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2009年3月 アーカイブ

2009年3月 1日

気がつけば今月も稽古ばかり

2月28日(土)

 急にぽかぽかと暖かくなってきた。
 普段の稽古をするあいだから、汗をかく。ぽたぽた。通常の稽古に引き続き、後輩の方々に依頼され、共にまた稽古に励む。ぽかぽか。気づけば稽古尽くしの月末。

2月27日(金)

 大学の音楽学部音楽学科舞踊専攻の第3回公演を見に行く。
 一昨年、昨年に引き続いての拝観。ことしの舞台は新しくできたエミリー・ブラウン記念館である。
演題は5つ。島崎先生や村越先生、外国から招聘された先生らの振り付けで舞踊専攻の学生さんたちは踊っている。彼女たちのことを知り合いでなくとも、こう毎年見ていると、成長の姿が見て取れて、なかなかいいものだ。なかには、わたしの講義を受講していた学生さんもいるので、なるほどと、勝手に知り合い気分にひたってしまう。


2月26日(木)

 昨日の合宿のため、仕方なく道場をお休みしたので、今日は臨時稽古日。
 いつもと時間は同じでも、曜日が違うので、会員各位、それぞれのスケジュールもあるだろう。だから今日は、のびのびと少数精鋭の稽古をとなるかと思いきや、たくさんの方が来てくださった。よかったよかった。
稽古は基本的な動きもしなければならないのはもちろんだが、そればかりではおもしろくないので、ちょっと小難しいのをいろいろしているこのごろ。今日は、後ろ両手取りをしてみた。大混乱は免れた。まずまず。
 稽古後は、珍しく遊びに来てくれたノハンナ、コーチ、稽古に来ているヒロスエさんと連れ立って大学の稽古に移動。いつもより開始時間が早いので急いでみる。

2月24日(火)~25日(水)

 杖道会初合宿、行われる。場所は白浜。一泊二日。
 ここのところ和歌山とのご縁がある。
昨年は、国際合気道大会で和歌山県田辺市に滞在して、たくさんの講習会に出たし、その際、熊野本宮大社では演武会を拝見した。
白浜は、レンタカーを乗りなれる目的で立ち寄った海岸で、いくらかの時間を過ごした場所である。
その前の夏や一昨年の夏には、合気道の開祖のお墓参りのため、田辺市に出向いていることも記憶に新しい。
和歌山は、水も空気もたいへんにいいところなので、ごはんがおいしいし、みかんがおいしいし、梅干がおいしいし、何より土地の場所がいいので、身体にも結構なことばかり起こる場所なのである。

今回はバスで移動。
白浜に来るまでの道路は、わたしにとってすでに見知った感覚や覚えのある風景ばかりになっていた。かなり懐かしく、うれしかった。来るなり、見るなり、ああ、きっとまた来るのだなと思わせる風景ばかりがある。

合宿には10名が参加。
わたしはよく知らないのだが、きっと大学で始まった合気道の合宿も、最初は、これくらいの人数でこじんまりやっていたんだろうなあと想像する。誰がいて、誰がいなくて、電話なんかなくても、歩けばすぐに連絡ができて、誰かが急に倒れて、誰が足りなくて…というふうに、手の届く範囲で話ができたんだろうなあと思うわけだ。

さて、そんな合宿には、杖と木刀と居合刀とたくさんの荷物を持って出かけた。
 合宿「恒例の?」生憎のお天気で、空は曇ったり雨が降ったりうだったが、毎日祈っていたおかげか、ここぞというときには、晴れてくれた。
 初日は、体操をし、呼吸をし、杖を身体によく慣らせてから、杖の基本の動き、木刀の基本の動き、それらを身体によくなじませる。そのあと、全剣連の形をしっかり行い、仕杖・打太刀、共に、形を揃えて間合いと感覚をきれいにとっていく。それだけで、あっという間に四時間の稽古時間が終わってしまう。半日なんて、ほんとうにあっという間だ。
 朝練がないのをいいことにぐっすりと眠る。こんなに睡眠時間の長い(七時間弱)合宿は、初めてのことだ。朝練がない合宿というのは、これほどまでに楽なものかと初めて体験し、とても驚く。
 二日目は、三時間ほど稽古。体操などをしてから、昨日のおさらいと居合。
 久しぶりの刀は、なかなかうまくいきませぬ。でも、楽しかったから、それでいいのだ。

