月別アーカイブ: 2016年11月

アハメはアハメ

 11月15日。「今回の大統領選は歴史的なものになる。」というのは、選挙前からよく聞くセリフだった。ヒラリーになれば、史上初の女性大統領の誕生で、トランプになれば史上稀に見るクレイジーな大統領の誕生、という意味だ。私の住むマディソンは学園都市ならではのリベラルな人が多く、ヒラリー支持者が圧倒的多数を占めていたけれど、一歩マディソンを離れれば、そこは全く違うファーマー達の住む世界に囲まれた「陸の孤島」なのだと先生たちはかねてから危機感を募らせていた。そしてその言葉の通り、あの夜ヒラリーの敗北にとどめを刺した州であるウィスコンシン州は、マディソンとミルウォーキーなどの数少ない都市部を除いてはトランプ支持という形で結末を迎えたのである。

 そんな「歴史的選挙」が過ぎ去り、選挙前からずっと停滞していたどこかそわそわした空気からも解放され、語学学校にも何も変わらない日常が戻ってきた。以前からトランプ当選の折にはカナダ移住を表明していたベス先生もトム先生も、もちろん移住などすることはなく、以前と変わらず語学学校で教鞭を取っている。私もフリーのカンバセーションアワーに参加したり大学の授業に聴講に行ったりする日常であるが、だけど何かの折にはふと政治の話になったりするのが興味深かったりする。アメリカ人の彼氏のいるタイ人のパニカは、お茶をした際、今は5年間のビザがあるけれど今後どうなるか分からないと不安を漏らしてみせたし、先週帰国したコロンビア人のフェリペは、「トランプのせいでマディソンに行くのは今後、もっともハードになるだろう。」と、本気か冗談か分からない、ませた内容のメールをわざわざ送ってきた。

先日行われたカンバセーションアワーでは、トルコ人の女の子と韓国人の女の子、そして白人のジェシー先生と私の四人で行われたが、すぐに話題はアメリカのトランプの話、韓国のパク・クネ大統領の話、そして少し前のトルコのクーデターの話になったりした。韓国人の女の子は、長い時間をかけてまず「パク・クネが嫌い」だということ、「こんなことになって恥ずかしい」ということ、「パク・クネの父親が大量の人を殺した」ということをとても中身の薄い英語で熱弁した。とりわけ、「恥ずかしい、恥ずかしい」と終始大げさに言っていたので、ジェシー先生は「うちだってトランプになって恥ずかしいわよ。」と言ってフォローしていた。トルコ人の女の子は、クーデターのことはよく知らないと言いながら、つたない英語で何やら人が大量に殺された話をしていたが、気付いたら私以外の全員が、自分の国の「酷さ自慢」になって迷走していた。韓国人の女の子はとにかく大げさで、「うちはナチスみたいなものよ。」とまで言っていたが、「だけど私の友人でアメリカの軍人に入りたがっていた男の子が居たんだけれど、トランプになったせいでもう入りたくなくなったって言ってたわ。」とアメリカを軽くディスることを忘れなかった。

だけど、その時「ナチスみたいなものよ。」と軽く言った韓国人の女の子のセリフに、私はふと既視感を禁じ得なかった。どこで聞いたのだろう。そう思うとふいに「ダラルだ」と思い当たった。サウジアラビア人のダラルが、先月「うちは北朝鮮と同じなの。」と言ったセリフと、韓国人の女の子のセリフがオーバーラップしたのである。それは中国人が祖国でフェイスブックを禁止されているという話になった時にダラルが「うちだって」と言った時のセリフだった。新しい王政になってから、サウジアラビアではフェイスブックもスカイプもメッセンジャーも禁止されてしまい、ダラルはまだ禁止を受けていないアプリを駆使して祖国の家族とコンタクトを取っているのだと言った。私が「でも何故わざわざフェイスブックとか禁止する必要があるの?」と聞くと、側で聞いていたベス先生が「政府が人々をコントロールするためでしょう」と憤然と言った。だけどそんなことを規制することで、いったい人々の何をコントロールできるのだろう?私には疑問だった。

