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勉強の春

5月1日(木)

 五月になった。変わったことと言えば、部屋の様子が少しとカレンダーである。
 自慢ではないが、ひとり頭に対するカレンダーが多い家なので、月初めというのは、何ともかんともカレンダーめくりから朝が始まるのである。
 カレンダーが新しくなり、新しい予定をまっさらな用紙に書き込む。
 今月もイベント目白押しだ。それに、先々の予定もだんだんと決まってきている。
 日々の予定が確定したなら、後は簡単だ。それに身体をうまく預けていけばいい。しかし、この日々の予定というものが、四月から始まったばかりで、まだすこしうまくなじめない。だんだんと身体にしみこませていこう。
連休が近づいてくるせいか、こころが踊る。ことしに限っては、「連休は休むことができない」ということがわかっていても、それでもこころが躍る。なぜか、愉快で、楽しいのである。


4月30日(水)

 月末である。だからといって何かが変わるわけではない。
思えば四月は、慌しい新学期と嬉しはずかしの時期を、走ろうと意識しないまでも、走り回っている。そんな時期である。
 さくらが咲き、それが満開を迎え、気づけば、いつの間にやら木々は、蒼く生い茂っている。新しい若葉の誕生だ。またすがすがしいこの時期がやってきたんだと、感慨深くなるこの頃である。


4月29日(火・祝)

 そろそろと連休が始まっている。
 連休だからこそ休むのではなく、思いっきり稽古する。ということで、本日は居合のお稽古に出る。ときどき内田先生にご指導いただけるので、この機会を楽しみに参加している。お休みのせいもあってか、本日は大勢参加者がいた。そのため、剣を相手にぶつけないか、ぶつけられないかちょっとこわごわの形であった。
 今日自身のなかで改めて心に残ったのは、「刀を自分でコントロールするのではなくて、(自分自身で刀を動かすのではなくて)、自分自身の身体を刀の行きたい方向にあわせる」ということばである。刀はもちろん、何にでも、どんな分野にでも言えることではないかと思う。とくにぎくしゃくして、ものごとがうまくいってないときなんて、ほんとにそうだと思う。

4月28日(月)

 終日勉学に励む。夕刻前には大学に出る。その後は稽古。ああ充実。

4月27日(日)

 終日勉学に励む。明日もまた。その予定。

4月26日(土)

 そろそろ準備しなくっちゃ、ねえー。
 夕食には、朝のうちに準備しておいた筍ご飯を食す。こっちの準備は、簡単なんだけれどもね。

4月25日(金)

 昨日の雨が嘘のように晴れ渡る。
連休が近づいてくる。少しずつ心が楽しくなってくる。なんでかな。

4月24日(木)

 うちの道場にも来ているヒロスエさんが、『きょうの猫村さん』(ほしよりこ作、マガジンハウス、現在三巻まで発売中)をまた貸ししてくれたので、一気に読む。「いま、お忙しいのはわかってますが、そういうときだからこそ読んでください」とのコメントつき。
このマンガは、毎日ウェブサイトで発信されるコマを集め、単行本化されたものの走りらしい。一日ひとコマ、翌日またひとコマ、その翌日にまたひとコマという具合に、毎日、コマがサイトにアップされ、それが集められたものが現在まで三巻発売されているのだとか。こういうのもまた列記としたマンガなのよね。

まったく先入観もなく、ページを開くと、これがおもしろいのなんの。決してげらげら笑い転げる類の話ではないのだが、このおもしろさは、なんというのか、読んだあとなって、じーんと来るものがある(だから、あとになったいま、おもしろさが渦巻いている)。ことばに出すよりも、身体に、あとからほんのり沁みて来る感じなのである。
話の内容が想像つかない程度に紹介すれば、主人公の名前は猫村さん。本名は「猫村ねこ」である。この「ねこちゃん」が、とある事情で家政婦になる。家政婦事務所の雇い主村田の奥さんによれば、「使える」猫なので、みんなに重宝され、かわいがられる。猫だけに猫舌だったりするのだが、それでも掃除がうまかったりもする。マッサージもうまいし、わりに家事炊事が何でもできるので、家政婦仲間ともうまくなじんでいく。
そんなねこちゃんの派遣先は「犬神家」。この家族にも、持ち前の好奇心旺盛さで、何かと首を突っ込んでしまうねこちゃん。「犬神家」は、これまたひと癖もふた癖もあるひとばかりの集まりで、主人や奥さん、息子や娘とその友人、姑などなど、あらゆる問題を巻き起こすキャラが炸裂している。家政婦事務所の雇い主村田の奥さんも含め、なかなか味のわい深い人物ばかりが登場し、今後の展開が実に楽しみな作品である。

