官僚たちの北陸「新幹線大爆破」計画【北陸新幹線 その 32】

 新幹線大爆破という映画があります。乗客を乗せて高速走行している新幹線の
列車に、身代金目当ての犯人が爆弾を仕掛けるという話です。まあ、JRが撮影に
協力しているのですから、結末はハッピーエンドに決まっています。対向列車と
すれ違い中に大爆発、近隣住民まで巻き込んで......などという意外な結末はあり
得ません。
 実は、この映画。1975年に作られた同じアイデアの映画のリメイク版と言える
作品なのですが、オリジナル版のときから、「何かあればスピードを落とす」と
いう安全対策の盲点をつくというプロットが、よく出来ていると評判でした。



新幹線大爆破 (2025年の映画)、フリー百科事典『ウィキペディア
(Wikipedia)』、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A%E5%A4%A7%E7%88%86%E7%A0%B4_(2025%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB
)

 B/Cのいかがわしさ

 整備新幹線で、ある路線を作るかどうかを決める基準である「着工5条件」の中
に、「B/Cが1以上」というのがあります。Cとは建築コスト、Bとは完成し
た場合の便益、つまり経済効果のことです。はっきり言って、これらは無意味な
数字です。厳密に言えば、意味のある精度で算定することが不可能な数字です。
 まずはC。毎年の維持費+建築費の割引計算とのことです。解りやすく言えば、
ランニングコストとローン支払い額の年間合計のようなものです。けれども、建
設費用は大きなプロジェクトになればなるほど、「やってみなければわからない」
というのが本質です。北海道新幹線もリニア中央新幹線もトンネル工事で想定外
の事態になり、着工時の見積金額を大きく上回ることが明らかになりました。そ
れどころか、本当の総額はまだ不明、つまりJR東海は算出することもまだ出来
ていないのです。
 公共事業では、最初の見積もりを推進派がするのですから、大甘の金額になる
に決まっています。大型プロジェクトで当初予算内で建築費用が賄えた例なんて、
恐らく世界的にも皆無です。
 次にB。俗に言う経済効果。さらに無意味で意味不明です。まず、誰がどんな
形で利益を得るのか......たとえば、空き地に穴を掘って埋めるプロジェクト。穴
自体は誰の得にもならないばかりか環境には悪影響がありますが、請け負ったケ
インズ工務店には膨大な利益が入ります。下請けのサミュエルソン土木やフリー
ドマン建築にもそれなりのお金が落ちます。近隣の居酒屋アベちゃんやソープサ
ナエも儲かるでしょう。けれども、別資本のゼネコンであるマルクス組やその系
列にはなんの得にもなりません。
 土建関係企業が有利なのは、工事さえ始まってしまえば、予定の工期までに完
成させる必要がないことです。費用が上振れしてもむしろ請負額が大きくなって
焼け太りができ、それどころか、プロジェクトが泥沼化して中止になっても、支
払いの返還を求めるられることはありません。一方、施設を利用する沿線住民に
は完成するまで何の利益もありません。
 それに、おそらく日本人の半分ぐらいは、北陸新幹線の延伸区間を生涯一度も
利用しないでしょう。鉄ちゃん鉄子さん以外の東京人が、リニアを横目に敦賀回
りで新大阪に行くとは思えません。地元民でも年に一回以上利用する人は100万ぐ
らいですか。これらの人々にしても、現状でも在来線利用でも京阪神に行けて、
新幹線が出来ても到着が30分ほど早くなるだけです。
 利益を得るどころか迷惑している人もいます。たとえば、メガネ製造で有名な
鯖江市などは、それまで北陸本線の特急が停まっていたのですが、新幹線には外
された上に、三セクの負担まで降ってきました。こうしたマイナスの経済効果が、
B/Cに見積もられることもありません。
 そもそも、利用者増も利用者の利益も抽象的で主観的な予測ですから、経済効
果などいかようにでも操作できます。さらに、「スタートアップ企業の誘致」だ
の、「街のにぎわい」だのとトッピングが乗り、「インバウンド様仕様全部のせ
の海鮮丼」みたいな、メタボな数字が出てきます。
 だいたい、今後約30年も走らない列車の「経済効果」など想像もつきません。
沿線住民の激減を考えれば、ほとんど0かも知れません。また、観光などで地域に
落ちるお金が増えれば、別の地域に落ちる分が減りますが、こういうのは国レベ
ルで公共性と言うのでしょうか。
 そうでありながら、国民全員もれなく1万円以上の国税負担がもれなくやってき
ます。こういうことを言うと、「公共事業というのは全国民に利益がある。消防
は常に赤字だろ」てな反論がありそうです。でも、消防署や自衛隊基地(ついで
に言えば辺野古米軍基地も)の経済効果を議論する人はいません。ちなみに防火
や国防のB/C考えたら面白いでしょうね。寝たばこや野焼き、それに近隣諸国
に喧嘩を売ることが、いかに日本国のB/Cを下げているかわかるでしょう。
 だいぶ話がそれました。公共事業のB/Cなど、どうにでもなる数字をやりた
い側の連中が見積もるのですから、真に受ける方がどうかしています。事業の可
否の基準に使うなら、1ではなく10ぐらいが合格ラインとして適切です。

