« 2007年3月 | メイン | 2007年5月 »

2007年4月 アーカイブ

2007年4月 9日

新学期だから掃除でもしよう

4月8日(日)

 久しぶりのお休み。お布団に包まっているのもいいけれど、さっくり起きて、新しい気持ちで一日を過ごすにはちょうど良い。勉強しようにも、またうまくいかないので、また掃除した。
 この頃、春のせいか掃除ばかりしている。そうそう。桜のころって、何か判断が鈍りますね。やたらとくしゃみも出るし。陽気のせいだと思って、元気に生きるばかりです。


4月7日(土)

 絶好の花見日和だと思ったら雨。
 稽古のあとのお花見はそれでも諦めきれず。周囲の人の優しい手助けもあって、なんとか歩きながらの花見はできた。だから思う。来年は晴れてほしいなお花見の頃。


4月6日(金)

 一月半ほど前にもらったバレンタインデーのお礼をするのがいまごろになった。あれはたしか、2月14日のその日にきちんともらったものだったと思う(なぜか知らないが、こどものころから、よく貰う)。
たいてい日本の場合、一月後の3月14日にお礼(お返し)するもののようだが、ことしはすっかり忘れていた。4月14日の二ヵ月後にならなくて、まだよかった。しかし、渡された方にしてみれば、いったい何のことかもう忘れているかもしれない。と思ったが、意外に人は、自分自身が誰かにあげたものは、覚えているようである。もし忘れていたとしても、「これ、あの、前の、もらった、やつの、お返しの、日が遅くなって。なかなか会えなくて。ごめんね。今頃になって。よかったら…」というような細切れ肉のような口調で、ぷつぷつと途切れながら言うと、たいていの人はこちらの様子からそれが何を意図するのか読み取ってくれる。このとき、肉の色同様、頬を赤らめるなどしながら白さも残し、やや目線を反らせながら言うとさらに効果的(ってほんまか!?)
そういやそれで思い出したが、韓国では4月14日を「ブラックデー」と呼んでいるそうだ。2月のバレンタインデーにも、3月のホワイトデーにも縁がなかった寂しい?人たちのための日らしい。こんな日が設定されるのは、却って大きなお世話ではないのかと思うが。


4月5日(木)

 クラブ紹介があるというので山を登る。
 こうして山を登るようになって、何年目の春になるだろうか。
 感慨深く空を眺めると空よりも先に緑が目に映る。緑よりも先に桃色が目立つ山が見える。空を眺めるまでの時間が少なからずかかる。なぜなら、空よりも先に、ふと眺めて立ち止まってしまうものがさまざまにあるからだ。美しさに気をとられ、訪れた春の色についつい手を差し伸べてしまいそうだ。そして静かに身を寄せてしまいそうだ。いつの間にか身も心も桃色になりそうだ。春はそういう季節でもある。

 本番までの時間には、内田先生に特訓していただく。稽古の合間に恒例の「えぐちさん」にも会う。去年もその前も、さらにその前も会っていたはずだ。毎年同じ場所で、同じころに出会う人々がいる。こうやって感じる時間もある。
 それにしても何年やっても難しい、杖というのは。ほんとうに。ほんとうに。心の底から難しいと思う。「似たようなもの」をやってもあまりに無意味だ。きちんとした「形」をしなければ。反省と稽古の際の意識を高める。

 夜は試写会。
 ゑぴす屋さん(「ゑびす屋」さんから「ゑぴす屋さん」に名称変更)のお招きによるもの。
 お題は『300』。
 話のわかりやすい映画だった。アメコミチックな映画でもあった。スパルタ軍の話です。わりに首がすかすか飛ぶので、そのあたりがR-15指定なんでしょうか。まあ、それ以上は言わないことにしましょう。公開は初夏頃らしいので、ぜひ観に行ってみてください。


4月4日(水)

 新年度体制で道場での稽古開始。
 創設二年目にして、水曜日一本化してみた。
 充実した稽古ができるように、ことしも取り組んでいきたいと思う。


4月3日(火)

 昨日に引き続き、実家にて過ごす。スケジュールはほぼ変わらず。


4月2日(月)

 終日実家にて蟄居、のはずが、読書、稽古、片付けなどをする。そしていちにち終える。つまり、今回は片付け要員として迎え入れられたわけである。


4月1日(日)

 朝から、「今年度もよろしく」というくらいにたくさんの鼻水。
 それも花粉か、ほこりかによって巻き起こされた鼻水なので、風邪の傾向はない。が、意識は朦朧とするので、思ったよりも生きた心地がしない。せめて嘘であってほしいね。

