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2005年02月 アーカイブ

2005年02月06日

チャノミバにもの申す

2月5日

貧血で気持ち悪かったので、6時に一度目が覚めたけれど2度寝してまた起きたら9時だった。
ちょっと鬱だ。
仕方がないので入浴してからお買い物に出かけることにする。
入浴すると、もう、老廃物が「何なのかしらこれ!」と思うくらい大量に出る。
もうすぐ春も近づいているので、身体の状態も再び変化を始めているのかもしれない。
リトルマーメイドで食事をした後、渋谷に行ってブックファーストの新刊を見てくる。
甲野先生の「身体から革命を起こす」が平積みにされていたので、買う。
その後にまーべらすちゃんのお誕生日プレゼントの加湿器を買う。
この後、銀座の松屋に行って、一週間だけ限定発売の永田農法でつくられた野菜を買って、家に帰る。

永田農法の野菜というのは、ちょっと前にユニクロが永田農法でつくられた野菜を通信販売する事業に乗り出して結局撤退したということで有名だったりする。
しかし、この野菜自体は非常に質が高いものであるらしい。
一本900円のりんごジュースと、一缶300円のトマトジュース缶3本と、ピーマン一袋ときゅうり一袋を買って帰る。
りんごジュースの味は際立って甘酸っぱく個性があり、トマトジュースの味も一缶90円のものとは味の奥行きが違う。
ピーマンときゅうりも、お店の人に勧められたように生でそのまま食べてみたのだけれども、久々に「ピーマンの味がするピーマン」「きゅうりの味がするきゅうり」を食べたという感覚がした。たぶん含まれているミネラル分の量がぜんぜん違うのだろう。
ただ、値段がもう激しく高い。
お金持ちになったら、こういうものだけ食べて健康に生きていきたいけど普段の食事に使うとなるとなかなか厳しいものがある。

2月4日

今週は激しく残業が続いて、しかも体調を思いっきり崩してしまった。
貧血で気持ちが悪いのに、やらなくてはいけないことは大量にある。
早く帰りたいなあ。

2月1日

やらなくてはいけない仕事は大量にあるのだけれども、今日はラジオ「チャノミバ」で糸井重里と山本耕史の対談があるので、9時までには家に到着することができるように急いで帰る。
この対談は先週からの続きなのだけれども、先週は香取慎吾の話と木村拓哉の話が大部分だった。
糸井重里が「山本耕史と木村拓哉はきっと同じようなタイプの人間なんだろう」と言いたいのは良く分かるし、その言ってること自体も当たっていると思う。しかし今ラジオを聞いている人は、木村拓哉の話ではなく山本耕史の話をもっと聞きたいと思っているだけどなあ、と少しイライラしながら聞いていた。

それで、今週は先週の木村拓哉の話の続きをした後に、山本耕史が大河ドラマの撮影中に全国の土方歳三に関連した史跡を訪ねて回ったのだけれども、唯一「土方歳三は絶対に今自分が立っている場所と同じ場所に立っていた」と思える場所があって、それは会津のかなり高い山の中腹にある近藤勇の墓の横に立ったときだった、という話をして、その後に、山本耕史が「撮影のために、殺陣師の方から一応天然理心流の型を習ったのだけれども、実際のところ本当の戦いではあの型のとおりに綺麗な感じで戦ったのだろうか。それとも、実戦というのはあの型のように綺麗なものではなく、もっと殺伐でがさつなものだったのだろうか」という疑問を投げかけた。糸井重里はいろんなことを言ってさんざん焦らせた後に「僕は、実際の戦いでも『型』というものは使えたのではないかと思う」と答えたので一応ほっと一息つくことができたけれども、糸井重里がその結論を言うまではずっと「もしも、公共の電波を使って『僕は剣術の型と言うのは実戦では役に立たなかったんじゃないか、って思います』」なんて口走ったら二度と糸井重里の言っていることはまともになんか聞いてあげない、なんて思ってハラハラしながら聞いていた。
戦いというのは簡単に言い切ってしまったら殺し合いだったりするわけで、そこからどうして武道や武士道が立ち上がっていったのか、ということを考えると不思議といえば不思議だ。でも武道に型がある理由というのは「それが実戦で使えるようになる唯一の訓練法だ」ということになるからだろう。まあ、これは所詮多田先生の受け売りなんですが。
素朴に考えると、型稽古は実戦からかけ離れた稽古で現在の柔道や剣道のように実際に乱取りや試合をしたほうが実戦に近い稽古と思ってしまう。けれども実はこれが逆で、実際の戦いに役立つように身体や感覚を鍛えるためには型稽古こそが有効で、乱取りや試合では乱取りや試合に勝つための稽古ができるけれども、それは実際の命をやり取りする場ではほとんど役には立たないものだ、というのも多田先生が講習会で繰り返し言っていることだったりする。
でもラジオで糸井重里がいろいろあれこれ言っていることに対して、「実際の戦いでも『型』というものは使えた方が正しいに決まってるてば!!!!!」と思う程度にはわたくしの中で内面化されていたらしい。
話をラジオの続きに戻すと、「新選組!」のキャストの中では山口智充が「実戦とは型稽古のようなものではなく、もっと泥臭いものであった」という意見で、他の誰か(名前は出てこなかったけれどおそらく堺さんではないかと思われる)は、「やっぱり『型』というものは実戦でも使えたのではないか」という意見だったらしい。このことはけっこう撮影の現場でもいろいろ議論されていたようだ。まあ、ぐっさんは本職は芸人だし、あまり武道とかには縁なさそうだし、そう思っていても仕方ないか。

