« 2011年05月 | メイン | 2011年07月 »

2011年06月 アーカイブ

2011年06月08日

スーさん、香港に前世を見る

6月7日(火)

『大阪人』(@大阪市都市工学情報センター、編集・制作140B)の内田先生の巻頭言を読んで、「あるある、そういうことってある!」と激しく納得したことがあったのでそのことを。

先生はこう書かれていた。
“はじめて訪れた場所なのに、「私は遠い昔一度この場所に来たことがある」という感覚が訪れることがある。それが「倍音を出す都市」に私たちが惹きつけられる理由である。(…)人間はそういう街に惹きつけられる”(「大阪を機嫌よく生きる」第1回「大阪という都市について(1)ー倍音都市」)

すぐに思い浮かんだ場所があった。
香港だ。
初めて香港に行ったのは、確か平成12年、ちょうどミレニアムの年(2000年)の春だったと思う。学年職員の親睦旅行である。
セントレアはまだなかった。小牧の空港からの搭乗だったが、自分はちょうどこの年から花粉症が発症して、名古屋空港ではひたすらくしゃみを連発してティッシュが手放せない状態だった。搭乗前にビールを飲むと、症状はさらにひどくなった。
「う〜、誰が助けてえ〜」と言いつつ、機上の人となった。
機内のことは覚えていない。あまり時間がかからないで香港に到着したような気がする。

現地に着くと、ガイドさんが待っていた。
ダブルのスーツを着た、まるで地元のマフィアのような、でも日本語はペラペラのおっちゃんだった。
そのおっちゃんに、「ひどい花粉症です」と伝えると、「大丈夫、香港は花粉ないから。日本に帰るときには花粉症治ってるよ」と太鼓判を押された。ホンマかいなと思った。

確かその日の夜は、水上レストランでの夕食だった。
小舟に乗って、沖に停泊しているギンギラ照明で飾られた船へと向かう。料理そのものはそんなに美味しくはなかったけれど、とにかくその船の派手さに度肝を抜かれた。
ホテルに帰って、ちょっと街に外出しようかということになった。
繁華街まではタクシーで行った。帰りは2階建てのバスに乗って帰ることにした。
もうそろそろこのへんがホテルだろうと思われるところで、他の先生たちが「ここらですよ、降りましょう」と言ってきた。でも、なぜか自分は「いいや違うよ、まだ降りちゃダメ」と答えていた。どうしてそう思ったのかはわからない。でも、それはほとんど確信に近い判断だった。
そうして、「ここだよ、ここ」というバス停で下車した。ホテルのすぐ裏だった。同行の先生たちは、「えーっ!どうしてわかったんですか?だって、香港初めてですよね?」と驚きの声を挙げていた。「いや、何となくそう思って」としか答えられなかった。

翌日、九龍まで出掛けた。
その帰り、海底トンネルを通った。そのトンネルを通るとき、「あれ?ここ夢で見たことある」と実感した。まさに、いつか見た夢にぴったりの場所だったのだ。
「ひょっとして、オイラの祖先って香港にいたことがあるのではないだろうか」と真剣に考えてしまった。

帰る日、友人に頼まれた鞄を買うため、商店街へと出掛けた。
大きなビルの奥の路地も、まったく迷うことなく歩けた。
頼まれた鞄に近い商品を売っているお店も、難なく見つけることができた。
とにかく、どこへ行こうにもほとんど迷うことなく行くことができたのである。

さらに。
日本を出発するときにはあれほどひどかった花粉症の症状が、まったくなくなっていたことに気がついた。特に薬を飲んだとか、何かをしたというわけではない。
そんなこともあったためか、とにかく香港には尋常ではない親近感を持つことができたのである。
自分にとって香港とは、まさに「倍音都市」だったのだ。

それにしても、今までもそうだったが、内田先生が書かれたものを読むと「あるある、そういうことってある!」と、思わず膝を打ってしまうことが多々ある。
どうして先生はそういうことを知っているのだろう。
それもとても不思議だ。

2011年06月16日

スーさん、竜宮城へゆく

6月13日(月)

