくん  -81(マイナスを2桁に抑えたのは進歩の証拠。よいことである)
5位  ワダくん  -104(やはり、打ち筋は変わっていなかった。進歩のない男である)
ビリ  ヨッシー  -117(怪獣とは相性が悪いみたい)

新春、仰けから役満自摸!今年はいいことがありそうな気がする。

2008年01月16日

スーさん、コーチングについて考える

1月15日(火)

新年最初の3連休最終日は、浜名湖北端にある三ヶ日中で行われた「三ヶ日オレンジ杯中学校ソフトテニス大会」に参加。隣の愛知県から招いた選抜チームを含め、計16校による団体戦である。

この大会には、その第1回から参加させていただいている。奇しくも、この日記を書き始めたその年から参加しているのである(えー、そのときの日記はhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3949/でごらんください)。

その前日の夕方、いきなり「沼津の弱雀」こと、K学園高スガイ先生から電話が入った。予定外の浜松出張が生起したため、もしも「週末小宴&麻雀」をしているようならぜひとも合流したいとのことであった。実は、支部例会はその前日に行われていた。誰あろう、支部長が正月の好調を堅持して、その日も+160超の大勝を収めたばかりだったのだ。

それはともかく、スガイくんの来浜となれば捨て置けぬ。ソッコーで「んじゃ今から飲も」と返事し、同時に来られそうな支部会員にもメールを入れる。すぐにシンムラくんとヤイリくんから、「ちょっと遅れますが駆けつけます」との返信がきた。レスのいい若者たちである。こうでなくてはいけない。スガイくんとは、ソフトテニスのことについても、いろいろと話したいことがあった。そういう意味では、時宜を得た来浜だったのである。

実は、今年のチームのことについて、年明けからあれやこれや悩んでいたことがあった。夏の大会までの指導目標やら、そこに至るまでの経過目標も含め、どんなことをコンセプトにして、具体的にどのように育てていこうかということを考えていたのである。と言うのも、ウチのチームは県新人大会で何とか優勝し、東海ブロックでも3位に入賞したという経緯もあり、これから参加する予定の研修大会等でも、周囲からはそんな目で見られるであろうから、それをどのように受け止めていけばよいのか、あるいは、どのようにはね返していけばよいのかということを考えていたのである。

そんな時、正月2日にNHKから放送された「イチロースペシャル」中の、イチローの言葉は衝撃的であった。
「プレッシャーはかかる。どうしたってかかる。逃げられない。だからもう、かけよう、と、今年そこをテーマに僕はしたわけ。それがきたら、それから逃げない、と。俺は。」
これだ!と思った。
もちろん、イチローが感じている重圧とは似て非なるものであろうが、重圧から逃げようとすると、「好きな野球が楽しめなくなっていた」(@イチロー)状態になってしまうであろう。ならば、ウチのチームも、今年の目標を、「重圧から逃げない」ということをテーマにしようと思ったのである。じゃないと、「好きなソフトテニスが楽しめなくなって」しまう。

そんなことを考えつつ、さらに「迷ったときには教典を」(@マスダ先生)のお言葉を思い出して、その日の午後は、内田先生と平尾さんの対談である『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)を読んでいた。これで迷いは完全になくなった。以下の内田先生のお言葉である。
“「負ける」とか「技術的に他人に劣る」ということが精神的に耐え難いというようなメンタリティーだったら、身が持ちません。(…)その人間が持っている潜在的な心身の能力を最大化することが修行の目的なわけですから、その妨害をするようなことは絶対にやっちゃいけない。そして、いちばんやっちゃいけないのは、「強弱勝敗を論じること」なんです。”(87頁)
“身体運用のOSがバージョンアップするということがどれぐらい驚くべき経験か。そのブレークスルーの感覚を子どもに経験させること。それがスポーツをやることの意義のほとんどすべてだろうと僕は思うわけです。”(124頁)
“かつてのキレを取り戻そうとしてそこから目指すのは、過去における最高の自分のパフォーマンスなんですよ。でも、よくよく考えてみたらやっぱりおかしいですよね。過去を目指していたらいつまでたってもそこまでしか伸びないということですから。”(174頁)
“勝敗とか記録といったものは、パフォーマンスを上げるための「方便」に過ぎない。方便のために本当の目的を見失ってはいけない”(196頁)

そうか、勝ち負けは「方便」にすればいいんだ。それより大切なことは、いかに「身体運用のOSをバージョンアップ」させるかということなんだ。そういうことなんですよね先生!と、ちょうど興奮状態にあったときに、スガイくんから電話があったのだ。飲みながら、そんなことを話した。