その後、糸井重里が「近藤勇という人間は、僕の中では『毛深い人』というか、女に手が早いというか、上半身と下半身が別物であるというようなイメージがあるのだけれども、どうしてそういう人物に新選組の隊士の人々はついて行ったんでしょうねぇ」という話をしようとしたけれども、山本耕史に華麗にスルーされてしまっていた。
山本耕史の脳内では近藤勇=香取慎吾だし、彼はは香取くんのことがものすっごく大好きなのだから、そんなことを言ってはいけないような気がする。

2005年02月14日

インドマグロとカレーうどん

2月12日

ものすごく久しぶりにお稽古に行ってきた。
よくよく考えれば、この半年間お稽古をちゃんとしていたことは数えるほどしかなかったのに、ずっとお稽古を毎週続けているつもりで技をかけたり受身を取ったりしたので、今激しく腰が痛くて泣きたい(;;)
練習不足というのは、こういう形で表面化してしまうものなのか。
それと、約半年ぶりくらいにY木くんと会ったので、「去年の8月1日の『重慶から遠く離れて』のエントリーの際と、9月27日の『オニババ化する女たち』のエントリーの際には、荒らしを見事撃退くださり、どうも有難うございました。」とお礼の言葉をかけたけれど、本人はその事はあまり覚えていなかったようで、「まあ、ただ単に、基地外が発生していて鬱陶しかったので論破して撃退してやっただけのことです。そのあたりの事はけっこう得意分野なので」ということだった。

2月10日

人生に疲れてたので、「そういえば最近金遣いが荒いかも」という考えが一瞬頭をよぎったのだけど仕事が終わってから無性にお寿司が食べたくなってしまったので、回転寿司のお店に直行する。
回転寿司なので、レーン上を何周も周回しているお寿司は表面上が既に乾いてしまっているのでそういうのは避けてまずはまぐろの赤身や、あわびや、烏賊、鰯といった130円の皿に乗ったものから頂くことにする。
おいしい。
しかし、目の前を中トロや鯵や豊後サバや雲丹といったちょっと高級なネタのものが通り過ぎるたびに、どうしてもそちら側に気を取られてしまう。
中トロは我慢できずに思わず手を伸ばしてしまった。
この後に燦然と輝くゴールドのお皿に乗った車海老を血迷って注文した後、レーンを流れるゴールド皿に乗ったインドマグロの大トロに眼が釘付けになってしまった。
「食べたい…。けれども高い…。でも食べたい…。」というようなことを考えながら逡巡しているうちに、ピンク色の赤身に白く脂肪の部分が交じった高級な霜降り牛肉のような見かけのインドマグロの大トロが目の前を何度も通り過ぎた。そのネタの輝きをじーっと見つめてしまうと、脳内でいろいろと考えていることとは関係なく燦然と輝くゴールドのお皿に手が伸びてしまったのだった。
インドマグロの大トロは、これが凄くおいしい。
回転寿司のクオリティを遥かに超越した濃厚な味で。
しかし、こうして調子に乗ってインドマグロの大トロを2皿取ってしまったので、合計金額は予想を越えて2100円になってしまった。
これが果たして高いのか安いのか。。。インドマグロの大トロが予想を越えておいしかったので安かったことにしよう。

