<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>ウッキーの浮き憂き日録</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/atom.xml" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13</id>
   <updated>2008-11-17T01:57:15Z</updated>
   <subtitle>since Sep 2002</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.35</generator>

<entry>
   <title>紅葉の岡田山</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/11/17_1056.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1969</id>
   
   <published>2008-11-17T01:56:24Z</published>
   <updated>2008-11-17T01:57:15Z</updated>
   
   <summary>１１月１６日（日） 　小学校時代からの友人の誕生日だったと思い出す朝。なぜ思い出...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      １１月１６日（日）

　小学校時代からの友人の誕生日だったと思い出す朝。なぜ思い出したかというと、カレンダーを見たからでもあるが、夕べ見た番組に、顔がそっくりな芸人が出ているのをみたからだ。しかし本人には一度もそのことを告げたことはない。

　市長選挙があるので、夕方とことこ歩いて選挙会場へと向かう。現市長の氏名を最近フルネームで知った。次は誰がなるのだろう。なんでも今回は、史上最多の候補者数だったらしい。明るい未来でありますようにと投じる一票。



１１月１５日（土）

　今日は大学で稽古。
　紅葉シーズンに、ここでの稽古は何よりも心地がいい。これで道場が広ければ、さらにいいのだが、文句は言うまい。
　本日は入試のため、学内が少々静けさのなかにある。入場規制のなか、そーっと大学に入る。そーっと稽古する。
帰りには入試も終わり、紅葉を愛でながら、歩く。
今しか見られない景色があちこちに散見される。せっかくなので、デジカメで撮ってみる。多用する初めての秋。



１１月１４日（金）

　あまりに体調がよくないので、すべての予定を取りやめ、心新たに家事に邁進する。
　まずは布団を干し、部屋の掃除機をかけ、洗面所を磨き、トイレの掃除をする。その間に洗濯ものを回す。何度もごみ出しに行き、洗濯機は三回ほど回したので、その分を干す。そのうち、だんだんと部屋が整っていく。いらいないものは捨て、机の少しだけ配置換えをする。皿を洗い、台所の掃除をする少し手前で日が暮れる。そして、疲れ果てる。
　炬燵も出したので、鍋にする。材料を買いに行く。ついでに、あんこも買う。最近、近所におはぎ屋が開店したようだ。あんこ好きにはたまらない。とくに、こしあんが好きで、丁稚羊羹なんて大好物ね。ということで、おはぎもいくつか買う。




１１月１３日（木）

　微かな靄がかかったみたいに頭のなかがうすらぼんやりしている。何をしようにもやる気が出ない。薬を飲もうにも飲む気がしない。ただただ頭がしゃっきりせず、凡庸な痛さが頭の中をかきむしる。
　こんな頭痛は久しぶりだ。



１１月１２日（水）

　道場に立つと、いっぺんで自身の呼吸が浅いと気づく。鼻づまりを起こしているから、きっとそのせいだろう。深く息を吸い込んで静かに吐いてみる。夕方まで稽古を続けるうち、深深と夜は更けていく。寒い。



１１月１１日（火）

　昨夜、家に戻った頃から、またもや頭の内部で、それも遠くで、頭痛がしていた。気のせいだろう思い込み、早めに休んでみたのだが、翌朝目が覚めてもまだ頭が痛いのである。加えて、鼻水鼻づまりまで起こしている。ついには悪寒までしてきたものだから、ああ、風邪だなと観念する。
　今日は思い切って休む。明日に備えて休みにする。休むのも結構勇気がいるものだ。と思ったとたんにがさごそと読みかけの本や読みかけのページや気になる動きについつい目が行ってしまうものだから、風邪が治る暇もあるようでない。鼻声。



１１月１０日（月）

　板間に素足で４時間もぶっ続けでいるというのは、よくよく考えてみると、身体によくない。寒いようだ。
もう身体が慣れっこになっているので、あるいは身に沁みているので、さほど気にはしないのだけれど、気がつけば寒い。ときには、それがどうした、の状況のときもあるが。いや、幼い頃からそうだったのかもしれない。

冬になると決まって、「さむいさむい」を連発して言う子どもたちがいた（って同じクラスの子だが）。「さむい」と身体が感じることを、そのまま素直に言うのはいい。それが数回なら許そう。事実わたしも言ったかもしれない。だが、「さむい」を何度も何度も、ひどいときには、一日中そればかりを口に出して、繰り返してばかりいるのを聞かされていると、（いいかげんにしてくれ！）と思うほうの子どもでもあった。わたしは。

口に出して言っている方は、別に誰かにそのことばを聞かそうと思って言っているのではなかっただろう。けれど、聞こえてくるのだ。「さむいさむい」が教室中で。もし、一日中言い続けて暖かくなるのなら、どうぞ好きなだけ言うがよろしい。だが、事実はそうではないのだ。「さむい」どころか「うるさい」だけなのである。

そういうふうにして、ときどき、やや物事に斜めに構えるふしのある子どもであった。しかし、それを声に出すこともなく、静かに心のうちで抱えていた。表現力に今ひとつ欠けるところが難点である。感じないのではない、表現が下手なのだ。

　表現が下手なのは、いまでもそうだ。「さむい」の話はまだしも、ほかの場面でも言えることだ。時折そんな傾向が災いして、結果的には損をしている。おそらく周囲のひとびとにとっては、何も言わないわたしは、「ただ押し黙っているわたし」であり、「何も感じてないわたし」であり、「静かなわたし」でもあり、見た目には同じように見えるからだろう。感じていることとことばが、表に出たとたんに、ちぐはぐになる。思っていたのはこれではなく、感じていたのはそれでもない。感情と表現とずれ。そんなもんでもないな。ときにはまったく逆のことが口から出てくる。単なるもどかしさだ。ジレンマなんてかっこいいものではない。

感じていることを感じているふうに、そのままに表に出せないことが招いた結果は、だいたい決まっている。わたしというものについて、まるで望んでもいないような誤解を相手に与えているのは、そのためだ。
たとえば、何かひとつの出来事があって、あれこれと思案したり、考えたり、話題にしたり、意見したり、笑いあったりすることがある。「聞き手」に徹しているときは、それで静かに相槌を打ち、「話し手」のことばを逃さないように聞くのもいいのだろうが、「聞き手」ではないので、何か言いたいことがある。でも、間が悪かったり、ことばに詰まってしまったり、感じていることがうまく伝わらなかったりで、あとになって、「あのときはこんなふうに感じていたのだ、思っていたのだ」ということが相手に知れるとき、だいたいは、表現が下手であるばかりに、十中八九、相手は驚くことになる。「え、そんなふうに感じていたの？」と。そうして、さらに、（まさかそんなふうに、繊細に、細かいところまで感じることができていたなんて、思いもよらなかった。気の毒なことをしたね。仏頂面なので、そんなふうに感じていたなんて考えたこともなかった。誰にもそれがわからなかったよ）とでも言わんばかりの表情を浮かべる。しかし、このような過去の出来事を、先の未来で伝えられるほど、つながりのある相手ならいいが、そうでない場合、一生誤解されたままとなる。それは悲しいね。

「ただ押し黙っているわたし」も「静かなわたし」も、相手がどう思うか、宛先は誰かということを想定した場合、ぐっと感情を抑えてしまうところがある。言えないのではなく、ただ押し黙って、ぐっと感情を押し殺してしまうところがあるのだ。敢えて言ってみるなら、言えないのではなく、言いにくいのだ。述べにくい状況によって、声が出なくなるのである。

そういえば、そんなこと、すこし前にもあったなあと、ふいにその状況が思い出されて、自分が情けなくなってきた。
　思いっきり表現したいのだ。今宵はなぜか、そう思う。素直にわたしの思いを表に出したい。意見を述べたい。などと書いてみると、思春期の高校生のような、未成熟な中身であるなあ。
　言いたいのはこんなことじゃないのにね。



１１月９日（日）

　雨は上がり、風邪の調子もだいぶよくなった（ように思う）。
　薬を飲んで稽古に出かける。ほんとうは、薬を飲んで行くのは、よくない状態なのかもしれないのだろうが、稽古を休むのは、わたしにとって、もっと身体によくないことなのである。だから、いずれかを選ぶのならば、迷わず薬を飲むほうを選ぶ。
　充実した時間帯でたっぷりの稽古内容。おもしろかった。
　こういうときは、頭が冴えていたら、もっとよかったのだろうけれど。身体が時間内を維持できたことに感謝しよう。



１１月８日（土）

　ひさしぶりの土曜日。それも稽古のない土曜日である。
　休みなので、早朝から山登りに行く予定にしていた。だが、朝から生憎の雨。山上の雨は慣れぬ者には、ときに危険をもたらす。ということで中止の報が伝わる。（同時にすぐさま、それでも登りに行きたい兵どものためのコースも用意されるとの連絡も入る）。昨日から喉の調子がいまいちなわたしは、大事をとり、いちにち、うちで過ごすことにする。
　まずは、登るときに食べるためにと炊いたごはんとしゃけを中心に、ごくごく簡単な朝食を摂る。山上で配る予定にしていたチョコレートも食後に食べる。
時間と共にだんだんと喉が痛くなり、鼻水が激しく出てくる。目の前がくらくらする。完全な風邪の兆候だ。薬を飲んで寝る。またむっくり起きて、ご飯を食べ、鼻水をたらし、鼻水をかんで、薬を飲んで寝る。これを何度か続ける。
　思ったよりも身体のなかは疲れが溜まっているようで、きょうはいちにち、溶けるかと思うほど、ぐったり横になっていた。朝寝と昼寝と夕寝と夜寝ばかりしていた。そんなひさしぶりの土曜日。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>そうだ、紅葉を見にゆこう</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/11/08_0750.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1960</id>
   
   <published>2008-11-07T22:50:43Z</published>
   <updated>2008-11-07T23:28:26Z</updated>
   
   <summary>１１月７日（金） 　「留守宅の犬を預かる」ための搬送のお手伝いをする。そのため、...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      １１月７日（金）

　「留守宅の犬を預かる」ための搬送のお手伝いをする。そのため、朝から阪神間をぐるっとまわることになる。
阪急を乗り継ぎ、徒歩で「犬を引き取り宅」へと向かう。犬とじゃれあい、ふたたび徒歩でモノレールの駅へと向かう。訪問先のお宅からの迎え自動車でお宅へ移動。お昼休みとなり、そしてまた徒歩で京阪、地下鉄、阪急と移動。予想外にぐったり疲れるいちにち。



１１月６日（木）

　何かと身体がおもしろがる時期だ。いろいろと動きか感覚を試したくなる。
そもそも身体の使い方について興味が沸くのが今なのか、今だから興味が沸くのか。あるいは、たまたまの巡り合わせか。とそんなことを思う。しかし、まあ、なんですな。なんであれ、身体は楽しくおもしろいということをこれまで以上に感じ、少しずつではあるが、実践しているところであるには違いない。



１１月５日（水）

　どうしようもなく本が読みたくなって注文する。



１１月４日（火）

　今日も滅多と聞けないおもしろい話しが聞けた。やっほー。



１１月３日（月・祝）

　ことしは手塚治虫生誕80周年ということで、記念したイベントが全国各地で開かれている。とくに本日３日は誕生日ということで、全国各地でイベントがほぼ同時に開催されているみたいだ。いくら日本国内といえども、同時にいくつも出かけられないので、宝塚の会場で行われたシンポジウムに参加する。
　題して、「手塚治虫生誕80周年記念　地域活性化シンポジウム『手塚治虫を越えて未来を拓こう』」である。事前申込に書いた三人の名前で行くはずだったのだが、残念ながら一人は風邪で欠席。二人での参加となった。
　第一部は基調対談「手塚治虫の苦悩と努力」として、手塚プロダクションの代表取締役社長の松谷氏とマンガ家松本零士氏が対談するというものであった。期待していたような刺激的な話は少なく、偏った思い出話が一方的に語られるという具合で、お二人が手塚治虫に関して語り合う場が少なく残念であった。
第二部はシンポジウム「マンガの未来を語る」であった。マンガ家を志す学生にエールを…送るらしい。途中で帰ろうかと思ったが、どのような反応を松谷氏や松本氏がなされるのかと、半分は興味本位で最後まで座ったままでいる。非常に疲れる椅子だった。