 帰りのバスの時間まで、いくらか時間があったので、主将の若さまたちと、ちょっと先にある南方熊楠記念館に行く。じつは和歌山、紀伊田辺の誇る三傑は、合気道開祖植芝盛平、南方熊楠、武蔵坊弁慶なのである。そのひとりである熊楠記念館が合宿所の近くにあるので、見ない手はない。てくてくと潮風に揺られながら、1キロほどの道のりを歩いて向かう。
記念館は、なかなかおもしろかった。
南方熊楠というひとの百科事典的な生き様と天才的な頭の使い方を垣間見た。
 心身ともに開放的で活発な合宿であった。白浜もいいところだ。

2月23日(月)

 相変わらずの曇り空。
曇り空の隙間を縫って、三宮に出て、母と会う。母と会うといつも、ひたすらしゃべる、しゃべる、食べる。会うとしゃべるというのが、われわれの規則のようにも見える。もちろん一緒にご飯を食べている時間もあるのだが、そのときでさえも、ひたすらいずれかがしゃべっている。話の内容は他愛もないことだ。世間話から近況まで。むしゃむしゃ。しゃべる。むしゃむしゃ。しゃべる。歩きながら、食べながら、何かを見ながら。
ときに買いものをしているときでさえも、見ているものとは、まったく関係のない話をしている。いわゆる「見てるだけ」の時間もしゃべっている。それらは、決して大声で話しているわけではない。誰かをさえぎるようなことも、おそらく迷惑にもならないくらいの大きさだ。

2月22日(日)

 片付けと掃除の続き。雨が降るからだろうか。猫たちの姿が見えない。曇り空が本格的になる前に布団も干して、シーツを変える。コタツのカバーも変える。掃除機もかける。あちこちと気になる場所を掃除する。
 先日からの掃除と片づけがまだ終わらない。終わるどころか、収納スペースをよりよく確保するがためのボックスが必要になってきた。本棚でもいいが。そろそろ買ってもいいのではないかと思い、寸法を測ってみる。

2月21日(土)

 今日は珍しく(本当に珍しい)、合気道の稽古を休んで、下川先生が立たれる謡の舞台を観に行く。場所は長田にある上田観世会能楽堂。何度も出かけたことのある場所だ。能楽堂の入り口にあるドアを開けるなり、冷気が漂う。う~寒い。
 「二階のほうが暖かいですよ」と受付の方が親切に教えてくださったので、その声に従って二階への階段を登る。二階があるとはこれまで知らなかった。登ってみると、そこは見晴らしがよいし、桟敷席になっているし、椅子席もあるし、暖かいし、なんといっても、ひとも少なくっていい。まるで特等席を得た気分。椅子席で拝見する。下川先生の役どころは『花筺』のシテである。


2月20日(金)

 もくもくと先日から火のついたような片付けと掃除を続ける。

2月19日(木)

 大学にある道場の畳がとても固い。ツルツルすべるし、痛い。

2月18日(水)

 だんだんと暖かくなってきている。優雅な猫たちをときおり観察しているのだが、その数は増えたり減ったりしている。小さかったはずのが、あっという間に大きくなっている。どちらかというと、小さいときのほうがかわいいなあと思う。それでも気が向けば見つめてくるので、なかなかかわいくって目が離せない。

2月17日(火)

 夜、猫たちがぎゃーぎゃーけんかしている声がする。けんかもするよね。

2月16日(月)

 夕方、慌てて朝カルに向かう。余裕を持って出たはずが、なぜか遅れそうになる。
 鷲田先生と内田先生の対談を拝聴。身体にびんびん響くことば多数。身体にガツーンと来ることばや様子、多数。さ、勉強しよう。

2月15日(日)

 朝起きると必ず窓を開ける。日の光をいっぱいに浴びる。わたしが住んでいるところと隣家の間に小さな庭のような場所がある。そこにはいつも猫たちがごろごろしている。日がないちにち、優雅な猫生を楽しんでいるように見える。ときおり夕方に郵便受に届いた郵便を取り出していると、ごろごろしている猫のうち、何匹かがうろうろしながらこちらを見つめているのがわかる。じっと静かに見つめている。近づきたいような、近づいていいのか悪いのか、判断に困っているような、そんなふうだ。その様子があまりにかわいらしいので、そっと手を振る。なかなか触らせてはもらえないが。

2009年3月17日

三月なかば

3月16日(月)気分は神さま?