 ゲッソリするのは、今回の数字に対してメディアが甘すぎることです。ゴミを
まともに扱ってはいけません。本来、記事の見出しは「北陸新幹線『小浜・京都
ルート』の費用対効果が「1.1」で最高評価(笑)」ぐらいがいいでしょう。「結
果責任どころか説明責任を誰もとらず、どこかのだれか意図をもって見積もった
数字」など、公に示すこと自体が害悪です。
 B/Cに唯一、意味が有るとすれば、他の事業との比較です。これも、大本営
発表同士を比べるわけですから、大差でなければ意味がありません。今回の新大
阪延伸と比較するとなると、整備新幹線なら長崎新幹線、そして滋賀県の鉄道な
ら信楽高原鉄道の台風による普通区間の復旧ぐらいでしょうか。それより何より、
八潮市のようなインフラの復旧や破壊の予防に使った方が、よほどB/Cは良い
と思います。


 キャリアを汚す敗戦処理

 さて、今回の主役、国土交通官僚の方々はこのプロジェクトに賛成なのでしょ
うか。「役人どもには付け届けや天下りでオコボレがたんまり行く」というのは
昭和の話。コンプライアンス時代になって、旨味は激減しています。
 今回のように、わたしのような素人が見ても全然ダメなものを、非公開のリス
クが手に取るようにわかる彼らは、基本的に見放しているはずです。担当にでも
なったら、成功するはずのないプロジェクト×(ペケと読みましょう)に、役人
人生の大半をつぎ込むことになりかねません。モチベーションは最悪。敗戦処理
にオコボレなし。何の責任もないのにキャリアに大きな汚点が残りかねません。
 たとえば、定年後再就職、あるゼネコンでの採用面接。
「出身大学は申し分ありませんね。現役のときは、どのようなことを担当されま
したか」
「北陸新幹線の新大阪延............」
「ガハハハハ。そらええわ。誠に本当にご苦労さん。質問終わり。お帰り下さい」

 高級官僚も自分の担当業務は選べません。むしろ、きちんと後始末ができる人
材には大きな価値があるのですが、ここまで「引き」が悪くて「引いたババ」を
定年までつかみ続けるマヌケを民間企業が抱えられるほど、今後の日本経済は豊
かではないでしょう。
 地元の票と業界の献金がほしい政治家が熱くなればなるほど、役人たちは冷め
ていきます。たてまえ上の指揮命令系統は政治主導ですが、官僚たちは巧妙にい
なし続けるでしょう。なにはともあれ元受験エリートの彼らは、専門知識はもち
ろん能力も性格の悪さも、劣化世論が選んだ政治家を大きく上回るのですから。


