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2011年05月 アーカイブ

2011年05月13日

スーさん、滋賀へ行く

5月9日(月)

今年もGWは滋賀県甲賀市へ。
「第23回関西・中部中学生選抜ソフトテニス鹿深の郷研修大会」に参加するためである。

出発は3日。今回は往復とも保護者の車に同乗させてもらうことになっていた。
午前6時半、浜松西ICから東名高速道に入ろうとすると、電光掲示板が三ヶ日ICあたりまでの事故渋滞を告げていた。通過時間は100分超。これなら三ヶ日まで一般道を走った方が早い。先が思いやられた。とりあえず、三ヶ日ICから東名へ。
最近ではいつでも渋滞している感がある音羽蒲郡~岡崎間は、躊躇うことなく並走する国道1号へ。
岡崎IC~豊田JT~伊勢湾岸道に入り、刈谷のPAにてトイレ休憩。しかし、渋滞情報はその先の弥富IC~四日市間の事故渋滞を報じていた。渋滞の列はどんどん伸びるばかりらしかった。仕方がないので、弥富で湾岸道を降りて国道23号を走ることにした。
誰も同じことを考えたのであろう、23号線はかなり渋滞していた。さらに国道1号へと抜けてみたが、こちらもそれなりに渋滞していた。やっとの思いで四日市ICに辿り着く。
ここから先は快適に走れた。それでも、試合会場に到着したのは午前11時半。何と5時間もかかってしまったのである。

会場に到着して、男子会場の責任者であるデグチ先生にご挨拶。
他にも到着が遅れているチームもあるとのことで、試合開始は11時の予定だったのだが、午後から団体戦の予選リーグに入るとのことだった。

その第1試合、相手は地元のS中だった。しかし、車から降りてすぐの試合だったためか、3番勝負の末に敗れてしまう。
続く第2試合は勝ったが、リーグ最終戦はこれまた3番勝負を接戦の末に落として、結果第3位で3,4位トーナメントに回ることになってしまった。これはやや予想外のことであった。

その日の夜は前夜祭。いつものメンバーが参集して、久濶を叙しつつ互いの近況を報告し合う。愉しい時間だ。
同宿のヨッシー、京都のミヤタ先生と部屋に戻り、少しだけ二次会。やや過ごしたためか、すぐに深い眠りに就くことができた。

4日。団体戦研修トーナメント。あれこれ考えた末に、いろいろとペアのカップリングを替えてみることにした。これが奏功したかどうかはわからないが、選手たちはだいぶんリラックスして試合に臨めるようになった感じがした。そのためか、何とか3,4位トーナメントの「決勝」まで勝ち上がることができたのである。
決勝の相手は、何と兵庫の強豪H中。まさか3,4位トーナメントに回ってくるとは思っていなかった。
結果、3番勝負の末に敗れてしまったが、試合をたくさんやることができたのはよかった。

午後は個人戦の予選リーグ。団体戦で大凡の感じは掴めただろうからということで、予選リーグはそれぞれのペアに任せることにして、ベンチには入らず遠くから戦況を見守るようにしてみた。
それがよかったかどうかはわからないが、特に大将ペアは落ち着いた試合ぶりを見せてくれるようになった。

この日の夜は、参加チームの監督がほぼ勢揃いしての懇親会。
前日の夜とはまた違って、いろいろな話題でそれぞれの席が盛り上がる。自分のところには、和歌山のキンちゃん、奈良のオーヤマ先生、京都のミヤタ先生らが集まり、大いに盛り上がった。何とも楽しいひとときだった。4月の異動以来、こんなにも大笑いしたのはこのときが初めてだった。
宴も果て、宿に帰って寝ようとしたが、同部屋のミヤタ先生の大鼾になかなか寝付けない夜を過ごすことになってしまった。

5日。個人戦予選リーグの残りと順位別トーナメント。
本校は、大将ペアを含む2ペアが予選を1位で通過して、1位トーナメントに入ることができた。
大将ペアは難なく初戦を突破したが、もう1ペアは三重Y中のペアと大接戦になった。残念ながら、試合の最中に後衛選手が足を捻挫して初戦敗退となってしまったが、その怪我さえなければ十分に勝てそうな試合であった。

