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2005年01月 アーカイブ

2005年01月10日

うなとろ軍団in芦屋

1月10日(月)

新年明けましておめでとうございます。この日記も、おかげさまで1周年を迎えることになりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、年末には「越後屋」さんから、「年明けの稽古は8日からです。稽古終了後は宴会です。ぜひぜひお越しください。」とのメールをいただいていた。

8日はソフトテニスの大会が入っていたのだが、「稽古終了後は内田先生宅にて宴会」と聞き、これは何としても参加せねばとの思いやまず、ソフトテニスの大会の方はコーチと副顧問の先生にお願いすることにして、とにかく芦屋へと足を運ぶことにしたのである。

せっかく内田先生のお稽古を受けられるのに一人で行くのはもったいないと思い、5日の「浜名湖道場」新年初稽古の際、いつも一緒に稽古しているサトウくん、シンムラさん、タカバさんらに声を掛けると、みなさんからは「いいですねえ、ぜひ行きましょう!当日仕事あるけど、有給取っちゃいます!」との力強いお言葉をいただき、手前も含め計4名で芦屋へと向かうことになったのである。

4人ならば、新幹線で行くより車で行った方が圧倒的に交通費が安価で済む。しかし、まさかサトウくんの「ジャンク品満載座席浸水セルボ」で行くわけにはいかない。「名神は関ヶ原あたりの雪が心配ですよねえ」などと話していたところ、タカバさんが「ボクの車は4駆だよ」と申し出てくれたので、「じゃあ決まり!」ということで、当日はX-TRAILタカバ号で東名・名神を芦屋へと疾駆することになったのであった。

東名浜松西インターに入ったのが朝の7時過ぎ。タカバ号は、何とETC装備なのである。料金所で停車している車を横目にしつつ、「ふっふっふ、下がりおろう」などと言いながら、すいすいと豊川検察所などを通り過ぎていったのである。

滋賀県に入ると、やはり雪であった。関ヶ原から竜王までの区間は、そこだけ雪国の景色である。しかし、4WDタカバ号ならば、多少の雪など何ともない。ひたすら芦屋を目指すのみなのである。

かくて、名神西宮インターから阪神高速3号神戸線へと入り、芦屋のインターで降りて目指す芦屋市の体育館に無事到着したのが11時過ぎ。体育館地下駐車場へと車を入れ、阪神芦屋駅近くのお鮨屋さんでランチをとって再び体育館へと戻り、ロッカールームで着替えて、稽古場へと向かう。

稽古場で、手前が先月お邪魔したとき稽古に来ていた中学生のミウラくんと再会。イワモトさんとも1ヶ月ぶりの再会。イワモトさんには、稽古に参加する旨連絡を入れてなかったので、「誰だろうと思っちゃいましたよお」と言われる。すみませぬ。

そうこうするうちに、内田先生がお見えになる。4人で「よろしくお願いします」とご挨拶。内田先生とお会いするのは1年ぶりである。であるのだが、いつも御著書や日記を拝読させていただいているので、1年ぶりにお会いしたというような感じはなかった。

さて、稽古が始まった。あっという間の3時間であった。途中、技がよくわからずに先生から再三指導を受けた。やはり、ふだんからもっとしっかり稽古していなければ、と実感させられる。

他の3人に稽古の感想を聞いてみたところ、みなさん「よかった!」の一言。特に感動していたのは、内田先生から「実力は初段」と認定されたサトウくん。「いやあ、ホントによかったです。感動しました。」と、稽古終了後もずっとにこやかに笑みを浮かべながら、なかなか興奮さめやらぬ様子であった。シンムラさんも、「先生の説明がすごくわかりやすいですよね」と感動した面持ち。タカバさんは、手前と同様で「もっとしっかり稽古してから、もう一度来たい」と反省しきり。

稽古の後は、内田先生宅にて「鏡開き宴会」が待っている。手前たちは三宮に宿をとっていたので、まずはそちらにチェックインした後で、先生宅へと向かうことにした。

内田先生宅にお邪魔するのは、昨年の大学院ゼミ打ち上げ宴会以来である。もうすでに30人近くが参集して開宴している。

まずは「ぜんざい」をいただいて、乾杯。もう何ともいい雰囲気なのである。まるで、自分の家で飲んでいるような錯覚を覚える。パルマから贈られてきたという生ハムや特製のパスタなどに舌鼓を打ちつつ、先生からいろいろとお話をうかがう。まさに、至福の時間である。

楽しい時間が過ぎるのは早い。11時を過ぎたので、名残は尽きなかったが、先生のお宅を辞去させていただく。

浜名湖道場から参加した3名は、いっぺんに内田先生のファンになってしまった。特にサトウくんは深甚なる影響を受けたらしく、二言目には「いや、自分は内田先生のような武道家として…」などと宣うようになってしまった。

内田先生、それから芦屋道場のみなさん、お世話になりました。懲りずに3月の合宿にもぜひ参加させていただこうと思っておりますので、またその節にはよろしくお願いいたします。いろいろとありがとうございました。

2005年01月21日

いつも泣くのは百姓じゃ

1月21日(金)