実際、先週中国へ帰国したビッキーは、帰国前日、私にメッセンジャーから最後のメールを送ってきて、「WeChat」というアプリをダウンロードしてくれ、と頼んだ。「何それ?」と私が聞くと、中国で使える中国人達にとっての唯一のコミュニケーションアプリだという。「中国人なら全員がやってるわよ。」とビッキーは言うと、私に丁寧に使い方をメールでレクチャーしてくれた。「中国ではツイッターもフェイスブックもインスタグラムもメッセンジャーもラインもスカイプも使えないから。」とビッキーは言った。「WeChatは安全よ。」とビッキーが言うので、「e-mailは使えるの?」と私が聞くと「使える。」とビッキーは言った。だけどビッキーのことが大好きなので、私はすぐにWeChatというアプリをダウンロードして使えるようにしたのだが、すると登録した直後にダラルからWeChatの追加の申請が来たので何だか私は笑ってしまった。これまで私はWeChatなんて知らなかったのだが、禁止されれば禁止されるほどに、中国人達もサウジアラビア人達も、抜け道を探して躍起になってコミュニケーションアプリをダウンロードしているのだと思うと面白かったからだ。人をコントロールするというのは、とても皮肉なことなのだなと私は考えずにはいられなかったのである。

ところで、もう一つ面白かったのは、WeChatをダウンロードした後、今度はサウジアラビア人のアハメからフェイスブックを通じてあるアプリのダウンロード依頼がたまたま来たことである。また知らないコミュニケーションアプリなのだろうか?と思った私は、依頼されるままにその聞いたこともないアプリをダウンロードしたが、開けてみるとただの「出会い系」アプリでとてもびっくりした。しかもそれはとてもよく出来ていて、出会いを求めて登録している人全員の位置情報が瞬時に分かり、その人たちの人気順位や顔写真も観放題なのである。アハメはこんなものを使っているのか…と思ってびっくりしていると、ダウンロードして30分も経たないうちに「●●さんがあなたに興味を持っています。会いますか?」という案内通知が届いたので、私は大急ぎでアプリを削除した。全く、アハメは何を考えているのか…。「歴史的選挙」を終えてもなお、アハメは大金持ちの能天気なアハメのままだったのである。

ESLクライシス

11月7日。語学学校の“スチューデントラウンジ”にジェンガという積み木のゲームが置かれていた。このラウンジのスペースはもともと生徒たちが食事をしたりくつろいだりできる地下にある広いスペースで、居心地のいいソファがいくつかと、テーブル、他にもお菓子やジュースの自動販売機、電子レンジも置かれているのだが、ゲームが置かれているのは初めてだった。見ると「毎週金曜日の昼休みはゲームの時間!来てね!」とテーブルごとに黄色い紙で作った案内が置かれている。今期から始まった生徒のための新しい試みなのだろう。それだけではない。見るとラウンジの自動販売機はすっきりとして新しいものに変わっていた。すごいなあと私は思う。

そもそも私の通っている語学学校はとても評判のいい学校である。先生たちや授業の質も去ることながら、授業以外にも毎月沢山のイベントを企画するスタッフが駐在していて、季節ごとにハイキングや野球観戦、サイクリング、シカゴ旅行、遊園地やペインティングといった多岐にわたるイベントを週末や放課後に企画しては生徒たちを連れ出してくれる。他にも、取っている授業以外で「フリーカンバセーションアワー」や「ライティングセンター」といった無料のクラスも毎日開かれており、暇な人はそういったフリーのクラスにいくらでも参加できるし、コンピューター室の印刷機も使い放題である。学校の寮に住んでいる人は、毎週金曜日の夜にもスタッフの部屋でフリーカンバセーションアワーやパーティに参加できるし、一番の強みは、この語学学校の卒業証明書でマディソンにあるいくつかのカレッジの入学することが出来るという点でもある。

それにもかかわらず、である。今、生徒たちの間でまことしやかに懸念されているのが、この語学学校が危機に瀕しているのではないか?という事案である。私がそのことに気付いたのは先月の終わり頃だった。次のセッションで開講される授業の案内の紙に、いくつか消えたクラスがあったのである。スチューデントラウンジはなんとなくいつもひっそりしているし、聞くところによると『ビジネス&コミュニケーション』というクラスでは、「どうしたらもっと生徒がうちの学校に入学するようになるのか?」というお題について生徒たちにそれぞれ考えさせて、最終的にこの学校の管理者の部屋で生徒たちにプレゼンまでさせたそうだ。また、いつも駐在しているスタッフの部屋が最近暗いのは、生徒を集めるべく世界中にリクルーティングに行っているからだと言う。

