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2004年12月 アーカイブ

2004年12月06日

スーサン、芦屋に登場

12月6日(月)

先週の土曜日は、関西学生アメリカンフットボールリーグプレーオフ観戦のため大阪へ。

ほんとうは行く予定はなかったのだが、「越後屋」Tグチさんから、「プレーオフは夕方5時からです。ナイターでフットボール観戦というのもオツですね。私は、芦屋でお稽古終了後行くつもりです。あ、そうだ、スズキ先生もお稽古されてから一緒に行きませんか?12時から芦屋の体育館です。よろしくご検討ください。」とのメールをいただいたのである。

「そうか、芦屋で合気道のお稽古ができるんだ、内田先生の稽古を受けられるんだあ!」と思った瞬間から、心は大阪行きを決めていた。

その後、また「越後屋」さんから、「内田先生は学会でおられないようです。夜は祝杯をあげられれば良いですね。サトウさんたちにもお声掛けしますね。」とのメールをいただいた。

内田先生がおられないのはまことに残念であるが、「越後屋」さんばかりでなく、久しぶりにウッキーやドクターやイワモトさんに会えるのも何とも楽しみなことである。

というわけで、内田先生には「芦屋でのお稽古に乱入させていただきます」との旨を事前にご連絡を入れさせていただき、「越後屋」さんの企画した「合気道&フットボールを見る会」に参加することとは相成ったのである。

さて当日、「越後屋」さんとは阪神梅田駅改札前で待ち合わせし、芦屋駅へと向かった。

芦屋駅に到着すると、改札口に向かう階段のところでウッキーと一緒になる。

ウッキーとは久しぶりの再会なのであるが、とにかくウッキーはいつも落ち着いているのである(その理由が、お稽古をしてみてよくわかった)。「お久しぶりです」とあいさつを交わし、一緒に体育館へと向かう。

体育館到着後は、すぐにロッカールームで着替えて、稽古場へ。

何せ、初めて稽古に入れさせていただくので、既に稽古場にいた松田先生やミゾグチさんにごあいさつをする。

ミゾグチさんは、手前が師事している寺田先生をよくご存じだそうで、「一度浜名湖道場に行きたいと思っているんですよ」と言われる(ぜひおいでください)。

ドクターとも久しぶりの再会である。「色、黒くなったでしょ」と言われる(ふだん、テニスコートに出ていることが多いからです)。

イワモトさんとお会いするのも久しぶりである。

実は、つい最近、イワモトさんには日記のコメント登録のことで連絡をさせていただいたばかりである。「その節はお世話になりました」とごあいさつ。

そうこうするうちに、稽古が始まった。

手前は今まで、他道場での稽古の経験がない。

もちろん、寺田先生と内田先生とは、同じ多田塾の同門であるから、稽古法に大きな違いがあるわけではない。

多少違いがあるとすれば、芦屋では「体捌き」と「鳥船」をやらないくらいである。

稽古はウッキーが中心になって進められたが、すべて「正面打ち」からの技であった。

手前のように覚えが悪い者には、こういう稽古のやり方のほうがいい。短時間のうちに「捌き」を変えながら技を変えていくと、体がまるで覚えないのである。

イワモトさんたちにくるくると投げられながら、気持ちのいい汗をかく(特に、「第三教」で得るものがあったのは大きな収穫であった)。

3時間のお稽古はけっこうきついものであった(だって、いつもそんなにやったことないんです)が、楽しかった(中学生のミウラくんとも仲良くなれたし。ミウラくん、昇級審査がんばってくださいね)。

お稽古の最後に、「また機会があったらお邪魔させていただくかもしれませんので、その節はよろしくお願いします」とごあいさつをして、体育館を後にする。

こんなこと言ったら、ウッキーにはたいへん失礼だと思いますが、技を含めてウッキーの稽古の進めぶりにはほんとうに感心させられました。不断の鍛錬の賜物なんですね。

外は雨であった。(つづく)

2004年12月10日

Every side No side

12月7日(火)

(承前)

再び、阪神芦屋駅から「越後屋」さんと大阪へと向かう。

キックオフまでは2時間足らず。

手前はまだ宿泊先のホテルにチェックインしてなかったので、「越後屋」さんには先に会場へ行って座席を確保しておいてもらい(何から何までお世話になりっぱなしなのである)、その間にチェックインを済ませて来ることにした。

宿泊先は、日本橋に今月2日にオープンしたばかりの「スーパーホテル大阪日本橋」。

オープン記念特価とかで、1泊朝食付き4,980円!なのである(「旅窓」です)。

ミナミを選んだのは、試合会場が長居だから、試合終了後の小宴はきっとミナミで行われるだろうと思ったからである(実際は、みなさん神戸方面へお帰りになるため、梅田で行われました)。