シンポジウムは宝塚市はもちろん、地元のテレビ局や放送局も協賛しているのか、会場はメディア媒体撮影機器が溢れている。11月24日のＦＭ宝塚で、今日のシンポジウムの内容が放送されるらしいが、わたしのところからでは聞こえないのが残念。

夜、めったと見ないサンテレビで韓国ドラマをしていたので（それもいきなり最終回）、なんとなく音が欲しいのもあり、発音レッスン代わりに流し目で見る。続けて、ニュースの時間になると、話題のひとつに、今日のシンポジウムの様子が放送されていていた。おおっと驚きながら見た。さらに驚いたのは、どこかで見たことのある姿があったことだ。歩いている自分が映っていたのである。ああ、いつの間に！テレビに出てしまったのだ。



１１月２日（日）

　演武会にお邪魔する。ことしも司会、演武、特別演武の受けで登場させていただく。
　一年のうちに、いろんなものが成長していたり、いろんなことが変化していたりで、なかなか面白い時間であった。



１１月１日（日）

　十一月になる。そうだ。紅葉を見に行こう。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>あ、光安さんだ！</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/11/01_0934.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1950</id>
   
   <published>2008-11-01T00:34:34Z</published>
   <updated>2008-11-01T00:34:52Z</updated>
   
   <summary>１０月３１日（金） 　ハロウィンが日本にも定着しつつあるこの頃。世間は、10月は...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      １０月３１日（金）

　ハロウィンが日本にも定着しつつあるこの頃。世間は、10月はじめあたりから、いきなりパンプキン色で一色に染まっている。これが終われると、おそらく近いうちに、今度は緑と赤の色で埋め尽くされるのだろう。そう思うと、ちょっと気分が滅入る。オレンジも、赤も、緑も好きな色なのだけれど、それらが商業合戦、クリスマス商戦のたくましさのなかに巻き込まれていくかと思うと、それだけで、ちょっとつまらない色に見えてしまって、物悲しくなるのである。

　髪の毛を切ると、さっぱりした。伸び放題だった髪にさよなら。すっきりした。次回の目安カードなるものを受け取る。これを基準にして「また次回お越しください」と言うわけらしい。なるほどね。いい考えだ。年末までには、もう一度行かなくっちゃ。

　阪急沿線をあちこち移動して用事を片付ける。うまくいったり、確認できたり、空気を吸ったり。いろいろと、前には進んでいるな。

　夜、いま、『探偵ナイトスクープ』に出ているのは、元聴講生のミツヤスさんなのかどうかという確認メールが、これまた実は元聴講生のオーサコくんから届く（現在140Ｂにて絶賛活躍中）。慌てて番組をつけて、見てみる。どうやらミツヤスさんのようである。生粋の尼崎人であるオーサコくんにとっては、この番組に出ることは、とても高く評価されるらしい。メールの文面から察するに、とてもはしゃいだ様子が伺えたのは、実にほほえましい限りだ。



１０月３０日（木）

　今日は何があるだろうか、とわくわくしながら、息を切らせながら、山を登る。
　いつの間にか秋の肌寒さが身に沁みる頃になった。少し薄めのコートを羽織ると暖かい。

昼休み、秋の気配と香りを感じながら、学内を歩く。
少しずつだが紅葉しているのがわかる。探検中、大学のなかで、初めて訪れる場所があった。まだまだ未知の世界であるのだよ～。

　夕方には稽古。これまた楽しい。
全体に一日中、身体が浮遊したままだった。それは、股関節の不思議を感じたからかもしれない。そんな感じで、いつもの山を下山。



１０月２９日（水）

　身体が心地よく、心も楽しく、みなが愉快だ。



１０月２８日（火）

　デジカメで大学で写真を撮るつもりが、家に忘れてくる。残念。



１０月２７日（月）

　留学生が稽古に来てくれるので、毎回英語のレッスンを受けているような気分になる。使わなければ頭が錆びる。これを機会として、努めて話そう。



１０月２６日（日）

　祭りのあとの充足感と、祭りのあとの静けさと、祭りのあとの疲労感。



１０月２５日（土）

演武会二日目。招待演武のみなさんも増え、賑やか。
お天気もよく、観覧席も満員。立ち見が出るほどの盛会である。
　驚くべきいろんな技、おもしろ「さぬき」事件が起こりつつも、本日は師範演武まで、無事に、そして雄大に、つつがなく終了する。
少しの間をおいて、撤収作業にとりかかる。
　撤収作業に出続けているのもまた連続のことだろう（じつは結構好きなのよね、搬入出）。
　ばたばたと片付けたのち、打ち上げ会場となる内田先生宅へ移動。

到着すると、すでに第一陣は到着している。宴はもう始まっているのだ。乾杯。

さて、ここで追記しておけば、わたしはこのとき、最初の駆けつけ乾杯シャンパーンにありつけなかった。だが、このことではなく、実は別のことに、むっとしてしまったのである。「むっとして」しまった様子は、例によって、わかりやすく顔に出てしまったのか、先に到着組のやさしい姐さん方に、まあまあとなだめられる。
もちろんそれは、顔に出た「むっとして」いる状態が、おそらく誰もが想像されたであろう、最初のシャンパーンにありつけなかったことに「むっとして」いると判断されただろう。最初のシャンパーンにありつけなかった場合があるとすれば、そのときに出す表情と、見た目はおおむね同じに写ったであろうから。だから、なだめられながら、次のシャンパーンを注いでいただくことになる。しかし、本心はそれではなかった。「むっとして」しまった原因は、それではなかったのである。ほかにあるのだ。
まあ、打ち上げ会場を暖かく盛り上げるみなさまによって、あっという間にそんなことは忘れてしまったけれど（ということにしておくけれど）。



１０月２４日（金）

　演武会に出る。お天気がいまいちぱっとしないが、何とか持ちこたえた曇り空。
　今回は、記念すべき十回目の出場である。なかなか連続出場も難し（と思う）。
　同時に、連続十回目の準備作業に加わった昨日もある。もしかしたら、そのほうが記念すべき事柄かもしれない。
　技をかけるのに、お二方、受けをとってもらう。
　トリの主将演武から、一個前のお席をいただき、時間と場所を充分に味わいながら、技を行う。
　先生は対談の仕事が入り、今日の師範演武がなかったのが残念だが、明日の楽しみとしよう。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>祭りのあとにまた祭</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/10/24_0945.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1941</id>
   
   <published>2008-10-24T00:45:21Z</published>
   <updated>2008-10-24T00:46:00Z</updated>
   
   <summary>１０月２３日（木） 　肩甲骨の不思議を感じて、いつもの山を下山。 ふたたび登り、...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      １０月２３日（木）

　肩甲骨の不思議を感じて、いつもの山を下山。
ふたたび登り、あれこれと仕事をこなして、学祭準備のため、畳を搬入する。気になるお天気も昼には上がり、なんとか、畳に雨がかかることは避けたれた。
帰りにはまた雨が降る。明日から本番。
気になる雨は、そのままに、ちょっと静かな祭りの前。



１０月２２日（水）

　ゑぴす屋ぷれぜんつ『レッドクリフ』を観賞させていただく。
　久々のトニー・レオンとカネシロタケシの共演とありゃあ外せません。映画館に見に行くつもりにしていたものが、試写会にお邪魔させていただくと、さらにうれしいものですね。あー、おもしろかった。やったね！続きが楽しみ。
　そうそう、この映画は映画館で見ないと迫力が半減します。



１０月２１日（火）

　やっぱりマンガはおもしろい！続きはいずれ。



１０月２０日（月）

　今期から新しく使用できることになった体育館は、無駄が省かれて、やたらと広い。新しいので、当然ながら、まだどこもかしこもきれいであるし、そこのところはいいのだが、新しいがゆえの難点もまたつきものである。列挙すればこんな感じだ。

・	二階は、窓のみの構造になっていて、その窓が自動なので、一部分だけの開閉が難しい。
・	もしかしたら一部のみの開閉もできるのかもしれないが、見た目には無理であり、特に説明を施されたわけでもない。
・	窓には、網戸が整備されていないので、もう10月だというのに、体育館のなかに蚊がぶんぶん飛びまくる。
・	蚊がやってくるので、時間もところもかまわず、かまれる。
・	体育館は、広くて天井も高いのだが、そのためか音が割れる。
・	おそらく建物の材質のためか？音の響きがとても悪い。音が拡散する。きっと「応援する」ときなどは、予想以上に反響するため、少ない人数にたくさんの応援をしているかのように感じられるのだろう。
・	大声を出せば共鳴して、声がそこらじゅうに拡散する。
・	発声法を変えてみるが、一定の音量を保てない授業は、たいそうしづらい。
・	かといって小声で話せば、それが響くという造りでもない。
・	帯に短し襷に流し、か？

いったいぜんたい誰が設計したのだろうか？
　大きければいいというものでもない。


１０月１９日（日）

　久しぶりの休みなのはいいが、また熱ができてきた。微熱が一番辛い。
　休みは休みらしくだらだらしたいのに。それは自発的にするからこそいいのであって、必要に迫られて、横になるというのは、自発的な行動からは程遠い。


１０月１８日（土）

　身体が柔らかいんです（個人比）。田辺効果は、まだまだ有効のようです。



１０月１７日（金）

　雑用、所要等をこなす。夕刻、近所の山を登る。



１０月１６日（木）

　昨日立ち寄った実家に一泊し、今日は西宮に戻る。
　偶然時間が空いた母が、果ては視察か探検か、いっしょに着いてきた。
　昼ごろ、駅前の蕎麦屋『夢打庵』で、蕎麦をすする。「厄神蕎麦」を注文する。ほんとうに美味なり。「鴨南蛮」がこの店の人気のメニューとか。残念ながら火曜日は定休日。

　部屋には、先日、井上雄彦さんと映してもらった写真が飾ってある。
　見るなり母は、「誰、この人？オトコマエやん」と言って眺めている。
それはね、『スラムダンク』や『バガボンド』を描いた漫画家なのよと説明した。内田先生が対談の企画のある本があってね、６月に一緒にお稽古させてもらう機会があったと加える。
　「ええ感じのひとやね」と言う母。そして、なぜか『スラムダンク』は知っていたので、『バガボンド』の絵を見せておくれと言ってくる。見せると、また読んでみたいわ、こっそり侵入しようかしらと言いながら、帰っていった。


１０月１５日（水）

　先日、田辺での講習会ではたくさんの外国人に出遭った。そのうちのひとり、オーストラリアのメルボルンのひとたちは、田辺での滞在中、道場に行くといつも、親しげに話しかけてきてくれた。
　「昨日はよく眠れましたか？」とか「今日の稽古はどうでしたか？」に始まり、講習会が終わった後に「またね」とか「また午後にね」と声をかけてくれる。「大阪に行ったことがありますか」のもあった。

そのような会話を日々交わしている講習会の中日の夜には、自由参加のレクチャーがあった。その日は偶然入口で会ったのだが、そのとき、オーストラリアの、かのメルボルン氏は、DVDの販売店員に対し、「『田辺に武道具店はあるだろうか？』と尋ねたのだがどうやらわかってくれない。彼らに『そこで杖と木刀は買えるのだろうか』というのを通訳してほしいのだが」と頼まれた。そして、珍しく親切に、いろいろと手助けをした。

　そんなこんながあって…わが道場にゲストにやってくることになる。
　なんでも田辺での講習会後すぐに帰国せずに、数日大阪に滞在するとのこと。
　ちょうど大阪と神戸の間にある芦屋で、わたしが道場をやっていることが知れると、遊びに行きたいという話になったのである。さらには流れで、高砂にあるナガヤマさんのところにも行きたいというのだ。大阪から芦屋はともかく、高砂は、芦屋から電車に乗って、それから一時間以上は移動時間にかかることになるよと説明しても、ちょうどいいから行きたいというのである。

