■200万年前、ビクトリア湖畔でこんな音が響いていたと云う:
「カンカンカンカンカンカンカン(ウン)カンカンカンカンカン」
ニーニャ(娘)が生後2ヶ月のころ、私が舌を出すとそれを真似ていた。
4ヵ月半のいまはそれはやらないが、そのかわり、こちらの手をじっと見ては真似るような仕草をする。
足も。
先日ラッコの親子よろしく彼女と隣り合って腹を上に寝転び、足を片一方ずつ動かしていたら、同じ方の足を上げ下げしようとしていた。
様子を見ていると、意思などではなく、どうも身体が勝手に動いているようだ。
たとえば私がなにかを食べていると、それを凝視しながらしきりに口を動かしダラダラ唾液を流したりするのだが、彼女は母乳以外の味を知らないわけだし。
まだ食べるということを知らない彼女が、口をもぐもぐさせること。
これがいわゆるミラーニューロン、なのだろうか。
私もまた、彼女をげっぷさせようとしては万度自分が先にげっぷし、ほぼ同時にあくびをしたりする。
あるいは、最近出るようになった彼女の笑い声を聞きたいときには、まずこちらが本気で笑わなければならないことに気づいた。
こちらが虚心坦懐こころを空にして笑えてはじめて、それを見ている彼女の表情がゆらりとほどけて「んげーっ」と笑ってくれる。
そうすると今度はそれが正真正銘もう心底うれしくてうひゃあと笑うと、それを見て彼女が「んげんげ!」と笑い、その様子にバカ親は再び笑み崩れ、それに呼応して彼女が「んげっんげっんげっ!」……。
これを親子3人で飽きもせず繰り返していたら、最後には頬が痛くなり、いま笑っているのがニーニャだかツレアイだか自分だかよくわからなくなる。
まるで徹マンも佳境に入った夜明け前の、「あいつがまたまた緑発ポン」だけで抱腹絶倒、な状態。
これもミラーニューロンのなせるわざか。
など、大家さんのブログで知ったミラーニューロンに興味を持ち、その在り処だというブローカ野についていろいろ調べているうち、コラム「基礎道具史」(http://www.hpmix.com/home/otr/CI27.htm)にたどりついた。
作者は、某精神科作業療法士さん(名前は非公表)。
なんでも12~16ヶ月までは手の配列規則とことばの配列規則は未分化で、それらの中枢は原ブローカ野というところで共有されているという。
12ヶ月以前は? そうか、まだことばをもたないんだ。
だから4ヶ月のニーニャがうれしいとき何事か唸りながら同時に手足をバタバタさせるのは、「うれしい!」きもちをごっちゃに全身で表してしまっているんだろう。
やがて2~3歳になり、ことばで伝える内容や叙述形式が複雑になってくると、この原ブローカ野から、発話の構造(音声)を専門的に処理・統御する中枢として、ブローカ野が独立してくるらしい。
ここがミラーニューロンの在り処。
たしかにことば(音声)のアウトプット面って、すごく「誰かのを真似て学ぶほかなく、刻苦勉励して独創してもあんまりダメ」なものだ。
なるほどねえ、と頷きながら読んだ次のコラムでおもしろい記述に出会った。
石器研究の専門家である織笠昭氏が解明したという、タンザニア湖畔オーベル・アワッチ遺跡の石器の作業工程の話。
この石器は約200万年前、前期旧石器時代のものだという。
世界最古の化石人類とされるアウストラロピテクスが丸腰(ちょっと違うか)だったのに対し、次に現れたホモ・ハビリスがはじめて石器といえるようなものを作った、まさにその時期だ。
そのほぼ人類史上初の石器は、礫(小さくてわりとひらべったい石)の縁を、他の石で打ち欠いて作ったもの。
そういえば大学で歴史学のフェルミン教授がくれた石器図解リストのいちばん左上にあった。
で、このオーベル・アワッチ遺跡の礫石器がどうやって作られたかというと。
> 石器を作った人間は、便宜的な表面を、右から左に順序よく七回たたいて剥離し、次に礫を回転させてひっくり返し、今度は新たにその反対面、便宜的な裏側を剥離します。通算八回目の剥離は、表面と同様に右から始まり、だんだん左に向かって五回続けられたというのです。
カンカンカンカンカンカンカン(ウン=引っくり返す)カンカンカンカンカン。
これが200万年前の人間の、最初の「道具」を作るリズムだ。
ああなんて心地良いんだろう。もう一回。
コ・ン・ヤ・モ・ヨ・ギ・リ・ガ・エ・ス・パ・ー・ニャ。
あっ!
