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アート・マネジメントを斬りまくる

ところでなぜ私がイタリアに一年間いたかというと、
海外研修を命じられたからである。
「命じられた」というのは書類上のことで、「行きた
いでーす」と手を挙げたら「ほな行ってきなはれ」と
お許しくだされたのである。
某官庁が行っているその派遣研修プログラムは色々な
部門に分かれているのだが、私が派遣されたのは「ア
ート・マネージメント」部門であった。
アート・マネージメント。
アーツ・マネージメントとかアーツ・アドミニストレ
ーションとか似たような言い方があって、芸術経営学
とか芸術運営論とか色々に訳される。面倒なのでエイ
ッとひとからげにして「アーマネ」と呼ぶとしよう。
断片的に聞きかじった知識を継ぎ合わせるに、
(1)美術館・博物館・劇場など芸術に関わる施設や芸術
関連の事業を切り盛りするための実践的技術(資金集
め、企画制作、展示公開、宣伝販売、組織管理など)
(2)文化行政における施策(政策法令、助成金、公立施
設運営など)
(3)芸術と社会・政治・経済との一般的関係
などについて論じる知的活動(学問と呼ぶには微妙な
抵抗を感じるので)の一分野。なのではないかと思う
。大はずれだったらごめんなさい。
ひと口に芸術と申しても例えば美術と演劇とではてん
で事情が違うだろうけれども、こと舞台芸術に関する
限り、日本でアーマネの看板のもとに語られている言
説を、私はあまり信用していない。
別にアーマネというジャンルに対して否定的なのでは
なくて、日本でアーマネの看板のもとに語られている
言説に対して「それってどうよ?」なのである。
なにかというと現場現場と振り回すのは嫌いであるが
、こと当件に関しては現場の実態と乖離した言説が多
すぎる。
「そんなふうに動いてる劇場なんか日本にねーよ」と
いうことなのである。

そもそもアーマネが世人の口の端にのぼるようになっ
たきっかけは、バブル経済の崩壊であった。
バブル華やかなりし頃、懐に余裕のできた全国各地の
自治体は、文化会館・ナントカホールのたぐいをきそ
って建設した。
実はその正体は、政治家と行政と土建屋さんの方便と
(『文化事業』っていうとかっこいいもんね)お金儲
けの種に過ぎず、建てた後にどう使うかなどほとんど
誰も考えたことがなかったし考える必要もなかった。
建ちさえすりゃーよかったのである。
しかし景気はどんどん悪くなるし、大きな建物は維持
費ばっかりかかって放置しておくと大変に目障り耳障
りである。
自分たちでは無理なので、至急に施設の使い道を考え
てくれる誰かを調達しなくてはならぬ。
そこでこのアーマネ。
これをしっかり勉強して、立派なプロデューサーやキ
ュレーターになって、どうか立派な施設を切り盛りし
てくれたまい。
「道路作ってみたらちっとも車が走ってくんないんだ
けど」「いいじゃん別に、業者は儲かったんだから」
「でも時節柄いろいろうるさいしさあ。なんかもっと
もらしい言い訳考えてくれる人いないかね?」「じゃ
誰か担当者つけておっつけちゃえよ」「つけちゃえつ
けちゃえ」てなもんである。
日本におけるアーマネの流行にはこういう大きな背景
があった。
出発点において微妙なヒズミが生じているのである。