週末の土曜日は、静岡県中学生ソフトテニス選手権大会のはずだった。
が、夜来の風雨で大雨警報も出されていたこともあって、早朝に中止の決定が流れた。

いつもこの選手権の時には、試合終了後にお隣りの沼津まで足を延ばして、K学園高を訪れることにしている。女子ソフトテニス部監督であるスガイ先生から、本校選手諸君がご指導を受けるためである。
今回もその予定だった。いつもは高校の敷地内にある宿泊施設にお世話になるのだが、今回は耐震工事の関係でその施設が使用できなかったため、高校近くのビジネスホテルに宿泊を予約していた。

先週の中頃から天気予報は土日両日の雨を報じていた。困ったなあと思っていた。試合が延期になるのは仕方がないにしても、沼津にだけはどうしても行きたいと思っていた。今回を逃すと、夏の大会前にスガイ先生から指導してもらう機会を失してしまうからだ。
案の定、試合は中止になった。問題は天気だ。天気予報を見るためにテレビをつけていたのだが、ちょうど沼津市内の様子を放送していた。ひどい風雨で沼津市内では街路樹が倒されたとのことだった。
これではとても行けないなあと思っていたのだが、予報を確認すると、どうやら午後には雨が上がり、日曜日は曇りの予報に変わってきていた。行くしかないと思った。

お昼前になると予報通りに雨がやんできた。すぐに沼津へ移動する旨、そしてたぶん学校のコートは使えないだろうから、この日試合予定だった愛鷹のコートがキャンセルされて借りられるようなら連絡を入れてもらうようスガイ先生に依頼して、こちらの保護者には連絡を入れた。程なくスガイ先生から連絡が入った。とりあえずコートを2面借りられたとのことだった。

浜松を出発したのはお昼過ぎ。沼津までは2時間ちょっとのドライブだ。途中、吉田〜焼津間が事故渋滞で混んでいたが、それ以外はスムーズに流れて午後2時過ぎには愛鷹コートに到着した。
既にスガイ先生と部員たちが練習を始めていた。あいさつをしてすぐに練習に入らせていただいた。
夕方までみっちり練習をこなして、宿舎であるホテルへ。

この日は、男子顧問であるハラ先生のご協力もあって、スガイ&ハラ先生御用達の海岸沿いのお店で小宴が予定されていた。
そのハラ先生のワゴン車にて件のお店「丸味屋」さんへ。このお店は、基本的に中華料理店である。しかし、ハラ先生が車の中から持参したものは、何と刺身の盛り合わせだった。さらに、ウニが詰まった箱、さらに大きな岩牡蠣、そうしてテナガエビの焼き物だった。
このお店からさほど遠くないところに、ハラ先生が懇意にされている干物屋さんがある。「アキシン商店」という。ここの干物は絶品である。そのアキシン商店の親父さんが、地元の鯵は言うに及ばず、金目鯛、イサキ、テナガエビらを提供してくださったとのことだった。スガイ&ハラ先生たちも、さすがに刺身に下ろしたりすることはできなかったので、学校近くの行きつけのお寿司屋さんで刺身にしてもらって持参してくださったのである。

刺身の盛り合わせを覆っていたラップが外されると、思わず、おお!と歓声が挙がった。
これぞ、駿河湾の旬の魚たちだった。
「では、いただきます」と、まずは鯵から。今の鯵は脂が乗っていておいしいとのことだった。いや、脂が乗っていようがいまいが基本的に駿河湾の鯵はおいしいのである。
続いて金目鯛。普通、金目といえば煮付けである。しかし、この盛り合わせには湯締めした金目鯛が盛られていた。さらにそれとは別に金目鯛の刺身。湯締めも刺身も、口の中に得も言われぬ甘さが広がる。ああ。
さらにテナガエビ。あまりコリコリ感はなく柔らかくちょっとだけ甘味がある。伊勢エビとはまた違った食感である。うう。
そうしてイサキ。イサキとはどんな魚なるや?
Wikipediaにはこうある。「釣りや定置網、刺し網などで漁獲される。旬は初夏で、この頃のイサキを麦わらイサキ、梅雨イサキとも呼ぶ。(…)身は白身で、マダイよりは柔らかくて脂肪が多い。刺身・焼き魚・煮魚・唐揚げなどいろいろな料理で食べられる。」
これが鯵に負けず劣らずうまい。旬の魚とはそういうものなのだ。
刺身にはもちろん日本酒である。これだけおいしい刺身が揃っていると、つい杯が進んでしまう。もちろん冷酒である。
ウニと岩牡蠣については、もう語るまでもないだろう。その美味しさについてはご想像にお任せしたい。

