本気になった朝日新聞            【北陸新幹線 その37】

 この夏、久しぶりに北陸新幹線の話が全国紙の一面トップに載りました
(2026/09/08)。朝日新聞のいわゆる調査報道で、しかもかなり地味な内容なので、
しばらくは他紙も追いかけませんでした。
 けれども編集委員たちはかなり本気のようです。翌日の「かたえくぼ」欄には、
関連する投稿が採用されていました。「かたえくぼ」とは、朝刊に掲載される読
者の寸言です。一週間に5枠しかなく「声(投書)」や「朝日川柳」よりもかなり
競争率が高い中で、山ほど送られて来る投稿の中から「北陸新幹線」ネタが選ば
れたわけですから、新聞社としての関心の高さを表しています。




前提変え「逆転」 北陸新幹線ルート試算、議論の信頼性に影落とす、2026/
09/06(紙版では8日朝刊)、朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASV920GC9V92PLFA001M.html?iref=pc_extlink




かたえくぼ、2026/09/09、朝日新聞
https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=603&page=2




【社説】整備新幹線の財源、国交省はJRと「貸付料」の議論を尽くせ、2026/
09/24、朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASV9K34YKV9KUSPT015M.html

粉飾のからくり

 それにしても分かりにくい記事です。どうやら国土交通省が不適切な試算をし
たという話なのでしょう。ただし、これは違法ではありません。資料を出した相
手は、与党のプロジェクトチーム(PT)で、事実上、北陸新幹線のルートを決
定する場所なのですが、法的には任意団体です。たとえウソ満載の報告書をつか
ませても、役所として処分される理由がありません。
 しかも「騙された」相手は、悲願の小浜ルートに決定する根拠がほしい自民と、
選挙公約だった米原ルートを断念する口実がほしい維新の寄り合いです。「お妃
様はシンデレラよりお美しい」と言っている限り「魔法の鏡」はカチ割られない
のと同様、根拠が怪しげでも都合の良い報告は歓迎されます。
 何がどう怪しいのか、少し詳しく調べてみましょう。試算の肝は、「B/Cで
考えれば米原ルートより小浜ルートが勝っているよ」ということです。念のため
言っておきますが、まともに考えればそんなことはあり得ません。数字の操作、
粉飾です。手品のタネは、「一体評価の導入」と「社会的割引率の適応」の2つで
す。
 まず「一体評価」、これから工事をするつもりの「敦賀-新大阪」間だけでは
なく、北陸新幹線全体で評価することにしました。つまり「高崎-長野-金沢-
敦賀-米原-京都-新大阪」と「高崎-長野-金沢-敦賀-小浜-桂川-新大阪」
との比較で決着しようというのです。道路計画などでは一般的な方法だというの
が国交省の主張ですが、これは無理な議論です。作っているのは整備新幹線。着
工5条件でのルールではB/Cは実際の工事区間で判定することになっています。
今回の例で言えば「敦賀-米原-京都-新大阪」と「敦賀-小浜-桂川-新大阪」
の比較で行うということです。
 比較検討が始まってから、比較方法を変更しろと言い出すのは、走り幅跳びの
試合中に「跳躍距離だけでなく、フォームの美しさも採点すべきだ。スキージャ
ンプでは常識です」と、負けそうな選手が言い出すようなものです。これほど卑
怯な発想は、そうはありません。
 けれども、まだ卑怯さが足らなかったのか、これだけでは米原有利は変わらな
いようで、次に持ち出してきたのが、会計計算上の「社会的割引率」というやつ
です。かなり込み入った話ですが、解説しましょう。
 全線で小浜ルートと米原ルートのB/Cを比較する場合、それぞれの全線での
Cつまり建築費を割り出す必要があります。この金額は「着工予定部分の建築費」
と「すでに完成した部分(高崎・敦賀間)の建築費」の合計になり、完成した部
分については、着工時点での全額を支払うものと見なします。誰かが誰かにお金
を払う訳では無く、あくまで仮想的な話です。
 まず「小浜ルート」の方は、すでに完成運用されている「上野-敦賀」の費用
は、来年支払うことになっています。ここまでは普通の話です。ところが「米原
ルート」の方では全く同じ「上野-敦賀」の費用を、7年後に支払うことにして
います。なんでそうなるかと言えば、米原ルートは「環境アセスメントが済んで
いないから着工が遅れる」ということです。
 確かにあり得る話ですが、「小浜ルート」方だって、山岳トンネルの難工事が
予想される京丹波市内では「済んでいる」どころか、まともな調査すら出来てい
ないはずです。「小浜ならすぐ着工できる」というのは無理な話、おそらく「米
原ルート」より手間取るでしょう。
 では、もし仮に「米原の」着工時期に何年か遅れるとどうなるのか。ここから
がわかりにくい話なのですが、各ルートで計算する「完成済みの敦賀-高崎間」
の費用が違ってくるというのです。たとえば、今すぐ着工する場合と比較して、
着工が1年遅れるたびに、「社会的割引率」と言って、年間4%程度、金額が増え
ることになっています。
 インフレやら金利やらの影響で、時間がたつごとに「完成済みの敦賀-高崎間」
の経済価値があがることの反映らしいのですが、実際に売買が行われるわけでも
ないのに、B/Cの計算で差を付ける理由は全くありません。わずかな差ではあ
りません。小浜が11兆円、米原が16兆円......つまり、B/Cでの小浜の優位性の
正体はこの「粉飾」だったのです。
 国土交通省は朝日新聞の取材に、こうした計算を禁止する規定はないという趣
旨の反論をしていますが、ルールというものは極端に非常識なことは禁止しませ
ん。野球のルールブックに「打者は捕手や審判をバットで殴ってはいけない」と
いう規定はありません。
 シンデレラで言えば、魔法の鏡が50年後のシンデレラと今のお妃様と比べて、
どちらが美しいかを判定するようなものです。ご機嫌なお妃様は根拠について、
つっこんだりしません。
 今回の試算は、国土交通省が小浜推進派のために作成したものでしょう。逆に
言えば、優秀な日本の官僚でも、ここまで無理をしなければ小浜有利の数字は出
せないということが、はっきりしたわけです。仮に環境問題などを無視してB/
Cの事だけを考えても、小浜ルートに着工などしてはいけないのです。