麻雀はするつもりではなかったのだけれど、シンムラくんとヤイリくんが来て4人揃ったということで、いつもの雀荘へと移動して半荘を2回。1回目はトップだったのだが、2回目にスガイくんから国士をぶち当てられてしまった。どうやらスガイくんも、「浜松では勝てない」というジンクスを破りつつあるのかもしれない。これで、明日の大会は勝てるような気がした。

明けて、オレンジカップである。試合前に、選手たちを招集して、研修大会に参加する意義、目的とするところ等について話をした。もちろん、試合中のコーチングも、「身体運用のOSをバージョンアップさせる」ために必要なことや、戦術に絡めた技術的な課題を指摘することに終始した。結果は、予選リーグから決勝まで1組も負けることなく、失点なしで優勝することができた(前日に国士を振ったのだから当然であろう)。

優勝賞品は、もちろん三ヶ日特産の「青島みかん」10キロであった。みんなで山分けにした。中学生には、こういう賞品がいちばんよい。各々のラケットバッグに、みかんをいっぱい詰め込んで帰途に就く。それにしても、この日のように低温で風が強いというような劣悪なコンディションであっても、それを感じさせずにプレーできること、さらには、ゲームやポイントが追い込まれても、焦らずに粘り強くプレーできることを、選手たちは見せてくれた。確かな成長を実感させられた。頼もしい中学生たちである。

2008年01月22日

スーさんの平和な週末

1月21日(月)

ワンコインで購入した『日本語練習帳』(大野晋/岩波文庫)を読んだ。その中に、「のである、のだ、を使用しない」という記述があった。以下、「のである、のだ」を使用せずに日記を記してみます。

特に、何もない土日であった。以前はそんなことは思ったこともなかったが、こんな平穏な週末がいかにも貴重な時間であるということを、最近つくづく実感するようになった。

土曜日は、午前中に部活動の指導を終え、午後から近くのホームセンターに、新聞の折り込みチラシで見た「靴ホルダー」なる商品を買い求めに出かけた。この「靴ホルダー」なる代物、説明によれば以下のような惹句が記されていた。
「棚板の間隔を活用して下駄箱に靴が2倍収納できます」
「くつ片方分のスペースに1足ずつおさまるので、見つけやすく、サッと出し入れできます」
2個セットで378円。確かに、自宅の靴箱内の靴の収まりが悪いとは常々感じてはいた。「これさえあれば、我が家の靴箱内もすっきりするのでは」と思い、とりあえず6個ほど購入してきた。

早速、自分の靴を入れようと思いきや、靴箱内の棚板のスペースがホルダーの大きさと合っていないことに気づいた。一足を互い違いの向かい合わせに入れようとするのだから、当然それなりの高さがあるということだ。仕方がないので、ホルダーに合うように棚板のスペースを調整することにした。

棚板には、小さな小石とか砂がいっぱい載っている。それらの小石や砂が落ちないようにそっと棚板を外し、雑巾がけをする。そうして、ホルダーに合うように高さを調整して靴を収めてみる。うまく収まった。惹句にあったように、確かに今まで1段に2足しか入らなかったのだが、このホルダーを使用すると、倍の4足が収納できるのである。「おお、これはいい!」と思わず独り言ちる。

こうなると、自分の靴だけでなく、妻や娘の靴も整理したくなった。幸い?と言うべきか、そのホームセンターには同様の靴ホルダーの「スリム版」も売っていた。横幅が2センチほど狭く作られている。すかさず、5個購入してきた。

自分の靴を整理したのと同様に、棚板の高さ調整をしながら、妻と娘の靴を整理していく。靴箱内がどんどんすっきりしていく。やっていて気持ちがいい。と、たぶん妻が捨てずに置いておいた娘の上靴が片方だけ出てきた。わずか20センチにも満たないものである。「そうか、こんな小さい靴を履いてた頃もあったんだ」と思わず懐かしい気分にさせられる。

なことをしていると、水道の業者さんがやってきた。実は、年末から洗面所に水漏れがあり、このところちょっとひどくなってきたので、かつての学校のテニス部教え子の父親である建設業社長さんに連絡を入れ、業者さんを派遣してもらう手筈になっていたのだ。

さすがにプロは違う。一目見て、「ああ、お湯の給水パイプの劣化ですなあ。排水の方じゃなくてよかった。交換すればすぐ直りますよ」とのことであった。「すぐに交換をお願いします」と依頼した。我が家も、築15年以上になる。さすがに、いろんなところにガタが来る時期ということなのだろう。つい先日も、居間の床の傷ついた部分を、床用の樹脂ワックスを購入して磨いたばかりだった。でも、こうして修繕していくことで、家にいっそうの愛着がわいてくる気がする。

パイプ交換も終わり、靴箱の整理も終わって晡時、いつもの旗亭「まこと」にて例会。メンバーは、オノちゃん、オーツボくん、ヤイリくんである。その際、オーツボくんが預かっていたという画伯からの手紙を拝見させていただいた。個展のご案内であった。場所は大阪。行きたいのはやまやまであるが、どうも日程が合いそうにない。何とも残念である。画伯には、お詫びのメールを入れることにした。