イロイロめきたって、過去ログの「てんごでしるて・えんのらぶえな/すぐかきすらの・はっぱふみふみ」を読み返してみる。
たしかに魔女に似たテクスト学のカルメン教授が「カステジャーノ(標準スペイン語)の基本リズムは8シラブル」と言い、マドリードの大学で教鞭をとる言語学者のナイスガイ阿部新さんが「五・七・五も、実は休符(等時拍)を入れると8シラブルになるんですよ」と言っている。
またこのとき調べて、世界に5母音とされる言語が多いこと(カステジャーノ、日本語、イタリア語、ロシア語、ラテン語、サンスクリット語、中国語?など)と、その安定感により人間が快の感情を抱きやすいという8シラブルを基本リズムとする言語が多いことを知った。
知った、が、なぜだかはさっぱりわからなかった。
そこに、ホモ・ハビリスがヒントをくれた。
うん、「タンザニや ホモ・ハビリスの 槌の音」だ。ワッハッハ。
(以下、音韻学での常識だったらごめんなさい)
まず、5母音の言語が多いことについて。
それは、人類の指が5本だからではないか。
前述のように、原ブローカ野では手の配列規則とことばの配列規則は未分化であるという。
とすると、5本の指をむにむにと別々に動かしているうち、脳の対応部分が5つに分かれ、それに伴って音も5つに分かれた、
ってなこと言ったらどうざんしょ?
たとえばいま目の前で、ニーニャがしきりに手を動かしながらウゴウゴ話している。
その「ウゴウゴ」に、たとえば親指が「ア」、人差し指が「エ」に対応する……などという関連を見い出せないだろうかと観察しているが、いまのところさっぱり。
なあに、「個体発生は系統発生を繰り返す」という有名なテーゼから考えると、ニーニャもいずれホモ・ハビリスあたりになるだろう。
まだ直立二足歩行ができないので人類以前、おそらく陸に上がったばかりの両生類あたりだが。
いや、ハイハイもできないぞ。
まあ、石器を作るに至るあたりまで、引き続きゆっくり観察してみることにしよう。
そして8シラブルについて。
ホモ・ハビリスだって、7拍+休符(引っくり返す)で8拍だ。
それほど人類は8拍が好き。
その理由も、指が5本であるからだ、ってなこと考えてみました。
ア・ベール(どれどれ)、たとえばピアノの鍵盤の上に旦那の右手を置いたと想像してみてくださいよ。
いいですか、親指をドに、人差し指をレに、中指をミに、薬指をファに、小指をソに。
そして、ドからはじまって一往復半、してみておくんなせえ。
♪ドレミファソファミレドレミファソ。
ポイントは、1往復めが「ドレミファソ・ソファミレド」ではなく、小指は折り返しの1回だけ使うので「ドレミファソファミレド」となること。
たぶんこれが自然な運指だと思う。
同じく、1回めの復路と2回めの往路は、「ソファミレド・ドレミファソ」ではなく、「ソファミレドレミファソ」。
はいよ、これに歌詞をのせますよ、よござんすか。
♪今夜も夜霧がエスパーニャ。
あらあらぴったり、まあ不思議。
上記のように小指の「ソ」、2度めの親指の「ド」を折り返しに使うと、音はぜんぶで13になる。
1往復の終わりとなる(2度めの)「レ」が、8個めの音。
そして2回めの始まりとなる(2度めの)「ド」から、ラストの「ソ」まで、5個。
見事に8+5となっているのだ。
ひょっとしたら5母音言語のイタリア語で、ドレミファソラシドのひとまとまりが8音になっているのも、音階がそれを要求したのではなく(だってミとファの間、シとドの間は半音だし)、「8」であることそれ自体が要求したのではないだろうか。
ちなみに同じ5母音言語のスペイン語をみると、ドレミは「ド・レ・ミ・ファ・ソル・ラ・シ・ド」。
「ソ」=5つめの音、が、なぜかsol(太陽)とわざわざ分厚くなっている。(母音は1つなのでシラブル数=リズムに変わりはない)
これはおそらく8に隠された5の目印として、スペイン人が置いた太陽なのだ!
しかしそうなると、5母音じゃなくシラブルという概念もあるんだかどうだか怪しい英語などの場合はどうなるのだろう?
うーむ。
さりとは辛いね、
てなことおっしゃいましたかねー。