月別アーカイブ: 2016年12月

好奇心旺盛なダラル

 12月23日。「サウジアラビアでは、結婚するまえにSEXはしないの。」すっかり降り積もった州議事堂の雪景色をバックに、スターバックスで席に着くなりサウジアラビア人のダラルは唐突にそう言った。「アメリカも厳しいキリスト教信仰者の間では結婚するまえにSEXはしないそうよ。ベスがこないだそう言ったの。」ベスというのは、旦那さんが教会の牧師か司祭か何かをしている語学学校のベテランの女の先生のことだ。彼女はとても厳しい先生でも有名だが、いかにも教会に携わる彼女が言いそうなことだなと私は思ったりもする。「日本はどう?」とダラルが聞くので、私は少し考えてから「日本はそんなことないよ。結婚前も結婚後も…例えば不倫なんかもよくあるよ。」と答えてみた。するとダラルは「本当に?!」と叫んで両手で口をおさえた。ダラルにとってはカルチャーショックだったようだ。「まあ、基本的には許されてないけどね。」と私は付け加える。

 この美しい昼下がりの女子トークに、ダラルがなぜこんな話題を選んだのか分からなかったけれど、「ベス先生」と聞いて私はふいに前のセッション、ベスが「ネットのポルノ閲覧」について凄まじいほど個人的な嫌悪感を露呈したことを思い出していた。授業中、彼女の娘のネット閲覧履歴に「ポルノ画像」が含まれていて驚嘆したというエピソードを披露したベス先生は、少し異常と思われるほど、「ポルノが」「ポルノが」と「ポルノ否定」をしていたので、私はつい「ポルノを閲覧することってそんなに悪いことですか?」と反旗を翻し、火に油を注いでしまったことがあったのだ。ベス先生は予想以上に怒りの矛先を私に向け、「あなたのそのお腹の子供がポルノを見るようになったらどうするの?」と私に尋ねた。私は「別にいいんじゃないの。」と答えたけれど、保守的で敬虔なキリスト教徒のベス先生には理解できなかったようで、このときは、ベス先生との間に分かり合えない大きな溝がぽっかりと空くのが見えた瞬間だった。

 当たり前のことだけど改めて、信仰する宗教のレベル、国やカルチャーごとによって『性のあり方』もとても違うのだなと私は考える。もちろんサウジアラビアでは同性愛は許されていないので、ダラルはアメリカに永住しているサウジアラビア人の男がほとんどゲイなのだということを、声を潜めて教えてくれた。祖国で認められることのない彼らは、アメリカに渡り、アメリカで同性婚をし、祖国を捨ててアメリカに移住している人ばかりなのだそうだ。(だから、マディソンに永住しているサウジアラビア人はゲイが多いのよ。とダラルは私に耳打ちする。)そう言われると確かにアメリカではゲイをよく見かけることがある。そのせいか分からないが、こちらに来てから何人かのティーン達があっさりと私にカミングアウトすることもあったし、語学学校の先生やスタッフの一人がゲイであるということも生徒やスタッフの間では暗黙の了解である。

 だけどそういう同性愛への寛容さの一方で、アメリカ人というのは不倫やセックスレスなどによって、驚くほど簡単に離婚する一面があるのも事実である。知り合いのアメリカ人の両親があまりにも多く離婚しているせいで、長年連れ添った熟年夫婦を見るとつい感動を覚えてしまうくらい、こちらの離婚率は高い。日本とは違い、こちらでは「夫婦」であるということが「性的な結びつき」によって強く結ばれていることが絶対的な条件なので、日本のようにセックスレスでも不倫されても離婚に至らない、などということは考えられないのだそうだ。それに、日本のように「ちょっと角を曲がればいかがわしい通り」というものもマディソンでは全く見かけることがない。もちろん噂ではそういう場所もあるとは聞くけれど、町中でけばけばしい無料ティッシュも配ってもないし、そもそもラブホテルや風俗店なども見たことがない。徹底的に町や人々の思想から表向き「いかがわしさ」というものが排除されているクリーンな印象を受けるのである。