日本のアーマネは現場における事実の集積から生まれ
てきたものではないので、「欧米の事例および理論」
と「日本の書類」が二大支柱になっている。
欧米の事例や理論は非常に興味深いし「うらやましい
限りっす」というケースも多いのであるが、所詮はよ
そんちの話である。
歴史的経緯を無視して日本にあてはめてみてもあんま
り意味がないし、明治時代じゃあるまいしそのまんま
マネしようったって無理な話である。
また論述の根拠として官公庁のリリースした文章や統
計資料がよく使われるのであるが、論者の皆様はそれ
らにいかほどのリアリティを感じておられるのであろ
うか。
それらが大変意図的・人為的な操作によって生産され
るテキストであることを承知の上で、ニヤリと笑って
「こんなこと言うてまっせ」と指差してみせるのなら
面白いが、そういうのでもなく「ほらここにこう書い
てあるでしょ、だからね」という引用が多い。結果、
現状追認型のぬるーい論旨が出来上がり、下手をすれ
ば我知らず行政の提灯持ちをしちゃってる場合だって
ある(わざとやってるのならそれはそれでよいのだが
)。
書類と現実の間には、深くて暗い川がある。
ぶっちゃけた話、「よくこんなの見つけてきたね」と
いう毒にも薬にもならないひっそりとした公的作文や
、現実には一体どこに霧散しているのやらとんと分か
らない年度予算内訳などをネタに熱く語っていただい
ても、それはおならのようなものである。
まだしもおならは畑の風上ですれば肥料になるかもし
れぬ。
「欧米の事例および理論」も「日本の書類」も、今の
日本で出来しているナマの現実をひっとらえてふんじ
ばるには無力なのである。
アーマネ業界はどうもその、限界を意識することから
生まれる哀しみや恥じらいというものをお持ちでない
ように思われるのである。
それでもこれを武器に何か言う、という尻腰がないよ
うにお見受けするのである。
しかも「アーマネを学んで立派なプロデューサーにな
ろう」というような趣旨の宣伝文句が横行しているこ
とに私は懸念をおぼえる。
現行のアーマネを学んで曲がりなりにも使えるプロデ
ューサーが出来上がるとは到底思えない。
だってですよ。
アーマネ・コースで優秀な成績をおさめた人が晴れて
なんちゃら文化会館の専門的職員となったところで、
希望に燃える彼・彼女が目にするであろうものは何で
あろうか。
アクセス、客席数、舞台設計、照明、音響。クラシッ
クコンサートをするにも歌舞伎をするにもどうにも中
途半端な空間。
緊縮財政を理由に年々ごっそり削減される予算。
穏やかな余生を送ることに命を賭けている館長。
「だいたい人間が生きていくのにゲージツなんか必要
かえ?必要な訳ねーよな」と思っているが口には出さ
ない部長。
「三年経ったら異動だから仕事するだけ損だもんね」
と思っているが口には出さない課長。
「どーせ分かりゃーしねーんだからよー」とウンコの
ような公演企画を法外な値段で売りつけにくる「売り
屋」たち。
「コムズカしいのじゃなくてさあ、もっとこう愉快な
のやってよーう」という地域住民の皆様。
彼・彼女はアーマネを武器にこの逆境を乗り越えるこ
とができるでしょうか。
ブー。無理です。
こういう場所で「でも劇場運営とか文化振興というの
はあ」とか言っても、それは四十七士討ち入り真っ最
中の吉良邸の庭で「内匠頭を殺したのは吉良さんじゃ
なくて幕府なんですう」と説いて回るようなものであ
る。なんだこの喩えは。

劇場におけるプロデューサーの最大の仕事は「人間の
交通整理」である。
才能のあるアーチストに、出来るだけ快適な環境で仕
事をしてもらう。
見かけだおしの人に騙されないように修行しておく。
どこにどんな面白い人がいるか常にアンテナを張って
おく。
色んな人にうまいこと言ってお金を出してもらう。
あんまり無理を言ってもダメなので、値踏みをして出
せそうな金額を出してもらう。
宣伝の人、営業の人、経理の人、総務の人、舞台監督
さん、美術さん、照明さん、音響さん、大道具さん、
小道具さん、衣裳さん、ロビーのおねいさん、楽屋の
おじさん、駐車場のおじさん。
色んな人にうまいこと言ってみんなに気持ちよく仕事
をしてもらう。
どんな奇矯な人とでもそこそこ無難にやっていけるよ
うに修行しておく。
これらが果たして論や学によって解決できることであ
ろうか。
「理」は大変有効な武器であるが、ただし現場におけ
る「理」というものは、あくまで自分の言い分を通す
ための武器である。
人を見て法を説け。嘘も方便。君子豹変す。
目の前の相手を説得して言い分を通したりお金をもら
ったりするためなら、自分で「こりゃマユツバだよな
」とか「かなり下品?」と思うような主張でも、時に
は敢然として行わなくてはならない。それは「理」で
はなくて現実をグッ、グッと前進させるための「術」
である。
どちらが偉いという問題ではなくて、本気でプロデュ
ーサーを作るのなら、そういう「大人って汚いわ」的
世界にも言及しないとまずいのではないかと申し上げ
ているのである。
しかるに片目をつむって「理」の効用を謳い、しかも
その「理」がおなら以下であるとすると、これはまず
いのではないかと思うのである。
いかに「理」が達者でも、一歩劇場や美術館に入れば
誰からも信用されない。
そういう人はたくさんいて、大学の教壇で「現場の論
理」を説いていたり、官庁の委員会をかけもちしてい
るのを自慢にしていたりする。
こういうのはアーマネ流行のとんだ弊害である。

少なくとも今のアーマネは、なにかというと「90年代
のイギリスでは…」とか「今年度の文化庁の予算は…
」とか「地域社会との連携が・・・」とか言い出す、こま
っちゃくれた、使えない評論家を生産する可能性の方
が高い。
などと言うとマッチョな叩き上げ現場原理主義者みた
いであるが、「饅頭のうまさを語るのに饅頭屋になる
必要はない」(@渡辺保)は私の大好きな言葉である

そういうことではなくて「饅頭語るんなら食ってから
にしてよ」ということである。
どうも包み紙を饅頭だと心得てバリバリ召し上がって
おられるような気がしてならないのである。
以上大変抽象的で曖昧な申し様であるが、うんうんと
頷いてくださる同業の方はすごく多いであろうと勝手
に確信しておりますのよ。私。

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2004年09月18日 00:13に投稿されたエントリーのページです。

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