　長い前置きになった。
そんなこんながあって…突然海外ゲストが来場された。
　来場されるのは、かのメルボルン氏（スティーブ）だけかと思っていたら、メルボルン氏２（グレッグ）までいた。
　稽古は、いつもと変わらず日本語で説明。
それでもなんとか通じるものである。それだけではなく、稽古そのものも楽しんでいただけたようである。これまた幸いである。遠路日本まで来て、最後が残念だったなら、悲しいですからね。
道場の方々も最初は、「どこの人だ？」と興味と関心を持っていたようだ。いざ稽古が始まると、国籍が何であろうと、どこの人であろうと、合気道をすることに、それはさして関係がない。というかそんなことを気にしているようでは、稽古にならない。だって、一教をかけるのに、国籍云々を気にしているなんて、なんだかおかしな話ですよ。
合気道に国籍は関係ないということを、身をもって経験してきたわたし自身の一週間の、さらなる続きの出来事である。



１０月１４日（火）

　まだ浮遊感が続く。いい感じに練られている（気がする）。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ビバ！田辺</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/10/14_1500.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1935</id>
   
   <published>2008-10-14T06:00:43Z</published>
   <updated>2008-10-14T06:02:00Z</updated>
   
   <summary>１０月１３日（月） 　世間は連休最終日の体育の日らしいですが、本学は開講日です。...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      １０月１３日（月）

　世間は連休最終日の体育の日らしいですが、本学は開講日です。
　講義をしました。あー、身体の調子がいいので、何をやってもいい感じに運びます。
　時差ぼけのない海外旅行に行ってきた、そんな感じもします。


１０月１２日（日）

　道主の講習会。そして最後の講習会。国際合気道大会の〆である。
今日はまた一段と日本人参加者が増え、稽古の人数は１０００名を越したそうだ。
自由が丘ご一行は東京に戻られ、月窓寺の一部の方は、アドチャーワールドに出かけられたそうだ（坪井先生談）。
柔らかいひとたちと、柔らかい畳で、初めての道主の講習を受ける。
あっという間に二時間が過ぎる。
数日間のうちに出会った人々に挨拶して、また会えることを祈って、みかんを買う。さよならパーティには出ないので、ここでお別れ。
道衣のまま、車に乗せていただき、田辺の「弁慶の湯」（入湯料７００円←事前によい情報をありがとうございました！）に向かう。そこで昼ごはんを食べ、車中、笑い転げながら、内田先生車で芦屋まで送っていただく。ありがとうございます。

このたびで出会えた奇跡と軌跡に感謝。深謝。
合気道をやっていてほんとによかったなあと思います。
ビバ！田辺。ビバ！合気道。



１０月１１日（土）

　「明日は雨が予想されています。演武会は雨天決行です。演武会場のみ屋根があり、ほかは屋根がありません。足元も充分気をつけてお越しください」というアナウンスが、何度も昨日の講習会での注意事項のひとつに挙げられていた。よりによって、神事や演武会の際に雨が降るとは…困ったものだと思った。しかし、おそらく、それは、講習会に来ていた誰しもにとっての災難であり、最悪でもあったのだろう。なかには、「明日だけはせめて晴れてくれ」と祈った人もいたかもしれない。それでかどうか、当日は晴れ！見事な快晴であった。天気予報が外れたわけである。

　今日は、講習はなく、熊野大社本宮で演武会が開催される。それを拝見しに行くのである。昨日のうちに、白浜の宿に移動し、朝から借りてきたレンタカーに五人で乗り込む。
移動時間を長めに算段しても、午後からの開始時間にいくらか余裕があるので、白浜のビーチに向かい、脚をつけ、ぴちゃぴちゃと騒ぐ。近くの足湯で暖めてから、熊野古道へと入っていく。

古道には、どこにも休憩所らしき場所がない。観光化されているのは、きれいに舗装された道路くらいで、山そのものを見たり、景色を見たり、いいにおいをかいだりすることができる。山は深く、天気もよく、車も快調、すいすいと滑るように進んでいく。清水が湧き出ているので、そこで身を清め、いくらかの水を水筒に分けていただいた。

　昼過ぎに熊野本宮に到着。
　お参りしたいという声もあったが、おなかが空いたので、独断で目の前に見えた、そば屋に入ることに決定。
　入るとそこには、なんと多田先生が座っておられた！（ヤマカワさんとヒラヤマさんもおられた）。がらりと開けたドアのうどん屋におられたことに驚きもそこそこ、あまりに自然に先生にお話してしまった。
「いい道ですねえ。空気もいいですし」
「走りやすくていいねえ。いつから来たの？今日来たの？」
「月曜からです。ほかのひとたちは昨日からです」
「どこに泊まってたの？」などなどお話をさせていただく。
　なんとなく、先生の注文されたいてのと同じものを頼んでしまう。おお、みーはー。
　先に店を出られる先生方にご挨拶し、食事を続ける。

　食後は、熊野本宮大社を参拝。ここでもいろんな発見、ご縁、ニュースがあった。すばらしい、守られているなあと手を合わせる。合掌。

　演武会場である大斎原に移動。ここは、旧熊野本宮大社跡地であるそうだ。
　神事を拝見し、演武を拝見する。三時間ほどたっぷりと。世界中からの合気道家の演武をとてもよい場所から見ることができた。とりのひとつ手前の多田先生の演武はまた、いちだんと輝かしかった。設営された演武会場のスポットライトのせいもあるだろうが、四隅に据えられた松明が、一段とその場を美しく見させてくださった。

演武会終了後、歩いていると、ふいに出会ったイリエさん（多田先生の演武の受けを取られている方）が、たくさんの直会のチケットをくださった。なんてやさしい方だろう。
　頂き物を粗末にせず、有効に使わせていただく。食べる時間はないので持って帰る。
　どっぷりを暮れた熊野古道を法定速度できちんと走る。賑やかな集団がムード盛り上げたいになって、うしろからいろんな声を発している。
　白浜の宿に着くと、ほぼ同時くらいに、内田先生が到着された。
ああ、内田先生！ありがとうございます。涙。



１０月１０日（金）

　田辺に来て以来、傘をさす必要がまったくない。お天気続きの日々である。
　午前の２コマを終え、宿に戻り、昼食をとり、少々のパッキングをする。
またバスに乗って午後の講習へと向かう。
現地に着き、道場に入るなり、窪田先生、菅原先生のお顔が見えた。
お会いするや否や、「ああ、日本語が話せます！」と、おそらく普段よりも親しげに擦り寄っていってしまったくらいである。
「今日は多田先生だから多いらしいよ」とは菅原先生談。そのお言葉どおり、自由が丘、月窓寺、気錬会、甲南などなど、多くの日本人が会場に駆けつけていた。
ああ、同門だあ！
これは、これでいい。プチ多田塾合宿みたいだったからだ。

講習に出ている数日間のうちに、なぜ、あるいは、外国の方々が、同じく国の方同士で最初は組んでいるのか、気になっていた。だが、今日という日を迎えてみたことで、こういうことかもしれないと思った。
日本は合気道が生まれた国であり、場所であるとはなんとなく知っていても、その見ず知らずの国にやって来たところで、彼ら/彼女らの、合気道の稽古暦がいくら長くとも、どんなに合気道がうまくとも、最初から何も知らない相手と組むのは難しい。最初は自国の者同士で組み、次第にほかの道場の方を組むようにばらけていくようになるのかもしれないなあと思った。日本の、同じ同門の方の顔が見えたとき、少しだけ、そんなふうに感じたからだ。かといって、選んでいる、選ばれている暇もないくらいに人が多いので、あぶれることなど、そちらのほうが難しい！のだが。

とにかく多田先生の講習会はたいへんよかった。盛況でもあった。
　講習会の後は、バスに乗り込み、甲南の宿泊組数人も巻き込み、陸の孤島宿でバーベキューパーティに参加。最初から参加していたわたしにとっては、この宿での最後の夜である。



１０月９日（木）

　午前のひとコマめは、本部道場の横田師範の講習だった。以前、姫路で一度だけ講習を受けたことがある。知っているお顔を拝見するようで気分がよい。

　とはいうものの、同じ道場に毎日通っていると、だんだんと顔見知りになってくる。
インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリッピン、ブリガリア、ニュージーランド、イングランド、ドイツ、オーストラリア、ベルギー…。ほかにもたくさんいるだろう。こんなことでもなければ、わたしは一生涯、ブリガリア人に会うチャンスなどなかったかもしれないと思う。琴欧州の観戦にでも行けば別だが、個人的に話ができるとは限らないわけだし（もちろん、講習に来ていた彼らにも、「琴欧州ネタ」はずいぶんと受けた）。

　午後の講習を受け終わると、明日の今頃は多田先生の講習会があるし、神戸からみんながやってくるし、ずいぶんと賑やかになるだろうなあと、ここまでの時間を無事に過ごせたことを、少し感慨深く振り返る。

　宿にみんなにも馴染んできて、食事のときもおもしろかったし、そのあとも一緒に飲んでみようという気になった。おもしろかった。いい出会いができたと思う。
共通しているのは、みんな「合気道」ということだ。



１０月８日（水）

　朝食を終えると、９時半からの講習に間に合わせるため、送迎バスへと向かう。
大型バスは８時５０分出発。宿は、なぜか島の中にあるので、５０人乗りの大型バスは、宿の前まで入り込めない。だから、毎回の稽古の度に、宿から桟橋を渡り、青い空を見上げながら歩いてバスの前まで行かなければならない。早く歩いても、１５分くらいはかかる距離だ。景色はよく、空気もいいのだが、毎回この距離を歩いて往復するとなると、すこし気分が滅入る。
身体がだんだんとよくなっては来るものの、最初はこの距離を毎回移動することと、風邪をひいていたのとで、水曜あたりは終日休もうかと思っていた。だが、同室のやさしい日本人二名に励まされ、ゆるゆると講習に向かう。

午前の講習を終えて、宿に戻ると、日本から荷物が届いていた。
ちょうど甘いもの、とくに、「あんこ」が食べたかったので、どんぴしゃな贈り物だった。気の感応だろうか？
ここで「日本から」と言うのも変な話だ。
ここは田辺市のはずなのだが、陸の孤島であり、市街地も遠く、宿と体育館の往復以外、何処にも出たことがない。加えて毎日顔を会わせるのは外国人ばかりで、まるでどこか海外に来ている錯覚に陥るくらいである。テレビも見なければ、新聞も読まないので、いま世間で何が起こっているのかてんでよく知らない。戻ったら、驚くようなニュースがあるだろうか？ノーベル賞は誰が受賞したのだろう。

午後の二時間の稽古のあと、届いたチョコレートを同じバスに乗った人びとに配る。
ちょっとした甘いものがうれしく思えるのは、どの国でも同じことらしい。

午後の稽古を終えるとあたりはすっかり日も落ちて真っ暗である。
大型バスを降りると、一台の車が親しげにわれわれを待ってくれていた。宿からの送迎バスが迎えてきてくださっていたのだ。なんでもメキシカンが観光に行ったので（今日は京都らしい）、稽古に行った全員を一台の車に乗っけても大丈夫な人数になったからというのが、理由だそうだ。宿の側としても、あのひとを乗せて、このひとは乗せないというようなことはしてはならない、というのが理由だったみたいだ。
ビバ！メキシカン。
あなた方の観光好きが多くのひとの喜びをもたらせてくれたのである。
宿まで車に揺られながら、わいわいと騒ぐ。
　
宿に戻り、お風呂に入ったあと、届いたお菓子を食べながら、同室のブルネイ人と話す（マレーシア語はわからないので、使うのは共通語である英語だ）。
夜には近くのスポーツセンターで開催されるレクチャーがあるので、それに行く。われわれが泊まる宿からはたった５人しか行かなかった。日本人３名、ブルネイ人２名。あとは観光に行きまだ戻っていないのと、眠りにつき、休養をとり、洗濯をする、ビールを飲むなどしていたらしい。
もちろん会場には、１００名ほどの参加者がいたけれど。
さっき田辺に到着したばかりのジョヴァンニさんの顔が見えた。多田塾合宿で会うのがほとんどのイタリアの方だが、すごく前からの知り合いに思えるくらい、なんであろうか、日本語に飢えていることがわかる。