 冬にピンチ、夏はチャンスの国交官僚

 この路線で最初にB/Cが大きな話題になったのは、敦賀から新大阪への延伸
ルートが「舞鶴」、「小浜」、「米原」の3つに絞り込まれた2016年秋でした。
自民党中心の与党プロジェクトチーム(PT)が「小浜」で手打ち(おそらく各
種利権の調整)が終わった段階で、国交省は舞鶴0.7、小浜1.1、米原2.2というB
/Cを出してきました。官僚たちの静かな抗議でした。
 小浜ラブのPT側の反論は、米原での東海道新幹線への乗り入れ問題と、災害
時など東海道新幹線の代替路線(リタンダンシ-論)の2つが柱です。ただし、い
ずれもリニア中央新幹線が完成したら構図が大きく変わる話です。
 鉄っちゃん系など多くの論客も、あちこちで大議論をしましたが、その後10年
たっても米原ルートが有力な選択肢であるところを見ると、技術的に致命的な欠
陥はないのでしょう。あるのは、官民挙げた滋賀県の反対のみです。
 その年のうちに小浜ルートがPTで正式決定しました。工期15年、総工費2.1兆
円、B/C1.1という、今から思えばまことに牧歌的な数字が示されました。




北陸新幹線敦賀・大阪間のルートに係る調査について、国土交通省鉄道局、 i>
https://www.mlit.go.jp/common/001152043.pdf



北陸新幹線の大阪延伸はもう「詰んで」いる 【北陸新幹線 その2】、村山恭
平、長屋、

http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/29_0822.html

 本格的に反乱の火の手が上がったのは、その8年後。計画が具体化しはじめ、巻
き添えにされそうな京都市民から懸念の声が聞かれ始めたころ、官僚たちはチャ
ンスを伺っていたのでしょう。2024年8月、国交省からとんでもないレポートが出
ました。小浜ルートでは建築費が、実は当初の2倍、最大5兆円前後で工期は25年
以上かかる言うものです。
 このときはB/Cは示されませんでしたが、その後(2025年)、専門家有志が、
この数字をもとに独自に行った試算では、0.551とのこと。「551の蓬莱電鉄」
と笑われました。



ゴーゴーイチではゴーは無理  【北陸新幹線 その29】、村山恭平、長屋、

https://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi6%20.pdf

 小浜ルートにとって不幸が続きます。その夏、参議院選挙で自民党が大敗し、
小浜派のワントップだった西田議員は、選挙中「小浜に決まったわけでは無い」
とまで言わされたあげく(公約上の小浜敗北宣言)、京都選挙区で辛うじて2位当
選に滑り込みました。大差でトップ当選の座についた維新の新人は小浜反対派で
した。
 その維新の動きもケッタイです。死んだはずの湖西ルートなどを含め、新たに
7つのルートを提案して小浜の2ルート(南北、桂川)と並べて、横一線で比較し
ようと言い出しました。なんだか愉快犯という言葉が浮かびます。



小浜ルートの駆除が始まった  【北陸新幹線 その28】、村山恭平、この長

http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2025/12/22_0935.html


 その後、翌年早々の衆愚議院選挙で自民党が大勝して、少しだけ流れが変わり
ました。通常国会会期末(7月17日)までに、この9ルートの中から選ぶというの
です。野暮を承知で真面目に言えば無茶苦茶です。舞鶴亀岡ルートなど、地質調
査どころか詳細なコースや工法(高架、盛り土、通常地下、大深度地下など)も
ほとんど決まっていません。湖西ルート(在来線活用)など、そもそも何をしで
かすのかもベールに包まれています。用地買収も発生しそうです。こんなのを一
堂に集めて、半年間でどうやって建築費や工期を算出するのでしょう。http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2025/12/22_0935.html
 とばっちりを受けるかと思われたのは国交省です。時間も情報もない中で、B
/Cを出せと要求されました。今度もまた小浜に不利な(本当の)数字を出した
ら、強引さと軽率さと陰険さでは定評のある高市内閣が黙っていないでしょう。
 けれども、軽率さはともかく、陰険さと豪腕とでは官僚の方が数段上でした。
出てきたB/Cは小浜系の両ルートは1.1、他の7ルートは全て1.0......経由地も工
法も工期もまちまちな6本のルートが全て同じ値で、残った2ルートもわずか1割の
違い。絵に描いたようなドングリの背比べ。異様な一覧表。真面目に計算してい
ないのが丸見えです。ちなみにこの1.1は2018年に出した懐かしい値とも同じです。
細部まで作り込まれた「無気力宣言」です。
 このとき、なんで一応はB/Cが0.55から1.1に改善したかと言うと、経済効果
の算出方法を工事区間から全線の便益に切り替えたからです。北陸新幹線で言え
ば、敦賀・新大阪間の便益だけでなく、そのルートでの東京・新大阪間全体の便
益で計算しはじめたのです。
 これまで整備新幹線の着工5条件に使われるB/Cは、工事区間だけで計算した
ものが目安でした。何の理由もなく基準を変更したのですから、ゴールポストを
動かしたと言われても仕方ありません。いや、ゴールをもう一つ新設したような
ものです。けれども、これだけのズルをやっても、出てきたのは1.1といいうギリ
ギリの数字。経費が上振れしたり経済効果が下振れしたら、簡単に赤字に転落す
るレベルです。
 さすがの小浜推進派からも、「よし、これで一気に着工だ」と言う声は上がり
ません。野党や維新はもちろん、自民党内の米原派議員をねじ伏せる資料には、
とてもならないでしょう。


