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温泉の旅

11月4日(水)

 大きな問題があると小さな問題は、さして問題とも、気にもとめないものだということを実感した。大きな問題が出てくることで、それまで抱えていた小さな問題が消えたり、解決したりするわけではないが、一種の解決めいた効果はあるようだ。

 レヴィ=ストロースが亡くなった。偉大な人がまたひとりこの世から去ってゆく。ひとつの歴史が幕を閉じた。

11月3日(火・祝)

 久しぶりのまるっとオフ日。洗濯、掃除、家事、炊事、並べ替え、ゴミ出しなど積極的片づけをしているうち、だんだんと辺りが冷えてきた。寒いと言うよりも実感を込めて冷える。けれども、こたつを出すにはまだ早い。また明日から温かくなりそうな予感もあるからだ。
ということで、なかとって、すこしだけ暖房器具を出すことにする。ことしの二月ごろ、急にデロンギが送られてきたのを思い出し、押入れから引っ張り出す。出してみると、なんだか知らないけれど、正月明けのような気分になった。先日の温泉宿でもらった入浴剤を浴槽に混ぜてみると、正月明け気分が倍増する。

11月2日(月)

 稽古して、講義して、稽古して、帰宅。
 すべてが感覚も、立場も、内容も違うので、頭と身体をフル回転させなければならない。
最初の稽古はお能の稽古。この稽古をするときは、「学ぶ」ことを重点的に、自分自身のなかの動きや感覚や器官を総動員する。
次の講義は、「教える」ことが重点的になる。その段取りや時間の流れ、相手となる学生側の反応を見ながら、適宜こちらも対応していかなかなければならず、そのあたりの感触や変更が難しい。これは良くも悪くもといった意味だ。決まったことをただ闇雲にしておればそれでいいということではない。もちろん、決まったことをするのだが、決まったことを如何に教えるか、そして如何に積み重ねていくか、興味や関心を抱き続けられるようにするか、そこが難しい。
また次の稽古は、杖道の稽古。実際に頭と身体を使って「学ぶ」のは同じで、フル回転である。
これらすべでが終わったころには、自らは頭も身体もハイテンションになっている。

11月1日(日)

 朝カル対談「内田樹VS池谷裕二」を拝聴しに行く。
 既読の池谷本(『海馬』糸井重里共著、朝日出版社、2002、『進化しすぎた脳』朝日出版社、2004、『脳はなにかと言い訳をする』祥伝社、2006)を持参しようかと思ったが、すこし迷って、思いとどまる。あまりにミーハーもいけないし、サインをいただけるような時間があるとも限らない。未だ買っても、読んでもいない最新刊ならたぶん会場に売っているだろうと思い、天気も悪くなりそうなのもあって、なるべく荷物を少なくして家を出た。
 開始時間ぎりぎりに会場に着く。たまたま開いていた講師控室の扉の向こうに、内田先生の姿が見える。「こんにちは~」と挨拶すると、すかさず先生が、「いまなら池谷さんのサインがもらえるよ!」とおっしゃるのである。さあらば、慌てて受付手続きを済ませ、受付で最新刊を買い、控え室へと舞い戻る。我ながら、こういうときの動きはじつに迅速かつ巧妙である。
 買ったばかりの本と名刺を持って差し出すと、池谷さんから、とても丁寧なサインをいただけた。機会があれば、ほかの三冊にもサインをいただけますようにと小さく願う。
 サイン本を持って、ほくほくと会場に戻る。読み出すと止まらない話があるのがわかるので、対談中本のページを開いてしまいそうにならないよう、いつになく自らを律する。
しかしそんな制止は無用だった。開始時間になり、先生方が登壇されるや否や対談時間の90分はあっという間に過ぎてしまった。本なんて開いている暇はない。
え?もう終わり?というくらいあっという間だった。ブルンッッとエンジン音が聞こえたころに終わってしまった気がする。
これはほんとうに、シリーズ化すべきですねえ。

10月31日(土)

 月末ですね。『スルメを見てイカがわかるか!』(養老孟司、茂木健一郎、角川ONEテーマ21、2003)をいまごろ読了。お二人の先生方がまだ出会ったばかりの感じが出ていて、新鮮ですね。

10月30日(金)

