« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月 アーカイブ

2007年12月04日

スーさん、バカアナに怒る

12月初三(月)

久しぶりに試合のない土日。

土曜日は、午下その日休みだった妻と母を伴って弟を見舞い、晡時よりいつもの旗亭「まこと」にて小宴。そうして、いつもの雀荘に出向いたところ、何と入口に張り紙がしてある。営業できなくなった旨が記してあった。

この雀荘には、元号が平成と改められた頃からの長きにわたって通い続けてきた。最近は、おばちゃんが足を悪くして階段の上り下りができなくなったとのことで、おいちゃんが代わって面倒を見てくれていたのだが、どうやら客は週末の我々だけという状況もあり、そもそも家族麻雀の延長で始めた雀荘だったということもあって、この度店をたたむことにしたとのことであった。何とも残念なことである。

おいちゃんに今までの礼を言い、店に置きっ放しにしておいた戦録のノートを持ち出して、仕方がないので、近くの別の雀荘へ。5人だったので、東回し二抜けで6回ほど。この日は、最初の2回が最下位に沈んだが、3回目に数え役満を和了ってからツキに恵まれ、終わってみればトップの+80超。何とか支部長の面目を保つことができた。この日も沈んだのはヤイリくんとシンムラくん。特に、シンムラくんは総計がマイナ1300超。諸先輩方の厳しい洗礼に遭っているのだが、これも成長の過程よと、艱難を耐え忍んでほしいものである。

さて、日曜日は「地域防災の日」ということで、午前中は部活動ができなかった。久しぶりに晏起し、先日ダウンロードしたまま未見であった、MacOSⅩLeopardの解説VTRを見ていた。見ながら、「おおお、すんごい!」とか、「ほほう、なるほど」などと独り言ちているうちに、これは購入するしかあるまいとの結論に達した。

すぐに、「CPUワークス」のスズキさんに電話を入れた。以前、Leopardのことを尋ねた時に、「ウチにまだ1セットありますよ」と聞いていたのだ。ケータイは出なかったが、暫くして連絡が入った。「すみませ~ん。寝てましたあ。だって、ウチ日曜日休みだもん」とのんびりした声。さっそく、「あのさ、Leopard入れてみようかと思ってんの。まだ品物ある?」と聞くと、「ありますよー」とのお返事。すぐに待ち合わせの場所と時間を決めて電話を切る。

昼食後、その待ち合わせ場所へと向かう。CPUワークス事務所近くのコンビニ駐車場である。きっかり午後1時に到着すると、スズキさんの車が停まっている。プリウスを確認すると、車から降りてきた。そのまま助手席に乗り込んで、「これです」とLeopardのDVDを見せてくれた。一も二もない。すぐにその場で現金を支払う。こうやって書くと、いかにも不正な、まるで麻薬の取引でもしているかのように思われるかもしれないが、ご心配は無用である。スズキさんとこは、小売りもしているのだ。製品はもちろん新品で、ちゃんと納品書付きだったし、領収書はいいって言ったのだが、後でちゃんと自宅まで領収書を届けてくれた。

その足で学校へ向かって部活動の指導。辺りが薄暗くなる前には終わり、そのまますぐに帰ってLeopardのインストールをとも思ったのだが、しばらく試合が続いたりして行かず仕舞いで伸びてきた頭髪が気になり、いつもの理容店に連絡を入れてみると、「今なら待たずにできます」とのこと。ソッコーで向かうことにした。

帰宅後、いよいよLeopardのインストールである。DVDをセットして、インストール作業に入る。と言っても、別に何か難しい作業を行うわけではない。じっとCRTを見ながら、時々マウスをクリックするだけである。インストール完了までの残り時間が表示された。1時間38分と出た。手持ち無沙汰でTVをつけると、野球のアジア予選を中継していた。

ちょうど2回の裏くらいであった。しばらく見ていると、どうもアナウンサーの言い草が気になり始めた。やたら、「この試合に負ければ、北京への1枚しかない切符は韓国の手に渡ってしまいます!」ということを繰り返しているのだ。視聴者に危機感を醸成させ、そのまま番組を見させようという目論見なのであろうか。