大将ペアはベスト4まで勝ち上がった。準決勝の相手は強豪三重Y中の大将ペア。昨年末に四日市で対戦したそうだが、その時は鎧袖一触で退けられたそうだ。
その第1ゲーム、後衛がテンポよくサービスを入れ、前衛もいい動きでポイントをして奪取。幸先のいいスタートだった。
しかし、さすがは百戦錬磨のペア、ここから相手後衛が配球を変えてきた。それに対応しきれず、結局そのまま4ゲームを連取されて敗れてしまった。それでも、選手たちは手応えを感じていたようだった。

監督としても、夏までに何をどのように準備しておけばいいのかがはっきりした大会だった。
いつもそうだが、この大会は参加するたびに何かを得ることができる。ほんとうに貴重な大会だ。
それは、大会のコンセプトがしっかりしているからだ。
勝利至上主義にとらわれず、選手のマナーを重視している大会だからだ。
だからと言って、試合のレベルが低いわけではない。この大会参加チームの中から、毎年夏の全国大会に出場している選手がいるのだ。

帰路は順調だった。渋滞の東名阪道を避け、国道1号・23号を経由して、みえ川越ICから伊勢湾岸道へ、さらに東名へ。最後は三ヶ日のトンネル付近で事故渋滞したが、それでも夕方の5時半には浜松へと戻ることができた。

いつもながら、デグチ、ニシカワ両先生にはたいへんお世話になりました。
和歌山のキンちゃんや、奈良のオーヤマくん、京都のミヤタくん、楽しいお話をありがとうございました。浜松に帰ってからも、時々思い出し笑いをしております。
夏はどこまで勝てるかわかりませんが、何とかオーヤマくんが審判委員長を務める明日香の地へ行けるよう頑張らせたいと思っております。

2011年05月25日

スーさん、映画を見る

5月23日(月)

週末は、久しぶりに土曜日が休みだった家内と映画へ。
「阪急電車」か「英国王のスピーチ」を見ようと思っていたのだが、後者は上映が1日1回夕方からの上映だったので諦め、「阪急電車」を見に行くことにした。
上映時間は午後3時ちょっと前。自宅で昼食を食べ、ゆっくり出かけるにはちょうどいい時間だ。
上映している映画館は、お隣りの磐田市にあるシネコン。東名のPAからスマートICでそのままシネコンのあるショッピングセンターへと入れるようになっている。
昼食時、例によってクリアアサヒを飲んだ夫に代わってプリウスを運転する妻。件のスマートICを出ると、そのまま地下駐車場に誘導されるようになっていたが、地下駐車場には入らず、ぐるっと回ってタワー駐車場へ入れることにした。何と、シネコンはその駐車場のすぐ隣だった。

例によって、「夫婦50歳以上割引」でチケットは一人千円ちょうど。いちばん後ろの席をお願いしてスクリーンへ。
観客は10名程度。公開されてしばらくになる(3週間)だろうから、こんなものなのだろう。自分たち同様の年齢層のカップルが目についた。
原作は読んでいたので、大凡のあらすじは知っていた。同じく最近この映画を見たというオノちゃんからは、「関学が出てきますよ」と教えられていた。
どんな感じなのだろうと期待をしているうちに映画が始まった。

阪急今津線。懐かしい路線だ。
自分の学生時代には、今津から宝塚までを結んでいた(例えば甲東園駅からは西宮北口で乗り換えなくても今津まで行けた)。現在のような西宮北口で折り返し運転になったのは、昭和59年のことだそうだ。

自分の場合は、大学の下宿を探すのが遅くて、それこそ3月の春休みに入ってから探したこともあって、大学近くの下宿は全く空きがなかった。ようやくのことで見つけたのが、宝塚駅から山を上った住宅地の離れにある下宿。
大学入学当初は、宝塚駅から今津線を利用して仁川駅まで、駅からは仁川沿いに歩いて大学の正門前へという毎日だった。
宝塚の下宿は、山の中ということもあり、夜寝る前にふと窓のところ見ると大きなムカデが出現していたりするようなところだった。駅から山を上らないといけないというのもしんどかった。