 爆弾付き褒め殺し

 こういうのは「褒め殺し」の一種だと思います。褒め殺しとは、どうでもいい
ことを説得力のない言い方で、形式的に威勢良く褒める事で、相手を非難するこ
とです。
 「偉い!大将!ヨッ!日本一!」......何が「偉い」のか、何の「日本一」なの
かさっぱり解りませんが、普通の人間は褒められて悪い気はしません。江戸時代
には太鼓持ちが若旦那相手に、昭和時代には宴会部長が取引先相手に多用してい
た手法です。褒められた方が、あえて「馬鹿にするな」と口にするのは野暮とい
うものです。本物の馬鹿に、「馬鹿にするな」と言われて、馬鹿にするのをやめ
る人はいません。
 同様に、小浜派議員が「真面目にやれ」などと野暮を言うと、「先生。本当に
真面目な議論して良いのですか」などと官僚たちは開き直るでしょう。現場を怒
らせたら、小浜ルートなど木っ端みじんにしてしまう恐怖のデータが、てんこ盛
で出てくるでしょう。推進派が正常な反論をすると大爆発する仕掛け......まさに
新幹線大爆破計画です。
 褒め殺しなど面倒くさいことはせずに、本当の現状を露骨に公開すれば良さそ
うなものですが、正論で小浜派議員たちの顔を完全に潰してしまうと、政官全面
対決になります。官僚の方も、叩けばホコリはきっと出ますから、この手の核戦
争はさけたいはずです。
 けれども形式的に小浜有利の数字を見せておいて、「政治決断するならしてね」
という形にしておけば、PT側が喧嘩を売るのは難しくなります。下手に文句を
言えば、本物の数字が帰ってくるからです。


維新の好きな玉虫色

 7月17日の会期末までにルート決定という算段は、とても無理でしょう。そ
うでなくても、「皇室典範」「定数削減」「消費税」「副首都」「国旗」と、野
党相手だけではなく与党内でさえもめそうなテーマが山積みです。ルート決定は
あくまでPTでの話ですが、こんな時期に、維新との温度差が大きい案件を持ち
出して、他で仕返しをされたくもないでしょう。
 会期末までにどうするのか、おそらく小浜ルートを軸とした玉虫色の先送りに
落ち着きそうです。仮にPTが「小浜」でまとまっても、財政状況を考えれば来
年度本格着工というわけにはいかないでしょう。国会が会期延長にでもなれば、
ルート決定はさらに先送りになり、おそらく来年度の予算編成に間に合いません。
 そうこうしているうちに、維新はまた珍妙な打開案という名の大混乱を仕掛け
て、再審議をしようと言い出すような気がします。なにしろ、「勝つまでジャン
ケン」をやらせれば世界一の政党ですから。
 という原稿を書き上げた瞬間。自民党に先駆けて維新が、自分たちの推しルー
トを発表すると言い出しました。「小浜」に乗って、官僚の仕掛けた爆弾を処理
して自民に「貸し」を作るもよし、「米原」支持で、導火線に火のついたままP
Tに投げつけるもよし、どっちにしろ彼らにとって美味しい展開です。