「そんなにネガティブなことばっかり言うなよ」と、多少の不快感を持ちつつ、さらに中継を見ていた。試合は、終始日本がリードを保ちつつも、韓国も必死に食い下がって好ゲームとなった。日本のピッチャーが交代した。中日の川上である。その川上がヒットを打たれた。すると、そのアナウンサーは、「川上、ピンチを迎えましたあ!」と仰有った。おい、たかが1本ヒット打たれただけだろ?なんで、どこがピンチなんだよ?と、だんだん聞いてて腹立たしくなってきた。なんでこうやって危機感を煽り立てるようなことばっかり言うんだあ?もちろん、その間に「今日ここで負ければ、日本の北京出場はありません!」を繰り返すことを忘れない。アホか、こいつ。

Leopardのインストールは続いている。このバカアナの中継を聞くのも気分が悪いので、風呂に入ることにした。それにしても、スポーツの中継って、いつからこんなにアナウンサーが絶叫したり、不安感を煽り立てるようなことばかり言ったりするようになってしまったのだろう。ラジオ中継じゃないんだから、不必要なことは言わなくてもいいのだ。私見では、どうもJリーグとか、サッカーの中継をするようになってから、特に民放を中心に「絶叫・不安扇動型」中継に終始するようになったような印象である。よくない。

風呂上がり、笹カマを柚ぽんで食しながらビールを飲んでいると、ようやくLeopardのインストールが終わった。「おおお、待っていたのだ」と、すぐに新しいドックからSafariとかを立ち上げてみる。いい感じである。コンピュータが新調されたような感じだ(OSをバージョンアップしたのだから当然である)。

野球の試合は、最後まで緊迫したまま上原の出番。その上原が見事なピッチングで三者を打ち取ってゲームセット。試合後の星野監督の、選手を讃えるインタビューが印象的だった。程度の差こそあれ、同様にスポーツの監督をする身である。人ごととは思えない。さぞや、気を揉んだ試合であったろう。不快なアナウンサーのことは、この星野監督のインタビューで全て帳消しとなった。

よしよし、野球も勝ったことだし、そろそろ寝ようかと思っていたら、2階から妻が布団乾燥機を持って降りてきた。「ねえねえ、これ、壊れちゃった。コンセント挿そうと思ったらいきなり火花が飛んだのよ」とのこと。というわけで、今日は帰り道にKジマ電器に寄って、布団乾燥機を購入するついでに、バックアップ用HDドライブも購入してきた。何せ、LeopardにはTimeMachineなる機能が付いていて、どんどん自動的にバックアップを作成してくれることから、うっかり消去したファイルなども、この機能のおかげで復活させることができるのだ。

というわけで、現在もそのドライブがせっせとバックアップを作成中である。おっと、今日は野球の台湾戦だった。昨日のバカアナが出ていないことを祈りつつ、今から中継を見ようと思う。

2007年12月11日

スーさん、公私混同に筆誅を下す

12月10日(月)

再び何もない土日。

両日とも、午前中に部活動を行い、午後は、節季ということもあり、少しずつ家の中の片付けをしたり、年賀状を作成したりして過ごす。

その土曜日、晡下よりいつもの旗亭「まこと」にて小宴の予定であったが、その前にもう一度長年通った雀荘のおばちゃんのところへ、ヨッシー、オノちゃんを伴って出向き、何とか店の継続をお願いしてみた。が、やはり高齢のためこれ以上の店の継続は不可能ということを再確認したのみであった。おばちゃんからは、一応近くの雀荘も紹介はしてもらったのだが、「あそこもやってるかどうかねえ、何せあそこのオーナーもトシだから」というお話であった。

そのまま小宴後、おばちゃんに紹介してもらった雀荘へ行ってみた。ところが、土曜日の夜というのに店の明かりは点っていない。入口のインターホンを押しても返事はない。どうやらおばちゃんが言ったとおりの様子だ。仕方がないので、先週行った雀荘へ移動したのだが、そこは逆に満席。「どうする?」と思案暫し。と、そこからさらに1キロ弱ほど南に下った国道沿いに、もう一軒雀荘があることに気付いた。

さらに移動して店に到着、おそるおそる入口の扉を開けてみると、店の人が一人ソファーで寝ていた。「すみません、麻雀いいですかねえ?」と尋ねると、跳ね起きて破顔一笑、「どうぞどうぞ」と迎え入れてくれた。どうやら、客はいないらしい。「飲み物は無料なんで、勝手に冷蔵庫から出してくれればいいっす」とおっしゃる。第一印象はいい。でも、これは大切なことだ。

