夏の終わりの琉球にて

那覇は燃えているか

 那覇にいます。知事選挙がありました。12年振りの保守県政が誕生するとい
う大事件がおこったのですが、街は静かです。那覇の県庁の周辺も、島中部の小
さな村も晩夏の日常のたたずまいです。選挙カーが行き交い興奮した連呼が響く
はずの投票日前日も、投開票当日も、いつもと同じ時間が流れています。けれど
も、県民が選挙に関心が薄かったのかというと、そうでもなさそうです。投票率
は前回以上でした。
 そして最終結果は、この長屋の大家さんが嘆いておられるように、42万対2
8万で玉城現職知事の大敗でした。玉城陣営や現地メディアは、SNSに流れた
不正確な情報やら偽動画が主な敗因だと言わんばかりで、告訴まで計画している
ようですが、素朴に考えてその程度のことで、これほどの票差になるものでしょ
うか。例としてよく出される「玉城知事がローラーで潰されるフェイク動画」を
見て、「やっぱり、ペチャンコの人はダメだよね」なんて考える有権者がどれだ
けいるのやら......
 もう少し細かく見ていきましょう。まず、当選した古謝玄太氏の得票数です。
近年の平均的な投票率にもかかわらず、歴代の沖縄県知事選最高の423,124 票
(59.4 %)でした。有権者数1,165,704人の4割弱......結構な数です。前回(2022)、
玉城知事が再選されたときの339,767 票(50.8 %)はもちろん、「オール沖縄」全
盛だった前々回(2018)の396,632 票(55.1 %)さえ軽く上回っています。
 県内に41ある市町村のうち、54票差で勝った大宜見村以外では、玉城デニー氏
は接戦にすら出来ていません。その結果が全県で276,060 票(38.8 %)。前回から
は2割近く、前々回からは3割以上も票を減らしています。民意が、オール沖縄か
ら離れてしまったのは明らかです。
 なんでここまで嫌われてしまったのか......理論的には、「フェイクニュースや
AI動画に煽動されたから」というのもあり得るのでしょうが、これだけ見事な
負けっぷりを、相手候補の卑怯な選挙戦のせいというのは、かなり無理な話です。
大統領選挙に負けて、議事堂に暴徒を煽動した、どこかの国の現職候補みたいな
議論です。
 では、支持者が激減した本当の理由は何か。共同通信が今回行った出口調査で
は、投票で有権者が重視した項目は、多い順に「経済の活性化」「基地問題」
「人柄や経歴」となっています。SNSなどでの人格攻撃が最も影響するのは、「人
柄や経歴」のはずですが、これを最重視した有権者は20%弱で、しかも半分ほど
は玉城氏に投票したようです。仮に残り全員が玉城氏に投票していたとしても、
結果はひっくり返りません。地滑り的な結果を説明するには、「人格攻撃」はあ
まりにも小さな話なのです。


 辺野古の火の粉

 では、2番目に重視された「基地問題」はどうか。ここを重視する層では、圧倒
的に玉城氏優勢です。ただし、「基地」重視の有権者もせいぜい2割程度。つまり、
基地問題の争点化に玉城陣営が失敗したということです。各種世論調査によれば、
普天間基地の辺野古移転に関して「反対」と「やむを得ない」は、いまだに拮抗
しています。県民が基地容認に回ったというより、「玉城さんでも辺野古は止め
られないのか」という諦めムードが支配的になったと言えるでしょう。同志社国
際高校事故のときに露呈した、反基地運動の非論理性、不可能性、無責任さなど
の影響も無視できません。
 すこし議論がそれますが、辺野古移転はほとんどの沖縄県民にとって、冷静に
考えればとりあえず悪い話ではありません。土地を新たに接収することなく、逆
に普天間の膨大な土地が返還され、近隣住民が事故に巻き込まれる危険も激減す
るからです。
 もし、有事になったとしても、近年のC国の高度な工業技術を考えれば、基地を
狙ったミサイルが、県中南部の人口密集地に向かうリスクもほとんどなくなりま
す。ちなみに、普天間の海兵隊基地は、C国本土や台湾島への上陸作戦の重要基盤
ですから、台湾有事での攻撃の一丁目一番地で、第三次世界大戦勃発の地になる
かもしれません。数ある米軍基地の中でも、特に物騒極まりない代物なのです。
 では、なぜ県民は諸手を挙げてこの移転に賛成できないのでしょうか。まず、
このプランは沖縄から出てきたものでは無いということです。東京の官僚が鉛筆
なめなめまとめた代物です。こういうものを、偉そうに持ってくるということは、
沖縄県民を子供扱いしていることになります。もっと致命的なのは、膨大な予算
と年月をかけて新基地を作ると言う事は、県内での米軍基地の永続化を宣言して
いることになるからです。
 これだけの大問題でも、県民としての意見が政策に反映される可能性が、全く
ないことが判明したのですから、選挙の争点にしても仕方ないと考える有権者が
増えるのは当然のことです。県民以外の私たち日本人は、あまりにもこのことに
鈍感でした。
 たとえば、「そもそも、2013年に仲井真知事が辺野古移転を受け入れる交換条
件に、2021年度まで3000億円台の振興予算確保を安倍総理に約束させたのです」
などと、アゴラの記事に事も無げに書いてあります。いつもながら無神経ですね。