2月8日

ライブドアの堀江社長がニッポン放送の株を35%買収し、形式上はニッポン放送の子会社に当たるフジテレビに影響力を及ぼそうとしているということで大騒ぎになっている。
ところで、ほりえもんが「金で買えないものはない」という顰蹙な発言をして世間の良識ある人々の強い反感を買っている最中なのだけれども、(実際に少しでも考えれば、若さ・家族・信頼できる友人・才能・高潔な人格・不撓不屈の精神......など、人生において本当に大切なものはお金では買うことはできない、あるいはお金でも買えるかもしれないけれどもお金で買うことは非常に難しいことがわかる)彼が本気でそういっているのかという点については少し微妙だ。
昨年の12月の大日本ビール党の忘年会のときに、フェルディナント・ヤマグチさん(というペンネームで執筆活動をしている覆面をした美形の男の方)から、「堀江社長という人は、一見すると非常に傲岸不遜な人物であるように見えるが、実はかなり慎重に事を運ぶ人間だ。ライブドアは無節操に周辺企業を買収しているように見えるかもしれないけれども、決して無駄な買い物をはしていない」というような内容の話を聞いた。
わたくしも、本当のところはそうではないかと思っている。
堀江社長は「若くして大金を手に入れる身分になった傲慢なIT社長」というイメージを積極的に世間の人々に植えつけようとしているが、それは人々に本当の目的を悟られないようにするための目くらましではないかという気がしてならないのだ。
その「本当の目的」が何であるのかということや、ほりえもんが他の誰かに足元を掬われることなく目的を達成することができるかどうかということは、わたくしのように大した情報や権力を持っていない人間には正確に予測できないことだ。けれど、堀江社長が今後何をするかということについては、どうも注意深く見ていく必要がありそうだ。
(とは言っても、別に彼の発言に共感できるとかそういうことではなくて、単に「観察対象」として興味深い、と思っているの訳なのです。)

2月7日

内田先生にメールでお叱りを受けたので、少し落ち込んでしまっていたが、もう少しで致命的なミスをしてしまうところだったので仕方のないことか。

2月6日


少し思うところがあったので、午前中にネットカフェで用事を済ませた後にとげぬき地蔵の真横にあるカレーうどんの名店「古奈屋」の本店に行って食べることにした。
(話の本筋とは関係ないけれど、とげぬき地蔵の真向かいには山京くんがよく着ているような、アジア系のお洋服を大量に売っているお店がある。お洋服だけではなく、東南アジアやアフリカの楽器や飾り物も大量に売っている。話の本筋にはまったく関係ないのですが。)

今日も相変わらず行列ができているので、最後列に並んで「身体から革命を起こす」の続きを読みながら順番を待つことにする。
しかし、「古奈屋」だけではなくこの「地蔵通り」自体が相変わらずものすごく混雑している。
地蔵通りはよく「おばあちゃんの原宿」というような言い方で表現されるけれども、おそらく現在では本家の原宿竹下通りの人手を超えているのではないか、と思う。
とげぬき地蔵に参拝する人やそこらへんでまったりしてコップ酒を飲んでいる人は後を絶たないし、本尊として祀られている本物のとげぬき地蔵の他にもお寺の横に、自分の体の具合の悪いところを磨くとその病状が改善すると言われている石造りの地蔵があるのだけれども、そこには遊園地のアトラクションに匹敵するくらいの人々が並んで順番を待っている。
わたくしはここに来る度に毎回「世の中には並ぶことが大好きな人が多いんだなあ」と思う。
「古奈屋」に並んでいる人もある程度は、とげぬき地蔵に並んでいた、ものすごく並ぶのが大好きな人が流れてきているのではないだろうか。