もっと大学の近くの下宿に替わりたいと思っていた矢先、所属していたクラブの先輩が、「ウチの下宿、一部屋空くで。よかったら来いや」と誘ってくださった。一も二もなかった。大学が夏休みに入ると同時に引っ越した。荷物などほとんどないに等しい状態だったから、引越しは簡単に済んだ。
その下宿は、ほんとうに大学のすぐ裏だった。学部の教室までは、走れば5分というくらいの近さだった。高等部のテニスコートがすぐ目の前にあった。よく知らなかったが、水上競技部の合宿所も兼ねているとのことだった。そのためか、いろんな怖い先輩がいるという話も聞いた(実際、怖い先輩もいた)し、体育会的な雰囲気で有名な下宿だとも聞いていた。
だが、そんなことは宝塚のムカデ下宿のことを思えば、何ということはなかった。

下宿が替わると、生活のほとんどのことは大学のあった上ヶ原で済んでしまうため、今津線を利用するのはどこかへ出掛けるときだけになった。乗降駅は甲東園駅。
この駅から大学の正門前まではバスが出ていたが、ほとんど利用したことはなかった。
駅から坂道や階段をふうふう言いながら上って、県立西宮高校のところへ出ると、春はそこから大学の正門前までが見事な桜並木だ。その桜並木のずっと奥に、背後の甲山を借景にした大学の時計台が見える。もちろん、ヴォーリズはそこまで考えて時計台を配置したに相違ない。
どこかへ出かけていても、県西高のところからこの時計台を見ると、いつもなんだかほっとした気持ち、まるで自分の家に帰ってきたような気持ちになるのが不思議だった。
甲東園駅と言えば思い出すのが、たまにクラブの先輩たちとよく立ち寄った「甲楽」という中華のお店。ここの餃子はほんとうにおいしかった。今でもあるのだろうか。

今津線と言われるほどに、終点の今津駅は、知る人ぞ知る今津中学校があったところだ。
かつて、得津武史先生率いる今津中学校吹奏楽部は、全日本吹奏楽コンクールにおいて、前人未到の金賞15回を成し遂げた名門中の名門吹奏楽部だったのである。
自分が現役の時も得津先生はもちろんご健在で、4年生の時の関西大会前には、今津中学校と一緒に会場である大阪森ノ宮青少年ホールを借りてリハーサルを行ったこともあった。
練習終了後、先生に恐る恐る「どうでしたか?」と尋ねると、「なんや、ようわからんけど、ええんちゃうか。ええ曲やんか」と言っていただいたことを思い出す。

かように、大学時代の思い出とともに今津線は忘れ難い路線なのだった。
いや、大学を卒業してからも今津線とはご縁があった。
学生時代には一度も下車したことがなかった門戸厄神駅で降りる機会ができたことだ。

そんなことを思い出しながら「阪急電車」を見ていた。
ほっこりした気分になった。

2011年05月31日

スーさん、心ひかれる

5月30日(月)

「ん?ハッカーって、コンピュータネットワークとかに侵入して、情報を盗み出したり、ウィルスを送りつけたりする人のことだろ?」
ずっとそう思ってきた。
が、どうやらそうではないらしいということを最近になって知った。

きっかけは、4月になって勤務先が変わり職場内での分掌も変わったことから、ちょっと今までとは違った仕事の仕方も考えてみようかと思うようになったことだった。
で、今まではほとんど買ったこともなかった「仕事術」の本なども読んでみたりしているうちに、「ライフハック」という言葉があることを知ったのである。

それは、何かするにしても「こうやってやればもっと便利だしオシャレでしょ?」というようなことを意味するものらしかった。
Wikipediaによれば、“自身の生活や仕事のスタイルにおいて「気の利いた手段で、もっと快適に、もっと楽して、もっと効率良く」という方法を追求して行くこと”と定義されている。なるほど。
自分の場合、こういう「もっと便利だしオシャレじゃん」という提案にはからきし弱い。つい、「おお、そういうやり方があったか!」とひどく感心してしまうことがほとんどなのである。
そうして、「んじゃオイラもやってみよう!」とばかりに、せっせと文具店に足を運んでは、本の中で紹介されていたステーショナリー類を買い求めてしまうである。