それにしても不思議な絵が乱立しているマンガだ。
でも、すごくよく描けているところが時々あるので、さらに不思議倍増である。

4月23日(水)

 道場の日。今日は審査日でもあった。
 「審査」はよくある筆記「試験」とは違って、予想問題などが流布するようなタイプのものではない。たしかに、ある程度の達成目標はあるが、多くがこれまでやったことを、まさにどれくらい「身についているのか」を見るためのものである。というわけで、括弧とした問題集があるわけではない。だから、昨日今日になって、予想問題(はないので、先輩を捕まえて、頼み込んでみるなど)を急に取り組んでも仕方がないのである。
仕方がないというよりも、難しいのである。いや、難しいというよりは、実際問題、無理なのである。そういう類の「試験前の一夜漬け」みたいなものができない部類の話なのだ。そういう世界のことなのだ。

 別に完璧を求めているのではない。
要は、普段稽古にどのくらい来ているのか、どのくらい身体を動かせているのかを見るためのものなので、いわゆるひとつの確認作業ともいえるかもしれない。
そりゃあ、いざ受けるとなれば、受ける方は、もちろん緊張もするし、怖くもなることもあるだろう。でも、誰も見ていないし、誰も完璧を望んでいない。望むべきは、その場で、つまり審査の行われている場で、いかに振舞うか、いかなる対応をするべきかではなかろうか。その様子や態度こそ、技を立派にこなすよりもむしろ大切になるときがあるのではないかと思う。礼法や居住まいのあり方というのは、急にその場でやろうとしてもできることではなく、普段の姿が、ぱっといっぺんに出てしまうように思える。その意味では、普段が大事であるとも言い換えることができるだろう。
 そんなことを考えながら審査するうち、わたしは審査をさせてもらえることに、ひどく感謝するようになった。


4月22日(火)

 何とも言えぬ火曜日である。というのも昼前に大学に行って、ほんの少し学内を歩いただけで、何かの花粉にやられたのか、一気に鼻がぐずぐずしてきたからだ。ぐずぐずしてきたのがすぐに治まれば、ちょっとしたアクシデントで済むのだけれど、今日はまったくそういかなかった。
 こんなとき、小学校五年生のある日突然の悪夢が蘇る。
 自慢ではないが(自慢にもならないが)、わたしは小学校五年生のある日、突然に鼻炎に襲われた。もしかしたら、一度ここにも書いたことがある話かもしれない。最初は風邪だと思っていた。そのわりには、大して熱が出ない。ボーっとする割には、身体が意外に動ける。仕方がないので、かかりつけの病院に行くことにした。かかりつけの医者によれば、それはアレルギー性鼻炎と診断され、その年以降、毎年のように四月下旬辺りから六月下旬のうちのいくらかの日々を、くしゃみと鼻水と鼻づまりで過ごすことになる。
繰り返すようだが、決して風邪ではないので、たいした熱は出ない。だが、今にして思えば、その症状は、風邪をほぼ同じだった。目の前がぼんやりして、くらくらして、ろくにものを考えることが出来ないからだ。さらに言えば、間の悪いことに、中学高校時代は、その時期がちょうど中間試験の期間と重なるものだから(まさにどんぴしゃであった)、鉛筆を持つよりも、消しゴムを使うよりも、何よりも先に、柔らかいハンカチを手にしながら、答案に向かっていた。そんな覚えしかない。もう、ほとんど生きた心地がしなかった。あれでよく、問題を解こうという姿勢に至ったものだと、これまた今にして思えば、悲しい時間であった。
 さて、その初めて鼻炎らしきことにかかった年には、それまで数十年、鼻炎に悩まされ続けていたらしい母の症状が、ぴたっと治まった。不思議な事実である。それまでとは打って変わって、おそろしいほどに健康になり、いまでは「鼻炎?そんなもの、あったっけ?るるる~」という感じの本人である。
 さらに不思議は続くもので、「一度鼻炎なり、花粉症になったら、もう一生治らない」などと各地で脅されたわりには、わたしは大学に入る頃には、それもぴたっとそれも治まった。いったいぜんたいなんだったんだろう、あれは、というくらいに。だから、今日みたいな日が突然やって来ると、ときどき、鼻炎であったことを忘れないように、あるいは、忘れさせないように、どこかで身体が操作されているのだろうかと思う。あの、あるとき、突然にやって来る鼻のずるずると、くしゃみと、鼻声と、ぼんやり感は、気持ち悪いし、身体はだるくなるし、何もできなくなるし、くしゃみはやかましいしで、どこにも何のメリットもないのにね。

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2008年5月 3日 10:49に投稿されたエントリーのページです。

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