 昼間からダラルがSEX、SEXと連呼するので、私はだいぶ恥ずかしかったが、ダラルはアメリカや日本の「性」のあり方に興味津々だった。もしかするとダラルはサウジアラビア人の女性の中ではとても特異なタイプなのかもしれない。だけど、彼女のそういう何事にも好奇心旺盛な姿勢は、保守的で厳格なキリスト教徒のベス先生よりも何倍も柔軟で寛容さに富んでいるように私には思えたし、ダラルの話や興味の対象はいつもとても面白かった。スターバックスを後にし、力強いハグをしてダラルと別れた私は、白銀に染まったマディソンの町を滑らないように慎重に歩いてバス停へと急いだ。まだまだ妊婦だとばれることがないほど私のお腹は小さい。だけどしばらくはこんな楽しくて刺激的なランチもお預けである。真っ白な州議事堂の雪景色を見てバスを待ちながら私はふと、次にダラルに会う時は私もダラルと同じく母親なのだなぁと思ったのである。

それぞれの住環境

 12月16日。日本人留学生のユウト君から、先月のサンクスギビングの動画が送られてきた。毎年11月末にあるサンクスギビングはアメリカの大切なホリデーの一つで、家族で集まってターキーを食べるなどして過ごすのだが、家庭によっては食後の団欒として余興のようなものをすることがあるそうで、その時の記念の動画を送ってくれたのである。ユウト君が参加したホストファミリーの余興の動画は歌の披露だったが、それはただ歌を披露するのではなく、ちょっとした小芝居も組み込まれていた。それはサンクスギビングの晩餐後、バンドマンであるホストファザーがギターを片手に一族の前で歌を披露するところから始まる。けれどなぜかその日、ホストファザーはいつもの調子が出ない。ホストマザーが助けに入るもなぜかうまくいかず、場は白けた雰囲気になる。そんな二人を見かねた留学生のユウト君が「オーケー」と立ち上がり、ビートルズのhere there and everywhereを歌い上げる。という筋書きなのである。サンクスギビングの一週間ほど前から、学校の宿題の合間に歌や小芝居の練習をしなければならないと焦っているユウト君の姿をみて、私は密かに、「そんなことをさせられるホームステイ先は嫌だ」と思ったものだが、まだ19歳の彼は割と楽しんでこなしていたので、すっかり感心してしまった。そうでなくても、ユウト君のホストファミリーは日ごろからユウト君に「今日は先生に質問を一つすること。」などと課題を出したり、予定のない週末にはクッキー作りを手伝わせたりしていたので、私だったら耐えられずにホスト先を変えてしまいそうなものだと思っていたのである。

 実際、ホームステイ先との相性が合わないといったトラブルというのは、語学留学に来ている生徒の間ではよく聞く話である。先々週、カンバセーションアワーに参加していた韓国人のジャイアンという女の子は、「最近どう?」というジェシー先生の社交辞令的な第一声に対して、「私の部屋のエアコンだけが動かないの。」と言って泣きだしたからである。「大丈夫?」と周りが心配していると、ホストファミリーはとてもケチで、“シャワーは5分以内で浴びる”などを含む27個のルールが定められていると言って彼女はノンストップで不満をぶちまけた。その上、ホストファザーが車で送ってあげるというから車に乗ると、後で15ドル請求されたそうで、ジャイアンは自分がこんな目に遭っていることを韓国に居る母親が知ったらと思うと涙が出るのだそうだ。カンバセーション開始早々の事態に困惑しながらも、ジェシー先生は優しくティッシュを差し出して、「どう?皆、何か彼女に言ってあげられるいい解決案はあるかしら?」と、本日のカンバセーションのお題にして私たちに話を振ったが、その日集まった数名の生徒たちによって絞り出された解決策はたった一つだった。「ホームステイ先を変えること。」

 ジャイアン(それにしても面白い名前)の話も確かにひどい例だったけれど、留学生たちの話を聞いていると、ホームステイ先というのは本当に当たりはずれがあるように思われる。飼っている犬がうるさい、とか、家の子供たちが反抗期、食事中によく夫婦喧嘩が勃発する、というのはまだましな方で、ホストマザー一人だけの家庭だと思っていたら、実は地下に「知り合いの乞食(!)」を住まわせており、人目を避けて夜な夜な乞食が台所に出没していたという話や、毎週金曜日の夕食はカリカリのベーコンとフレンチトーストだけで、もう二度とフレンチトーストは見たくなくなったという話、猫が直前までお尻をつけて座っていたお皿に気にせず料理を盛られた話、食後は指先で料理の皿を嘗め回す家族の話、いつもトイレを流すことのない家だったので、来る日も来る日もホストファミリーの大便小便を流していた話など、多岐にわたる。とりわけ、大便小便を流さないホストファミリーの逸話は他の2,3人の留学生から聞いたことがあったので、私の中ではちょっとしたマディソンの七不思議の一つだった。

