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2005年9月 アーカイブ

2005年9月 1日

夏の終わりの悪夢

8月31日(水)

 八月も三十一日目を迎えると結構涼しくなるものである。
あちこちで台風が近づいているせいか、夏の暑さにもいい加減慣れてきたからなのか、ほんとうに涼しくなった。要所要所で秋を感じる。数日前からは、夜もようやくクーラーいらずだし。

八月の最後の日なれば思い出す、いまも蘇る悪夢再び。
というわけでもないが、この時期というのは、いつも宿題に追われていたように思う。
小学生の頃は、学習ドリルとか習字とか読書感想文などは、わりに早くからきちんと仕上げていた。だが、いくらかのものは残っている。それは、絵であったり人権作文であったりした。
絵を描くのは嫌いではないし、幼き頃は絵描きになりたいと、それこそ大望な夢を描いていたものである。
だが、「はい、これこれこういうものを描きましょう」などと注文をつけられると、途端に制作意欲がなくなる。結局土壇場になって、慌てて描きあげる始末。

もうひとつ最後まで残るのは、人権作文である。
簡単に言えば、これは、人権を考えることを念頭に置いた作文を書けというものである。
幼いこどもには、ご無体な話しだ。

だいたい「人権って何?」というところから、話を始めなければならないからである。
「じんけん」とひらがなで書いても、「人権」という漢字が読めるようになるだけで、それ以上の意味は小学校一年生にはよくわからない。しかも誰も教えてくれないのである。

ことばの意味のわからない段階の人間に、「はい、じんけんさくぶんを書きましょう」と言ったって、いったい誰が書けるものだろう。何の作文のことなのか、わからないのだから。そして、やっぱり結局「人権って何?」というところに話が戻る。戻ると、「じんけん」ひらがなで書いて…(以下略)。

ひどいときには、「だから、それを考えるのが人権作文さ」などと、禅問答のようなことを言うようなひともいた。
しかし、そんなこと言ったってやっぱり始まらない。
課題は課題。夏は夏。宿題は宿題。

おそらく何かひとのためのことを思って、普段は考えないような思考回路や行動を啓発しようという目的があって、わざわざ課題になっているだろう。
あるときまでには、そのくらいは理解できた。
そして、またあるときまでには、これは学校ではなく、県の要請であったように記憶することになる。道理で先生たちもつまらなそうな顔をしていたわけである。
 
そのほか思い出したことがある。
兵庫県というところは、その県名だけに、何かあればすぐに「標語」を募集していた。
それも夏の課題になったことがある。
そうではないとき、普段からも、宿題やら何やらで、「標語」募集が多かった。
 出来はともあれ、人権作文を思えば、これはいくらでも浮かんだ。
 五七五調の言葉遊びなら、何も気負わずできるものを。
最近のこどもたちもまだ、人権作文を書いているのだろうか。ならば気の毒な話である。

(補足:実際には、八月の終わりにはもう宿題はしていなかったと思い出した。夏休み最後の一週間あたりのどこかに登校日があり早々といくらかの課題を提出し、それ以外のどこかの日数で家族旅行に出かけていたからである。だから、それまでに宿題を仕上げなければならなかった状況にあったのだ)。


8月30日(火)

 一日一歩、三日で三歩。
何もかもがそうだったら、結構順調な道筋だ。


8月29日(月)

 浜松のスーさんは、知る人ぞ知るうまいうなぎの持ち主である。
かといって、うなぎが住む池を持っているとか、うなぎの養殖を行っているとか、そういうわけではない。いつもうなぎと一緒なのだ。
スーさんは、ときどき関西にお見えになる。
そのときスーさんは、いつも名物のうなぎをご持参される。
何かのご縁に導かれ、気がつくと、いつもわたしの腹にもそのうなぎが納まっている。
なんとも暖かいご縁である。感謝感激。ありがとうございます。