ひとしきり旬のお刺身を堪能したところで餃子が出てきた。ここは中華料理店なのだ。そうしてスガイ先生おススメのマーボー豆腐。こうなると、冷酒ではなくてビールがいい。
最後の締めはハラ先生おススメの海老そば。細麺にエビのあんかけが乗せられている。もう食べられないと言いつつも、つい箸が伸びてしまうのは何故であろう。
「いやあ、沼津っていいっすね!」とは、今回保護者の一人として車を提供してくださった「忍者」ハットリくん。もう一人の保護者、モリ先生も十分満足した様子だった。

明けて日曜日は曇りの天気。途中から薄日も差してきた。絶好の練習日よりだ。
午前中はポジション別にみっちりと基本練習を、午後は試合をさせてもらった。目に見えて選手たちの上達していく様子が見て取れた。来てほんとうによかった。

誤解のないように申し添えておきたいが、決して沼津の海の幸を堪能するために沼津まで行ったのではない。第一の目的は、選手たちのレベルアップのため。第二の目的は、スガイ&ハラ先生たちと懇親を深めるため。第三の目的があるとするなら、でき得れば鯵の干物くらいは買って帰りたいというところだ。
それが、今回は思わぬ初夏の駿河湾の旬の魚たちのお出迎えだった。
まるで、竜宮城に来ているようだった。
さすれば、さしずめスガイ&ハラ先生は、乙姫の化身ということなのだろうか。
そうだったのか。ありがたやありがたや。

2011年06月22日

スーさん、梅雨空に思う

6月21日(火)

土曜日は、前週に雨で延期になった県中学生ソフトテニス選手権大会。会場は富士山の麓、富士宮市民テニスコートである。

この日、浜松は朝から曇っていた。富士宮への道中は、小雨が降っているところもあった。富士宮市に到着すると、道端のいたる所に水たまりができている。つい今しがた雨がやんだばかりという感じだった。会場のテニスコートは、グリーンクレーのサーフェスである。水はけは、さすがに人工芝のコートには敵わない。試合ができるのか心配だった。
会場に到着して試合前の練習が終わり、さて開会式というときに小雨が降ってきた。コートは10面あったが、そのうちの2面はコートコンディションが悪く使用できないとのことで、とりあえずは8面で、ゲームは全て5ゲームマッチで試合進行するとのことであった。

本校から参加したのは2ペア。うち、大将ペアは初戦を難なく突破したが、もう1ペアは初戦で敗退してしまった。互いに1ゲームずつを取り合った3ゲーム目を、競った末に落としたのが敗因であろう。5ゲームマッチのような短いゲームでは、相手のマッチゲームを先にリードされると、なかなか挽回することが難しい。それなりに技術は持っているペアなのだが、残念ながらその持てる力を十分発揮できずじまいの敗退だった。

雨は降ったり止んだりを繰り返していた。でも、コートに水が溜まるほどではなかったので、試合は中断することなく進行した。
大将ペアは2回戦がタイブレークになったものの、そのタイブレークは終始リードを保って勝ち、3回戦も苦戦することなく突破してベスト16。
ベスト8をかけた4回戦の相手は、サウスポーの後衛選手が県選抜チームに入っていたペアであった。相手の特徴はほぼわかっていたのだが、対応が後手に回った。ようやくこちらの打つ手が奏効し始めて1ゲームは奪ったものの、続くゲームはこちらがイージーミスを繰り返し、そのままゲームセット。やりようによっては勝てるチャンスも十分にあったと思われる敗戦だった。

準々決勝を横目で見ながら引き上げる準備をしていたのだが、勝ち残っている県選抜チームのペアの動向も気になっていた。コートでは、都道府県対抗戦に出場予定だった2ペアが試合をしていた。このころから雨がひどくなり始めた。その2ペアは、どちらも強打の後衛ペアである。しかし、この雨の中ではその強打が鳴りを潜めてしまうのではないかと心配していた。案の定、そんな展開になっていた。
その2ペアのうち、まず1ペアが敗退した。破ったのはシンムラくんとこのペアである。シンムラくんとこのペアは、このペアに勝つためにはこれしかないという戦術を徹底していた。失うものは何もないとばかりに向かっていった結果であろう。
もう1ペアも、先にゲームカウントをリードされて苦しい展開が見て取れた。ようやくタイブレークに持ち込んだところまでを見て試合会場を後にした。
後で結果を聞くと、そのペアも準決勝で敗退してしまったとのことだった。優勝は、県選抜チームに後衛選手だけが入っていたペア。シンムラくんとこが準優勝だったそうだ。