15分ほど並んでいると、お店の人が「お一人様のかた、お先にどうぞ」というのでわたくしの前にいた2人連れ2〜3組を差し置いて中に入る。
最初にここへ来た時にも思ったことなのだけれども、「古奈屋」カウンターのみの15席くらいで行列のできる店にしてはやけに狭い。
まあ、狭いから行列ができて、行列ができるから雑誌やTVで取り上げられるようになるという、「行列のできるラーメン屋の定理」が働いているのかもしれませぬが。
席に座って暫しの間待っていると、問題のカレーうどん1200円がやってくる。
ほとんどとろみのついてない汁状のカレーは、30種類のスパイスとカレーうどん用に特別に作られたというヨーグルトなどを極秘のレシピで配合して作られており、そこに半透明に輝く細い麺が入っており、トッピングに申し訳程度に茹でたインゲンの細切りが乗っている。
このカレーは、スパイスをあれこれ配合しているので通常のカレーうどんや学食のカレーと比較するとけっこう辛い。日本で通常に食べられている「カレー」ではなくてむしろ本物のインド料理屋で提供されているカレーの味のほうに近いのではないかと思った。
わたくしは通常のそば屋で提供されているカレーうどんを食べたことがないので、それがどのような味のものであるかということをきちんと理解しているわけではないけれども、おそらく今食べているカレーうどんとは全くかけ離れたものなのだろう。だから、ヒラカワさんが「このカレーうどんは口に合わなかった」と言われたのも無理のないことかもしれない、と思った。

大昔に週刊朝日の連載「恨ミシュラン」の中で、西原理恵子が銀座のなんとか、という超高級天ぷら屋に取材に行った際に、最初に出されたさいまき海老の天ぷらの衣がベタッと重い感じだったので「天ぷらの衣が重い感じがする」と文句を言ったら、お店の主人に「えー。この世の中にはものすごくおいしいんだけれども口に合わない料理と、おいしさはちょっとなんだけれども口に合う料理の2つがあるのですが、私はどちらかと言えば、おいしさはちょっとなんだけれども口に合う料理の方がいいんじゃないのかなあ、と思うのです。」と返されて煙にまかれた、ということが書かれていた。
わたしは最初にこれを読んだときに、この天ぷら屋の主人が何を言っているのかが全くもってよく分からなかった。
しかし、今はその意味がようやくわかったような気がする。

2005年02月23日

バレンタイン物体作成

2月19日

今日もお稽古に行ってきた。
しかし、今週もまたブログ上には公開できないけどちょっと嫌なことがあった。

お稽古が終わった後は人生に疲れていたので、大戸屋でごはんを食べたり「ダ・ヴィンチ・コード」の続きを読んだりして時間をつぶした後、シネマライズの裏側にあるライズエックスで「JACKASS」を見ることにする。
この映画?はダウンタウンも大絶賛していたらしいのだけれども、単純に内容を説明すれば、スーパーマーケットのカートに乗って遊んだりだとか、家の中にトカゲを入れて両親を驚かせて遊んだりだとか、爆竹を鳴らして遊んだりとかするお子様の悪戯を凶悪にパワーアップさせたもので、家の中に本物のワニがいて両親が驚愕していたりだとか、真夜中に寝室の中で大量の爆竹が鳴らされたりだとか、ローラースケートに大量のロケット花火を装着して、ロケット噴射で前に進んでみるとかという、そういうマイク・マイヤーズもびっくりの激しく下らない映像が2時間続くというものである。
当初はMTVで5分間のミニ番組としてスタートしたものが、体を張った下ネタが好評で30分番組に格上げになり、さらにはTVでは過激すぎて放映できなかったものが映画版として劇場公開されることになった、らしい。
このようなものを激しく推奨すると明らかに人格が疑われそうな気がするけれども、いまわたくしは人生に疲れているのでとりあえず激しく笑えるものが必要なのだ。そういうことにしておこう。

2月17日

お仕事が終わってから切込隊長のイベントに行くために「物体」の一部を持って新宿ロフトプラスワンへ行く。
しかし、終了時刻の10:00になっても隊長は遂に現れなかった。
後でエントリーされた文章の内容によると、「山手線で新宿まで移動中に偏頭痛の発作を起こして意識を失い、そのまま山手線を4周したところで駅員に起こされた。」とのこと。
うーん。やはり人間ドックの際にお医者様に言われたことの全てを励行できなくとも、せめて質の高い睡眠と水分を多めに取って、脳を最大限に働かせることの出来る期間をできるだけ長くするような処置を取ってもらいたいと思うところなのです。

