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甲野先生最後の集中講義

2月4日(木)

 気づけば節分も終わり、今日は立春。
使い古された言葉をひくようで申し訳ないが、「暦の上では春」である。しかし寒さは一段と厳しい。
ニュースを見ていると、今年もそのうち札幌雪祭りが始まる。一度でいいから行ってみたい。どんなものなのか見てみたい(たとえ、理想と現実は違うよと言われても)。
 横綱の朝青龍も引退するそうだ。
ほかにもいちにち、あんまりよいとはいえない、いろんなニュースで吹き荒れる。
 「春一番」なんて風も吹く前に。世間はいくらか荒れている。
 

2月1日(月)~3日(水)

 甲野善紀先生の集中講義が三日間かけて行われる。
今回わたしは「いろいろな役」のため、出かける。
 初日は甲野先生と共に、古武術を使った介護で知られる岡田慎一郎さんが来られた(お久しぶりです)。
前半に軽くウォーミングアップ。楽しみながらの介護の講座が始まる。
後半の少し前に呉服屋の若旦那さまこと守さんご登場。これだけでの部屋の密度が実に濃い~。その後、仕事に移動される岡田さん。数時間後に内田先生もご登場され、ますます密度が濃い~。
濃い~ので、おもしろくなる。

二日目も最初から参加。
受講生のうち数名は消えかかっている。出席も欠席も点数も自己申告なので、別に当方には利害も被害もないが、何のために登録したんだろ?と素朴な疑問を抱かないでもない。
甲野先生の言われるところの「人生の税金」は明らかに存在すると思うし、「自分で蒔いた種は必ず返ってくる」のである。
人数が減ったのをいいことにいろいろと環境やら場所が広く使えて便利。
 出来る動きばかりではないが、いろんな刺激ときっかけをいただく。
 夕刻は打ち上げ。
 
 三日目。
 通い稽古のようにしていると、だんだんとテンションがあがってくる。
 三日間、密に顔を合わせていると、この講義を登録して、この場所で出会っただけの知らない学生さんの姿かたちにも慣れてくる。講義は主に甲野先生の動きを見て、あるいは先生の質問をして始まるのであり、それをああでもない、こうでもないと一緒に身体を動かすのだから無理もない。ずっとその場に居付くことはないが、新しい事柄が始まると、ぞろぞろ移動して、それぞれに言葉を交わしたり、関わりあったり、教えあったり、一緒に取り組んでみたりする。知り合いになるかどうかはわからないが、知り合いであるとかないとかは、二の次である。

 三日間、楽しかった。
先生ありがとうございました。出会った方々ありがとうございました。
甲野先生の言葉はいつもおもしろく、何度目かにして理解できるようにもなってきた。しかし、まさにそれを「言動一致」させるのが難しい。言葉はわかるが、身体がわかっていないということである。ということをまた何度目かの実感を通して、感じるばかりである。
身体を開放的に使えるようになりたいなあ。
またぼちぼち、気負わず稽古しなければならないなあ。
 そんな風に思う三日間であった。


1月31日(日)

 日曜日はのんびり片付け。明日からの勇気と元気と英気を養う。


1月30日(土)

 週末の土曜日は、ッココココッ コケッコー。うまい!のである。


1月29日(金)

 早起きして天保山へ。
「井上雄彦 最後のマンガ展 大阪版 重版」@サントリーミュージアムを見るため、久しぶりの大阪港駅へと向かう。
この前サントリーミュージアムに来たのはいつだっただろうか。たしか数年前のディック・ブルーナ展のときだったと思われる。それ以来のことである。それとも、それ以前に来たかしら?来たような、来てないような、遠い記憶の彼方である。
ともあれ、天気のいい晴れ間を縫って出かけて見てきた、最後のマンガ展、大阪版。
でっかく、広く、大きかった。
 ぐおおおおおおおっと見ていくうちに、二時間ほどが過ぎた。
 また見たいなあ。

 帰りがけ、天保山に登る。どうもこれは、日本一低い山なのらしい。
 「日本一低い山」という意味がもうひとつよくわからず、うちに帰ってからウィキペディアで調べてみる。すると、「標高4.53m。国土地理院発行の地形図に山名と共に載っている山の中では日本一低く、山頂には二等三角点がある」とある。
今日はガイドに勧められるまま、記念に二等三角点を踏みしめてきた。
 しかし、こうすることで山頂が低くならないのだろうか。きっとほかにも、こういうことをする人がたくさんいるだろうから。など、踏んだあとに思ったわけでもある。


1月28日(木)

 小津安二郎を見たくなったところ、ちょうどいい機会がやってきた。
お天気がいまひとつよくない。今日はいちにちのんびりと、『秋日和』(1960)と『晩春』(1949)と『麦秋』(1951)を見る。
 いずれも初めて見たわけではないので、話はところどころ覚えている。だが、だいぶ忘れてしまっている。それでいて以前見たときより、まったく印象が違っている見える。端的に言えば、あれはこどもには意味がわからない映画である。大人にわかるというものでもないが。映画を見る側のわたしのほうが、明らかに何か変化しているということである。
 ところで、本日見たすべての映画に出てくる原節子は、たいそうきれいなので、好きな女優のひとりである。『晩春』で娘役を演じていたかと思えば、およそ十年後の『秋日和』では、母役を演じている。これも、いまさらながら驚きであった。立て続けに見てみると、さらにその思いが強くなる。しかも演じる役名が『晩春』も『麦秋』も「紀子」なので、たいそうややこしい(まったくの別人であるが)となれば、もうひとつの「紀子」は『東京物語』。これ以上見ると、きっとさらに頭が混乱するだろうから、これはまた時を改めて再見の予定。
原節子演じるところに必ずといっていいほど出てくるのが笠智衆。『晩春』では娘の原「紀子」節子の父親役を演じていたのに、『麦秋』では兄の役になっている。しかも全くキャラクターが違う!
いっぺんに見ると、ほんとに、さらにややこしい。
 そして、これほど見事な「スターシステム」もないと強く思う。


1月27日(水)

 しばらくぶりの審査を行う。だんだんと上手くなってこられたので、それがうれしい限りです。今後とも一緒に精進いたしましょう。


1月26日(火)

 晴れて打ち上げ。ありがと~ございました~。

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2010年2月 6日 14:47に投稿されたエントリーのページです。

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