本日も、とてもおいしく、パクパクとご馳走になる。
 久しぶりにお会いした浜松うなぎ、通称「浜うな」様は、たいそうな「白もの!」で、うなぎらしいピチピチした表面を見せてくださった。
白焼きに料理してくださったのは、スーさんとお仲間ご一行様。
口の中でとろけながら、あっという間に腹の中に納まってゆく。

「ウッキーが、一番よう食べとったなあ~」
 スーさんは、食べ終わった頃に、いつもそうおっしゃる。
でも、気がつくと、いつも、ほんとにそうなってしまっている。
許してください。
うなぎには目がないのです。
 ごちそうさまでした。


8月28日(日)
 
 朝から歌仙会。
 謡の『橋弁慶』(トモ)の代役から始まり、『竹生島』のツレ、仕舞が『猩々』に出る。
今回は、「抽選ニヨル」というルールで、朝に引いたくじにより、いきなり担当が割り当てられる素謡にも当たった。これは、『吉野天人』のワキ。
それ以外のときは、地謡に参加。
それもないときは、片付けたり、移動したり…ということで、朝から夕方まで、くるくると動き回っているうち、一日が終わる。
結構な汗をかいた。結構な緊張もしていた。よくわからない疲労感もあった。そして、どっと頭痛が押し寄せてきた。
一日のうちに、よいことも、よくないことも一気にあった。
それでもなんとか無事に乗り越えられたので、よしとしようか。


8月27日(土)

 やっと買えた靴。でも、まだ今日は履けない。明日の朝なら履ける。なぜって買ったのは夕方だから。


8月26日(金)

 すこし長くて、すこし涼しい一週間の週末が来る。


8月25日(木)

 いつ遭遇?って、It’s so good?


8月24日(水)

あ、江さんだ!(朝日新聞大阪版2005年8月24日(水)夕刊、『旬の顔』)
相変わらず、えらい男前に写ってますなあ。(♪当たり前だよ前田さ~ん (前田さんなんてウチにはい~ない~))


8月23日(火)

 かつて「落ち込んだりもしたけれど、わたしは元気です」と言ったキキの危機は、結果的に回避された。だが、すべての状況が変化していたことに気づくのに、幾日もかからなかった。

2005年9月11日

九月になれば

9月9日(金)

 心なしか、朝夕は肌寒くなってまいりました。
冷たいまでは行かずとも、ほどよい涼しさです。

「秋はもうそこまで、来ているのですね」。

先日、日本列島各地で猛威を奮った台風14号の去ったあとから感じられるようになりました。
薄色の青と縮れた白い雲。
木々の緑は、またいっそうはっきりと見受けられます。
同時に早くも衣替えを始める草木もあります。少しずつ周囲の色が穏やかに静かな彩へと変化しています。

気がつけば、トンボも飛び交う頃になりました。
また同じ頃、夏の思い出を届けにでも来たとばかりに、声を振り絞って鳴き始めます。
もしかしたら今は、ちょうど夏と秋の真ん中くらいの季節なのかもしれません。
ゆるやかに様変わりしていく夏でもなく秋でもない景色。
それらはなんとも言えず穏やかです。「あわい」のようなものを感じます。様子を目にしながら、わたしはふと、こんなことを思います。


9月8日(木)

 もう供養日。


9月7日(水)

 今日が一週間の真ん中だってさ!
 なんか今週長くない?って、誰に聞いてんだよ。


9月6日(火)

 工事現場に運び込まれた機材の山がまたひとつ片付く。
積み上げられた道具や立てかけられた看板が外され、工事されていた場所が少しずつ露になってゆく。
毎日通る同じ道のなかで、だんだんと様変わりしつつきれいになっていくのを見かける。
こんなとき、確実に毎日が進んでいるのだなと思う。

 植木の葉が少しずつ大きくなる。大きくなってそれから枯葉となる。枯葉となって、土にかえる。
そんなとき、確実に時が刻まれているのだなと思う。


 何も思わず、何も考えず、真っ直ぐに生きたい。
迷いなく、信じる道をそのままに、恐れることなく生きていたい。
ときに、その姿は、どれほどきれいにまぶしく映ることだろう。
「迷いのある人生はダメだよ」
たぶんきっと、ジョンもそう言うはずだ。


9月5日(月)

 ちょっぴり痛い膝を抱えて、雨の中をひと歩き。
 台風が近いってことは、妙に切ない秋の香り。


9月4日(日)

 思わず朝寝をしてしまう。
 途端に気が遠くなる。
 だって、起きたら時間が消えてるんだぜ!


