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2007年03月 アーカイブ

2007年03月05日

スーさん、花粉症とクレーマーに苦しむ

3月5日(月)

まるで初夏を思わせるような日曜日は、夜もまだ明けきらぬ頃に浜松を出発して滋賀県の彦根まで。「滋賀・近隣府県中学生ソフトテニス研修大会」(団体戦)に参加するためである。

この大会も数えて19回。たぶん、第6回あたりから参加させていただいているから、かれこれもう13年にもなるのだ。会場は、長浜ドームを使用してインドアで開催されることがほとんどであったが、長浜ドームが借用できない年には、今回のような彦根総合運動場にあるテニスコート(12面)を使用して開催されたこともあった。今回は、「彦根」の年である。

もともとは、滋賀県選抜チームの強化試合の一環として開催されるようになった大会である。出場校をできるだけ絞り(男子9チーム、女子12チーム)、近畿ブロックの実力校や、他県の選抜チームも招いて、予選リーグと決勝トーナメントで争われるレベルの高い大会なのである。

本校からは、1年生と2年生、それぞれ3人ずつ計6名(3組)が参加した。年明けから取り組んできたことが、実戦でどれほど通用するのかということ、そして今後の課題を明らかにすることが大会参加の目的であった。

結果は…。まあ、こんなものだろうというところもあるのだが、特に戦術面でと技術的な裏付けについての課題が明らかになった。詳しいことはここには書けないが、今回の試合で足りなかったところを修正して、再来週に予定されている宇治への遠征に臨みたい。

それにしても、へ、へ、へーくしょん!へ、へーくしょん!って、今年は花粉の症状がひどい。何ともなく終わる年もあるのだが、今年はダメ。メディアは「今年は例年にくらべて花粉が少ない」などと報じているそうだが、何の何の、ひどいものである。花粉さえなければ、初夏のような陽気を楽しむことができるのに。マスクと花粉用の目薬、そして香港渡来の百合油は手放せない。

さて、禁煙は2週間を経過した。今回は、試合中に喫煙したくならないかどうかが試金石だったが、何とか吸わずに済ませることができた。それでも、かなり喫煙欲望が亢進される場面はあった。高々2週間程度では喫煙欲望は消滅しないということなのである。

などということを、勤務時間終了後にポチポチとPCに打ち込んでいたところ、本校で有名な「クレーマー」から電話が入った。これも、詳しいことは書けないが、担任と手前とでおよそ2時間、電話に付き合わされる。およそ「話し合い」などというものではない。「この、バカヤロー!」から始まって、罵詈雑言の言いたい放題。どう好意的に解釈しても、体のいい恐喝である。

こういう「クレーマー」に共通の性質ってあるのだろうか。基本的に、学校の言い分は一切聞かない。子どもから聞いたことを信じ切って、一方的に学校を責める物語(それはそれは聞いて呆れるほどの、事実とはほど遠い物語なのです)に終始する。とにかく、よくしゃべる。電話でストレス解消してるって感じだ。まともに聞ける内容ではないので、こちらは時々受話器を耳から遠ざけながら適当に相槌を打つ。それでも延々としゃべり続ける。言い分が聞き届けられるまでは、非難を繰り返すだけである。

ほんとうに疲れる。こういう電話の後では無性にタバコを吸いたくなる。せっかくの禁煙も、中断してしまいそうである(でも、吸いませんでした)。

こういう「クレーマー」に対抗できる具体的な措置ってないのだろうか。学校は、何でも「ご無理ごもっとも」と対処していくしかないのだろうか。腹が立つ。「必殺仕事人」にでも成敗を頼もうか。

2007年03月12日

娘の旅立ち(ぐすん)

3月12日(月)

先週の木曜日(8日)は、休暇をいただいて、今春から娘の住むアパートを現地で確認するために神奈川県の藤沢市まで。ついでに電化製品やベッド等もできれば購入し、引っ越し当日に配達してもらえるようにしておくつもりであったから、現地での移動を考えてプリウスで行くことにした。もちろん娘と同行である。妻はその日の午前中にどうしても外せない会議が入っているとのことで、午後から新幹線で駆け付け、アパートの最寄りの駅にて合流することになっていた。

午前中に浜松を出発して、東名高速道を一路東へ。手前は、関西方面へはよく出かけるのであるが、関東方面にはとんとご縁がないことから、「厚木と小田原と江ノ島の位置関係を述べよ」と言われても、さっぱり不案内である。とりあえず、ナビの仰せのとおりに運転していくだけなのである。