１０月７日（火）

　朝食は朝７時。
館内放送によって、食事時間を知らされる仕組みになっているらしい。
　昨晩、同じ宿舎に３０名ほどのメキシカンが滞在しているのはわかったが、彼らは稽古もそこそこ、今日は観光に行ってしまった。ほかには南アフリカ、ニュージーランド、ブルネイ、タイ、ロシア、マレーシア、グァム、ブラジルからの参加者が、同宿している。彼らはちゃんと稽古に向かっている。
　
朝に一時間ずつの講習が２コマ、昼食に宿に戻り、午後に２時間ほどの講習が１コマ。
なかかなに混雑している。込み合った道場で受けを取ることは難しく、無理せず、緩やかに技を行うことになる。誰もがやさしい。

今日も早めに就寝。身体がだんだんと快方に向かっているのがわかる。



１０月６日（月）

　午前、大阪からバスに乗り田辺に行く。
　第10回国際合気道大会が一週間、和歌山県田辺市にて開催されるためだ。
大荷物を抱え、道衣を持って、出かける。昨日までの体調は相変わらず芳しくない。処方された薬も忘れずに持っていく。
　予測した移動もスムーズにでき、昼過ぎ、早くも会場に着き、ぼんやりと景色を見上げる。空が青い。
　少しだけ会場付近を探索し、着替えを済ませると、わらわらとバスに乗った一群がやってきた。世界各国（のちに４９か国と知らされる）から、合気道の名のもとに、田辺に集まってくる。
　この日だけでも参加者３００名近くいただろうか。
日本人の参加者がとても珍しく、同行したカナチャン、ナガヤマさん以外には日本語を話す相手がいない。母国語を英語としない国の人びとも多く来られている。それでも共通語は英語ということになるのだろう。
　緊張しながらも外国の方々に接する。一様に、みなとても身体が柔らかい。恐ろしいくらいに柔らかく、そして親切なのだ。

セミナーをふたつ受けて、宿泊先に移動。大型バスに揺られ、さらに先の陸の孤島へと移動する。
　夕食は、うどん、お好み焼き、おにぎりといった「超日本食」。あるいは、デンプンONデンプンともいう。
宿の外で食事をするなかで、メキシカンがたっぷりとその宿に滞在していることを知らされる。その日、昼間に獅子舞がやってきたことがニュースにもなったらしいが、よく知らない。
　身体が万全でないため、社交もそこそこ、早めに就寝。


１０月５日（日）

　風邪がまだ治らない。来週から田辺で研修だというのに、大丈夫だろうか。できるだけ用心して動くことにする。



１０月４日（土）

　ぼろぼろの状態で稽古指導。
風邪をひいているので、まともな声が出ない。美声なんてもちろんでない。



１０月３日（金）

　完全に風邪。薬を飲む日々。喉が痛い。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>風と風邪</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/10/03_0754.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1923</id>
   
   <published>2008-10-02T22:54:35Z</published>
   <updated>2008-10-02T22:54:51Z</updated>
   
   <summary>１０月２日（木） 　今学期は、高橋佳三さんも科目を担当されるというので、アシスタ...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      １０月２日（木）

　今学期は、高橋佳三さんも科目を担当されるというので、アシスタント代わりに朝一から出かける。うちから大学がやたらと近いのでいいけれど。
喉はやはり相変わらず痛い。午後はついに風邪でダウン。



１０月１日（水）

　本当なら休講にしたかったがそれも叶わず、道場の日。何とか乗り切る。深い眠りにつく。


９月３０日（火）

　ますます喉の調子が悪い。昨日は早く休んだものの、微熱が出てきた。



９月２９日（月）

　雨が降る。急な寒さのなかなれど、後期開始の鐘がなる。
　というわけで、後期の講義が始まった。よれよれになりながら、いささか心もとない喉を掲げながらの第一回目の講義。
　思ったよりも反応のいい学生ばかりだったので、安心した。がんばろう。



９月２８日（日）

　東京へと向かう。朝日の浜離宮小ホールにて、ラジオデイズ一周年記念特別対談三連発「本日、戦後表現者論でご機嫌を伺います。」を拝聴するためだ。
　ツアコンはいつもの東京はたやん、同行はいつもの大阪ひろやん。
　第一部は、戦後落語家論（三遊亭円丈VS本田久作）。拝聴したはずだが、ほとんど記憶の彼方へ。
第二部は、戦後詩人論（高橋源一郎VS小池昌代）。拝聴したはずだが、詩にはラップのリズムが合うというのがかなり印象深くて、いきなりラップで歌いこんでしまう源ちゃんのリズム感のよさに感激した。
第三部は、戦後マンガ家論（養老孟司VS内田樹）。実は、これを拝聴しに来たのである。このために来たと言っても過言ではない。おもしろかった！



９月２７日（土）

　きょうの稽古は身体が柔らかく動いてとてもやりやすかった。やっぱり合宿直後の道場はいいなあ。


９月２６日（金）

　休みの日は、朝からゆったりできるはずだが、思いのほか朝早くから、黒い猫の車が、お届けものを持って来てくれることがある。午前中の便は「午前中」つまり「午前９時から１２時」の３時間のうちにやってくると決まっているようだが、自宅から、集配所が近いのか、その時間のうちに来たためしがない。どいうことかといえば、必ず９時以前にやって来るのである。それも５分くらい早いのならまだしも、８時過ぎにやってくる勢いなのだ。せっかく遅寝ができそうな休みの日には早すぎる。そうでなくても、朝のばたばたした時間のなかに、これは結構面倒くさい。休みの日は、そのお届け物を知らせる音でいきなり起こされ、ゆっくり寝ていることもできない。あるいは逆に届く荷物が、午後の便の最終の便に指定されてきた場合、到着指定時間は「午後７時から９時」くらいになるのだったと思うが、そのときは最終の９時ぎりぎりにたいていのものが着く。どうも話が極端なのだ。


９月２５日（木）

　墓参りには行かなかったが、それなりの供養をして過ごす命日。饅頭を食べておく。合掌。


９月２４日（水）

　おめざの「あんこ」が必要なこのごろ。ビバ「あんこ」！ビバ「糖分」！なのです！



９月２３日（火）

　ふと食べたくなったので、ハンバーグを作る。はじめにタマネギをみじん切り。次に飴色になるまでよく炒める。合挽きミンチを手でこねる。飴色になったタマネギ、調味料を加えてまたこねる。おいしくなるように、よーくこねこねこねこね…。
　熱したフライパンにバターを敷いて、焼く。ソースは甘めに炊き込む。チーズがあったのでのっけてみる。うまそうにできた。
　その間に、裏ごししておいたかぼちゃのスープを煮立たせておく。牛乳をつかって、シンプルな味付けにする。
スープとハンバーグでいただきます。自分で言うのもなんだが、うまい。二個も食べてしまった。よしっ、またつくろう。


９月２２日（月）

　合宿から戻ったが、筋肉痛がまったくない。足にすこし擦り傷があったり、そういった類のものがひじにあったりもするが、身体全体の腫れやら痛みやら痣などは、ない。合宿には、ほぼいつも自ら湿布やバンドエイドを大量に持っていっているが、今回は、まったく使うことなく帰ってきた。合宿中、それがカバンの何処に入っているのか、忘れているくらいに必要なかった。ありがたいことだ。


９月１９日（金）～２１日（日）

　西日本に台風直撃が予測された合宿。二泊三日の初日は、前日の夜になって、台風の進行方向が南に逸れたのが幸いし、申し訳なさそうな曇り空が広がる。二日目は、たいそういいお天気。暑い。残暑であった。三日目は曇りつつ雨が降り、帰りは曇り空を維持したまま、家に着くとどしゃぶりの雨。いつもの手順からすれば、天気の順序が狂った展開である。

　バスに乗り、ときわ野の宿を占拠し、畳を敷いて、稽古して、稽古のたびに風呂に入り、不思議な組み合わせで食事の席につき、まことに味の的が絞りにくい味の昼ごはんを一度は食べ、BBQを完食し、大いに笑って、飲んで、転がって、眠って、花火をして…。盛りだくさんの人数に、盛りだくさんのイベント続きで、ほんとうに楽しい合宿であった。すこしくらいの雨なんて、気にならない。道衣を三着持って出かけた甲斐もあったものだ。
　次回もまたこんな感じの合宿がいいな。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>九月になれば</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/09/18_1133.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1908</id>
   
   <published>2008-09-18T02:33:51Z</published>
   <updated>2008-09-18T02:34:34Z</updated>
   
   <summary>９月１７日（水） 　あー、もうすぐ合宿。楽しみであ†る。今回は、すっきりいろんな...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ９月１７日（水）

　あー、もうすぐ合宿。楽しみであ～る。今回は、すっきりいろんなことが楽しめそう。台風が気になるけれど、ま。なんとか乗り切りましょ。



９月１６日（火）

　非常に暑い。けれど、学ぶところの多い、実り多き稽古であった。あー、もうすぐ合宿。



９月１５日（月）

　今朝、「めざましテレビ」を見ていたら、内田先生のお名前が挙がって驚いた。
「めざましテレビ」と言えば、なんとなく朝のワイドーショーの典型を作った感のある「今日の占い」や「きょうのわんこ」「どようびのにゃんこ」など、ややバラエティ路線を想像しがちの番組である。だが、そのタイトルの示すとおり、本来はニュース番組である。各紙朝刊の気になる記事を紹介するコーナーもあり、本日付の朝日新聞の記事のなかに、女子大についての記事があった。それには、女子大有用論について語る内田先生コメントが記事に掲載されていたので、テレビで記事そのものを紹介する過程で、要約を示すボードに、内田先生そのものずばりの名前が示されたというわけである。驚いて、ついムービー映像を撮ってしまった。


９月１４日（日）

　湊川神社神能殿へ、下川先生の『班女』を拝見しに行く。かなりの盛況で、場内はたいへん賑わっている。
　『班女』は先日の会で、地謡に参加させていただいたばかりの曲であるし、自身も実は仕舞をしたことのある曲であるため、ずいぶんと馴染みがある。先生のお能の舞台を改めて拝見すると、いっそう面白さや興味深さが増した。すごく静かで、深みのある話だということを再認識する次第。
　すべての番組が終了すると、「附祝言」というのもある。今回はそれもきちんと聴き取れた。ああ、おもしろかった。



９月１３日（土）

　帰国された内田先生のお稽古である。久しぶりである。年末年始であれば、もしかしたら、それくらいの期間、先生にご指導いただける日がないということも考えられるが、今回は、ふつうの土曜日の連続で、いくらか暑い分、懐かしさが伴った。
　合宿前のこともあり、あるいは九月に入ったことだけの偶然なのか、賑わう道場内は、軽く30度を超えたような気がする。ふうふうと汗をかきながらの稽古は愉快であった。
　その後も、また続けて特別稽古となった。先生にもご承諾いただき、まことに勝手ながら、今回、昇段審査を受ける方たちのための特訓である。自らが一番稽古になった。こういう機会を与えていただき、ありがたいことである。



９月１２日（金）

　夜、久しぶりの友人と再会して、近況を報告しあう。場所は、ものすごくうまいお店。ほかにも新しい場所を紹介されたので、あちこちと歩きまわる。うまい。おいしい。近々もう一度来ましょうねと互いに言って、再び会うことを約束し、その日はお開きとする。