 夜は実家に戻る。


3月31日(土)年度末

 昼は稽古。合気道。
 なんとなくわくわくする感じと、そわそわする心地が同居している。無闇にうれしくて、無闇に切ない。これは春のせいだ。

 夕方はお能の稽古。
 合気道で異常に解された身体は動きがよい。おもしろいし、わりに笑顔なので、何があってもいい感じ。

 夜は「浜寇」のみなさまと、うなぎとの再会。
 うなぎをご馳走になりにでかけた。
 時と共に雷が鳴り、雨が降っている。


3月30日(金)やや年度末

 年度末恒例片付けて、使わないものや着ないものを捨てたい病が起こる。
 ごみを出したばかりなのに、すでにゴミ袋がいくつか。

2007年4月18日

いちばん好きなのは森田だ(と思ったよ)

4月17日(火)

 朝から道場の稽古。
 今月から、一月のうち、どこかの火曜日は、特別に杖の稽古を行うことにしたのである。
 といっても、道場の会員すべてに声をかけるのも無理があり、強制でもないし、とりあえず有志で始めることにしたのである。今後も定期的に続けていくつもりだ。たとえ、わたしがひとりでも、わたしは稽古するだろう。

 夕刻から大学へ。
 ようやく手に入れた学生証。これで晴れて身分が保証されたわけだ(先週からお願いしているのに、作成時間一週間。結構長かった)。
 講義に出た。第一回目の教育論。印象に残ったのは、「教育とは『巻き込まれる』こと」という内田先生のことばである。これには深く頷くばかりだ。それ以外、思い当たることばもなかった。わたしは、まだまだ「巻き込まれ」てばかりだからかもしれない。
実感として、大学に「巻き込まれる」ようになってからのほうが、ずっと大学生活が充実したものになっている。それは間違いない。話の中で、何度か例に挙げられた『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ、集英社、全10巻)。あんなふうな学生生活は、ほんとうに理想だ。夢のようだし、憧れる。あのなかで一番好きなのは「森田」だ。彼が選んだ人生がとにかくおもしろくて、憧れた。それで最後まで目が話せなかった。ラストは、ややバーンアウトしたかに見えて、寂しくないでもなかったが。


4月16日(月)

 雨は、やーねー。
 でも、稽古は、いーねー。
 村上春樹の『うさぎおいしーフランス人』を読んでからこっち、ダジャレみたいなものがぐるぐるまわる。「うさぎおいしーフランス人」の続きがふと頭に浮かんだ。

 「うさぎおいしーフランス人」
 小鮒つりしーカナダ人。
 夢は今も目黒区民。
 忘れ難きやっぱりフランス人。


4月15日(日)

 お天気も良いし、洗濯も溜まっているし、それにお風呂が気になって掃除。大掃除。結構すっきりした。掃除もするもんだ。


4月14日(土)

 合気道の稽古。やっぱり楽しい。


4月13日(金)

 ことしも一度くらいはある「13日の金曜日」。


4月12日(木)

今週の月曜日から、大学の講義が始まった。 前期担当科目は、木曜日の午後、ここちよい昼下がりである。
勤務地の神戸女学院大学では、学生が登録したのち、登録人数が四名以下の場合、特別な場合を除いては、 その講義は開講されないという規則がある。 今回の登録期間は講義開始から第2週目。つまり来週である。
そのため、第一回目の今週の講義は、ややお試し期間的な意味合いもなきにしもあらずである。しかし、今も昔もまっとうな学生さんはいるもので、大概は第一回目の講義からきちんと教室に現れる。
前期は、わたしにとって、今年から初めて担当させていただく科目なだけに、どのくらい集まるものなのか、見当も付かなかった。ただ、上記のような理由で開講されないようなことにだけはなりたくなかった。

講義時間がやってくる。
更衣を済ませ、道場で掃除をしながら待っていると、緩やかに学生さんの姿が見えてくる。
最初はちらほら。 そのうち、どどど、どどどどど、どおおおおぉぉおおーと。あれよあれよという間に、その数なんと25名。講義登録意志のある合気道部の学生(2,3名)も含まれている。
それ以外は、す・べ・て!初心者。
し・か・も!畳は36畳。
ひとり一畳も当たらないじゃない!
道場の前方に立つと、ひとだかりで後ろのほうがよく見えない!