 朝日新聞へもちょっと一言

 地味でも重要な調査報道、大変ご苦労様でした。けれども、一つだけ小言を言
わせて下さい。国会議員向けだったリーク資料を専門家に精査してもらう......相
手に反論の余地を全く与えない完璧を求めるやり方です。けれども、この今回の
いかがわしさを示すのに、ここまで細かい仕事をする必要があったのでしょうか。
 試算が出た段階で多くの問題が指摘されていました。たとえば、既存の線路を
使う湖西ルートの建設費が長大トンネルが続く小浜ルートよりも高額であること。
小浜以外の7ルートは経由地も工法もまちまちで、便益も費用も千差万別なのに、
B/C(=便益/費用)は全て同じ1.0で、小浜ルート(1.1)に惜敗していま
す。こんな都合のいい偶然がおこるはずがありません。詳しくは、以前のここの
記事を見て下さい。



地下も地上もパンドラの箱【北陸新幹線 その 34】、村山恭平、この長屋 i>
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2026/07/24_0655.html

 どうして、朝日新聞は最初に試算が出た今春に、常識論レベルで指摘できる疑
惑を国土交通省にぶつけて、しつこく追求しなかったのでしょう。それがあれば、
今回の労作記事のインパクトが全然違いました。けれども、忘れた頃に数字操作
疑惑を指摘しても、関係者か私たちのような北陸新幹線ウォッチャー以外にはピ
ンとこないでしょう。 


 北國新聞のボヤキ

 ただし、予算編成の時期、国土交通省にとっては大きな痛手でした。小浜(桂
川)ルートの着工のための予算は、2027年度予算では金額を示さない事項要求と
いう形になっています。これから財務省相手に具体的な工事費用を要求しようと
している矢先に、顔をつぶされました。来年度予算の話をする前に、B/Cの信
憑性について弁明しなければならなくなりました。
 下手をすれば、整備新幹線の未着工区間の凍結を消費税減税の財源のひとつに
される恐れがあります。金額的には微々たるものですが、こういうインパクトの
大きい準公共事業の中止は、日本国政府の財政再建への意思表示を諸外国などへ
送る事になります。つまり、生け贄にされるわけです。
 こうした危機感は北陸全体に広がっているようで、石川県の北國新聞が反論の
ような社説を発表しました。五人の識者からコメントを取り、「確かに数字操作
はよくないけど、それでも小浜ルートが良い」と主張......するわけにもいかず、
匂わせているような情けない記事です。物好きと言われそうですが、細かく見て
いきましょう。 



【特集】北陸新幹線の小浜桂川案 専門家5氏が検証、北國新聞
https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/2241288

 名前の挙がっている識者は、以下の5人です。

   京大・富山大名誉教授、中川大氏(交通政策)
   神戸大大学院教授、小池淳司氏(土木計画)
   同志社大大学院教授、大串葉子氏(会計学)
   公立小松大教授・金沢大名誉教授、髙山純氏(交通計画)
   大阪産業大教授の波(は)床(とこ)正敏氏(公共交通インフラ)