なんじゃ、最近は浮かない顔をしてることが多いのう。また、銀小鉄球博打で金を巻き上げられたんかいの。

「いやいや、もうあの遊戯は懲りたからきっぱりやめたんじゃ。そうでなくて、かわら版で文部科学省のお大臣さまが“総合的な学習の時間”を減らすと申しておる、とのお達しを見てのう。われら中学校づとめのこの三とせの月日はいったい何じゃったんじゃと思ってのう。」

おう、わしも見たぞい。学力低下の批判を受けて、「総合的な学習なんぞやっておるより、読み書き算盤に重きをおいたほうがよい」と宣わったんじゃの。

「総合的な学習の時間を導入するについては、その当時からいろいろと批判はあったんじゃ。むろん、その中には、そんなことをやっていては読み書き算盤の力がつかん、という批判もあったわい。だが、それやこれや全て考えた上での総合学習導入じゃあなかったんかい。それをまだ三とせにもならぬうちに、やっぱやーめた、はないじゃろうが。」

そうだのう。おぬしの言うとおりじゃ。お上は、一昨年の12月に「小学校、中学校、高等学校等の学習指導要領の一部改正等について」という通知を出し、それを受けて各県の教育委員会が、昨年1月に各学校へ「周知いたすよう」との通知を出したばかりだったよのう。その「通知」の中には、「総合的な学習の時間の一層の充実」ということが書かれていたはずじゃ。

「それじゃあ、“もっと総合学習に力を入れよ”とお達しを出して、わずか1年もたたないうちにそれを撤回するってわけかい。」

そうなんじゃ。まさに「朝令暮改」じゃ。

「総合学習についてはのう、わしは基本的な考え方はよいと思っていたんじゃ。中学校でも、大学のような“りべらるあーつ”ができるかもしれぬ、と思っていたからのう。しかし、実際の運用では「福祉」とか「環境」などの大枠にとらわれて、「体験学習」と称して校外へ出ていって、「福祉」や「環境」について体験したり調べたりしてこと足れりとしてしまうこともあったんじゃ。むろん、学校によってはかなり充実した学習を展開していたところもあったわけで、すべての学校がそうだとは言わぬのだが、総合学習のような教科書もない科目については、とにかく一から何もかも準備をしなくてはならぬということもあって、実際の学習を充実させるところまではなかなかいかなかった、というのが現状ではなかったかと思うんだけどのう。」

確かに、基本的な「こんせぷと」はよかった。だけど、「知」を「総合化」するには、「総合化」の前にかんじんの「知」はあるんかい、というところが問題だったんじゃないかのう。「調べ学習」とか申して、各自てーまを決めて、「いんたーねっと」などを利用して何かを「調べ」たとしても、それはあくまで「らんだむあくせす」にとどまってしまい、「しーけんしゃるあくせす」ならないところが問題である、とのお話もうかがったことがある。すなわち、「世界地図のところどころに穴があいている」ような「知」にとどまってしまうというわけだ。

「そのお話は、確か神戸女学院大学の内田大先生のお話だったよのう。ことほどさように、理想と現実はかけ離れていたということなんじゃな。導入に先立って、もっとその運用方法について、のうはうを蓄積しておくべきだったのかもしれないのう。」

「総合的な学習の時間」を導入することは、今後の日本の教育を考えるについて必須であるとの仮説に立ち、導入したのであろう。ならば、少なくともその仮説がある程度検証をされるまでは継続するのが筋というもんじゃなかろうか。でないと、国民に対してあまりにも無責任だと思うんじゃが。もしも、お大臣の言うように総合学習の時間を削減するのなら、一つ大切なことがあるんじゃ。

「なんじゃ?」

それはのう、「総合的な学習の時間」を教育現場に導入する施策を提案し、実際に実施したお上の責任者、わしはそれが誰かは知らぬが、そのお方が「すまぬ、わしが悪かった、不明じゃった」とお詫びをすることじゃ。そうしないと、お上が無責任を決め込んでしまうことになってしまう。それでは国民に示しがつかないというもんじゃ。

「きっと今回の件についても、喧喧諤諤の議論がなされることじゃろう。しかし、その議論が一応の結論を見るまでは、すなわち学習指導要領が改訂されるまでは、現場は現行の週2時間以上の総合学習を続けていかなくてはならないんじゃ。しかし、どうせ総合学習の時間は削減されるんじゃ、と思いながらでは指導するにも力が入らんわの。わしら、現場の者はいつもこうやってお上の施策に振り回される。だけど、現場の一存で総合学習の時間を削減するわけにはいかん。何せ国の掟だからのう。掟破りをするわけにはいかんのじゃ。」

かくなる上は、黄門さまのご巡幸を待って、訴えて出るしかないのう。

「そうじゃ!黄門さまと助さん角さんに頼むのじゃ!黄門さまあ〜悪いお役人を成敗してくだされえ〜」

2005年01月27日

ベイビー、オレとえんおうのちぎりをむすばねーかい

1月27日(木)