 装束を付けていただく。
五月の本番の舞台で、舞うものの装束を付けてもらうのである。今回の出番は『高砂』なので、それに関するもの。初めて透冠を身に着けさせてもらう。
 ずべてを装着(そう、これは着るというよりも「装着」に近い感触だ)すると、なかなかに重いので、歩いて普通に動くだけで、だんだんと暑くなってくる。面もあるので、視界が狭くなる。今回はなぜか明るく感じた。
これで、着替えて、舞って、謡って、また着替えて、舞って、謡って…という具合に、本番のお能の場合なら、これで二時間を過ごすのだそうだ。舞台に立たれる方は、どんなにかすさまじい経験をされているのだろうかと改めて思う。


3月15日(日)繰り返す。

 稽古稽古稽古。

3月14日(土)ちょいと、試しにさようなら

 昨日からの雨で地面がぬかるんでいる。
 わたしゃあ、ちょいとぐたぐたしたところを歩くのが苦手なで、今日の移動は、たくさん歩くコースではなく、電車に乗るコースを選ぶ。電車の接続がよかったのか、いつもより早く会場に着く。

昨日まで実家で過ごしていたためか、どこか異世界を浮遊している感じがある。戻って来るなりこちらでの生活があるのに、いまいち立ち位置が定まらない。どこにいるのか、気持ちが入らない感触。それはそもそも実家が異世界なのか、あるいはそこで過ごした時間がすでに自らにとって、それとは気づかぬうちに遠い記憶となっていて、遠い記憶の場所で過ごしたからだろうか。

ともあれ、おそらく現実の世界では現実的に時間が進む。
来週に控えた合宿のため、現実的に稽古に参加する人が多い。稽古に参加する人が多いので、道場の人口密度があがる。人口密度があがると、次第に暑くなる。もちろん暑さはこれだけが理由ではない。表の気温があがってきているので、にょきにょきと誰もがそれこそ筍みたいに活性化しだすのだろう。つまり、表に出やすくなるのであろう(推測)。

人も多く集まった今日の稽古は、会員I氏の送別稽古でもあった。4月から新しい生活が始まるのである。
稽古のあとは、壮行会が内田先生のご自宅にて会員有志により開催された。
I氏のリクエストで「粉もん」という希望があり、メインはお好み焼きになる。ほかにも、パンやカルパッチョ、サラダ、ワイン、ビールなどもたくさん並べられる。早めに会場入りした有志によって、ちゃくちゃくと壮行会の準備がなされる。お好み焼きは、キャベツと葱を細かく切り刻み、粉などと混ぜ合わせたタネがどんどんセットされてくる。何の気なく、プレートの前に座って油を敷くうち、わたしは最終的にお好み焼きの焼き要員になっていた。おそらく60枚くらいは焼いただろうか。


3月13日(金)たしか

 ひとつきほど前も13日が金曜日でしたね。

3月12日(木)飽食の時代

 ほとんど食べ過ぎに近い状態で横になる。間断なく食べるとは、こういうことか。

3月11日(水)

 稽古の後、特価で新鮮なスーパーの立ち寄ってみた。かなりお安く新鮮だ。付近の住民の方々が我先にと買いに出るのもわかる気がする。

3月10日(火)掃除機でゴー。

 部屋の中には綿埃。なぜこんなに、目にはっきり見えるほどに埃が出てくるのだ?