会場からのアクセスを考えれば、地下鉄御堂筋線沿いのホテルにしてもよかったのだが、何せ安かったことが何よりの決め手になったのである。
チェックインを済ませ、荷物を置いて、急いで会場へと向かう。

幸い、地下鉄堺筋線の日本橋駅がホテルのすぐ近くだったので、そのまま堺筋線に乗り、動物園前駅で御堂筋線に乗り換えて、長居へと向かった。

会場に到着したのは、4時半。すぐに「越後屋」さんのケータイに電話を入れるが、不通。

「あららー、どこにいるんだろう」と思った瞬間、すぐ目の前のトイレから出てきたのは、何と「越後屋」さんじゃあありませんか。うまくできてますよねえ。

フィールドでは、両校の選手たちが雨の中ウォーミングアップを始めている。ファイターズの選手たちを見るのは2年ぶりである。

幸い、長居の球技場には屋根がついているので、雨には濡れずに観戦することができた。

両チームの主将によるコイントスが行われて、いよいよキックオフ。ファイターズのレシーブである。

そのオフェンスの第1シリーズ、ファイターズQBのランプレーでいきなりタッチダウンを奪う。続くパンサーズの最初の攻撃をパントに抑えると、次のオフェンスシリーズでは再び敵陣の攻め込んでタッチダウン。あっという間に14対0とリードする展開となったのである。

「よおし、これならモメンタムは完全にファイターズのものぢゃ!」と喜んでいたのもつかの間、第2Qに入ると攻撃が手詰まりとなり、逆にパンサーズには前半終了間際に1本タッチダウンを返されてしまう。これで14対7。

ハーフタイムをはさんで、後半が始まる。

ちょうど後半が始まってすぐに、イワモトさんたちが会場に到着する。何と、イワモトさんはパンサーズの大学出身だったそうなのである。

周囲総アウェイの中で、パンサーズのプレーに一人でこそこそと小さくガッツポーズしたりしながらの観戦である。

そのイワモトさんが、くっくっくっと喜ぶプレーがパンサーズに飛び出した。

後半早々の攻撃で、ディフェンスの囲みを抜け出したパンサーズの選手が、タッチダウンを決めたのである。

これで同点。

その後は、両チームともにディフェンスが踏ん張り、攻撃が不発。試合はそのまま第4Qが終わっても同点のままであった。

リーグ戦ならば、このまま両校引き分けで終わるのであるが、プレーオフはそうはいかない。どうしても決着をつけなければならないのである。

ファイターズ出身の「越後屋」さんに、「延長戦ってどうやってやるの?」と尋ねる。

タイブレーク特別ルールは、コイントスを再び行って先攻後攻を決め、ゴール前25ヤードから1シリーズの攻撃を行い、入った点差によって勝敗を決するとのことであった。

その延長戦。パンサーズは先攻で無得点。後攻のファイターズはゴールに迫ってフィールドゴールを試みるが失敗。決着がつかない。

次のシリーズは、ファイターズが先攻してタッチダウン。しかし、後攻のパンサーズもタッチダウンを奪って同点。まだ決着がつかない。

続くシリーズでようやく決着がついた。

先攻のパンサーズがゴールまで詰めてフィールドゴールを決めたのに対し、ファイターズはゴールまでのヤーデージを詰められないままフィールドゴールを試みて失敗。3時間に及ぶ激闘の幕が降りたのである。

最後のファイターズのキックは、とても正視に耐えなかった。

キックを失敗した選手は、これからしばらくの間、自責の念に苛まれるのであろう。あの場面で、篠突く雨の中、キックによる勝敗決定場面を設定した神の戯れを残酷に思う。と同時に、勝負の厳しさを思う。

延長戦に入った頃から、手前の心の中には、「両校の選手たちはこれだけのすばらしいゲームを展開している。この上さらに勝敗を決めることに、いったいどれだけの価値があるというのだろうか」という疑念が萌していた。「もういい、もういい、十分だ」と思っていたのである。

母校の試合を見て、こんな気持ちになったのは初めてのことである。

身贔屓もあるのだろうが、この試合には勝敗を超えた「何か」が確かにあった。

それが何かはうまく形容ができないが、確かにあったのである。

ラグビーでは、試合終了とは言わず「ノーサイド」と言う。

この試合に限って言えば、まさに「ノーサイド」という言葉がぴったりであったと思う。

試合の余韻が醒めやらぬままに、ドクターと大迫力くんが待つ梅田へ。

大迫力くんと会うのも、ゼミ打ち上げ宴会以来である。

大迫力くん馴染みの小料理屋にて、再会を祝して乾杯。

手前は昼間の稽古で極度の水分不足となっていたため、ビールをそれこそ水を飲むように急ピッチで大量に摂取する。隣で、大迫力くんが「まあまあ飲みねえ」とばかりにどんどん注いだからである。