９月１１日（木）

　関係あるようでないのかもしれないが、今日は数年前、アメリカで起きた無差別テロ事件があった日である。日本とアメリカとのあいだに時差があるため、日本での報道は、夜のニュースに殺到していた。ニューヨーク付近では、「その日を忘れない」的セレモニーが、かいがいしく行われる由、説明がなされている。
　世界には、繰り返してはならぬ出来事がいくらかある。
テレビの画面には、ひとりの報道記者がインタビューした遺族の女性が映る。いくら鎮魂しても、いくら思い出しても、失われた命は戻らないし、帰ってこない。彼女はそう訴えていた。その様子を見たとき、たとえ、それがアメリカ国民すべての思いを代表するものでなかったとしても、あるいは逆にそうであったとしても、そのような感情が、人間として、同じように表現できるのなら、なぜまた、同じように、同じことを繰り返すのかと、そんなことを思ってしまった。



９月１０日（水）

　道場内における決まりごとのひとつとして、相手の技を批判してはいけないというのがある。別に会則に示されているわけでも、道場心得に記されているわけでもない。もっとも道場外においても、それが技でなくとも、そうであるかもしれぬ。
ともあれ、相手の技について、どうこう言うことをしてはいけないのである。理由はいろいろとある。ひとつだけはっきり言えることがあるとすれば、それは、相手を批判しても決してうまくはならないということである。これは、ずいぶん以前から、師匠からお聴きしていることばのひとつである。



９月９日（火）

　実家にレゴブロックがあったので、数を数えるうち、ついつい夢中になってブロックで遊び始めてしまった。小さいころから、こういったブロックの類やネジで止める形式のブロック、軽いプラスチック製のブロックなどが好きで、暇さえあれば作っていた。ふと気づくと、三時間もそれに時間を割いていた。道理で肩が凝るわけだ。時間があれば、つい手を伸ばしてしまうので、いま自身の近くにないことはある意味幸いかもしれないな。



９月８日（月）

　久しぶりの実家に戻る。魚をたらふく食べる。と思っていたら、今日は肉に日に変更されたらしい。肉をたらふく食べることができたらいいのだが、肉は魚ほどに多く腹には収まらないの。



９月７日（日）

　下川正謡会歌仙会。夏にふさわしく浴衣を着て舞い、謡う。いつもより着るものがうすいというだけで荷物は少なくなるし、動くのにも身体が楽である。
　本日の出番は、仕舞「高砂」、謡「菊慈童」のシテ、「猩々」のワキ。
まあ無事にいちにちを過ごせただけでもよしとしよう。



９月５日（金）

　昼過ぎ、激雷雨到来。



９月４日（木）

　今週も合気道の稽古指導を行う。ひたすらに投げる。ひたすらに前に出て手本を示す。相手と組む。相手を変える。掛稽古に向かう。そのうち、だんだんと、どこからどこが自分で、どこからどこが相手で、どこからどこが別の人なのかわからなくなってくる。指導担当と稽古することは混ざってくると、おもしろいけど難しい。難しさは、ことばにできない難しさというよりも、実に根本的な話でもある。つまるところ、先輩には何も言えないということである。これもひとつの決まりである。



９月３日（水）

　接骨院に通うたび、毎回そこかしこの身体が不調を訴える。悪いところがわかりやすく出ているという点では患者としてはいいのかもしれないが、毎回あちこち引き摺るように対面するのもどうだろう。治っているようで、次回来院するまでにはちゃんと別の患部か、果てまた先日の箇所が、違う方向で痛みやらズレを起こさせる。いいのか悪いのか。接骨院が一種の癒しの場であるよう。



９月２日（火）

　何もすることがないというのは嘘で、たくさんの出来事が目の前を過ぎてゆく。ことし食べた梨（幸水）はうまかった。去年は食べなかったので、輪をかけてそう感じるだけのことかもしれないが、そもそも梨というものに、当たり外れということがなかった。どれもこれも手抜きのない味なのである。梨が好きなのである。というか夏の終わり、秋にかけてのくだものが好きなのである。梨、桃、葡萄･･･。もちろん武道も好きだ。



９月１日（月）

　９月が来た。あっという間の夏休みが終わった気分である。まだ宿題ができていない、などとうなる必要もないが、やりたかったことが山のように積もっている。あれもこれも、単純作業からそうでないものまで。夜、内閣総理大臣が辞任するとの速報。長続きすることが難しい世の中なのか。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>お腹が空くと機嫌がわるい</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/09/15_2332.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1904</id>
   
   <published>2008-09-15T14:32:45Z</published>
   <updated>2008-09-15T14:33:17Z</updated>
   
   <summary>８月３１日（日） 　夏休みが終わる。しくしく、悲しい。 ８月３０日（土） 　代稽...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ８月３１日（日）

　夏休みが終わる。しくしく、悲しい。


８月３０日（土）

　代稽古を行う。今日の担当である。諸手取りを中心に稽古する。相手に二本の腕で自分の腕を持たせる状況は、日常でも、ありそうでなさそうで、あってはいけないことである。感じたのは、動きよりも心の使い方が左右される技であることだ。心の動きが、即座に身体の反応に出やすいというふうにもいえるだろうか。



８月２９日（金）

　雨が降ったり止んだりの一日。気が重い。ひたすらに目の前のことをこなす。雑用をし、稽古し、片付けて、掃除して、洗濯して、稽古に出かける。ご飯を食べると、少し気が晴れる。



８月２８日（木）

　大学で借りていたいくらかの図書館の本を返し、新しいのを借りる。夏休みの大学図書館は、人が少なすぎるほど少なくてすばらしい。好きだ。おまけに図書館という場所柄、たいそう静かである。それもよい。誰にも会わず、のんびりと好きに本を選べるのは幸せなことだ。期待している本は、秋以降に入るだろうか。入るだろうと夢見て、読んでいる自らの姿を想像する。読みたいものがたくさんある。もう早くも読書の秋の前触れだ。



８月２７日（水）

　道場稽古日。賑やかななかにも、張りのある動きがある。その動きが各地でみられる。道場の方同士の交流がスムーズだと、これほどまでに稽古がうまくいくものなのかと、今日もまた、その思いをいっそう強くする。道場は、ほんとうにナマモノなのだなあと感じるばかりである。ナマモノを形成するのが、ナマモノそのものなのだから、ナマモノであるのは当然であるし、実際問題ナマモノ以外にありえないのだけれど。そういうことばで尽くしたことではなく、感覚というか気の問題での話である。
心地のよい夏の風は今日でおしまい。来週はもう９月である。



８月２６日（火）

　波の音が聞こえる。雨音と間違うくらいの大きな波の音がする。天気がよくないようだ。激しい雨は降っていないが、冴えない空である。明るくなったかと思えば、沈みがちな様子を浮かべている。雨は降らないが、なんだかぱっとしない空だ。
　朝食をたらふくいただくと、またもや睡魔が襲ってくる。寸暇を惜しんで横になる。気がつくと深く眠っていた。まどろみから戻ると、また海に出る。すこし様子を見てから、海水に浸る。昨日よりもさらに冷たい。慣れれば何と言うこともない水温なのだが。
　浜辺に出て、ぴちゃぴちゃと泳ぐ。昨日教わったこと、去年聞いて、思い出したことなどを少し繰り返す。波が高いので、まっすぐに泳いでいるつもりが、気がつくと波にきれいに流されている。
　天気もよくないので、予定を早めに店を閉める。先達の仕方に習い、きちんと海水を拭き取り、海をあとにする。ことしも、ありがとうございました。一礼して、浜をあとにする。そのあとは、宿のご好意でお風呂をお借りし、ふたたび海水を洗い流し、お礼を述べ、宿を出た。
宿の玄関口で、「また来年もよらしてもらいます～」とは、海のツアコンひろやんの声。おおう、そうなのか。では、来年も来るとしましょう。楽しみである。ありがとうございます。



８月２５日（月）

　ことしも田辺市に行く。ここは合気道開祖植芝盛平先生の縁の地であり、生家跡や墓所のある高山寺が建立されているところである。植芝家の子孫の方もお住まいだそうだ。
変わらないJR紀伊田辺駅のホームには、着くなり「田辺の三傑」のひとりとして、植え芝盛平の名が上げられている（あとの二人は、南方熊楠と弁慶。すごい列挙の仕方である）。
たいへん有名で、いまでは田辺市あげての英雄なのであろう。今回は10月に開催される国際講習会のため、駅構内には、どでかい看板も据えられていた。
　朝早く大阪を出発し、お日様がちょうど暑く照り始める10時ごろ田辺駅に着く。レンタサイクルを借りる。まずは市内西側に向かって移動。昨年同様、扇が浜公園内にある植芝盛平翁銅像を拝顔する。ことしもやって来ましたと手を合わせる。記念撮影。ぱちり。
よく見ると目の前は、田辺扇が浜海水浴場、通称カッパークである。昨年は、生家跡や銅像などを探すのに必死で、浜辺を見る余裕があまりなかった。ことしは浜辺に出てみる。舗装されて安全な海として作りかえられているものの、たいへん水のきれいな海である。お盆が明けたからか、ひともまばらである。海の音楽と称するものが高らかに鳴り響くこともない。いっそ足をつけてみたかったが、ビーチサンダルを履いてなかったので、ここは諦めて、海と空を眺めるのみ。
　再び自転車に乗り、生家跡へと向かう。ペダルをこいでいると、昨年見た町の風景が懐かしく現れてくる。ことしは迷うことなく目的地に到着。昨年とほぼ同様のスタイルで一礼し、広場を拝み、空を眺める。そして記念撮影。違うことと言えば、撮影機種が携帯のカメラからデジカメへと変更したことだろうか。欲しいと願っていたデジカメ。仕事がらみでも必要になったので、思い切って買った。都合5年は使うことになるだろう。次はデジタルビデオカメラが必要なのだが、どこかに落ちてないものだろうか。
　続いて高山寺へ。お盆明けのお寺は、おそらく静かなはずだろう。
ところが、お盆明けゆえにあちこちと舗装したり、修繕したりで忙しく工事関係の方々が出入りする姿がある。墓石が並ぶ通路付近には大きなトラックも停めてある。おそらく秋の講習会で大勢の方が参拝に来られることを見越してのお色直しなのだろう。
　植芝盛平先生のお墓の前に来た。手を合わせる。ことし一年の報告とこれからの抱負をこころに抱き、手を合わせる。予め準備しておいて下さったお線香をあげ、蝋燭をたて、お供えをして、その火の光が消えるまで、静かに見入る（どうもありがとう）。
　昼過ぎ、紀伊田辺駅に戻る。自転車を返して、電車に飛び乗り、いつもの海へと向かった。宿に着くと、すこしまどろんでくる。ごろんと横になる。ベランダから海が一望できる部屋には、静かに波の音が聞こえてくる。まどろみの中から戻ると、すぐさま着替える。
静かな海に溶け込むように、静かに合わせるように足をつける。また再びここに戻ってきたのだ。



８月２４日（日）

　明日からが楽しみである。



８月２３日（土）

　渡仏中の内田先生の代わりの稽古日。指導担当はエグチさん。指導担当がひさしぶりだからなのか、幾分緊張されていたのか、終始声が高かった。もっともはじめから声の高い人ではあるけれども。
稽古後は随分おなかが空くので、最近はおにぎりを握って、持っていっている。わたしは、おなかが空くと極端に機嫌が悪くなる。眠いのも同じくらいに機嫌が悪くなり、次第に、気づかぬうちに当り散らすことがある。あるいは、ところかまわず勝手に眠ってしまう。また、おなかが空くと、暴飲暴食に走りがちだし、まとまった思考もできなくなる。些細なことに苛立ちを覚えることもある。だから、わかりやすく空腹になるときには、おにぎりを持参している。きょうは梅かつお味にした。いくつか作っていたので、エグチさんにもあげる。



８月２２日（金）

　いまさらながらのことなのかも知れないが、書き加えておこうと思う。
実はこの日録、わたしが日々つけたものがいくらかまとまったら、内田先生にお送りし、ご覧いただいた先生が、そのお送りした分のタイトルとつけるというシステムになっている。というわけで（別に、わざわざお知らせすることでもないのかもしれないが）、日録の更新は、わたしではなく、先生にしていただいているのである。だから、ことしのように、長期にわたって、先生がフランスに出かけられるとなると、次回の更新まで、随分と間が空いてしまうことにもなる。
お知らせしたいのはもうひとつ。
先生がフランスに出かけられたからといって、別にわたしがサボって、何もしていないわけではないということである。フランス滞在中まで、わざわざお送りするようなこともないし、もっとも先生は今回、インターネット接続をできるような状況を設備されていないはずだから、お送りするのを控えているだけのはなしである。