そこで半荘を6回。この日は「オノ・デー」であった。手前は、最後にやっと1勝し、何とかマイナスを一桁に止めることができた。その間、インスタントラーメンとかを頼んだメンバーもいたのだが、何とそれも無料であった。「いいっすね、ここ。ここにしましょう!」と支部会員の一致を見る。「あの、元旦も営業してます?」と尋ねると、「やってますよお。予約入れときましょうか?」という心強い返事が返ってきた。こうして、新たなる支部定例会会場は決定されたのである。

さて、今週の「Dies irae(怒りの日)」のお題は、「これ、公私混同だろ?」

先週半ばの木曜日、朝出勤してみると机上にFAXが置いてあった。見てみると、どうやらテニスの試合の案内である。送付元は某小学校。「なんで小学校から試合の案内が来るんだあ?」と訝りつつ、要項を見ると、主催は某中学校ソフトテニス部となっている。どうやら、送り主でありその試合の運営責任者が、小学校の先生ということらしい。さらには、その中学校とは「部員の保護者」ということで繋がりがあることもわかった。

それにしても、だ。自分の子どもが通っている中学校が主催する試合のための案内を、勤務先の小学校からFAX送信していいものなのだろうか?よくないでしょ?だって、そんなの公私混同じゃん。その試合と、当の小学校とは何の関係もないんだから。この人、ホントに小学校の先生なのだろうか?そうではないと信じたいなあ。少なくとも私は、こういう人物と同業者だとは思われたくない。

さらに、だ。要項には、「参加予定校」の項目があり、なんとそこに本校の名前が記してあったのである。「おい、誰が出るって言った?オレはひと言も出るなんて言ってないやんけ!」と、思わず関西弁が出てしまったのであった。もちろん「参加予定校」の下には、「1次要項発送校」と括弧書きしてある。だからって、勝手に載せていいってことないでしょ?せめて事前にアポくらい取れよってば。小学校の先生なのに、そんな基本的なこともご存じないのだろうか。まさかね。

試合の案内を送られた学校によっては、本校の名前を見て「おお、県大会優勝校が来るんだ。じゃあ、ぜひとも参加しよう!」と考える顧問の先生だっているだろう。だけど、そうやって他校の名前を「客寄せパンダ」のように使うのは、いかがなものか。どうやら、この「運営責任者」の方には、「他者とは、自分が都合よく利用するもの」と定義されているらしい。もっと内田先生の本とかを読んで勉強してほしいものだ。そうすれば、そのような考え方がいかに間違ったものであり、そういうやり方が世間一般には「卑劣なやり方」としてカテゴライズされているということがお分かりいただけるであろう。

これは、偏に「運営責任者」の問題と言うべきなのかもしれない。しかし、主催は中学校のソフトテニス部である。そういうマナーの何たるかも解さないような人物、さらには「公」と「私」の別も弁えないような人物を「運営責任者」に据えておくこと自体が、部に対する有形無形の信用問題に関わってくるのではないだろうか。

「熱心さ」というのは、「何でもあり」の意ではない。そうやって公私の別なく勤務先からFAXを送り付け、名のある学校名を無断で使って参加校を寄せ集め、それらの試合を通して自校のレベルアップを図ろうとする。中には、そうすることが、恰もその「地区のレベルアップに貢献している」と評価する向きもあるやに仄聞する。しかしそれは、ちょっとお門違いと言うべきであろう。そんなものは「熱心さ」でも何でもない。それを企画運営している者の、単なる売名行為である。こんなことをしている暇があったら、もっと本分である教師としての自己研修に励むことこそ肝要なことであろう。

当然のことであろうが、このような試合が今後もずっと続いていくということはあり得まい。いずれ、誰も参加しようとはしなくなり、次第に消滅の道を辿っていくことであろう。それが自然の摂理というものである。自然に逆らった、無理な拵えものには生命力がない。生命力のないものは、生き存えていくことはできないのである。

