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2005年1月 アーカイブ

2005年1月 6日

麒麟児のCDって、「相撲甚句」じゃないよね?

le 5 janvier

2005年かぁ。
あ、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

てか、もう5日かぁ。
おばあちゃん家行ったり、初詣行ったり、
小豆島行ったり、イオン行ったりしてたから、
あっという間だったなぁ。
今年は、弟も5日間帰省しててその間
しゃべりまくってたせいで、今、何となく寂しい。
なんか、会うといつも本の話とか音楽の話とか、
たまに難しい話とかしてるけど、弟がどういう人なのか
実は私は知らないのかもしれないなぁと、ふと思う。
滋賀でどういう暮らしをしてんのかなんて、
ホント全然知らない・・・。

ところで、お年玉って働きだしたらもらえないもの
なんだろうなぁって、私は思ってるんですけど、
とりあえずまだ働いてないんで、結構いろんなところから
もらった。
でも、すぐ物に変わるな。

今年は物入りなんですよー。
引越すから。
部屋が狭いから、ソファーベッドにしようと思ってるんですけど、
それ買わなきゃいけないし、スーツも買おうと思ってるし、
机も買いたいし、プレステ2買おうと思ってるし。
絶対ねぇ、これ以外にも必要なものが出てくるんですよ。
やだなぁ。
まぁ、プレステとかいらないんじゃ・・・って感じですけど。
ドラクエが出た頃は、プレステ持ってないのに
弟にクリアしたら貸してってお願いして、もうお年玉で
買う気満々だったんですけど、正直今になったらほんまに
いるんかなぁって迷ってますからね。

あと、本とCDを。
ただ、吉田修一の本を買いに行こうと思ってたら、
弟が2冊、私がまだ読んでないものを持って帰って来てくれたので、
これは買わなくて済む。(とても気の利く弟。)
CDは、もう3枚買った。
でも、お年玉以外のお金で。
なんかね、財布に2万円入ってたんですねぇ。
不思議なことに。
誰のお金なんだろう?
って、もう使っちゃってるけど。
いいのか・・・。
年明けてから最初に買ったのが、その不思議なお金で買った
CD3枚という。
平井堅を買おうと思ってたけど、気が変わって
東京事変にして、何気にカ行のところをうろうろしてる内に
キリンジのまだ持ってない2枚がどうしても欲しくなって
そのまま購入。
キリンジの心地よさからはもう離れられない気がする。

よく、今年の抱負とか聞きますけど、私の場合、
掲げてもそれに向って進んでいかない傾向にあるんで、
ここ最近は何も掲げない。
なんか、言った瞬間にもう、達成できないだろうなぁって
気になってたりするんで。

でまぁ抱負でもないけど、今年は万博会場で働くし
髪を伸ばそうかなぁって話してて、話しながらも
ちょっと横の髪の長さが気になってて、結局早速
今日、美容院に行って来たという。

行ってみると、やっぱざっくりいきたい気がするんですけど、
3月からベレー帽かぶらなきゃいけないのに、
前髪が短すぎるのもどうなんだ?と思って、
前髪は伸ばそうかなぁって美容師さんに注文を。
美容師さんは、私がいつも通り「適当に。」って言うと
思っていたらしく一瞬意外そうだった。
たぶん、ざくざく切る気満々だったと思うんですけど。
で、最初っから手が止まっていたので、万博でベレー帽なのよって
説明して、「どんな風にしたらいいかなぁ。てか、
ベレー帽ってどうやってかぶんの?」って聞いてみた。
私の中では、彼はファッションとかメイクのことに
精通していて、もちろんベレー帽のかぶり方にも詳しいって
ことになってたんですけど、「ベレー帽なぁ・・・オレも知らんわ。」
って言われる。
帽子は、似合わないからかぶらないらしい。
それに、ベレー帽をかぶってる人をあまり見たことがないらしい。
確かに。
おまけに、「前髪をベレー帽みたいにする?オレはそれが
ええと思うけどなぁ。」と冗談に走られる。
でもまぁ、横の髪を耳にかけて前髪を斜めに流すっぽいよね
ってとこに落ち着いた。
今はまだ、前の名残でそんなに長さがないけど、
なんかもうこのぐらいの長さでもいいような気もする。
あんま長いと、垂れてきたりしますもんね。