2次会は落ち着いた雰囲気の洋酒屋さん。

ドクターお薦めの「バーボンのソーダ割り」を、これまたくいくいと飲んでしまう。

ドクターからは、「もっと過激な内容の日記を期待してます」などと言われるのだが、職業柄なかなかそうはいかないというのを理解していただく。

とにかく、内田ゼミ聴講生のみなさんとの宴会は、楽しいことこの上ないのである。あっという間に時間が過ぎてしまう。

日ごろ、書類の提出に逐われている身には、過ぎた贅沢の時間であった。

帰りがけ、イワモトさんから「芦屋にぜひ稽古に来てくださいね、月に一度は来るんでしょ?」とお誘いを受ける。

行きたい!できることなら、ホントに月に一度は行きたい。これからは、内田研究室の「合気道会連絡板」をこまめにチェックして、何とか参加できる日を探すつもりである。

しこたま飲んだので、そのままホテルに帰って気を失うように爆睡。

かくて、合気道、フットボール、ビール、バーボンの夢のような一日は過ぎていったのであった。楽しいツアーを企画してくださった「越後屋」さんをはじめ、みなさんいろいろとありがとうございました。

2004年12月14日

スーさん、音楽を語る

12月14日(火)

13日(月)は、不肖の娘が通学する高校各科・コースによるコンサートを聴きに、夕方から浜松駅前にある「アクト中ホール」(コンサートホール)へ。

娘は「音楽科」に在籍しているのだが、この高校には普通科の他に「電子音楽科」・「美術造形科」・「普通科書道コース」・「普通科吹奏楽コース」など、芸術関係の科やコースが多く設置されており、今回はその中から「音楽科」・「電子音楽科」・「吹奏楽コース」による演奏会が催されたのである。

まずは、「電子音楽科」の演奏。

最初の曲は、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」より第1楽章。5台の電子オルガンによる演奏である。

以前から、電子オルガンのパフォーマンスには一目置いていたのだが、曲の出だしからいきなり「うーむ」と唸らされてしまった。

目を閉じて聞けば、まさに実際の弦楽合奏団による演奏(あんまり実際には聴く機会がないけど)なのである。

いわゆる「電子音楽」でイメージしがちな「金属的な音」など、まったく聞こえない。それどころか、コントラバスによるピチカートの音まで忠実に再現できるのである。

演奏する5人の息もぴったり合っており、思わず拍手喝采。

2曲目は、ジャズピアニストのミシェル・カミロによる「Just Kidding」。こういう曲になると、もう電子オルガンの独壇場である。

演奏者は1人。なのに、1台の電子オルガンから、トランペット・サックス・ピアノ・パーカッションの音が次々と奏でられるのである。お見事!の一言。

聞くところによれば、「電子オルガン」の奏者はいかに達者に演奏できようとも、なかなかそれを生活の糧にしていくということは難しいのだそうだ。

もともと音楽を生活の糧にしていくということ自体が、日本ではなかなかな困難を伴うという現状である。それだけ、日常的に「生の音楽」を楽しむという習慣がないということなのか、「生の音楽」を提供してくれる演奏者へのリスペクトがないということなのだろうか。

特に、「電子オルガン」という楽器は、その演奏技術に習熟すれば、それこそかなり広汎な場での活用が可能であると思われるのだが。

休憩を挿んで、次は「音楽科」の演奏。

最初は、ホルストの組曲「惑星」より「木星」のピアノ連弾。

これにも唸らされた。

あの「木星」のピアノ連弾?誰かが編曲したんだ、などと言うべからず。手前も知らなかったのだが、ちゃんとホルスト自身がオーケストレーションする前に2台のピアノによるバージョンを作ったのだそうだ。

途中、多少のミスもあったのだが、演奏レベルの高さに比べればなんと言うことはない瑕疵である。

2台のピアノによる演奏なのに、オーケストラで演奏している時のような音が聞こえる。

「いかにもピアノで演奏してます」という演奏になっていないというところが、この連弾がいかに優れた演奏であるかということの何よりの証左であるように思う。しかも、高校生による演奏なのである。

音楽科による演奏の最後は、全員による合唱(ちなみに、不肖の娘は合唱団の一員としてのみの参加でした、まだ1年生だしね)を4曲。みんな音楽専攻というだけあって、そこいらの合唱団顔負けの歌声であった。

最後は吹奏楽。まあ、これは「高校生だね」という演奏であった。

それにしても、こういう演奏を入場料なしで聴けるというのはすばらしいことである。

実は、この演奏会は昨年までは校内でのみ開催していたとのことである。しかし、「校内だけではもったいない」という声があり、ぜひ一般市民にも聴いていただこうということで、今回から公開することにしたそうだ。