 きれいな景色を見たあとは、身も心も安らかな気持ちになる。

10月27日(火)~29日(木)岐阜へ、長野へ、ひとっとび。

気づけば、そこは岐阜県だった。
理由のほどはよくわからぬが、人生流れに乗ることが必要なときがある。ふいに、ヒロスエ隊長から、山を見よう!温泉に行こう!と誘われて、首を縦に振ったのはいつのことか。一泊くらいなら、なんとか日も空けられようと思っているうち、気がつくと話は二泊になっていた。

朝一の電車に乗り、大阪から一路岐阜を目指す。これまで、新幹線に乗りながら岐阜県を通り過ぎたことはあるが、降り立ったことは一度もない。初岐阜である。
まずは手始めに郡上おどりで知られる郡上八幡へと向かう。清流と名水の城下町だそうだ。城というより寺町という印象を受ける。というのも、およそ2ブロックごとかと感じられるほど、寺が多いからだ。
訪れた郡上の町はみな、ほぼ同じ景観を維持するかのような建て方である。家屋は道路に面した部分はまっすぐであり、まったくでこぼこしていない。町名はそれぞれ工夫を凝らした看板や木の枠に記されている。そのひとつに「職人町」というのがあった。この文字がよくあるアルミのバケツにペンキで横書きされている。それも隷書のように書かれてある。バケツは、軒下から突き出された各家の針金に柄を引っ掛けられている。ぶらんと吊るされている。防災にも生かせるのだろうか。まことに粋な計らいであると思う。
 水が豊富なところだけに、染料や味噌の伝統もあるようだ。そのような多く店も並んでいた。

その後、飛騨の里へ。飛騨民族村に行く。ここは、岐阜県内にあった江戸時代の旧家屋が移築され、建ち並んでいるそうだ。建築の種類や建造物の保存状態の良さもあるのか、いずれも国指定重要文化財らしい。里の中は、早くも紅葉がきれいである。

 俄かに心配された天気も良好。
車窓の両脇から、これでもかというくらいたくさんの紅葉が舞い込んでくる。赤や黄色や緑と青と白が混成された、この時期だけの貴重な山のハーモニーだ。うっとり見とれているうち、ぱらりと小雨が降る。山も深くなるとだんだんと冷え込んでくる。アルプスという場所に近くなっていることが、肌をとおして実感される瞬間だ。

 どっぷりと日も暮れたころ、高山市のホテルに到着。新穂高温泉なので奥飛騨温泉のひとつとなるのだろう。
着くなり、温泉に浸かり、露天風呂に入り、一日の疲れを癒す。露天風呂に浸かりながら、『聖☆おにいさん』を思い出したが、なぜかは理由はよく知らぬ。
露天風呂からは少しだけ星が見えた。明日も天気がよさそうだ。ぼんやりしているうち、こんなに遠くまで連れて来てもらった(スケジュールをまるでよく知らないというのもある)。ありがたや~ありがたや~。
 夕食は山の幸に舌鼓を打つ。隊長と副隊長と隊員と共に静かに食事をいただく。夜は、話の流れで、隊長と歌合戦することになった。勝敗や如何に。ありがたや~ありがたや~。


朝六時に目覚める。昨日は到着が日没後だったので、外は真っ暗、部屋からは何も見えなかったのだが、一夜明けるとベランダから実にきれいな岳が見えた。日本ってこんなに大きな山があったのか!と単純に感動する。あの山は、双六岳か笹岳であろうか、いずれももう雪景色なのだ。北アルプスが目の前にあるこのあたりの気温は、軽く十度を下回っている。年中穏やかな関西とはえらい違いだ。そのような場所で呼吸法をした。
そのあとまた露天風呂。硫黄の香りにも鼻がだんだん慣れてきた。ここのお湯は風呂から上がる前に、かけ湯をしなくてもいいのが特徴だそうである。

静かに朝食をいただく。そのあとは、山頂は寒いだろうから、むくむくになるほど厚着して、いざロープウェイの駅へ!といっても、ホテルの真横。劇近である。
新穂高ロープウェイに乗り、新穂高温泉駅から第一ロープウェイで鍋平高原駅まで約4分の乗車。ほんの少し歩いて、しらかば平駅で第二ロープウェイに乗り換え、約七分乗車して、西穂高口駅で降りる。西穂高口駅には展望台がある。登山者以外は展望台から北アルプスを眺めるのがほとんどだ。この日は近年稀に見る晴天らしく、展望台からは辺り一面、まさに全方位的に、はっきりとした北アルプスが見える。これでもか!というくらい連なっている。双眼鏡やカメラを通さずともきれいな姿が見える。もう山づくしである。ああ、なんてきれいなのだ!