あーぁ。
来週の研修までにやんなきゃいけない宿題も、
そういえばあったし。
でもとにかく、今年も変わらずマイペースで
ふわふわ過ごせたらいいなぁ。
よい年でありますように。
おみくじ末吉だったけど、よい年でありますように・・・。

2005年1月 9日

25歳のとまどい

le 9 janvier

「女には勝ちも負けもないのだ・・・。」
って、そりゃそうだろう。

あ、先生、『相撲甚句』って何ですか?
み、民謡??(ウチダ注:「甚句」というのは七七七五調の歌詞の民謡。神事に起源があるので「神句」と書くという説もあります。そういえば、相撲というのはもともと巫祝儀礼だったわけで、シコを踏むのは土地の神を鎮める儀礼だし、塩もまくし・・えっと話が長くなりそうなので、相撲甚句のことはいずれまたね)

女には勝ちも負けもないって話ですけど、
『負け犬の遠吠え』のドラマを見たんですよ。
本は読んでないんですけどね。
別にそんな泣く話でもないような気がするんですけど、
ちょっと最後の方、半泣き。
どっちも幸せそうだけど、同時に悲しそう。

勝ち組とか負け組とか、盛んに言われてましたし
今も言われてるみたいですけど、あんま興味なかった。
自分が負け組っぽいから、あえて興味持たなかったのかなぁって
自分で思ってたんですけど、なんかつまんないなとも
思ってて。
その、勝ってるらしい人が本当に毎日いきいきと
心から楽しい生活を送っているかどうかわからないし、
負けてるらしい人が本当に負けを認めて悲しげに
過ごしているのかどうかもわからないし。
まぁ、違うと思うんですけど。

30歳過ぎて結婚してなくて子どももいなくて
負け組とか言われても、その人が日々幸せだなぁって
思ってたら負け組じゃないっぽいんですよねー。
分け方が、意味わかんない。

ただ、ドラマ見ててちょっと怖くなった。
歳とるのってやだなぁ、みたいな。
(二十歳のときにも思った気がするけど。)

私、今年25歳になるんですよ。知ってました?
25歳とか言われても、へーって、何の実感もないですけど、
恐ろしいなぁってなんとなく思う。
化粧水のCMとかでも、「25歳からの~」とか言いますよねぇ。
25歳ってそういう年齢なんですよ!?
なんだそれ。

でもやっぱり、親とかおばあちゃんとか何故か近所の母の
友だちとかね、そういう人々が結婚の話をしてきたり
するわけですよ、この歳になると。
私は、いっつも「結婚は30歳過ぎてから」って、
言ってるんですけども。
まぁ、おばさんとかおばあちゃんは、人の言うこと聞いてないですからね。
聞いてたとしても、次会ったらほとんど必ず、同じ話題
出してきますから。
「働かんともう結婚したらえぇんや。」ってね。
一体、誰と・・・?
近所のおばさんも、「ヒロキくんと結婚しー。」って
言うてますけど、うちら面識ないですからね。

私が30歳とか言ってるのは、あと5年ぐらい
働いたりふわふわしていられるような時間が欲しいなぁと思うからなんですね。
結婚したらそういう時間が減るでしょうから。
あと、我慢がまた増えたり。

こう言うと、そんなことを言っている間に相手がいなくなって、
友だちたちもそれぞれ結婚していって、一人になっちゃうのよって
言われるんですけど、まぁ、そういう事態がないとは言い切れない。
むしろ、あり得る・・・。
最近、とりあえず結婚は遠くなるような予感があるんで。
嫌だなぁ。
その頃にはきっと、もう自由な時間なんていらないって言ってるんですよ。

だけど、わぁーいって結婚してうまくいかなかったら、
これまた嫌ですよ。
旦那も子どもも話聞いてくれないみたいなね。
こっちの方が怖いんじゃ・・・。

あーぁ。考えると、ホント嫌になるな。
まだ幼くって、おじいちゃんもおばあちゃんも元気で
家の仕事もそんなに忙しくなくって、時間がゆっくり
流れていたような気がする頃が、一番よかったような・・・。
まぁ、あれですね。
孫がどうとか、気持ちはわからないでもないですけど、
考えても仕方ないんで、別に考えなくていいや。ははは。