厚木インターで降り、県道22号線を藤沢市へ。それにしても、今日びのナビは優秀である。アパートの住所を入力しておいたのだが、寸分違わず目的のアパートまで案内してくれた。件のアパートはまだ建設中であった(ほとんどできてたけど)。現場にいた人に尋ねたら、他の部屋ではなく、ちょうど娘の入居予定の部屋が見られるとのことであった。よかったよかった。

しかし、よい部屋である。手前が学生の時に下宿していたところなどとはとても比較にならない。新築ということもあり、とにかくきれいである。ワンルームではあるが、部屋はグランドピアノとベッドを置けば、もうそれでいっぱいになってしまう。でも、学生の住む部屋というのはそんなものなのだろう。

持参したメジャーでいろいろなところを測ったりしていると、妻から電話が入った。駅に着いたとのことである。すぐに迎えに行く。アパートから駅までは、歩けば10分以上はかかりそうだが、自転車なら5,6分というところか。そんなに遠くはない。部屋を見た妻は「へえ〜いいなあ。ワタシが住みたくなっちゃうよお!」などと暢気なことを言っている。

まだ時間があったので、とりあえず必要な電化製品だけでも購入しておこうということになり、あらかじめグーグルマップで調べてあったホームセンター、さらにはKジマへと行くことにした。Kジマは、アパートから車で15分ほどのところである。よくしたもので、ちゃんとこの時期に合わせて、「新生活応援セット」なる商品群が用意されている。基本は、「冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ」の3点セット。全てが韓国製品のセットだと、値段は驚くほど安価である。「別に、どの製品とでも組み合わせはできます。もちろん、セット品ではなく単品でもOKです」と店員さん。あれこれ見ながら、結局6点購入することになった。上記セット品に、テレビ、電気調理器、照明をプラスしたのである。テレビは地デジ・衛星・CSチューナー付きの13型液晶。少々贅沢とも思ったが、やっぱりテレビくらいはほしいであろう。

店員さんがトータルの金額を示してくれた。まあまあディスカウントされている。と、娘がいきなり「もっとまけてくれませんかあ?」とか言い出した。やれやれ、蛙の子は蛙である。娘の勢いに気圧されたか、先ほどの金額よりさらに5千円ほど値引きし、ポイントもつけてくれることになった。よい買い物をしたと言えるだろう。

今日はこれまで、と引き上げることにした。帰りは、「たまにはおいしいものでも食べて帰ろう」ということで、沼津で途中下車して、前回の伊豆旅行で立ち寄った魚市場内にあるお鮨屋さんに行くことにした。厚木から沼津まではおよそ1時間。7時過ぎに沼津インターを出て、そのまま港近くの「たか嶋」(スガイ先生に教えてもらったお店)まで直行。8時閉店とのことであったが、「いいですよ、ゆっくり食べてください」というお言葉に甘えて、絶品のしめアジなどを食しながら日本酒を熱燗でくいくいと飲む。娘は、「回転寿司の方がいいらあ」とかこいている。「大人の味」がわかるまでには、時間がかかるのだ。

もちろん、帰りは妻の運転。10時過ぎに浜松に到着する。とりあえずは、娘の住むところは決まった。引っ越しまでは慌ただしく落ち着かない日々が続きそうである。今はまだそんな実感もないが、これで娘が家からいなくなると、どんな毎日になるのだろう。やはり、何となく寂しいとか思うのだろうか?娘がいない間、ピアノは主人がいなくなる。オイラが可愛がってやることにしようか。でも、ピアノはイヤがるだろうなあ。

(えー、禁煙はついに3週間を経過し、4週目に突入しました。この調子なら、難なく1ヶ月はクリアできそうです。引き続き、ご声援をよろしくお願いいたします。)

2007年03月20日

ばたばた年度末

3月19日(月)

先週の後半も多忙な日々であった。

まず、木曜日(15日)は、このたび娘が賃借するアパートについて重要事項の説明があるとのことで、またもや休暇をいただいて、そのアパートを管理する不動産会社のある東京は池袋まで。