百歩譲って、ソフトテニスが生き残っていくために必要な「多様性」の一つとして、マナーに対するアンチテーゼとしての存在意義があるとするなら別だが、そうなるためには、そのアンチテーゼの中心にかなりの「毒」がなければならない。残念ながら、この程度ではアンチテーゼとはならないであろう。

取るべき道はただ一つ。このような試合を催すことを、即刻中止すること。そうして、勝手に校名を載せた学校にはお詫びの電話を入れ、せめて勝手に使用した自校のFAX代くらいは支払うこと。さらには、よりよい試合の持ち方について研修を積むこと。そうすれば、周囲からも認められ、試合開催や参加の機運も高まってこようというものである。そうなって初めて、試合開催の検討に入るのである。事の順序を間違えてはいけない。

これは今に始まったことではないのだが、どうも部活動の試合とかになると、周囲の大人がヒートアップしがちである。「子どものため」という大義名分を掲げれば、「何でもあり」と勘違いしてしまうのだろうか。でも、そこは大人としての分別をはたらかせねばならない。「主役は誰か」ということである。

おっと、毎週こんなことばかり書いていると、そのうちに大家さまから、「スーさんの暴虐わるぐち日記」などと改題されてしまうやもしれぬ。もうこのへんでやめておくのがよかろう。くわばらくわばら。

2007年12月18日

スーさん、若手を指導してから甲子園ボウルに燃える

12月17日(月)

平穏な土日が2週ほど続いたのだが、今回は忙しい土日であった。

まず土曜日は、午後から県西部地区の中学校でソフトテニス部の顧問をしている若手指導者(20~30代)を対象にした指導者講習会が行われた。不肖私めが講師を、沼津K学園高のスガイ先生が実技指導助手をそれぞれ務めることになっていた。

これからの中学校ソフトテニス部の指導を背負っていく、未来ある顧問の先生たちである。適当にお茶を濁して済ませるわけにはいかないと思い、今まで立ち上げたこともないPowerPointを使用して発表資料を作成してみた。これは案外簡単にできたのだが、画像を取り込んだり、PDFファイルを挿入したりしているうちにハマり、資料へのハイパーリンクも入れたりして、自分でもけっこう納得のできるものができた。

お手伝いをしてくれるスガイ先生は、前日の夕方に来浜。昼間は浜松まで校務出張ということで、夕方から合流していつもの「まこと」へ。講習会の打ち合わせも兼ねて小宴。途中からオノちゃん、ヨッシー、シンムラくんも参加して談論風発、宴後は前週行った雀荘へ。スガイくんはどうも浜松での麻雀が相性悪いみたいだ。と言うか、この日はオノちゃんが暴発した。東回し6回で何と+147。誰となく、「もう帰ろうぜ」ということになる。

発表のことが気になっていたのだろうか、土曜日は何と早朝5時過ぎに目が覚めてしまった。こんなことは初めてである。仕方がないので、フラッシュメモリに入れておいた発表資料を呼び出して、家のMacでもう一度確認してから二度寝。そのまま寝過ごし、部活動の練習開始時刻ぎりぎりに学校へ。前日、ヨッシー家に宿泊したスガイくんはもう来ていた。

午前中は、そのスガイ先生から本校の生徒たちに「特別講習」をしていただく。サーブやボレーの技術的なポイントを中心にたっぷり2時間ほど。いつもよりは早めに終了して、午後からの講習会に備える。ヨッシーら中体連ソフトテニス部の役員たちが正午には来校予定なので、昼前にはスガイくんと昼食を済ませておくことにした。

講習会場は、昼過ぎまで卓球部が使用していたから、それまでは準備をすることができない。終了後、生徒たちの力も借りながら、机やイス出しをしたりプロジェクターを準備したりする。何とか受付開始15分前には準備を整えることができた。この日は、地元書店の協力もあって、講習会で紹介した書籍を販売してもらえることになっていた。もちろん、内田先生の『私の身体は頭がいい』(文春文庫)や、高橋佳三さんの『古武術for SPORTS』(1,2とも。スキージャーナル社)はラインナップされている。

講習会が始まった。PPTが一部うまく動作しないトラブルもあったが、何とか予定の1時間で講義を終えることができた。休憩後は、テニスコートに移動して実技講習である。これも滞りなく進行して終了時刻を迎えた。どうやら、参加者には好評だった模様である。会後のアンケートには、「顧問としての姿勢を学べた」とか、「練習法の工夫がヒントになった」などと記されていた。何よりである。