 上記のうち、今回の国交省試算に直接言及しているのは、中川・小池・大串の
3氏ですが、批判の強さには濃淡があります。
 まず、朝日新聞にもコメントを出していた中川氏は、「不自然だ。常識的な計
算ではない」と一刀両断です。小池氏は「鉄道評価マニュアルに記載がない。想
定範囲から逸脱している可能性がある」非難を弱める一方、「B/Cはある仮定
のもとでの、一部の評価に過ぎず、あくまで参考の一つ」などと「粉飾決算」を
相対化するようなことも言っています。
 さらに大串氏となると、「一体評価」について「せっかく新たな手法を導入し
たのに、もったいない」などと批判の論点を、説明不足や情報公開の話に(おそ
らく故意に)ずらしています。「個別評価」を「一体評価」に切り替えたことに
ついての見解はなく、なんで「せっかく」なのかさっぱりわかりません。
 記事は粉飾批判を「B/Cへの疑義や違和感はあるが、小浜ルートに決まった
こと自体には、専門家の多くが前向きな評価を寄せた」などと受け流しています
が、とんでもない話です。そもそも「B/C>1」をクリアできない新幹線を着
工してはいけないというのが、着工5条件の趣旨なのですから、それを無視ない
し軽視した上での「前向きな評価」など何の意味も無いのです。経費の問題を無
視して良いのなら、全ての公共事業に「前向きに評価」できる部分があるはずで
す。
 多くの専門家の前向き評価とやらを拝見しましょう。まず、高山氏「将来の山
陰新幹線の可能性を考えると小浜がいい」とコメント......反論は簡単です「将来
も山陰新幹線の可能性など考えられないから、別に小浜がいいわけではない」
 次に、大串氏の災害時の代替という、手垢のついたリタンダンシー論です。
「『東海道新幹線の代替』という北陸新幹線の大本」などとすごいことをおっし
ゃっていますが、リタンダンシー論が持ち出されたのは、小浜ルートの「B/C
>1」達成が怪しことがわかってきてからのことで、別に「大本」ではありませ
ん。
 そもそも旅客輸送の代替なら、リニア、東海道本線、航空機、高速道路......い
ろいろあります。さらに、現行の北陸新幹線(敦賀乗り換え)の利用も可能。災
害事のためだけに、膨大な経費をかけて、所要時間を30分前後短縮する必要が
あるとは思えません。どう見ても不急不要のリタンダンシーです。
大串氏は、もうひとつ根拠不明のことを言っています。「京都の観光業界は北
陸新幹線を歓迎している」本当でしょうか。まず「誘客」といわれても開業直後
の瞬間風速を別にすれば、今後人口減少が大きい北陸からの観光客がそれほど増
加するとは思えません。また、オーバーツーリズムに悩む京都の業者が望んでい
るのは、来客数ではなく一人あたりが落とす金額の増加です。その意味で、新幹
線でカジュアルにやってきて宿泊日数の少ない旅行者は、場合によって迷惑です
らあります。
 「送客」にしても、新幹線が出来れば、京都発のバスツアーは減少するでしょ
う。現地集合の旅行を、京都の代理店に手配してもらう客がどれぐらいいるのか
疑問です。工事による30年分の環境リスクや工事渋滞に引き合うだけの利益を、
本気で期待している業者がいるとは思えません。
波床氏は、何のためにコメントしているのか不明な立ち位置です。大串氏の発
言を受けて京都の抵抗がいかに大きいかを説明し、ついでに東海道新幹線で大き
な利益を受けた京都が、今回は反対に回っている「身勝手さ」を揶揄しているよ
うに見えます。けれども、小浜ルートの優位性の話は一切していません。だいた
い、「東海道新幹線により、東京と新大阪の間に位置する京都は観光都市として
の地位を確立した」というのは明らかにウソです。京都観光は江戸時代から盛ん
でした。五街道が参勤交代のために整備されたのは、たぶん新幹線開通よりも前
の話です。
 そもそも、この5人の識者が選ばれた理由も不明。またそれぞれどんな場所で
取材を受けたのでしょうか。一同に会して座談会のようなことをしたわけではな
さそうです。おそらく、記者が拾い集めたコメントをつぎはぎしたのでしょう。
しかも、主張の理路が交錯していて、ほころびの多いパッチワークに仕上がって
います。
 地元の方には気の毒な話ですが、むしろ「小浜ルートの優位性など全くない」
ということを、この記事は雄弁に物語っているように思います。けれども、北陸
のメディアとして、一言反論(かなあ)をしておかざるを得なかったということ
は、B/C粉飾問題は予算などを通じで、大きな影響がありそうだということな
のでしょう。