乗車は朝9時ちょっと前の新幹線。こだま号であったが、混んでいる。小田原を過ぎたあたりからはほぼ満席。朝から首都へと向かう人の多さを実感させられる。

東京駅で山手線に乗り換えて池袋へ。「東口を出て、右に曲がって、ソフトバンクの看板のあるところを…」と説明を受けていたのだが、さて実際に東口から出てみると、どう行っていいものやらとんと見当がつかない。とりあえず右へ曲がってはみたものの、どうもそれらしい看板も見えない。仕方がないので、件の会社から送ってもらった地図を取り出して見てみる。「ふむふむ、なになに池袋にもジュンク堂ってあるんだ。でも、どこにもそれらしいビルとか見えないんだけどなあ」と歩くこと暫し。あれ?ここジュンク堂だ。ってことはその先に…。あったあった!ここだここだ、とようやく目的地の会社に辿り着く。

少し待って、2階の事務所から最上階にある会議室へと移動して説明を受ける。同時に、契約書にもサインし捺印して、正式に貸借契約をする。あとは引っ越しの前日までに部屋の鍵を送付してもらうだけだ。ちょうど昼食時に説明を受けていたので、とりあえず近くのラーメン屋さん(浜松にもあるチェーン店の「花月」)で昼食。

そのまま帰るのもなあと思い、まずはジュンク堂へ。後で知ったのだが、この(確か地上10階建ての)ジュンク堂池袋店が東京の本店だそうで、何と国内最大の書店!なのだそうだ。どおりで、大阪難波や神戸三宮店にも匹敵しようかというほどの品揃えである。こういうところでは、普通の書店ではなかなか置いていない本を見つけるという楽しみがある。さっそく、人文書のフロアで大澤真幸の単行本などを何冊か購入する。

次はパルコ内にあるタワレコ。ここのクラッシックコーナーはあまり大きくはなく、珍しいボックスCD等も見つけられなかったため、早々に退出して帰途に就く。新幹線の車中では、(行きも同様)内田先生お奨めの1冊である『ものぐさ精神分析』(岸田秀/中公文庫)を集中して読む。なかなかおもしろい著作である。そうそう、家への土産で購入した「東京ばな奈」は家人にいたく好評であった。

翌、金曜日の夕方からは、京都のキシ、ミヤタ両先生が主催するソフトテニス研修大会に参加するために宇治市まで。この大会は、正式名を「五里五里(ごりごり)の郷(さと)ソフトテニス研修大会」というのだが、今までに参加に伴うトラブルが続いていた(詳しくは昨年3/21の「うなとろ日記」をご覧ください)ため、「懲り懲りの郷」と別名されている大会である。

今年は、行きは愛知県内(名古屋の手前)が多少渋滞したくらいで、ほぼ順調に宇治市まで行き着くことができた。今回の宿泊は、城陽市にある公共の施設。とにかく、宿泊代が安価である。2泊するのだから、宿泊代はできるだけ安い方がよい。いつもは、他のスポーツ団体等で宿泊できないことが多いのだが、今回は運良く2泊分空いていたのである。この施設からテニスコートまでは車で5分。申し分のない宿泊場所である。

土曜日は団体戦、日曜日は個人戦であった。試合は、団体戦が予選リーグ2位で順位別トーナメントは初戦敗退、個人戦は1組が予選リーグ1位で通過したものの決勝トーナメントは初戦敗退、他の2組はリーグ2位で2位トーナメントの初戦と2回戦でそれぞれ敗退という結果であった。それにしても、近畿のチームはしぶとい。一筋縄ではいかない。おいそれとはゲームを諦めてくれないのだ。そんなことも含めて、いろいろと課題は明らかになった。来月からはいよいよシーズン・インである。時間のある春休みに、少しでもレベルアップできるよう練習を充実させていきたいものだ。

おおそうだ!大切なことを記し忘れるところであった。日曜日の朝は、何と雪が降っていた!のだ。さすがに積もりはしなかったが、やっぱり「懲り懲りの郷」は何かあるのだ。

明けて、今日(月曜日)は浜松市内全ての中学校の卒業式。本校では、3年生が自分たちで作詞・作曲した合唱曲を歌って巣立っていくことになっている。手前は「式場外回り警備」という役回りであったが、この時だけは会場に入って聴かせてもらった。いい歌であった。思えば、この3年生とは1年間だけの付き合いであったが、全てのクラスで国語を教えた。積極的に授業に取り組む、よい生徒たちであった。部活動もよくがんばってくれた。そんな彼らの未来、幸多かれと祈りたい。