この日の麻雀も、東南で4回やって3勝。年始からツキに恵まれている。平和な週末であった。こんな週末が、何にも代え難い。こうして、着々と定年後に備えていく。ほっこりした気分になる。

2008年01月30日

スーさん、うなとろの洗礼

1月28日(月)

土曜日は、市内中学校ソフトテニス部の1年生大会(団体戦)。この日は、12ブロックの予選リーグと、決勝トーナメントの2回戦(ベスト8)までが行われた。

もともと、この大会は、手前が市中体連ソフトテニス部長を拝命していたときに創設した大会である。それまで、1年生の試合は新人大会時の個人戦しかなかった。冬季、特に下級生である1年生のモチベーションのとかく下がりがちなこの時期に、団体戦を実施することで目標を持たせようという目論見で大会を開催した。レベルアップを図る目的もあったので、試合はリーグ戦で行われた。かれこれ、15年以上も前の話である。

昨年のこの大会は、浜松市と周辺市町村との合併ということで、参加校数が一気に増えた事情があり、従来とは違って全てトーナメントで試合を行った。組み合わせは、シードの根拠となるような1年生の試合がなかった(合併により、その年から新人大会の1年生個人戦は中止した)ため、その年の夏季市内大会の結果をそのままシードに適用した。本校は、夏の市内大会団体戦に優勝していたため、その1年生大会には第1シードで臨むことになった。

ところが、初戦でいきなり実力校のS中と対戦することになってしまった。S中は夏の大会で上位入賞していなかったため、くじ引きで本校のシード下に入ってきたというわけだ。結果、3番勝負タイブレークの末にS中に敗れてしまった。大会は、そのS中が優勝した。大会後、競技本部では有力校同士が早いうちにつぶし合いをしてしまうような試合の持ち方について検討がなされたらしく、1日で試合が消化できなくとも、やはり従来どおりにリーグ戦方式で開催しようということになって、本年を迎えたという経緯がある。

さて、本校の1年生部員は9名。例年に比べるとかなり少ない(ほぼ5割減)。練習がきついということはたぶんないだろうから、原因として考えられることとしては、従来「地域総合型スポーツクラブ」として活動していた野球と卓球を、本年度より学校の正式な部活動して認可したということが挙げられよう。この2つの部活ができたことで、今までソフトテニス部に入部していた生徒が、野球や卓球に流れていったのだろう。部員が少なくて困るということではない。団体戦が組める人数(8人)がいれば十分である。今回の試合には、何とか試合ができる7名を選手としてエントリーした。実際に試合をするのは3組6人だから、7名のエントリーでももちろん問題はない。

その1年生の実力であるが、さすがに2年生に勝るとも劣らないというわけにはいかない。でも、いつもその2年生たちと一緒に練習しているのだから、多少は技術的にもレベルアップはしているはずである。学校によっては、この1年生大会のためにわざわざ練習マッチをこなして臨むところもあったと仄聞するが、ウチはとてもそんなことをしている余裕はなかった。現状の実力で、はたしてどれだけのパフォーマンスができるのか、ということを確認する場になればよいというとらえであった。選手たちにはそうも言えないので、「予選リーグを抜け決勝トーナメントも2回勝ちベスト8に入ること」を目標に、大会に臨ませることにした。

もちろん、本校はノーシードで、男子組み合わせの中で唯一の4チームリーグに入っていた。試合がたくさんできる、という意味ではラッキーな組み合わせと言えよう。オーダーをどうしようかと迷ったが、どうも技術的に未熟なペアが1組あることから、3番勝負を踏まざるを得ない状況になるだろうという予想で、その3番にはコース変更のロビングが上手で粘れる後衛と、元気がよく動きがいい前衛とのペアを配すことにした。殿が決まれば、あとは対戦相手によって残り2組の配置を考えればよい。

予選リーグの第1試合が始まった。トップは1年生の大将ペアである。立ち上がりは悪くなかったが、前衛選手がイージーボレーをミスして流れが変わり、いきなり2ゲームダウンとなった。何とか次のゲームを取り返して勢いを盛り返しタイブレーク。そのまま流れを途切らせることなく、ようよう勝つことができた。2試合目もミスが多く、もたついた展開になった。この試合もタイブレーク。互いにミスをしながらも、そのミスが多少とも少なかった本校ペアに軍配が上がった。それにしても、よほど緊張していたのか、つまらないミスばかりが目についた試合であった。