　ふと、いくらかでもいいから、短くまとまったものを書こうと思う。



８月２１日（木）

『２０世紀少年』の続きをひたすら読む。集中しすぎて読んだせいか肩が痛い。
５０年に及ぶ歳月の中を動く話なので、出来事のひとつひとつの相関性を記憶にとどめておくのが疲れる。マンガを読んで肩をこらせてしまうほど、内容の濃い話である。日本のなかの、ある一世代の空気を感じるには、いいマンガかもしれない。一読をお勧めする。



８月２０日（水）

　合宿明けの稽古は、さすがに身体がよくこなれているのか、全体的に話のとおりがいい。
これまでなら、その時点で、こちらのでき得る限りのことばをつくしてみても、相手に届かない、あるいは響かないことが多かった。だが、今日に限っては、これまでと同じことばを使ってみても、すんなりと身体に入り込んでいるという場面が散見された。
すごいことだなあと改めて思う。
たった一日という時間のなかで、同じ場所に泊まり、同じ場所で風呂に入り、ご飯を食べ、同じ時間に稽古しただけなのに。そうすることの効用を思う。全体的なバランスが一時的に向上したのだろうか。
合宿に参加された方のうち、今日の稽古に見えた方の進歩はすさまじいものがある。
残念ながら、合宿に参加できなかった方や今日の稽古に来られなかった方々とは、また違う感触があるのだろう、きっと。
改めて「そのとき、そこにいること」の重要性を思うこのごろである。



8月１８日（月）

　杖道会で留学する学生さんを送る壮行会。それから、新入部員を歓迎するコンパが同時開催される。
　場所もいつもより広く、食事もいつもより多く感じられる。



８月１７日（日）

　『２０世紀少年』をもう一度、最初から読みまくる。理解を深めるためである。



８月１６日（土）

　お盆明けの稽古である。
　稽古のあと、シャワーを浴びても、あまりに暑いので、ちょっくら芦屋川のほとりの川遊びに合流することにした。ところが歩いているうち、突発的な雨に降られ、目的の川に辿り着く前に、身体の半分ほどがびしょぬれになってしまった。集中豪雨的な雨は、その一瞬だけのことで、すぐに止んだ。たまたま、その時間に歩いていたのは、とても残念なことである。仕方なく、駅のホームに上がって風にあたってみた。電車ひとつふたつやり過ごし、服を乾かすその間に、川で足をつけながら飲むはずの三ツ矢サイダーをぐぐぐいっと飲んだ。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>お盆ピック</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/08/16_0919.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1889</id>
   
   <published>2008-08-16T00:19:15Z</published>
   <updated>2008-08-16T00:19:59Z</updated>
   
   <summary>８月１５日（金） 　お盆最終日は、終戦記念日。 ことしは、４年に一度の夏季オリン...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ８月１５日（金）

　お盆最終日は、終戦記念日。
ことしは、４年に一度の夏季オリンピックに、日本においては毎年の夏の高校野球、そのうえ帰省ラッシュときたものだから、肝心の終戦記念日が埋もれてしまいがちである。新聞の夕刊あたりにひっそりと、戦争関連記事が書いてある程度だ。テレビでは、神社参拝のニュースが流れるくらい。おそらく、テレビのニュースにしたって、アナウンサーは、やっぱり、まっさきに「北京オリンピック○日目の今日、○△選手が□※メダルをとりました～」と言いたいのだろう。これが、いいとか悪いではなく、日本という国が、それだけ平和なのか？あるいは、平和になったのかと思う。



８月１４日（木）

　オリンピック開催年に行われる夏の高校野球は影が薄いという印象がある。ことしは、高校野球も開催が何十回目かの記念大会とかで、いつもより出場校が多いそうである。だが、実際問題、あんまりどこがどうなっているのか、興味もなく、関心もない（個人的なこと話なので、あまりお気になさらず）。
ただただ暑い中、野球をしている高校球児がたいへんだなあと思う。ああ、たいへんだ。たいへんだ。

　夕べの「星野ジャパン」によるキューバ戦は、途中で眠ってしまった気がする。あんまり記憶にないのだが、試合終了後、「ダル（ダルビッシュ有）が、どうのこうの」と星野監督がコメントしていたのを見た。当のダルは、中盤、ベンチから心細くメガホンをもって、続投するピッチャーを応援していたように記憶する。星野監督はなぜか好きである。熱くて冷静だからだろうか。阪神タイガースに在住していてほしかったが、そのさっくりした去り際さえも輝かしい。

　さて、今日は、朝から競泳の北島選手を見ようかとテレビをつける。各メディア予測やテレビ欄の告知どおり、彼は金メダルを取った。すごいことです。競泳後のインタビューで彼は落ち着いた表情で、「感謝します」のコメント。感謝できるその立場こそがすごいことなのだし、輝かしいことである。
しかし、泳いですぐに、よくコメントできるなあ、インタビュー慣れしているなあと思うのは素人判断だとしても、総じて今回のオリンピックでは（まだ終わってないのだが）、日本選手のメディア側のコメントは、各選手の「内面の充実」にポイントが置かれ、当の選手は、「感謝する」ということばに傾いている気がする。これもまた流行なのだろうか。
もちろんオリンピック出場選手の誰もが、そこにいることに「感謝」しているのだと思う（内面は見えないけれど）。だが、わざわざ、それを口に出して言うのが、今回矢鱈と目に付く、というか耳につくのである。準決勝に進んだバドミントンのひとたち（「スエマエ」のほうね）もそうだった。
毎朝運ばれてくる新聞（朝日新聞）のオリンピック関連記事を読んでいると、抜粋された部分のコメントなどは「親に感謝」とか「コーチに感謝」とか「応援してくださったみなさんに感謝」とかが多い。記事には、「心がよくなった」とか「内面が落ち着いた」といったことが書き連ねられる。
いずれの立場も、そりゃあそうであると納得できることであり、もっともなことなのだが、なんか変だ。感謝するのは当然だろうし、心も充実させて、その会場の波に、とって喰われないようにするのは大事なことだろう。だが、なんか変だ。誰もが、決まり文句みたいに、そのことばを諳んじて、発してはいやしないか。それこそ身体から発してないというか。テレビの向こうに映る姿だけの判断なので、なんとも言いがたいが、そんな感じがしてならないのだ（個人的な意見なので、あまり気になさらないでください）。
あるいは、朝日新聞の傾向なのだろうか？

　そんな今日の朝日新聞の天声人語（2008年8月14日）。

悲喜こもごも届く北京五輪のニュースの中で、それは悲を超えて「泣」に近い衝撃だった。野口みずき選手(30)の欠場である。４年ごとの舞台に合わせ、ぎりぎりまで筋肉をいじめてくる一流ランナーの厳しさを思う▼北京の切符を手にした昨秋の東京国際女子マラソンを間近で見た。手を横に振り、弾むような大股で地をける。小遣い銭を握りしめ、菓子屋に急ぐ子どもに例えては失礼だろうか。小さな体が走る喜びを発散していた▼女子マラソンの系譜を顧みれば、有森裕子さんには禁欲的な美しさ、高橋尚子さんには精密機械のすごみがあった。野口さんには、荒野で鍛え抜いた脚力を感じる。跳んで弾んで「鳥の巣」へと独走する絵を見たかった。じっくり養生してほしい▼政治が絡む五輪には虚実が交じる。特に北京の開会式は「虚」の世界だった。千発もの「消雨弾」が雲に撃ち込まれ、花火の映像は一部CG、美少女の独唱は口パクだった。裏で歌ったのは、見た目は及ばぬが声は一番とされた別の少女である。音楽総監督は「国益を考えた」と明かした▼対照的に、野口さんの決断は「実」そのものだ。「今も走りたい、走ろうという思いは消えることはありません」。しかし、ここで無理すれば選手生命が危うい。肉体を駆使する仕事の、残酷なまでの正直さである▼北京では連日、研ぎ澄ました肉体と精神が正直にぶつかり合っている。北島康介選手の金も、谷亮子選手の銅も、あらゆる「虚」を排した実力勝負の結果だ。だから勝者は輝き、敗者もまた美しい。

　ちゃいきんの、てんせいじんごは、おもちろくにゃあですね。



８月１３日（水）

　お盆です。
　なかなかに暑い毎日である。
暑いのなら静かにしておればいいのだが、静かにじっとしていると、そこかしこに気が向いていく。今日はまた、散らかった部屋が気になって紙類を処分。どうして、こうも紙が多いのか。メールでの連絡が多くなった昨今とはいえ、それでも紙は必要であり、紙は消えることはない。いえ決して紙が消えてほしいのではなく、原因は「書類」という名のものたちだ。いわゆるA４用紙のお知らせや企画書みたいなものは必ず出てくる。それらのうち、終わったものをごっそり捨てる。

　それに飽きると今度は、散らかった本を棚に戻す作業にとりかかる。
「いったい、オレたちゃ、いつまで横たわってりゃいいんだ、え？」（なぜかこういうとき、本の一人称は「オレ」）といった声が聞こえてきそうである。
だいたい片付けて、テーブルを使えるように元に戻す。
今度は洗濯を取り込み、畳む。
暑いので何をやっていても汗をかく。汗をかくとお風呂に入りたくなる。で、入る。シャワーを浴びる（♪シャワ～を浴びて～　ウォウウォ～）。また着替える。以下リフレイン。　
ということを一日のうちに数回やっていると、着替える回数が半端でない。洗濯の回数も同じく。いったい何人で暮らしているのか。
それにも飽きると、今度はまたオリンピック。ハイライトも含めてぱらぱら見る。
おもしろくなくなってくると、先日いただいた『Heaven？』を読む（佐々木倫子、小学館、全６巻）。今日はそのうち４巻を読む。なぜかさらさらと読める。ベヴンならぬ気分で、読む速度も変わってくる。夏の夜長に合っているようだ。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>祝、初合宿！</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/08/13_1324.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1887</id>
   
   <published>2008-08-13T04:24:52Z</published>
   <updated>2008-08-13T04:26:10Z</updated>
   
   <summary>８月１２日（火） 　洗濯と稽古を接骨院の日。 　合宿後に接骨院へと行くことができ...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ８月１２日（火）

　洗濯と稽古を接骨院の日。
　合宿後に接骨院へと行くことができるのは、たいへんありがたい。
三宅接骨院では、相当に歪んでいたらしいリンパ腺の辺りと股関節を治療してもらう。道理でここのところ（一週間ほど）膝がへんてこな調子だったわけだ。膝そのものを痛めているのではなく、膝につながっている部分に原因があったのである。治していただくため、今週はもう一回、治療に向かう。




８月１０日（日）－１１日（月）祝！初合宿

　合宿に行く。
主宰する芦屋合気会の初めての夏合宿なのである。
思えば、ことしの鏡開きのとき、芦屋合気会の会員のみなさんを前に、「ことしは合宿をします」と声高らかに宣言したのが始まりである。「宣言」を耳にしたときの驚きと戸惑いを隠しきれない会員各位の眼差しを横目に、宣言は、密かに主宰者のことしの目標のひとつに加えられ、静かに計画は練られていたのである（別に隠す必要もないが）。
かような経緯を経て、８月半ばのこの日、晴れて、実現の運びとなった。

今回、合宿場所に選んだのは滋賀県。
静かそうな場所であるのと、涼しそうなのと、その他諸諸の理由で選ばれた。
初めてながらも、参加率上々、総勢１５名の集まりとなった。
会員のほとんどが前向きに参加する、といった意志を示してくださったからである。ありがたいことである。おかげで稽古を普段よりも、たっぷりと行うことができた。