 美しい山々に酔いしれたあと、今度は乗鞍岳へと向かうが途中で断念。先日の台風で道が崩落したらしく、遠く乗鞍の姿こそ拝めるが、そこから前には進めなくなっていたからだ。そこで、急遽進行方向を変え、さらに車からタクシーに乗り換えて、上高地へと向かうことになった。
上高地は、現在では、付近は車両規制がしてあり、バスとタクシー、緊急車両のみ乗り入れ可能になっている。急な予定変更で上高地に行くことになったとき、そういえば昨年、下川先生が話されていたことを思い出した。
「日本人なら一度は、上高地に行かなければならない。上高地を知らんのは日本人ではない。必ず行きなさい」と言われていたのである。
偶然にも今回、上高地に訪れる機会を得たので、来訪記念に一枚ぱちりと写真を撮ってもらう。これで行ったことがお話できる。

実際、訪れた上高地は、雄大な山のかたちと川の静けさ、水の美しさ、そして山全体がみごとに調和が取れて、きれいなものを見ることの大切さを瞬時に教えてくれる場所だった。見とれてしまって、そのまま山に吸い込まれそうなくらいだった。初めて訪れて、初めて見た瞬間、これまで上高地に来る機会がなかったことを大いに残念に思った。これならもっと早く来ておくべきだった。

急なことだったので、長居する時間もあまりなく、最初の河童橋までしか行けなかったこともまた、いまでもとても残念だ。また別の年、この上高地だけを目的に訪れてみたい。いや、きっと来ることになるだろう。そう思って上高地をあとにする。

また車を乗り継ぎ、今度は長野県の宿を目指す。車窓から見える色とりどりの美しさは変わらない。どっぷり日も暮れたころ、チェックイン。気温の低さにも慣れてきた。
夕食は囲炉裏を真似た個室でいただく。山の幸はさらにおいしくなっている。おなじみの野沢菜は現地で食べるとおいしい気もする。
食後は、ゆっくりと温泉に入る。露天風呂からは星が見えた。ああ極楽極楽。先日までの疲れもどこへやら。あとは部屋に帰って眠る岳~


最終日は、朝から駒ケ岳ロープウェイに乗る。目指すは中央アルプス。山頂の千畳敷駅は2612メートルのところにあり、日本最高所駅とされる。ロープウェイに七分ほど乗ると、その駅に着く。
始点のしらび平駅から千畳敷駅まで、山のなかを潜るかのようにして、ロープウェイが動く。この日もまた天気がよく晴れ渡っている。山はもちろん、空がきれいすぎる。まさにパノラマで世界が、山が広がって見える。
千畳敷カールを歩くと、さらにその印象を強くなった。わたしは登山者の格好もしていないし、登山経験もそうそうないので、余り高くまで登れなかったが、底の分厚い靴を履いて、周遊コースを歩いてみたのである。
 展望台からは、焼岳や富士山を見えた。
思いっきりきれいな空気を吸うと、肺が浄化される気がする。

 午後は、今回のツアー最後のイベントであるりんご狩り。りんご狩りをするのも、生まれて初めての経験だ。りんごと一緒にぶどうもあったのでそれも狩る。しかしなぜ、紅葉のように食べなくても(食べられるけど)「狩り」、ぶどうやりんごのように食べられるものでも「狩り」と表現するのだろう。なぜか気になったので、帰宅後調べてみると、広義では「何か目的の物を捜し求めながら、大自然の雰囲気の中に身を置くことを指す」ようである。たしかに、言われてみれば潮干狩りもそうである。ああ、『紅葉狩』という謡曲もあるぜよ。

温泉に浸かり、山の珍味を頂き、美しい景色と自然、雄大な日本アルプスを眺め、夕日を拝み、朝日を眺め、生きていることを実感した盛りだくさんな旅であった。何より日本人であることが身に沁みる旅であった。そのようなものに巡り合わせてくださったことは、たいそうありがたいことだ。ほんとうに感謝しても、し足りないくらいだ(ありがとうございあます)。

日本アルプスはすごい。上高地もすごい。それらをいままで知らずにいたことは、なんとも恥じるべきことであり、ここに書くことは、その恥を公開するようで、さらに恥じるべきことだろう。だが、すべては自らの備忘のため、敢えてここに記すのである。

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2009年11月 8日 09:46に投稿されたエントリーのページです。

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