3月9日(月)

 今日もがんばろうと思うこと、たくさん。

3月8日(日)

 大阪能楽会館にて「能と囃子の会」を鑑賞する。
 来る五月、ここで会が催される予定なので、その下見を兼ねて、能楽会館に出向く。来てみてすぐに気づいたのは、かつて、この会館に来たことがあったということだ。中に入って造りを見るうちに思い出した。
 到着がお昼ごろだったので、「とん蝶」をいただいた。
普段は配るためのセットはしても、いただくことはないので、ちょっとうれしかった。思わず受付のおじさんに微笑んでしまう(まったく知らない人)。

うれしそうにドアを開けると、茂山七五三の狂言之舞『三番三』。
普段は、狂言之舞を見る機会があまりないので得した気分。狂言之舞は、かなり大胆によく舞うものなのだなあ思う。
続いて、同じ社中の帯刀さんによる舞囃子『西行桜』。
いろいろ観て、同じく帯刀さんによる連管『五様欄曲』。
またいろいろ観て、合間に「とん蝶」をいただいて、心の準備をしているうちに、下川先生の半能『葵上』の時間になる。『葵上』は、たいへん迫力のある演題だ。半分というかすこしだけだったので、今度は全部見てみたい。

3月7日(土)

 暖かくなって来たからだろうか、今日はまた稽古に来ている人数が多い。先週が少なかったから、その反動もあるだろうが、きっと合宿が近づいていたからというのもあるはずだ。人の多さと、三月の温かさとで、すべてが暑い。

 今日の稽古には、久しぶりに丸亀の呉服屋さんである守さんも稽古に来られていた。極端に説明を省けば、どっしりとやわらかく、讃岐富士のような方である。

 稽古の後は大阪に移動し、朝日カルチャーセンターにて、内田先生と釈先生の対談を拝聴。テーマは「祈りの諸相~祝いと呪い」。シブく、おもしろかった。朝カルでのすばらしい出会いに、今宵もまた感謝するばかり。

3月6日(金)

 降水確率100%。傘を差しても、歩いていれば、ズボンが雨でびたびたに濡れる。靴は、色が変わるほどに雨にかかりっぱなし。
 さて、そんな土砂降りの中、三宅接骨院の治療後、大山崎山荘美術館へと向かう。『さて、大山崎~山口晃展』があるとかなんとか。
作家の山口晃氏について、実はわたしは何も知らず、ほんとうに名前すら知らないほどの不案内だったのだが、「見てみるといいのです」というヒロスエ氏の強い言葉によって、この日は、雨の中、出かけた。
 阪急電車に揺られて、初めての駅に降り立つ。
美術館に着いてみると、そこは山荘美術館というだけあって、概観からして、たいそう立派な別荘が美術館に改装されているのがわかる。美術館は1996年、アサヒビールの手によって修復されたらしい。だから、正式名称は「アサヒビール大山崎山荘美術館」という。美術館としての歴史は新しい。この美術館は、先の(っていつだよ!)山崎の合戦で名高い天王山の南麓に位置する。新幹線に乗れば、新大阪と京都の移動中、天王山が見えるはずだ。たぶん。
 『さて、大山崎~山口晃展』は観る者をかなり喜ばせた。
絵の中すべてに遊び心満載で、マンガチックで、ぱっと見るだけでは、何がなんだかわからないのだが、じっと見ると面白部分満載なのである。
たとえば、洛中図のようなものは、街の様子を精密に写すのは当然なのだが、色合い鮮やかに描くだけでなく、こっそり駄洒落やイケズな事柄が盛り込まれているのである。
屏風も油絵もデッサンにほとんど狂いがなく、美しいとしか言いようがない。
モネの絵(本物)が並ぶに館での「見立て」も、大笑いしてしまった。
すべてが「美しい」のさらに向こうにある面白さに挑んでいる感じだ。
ちゃらっと描いたコネタ集のようなメモもまたよかった。これらは、ガラスケースのなか入っていたので、じーっと覗き込みながら観る。
どれもこれも、美しいなかに、きょろっと斜向かいにものを見るような描き方がよい。
いちばん気に入ったのは、各地に登場していた「馬車(うまぐるま)」(勝手に命名)。バイクに馬の顔がついている。わたしはこれを見て、射手座の半人半馬を思い出した。

3月5日(木)

 強烈な睡魔に襲われながらも、黙々と過ごす。もう春なのか?