身贔屓目を抜きにしても、文句なしに楽しめる演奏会であった。

こういう演奏会が増えてくることが、浜松市の目指している「音楽のまちづくり」につながっていくことと思う。

2004年12月28日

すーさんのパチンコ哲学

12月28日(火)

なんだ、もうすぐお正月だってのに浮かない顔して。

「いや、このところパチンコ全然勝てなくってさあ。この2ヶ月でもう10万円くらい損してるよ。」

なんだ、そんなことか。まったく、スマトラ沖地震の津波じゃあ2万人も死者が出たってのに、のんきなこと言ってんなよ。

「だってなあ、ホントにぜーんぜん出ないんだよ。まるで詐欺みたいだ。」

大体なあ、パチンコ屋なんてハナっから儲からないようになってんだよ。前に「2チャンネル」のスレでどっかのパチンコ店の店長が、「お客さまからは徹底的にお金をいただきます。パチンコで儲けようなどとゆめ思わないでください。私たちはお客さまが遊戯する時間と場所を提供しているだけですから。」って書きコしてたぞ。

「だろうなあ。そうだろうとは思ってるんだけど、オレ昨日10万円勝ったぞ、なーんて話を聞くと、小遣い銭欲しさについ行きたくなっちゃうんだよなあ。」

あのなあ、そうやって言うヤツもなあ、勝った金額の倍以上は損してんだぜ。そんなことわかってんじゃんかよ。

「そうなんだけどな。オレら公務員ってアルバイト禁止だろ?仕事でストレスもたまるしさ、だからストレス解消と小遣いを稼ごうって時にはパチンコって手頃なんだよな。きっと公務員の隠れパチンコ愛好者ってけっこう多いと思うんだけど。」

バーカ、お金取られてイライラするんだからよけいにストレスたまってんじゃんかよ。いつも負けた後は、あ~あ1万円あればもっと別のモン買えたのになあ、って思ってんだろ?あのなあ、さっきの店長の話によるとなあ、パチンコ台ってのはすべて設定が最低の1で、どの台でも出玉を遠隔操作できるって。だから勝てるわけないんだよ。

「それってホントの話か?だけど店に行くと出てるヤツだっているぜ。全部の台がそうだってわけじゃないだろうが。」

そういう台はな、客を呼ぶためのサクラ台なんだよ。そういう台を見て、「よおし、オレも」って思わせて金を使わせるようにしてんだよ。

「だけど、前に交換所のところで景品交換してた兄ちゃんなんか18万円とか交換してたぜ。たぶんスロットだと思うけど。ああいうの見ちゃうと、オレだって、って思っちゃうよ。」

だからそれが店の狙い目なんだよ。オレの知ってる銀行員が、「サラ金に手を出してる若いヤツってほとんどがスロットで損してるヤツばかりだ」って言ってたよ。1ヶ月の給料分を1日で稼げるんだからそりゃあたまらんだろうなあ。そうしてギャンブルにのめり込んでいくんだよ。

「そもそもギャンブルって、どういう起源をもってんだ?人類発生と同じくらいに古いんだろうか。」

どうだろうな、原始共産制の社会ではきっとギャンブルなんかはなかっただろうから、貨幣の使用からしばらくして発生したんじゃないだろうか。そもそも人間の欲望には際限がないのだから、より多くの貨幣を手に入れたいと思うと同時にギャンブルも発生したんだろうなあ。

「って言うか、ギャンブルって、人間の心理をうまく利用しているよな。確かプリマーって心理学の先生が、“滅多にやらない行動のあとでよくやる行動を行うと、滅多にやらない行動を強化する”って言ってたよ。ギャンブルってまさにそれだよな。いくらお金をつぎ込んでも、もう次は大当たりが来るんじゃないかって思っちゃうもん。」

それだけわかってるんだったら、パチンコなんてしょーもないもんヤメたらええやんけ。

「って、いきなり関西弁になっても困るんだけど、まあ年も改まることだし、これを機会にパチンコは金輪際ヤメるようにしようかなあ。」

それが賢いって。大体、パチンコが「庶民の娯楽」なんて大ウソなんだよ。あれは一種の詐欺みたいなもん。金がいくらあったって足りんくなるわい。いかにパチンコ屋が儲かってるかって、毎日日替わりでパチンコ店の新台入替のちらしが新聞の折り込み広告に入ってくるのを見たってわかるだろ。そのうちの一部はオマエの金なんだぞ。かの養老孟司先生も「現代人は脳の中に住むという意味で、いわば御伽噺の世界に住んでいると言っていい」とおっしゃっておられる。パチンコで小遣いを稼ごうなんて、脳が作り出した御伽噺なんだよ。

というわけで、みなさま、くれぐれもパチンコ屋などには足を運ばず、楽しく健全な年末年始をお迎えくださいませ。

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