その日の夜は、講習会参加者の中から有志が集まって懇親会。わざわざ掛川から参加してくださった先生もいて、酒を酌み交わしながらテニス談義に花が咲く。若い先生から質問を受けたり、練習見学の依頼を受けたりしてあっという間に時間が過ぎていく。よき時間であった。こういう機会をとらえて、若手指導者たちにはどんどんいろいろなことを吸収していってほしいものだ。

明けて日曜日は、午後1時のキックオフに間に合うよう、新幹線で大阪まで。第62回アメリカンフットボール東西大学王座決定戦「甲子園ボウル」(今年は甲子園球場改修工事のため大阪長居スタジアムにて開催)を観戦するためである。いつもは誰かしら同行者もいるのだが、今回は一人である。チケットは、事前にゑびす屋さんに連絡を入れて手配を頼んでおいた。

11時過ぎに新大阪に到着、簡単に昼食を済ませ、そのまま地下鉄にて長居まで。さすがに梅田からは相当の混みようである。スタジアム到着は昼前。ゑびす屋さんに連絡を入れると、ゲートまでチケットを持ってきてくださった。既にフィールドでは両校の練習が始まっている。それにしても、すんごい人である。試合まで時間があったので、ファイターズのグッズショップを覗くと、購入しようと思っていたDVDの「FIGHT ON KWANSEI」を売っていたので、すかさず購入。帰ってからの楽しみができた。

1時、キックオフ。フェニックスのレシーブである。前半は、互いのディフェンスの対応がよく、攻撃はパントで終わるシリーズが続いた。先制したのはフェニックス。#21がすばらしいスピードでエンドゾーンを駆け抜けた。思わず、「は、速い!」と隣のゑびす屋さんと顔を見合わせてしまう。やはり、ダテに関東を制しているのではないということが実感させられた。

ファイターズも反撃を開始する。パスとランを織り交ぜてTD、その後もFGを決めて10点。しかし、フェニックスもFGを決め、同点で前半が終了した。互いにディフェンスが頑張って、オフェンスが手詰まりという印象であった。疲れも出てくる後半、互いに点の取り合いになるか、ファイターズが一方的に得点するのではないかという予感であったが、まさか第4Qにとんでもない結末が控えていようとは、神ならぬ身に知る由とてなかったのである。

後半が始まった。試合が動くかと思われたが、オフェンスは互いにパントを蹴り合う展開。ファイターズがFGでリードするも、フェニックスはTDを返して逆転、試合はシーソーゲームの様相を呈してきた。今度はファイターズがテンポよくパスを決め、TDを奪って再逆転。さらに、第4Qに入ってもう1本取って、モメンタムは完全にファイターズに傾きかけたと思いきや、次のキックオフでまたもやフェニックス#21が、何と95ヤードのキックオフリターンTDを決めてしまうのであった。ここに来て、試合が急激に動き始めた。これで勢いづいたか、次のフェニックスの攻撃シリーズで、控えQBがロングパスを決めてTD、またもやフェニックスがリードを奪う。

それでも、今年のファイターズオフェンスには、点を取る力強さがあった。ファイターズQB#9が次々とパスをヒットさせ、最後は#1にロングパスを決める。そのまま#1が、追いすがるフェニックスのディフェンス選手を引きずりながらTD。ファイターズの、ゴールへの執念を感じさせられた見事なTDであった。これでスコアは34-31。まだ安心はできない。フェニックスも粘りを見せる。続く攻撃シリーズでは、ファイターズディフェンスを嘲笑うかのように、リバースプレーからTD、38-34でこの日4度目のリードを奪ったのである。

点差は4点。FGでは逆転はおろか同点にもならない。ファイターズはTDを取らなければ勝利はない状況に追い込まれていた。時間は刻々と過ぎてゆく。もちろん、ここで諦めるファイターズではない。#9からのパスで相手陣に攻め込み、第4ダウンギャンブルからもパスをヒットさせてダウンを更新、さらにランアタックでフェニックスエンドゾーンまで1ヤードに迫る。試合終了までの残り時間は11秒。TDをすればファイターズの勝ち、阻止すればフェニックスの勝利である。両チームの選手がスクリメージラインを隔てて対峙する。固唾の飲んで見守る3万余の観衆。