 もちろん、ホームステイをすることで、サンクスギビングなどのアメリカの伝統的な家庭を体験出来たり、ネイティブの人の英語に常に触れる機会があるというのは、私のように個人でアパートに住むよりも楽しそうで羨ましく思うことはあるけれど、ホストファミリーとのトラブルの多くは、潔癖性な日本人留学生から漏れ聞く話が多かったので、私は、これはこれで良かったかなとも思う。とりわけ、ここマディソンでのアパートは、私が結婚してからこれまで暮らしてきた五つのアパートの中で一番広くて快適である。マディソンのアパートにはどこもたいていジムとプールが付いていて、私のアパートにもジムとプール、サウナとちょっとした集会場のようなものがあって、その上卓球台や屋外バーベキューもある。寒い土地ならではのセントラルヒーティングのため、冬でも常にアパート内は暖かいし、アパートの前には広々とした芝生の公園が広がっていて、リスやウサギが走っている。歌を歌わされることもなく、大便小便を流さないホストファミリーも居ないので、気楽なものである。

 だけど、そんな私がちょっと住んでみたかったな、と思うのは、ウィスコンシン大学が経営している特殊な寮の話である。ダウンタウンに住む学生達のほとんどがシェアハウスや寮に住んでいるのだが、そのうちの一つに、語学向上用の寮があるという話を聞いたからである。私のカンバセーションパートナーだったパラヴァノフ君の彼女が、その「フランス語専用」の寮に住んでいたそうだが、その寮に住む寮生たちは、フランス語しか話してはいけないルールなのだそうだ。そういった語学向上用の寮は他の言語もあり、パラヴァノフ君は日本語専用の寮に入りたいと私に語っていた。しかもそういった寮ではその言語専用のTAも少し安めの金額で一緒に住んでいるので、月に何度かは勉強会のようなものも開かれているのだそうだ。勉強熱心な学生の町、マディソンならではのなんとも素敵な住宅事情だなぁと私は思うのである。

発音ができないのは楽しい

12月4日。リピートしていた語学学校の『発音』の授業が今日で終わった。来週から臨月に入るからである。トム先生のこの授業は二度目だったので、重複する部分などもありながらも、私はこの授業で発音にまつわるあれこれを沢山学ぶことが出来た。どの言語にしても発音の問題は生きた言語を習得する上では避けては通れない問題で、とても奥が深いと私は思う。授業ではアメリカ人が単語を本当はどのように発音しているか、そしてそれが表記通りでは決してないこと、音の強弱の癖のようなもの、それから7,8割の確率で「単語の意味が分からなくても発音だけはできるようになるルール」、またアメリカ人が好む「くだけた言い方」など、とてもユニークな内容をゲームなどを通じて楽しく学んだ。トムは「こんなこと君たちの祖国では学ばないだろう?」と得意気に教えてくれ、そして何よりも私たち生徒の、それぞれがそれぞれの母語にとらわれた発音の問題によって四苦八苦する姿を露呈したとき、授業中、誰よりも一番嬉しそうに笑った。

とりわけ、音域の狭い日本語を持つ日本人の私にとって、学ぶべき発音のルールは沢山あった。日本人はLとRの区別が出来ない。大半の生徒はThを発音するとき、舌をかむことが出来ない。スペイン語を母語とする生徒たちはYのサウンドをJで発音してしまう。私たちが住むマディソンは、「Medicine(薬)」ではない。それから、私が一番苦手だったのは、『Syllable(音節)』の問題である。このSyllableとは、英語話者が単語の中で一つの音として感じる単位を表していて、例えば「That」は日本語では「ザ・ッ・ト」と三音節で表されるのに対し、英語では一音節と数えられるルールのことである。「Chocolate(チョコレート)」は日本語では「チョ・コ・レ・エ・ト」と五音節であるのに対し、英語は「チョッ・コリ」という二音節の音になるのである。だから、Syllableのクイズゲームをするとき、私は授業をリピートしているにも関わらず、いつもワークパートナーにぼろ負けし、トムにからかわれていた。