それでもなんとかかんとか、第一回目の講義は無事に済んだかに見える。果たして来週の登録時、どれくらいの学生諸氏が登録するのだろうか。謎である。未知数である。

いくら初心者慣れしているこの頃とはいえ、これほどまでに初心者と出会うとは、これほど集まるとは、夢にも思わなかった。事実として「うれしい悲鳴」である。
すべて内田先生のおかげだ。ありがとうございます。

(帰り際、これくらいの人数がわたしの道場にもやって来てくれたなら、どれほどうれしいことかと思う。場所も広いのだし)。


4月11日(水)

 道場の日。
 どうも暑い。ムッとしているその場所に、何か刺激が欲しい。

 三宅先生のところで治療を受けて、あまりにも酷い歪みを治していただく。来週は無事に道場の日を迎えられるだろうか。


4月10日(火)

 ことしも火曜日がやってきた。


4月9日(月)

 新学期始まる。
 朝から聴講許可の得られた講義を受ける。所用で一度山を折り終えてまた山を登る。昼食を摂るのをすっかり忘れていたのに気づいたのは、夕方の稽古も済んだ頃。
それにしても新学期の月曜日から大学はたいへんな賑わいだ。久しぶりに大学らしさが戻ってきたような感触に襲われる。久々に会った友人と楽しそうに学内を歩く姿も目立つ。しかし賑わいの大半はおそらく新入生であろう。なぜ新入生だとわかるのかと言えば、それは新入生発見ポイントがいくつかあるからだ。

1)学内専用のナースシューズを履いている。
この大学では、廊下を傷つけないようにとの意図からか、ナースシューズ着用が義務づけられている。入ったばかりの一年生は当然そんなものは持っていないので、入学式当日に購入する。購入したものをそれが決まりであるかのように履く。よって見た目にも新鮮な白が目立つ。(なお、時とともに、あるいは学年があがるに連れ、ファッションセンスが優先されるのか、着用数が激減する)。

2)学内の待ち合わせ場所が皆同じ。
学内には各関連の事務部署が集まる事務棟がある。掲示板もそこにまとめられている。新入生は、その事務棟や掲示板付近を昼休みや休憩のための集合場所目印にすることが多い。そこが誰にでもわかる場所だからだ。そして誰かを待っている。休日の、あるいは夕刻の梅田、ややビッグマン状態だ。ところが、この「誰かを待っている」という姿は誰しも同じなのだが、数日前に会ったばかりなので、まだ肝心の待っている相手の顔がはっきりしていない。不安そうに目をきょろきょろさせながら、待つべき誰かを探しているという意味では、みなほぼ同じ。今日もまた、見つかった相手と携帯のアドレス交換が盛ん。

3)着ているコートに張りがある。
最近の新入生は、いわゆる大学デビューなんぞしなくても、既に高校時代から、携帯電話に化粧、電車通学、電子辞書は当たり前といった日常で生活している方が多いようである。ゆえに講義携帯を除けば、大学になって新しくなる事柄も少なそうである。「入学祝に携帯電話」というのは、ひと昔前の話だ。それでも新しくなるものがある。それはコートだ。以前までのほぼ制服時代からすれば、こればかりは誰もあまり持っていないようである。入学に際し、こぞってお買い求めになるのか、どの人もたいへんきれいで張りのあるコートなのである。あまりにきれいで新鮮である。この春は、クリーム色のトレンチコート風なものが流行のようで。

2007年4月27日

合気道、繁昌してます。

4月26日(木)

 講義の仮登録名簿ができあがってきた。これで前期の登録人数がほぼ確定する。
 うーん。数えてみると、登録者なんと29名であった。しかしそのうち数名は、どうやら本登録はしていないようなので、登録者25、6名になるらしい。これに加えて講師(わたし)、SA1名がいるので、結構な人口である。人口過密過ぎて、酸欠にならないようにしよう。


4月25日(水)

 少しずつ状態が慣れてきた道場。笑いが絶えないのはいいことに見える。
 本日も入門者あり。結構なことである。人が増えれば増えるほど、多くの笑い声がこだまするのだから。全員が揃うと、もっといいなあ。


4月24日(火)

 妙にゴキゲンな自分を感じるね、このところ。
「いいことあったの?」
「そりゃあ、この世に生まれたことでさあ」

『もやしもん』を現在発行中のところまで読了すると、ふいに上記のような会話をしたくなる。「菌も見えへん、おまえが何やねん。ひとりごと言うな!かもすぞ!」とか、そこいらの菌が言ってこないよなー。


4月23日(月)

 午前中は、ほぼいつものとおり。
 ほぼ「いつものとおり」というような表現ができるようになったと気づく四月の第三週目の月曜日の朝である。
 ほぼ「いつものとおり」の時間を過ごし、四月のせいか、まだまだ活気づいている大学の小高い山(それこそ実際は「山」なのか「丘(岡?)」なのか謎である)をそそくさ駆け下り、地上に戻る。