2月16日

スーパーでお買い物をしていたら「壬生菜」を発見したので買う。
この壬生菜は、司馬遼太郎の「燃えよ剣」の中では山南さんの大好物であり、「燃えよ剣」の設定では山南さんをものすごく嫌っていた土方歳三が壬生菜を決して口に入れようとはしなかったというエピソードがある。
この話はおそらく司馬遼太郎の創作であり、史実がどうだったとかはわからない。でも壬生菜がどんなものであったか試しに食べてみようと思って、家に帰ってから壬生菜を沸騰したお湯に20秒間つけて水を切ってから醤油をかけておひたしにして食べてみる。
茎のところの食感がシャキシャキとしていて、なかなかおいしい。
しかしこれを食べていると、どうしても堺さんがものすごく貧乏だった時代にそこら辺に生えていたタンポポを摘んできて湯がいておひたしにして食べていた、という話を思い出してしまう。
それともう一つ「新選組!」関連で、久しぶりに2ちゃんねるの大河ドラマ板を見ていたら、新徴組に女性隊士がいたという話が出ていた。
名前は「中澤琴」という人で、当時で身長170cmを超える非常に大柄な女性だったらしい。
「新選組!」の中で土方歳三の許婚であった「お琴さん」はこの人をモデルにしており、当初の三谷幸喜の台本では土方歳三を追って浪士組に入り、そのまま京都まで行ってしまったという話になっていたらしい。でも、時代考証の人から「ドラマ上に中澤琴を登場させるのはどうか」という話になって、結局このあたりのエピソードが全部カットになってしまったらしい。
2ちゃんねるの書き込み以外にまだ裏が取れていないのでこの話が真実であるとは断言できないけれども、これが本当であれば、登場人物紹介でお琴さんが「土方歳三を追って京都まで行く」と言われていたのに結局そのエピソードが出てこなかったことや、お琴さん役に「身長が高すぎて山本耕史と抱き合っていても全く色気というものが感じられない」と言われていた田丸麻紀がキャスティングされたことなど、今まで疑問だったことの辻褄があう。
浪士組が京都に向かう際に、近藤勇や土方歳三や山南さんや内田先生のご先祖様に加えて、男装したお姉さんもその隊列に交じっていたのだ、と想像してみるとけっこう楽しくなってきた。

追記:史実では、土方歳三の許婚を名乗っていた「お琴さん」と新徴組隊士の「中澤琴」は別人だということをまりりんたんにご指摘頂きました。すみませぬ。

2月13日

今日は「物体」を溶かして型にいれて固める作業をする。
この作業の詳細は去年の2月11日に既に書いていて、大体こんな感じであるけれども↓


というわけで今日は物体の仕込みを行う。
物体の仕込みといっても原料から作るわけではなく、ただ単に材料を買ってきて溶かして型に流して固めるだけである。
でも、これだけの作業なのにうっかりしていると結構失敗する。
物体は極端に水を嫌うので、使用する道具は丁寧に洗った後に完全に乾かさないといけない。少しでも水分が混ざってしまうと表面に粉が吹いてしまう。
それに、物体は熱を加えすぎてもいけないので、繊細な温度管理も必要とされる。よく言われることとしては、最初に33℃まで温めて液体状にした後、よく外気と混ぜ合わせ、その後に一度物体が凝固する寸前の28℃まで物体の温度を下げ、最後に再び30℃まで温めて入念に練りこむと物体は金属状の光沢を放つようになる。
そして、30℃まで温めて入念に練りこんだ物体を型に流し込んで冷やして固めれば一応出来上がり、ということになる。

今回は作業中に温度計が割れていて使えないことに気づいて、大変なことになった。
「今からスーパーに行って新しい温度計を買ってこようか」とも思ったけれど、溶かしている最中の「物体」が無駄になってしまうので、そのまま作業を続行することにした。
「物体」の作成には温度管理が不可欠なので無謀な試みではあるけれども、粒子のキメの細かさを逐一チェックしながらやってみたら、そこそこの出来になった。
来年はもう少し高度な作業をしてみることにしようかな。

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