「沖縄振興予算3000億円」を政府批判のための道具にする日本共産党、茶請け、
アゴラ

https://agora-web.jp/archives/260916075202.html

 そもそも、「沖縄のために基地を移転する」と国の方から言い出しておいて、
「受け入れる」かどうかの選択を迫るという感覚が異常です。また、当然ながら
「3000億円台の振興予算」の財源は税金です。本当に必要な「振興」なのかどう
かは、基地移転とは関係なく個別の案件ごとに議論をすべきことです。
 こういうお金の出し方は、要は地元のプライドを踏みにじることへの、せこい
慰謝料なのでしょう。また、「受け入れない」選択肢が事実上なかったのは、そ
の後の玉城県政下で自民党政権がやったことを見れば明らかです。
 基地問題が争点化しなかったのは、県民の総意が辺野古受け入れに変化したの
ではなく、辺野古拒否を諦めたからです。ちなみに、オール沖縄的な穏やかな権
利主張がダメとなると、次に何かおこれば沖縄独立論のような過激な思想が盛り
上がってくるでしょう。


現実否認のバッドルーザー

 結局、今回の選挙で一番重視された論点は「経済の活性化」で、有権者の約半
数が最重要問題としています。そして、この層が圧倒的に古謝氏を支持し選挙の
勝敗を決めたと言えます。有権者から見れば8年の玉城県政で経済状況が悪くなっ
ているのに、今回の選挙戦で効果的な新政策を打ち出そうともしない、ピントは
ずれだということになったのでしょう。古謝氏には何の実績もありませんが、今
よりはマシだろうというわけです。
 沖縄の経済を議論するときには基地の話が全面に出やすいのですが、それ以上
に大きいのは輸送コストの問題だと思います。鉄道・トラック・近距離フェリー
の陸路で相互の物流が完結している他の46都道府県とは違い、県内で自給でない
物資は、バカ高い航空便か遠路はるばる船で運ぶしかないのです。そのため、他
の都道府県と同じ消費生活をするためには大きな追加コストが発生します。
 同じ理由で、企業の「物作り」にも極めて不利な場所です。県内最大の製造企
業だったオリオンビールも、「本土」資本の傘下に下りました。結局、沖縄の産
業と言えば、観光・基地・公共事業のいわゆる3Kになりがちで、何をするにも
行政に頼る部分が大きくなりがちです。


知事選、基地重視20%どまり 経済49%、大半が古謝氏に、共同通信社
https://news.jp/i/1471846039409000807

 たとえ県政の責任ではない大きな世界状況のせいでも、経済がうまく回らない
と、現職は言い訳のしようがありません。不況とインフレが同時進行している時
に、経済では期待のできなさげな玉城県政が見限られたのも、仕方の無い話です。
逆に言えば、敗北自体を恥じることはあまりないでしょう。
 深刻な問題は、玉城陣営がまともに票読みさえ出来ていなかったことです。県
内のほぼ全域で満遍なく批判票を集めてのゼロ打ち負けなのに、開票が始まるま
でゼロ打ちを食らうまで勝ちを信じていたような態度でした。
 政治家の命である支持率すら把握できないようでは、微妙で多様な県民の声な
ど、まるで聞き取れなかったはずです。あげくの果てに、敗因を聞かれると、
「高市が悪い」の「フェイク動画」だの、他罰的な言い訳やら陰謀論を並べる始
末。四年後に立候補するであろうリベラル系候補者の足まで引っ張ってしまいま
した。
 皮肉な話ですが、戦況を客観視できずに無駄な抵抗を続け、いたずらに犠牲者
を増やした旧日本軍に、よく似た負けっぷりなのではないでしょうか。全島的な
静けさは、県民の総意としての冷たい眼差しの反映なのでしょう> --