 昼から下川先生の所へ稽古に行く。
ご縁あって続けているもののひとつに能楽がある。たいそう高尚なものなので、あまり大きな声では言えないが、稽古に通わせていただくようになって、彼是数年の時が経つ。
数年経つ今でも、身の丈に合わぬような気がして、あまり大きな声では言えないのだが、言ってしまうと、それは年月が経つほどに楽しいものなのである。

さて、今回は「装束付け」をしていただく特別な日となっていた。
六月に舞わせていただく「斑女」の装束。女性の格好はきれいで艶やかな衣装である。ただ、この仕舞のシテは「狂女」。ゆえにそれ特有の格好にならなければならぬ。実際には「やや狂い掛け」の状態だそうで、右側の袖をそっと抜く。左側はそのまま。鬘も結ってもらう。面をつける。途端に視界が狭くなる。孤独な世界ができる。

実際に装束をつけたのちに舞う。着物を着ている分、普段よりも動きの制約は大きくなるし、面をつけている分、視界は狭くなる。ふつうの着物よりもかなり重さもあるので、そうそう早くも動けない。だからといって牛歩のようになってもいけない。
結局は、装束と自分が一緒になるように、互いに邪魔しないように動くことで動けるようになるのだろうかと思いつつ、歩を進める。
自らの身体感覚に過剰に期待し、頼り切っていては、どうにもならない世界だ(そもそもそれがどこまで通用するのかなんて、わからないのだし)。
ともあれ、肌を、全身を研ぎ澄ませなければ、動けない。でも、動きがスムーズにできる、できないだけの話ではないけれど…云々と、ひとり手前勝手な思考の応酬に囚われぬよう、全身をひとつの方向に研ぎ澄ます。

能とは、実に孤独な世界なのではなかろうか。
もちろんこれは演者にとってという話しだが、いつもそんなふうに思う。これまで舞台を観ている側にだけいるときは、それはそれは煌びやかで、雅やかで、艶やかなものが舞っているかのように映っていた。だが、ほんの少しだけ立場を変えて、舞台に立つ側を経験させていただくようになり、舞台とは本当にひとりで、自分だけが頼りで、死ぬ気でやるしかない場所であると思うようになって(実際そんなに長いのは立ったことがないからわからないけど)いい意味での孤独がありと感じるようになった。

実際、本物の能舞台には、舞台上演中に、「舞台の上から何かが降りてくる」という表現を聞いたことがある。まさに「何かに憑かれている」状態でなければ、あるいは能楽の神様に愛されていなければ、真に迫るものは表現できないのだろうか。
なぜかあれこれめぐり来る思考があった。これらを自らの目的とする場面に「志向」したいものである。装束を着ることで、斯様な思いのなかをさ迷いながら、そそくさ現世に舞い戻る。

 文字通り普段に「舞い戻った」先は大学。再び稽古であるよ。
 杖の稽古に出向く。今日は先週の続きとおさらいとそれから補講を中心に。そして、新しく入ってきたひとのため、その方へのお教えも。

夜、ニュースを見ていると、ロシアのエリツィン元大統領の訃報が入る。続けざまに流される映像と共に、「ペレストロイカ」「ゴルバチョフ書記長(当時)」「ソビエト連邦」など懐かしくもひとつの時代を築き上げた言葉のテロップが映る。
あの変動の軌跡を思い出した。1989年はたしか、東西の壁が取り壊され、西と東のドイツを行き来ができるようになったときだ。おおお。歴史がまたひとつ揺れ動く瞬間を見たような気がする。


4月22日(日)

 小雨どころか大雨になりそうな今日は、昼から居合の稽古。
 ふふふ。
 始まるまでに会場変更やらいろいろと問題が起きそうでもあったが、それで慌ててはいけない(こういうときに妙に落ち着いてしまうのは性分か?)
 結局、今日の稽古は、秘密の特訓みたいに見えないところでこっそりできた。随分楽しかった(「今日」という日に来ることができなかったひとは、残念である。すべては秘密を共有した者同士の話だね)。


4月21日(土)

 合気道の稽古。
 蒸し暑い。この暑さからして、どうやら明日もお天気が崩れそうだ。


4月20日(金)

 久しぶりの週末。
 まだ世界が明るいうちに家に戻る。即寝。


4月19日(木)

 結局、講義登録した学生は差し引きで同じ数。
 
 ま、如何にしてやってみるか。それが問題だ。


4月18日(水)

 ちょっとちょっと、軽やかじゃないかね。

 気になる『もやしもん―TALES OF AGRICULTURE』(石川雅之、イブニングKC、講談社)の4巻までを購入。お、おもしろい。いままで読んでなかったことに、ひどくもったいないことをしていた気がする。

About 2007年4月

2007年4月にブログ「ウッキーの浮き憂き日録」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年3月です。

次のアーカイブは2007年5月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。