9月3日(土)ドラえもんの日。

 懐かしいけど懐かしくない、懐かしくないけど懐かしい、そんな感じ。
 こういう感触って貴重だ。
 だからってわけじゃないけど、大切にしたい。大事にしたい。


9月2日(金)

 『チャーリーとチョコレート工場』はとてもいい映画だ。
 映画の中の映画だ。
 笑い転げて、しばし時を忘れる。
♪ジョニ~・デ~ップよ~、あ~りがと~
もう一度みたい。
音楽のとってもいいし。


9月1日(木)

 9月になった。はははっはは。

2005年9月19日

邪道免許皆伝

9月15日(木)

 やっぱり「今日は敬老の日?」なんて、思ってしまう。


9月14日(水)

 申し遅れましたが、先ごろ、邪道免許皆伝となりました。
晴れて邪道をひた走る身となりましたこと、この場をお借りして、改めてご報告させていただきます。

そもそも「邪道」が何であるかをご存知でない方のために、師範より、もっともはじめに定義された説明を加えておきます。

「邪道」は日常の所作のなか、善男善女の心のうちにふと萌すよこしまなる言動に対して段級を認定するものであり、「作為なき悪意」、「汚れなき邪心」の人間的価値を顕彰することを本旨とするものである。
「邪道」の段級は申請手続きを要さず、単にウチダが「邪道初段!」というふうに、その言動を格付けすることによって、本人の同意抜きに自動的に授与される。
今回の合宿では「汚れなき悪意」を連発したウッキーに(とくに「タオルわざ」の鮮やかさへの評価が高く)「邪道三段」が授与された。(中略)
さらに邪道十段位、邪道師範号、邪王、邪帝、邪神など、さまざまな格付けを今後随時発行する予定であるので、会員諸君は今後とも鋭意ソフィスティケートされた「邪悪な言動」の錬磨にこれ勉めて頂きたいと思う。(傍線引用者、『内田樹の研究室』2003年9月22日)

傍線部「今回の合宿」とは、2003年9月に行われた神戸女学院合気道会(当時)の合宿のことを指します。
 「邪道」は、その合宿中に急遽発足したものであり、発足と同時にわたしは「邪道三段」授与されました。瞬く間に昇段し、ひと月のちには「邪道七段」となっています。(決してそれとは気づかぬうちにです)。
 しかし、その後の道のりはなかなか険しいものがあったようです。
記録の残す限りでは、2005年3月の合宿の段階で、それ以前に得ていた段位の「邪道9.6段」から、「日頃のあまりに自然な研鑽を認められ」て、邪道十段となり、「邪王」を允可されたとあります。
約半年後の現在、「邪神」や「邪聖」をすっとばし、「免許皆伝」となりました。(それはめでたくも2005年9月3日付)

「『邪聖』はいつもらえるのですか?」とお尋ねする機会があり、その答えが「『免許皆伝!』」であったことによります。

衝撃の瞬間はここにありました。

さて、これにより、邪道ばかりが先に昇段してしまう昨今の合宿ですが(どうも合宿というような非常に緊密な時間と空間のなかで、わたしは極めてよく覚醒させるらしい)、今回はその日を充分に待つことなく、迎えることになりました。
今週末に控えた合宿では、密かに昇段級授与をして、楽しむといたしましょう。
しかし、純粋にそれを楽しむほどに、わたしは静かに過ごしていられるのでしょうか。すべては神のみぞ知ることになるのでしょうか。


9月13日(火)

 忙しく日が過ぎるばかりが今日じゃない。


9月12日(月)