中学3年生も、そろそろ修了式を迎えようという時期になると、国語においては「常用漢字表」の中でもふだんはあまり使用しない漢字を学習する。

たとえば、古い度量衡の単位などを表す漢字である。

教科書には、「斗・升・勺・匁・斤・厘・坪・畝」などが挙げられている。

一昔前の教科書にはいっさいふりがななどつけてなかったのに、今の教科書にはほとんどの字にルビがつけてある(ちなみに、上記の語でルビのないものは「斤・厘・坪」。しかし、その斤と厘もあまり読めない)。漢字についての学習をするのであるから、ルビはついていない方がいいと思うのだが。

それはまあいいとして、次にそれらの言葉の意味を国語辞典で調べさせる。

「えっと、斗ってどういう意味だった?」
「ハイ、容積の単位、約18リットルです。」
「だね。樽に入れるんだよね。じゃあさあ、その十分の一の単位は何て言う?」
「ハイ、升で約1.8リットルです。」
「そうだねえ。一升瓶って言うもんね。じゃあその升の十分の一の単位って何て言うの?」
「…。」
「じゃあ、勺って何?」
「ハイ、容積の単位で、約0.018リットルです。」
「だったら、勺と升の間の単位って何て言うの?」
「…。」

意味を確認した生徒のノートには、「勺」の意味のところにちゃんと「合の十分の一」って書いてあるのだ。教科書には「合」が出ていなかったから関係ないと思ったのだろうか。

どうやら、彼らの中では「斗」も「升」も「勺」もそれぞれ「独立した言葉」として存在していて、「一つの言葉には対応する一つの意味がある」と思っているような節がある。

すなわち、たとえそれが日本語であっても、今まで見たことも聞いたこともないような辞書で確認しなければならないような言葉というのは、英語の単語を覚えるときのように「ある言葉とその意味は、1:1で対応している」ととらえているような感じがするのである。

そうすると、脳にインプットされる際にも、それらの言葉はひとつひとつ独立した言葉としてストックされていくのであろうか。まるで「チョコボール」のように。

ひとつひとつの言葉が「言葉群」となって、「板チョコ」のようにセットでストックされていればいいのだが、ひとつひとつの言葉がそれぞれバラバラで、「チョコボール」のような状態でストックされていると、何かを説明しようとしても「それにぴったり合う言葉」を知らなければ、まったくその説明ができないというような事態を召致してしまうのではなかろうか。

ちょうど今、中学3年生は高校入試面接試験のための「面接練習」をしている。

手前も、「疑似面接官」として3年生の面接練習におつき合いしている。

しかし、今までタメ口しかしゃべってなかった生徒が、いきなり敬語口調を駆使しようなんてとてもムリなことで、少々練習をしたくらいではそう簡単には身に付かない。

だから手前は、「大切なことは自分の言葉をどうやって相手に届けるかってこと。よく知らない敬語や用語をムリして使おうとすると言葉が出てこなくなっちゃうから、自分の知っている言葉を組み合わせて、相手に失礼のないように答えればいいんだよ。」と言うことにしている。

しかし、多くの生徒は、自分が予期していない質問(たとえば、そんなこと聞かないけど「今後日本の経済はどうなると考えますか?」など)をされると、ただひたすら沈黙してしまうのである。

ひょっとしてそれって、質問に1:1で対応できる言葉を探しているための沈黙なのだろうか。

言葉:意味=1:1と信じている生徒が、自分の表現力の拙さに業を煮やし、「よおし、オイラは表現力を高めるために、ありとあらゆる語彙をストックしていくぞお!」と決意しようものなら、国語の学習は地獄である。いずれ、「こんなにたくさんの言葉を覚えなきゃいけないなんて、もお国語なんてキライぢや!」ってことになってしまうだろう。

手前は国語の教師である。何とかしなければならない。

一つのヒントは、「古典」にあるような気がしている。

手前は、「選択国語」の授業も担当している。1年生の選択国語では、『校注日本文學体系』の『御伽草子』から「浦島太郎」を読んでいる。手前が範読し、読みの練習をして、おおよその口語訳をつけていくという内容である。ちなみに、口語訳の際には辞典類をいっさい使用させていない。だって、まったく意味の見当がつきそうもない言葉なんてあまりないからだ。「鴛鴦の契り」だの「比翼の鳥」だの「連理の枝」などという言葉が出てきたときには解説をする。中学1年生だって、それで十分口語訳をつけていくことはできるのである。

おもしろいのは、「兎やあらむ角やあらむ」という本文中の言葉から、「とにかく」につなげたり、「三十日(みそか)」から「大晦日」と関連させたりしていると、生徒の中から「なるほどお〜」という声が聞こえてくることである。

現在使用している言葉には歴史がある。ささいな古典学習から、ふだん使用している言葉と昔使われていた言葉とがつながっていくことで、その「ふだんの言葉」の色彩が変わってくるのではなかろうか。

語彙を増やしていくこともむろん大切なことであるが、ストックしてある言葉をモノクロからカラーに変えていくことも同様に大切なことであるように思う。

そうすれば、たとえ中学生の限られた語彙の範囲内で、「今後日本の経済はどうなると考えますか?」という質問にも、それなりに答えられるようになるのではないかと思うのである。

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