ライフハックに興味を持つようになったのには、iPhoneを使うようになったことも大きく与っている。件の「仕事術」の類の本には、必ずと言っていいほどiPhoneを上手に利用した仕事のやり方が書かれていたからだ。と言うか、もともとはiPhoneのさらなる有効活用ということで、そんな「仕事術」の本を読んだのだけれど。

こんなことは今さら言うまでもないことであるが、iPhoneはいろんなアプリを入れなかったら、単なるケータイ電話である。しかし、様々なアプリを入れていくことで、時に音楽プレーヤーに、ゲーム機に、フォトフレームに、メモ帳に、ノートに、カメラに、データ端末にと、日常生活に欠かせないありとあらゆるガジェットに変身してくれるのだ。
まさに、「もっと快適に、もっと楽して、もっと効率よく」というライフスタイルにひどくマッチするガジェットだったのである。
というわけで、iPhoneにはせっせといろんなアプリを入れてみた。とりあえずは、無料のものばかりを。
それら無料アプリにも優れて使い勝手のいいアプリはたくさんあった。
例えば、カレンダーアプリ「SnapCal」やノートの定番「Evernote」、オンラインストレージの「Dropbox」に、無料電話の「Skype」、Twitterのアプリでは「Teewee」、「Echofon」等々。
だけど、いろんな「先達ライフハッカー」たちのブログなどを覗いてみると、やはり日常的に使用して役立つアプリには有料のものが多いということも知った。蓋し当然であろう。

こうして、だんだんと有料のアプリも入れてみるようになった。
例えば、カメラアプリでは「One Cam」と「Camera+」。どちらもたいへんに使い勝手がいい。撮った写真を加工できるのもありがたい。
写真共有では「PictShare」。これは、iPhoneで撮った写真をその日にちごとに分類してくれるだけでなく、すぐさまいろんな写真共有サービスへとアップできる。
天気予報の「Celsius」は、アイコンのバッヂで現在の気温が確認できる。だから何だと言われそうだが、これがまたオサレなアプリなのである。
「類語辞典」も入れた。だって、1200円だったのだ。類語辞典を買うことを思えば格段に安価である。
他には、「ききみみ」。鳥の鳴き声がしている方へiPhoneを向けてその声を録音すると、それが何という鳥の鳴き声かを判定してくれるアプリだ(判定まちがいも多いけど)。

こうして、「おーし、これでオイラもライフハッカーさ」となるはずであった。
しかし、けっこう沢山のアプリを入れたので、目的のアプリがどこにあるかわからなくなってしまったり、「このアプリ何だっけ?」と思うものも出てきてしまう始末だ。だから、最近はよく使う順にアプリを並べて「見える化」を図り、あまり使わないものはフォルダにしまい込むようにしている。
まさに、一流のライフハッカーを目指すには、日々これ試行錯誤の連続で、その実践の積み重ねが「ライフハッカー」への着実な歩みとなっているのである(たぶん)。まだまだ遠き道のりなのである。

どうして自分はこういうことに心ひかれるのだろうということが、最近ある本を読んで何となくわかったような気がした。
その本とは、『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』(池田純一、講談社現代新書)である。
自分が所謂青春時代を送ったのは1970年代である。60年代に始まった「カウンターカルチャー」の影響は、自分たちの高校・大学時代にはまだ色濃く残っていた。
御多分に洩れず、自分もそんな時代の空気を吸い、世の「主流」や「権力」や「体制」に対抗的であることがとてつもなくカッコいいことであると感じていたのである(それは今この歳になってさえも心の何処かにしっかりと根を下ろしている)。
だから、例えばMacが好きになったのだ。「てやんでい、config.sysなどと打ち込まなきゃ立ち上がらないようなシロモノなんぞ、パーソナル・コンピュータなどとは言わねえんだよ」と思い、PC98は頑として使わなかったりしたのだ。

時に読書は、その本が思いもしなかったことを読者に知らしめることがある。
本を読むことで、自分がたどってきた道のりを知ることができることもある。
これが読書の醍醐味なのである。
本を読むとは、自分のことを知ることなのである。

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