明日は修了式。いよいよ学校の1年が終わって、新しい年度を迎える。

2007年03月27日

スーさん、愛娘の旅立ちに平静を装う(ほんとは泣き寝)

3月27日(火)

娘の引っ越しも、ようやく一段落した。

プリウスではとても運べないので、車は現在も入院中の弟のオデッセイを借りることにした。3列目の座席を倒してカーゴスペースをつくり、そこにまず自転車を積み込む。続いて布団セット。さらには、鍋等の調理器具、ラジカセ、CD、そして忘れてはならない楽譜等をめいっぱい積み込んで、とりあえず運転席以外に2人は乗れるスペースを確保して藤沢市まで出発したのは先週の木曜日(大安吉日)。

この日に合わせて、大きな電化製品(洗濯機や冷蔵庫など)やピアノを搬入してもらうよう手筈を整えていたので、それらが到着する午後までに浜松から運んだものを部屋に運び入れる。いちいち部屋から自動ドアを開けてもらわなくてもいいように建物の内側に妻が控え、手前が車から荷物を運ぶというリレーである。それを娘が部屋で受け取り、適当に整理しながら置いていくという作業が続く。

カーテンを取り付けなどしているうちにお昼。業者さんがいつ来るのかわからないので、とりあえず部屋で昼食にしようということで、運んできたばかりの自転車で、近所にあったモスまで手前が昼食の調達に出かける。知らない街を自転車で走るというのも、なかなか新鮮な気分にさせられる。

昼食を食べ終えた頃、電化製品が到着した。さすがに業者さんは手慣れていて、手際よく作業を進めていく。部屋の電灯の取り付けは手前の仕事である。そのつもりで持参したミニ脚立が役に立った。ひととおり搬入が終わって、娘はテレビや洗濯機の使い方説明を受けている。その間、手前と妻とでゴミの段ボールやらを車まで運ぶ。休んでいる暇はないのだ。

電化製品の業者と入れ替わりに、ピアノが到着した。娘の部屋は2階である。どうやって搬入するのだろうかと興味津々であった。とりあえず、作業をやめて搬入作業を見守ることにする。作業は総勢4名で行われた。ピアノを釣り上げるクレーンを操作する人が1名、トラックからピアノを降ろしクレーンに装着する人が3名である。妻は、「たぶん部屋の窓から入れると思うんだけど」と言っていたが、豈図らんや、娘の入居したアパートの建物には、各階にちゃんとピアノ用の搬入口があったのだ。そのドアは一見非常口のように見えるのだが、非常口にしてはドアの外に階段がついていない。間違って開けたりすれば、そこからまっすぐ地面に落ちてしまうのである。かくして、ピアノは玄関から堂々と部屋に入ってきたのである。

ピアノの組み立てが始まった。残る大きな家具はベッドである。ベッドは、妻と娘が浜松で購入して、この日の午後に搬入してもらうように頼んでおいてある。しかし、時間がはっきりせず、「ひょっとしたら夜になるかもしれません、って言われたよ」と妻。「とりあえず、連絡先聞いてるからお父さん電話してくれない?」ということで、搬送業者に電話を入れてみる。と、思わぬ返事が返ってきた。「今日の午前中に配達に行ったんですけど、留守だったんですよお」と言うのである。「え?そんなはずないですよ、午後から夜にかけて配達って聞いてたんですよお?」と言ってはみたものの「でも、荷物はこちらの営業所に置いてあるので、お届けは夜になってしまいますねえ」ということである。ならば仕方がない、こちらから取りに行くしかない。営業所の電話番号を確認して、すぐにナビで検索して出かけることにする。それでも、往復1時間ほどはかかりそうな距離であった。

こういうときに、ナビはほんとうに役に立つ、特にオデッセイに装着されていたのは最新のHDナビで、渋滞回避の進路を教えてくれるだけでなく、近くの店舗等についても情報を提供してくれる。おかげで、郵便局やファミレス、ホームセンターなども、即座に確認して行くことができた。

ベッドを確保してアパートに戻る。この頃にはもうピアノの組み立ては終わって、業者は帰っていた。すぐにベッドの組み立てにかかる。ホームセンター等で売られている家具は、こうやって組み立て式になっているものが多い。たぶん、その分がディスカウントされているのだろう。ベッドは程なく完成、さっそく位置を決め、マットレスや敷き布団、掛け布団をセットする。