合宿そのものは、一泊二日の短い期間だったが、のべ８時間くらいは稽古しただろうか。たったこれだけの時間だが、集中して稽古だけを行うことで、参加の方々が急にうまくなられた気がする。その様子に、稽古中ふいに涙が出そうだったくらいだ。
やはり同じ宿に泊まり、同じものを食し、同じように風呂に入り、同じ時間に稽古するといったことは、大きい。とはいうものの、初めての合宿で、何かと至らぬところもあったように思えるが、それはそれで今後の課題となっていくだろう。

合気道の合宿経験のある会員の方々も、もちろん当会プロパーのみなさまにも支えられ、大過なく過ごせたことを、まずは、よしとしたい（差し入れまでいただきました。ありがとうございます！）

すべての行程が終わり、大した怪我もなく、無事に過ごせたことに安堵した。
帰り際、ひとりまたひとりと、帰路についてゆく。
二泊三日の合宿に慣れているせいか、一泊二日は、あっという間だったが、それでも、なにかほんのり淋しかった。手足がもぎ取られていく、そんな感じがどこかであった。
それでも、楽しかったです。
そして、あー、帰ってきたばかりなのに、稽古がしたい！って気になるから、よかったです。
　また次回が楽しみにしています。
ご参加くださったみなさま、ありがとうございました！




８月９日（土）

　今日も稽古。お盆前なのでひとが少ないかと思いきや、お盆前なので、却って多い。
芦屋川の水は身体に優しい。
　そして、明日から合宿。




８月８日（金）

　暑すぎて、ああ、暑すぎて、暑すぎて。
　夏はサザンスペシャルを見て、続いて、オリンピックの開会式を見る。
開会式の聖火がつくところを見たいと思い、テレビを流し目にしていたら、なんと四時間。長いよ！




８月７日（木）

　ゑぴす屋谷口さんのお声かけで、『２０世紀少年』の試写会にお邪魔する。
　浦沢直樹の長編漫画が原作とあって、今回の映画化は、三部作の第一作目の映画。
　映画を観るにあたって、改めて最初から読み直して、予習をしていく。
読み直してみて、なんとも複雑な物語であると感じる。
映画を観たとき、いわゆる「犯人」は、原作を読んでいれば、そうどきどきすることなしに観ていける。だが、それが誰だとわかっていても、怖い。それは画像の威力というか、原作の構成がそもそも恐ろしいからなのか。しかし、怖い話である。どう怖いのかは、映画を見ていただくのがいいと思う。原作を読んでいないと、いきなり映画を見てもわかりづらいところもあるだろう。そういうときは、原作を読んでからご覧になるとよいだろう。原作に忠実な映画化であることは保障できる。
　第二作は、来年の年明け公開になるようである。続きがとてもたのしみだ。　




８月６日（水）

合宿前の調整稽古。今日は、なんだかおもしろかった。
夕方の落雷と風雨はすごかったですが。
　サザンの新曲が発売となりましたね。



８月５日（火）

　本当に暑い。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>濃い一週間</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/08/06_0958.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1880</id>
   
   <published>2008-08-06T00:58:54Z</published>
   <updated>2008-08-06T00:59:55Z</updated>
   
   <summary>８月４日（月） 　朝から杖道の稽古。 昼には戻り、雑事やら掃除をして、夕方にはま...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ８月４日（月）

　朝から杖道の稽古。
昼には戻り、雑事やら掃除をして、夕方にはまた稽古。すこしだけ涼しい風が吹く。



８月３日（日）

昨日までの濃い日々の疲れが相当に残っているのか、よろよろになりながら、眠いままで京都へ。今度は京都国際マンガミュージアムである。
文化創造主催の「河合隼雄　その人と仕事」シリーズの養老孟司講演会「河合隼雄と『まともな人』」と題されたそれを聴きに出かける。夏の京都は暑い。
「死にまつわる接し方」といえば、簡単になってしまうのであまり使いたくないのだが、「死」への接し方について、河合隼雄さんについて、養老先生の語りと体験が色濃く示された時間だった。
奇しくも終盤、昨日の講演会の話しが出る。それがとてもおもしろかったことを養老先生が心地よく語っておられたのも印象的だ。



８月２日（土）は、天気がいい。

朝からロッジで稽古。
途中、養老先生をお出迎えにいかれる内田先生の引継ぎを受けて、お稽古を続ける。
人数がいつもより多いのと、風が通らないのとで、暑すぎてたまらん。汗が出てきてたまらん。

稽古のあとは、シンポジウムを聴きに、講堂へ移動。
「聴講券NO.3」を持って並ぶ。ふふふ。
笑って、稽古したあとなので、身体がほかほか。水をがぶがぶ。

シンポジウムのメインテーマは「虫と人間」。
はじめに養老孟司先生からの基調講演。
そのあと神戸女学院大学の教員（甲野善紀先生、内田樹先生、島崎徹先生、遠藤知二先生）らとパネルディスカッションを行うといった予定。
ご専門もおそらく興味の対象もまったく違う方々によるディスカッションは、いったいぜんたいどんなふうになるのだろうと思っていた。
予測とは裏腹に、ぐいぐい引き込まれた。

養老先生のナマ声を拝聴するのはこれで二回目。ナマ姿を拝見するのも同じ。
昨年の京都で拝見、拝聴したが、まさかその翌年に、女学院の講堂でお話を伺うことになるとは思わなかった。いい声である。
話がおもしろくって、ぐいぐい引き込まれていく。
一瞬、スリリングな話題もあるのだが、誰をけなすこともなく、誰を立てるでもなく、ぐいぐい。ぐいぐい引っ張られる。
養老先生は、講演中、舞台のそこかしこを歩きながら話される。そのスタイルに、ちょうど去年も同じように驚いたことを思い出す。ああすることで、話の流れをとっているのだろうかと思う。

養老先生の基調講演のあと、ディスカッション。
すごく濃かった～。おもしろかった。濃すぎて倒れそうである。
いつものノリノリな島崎先生もおもしろかった。
甲野先生は元気を取り戻されたようで、なによりであった。
内田先生のすごさを身に沁みて感じる。
遠藤先生は冷静に「虫」の話を試みられているのがおもしろかった。
何より、養老先生がにこにこされていたのが、よかった。

それとは関係ないのだが、今日は両親もこのシンポジウムを拝聴に来ていたので、参加日のようで、それはそれでまた、わたしの心身はたいへんだった。



８月１日（金）

集中講義三日目。そして千秋楽。
　稽古して、稽古して、話して、笑って、技をいろいろと教わった。
何がどうという答えは今すぐにあるものではないが、ぼんやりと、それでいて中身の濃い三日間であった。明日に備えて早寝。



７月３１日（木）

甲野先生の集中講義二日目。
本日は講義。
登録者は、たくさんいたはずだ。
ところが講義の中盤。もう出席をつけて、点数をつけられてしまったと宣言された先生が、「興味のない人は帰ってもらっていいですよ」とおっしゃった。その人払い作戦に、まんまとひっかかったひと多数。これ幸いと帰っていくひと多数。
おかげで部屋は、非常にすっきりしたが、なんで帰ってしまうのか。
あー、もったいないねえ。



７月３０日（水）

　ここ数日間何をしていただろう？
　ざっと思い返してみよう。日々の雑事というほどのことでもないが、それを記しておく時間さえ疲れ果ててとれなかった。

３０日（水）は甲野先生の集中講義初日。
登録者は昨年の倍以上に増えて８０名近くいるらしい。
わたしは予め、内田先生に許可を得ていたのでアシスタント的に使っていただけた。
おかげで、久しぶりの甲野先生にお会いできることができた。ありがとうございます。
初日は実技が中心でわくわくする。
時間に間に合うよう道衣に着替えていると、ふらりと届く天の声。
驚きながら、笑いながら実践の繰り返し。楽しい一日。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>夏季所感</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/07/30_1738.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1872</id>
   
   <published>2008-07-30T08:38:33Z</published>
   <updated>2008-07-30T08:39:55Z</updated>
   
   <summary>添付ファイルに画像が含まれていても画像は表示されません。  元の添付ファイルをダ...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      添付ファイルに画像が含まれていても画像は表示されません。  元の添付ファイルをダウンロード
７月２９日（火） 
　一夜明けてまた雨。昼過ぎからは晴れてきたので、通常営業。

　夜は、打ち上げの会に賛同する。

　参加者は冊子をいただくことになっていた。主催者側は一同に「（冊子は）誰かが持ってくるだろう」と思われていたらしい。その「誰か」は「誰か」を思い浮かべ、また別の「誰か」は「誰か」を思い出していたようである。結局どこかの「誰か」は宙に浮いたまま、いただくべき冊子は、その場には現れなかった。手元に届かなかったそれのために集まるのは、とても笑える話である。 
 
 

７月２８日（月） 
 バス芸人となって関西へと向かう。

 関西に近づくにつれ、荒れ狂う天候の中に入っていく。

 帰着後、お誘いいただいていた「スカイ・クロウ」を観る。

 その筋では有名らしい原作らしいが何も知らず、予備知識ゼロのままで観た。そのわりには、おもしろかったと思う。

 ただ「怖い」という印象というか感触、それもどう処理していいものか、身の置き所に困るような類のものが、最後まで拭いきれないままの試写であった。 
 
 

７月２７日（日） 
　早起きして東京へ。安いツアーで上京する。

　成瀬雅春先生と内田樹先生のトークライブを聴きにいく。

 お供は、いつもの大阪ひろやん。ということは、現地で東京はたやん合流となるのがいつもの流れ。

 五反田の会場に足を運んだのは数年前。多田先生と成瀬先生の対談があったときのことで、そのとき以来の来訪である。

 はるばる遠征した甲斐があった。

 何がどうということが、今すぐ身体にピンと来るわけでもないのだが、行ってよかったとあとあとになって、思えてくる。

 合気道多田塾関係者も多くいらしていたので、各方面にご挨拶する。

 内田先生にお誘いいただいて、そのまま打ち上げ宴会にも混ぜていただいた。

　成瀬先生もいらして、それは、まことによい夜であった。 
 

７月２６日（土） 
　いつものようにお稽古。汗をかく。人が少なくていい。広いから。 
 
 

７月２５日（金） 
　朝は稽古。朝のほうが、何かと涼しい。おもしろい事実を伺う。 
　昼は読書サロン。

 作家の町田康氏がゲストということで出かけてみる。

 ぼそぼそと頼りなく話されるなかにも、ひとつの思いがあるように見えた。いいひとそうな感じがする。その分、司会者の存在が見苦しく感じられた。 
 夜は、講師の懇親会。

　また新しい出会いやご縁に恵まれる。楽しい時間である。ありがとうございます。 
 
 

７月２４日（木） 
　試験日。

　暑い中、誰もが努力していた。半年間の効果はあっただろうか？

 たとえ、いますぐにその実績が出なくとも、講義に出たという感触は覚えてもらえたらなあと思う。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>夏季所感</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/07/30_1738.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1873</id>
   
   <published>2008-07-30T08:38:33Z</published>
   <updated>2008-07-30T08:39:55Z</updated>
   
   <summary>添付ファイルに画像が含まれていても画像は表示されません。  元の添付ファイルをダ...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      添付ファイルに画像が含まれていても画像は表示されません。  元の添付ファイルをダウンロード
７月２９日（火） 
　一夜明けてまた雨。昼過ぎからは晴れてきたので、通常営業。

　夜は、打ち上げの会に賛同する。

　参加者は冊子をいただくことになっていた。主催者側は一同に「（冊子は）誰かが持ってくるだろう」と思われていたらしい。その「誰か」は「誰か」を思い浮かべ、また別の「誰か」は「誰か」を思い出していたようである。結局どこかの「誰か」は宙に浮いたまま、いただくべき冊子は、その場には現れなかった。手元に届かなかったそれのために集まるのは、とても笑える話である。 
 
 