2005年1月26日

変な先生と変な学生

le 25 janvier


『先生はえらい』を読む。
センセー、おもしろかったです、この本。
どうもありがとうございました。

私は、読むスピードが遅いので(というか、
何やるのも昔から遅いんですけど)、きっと途中で
しおりが必要になるだろうと思って、読みかけの
吉田修一の本からお気に入りのしおりを取って来たにも
かかわらず、時々笑いながらサクサク進んでしまって
しおりいらずでした。
まぁ、読み始めたときに、これ友だちにオススメしようって
思ってたんですけど、結果的に、やっぱり勧めようと思いました。

でもやっぱりあれですね。
「先生」に出会いたいって思ってるけど未だ会えていない人
より、別に出会わなくてもいいと思っている人の方が
多いような気がしないでもないですね。
そういう「先生」に出会ったからどうなんだ?みたいな。
だから、この本を若いうちに読んだ人っておトクだと思います。


とりあえず私は、「内田先生」っておもしろくてすごい人だなぁって
思ったその日から、女学院とか関係なく、友だちに会う度に
「内田先生っていうすごい先生がいて・・・。」
という話をしてまわっていたらしく、気が付けば、
いろんな人から「内田先生、新聞に出てたよ。」とかそういう
メールが来るようになってたんですね。
で、何がどうすごいのかってのを聞かれるわけですけど、
私がちゃんと説明できないから、ほとんどの友だちは、
「新聞に書評とか書くからすごい」「本が売れてるからすごい」
って思ってると思うんですよ。
確かにそれもすごいんだけど、そういうんじゃなくて。
一応自分なりに説明したこともあると思うんですけど、
私の説明も主観的だし会ってみないとわからないだろうなぁとか
思ってたら、実は、会ってもわからないかもしれないんですね。
そうだったのか。

ていうか、私も内田先生がなんですごいのかわかりません・・・。
いや、わかってる気がするけどわからないような気がする。

でも、『先生はえらい』にも、そういう敬意を抱く「先生」
というのは「謎の先生」だって書いてありましたよね。
なんだかよくわからない人だって。

なんとなく、敬意を抱くとか言いながらなんだかよくわからない
って失礼な気もするんですけど、失礼かもしれないと思いながらも
「先生、変ですもんね。」と言ってしまう。
でも、「なんだかよくわからない」って「変」ですよね。
私が言う「おもしろい」ってのも、変だからおもしろいんですけど。

この前の夏休みの時期、高橋源一郎先生の集中講義に
参加している間、控え室で、他の講義をやってらっしゃる先生方と
話す機会があったんですけど、そのときに、
「なんで内田ゼミに入ろうと思ったの?」って聞かれたんですよ。
で、「なんか、フランス語の授業受けてて、この先生変だなぁって
思って、そのとき内田ゼミに入ろうって決めたんです。」
って応えたら、爆笑されて、変だって思ったのにゼミに入るのって
変だよみたいなことを言われたんです。
まぁ確かに。
けどそういうもんなんじゃ・・・。
だって、運命だし。

だいたい、私は出会った人々のことを勝手に運命だと思って
過ごしてて、たまに、そのことをバカにされたりもするし、
逆に素晴らしいと言われることもあります。
そんな私は、男を見る目はないみたいですけど、
先生を見る目はあるのかも。
先生を見る目があるというのは違うのかな。
なんて言うんだろう。
うーん・・・ま、とにもかくにも私はいつも、内田先生という人は、
私がこれまでに出会った人の中で一番すごい人なんだって話してますけど。


