それぞれの住環境

 12月16日。日本人留学生のユウト君から、先月のサンクスギビングの動画が送られてきた。毎年11月末にあるサンクスギビングはアメリカの大切なホリデーの一つで、家族で集まってターキーを食べるなどして過ごすのだが、家庭によっては食後の団欒として余興のようなものをすることがあるそうで、その時の記念の動画を送ってくれたのである。ユウト君が参加したホストファミリーの余興の動画は歌の披露だったが、それはただ歌を披露するのではなく、ちょっとした小芝居も組み込まれていた。それはサンクスギビングの晩餐後、バンドマンであるホストファザーがギターを片手に一族の前で歌を披露するところから始まる。けれどなぜかその日、ホストファザーはいつもの調子が出ない。ホストマザーが助けに入るもなぜかうまくいかず、場は白けた雰囲気になる。そんな二人を見かねた留学生のユウト君が「オーケー」と立ち上がり、ビートルズのhere there and everywhereを歌い上げる。という筋書きなのである。サンクスギビングの一週間ほど前から、学校の宿題の合間に歌や小芝居の練習をしなければならないと焦っているユウト君の姿をみて、私は密かに、「そんなことをさせられるホームステイ先は嫌だ」と思ったものだが、まだ19歳の彼は割と楽しんでこなしていたので、すっかり感心してしまった。そうでなくても、ユウト君のホストファミリーは日ごろからユウト君に「今日は先生に質問を一つすること。」などと課題を出したり、予定のない週末にはクッキー作りを手伝わせたりしていたので、私だったら耐えられずにホスト先を変えてしまいそうなものだと思っていたのである。

 実際、ホームステイ先との相性が合わないといったトラブルというのは、語学留学に来ている生徒の間ではよく聞く話である。先々週、カンバセーションアワーに参加していた韓国人のジャイアンという女の子は、「最近どう?」というジェシー先生の社交辞令的な第一声に対して、「私の部屋のエアコンだけが動かないの。」と言って泣きだしたからである。「大丈夫?」と周りが心配していると、ホストファミリーはとてもケチで、“シャワーは5分以内で浴びる”などを含む27個のルールが定められていると言って彼女はノンストップで不満をぶちまけた。その上、ホストファザーが車で送ってあげるというから車に乗ると、後で15ドル請求されたそうで、ジャイアンは自分がこんな目に遭っていることを韓国に居る母親が知ったらと思うと涙が出るのだそうだ。カンバセーション開始早々の事態に困惑しながらも、ジェシー先生は優しくティッシュを差し出して、「どう?皆、何か彼女に言ってあげられるいい解決案はあるかしら?」と、本日のカンバセーションのお題にして私たちに話を振ったが、その日集まった数名の生徒たちによって絞り出された解決策はたった一つだった。「ホームステイ先を変えること。」

 ジャイアン(それにしても面白い名前)の話も確かにひどい例だったけれど、留学生たちの話を聞いていると、ホームステイ先というのは本当に当たりはずれがあるように思われる。飼っている犬がうるさい、とか、家の子供たちが反抗期、食事中によく夫婦喧嘩が勃発する、というのはまだましな方で、ホストマザー一人だけの家庭だと思っていたら、実は地下に「知り合いの乞食(!)」を住まわせており、人目を避けて夜な夜な乞食が台所に出没していたという話や、毎週金曜日の夕食はカリカリのベーコンとフレンチトーストだけで、もう二度とフレンチトーストは見たくなくなったという話、猫が直前までお尻をつけて座っていたお皿に気にせず料理を盛られた話、食後は指先で料理の皿を嘗め回す家族の話、いつもトイレを流すことのない家だったので、来る日も来る日もホストファミリーの大便小便を流していた話など、多岐にわたる。とりわけ、大便小便を流さないホストファミリーの逸話は他の2,3人の留学生から聞いたことがあったので、私の中ではちょっとしたマディソンの七不思議の一つだった。

 もちろん、ホームステイをすることで、サンクスギビングなどのアメリカの伝統的な家庭を体験出来たり、ネイティブの人の英語に常に触れる機会があるというのは、私のように個人でアパートに住むよりも楽しそうで羨ましく思うことはあるけれど、ホストファミリーとのトラブルの多くは、潔癖性な日本人留学生から漏れ聞く話が多かったので、私は、これはこれで良かったかなとも思う。とりわけ、ここマディソンでのアパートは、私が結婚してからこれまで暮らしてきた五つのアパートの中で一番広くて快適である。マディソンのアパートにはどこもたいていジムとプールが付いていて、私のアパートにもジムとプール、サウナとちょっとした集会場のようなものがあって、その上卓球台や屋外バーベキューもある。寒い土地ならではのセントラルヒーティングのため、冬でも常にアパート内は暖かいし、アパートの前には広々とした芝生の公園が広がっていて、リスやウサギが走っている。歌を歌わされることもなく、大便小便を流さないホストファミリーも居ないので、気楽なものである。

 だけど、そんな私がちょっと住んでみたかったな、と思うのは、ウィスコンシン大学が経営している特殊な寮の話である。ダウンタウンに住む学生達のほとんどがシェアハウスや寮に住んでいるのだが、そのうちの一つに、語学向上用の寮があるという話を聞いたからである。私のカンバセーションパートナーだったパラヴァノフ君の彼女が、その「フランス語専用」の寮に住んでいたそうだが、その寮に住む寮生たちは、フランス語しか話してはいけないルールなのだそうだ。そういった語学向上用の寮は他の言語もあり、パラヴァノフ君は日本語専用の寮に入りたいと私に語っていた。しかもそういった寮ではその言語専用のTAも少し安めの金額で一緒に住んでいるので、月に何度かは勉強会のようなものも開かれているのだそうだ。勉強熱心な学生の町、マディソンならではのなんとも素敵な住宅事情だなぁと私は思うのである。