７月２８日（月） 
 バス芸人となって関西へと向かう。

 関西に近づくにつれ、荒れ狂う天候の中に入っていく。

 帰着後、お誘いいただいていた「スカイ・クロウ」を観る。

 その筋では有名らしい原作らしいが何も知らず、予備知識ゼロのままで観た。そのわりには、おもしろかったと思う。

 ただ「怖い」という印象というか感触、それもどう処理していいものか、身の置き所に困るような類のものが、最後まで拭いきれないままの試写であった。 
 
 

７月２７日（日） 
　早起きして東京へ。安いツアーで上京する。

　成瀬雅春先生と内田樹先生のトークライブを聴きにいく。

 お供は、いつもの大阪ひろやん。ということは、現地で東京はたやん合流となるのがいつもの流れ。

 五反田の会場に足を運んだのは数年前。多田先生と成瀬先生の対談があったときのことで、そのとき以来の来訪である。

 はるばる遠征した甲斐があった。

 何がどうということが、今すぐ身体にピンと来るわけでもないのだが、行ってよかったとあとあとになって、思えてくる。

 合気道多田塾関係者も多くいらしていたので、各方面にご挨拶する。

 内田先生にお誘いいただいて、そのまま打ち上げ宴会にも混ぜていただいた。

　成瀬先生もいらして、それは、まことによい夜であった。 
 

７月２６日（土） 
　いつものようにお稽古。汗をかく。人が少なくていい。広いから。 
 
 

７月２５日（金） 
　朝は稽古。朝のほうが、何かと涼しい。おもしろい事実を伺う。 
　昼は読書サロン。

 作家の町田康氏がゲストということで出かけてみる。

 ぼそぼそと頼りなく話されるなかにも、ひとつの思いがあるように見えた。いいひとそうな感じがする。その分、司会者の存在が見苦しく感じられた。 
 夜は、講師の懇親会。

　また新しい出会いやご縁に恵まれる。楽しい時間である。ありがとうございます。 
 
 

７月２４日（木） 
　試験日。

　暑い中、誰もが努力していた。半年間の効果はあっただろうか？

 たとえ、いますぐにその実績が出なくとも、講義に出たという感触は覚えてもらえたらなあと思う。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>茹蛸化する夏</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/07/24_1230.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1866</id>
   
   <published>2008-07-24T03:30:04Z</published>
   <updated>2008-07-24T03:49:16Z</updated>
   
   <summary>７月２３日（水） 審査も行う道場の日。 暑くってたまりません。 杖の稽古も行う、...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ７月２３日（水）

審査も行う道場の日。
暑くってたまりません。
杖の稽古も行う、偶然の日。
動きがおもしろくって、やめられません。
約束していた映画の日。
ポニョがかわいくって、目が離せません！



７月２２日（火）

大学院なので、一週早くゼミは終了。懇親会という名の打ち上げ。



７月２１日（月・祝）

　祝日なのでお稽古。



７月２０日（日）

　久しぶりの休み。だらだら過ごす。



７月１９日（土）

　土曜日なのでお稽古。
　クォンサンウの突然の結婚発表で落ち込む。実はファン。



７月１８日（金）

　夕方から友人宅へ。うまい料理をご馳走になり。



７月１７日（木）

　近畿地方も梅雨が明けたらしく、日差しが強い。
　暑くなると、どうも大量に汗をかく。ことしは、自分自身がトウモロコシになったような気がしてきてならない。あの、緑色の葉で覆われた黄色い粒粒の実が、軸の周りにハーモニカの吹き口のようにぎっしりつまっているイネ科の食べ物である。それに似た香りが（いや匂いか？）がしてくるのだ。とくに、その軸のあたりに親近感を覚える。
ある意味、今年が初めての出会いである。



７月１６日（水）

　こう暑くては何事もやる気が削がれそうになる。
　こういうときこそ、きちんと食事を摂り、水分を補給して、身体にいいものを与えたい。


７月１５日（火）

　梅雨明けはまだなのかなあと思うこのごろ。


７月１４日（月）

　久しぶりに買い物。服を買う。


７月１３日（日）

　部屋を片付けまくる。布団を干して、押入れにきちんと収納する。あれこれと移動する。きれにになった。やっほー。


７月１２日（土）

　暑い。茹蛸になりそう。


７月１１日（金）

　セブンイレブンの日だね。


７月１０日（木）

　納豆がおいしいね。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>聖地巡礼</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/2008/07/10_1037.html" />
   <id>tag:nagaya.tatsuru.com,2008:/ukky//13.1852</id>
   
   <published>2008-07-10T01:37:35Z</published>
   <updated>2008-07-10T01:37:58Z</updated>
   
   <summary>７月９日（水） 　朝、「思い出しむかっと」する。洗濯する。晴れている。ちょっとす...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/ukky/">
      ７月９日（水）

　朝、「思い出しむかっと」する。洗濯する。晴れている。ちょっとすっきりする。稽古する。片付ける。ごみを捨てる。弁当を作る。
昼、道場に行く。ちょっと「思い出しむかっとする」が治まる。ちょっとすっきりする。お稽古する。おにぎりを貪り食う。うまい。お茶を買ってもらう。三宅接骨院に行く。かなりすっきりする。雨が降る。傘に入れてもらう。
夕方、稽古に行く。前回の復習をする。新しい型をならう。ちょっと混乱する。謡う。心地よい。お菓子を土産に持たされる。「ひとりでは、夜は晩酌ができない」という話をする。
夜、自宅に戻る。帰り道、原付転倒自損事故を目撃する。助ける。感謝される。「思い出しむかっと」が消える。なぜか。お好み焼きを食べる。うまい。
　越路吹雪を聴く。大雨の音にかこつけて大音量で聴く。いい感じ。




７月８日（火）

　大雨と雷の音で叩き起こされる。




７月７日（月）七夕

　東京はたやんが来ている。
今回は「京都」を拠点に行くらしく、大阪ひろやんもそれに同行するらしい。
話はいつの間にか合気道のことになる。
気になる部分をあれこれ出して、部屋でいろいろと受けたり取ったりしているようだ（わたしはこっそり横から覗いている）。
三人寄れば結局稽古。そう、稽古してしまうのだ。




７月６日（日）

　木刀で自主稽古会。
　気になる部分と気をつける部分をいろいろとやっていこうかしらと思ううち、要点を確認するためもあって、みなで合気剣を中心に行った。




７月５日（土）

　暑いけど楽しい！
　稽古が終わるなり、早めに帰って、洗濯、睡眠。




７月４日（金）

　梅雨の気配もなんのその、晴天の東京。今日は手塚プロダクションを訪問する。
いわば聖地巡礼である。
　早起きして、高田馬場を目指す。
朝食を食べてから支度して、商店街を歩く。
目的地は早稲田通りにあるので、とおりの街頭には、あちこちに手塚治虫のキャラクターを扱った看板が掲げられている。アトムに、ブラック・ジャック、写楽くんにリボンの騎士といった具合。写真や話には聞いていたが、あれほどまでに雑多ななかに、ぴょこんとキャラクターが現れるとは思わなかった。意外な感じである。
途中、旧手塚プロのビルと見る。
ぽわわんと不思議な感じの場所である。

暑い日差しのなかを歩くうち、住宅街の一角に手塚プロダクションがみえる。
お約束の時間に連絡し、応接室にとおされた。
しばらくして、プロダクション社長が入って来られた。
先日お会いしたばかりのためか、なぜか身内のような懐かしい気がしてならない。
慣れ慣れしいのもよくないが、どこか懐かしい気がしてしまう雰囲気の方である。実際にお会いし、お時間をいただき、お話をうかがう。
先日の学会での顔は覚えていてくださったせいか、なんとなくのお話とおりがよい。
こちらが気になっていた事柄を二、三うかがうことも、「ここだけの話」的な事実お聞きすることもできた。そして、なにより社長の中では「手塚治虫は生きている」ことも。

　社長とのお話がひと段落すると、続いてお約束していた出版局の局長とお会いすることができた。この方も学会に来られていたので、お顔は覚えてくださっている。話をうかがいながらの手塚プロダクション見学となった。
　各部署の仕事内容や扱う作業、構成メンバーなどを細かく教えてくださる。
　貴重な資料を集めているのではなく、手塚のこれまでの功績をどう伝えていくのかということにおいて、なみなみならぬ志と思いと希望に満ち溢れた方だということが、身にしみてよくわかった。
すれ違う人々がにこやかに穏やかに、「こんにちは」と挨拶してくださる。
すごく素敵な気風の漂う会社である。
　ひととおりの説明とお話が済むと、午後からは、埼玉のスタジオに向かう。

　本社（東京）からスタジオ（埼玉県）に、一日一度だけ向かう車の便があるので、社長のお計らいで、それに乗せていただくことになった。
埼玉県にはおそらく五年後くらいにしか来ないだろうと思ったばかりなのに、これである。人生は何が起こるかわからない。

昼過ぎに、お日様も高く上がったころ埼玉県に到着。
お約束の時間までにしばらくあったので、近くで昼食をとることにした。
昨日までの日本は「穏やかな日差し」の予定であるが、傘いらずのカンカン照りである。
雨傘でなく日傘が必要だ（それもそのはず、あとから聞けば、この日の関東の天気は、観測史上七月の最高の暑さで、記録的な温度だったらしい。３１．７度）。

約束の時間に埼玉のスタジオにお邪魔する。４階建てのビルである。
これまでに描いたものを納められている資料室を訪問させていただくだけかと思っていたら、プロダクションが受け持っているアニメの製作現場を見せてもらった。
アニメーターの方々が、各人の机の前で椅子に座って、原画を紙に起こし、セルにして、チェックして、色をつけてという構成まさに、分業で行っている。昨今では、コンピュータ化が進んでいるので、ほとんどがモニタ画面を見つめる作業になっているが、それでも最初の原画だけは、人の手が描いているし、鉛筆は大いに活躍している。
コンピュータ化によって、アニメの製作も楽になった部分もあるだろうが、変わってしまった部分もあるようだった。「もう（いまは）インクがいらない」といって、棚にごろごろとまだいくらもインクがはいったままの画材用インクビンが放り出されているのが、印象的だった。
そのままアトリエを訪問。
実際に手塚治虫が使っていたままを保存しているらしい。
写真やなにかで見たことがあるが、その場に足を踏み入れることができるとは、思っても見なかった。感激で声も出なかった。そこに座っていたらなんと言われただろうか？なんと言えばいいだろうか？
ずっとそこにいたいような、ずっとそこにいたくないような部屋だった。

その後見せていただいたのが、資料室である。単行本、版を変えて出版社が版を変えて、構成を変えて出したもの、関連本、海外からの出版物など、本の山、資料の山である。いつなだれ落ちるとも限らない。２０年前に比べると本屋資料の量は、倍になったそうで、実際資料室の同居していた別の部署は、手狭になってきたので、別の部屋に移動してもらうはめになったらしい。

　その後は原画をいろいろ見せていただいた。それを描いたことがわかって、ただもうそれだけで興奮仕切りで、緩やかに東京に戻る。日本で一番人が多いであろう駅にはいづらいので、何をするでもなく電車に揺られ、車窓から観光しながら、静かに心を落ち着ける。
着くなり、そそくさと空気のいい場所に行って、それから駅弁を買う。
新幹線に乗り、東京の濃い～日々を思って乾杯した。




７月３日（木）

　東京行脚。




７月２日（水）

　うまく寝付けない。明日からの日々に興奮しているのだろうか。




７月１日（火）

七月が来た。
ことしはもう半年が過ぎたわけであり、ことしはもう半年しかないわけである。
例によって、趣味のように張り巡らされているカレンダーをめくるのだが、あら不思議。ちょっと景色がかわっただけで、気分もすこしいい感じに変わってくる。
そういえば、ことし半年経った昨日は、いただいた「水無月」を食べた。
このお菓子は、「夏越の祓」という儀式と関係している。
現在でも残る風習として、庶民は、六月三十日（つまりは水無月晦日）に氷に見立て三角に切った白ういろうに小豆をのせたのを食べ、邪気を払うのだそうだ。邪神を祓う謂れがあるらしい。
　うまく祓えたと思う。
だから、今日は心地よい七月の始まりである。

      
   </content>
</entry>

</feed>