先月末、授業でベス先生にそのことを聞いてみると、ベスはあっさり「確かに生徒数は今すごく減っている」と認めた。だけどそれはうちの語学学校に限ったことではなく、世界中で起こっていることで、マディソンにあるもう一つの語学学校では今や生徒数がたったの四人なのだそうだ。他にもウィスコンシン大学が開いているESLのクラスも今期の生徒は一人きりだと言う。「なぜ?」と私が聞くと、ベスはサウジアラビア人のダラルを見て、「あなたの国のせいよ。」と冗談めかして言った。どうやら去年サウジアラビアの国王が世代交代したせいで、これまで大量のサウジアラビア人が留学出来ていた制度が廃止になってしまい、そのせいでこれまで主要な顧客だったサウジアラビア人の生徒が激減してしまったのである。幸いダラルはまだ廃止になっていない留学制度を利用しているので残っているが、彼女だってその新しい王政の煽りを受けて自身の収入も半減したと主張した。ベスは頷いて、「それから中国人も減った。」と、今度は中国人のビッキーに目配せをした。「そうなの?」と私がビッキーに聞くと、ビッキーは頷く。なんでも、最近では中国全体でアメリカ人のネイティブの先生を公立の学校に呼んで授業をする方針が主流になりつつあるので、わざわざ語学留学だけのためにはアメリカに来る生徒が居なくなっているのだそうだ。そうでなくても世界中にESLはある。アメリカのドルは高いし、ウィスコンシン州のような知名度の低い場所に来る人もとても少ないのだそうだ。

 気付いてしまうと、私はなんだかすっかりこの大好きな語学学校を心もとなく感じてしまった。そしてそう思うと、毎セッションの終わりごとに生徒たちに配られるクラスアンケートの「評価」も、どこか先生たちがいつも以上にナーバスになっているように感じられたりもしたのである。トム先生は最終日、このアンケートの内容を読み上げて「この質問は使ったテキストについての評価だね。うーん、僕はこのテキストはとてもいいテキストだと思うね。」とわざわざ説明していたし、ベスは「先生についてどう思いますか?」という質問欄に関して、「毎度のアンケートでうんざりしてると思いますが、私を辞めさせたいと思っているなら、この質問は絶好のチャンスでしょう。」などと皮肉なことを言った。ジム先生に至っては、アンケート記入の時間に隣の教室に待機すると言ってクラスを出て行ったそうだが、生徒の目撃情報によると、彼は待機している間ずっと両手をぎゅっと握って教室で一人ウロウロと心配そうに歩き回っていたのだそうだ…。もちろんこのアンケートで酷評されて辞めさせられた先生は居る。非正規雇用として雇われている先生たちは、自分が受け持つクラスを次のセッションで持てるかどうかは、セッション開始日の二日前に知らされる。そこで初めて、いくつのクラスが開講されるか知り、それによってその月の給料が決まるのである。生徒の縮小に伴い、クラスが減少している今、このアンケートは先生たちの死活問題なのである。

 先月の終わり、セッションの終わりにベス先生は一人ひとりの生徒に「次はどの授業を取るのか?」と聞いて回っていた。そして一人ひとりに自分の授業をもう一度取ることを丁寧に勧めていた。もちろん私にも「あなたが書きたいと思うことを書いていいのよ。」と言ってもう一度ライティングの授業をリピートしてはどうか?と提案した。トム先生の『発音』の授業に至っては、最終日にトムは「次のクラスは生まれ変わる」と驚きの宣伝を怠らなかった。事実、このクラスはクラス縮小のために消えた他の『スラング』というクラスと合併した新しい授業内容になるそうだ。『発音』のクラスを終えたばかりの私たちが、再度この授業を来月から取っても損はないのだとトムは強調した。「単語テストはある?」と私が聞くと、あまりにも苦しそうな長考の後、「5問だけだ!たったの5問だけやるかもしれない。」とトムは言って生徒の顔色を窺った。結局、私はトムの言葉を信頼して、もう一度その新しく生まれ変わるという『発音』の授業を受講することに決めたけれど、必死に「自分の授業をリピートせよ」とリクルーティングする先生たちを目の当たりにして、「英語を外国人に教える」という仕事を誇りにし、毎日を楽しみ輝いていると思われた先生たちが、思いがけず直面しつつある時代の世知辛さについて胸を痛めずにはいられなかった。とりわけ日の短くなってきたマディソンは、今月から誰もが忌み嫌う冬の季節の幕開けである。誰もが春を待ち遠しく思う極寒の世界の始まりである。ひっそりとした“スチューデントラウンジ”にポツンと置かれたピカピカのジェンガの山を見て、私は日々生き残りをかけて模索しているESLの実情を、少しだけ悲しく思ったのである。