もうこれでいいだろうと思っていたら、テレビを置く台がないとのことで、それを購入しにホームセンターへ。適当なものを見つけてアパートに戻り、再び組み立て。とりあえず、ここまでできたところで帰途に就く。この日から娘はアパート暮らしかと思いきや、「まだやることあるから帰る」と一緒に浜松へ。途中、SAで遅めの夕食をとり、浜松に着いたのが午後10時過ぎ。日帰りで藤沢までの距離を走るのはやはり疲れる。

引っ越しの疲れもあったと思うのだが、週末の土曜日はコンタクトのことで聞いておきたいことがあるいう娘を眼科医まで送ったあと、急に「サンダーバードインジャパン」展を見たくなって、そのまま無料化された国道1号線バイパスを走って静岡市まで。今月、駅前にオープンしたパルコにて開催されているのである。ちょうど昼頃到着してパルコへ。しかし、これはわざわざ見に行くほどのことはない展示であった。このまま帰るのもなあ…と思い、繁華街の書店に立ち寄ったら、何とジュンク堂池袋店にもなかったボードリヤールの『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店)を見つける。即座に購入。期待していたものが期待はずれだったときには、期待していない別の喜びを見出すこともあるってことなのだ。

その日の夜は久しぶりに支部連盟の定例会。実は、手前は年明けからずっとプラスが続いていた。もちろん、年間王者であるのだから当然と言えば当然なのであるが、既に3ヶ月にしてプラス500以上なのである。しかし、そのツキにも衰えが見え始めたか、今回はマイナスであった。今週末には、いよいよ本部連盟との第2回交流戦が予定されている。今までの好調さを維持しつつ、交流戦に臨みたいところである。

明けて日曜日は、さすがに終日家に蟄居して読書。雨ということもあり、室内楽のCDを聴きながら、のんびり読書を愉しむ。夜は、妻が仕事で遅くなり、娘は妻の在所に遊びに行って不在ということもあって、仕方がないのでネットで「5分でできるかんたんレシピ」とかいうサイトを見ながら、スーパーまで材料を調達しに行って酒肴を自作する。たまに作ると、最初は美味しく食べられるのだが、時間が経つほどに「もういらねー」となってしまう。まだまだ料理は修業不足なのである。

そして昨日。午前中に学校で新年度のための会議をしていると、妻からメールが入る。この日は、妻と娘が二人でアパートの荷物整理に行くことになっていたのだ。「どうしても運んでほしい荷物ができちゃったから、もしも午後から半休とか取れるんだったら、持ってきてもらえるとうれしいんだけど」とのことである。幸い、会議は午前中に終わった。校長先生にお願いして午後から休暇をもらい、家の玄関先に積んであった荷物をプリウスの後部座席に押し込んで三度目の藤沢行き。

到着は4時前。さらに、「やっぱ、炊飯器とか棚とかほしいよね」という妻と娘の要望で、近くのホームセンターまで。この日は夕方からピアノの調律が行われることになっていたので、それまでに買い物を済ませることにする。3回目ともなると、さすがにアパート周辺の地理にも詳しくなってくる。調律師がやってきて作業が始まった。2時間はかかるということである。棚の組み立てが終わったところで、夕食を食べに出かける。近くのファミレスである。食事をしながら、ふと娘が「お父さんって、こういうこと(ファミレスで食事)ってないよね」と言った。そう言えば、家族でファミレスに来たことなんて、ほとんど記憶にない。まあ、しばらく離れ離れになるのだから、こういうこともありなのだ。

この日は娘をアパートに残して、妻と二人で帰途に就く。とりあえず、3日ほど一人で生活してみるとのことである。とにかく、4月からは一人暮らしが始まるのだから、それまでに生活のイメージをつくっておいてもらわなければならない。この日の帰宅は11時過ぎ。運転疲れか、肩がばりばりに凝っている。すぐに風呂に入って爆睡。

さて、先ほども書いたが、今週末は待ちに待った本部連盟との交流戦である。場所はもちろん、芦屋の連盟会長宅である。前回は、支部の圧勝に終わった。会長からは「浜冦」と命名されたほどである。もちろん、今回も鎬を削る勝負をすることこそ、何より本部への敬意を表すものと信じている。支部からは総勢7名(オノ、ヨッシー、オーツボ、下野国、ちょんぼ、忍者と手前)が参加する。会長には、ぜひ「浜冦再来襲!」と言わしめたいものである。さて、結果はいかに?!

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