3月4日(水)

 事務仕事も、たまにはいい。

3月3日(火)

 ひな祭り。雛人形は元気だろうかと思い出す。

3月2日(月)

 気がつけば、先週から休みが一日もない!ので、倒れる。

3月1日(日)

 今日は剣・杖の特別稽古があるので、てくてくと出かける。
 このところ、日曜日に特別稽古があるのは珍しい。
最初は杖を身体に馴染ませるところから。
馴染ませるといっても、べたべた触るのではない。端的に言えば、身体の一部として杖を使うのである。「身体の一部」として使うというのは、簡単そうで難しい。なぜなら、「使おう」という意思が起きてから杖と触れ合ってしまうと、それでは我が強すぎて、杖と身体がうまく馴染まないからである。
馴染んでいるというのはちょうど、私たちがお箸を使おうとかお茶碗やお椀を持とうという意思をわざわざ発生させなくとも、その持ち方やかかわり方が、すでに身体の中にあるので、自然に使えるのと似ている。鉛筆をもって、簡単に文字が書けるのもまた、ほぼ同じことだろう。
要は、あれこれ考えず、自らの意識のなかに、「使う」という意識がのぼらない状態で杖に触れることが大事なのだ。だから、杖と相対してはならない。「杖を使う」あるいは「杖を動かす」という発想のなかにいる限り、ぎこちなさから開放されないのはそのためだ。
一の杖基本、組杖を行う。打突の大切さを感じる。
次は木刀で合気剣の稽古。横面打ちの三種。これまた、いつもやっていることなのだが、おもしろい。
そして、手入れしておいた居合刀を抜く。刀礼、抜刀と納刀だけでも充分におもしろい。おうちで稽古しようっと。

2009年3月31日

春の反省

3月30日(月)

 ホーホケキョと鶯が鳴く。窓を開けると、きれいなその声が聞こえてくる。もう春なのだ。

 午前中は某所に出かけて、ひとに会う。なかなか得られない貴重な経験ができた。いろんなひとがいるのだなあ、人間は多種多様だなあと思う。
 
 午後は杖道の稽古。このところ、緩やかに稽古してきていたのが災いしたのか、それとは知らぬ間に、打ち方に変な癖がついてしまったようだ。捻ったり、うねったりしているのなら、「捻り」や「うねり」の方向を正しいところに戻せばいいのだが、そうではないので身体を動かしながら修正して行くしかない(と思う)。ということで、ちょうど新年度だし、ここでもまた「新生うっきー」誕生というわけで、遠慮せず、これからは、がんがん打つことにしようと、心新たにする。


 そういえば、最近父母がこの日録を発見したらしい。
わわー、おとーさん、見てる?
わわわー、おかーさん、読んでる?
わわわわー、わたしは、元気です。

3月29日(日)

 今年度最後の日曜日、そして三月最後の日曜日。「行く」や「逃げる」や「去る」なんて、感じている暇もないくらい、あっという間の今年の三ヶ月が過ぎて行く。早いもので来週はもう四月ですね。

 木漏れ日を感じる春、近所に今週末引っ越ししていくお宅があるのか、昨日からずっと、出入りするトラックが入れ替わり立ち代わり止まっている。その音も尋常でない。たいそう荷物が多いのか、朝夕関係なくトラックが往復しているようだ。いったいどれだけ荷物があるのだろう。まったくの他人事なので、何も関係ないのだが、たいへんなことだ。わたしが引っ越しするときは、いったいどのくらいの荷物になるだろうと、昨日なぜか、ふと思ったことを思い出した。何とかトラック1台分には収めたいものである。

 春の陽気のせいか、眠い。さらにはおなかが減る~。
久しぶりの休養なので、先日からずっとマンガ熱が再発している。『聖☆おにいさん』3巻(中村光、講談社)を読了後、またもや手塚治虫づくし。『新選組』、『グランドール』、『アポロの歌』、『ナンバー7』を再読。マンガっておもしろい。

3月28日(土)