残り1ヤードの攻防は、ファイターズがタイムアウトを取りながら3度突破を試みるも、悉く阻まれて第4ダウンを迎える。残り時間6秒。まさか、こんな舞台が最後の最後に用意されていようとは!ここで、フェニックスもタイムアウトを消化する。最後に心理戦も仕掛けようという目論見か。隣のゑびす屋さんがしきりと、「うーん、フェニックスらしくないなあ」と唸っている。「このへんが昔の日大と違うところですかね」とも。タイムアウトが解けた。勝敗を分けるファイターズ最後のプレーである。観客は総立ち。神に祈るとは、こういう場面でのことを言うのだろうか。思わず瞑目して手を合わせてしまう。ファイターズはIフォーメーションに変え、#9のスニークと見せかけて#2にボールを持たせる。密集の左側を抜けてエンドゾーンに飛び込む#2。入った!誰彼となく抱き合って歓喜するバックスタンドのファイターズ応援席。

それでも、まだ3秒残っていた。ファイターズのキックを、またフェニックス#21に走られれてTDされれば、1プレーで逆転である。よもやのことはあるまいとは思うものの、これまでの展開を考えると、最後まで油断はできない。「もう、ゴロを蹴って#21に持たせないようにするしかないです」とゑびす屋さん。はたしてそのとおりになった。何とか#21に持たせたいフェニックスは、ボールを受けた選手がそのまま#21にピッチするも、そこへファイターズのキッキングチームが襲来して試合終了。ゑびす屋さんとがっちり握手!である。

それにしても、「王座決定戦」の名に相応しい、痺れるようなゲームであった。ファイターズの選手・コーチばかりでなく、フェニックスの選手・コーチにも、心から賛嘆の拍手を贈りたいと思う。ほんとうに学生らしい、最後まで諦めることなく、知と力、あらゆるものを総動員して戦う姿を堪能させてくれた。たぶんこの試合は、甲子園ボウル史上に残る名勝負の一つに数えられることであろう。そんな試合を目の当たりにできたこの身の幸せを思う。行って本当によかった。

自宅に戻って、件のDVD「FIGHT ON KWANSEI」を見る。懐かしい選手をたくさん見ることができた。その時その時の、試合を見に行った様子も思い出した。そうして、改めて今日の勝利の余韻にどっぷりと浸かることができた。何よりである。

さて、今日はこれからビールを片手に、昨夜深夜に放送された中継録画を見るのだ。観客席で見るのとはまたひと味違って試合を楽しむことできる。だって、勝敗に行方にハラハラドキドキしなくてもよいし。こういう楽しみは、何物にも代え難い。得も言われぬ幸福感を実感できる。ああ、何と果報であることかな!

2007年12月28日

スーさんの、今年の3X十大ニュース

12月26日(水)

冬休みに入ったかと思いきや、3連休が終わって気付くと今年も残すところあと5日。

先日の指導者講習会の折り、「よくわからないこととかあれば、これからいつでも練習見学や質問に来ていただいてけっこうです」などと言ったところ、さっそくこの3連休初日には2人の見学者が訪れた。さらには、練習が終わる時間を見計らって、隣のF中男女の顧問の先生が本校を訪れ、質問したいことがあるということから、昼食を共にしながらあれやこれやと話すこと約1時間半に及ぶ。こうやって反響があるのはうれしいものだ。

そうそう、今回のようにいろいろと質問したくなる先生方もいるだろうということで、実はGoogleの「グループ」なる機能を使用して、新たに「ソフトテニス指導者フォーラム」なるグループを立ち上げることにした。最初は限定メンバーだけで運営しようかとも考えたのだが、同じく講習会で指導してくれたK学園高のスガイくんが、「いいじゃないですか、オープンにしましょう」とのひと言で、誰でも参加できるフォーラムにした。Googleのアカウントがあれば、誰でも参加できるはずである。ソフトテニスの指導に携わるみなさまのご参加をお待ちする次第である。

翌日は朝から雨。この日は本校の体育館が空いていたので、インドアならではのラケットワークを中心とした練習プログラムをいくつか試みる。練習終了後は、ソッコーで家に帰って年賀状の宛名印刷。とりあえず、元旦着の分を全て印刷し終える。夜は、小宴と麻雀。河岸を変えてから、オノちゃんがバカづきである。この日もトップ。どうやら、支部年間王者はオノちゃんに決まりそうである。何しろ、シンムラくんとのコンビ麻雀が絶妙なのだ。ったく!