こないだ、先生の家に卒業生と遊びに行ったとき、
その中の一人が私のことを、小学生の頃から大人びていた
らしいって話してて、彼女は一体私から何を聞いたんだろう?
って結構謎だったんですけど、この本の「学ぶ」ことについて
書かれてあるところを読んでて思い出しました。
あれですよ。
私、大学に入るまで、あんま学校って好きじゃなかったんです。
だからって、登校拒否するわけじゃなく、普通に真面目に通うんです
けど、つまんないなぁって思ってて。
例えば小学生のときだと、いつ頃からつまんなかったのか
思い出せないですが、とりあえず4年生から始まるクラブ活動とか
最悪だと思ってた。
いや、別にやりたくないしって思いながら、なるべくみんなで
わいわいやんなくていいクラブに入ってました。
一輪車クラブとかね。
てか、一輪車クラブって何だよ・・・。
で、4年生の終わり頃から中学受験に向けて塾に通い始めて、
余計に小学校がつまんなかった。
もう6年生の頃とか、パソコンクラブに入ってたけど、
それ行くのもホントに嫌で、なぜか職員室に入り浸ってたんですよ。
まぁ許してもらえて良かったものの、それを許す先生たちもどうなんだ?
って感じですけど。
あの、なんで塾の方が楽しかったかっていうと、
嫌いな体育の授業がないってのもあるし、
みんなでやるめんどくさい行事もないからです。
それに、ある程度勉強ができる子どもの集まりだから、
楽だったんですよね。
授業も、小学校ではやらないような難しいものだったし、
先生も学校の先生とは全然違って、めっちゃ怖かったけど
わかりやすかったしおもしろかった。
もう、毎日学校なしで塾だけならいいのにって言ってましたから。

それでねー、最悪な子どもですけども、小学校を全体的に
バカにしてたところがあったんですね。
ホントになんでなのかわからないんですけど、
中高一貫の学校があるらしいって知ったときから、
絶対そっちの学校に行こうって思ってたんで、
地元の同級生と別れることなんて、全く悲しくなかったんですよ。
最後の方は、授業中寝てましたしねぇ。

そんな感じで、念願の中学校に入って、2年間ほどは
成績も良くって楽しかったような気がしますけど、
3年目頃からまたおかしくなってきて。
つまんないなぁと。
つまんないとか言って、高3まであるわけですから
先長いんですよね。
でももうずっと、それ以来勉強しなくなって、
欠点を取らない程度に一夜漬けして過ごしてたという。

行事はともかく、学校の勉強っておもしろくないわけですよ。
そんな、教科書をそのまま板書してるような授業、
楽しいわけないですよね。
好きでもない授業なのに、内容も教科書のまんまだったら、
そりゃ寝ますよ。
別に、自分で読むからいいやってなもんですよ。

で、大学というとろこに希望を抱いていたんですね。
大学に行けば、きっと楽しい授業があるはずだって。
そうそう、私があまりに勉強しなかったんで、
これでは大学どろこではないということになり、
高校生になってから、英語を家庭教師に教えてもらってて、
その先生が大学の授業ってこんな感じなんだよってのを
教えてくれたんですよ。
おもしろい先生がいっぱいいるってこととか、
ゼミがまた楽しいってこととか。

実際、大学の授業は楽しかった。
ほとんど楽しかったですねぇ。
まぁ、自分でシラバス読んで選んだ授業だから、
楽しくて当たり前なのかもしれないけど。
テストって言っても、高校の中間テストみたいに
苦痛じゃなかったしなぁ。


えっと、あと何だっけ。
読みながらいろいろ共感したり思い出したり
へーって思ったりしてたんですけど・・・。

話すつもりじゃなかったことを話しているってのは、
ときどきあるなぁ。
そういう人に話すのもそういう人の話を聞くのも、
本当に楽しい。
オチなんてないですよ。
オチがあるような話じゃないし。
勉強になるなぁって思うんですよね。
だから、ちょっとぐらい体調悪くても会いに行こうって思う。

あと、うなぎ!
日本人って「うなぎ」好きなんですか?
私、ウナギ苦手だから、知らなかった・・・。
ちなみにうちでは、父しか食べないんですけど。
高校の修学旅行でうな重が出てきて、ウナギだけ全部
友だちに食べてもらったという経験もあるんですけど。
ウナギの生態が未だによくわからないらしいって話は、
聞いたことがあったけど、日本人が死ぬ間際に「ウナギが
食べたい・・・」って言うほど、ウナギが好きだなんて
びっくり。
まぁ、私はアナゴも好きじゃないし、
そもそも魚の骨が嫌いなんですよ。
骨なんてないし、やわらかくておいしいよって言われて、
何度か口にしたことはありますけど、別に言うほど
おいしくないような・・・。
本当においしいウナギを食べたことがないからなのかなぁ。
ウナギっておいしいのかぁ。
ウナギって・・・。

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