続く第2試合は、サウスポーで力強いボールを打つ選手を擁するM中であった。これは大将戦を避けた方がいい。最初の試合でミスの多かったペアをトップに、大将ペアを真ん中に挟むことにした。案の定、そのサウスポー後衛のペアには歯が立たない。真ん中の大将は勝って3番勝負。この日の本校の3番は安定していた。元気よく試合に臨んで勝ちを収めた。

リーグ最終戦は、「もうウチは市内最弱ですよ」と顧問が嘆いていたC中。ミスの多かった前衛選手を替え、後衛並行陣にして真ん中に挟んだ。しかし、その並行陣が敗れてまたもや3番勝負。3番に回れば勝つと思っていたが、そのとおりでリーグを1位で通過することになった。

決勝トーナメントでは、第5シード下に入っていた。その1回戦、相手はディフェンディング・チャンピオンのS中であった。相手にとって不足なし。リーグ戦で機能しなかった並行陣をやめて元に戻し、相手の大将ペアを避けようとしたところ、相手も大将ペアを真ん中に置くオーダーで来た。トップの試合は、互いにミスを山のように積み上げた泥仕合の様相を呈した。どちらに勝敗が転ぶのかわからないままにタイブレークに及んで、最後は相手のミスがこちらを上回ってゲームセット。危うい勝負であった。続く大将戦は、ジュニア上がりの相手ペアに圧倒された。トップが負けていれば、3番に回らないまま敗戦というところであった。3番勝負は、途中で1ゲームを落とすも、流れは変わることなく勝って初戦を突破する。

2回戦は、第5シードとの対戦であった。相手についての情報がないので、とりあえず大将ペアをトップに起用してまずは1勝。しかし、真ん中はまたも敗れて、この日4回目の3番勝負となった。さすがに4回目ともなれば慣れたものである。前・後衛ともに落ち着いたプレーに終始し、難なく勝ってベスト8を決めた。大会前の目標を達成することができた。

この日の試合はここまで。残る準々決勝から決勝までは、次週に持ち越されることになった。応援に来ていた保護者たちも、「先生、どうしてここまで勝っちゃったんでしょう?」と、怪訝な顔をしつつも、たいそう喜んでいた。何よりである。

勝負のかかった試合は、着実に技術をアップさせる。F1のテクノロジーが、市販車にフィードバックされるようなものだ。だから、やたらと試合ばかりをさせる学校がある。だけど、そうやって試合ばかりしているチーム(の監督)は、試合では培うことができないものがあるということについて、慮ることができない。だから、普段の学校での練習が疎かになったり、勝てば官軍とばかりにマナーが悪くなったりするという悪弊を産む。

かつてF1では、強烈なグランド・イフェクトを得るために、車体にフラットボトムが採用されたことがあった。しかし、そのフラットボトムから生み出される強力なダウンフォースは、何らかの作用で車体がひと度地面から離れると、一気にその力を失ってひどいコントロール不可能状態を呈した。もちろん、そのフラットボトムが市販車にフィードバックなどされようはずはなかった。かように、ただ勝つためだけの技術は、そのためだけの隘路に落ち込み、何の益も齎さないどころか、逆にその技術全体に深刻な悪影響を及ぼすことだってある。

悲しいのは、その技術に関わっている当人たちが、自分たちのしていることを歴史的に眺望俯瞰できる視点を持っていないということだ。だから、よかれと思って必死に取り組む。ところが、それが後日他山の石として語られてしまうことだってある。もちろん、人間は未来のことはわからない。でも、「これって、ちょっと違うんじゃないの?」という感覚を持ち続けることは大切なことではないか。

とりあえずの目標は達成したのだから、もう次週の試合はおまけのようなものである。それより、今度の土日は、滋賀から、『古武術forSPORTS』 (スキージャーナル社)の著書で知られる高橋佳三さんが来浜されるのをお迎えすることになっている。浜松で講習会を開いてくださるのだ。もちろん、前日の土曜日は、夕刻からその高橋先生を囲んで小宴である。さらには、佳三先生に伴い、先日の本部「打ち初め」会にて親の四暗刻を自摸った勢いをそのままに、「ええい、浜冦退治ぢゃ!」と、カンキくんも乗り込んでくるとのことだ。「飛んで火に入る」、「火中の栗を拾う」等の格言は、彼のためにこそあるのであろう。

というわけで、以下は業務連絡。
2月3日土曜日、夕方6時頃から、高橋佳三先生を囲む会を開催いたします。「ぜひ参加を」と思われる方は、ご一報ください。なお、その後に本部連盟よりお越しの「カンキくんと囲む会」も計画されております。
講習会は、翌日曜日(4日)です。時間は9時から。場所についてはお問い合わせください。講習会終了後の昼食は、佳三先生、カンキくんと一緒に、うなぎの老舗「中川屋」にて、「うなとろ茶漬け」をいただくことになっております。こちらも、時間の許す方はお付き合いください。

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