 夕べ眠れなかった理由を説明しよう。
いつもより早くフトンに入り過ぎたからであり、思ったより疲れていたからである。
しかし、いや待てよ。
思ったより疲れていなかったのかもしれないなとも思う。
そうして、しばらく考えて、おなかが空いていたのではないか、テレビが気になって仕方なかったのではないか、そうだ、選挙結果を見たかったのではないかと思いなおす。
またしばらくして考えて、明日になるのが嫌だったのかよと改めた。
しかし、おいおい、そんなあ。
それっていうのは、気になることがあるということかね?フルハシクン。
あるいは、しないといけないのにしていない事柄を抱えているということかね?ウッキークン。
それともなんだね、夜中に(厳密には夜中よりすこし前に)メールで起こされるとか、電話で起こされるといったことがあったのかね。
ん?違うのか。
ならば、続きが気になる本がある、見たい映画があるというのはどうだろう。
ほかには、暑くて喉が渇くが起きだして、お茶か何かを飲みに行くのは面倒くさい。でも眠れない。これならどうだ。至極まっとうな理由だ。
あとひとつ。
忘れてならないことがあった。
なんと枕が行方不明。
しかもメガネを外した状況では、光も見えず、先もわからず、枕のありかも見つけられず。これがほんとのお先真っ暗。


9月11日(日)

 選挙の日。
 そして、同時多発のテロが起きた日。


9月10日(土)

今日の稽古場所となった大学の道場は超満員である。
稽古に参加している人数はいつもとそう大きく変わらないのだけれど、天井が低いのと、周りが壁に囲まれているのと、クーラーがないのと、風通しがよくないのと、部室棟なのであちこちからいろんな音が聞こえてくるのと、やっぱり人が多いのとで、道場がえらく狭く感じられる。
加えて、こういうときの合気道は、かなりアツイ。
合気道は「アツイ」の「あつい」は、「熱い」であり、「暑い」であり、「厚い」である。
人が多く、熱気に溢れているので、気温も上がる。だから熱い。
残暑が厳しすぎるので、涼しさに欠ける。だから暑い。
瞬間的に畳への密集度が上がるので、交わされることばの数が分厚くなる。だから厚い。

さて、そんな稽古のあとは、ボストンから無事に帰国してきた、たかおくんの歓迎会。
たかお氏を知る人もそうでないひとも、一緒に稽古したことのない人も、何の脈絡もないひとも、どやどやと集まってきたので、途中からは普段とそう変わりない宴会になってしまっている。
しかも一品持ち寄りテーマの「ボストン」と関係のないものばかりを持ってきている。
(内田先生のホームページ参照。わたしは、あれでもほかの人とカブラナイようにと、3日は考えたのである)。
しかしこの世の中、こう何度も同じ団体によって、送別会や歓迎会をしてもらえるひともいないのではないかとも思う。
奇特な人物である。
こういうのは、たいへんうらやましい。

2005年9月29日

ゴンちゃんが来た

9月25日(日)「これはイカですか」

 おじい、元気か?
どうせ今日は訳もなく、全国各地をふらふらと、してたんだろうと思うのだけどさ。
メンドクサイシ、どこにいたの?なーんて聞かないことにする。聞いてもどうせ、空なんか見上げるだけで、応えてくんないだろうから。
なにしとんの?なーんて聞かないことにする。聞いてもどうせ、あんこ饅頭でも食べながら、反応示さないんだろうからさ。
来てたの?なーんて聞かないことにする。聞いてもどうせ、いっつものゆるゆるのんびりペースで、歩いたりしてるんだろうからさあ。

今日はいつもより涼しいなあとは思ったので、その風のどこかに紛れてたなら、もう少し風を感じる時間欲しかったなあ。
ま、なにはともあれ、また素敵な秋が来たみたい。
好きな饅頭でも食べとくよ。
食べながら思い出しとくから、またこんどわかるようにやって来てね。


9月24日(土)