明けてクリスマスイブは、朝から終日練習マッチ。ずいぶん前から、M中顧問の先生にお願いされていたのである。参加したのは6校。終了後は、対戦成績によって、その顧問の先生から「クリスマスプレゼント」が手渡された。本校の2組は全勝だったので、M社製のキャップをいただいた。こういう練習マッチもおもしろいと思う。帰って、昨日宛名印刷を終えた年賀状に、ひと言コメントを記入して投函。

3連休明けは出勤。朝から、年明けの提出書類を仕上げて、教育委員会に送付してしまう。こういうことは、早めにやっておいた方がいいのだ。正月を過ぎると、つい「仕事モード」への切り替えが遅くなるからだ。全て提出し終えると、ずいぶん晴々とした気分になる。

これで、いつもなら年末の「東海・近畿ソフトテニス部顧問忘年会」に参加して大晦を迎えるだけなのであるが、実は明日から選手と共に四日市へと出向かねばならない。M社主催の「東海ジュニア」なる大会に参加するためである。

この大会、どうも昔からあんまり好きになれない大会である。例えば、出場校の選考。どういう基準で選んでいるのかが全く不透明である。実は、この大会を創設する際には、当時県の専門部委員長を務めていた手前も含め、東海四県の専門部委員長が一同にM社から招致せられ、協力を依頼された経緯がある。その時は、もっと選考基準が明確であったと思われる。ところが、久しぶりに今回参加することになって、どうも胡散臭さが増しているという印象が免れなかった(「どこが?」とは、この場に記すのは多少憚られることもあるので略させていただく)。「じゃあ、出なきゃいいじゃん」というところなのだが、選手たちに「どうする?」と尋ねたところ、即座にキャプテンが「出たいっす」と答えので、参加することにしたのだ。まあ、現時点での東海ブロックのレベルを知ることができるというメリットもあるし。しかし、年末まで部活動の試合とは。ったく!

さて、年の瀬も押し迫ったということで、昨年に引き続いて「今年の3×10大ニュース」を。

「できごと編」
①禁煙
三十年も吸い続けたタバコをやめた。特にきっかけとなったことがあったわけではない。最初は苦しかったが、今はもう何ともない。こんなことなら、もっと早くやめればよかったとしみじみ思っている。確かに、多少は太ったが、それよりも喫煙にとらわれない生活スタイルが気に入っている。
②娘の大学進学
おかげで、厚木インター~湘南台周辺の地理に明るくなった。いなくなって気が楽なこともあるのだが、何かと心配することが多いのも事実。
③弟の転院
病院も、儲かることしかやらないという市場原理に晒されているのだろう。それはそれで、病院に同情すべきところはあるのかもしれない。でも、「医は仁術」など、とうの昔の話である。

「グルメ編」
①仙台「利久」の牛タン
「ステーキのような厚さの牛タン」を食べたのは、仙台の牛タンが初めて。感動した。
②神戸「別館牡丹園」の中華
アオヤマ姉御のご紹介で、「中華」の奥深さを知る機会を得た。姉御のお言葉どおり、「何を食べても激ウマ」であった。
③伊豆宇久須「八起」の小鰺寿司
間口一間の小さなお店のご主人が考案されたという小鰺寿司。いくつでも食べられる美味しさだった。

「感動編」
①ファイターズ、6年ぶりに甲子園ボウルを制す
昨年に引き続き、ファイターズが甲子園へ。相手は18年ぶりのフェニックス。今年は長居スタジアムで開催されたが、「甲子園ボウル」の名に相応しい激闘であった。残り6秒からのファイターズの劇的なTDには感動。
②甲野先生の講習会
初めて甲野先生の技を直接目にする機会を得た。まるでマジックを見ているようであった。
③二度目の大沢温泉行
昨年に引き続き、妻と二人で伊豆の大沢温泉へ。独特の温もりの湯は、いつまでも浸かっていたい気分にさせられる。

