アイネ・クライネ・ナハト・シュピネ
4月30日
日曜日の午前中は日記を書いたりなど色々なことをして過ごし、午後からはお能のお稽古に行った。お仕舞は、秋の大会でお披露目する『土蜘蛛』の稽古である。内田先生がシテの僧役。私が、ツレの源頼光役である。この日は初めて内田先生と合わせてお稽古をさせていただいた。生きた太刀さばきが難しく、とても苦労している。「あなたのはね、太刀先が死んでるんよ。小さい頃、チャンバラごっこせんかった?」と、下川先生から厳しいご指摘を受ける。道順はだいたい憶えたので、後は全体がスムーズに流れるようにしたい。
「枕に在りし膝丸を抜き開きちょうと斬れば」
のところで刀を斬り下ろし、すれ違う。ここでの刀の切っ先が死んでいるらしい。謡の時は、腹に力を入れてできるだけ大きな声を出すように言われているので、いつの間にかお仕舞いでも、全身に力が入ってしまっていたようである。基本的に僕は力が入りやすい方だから、気をつけなくては行けない。でも、「しなっと」しすぎても良くないと思うからその辺りの加減が難しい。
病に伏せている頼光に突然身の危険が降りかかる。病身をおして刀を抜き、敵と対峙するのだから、あまり元気いっぱいではいけないということも言われた。あまりにも難しい。でも、一つだけ言えるのは、本当に斬り合うつもりで舞わないといけないのだろうということだ。とりあえずはそれだけを考えてお稽古に励もうと思う。趣味は趣味とはいえ、本当に大変なものである。
夜は、「メゾン・ド・ヒミコ」を見た。ゲイの老人ホームが主な舞台となっている話である。ヒミコ役の田中泯が素晴らしかった。バラバラになりそうな物語を、彼の存在(ほとんど「彼の声が」といってしまってもいいくらい)が、引き締めている。柴崎コウもよかった。孤独感、そして「わたしもやはりやぶさかでない」という感じがよく出ていたと思う。
このところ、ある種のマイノリティーの悲哀というものに自分が惹かれていることに気がついた。マイノリティーであるという自覚がもたらす「一歩引いた感じ」が、安らぎを与えてくれるのだと思う。
あまり良い言い方ではないが、医学の世界でも、診療科について「メジャー」「マイナー」という分け方をすることがある。内科や外科が「メジャー」で、皮膚科や耳鼻科、眼科、整形外科などが「マイナー」ということになっている。医者になってからこういうくくりをすることはほとんど無いが、医学生が国家試験勉強をするときによく使う単語である。
母が医学部を卒業する頃、祖父に言われたそうだ。
「やるならクライネ(独語で、マイナー科の意)だよ」
それを聞いてかどうか知らないが、母は皮膚科医になった。祖父はやはり皮膚科泌尿器科医だった。私は、どういうわけか内科医になってしまった。
全身を扱うのが内科外科ということにはなっている。しかし、全身を扱わないからこそ見えてくるものがあるのじゃないかと、最近思うことがある。