結果については、いろいろと考えられることがある。
まずは天候。
ソフトテニス場合、使用するのがゴムボールであるため、ボールに水滴や土、砂が付着すると、回転のかけ方によってはボールがホップしてしまうような現象が出来する。つまり、雨の日の試合は強打を誇る選手たちにとっては鬼門なのだ。もちろん、県選抜チームに選ばれるほどの選手だから、力を抑え気味にボールをコントロールする術も心得てはいるであろう。しかし、そんな試合ぶりはどうしても普段どおりの力が発揮されにくいであろうし、全力で向かってくる相手にはなかなか太刀打ちできないであろう。
県選抜チームの中心になっていたペアたちが優勝できなかったのは、そんなことが理由として考えられるのかもしれない。

二つ目は準備。
県選手権は、例年6月第1週の土曜日に開催されてきた。ほとんどの学校がそうであろうと思われるのだが、6月第3週はテストの週である。現に、県選抜チームのある選手に聞いたところ、「先週の日曜日からテスト休みだったんで、テスト勉強は思いっきりやりましたけど、練習はほとんどやってません」とのことだった。
本校もそうだった。先週の試合が雨で延期されたので、練習ができたのはテストが終わった試合前日の金曜日だけだった。
もちろん、試合前に練習などしなくとも、実力があるならばそれなりの試合はできるであろうが、でき得ればちゃんと練習を行った状態で試合には臨みたいものだ。そんな準備不足が、結果に結びついたということも考えられはしないか。

三つ目は前衛選手の問題。
今週月曜日、試合結果について沼津K学園高のスガイ先生と、ウェブ上のツールで簡単なディスカッションをした。高校生の試合でも、「打球力のある選手が前衛選手にボールをぶつけてくる」試合が多いのだそうだ。そうした方が勝てるからだ。
でも、いい前衛選手ならば、たとえそうやってぶつけられてもきちんとディフェンスするであろう。それができないから、相手に点を取られることになる。そんな前衛にぶつけるテニスが展開されるのは、「よい前衛選手がいない」からなのだ。
これは、県選抜選手を選考していく段階でも痛切に感じていることである。おそらくジュニア(小学生)で勝つためには、やはり育成に時間がかかる前衛選手を育てるより、とりあえず打球力のある後衛選手を育てた方が手っ取り早く勝ちやすいということで、いきおいジュニア育ちの選手でも、アスリートは後衛選手ばかりになるという事情も手伝っていると思われる。
ソフトテニスの競技としての面白さの一つは、何と言っても前衛選手のプレーの華やかさにある。前衛選手に「花」があってこそ、試合は盛り上がるのである。
前衛選手が育ってこないのは、もちろんジュニアの指導だけの問題だけでなく、わたしたち中学校部活動の顧問の指導にも問題があるということであろう。いい前衛選手を育てるような指導をしていないということなのである。

さて、夏の県大会まであと1ヶ月あまりとなった。
浜松市では、来月早々から夏季大会の予選が始まる。毎週のように試合が予定されている。そうして選ばれた選手たちが県大会に集う。
もちろん、来る県大会では、今回悔しい思いをした有力な選手たちが捲土重来を期してくるであろう。むしろ、今回の結果が、県選抜選手を含む県内有力選手たちの闘争心に火をつけたことになるのかもしれない。
もちろん、本校の選手たちも手を拱いているわけではない。それなりに準備はして大会に臨ませるつもりである。

まだ梅雨は明けないが、梅雨前線の上の空は晴れ渡った夏空が広がっているはずである。
そんな夏空のようなすっきりとした試合ができるよう、これからの日々の練習を積み重ねていきたい。

About 2011年06月

2011年06月にブログ「スーさんの熱血うなとろ日記」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2011年05月です。

次のアーカイブは2011年07月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35