「部活動編」
①新人戦市内・地区・県大会団体優勝
新人戦は、市内大会から県大会まで、すべて優勝することができた。新人戦の県大会を制したのは、監督として、たぶん初めてのことである。選手たちに感謝したい。
②指導者講習会
これを機会に、熱心にソフトテニスの指導に関わってくれる顧問の先生が増えてくれることを祈るばかりだ。
③テニスコートの環境改善
覆い被さるような広葉樹を剪定してもらったり、排水溝の側壁に穴を穿って排水し易くなるように改修したりしたことで、落ち葉や排水状況がかなり改善された。そのおかげもあっての県大会優勝かもしれない。

「麻雀編」
①支部の「二代目」弱雀小僧
初代はヤイリくんだったが、新たに「二代目」を継承する者が現れた。シンムラくんである。既に、年間のマイナスは1,500近く。前人未踏の記録である。彼には、更なる精進を期待したい。
②本部連盟との交流戦
年に何度か交流戦を行ったが、最近の本部は強い!特に、画伯の強さが尋常ではない。来年のオノちゃんVS画伯の対決が楽しみである。
③二年連続年間王者ならず(か?)
最後の最後に、オノちゃんに逆転されてしまった。たぶん、このままでいくと思われるので、いさぎよく白旗を揚げることにする。

「読んだ本編」
①『断腸亭日常』(永井荷風/岩波文庫)
日記なのに、何故にこんなにおもしろいのか。思わず、未知の言葉用の単語帳を作ってしまった。
②『ロング・グッドバイ』(チャンドラー、村上春樹訳/早川書房)
500頁超の大冊だったが、一気に読んだ。訳がいいと、読ませるということである。
③『ウェブ進化論』(梅田望夫/ちくま新書)
現在のネットの世界がどうなっているのか、その片鱗に触れた思いがした。

「音楽編」
①ヤンソンス/バイエルン放送響のブラームス交響曲第1番
浜松公演を聴いた。第4楽章のフルートのソロに思わず感涙。
②マーラー「大地の歌」(シェーンベルク編曲、ニコル・マット指揮ヨーロピアン・チェンバー・ソロイスツ)
室内オケ版の「大地の歌」CD。こうやって聴いてみると、シェーンベルクが曲のエッセンスをどのようにとらえていたのかということがよくわかる(聴ける)。
③映画「ベルリンフィルと子どもたち」
音楽映画と言えようか。すばらしい映画であった。あれから、サイモン・ラトル指揮の「春の祭典」を繰り返し聴いた。

「教育編」
①大学院内田ゼミでの発表
久しぶりに岡田山に登り、懐かしい大学院内田ゼミで、教育について発表させていただいた。内田先生のコメントにノートが追いつかなかった。ああ、また女学院まで通いたい。
②教育改革三法成立
必ずや、教育界に禍根を残す悪法となること必定であろう。その暁、誰が責任を取るのだろう。
③教職員評価の試行
わが県も試行で始めた。このまま試行で終わらせるべき。管理職のなり手はなくなるであろう。愚かだ。

「モノ編」
①家のMacOSをLeopardに。
コンピュータそのものを新調した気分になった。やはり、Macはいいっす。
②居間と寝室のカーテンを取り替えた
さすがに家を建ててからそのままであったカーテンはくたびれてきた。妻の「換えよっか」の一言で決定。
③iPod touchを購入(予定)
オンラインストアだと、名前とかの無料刻印サービスが付いている。どうせ買うのなら、その方がいいのではと思案中。たぶん購入すると思う。

「番外編」
①内田先生の小林秀雄賞受賞記念パーティーに参加
支部の面々と神戸まで出かけ、マイムマイムを踊った。顰蹙を買った(たぶん)。ほっこりした、よい会であった。
②合気道1級に昇級
「居着かない」ことをテーマに、審査に臨んだ。自分で自分を褒めたいほどよく体が動いた。受けを取ってくれたシンシンに感謝です。
③20年近く通った雀荘がなくなった
残念である。でも、おばちゃんも高齢だし、無理も言えない。いろいろわがままも聞いてもらった。ありがとう。

と、こんな具合である。では、四日市に行ってきます。

About 2007年12月

2007年12月にブログ「スーさんの熱血うなとろ日記」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年11月です。

次のアーカイブは2008年01月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35