 年度末最後の稽古。今年度もいろいろな稽古があったと振り返る。いろいろな技や種類や人と出会った。来年度もさらなる力を振り絞って、前に進もうと思う。フフフフフ。

3月27日(金)

 ♪おっかいもの~、おっかいもの~、おっかいもの~

3月26日(木)

 ♪おっかたづけ~、おっかたづけ~、おっかたづけ~

3月25日(水)

 気がつけば、道場も今年度最後の稽古。
ありがたいことに、これでまるっと三年を過ごしてきたことになります。
四月からは早くも四年目の春。今日はもう、芦屋の桜も咲いています。すべてのことに感謝です。

3月24日(火)

 ぐったり…している暇もあまりないけれど。

3月23日(月)

 稽古のあとには、「若さまの追いコン」。ゆったりした空間でいただくメニューはどれもおいしい。

3月20日(金)~22(日)春合宿

毎回参加人数が増える春合宿。前代未聞の50名ほどが合宿に参加。今回は、宿屋さんによって、120枚の畳が新調されていた。120枚=120畳である。運ぶのも柔らかく、受身も軽い。それでも、体育館に敷き詰められると、120枚では、道場が狭いくらいに感じられた。
今回は稽古につきものの、打ち身や擦り傷などはまったくなかった。いつも、必要になっても困るなあと、合宿のときには持ってきているサポーター類があるのだけれど、今回は、それらをいっさい持参せずに出向いて正解であった。持って行ったら行ったで、それを持っていることが災いして、却って使うような運命に取り込まれても悲しい。持ってきていた少しの湿布でさえ、帰りは荷物になると感じたくらいである。

 合宿は、往復バスに揺られ、密度の濃い時間を過ごした、あっという間の三日間であった。楽しかった~という愉快な心地ばかりで、悪いことは覚えていない。

そういえば次回からは、夜稽古が禁止になるそうな。理由は何であれ、そのほうがいいとわたしは思う。というのも、自主的にそれが始まったころまでは、同じ時間帯、みんなでドッヂボールをしていたし、ドッヂボールが自主稽古に変わったのも、廊下でごそごそ動いてみるよりは道場のほうが大きく動けるね…というくらいの気負いのない感じないところからのもので、そのころだって、みんなで一緒に稽古に動いて、個別には動いていなかったからだ。それがいまでは、その稽古に参加するのがあたかも義務であったり、強制であったりするように感じられ、なんだか最初に始めたころとは、だいぶ主旨も雰囲気も何もかも変わってしまい、おかしな印象だけが拭いきれないことがままあった。
というわけで、これからは、「夕食時には、おいしいビールを飲もうではないか!」というポジションに、わたしもまた落ち着くことになる。

3月19日(木)

 夕方、東京から、はたやん&ブルやんが来る。明日からの合宿に参加するためだ。
 東京から来たお二人と、ひろやん、わたしとの四人で、夕食を食べる。
ブルやんの希望で、以前から話していた「王将」へと向かう。さすがにこの手の店は、予約はできないだろうということで飛び込みで入るが、ちょうど夕食時の客の流れが引いたあとだったのか、待たずに座って、注文することができた。
四人なので、その店自慢の?たいそう大きいメニュー(「日本一ラーメン」とか「日本一チャーハン」など)を注文する。あっという間になくなる。合気道をする者は、実によく食べ、よく話すのだ。食後は場所を変えてコーヒーを飲み、ブルやんをご依頼どおり送り届けて任務完了。食事中、移動中、すべてにおいて、すでに、みんなでわいわい過ごしているので、まるでここから合宿が始まっているみたいだ。

3月18日(水)

 暖かな日であった。
 暖かな風も吹いていた。
ふいに気づくと、わたしは歩いていた。
いったい何がわたしの足をそうさせたのか。そう向けさせたのか。
歩いたあとのいまとなれば、知る由もない。
ただ足が前に歩を進めたことだけが、動かぬ証拠である。
春の暖かさによって、身体が快調になっているのだろうか。整ってきたのだろうか。
 ともあれ、遅々としてはいるものの、春の歩みは進んでゆく。

3月17日(火)

 あれよあれよという間に、三月も半分過ぎたわけで。わー。

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