 ゴンちゃんが来た。
 夏休みを利用して帰省しているゴンちゃんが稽古にやって来たのである。
 ゴンちゃんは卒業後ずっと東京で仕事をしているうえに、常に忙しい人物なので、年に数回、日本のどこかで顔を合わせるのがやっとである。
久しぶりの今日は時間もあったのか、稽古の見学するつもりでやってきたそうだ。
だが、見ているだけでは身体がうずうずしてきたのか、来て早々に道場を抜け出し、どこからか動ける格好を調達してきた。(のちに近所の「青山」セール品と発覚。相変わらず見事な手際のよさである)。

 合宿あとすぐの稽古ということもあって、一段と賑わいを見せる道場ではまた笑いが絶えない。
稽古後は場所を変え、有志がぞろぞろと集っていく。
ゴンちゃんと囲む輪もまた笑いが絶えず、そしてまた誰からということもなく、「変わらないねえ」ということばが出てくる。
「あのとき」といった時間が蘇り、同じ仲間が集う。
つい最近も、似たようなことばを聞いたことを思い出す。
誰にとってもいっしょに過ごした大切な時間がある。そんなふうに思う。
風の強さが、ようやくすこし秋を運んできた日のことである。


9月23日(金)

 今まで以上に生きていく気力が沸いてきた。
 さああああああ、がんばるぞ。


9月22日(木)

 え?残業してる?
 なに?似合わないって?


9月21日(水)

 まだ睡眠が足りないみたい。
 いったいどれだけ夜更かししたのさ、おみゃーさん。
 うちに帰ると、倒れるように眠ってしまう。


9月20日(火)

 夢うつつ。
どれが誠が現実か。
知らぬ間にやら時すでに明日。


9月17日(土)~19日(月・祝)秋の合宿

 涼しさ予想を大きく外した神鍋の暑さは異様だった。
 「名色高原」と呼ばれるここは、高原を名乗る気まるで「なし気」配である。
 道場となる体育館は、あまりに暑く、あまりに蒸している。
入るなり、むっとした空気が押し寄せてくる。
温度を持たないはずの畳さえも暖かだ。
今回は業務用と思しき大きな扇風機が二台用意されていた。当たり前のように強風に設定されてはいるが、暑さを追いやるほどの威力はないようである。
 合宿に参加するようになって、かれこれ7年目になる(つまり13回目)が、暑さのため、稽古の度に休憩が入るのは、今回が初めてのように思う。
 暑いので、干上がりも仕上がりも早い。

 「暑い」ということはまた、取りようによれば、かつてない晴天に恵まれた三日間でもあったということである。
雨のない日々。これも珍しいことであった。
合宿中日は仲秋の名月に重なったのか、月もよく見えた。
かろうじて二日目の夜から三日目にかけて雨が降ったようだが、夜中のことなので誰も知るまい。
おそらくきっと誰かが珍しいことをしたからだろう。
いや、誰とは言うまい。誰でもよいではないか。稽古に支障がなければよいではないか。

 以上のように、秋の神鍋は涼しいどころか寒いかもしれないと踏んで急遽用意した長袖も何の役にも立たなかった。半袖だけが必需品であった。
ふと思い出される三宅先生からの50本のアクエリアス。
あのときの半分が、いま届けばいいのに。何度、そう思ったことだろう。
 (わたしはいつでもアクエリアス)。

 さってと。
今回の合宿はたいそうな暑さに見舞われたとはいえ、異様に楽しかった。
 なんか知らんが心地よかった。
心身共にとても楽だった。
 こんなに愉快に過ごせたのは久しぶりだ。
 夜更かししたのがよかったのかもしれない。(じつは初めて)。あるいは、いつでも、どこでも、だらだらだらだらしていたのがよかったのかもしれない。
だって、だらだらの最上級ってのは、いつだって至福のときなのだらら。


9月16日(金)

 明日から合宿だと思うとうれしくって仕方がない。
 軽やかに、ゆるやかに時間を過ごしたいものだ。

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