だけど面白いのは、この授業を通じて、私は英語話者たちにとっても「日本語」のこのフラットな発音が難しいのだということを発見したことだった。私はこのSyllableの問題を逆手に取って、トムにPerfumeの「チョコレートディスコ」という曲を紹介した。この曲は「チョコレートディスコ」とリフレインする部分で、「チョ・コ・レ・エ・ト」の五音節を使って拍を取る曲だからである。だから、二音節でしかチョコレートを発音できないアメリカ人達は、この曲を決して正しく歌うことが出来ないのである。トムにこの曲を紹介すると、トムはこの異国のポピュラーソングを聴きながら、「日本の曲は本当にクレイジーだ!」と嬉しそうに笑った。また、トムは日本の車のNISSANのことを、いつも「兄さん」と発音した。「兄さんではない、『ニ・ッ・サ・ン』だ!四音節だ。」と私が指摘すると、トムは「セイコは大人しい生徒だったのに、いつからそんなことを言うようになったんだ?」と悲しそうな顔をした。(まあ、一年も居たら口が立つようになるのは仕方ない。)

こうした発見は、現在聴講に行っているウィスコンシン大学のフィルム学の授業でもあった。前学期で私が正規の聴講生ですらない聴講生として座っていることを許可してくれたカプレイ教授の授業である。エジソンの発明から始まって、1960年代までの世界のフィルム学の歴史を紐解きながら、毎週さまざまな映画におけるジャンルを扱うこの授業で、先週はついに日本が世界に誇る「ジャパニーズ・アートシネマ」の回を迎え、カプレイ教授は、聴講生ですらない私にこの日何度も授業中、意見を求め、話しかけてくれたのだが、そのほとんどが「これ、日本語でどう言うの?これ、発音あってる?」というものだったからである。「黒澤明の『蜘蛛の巣城』は日本語で何て言うの?」とカプレイ教授は私に聞き、それがマクベスを題材にした映画であるということから、「英題より邦題の発音の方がマクベスに近いねぇ。」などと呟いたりした。そして「トーホー(東宝)は黒澤明の映画の会社だからこの発音には自信があるんだ」と私に笑いかけてくれた。だけど私はその時、細心の注意を払ってカプレイ教授が意味せんとする日本語の発音に耳を澄ませていた。というのも昔、カプレイ教授と話をした際、私はこの日本語の発音の問題で大失敗をしたことがあるからである。

その日、教授は日本の「ベンシ」にとても興味があると私に言って「知っているか?」と聞いてきた。私は、教授がまた発音を間違えていると早合点し、咄嗟に「武士!武士!サムライ!」と叫んで、刀を抜く武士のモノマネをしてみせた。カプレイ教授は驚いて、「もう一度発音してくれ!」と叫び、私は「武士、武士」と刀を携えたジェスチャーのままでもう一度単語を繰り返した。「ほお…」とカプレイ教授は目を細め、「やっぱり本場の発音はぜんぜん違うな…。」と呟いた。が、実は「ベンシ」というのは、サイレントムービーが日本を席巻した際に日本で登場した映画を盛り上げる「語り部」として一時期活躍していた「活動弁士」のことだったのである。教授とのちぐはぐなやり取りのすぐ後にそのことが判明し、私は、教授が発音を間違えているものだと思い込んだこと、無駄に武士のモノマネをしたことから、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたというわけである。もうそんな間違いをしてはいけないと思ったのである。
『発音』というのは習っても習わなくても、私には本当に難しい問題だった。だけど一方で、こうして日本語の発音と英語の発音が分かり合えない遠い立ち位置にあるからこそ、トム先生は楽しそうに授業中生徒の間違いを大笑いして指摘するし、私はカプレイ教授の授業で初めて、ウィスコンシン大学の正規の学生たちの前で日本語の発音を披露し、自尊心がくすぐられるような、とても誇り高い気持ちになれたのである。