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年末年始のあれこれ

1月10日(木)

 大学稽古始め。
 参加者は、まばらである。もう少し、久しぶりの畳の感触をたのしみたい。そう思う。

友人知人が貸してくださった書籍が山積みだ。
興味もあるし、読みたいしで、片っ端から読んでいるが、いま家中が散乱しているので、あれを読んではこれを読みといった具合に、つなぎつなぎになっている。本に足でも生えているのだろうか?


1月9日(水)

 道場の新年稽古始め。
まずは、訛った身体をゆっくりと起こすところから始めなければならない。
ゆっくり、たっぷりと充分な体操、充分な呼吸などを行う。
急に動いたところで、あまり効果的なことが起こるとも限らない。それでなくとも、年末年始といった、ある種特殊な時間のなかを過ごしてきたのだ。日常のなかに戻ることが、簡単そうで難しいのである。まずはその場にいることに感謝しよう。

段階的ではあるが、少しずつ技もむずかしめのものへと変化している。
ひとつ目的を定めると、技の張りも稽古の張りも、出てくるというものだ。


稽古のあとは鏡開き。
会員の方の素晴らしい協力で、非常にスムーズに白玉入りぜんざいができあがった。おかげさまでわたしは、あれこれ見ながら、動きながら、笑っているだけで済んだ(やや脚色)。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 こんなふうにおいしいのは何よりである。
 ことしも一年、無病息災健康第一身体安全。稽古がうまくいきますように。


1月8日(火)

 そして始まった講義。
 忘れていやしないだろうかと思ったが、そんなことはなく。
空いた時間は、計測可能な時間にしてみれば、三週間やそこらのことだ。それが年末年始といった変わり目を挟むというだけで、随分昨日が遠くなるのである。一昨日なんてなおさらで、さらにその前は遠い遠い過去なのである。
 学生さんの顔は覚えている。各人の動きも覚えている。癖も少々記憶している。しかしひとつだけ覚えられないことがある。というよりもむしろ、その時間が終わると、彼女たちに関する情報が、一気に記憶の彼方に吹っ飛んでいくのだ。

1月7日(月)

 仕事始め。新年事始。
 正月ボケはないが、すこし身体がなまっているように感じられる。当人比なので何とも披露の仕様がないが、体重ばかりは増えていないとはいうものの、どことなくキレが悪い。
それはまるで油をさしていないチェーンのようであり、しばらく使っていない歯車のようでもある。
動かない機械でも油を点せば動くように、ほんの少しずつでも何度か身体を動かすと、身体はその「少しずつ」に応答するかのように、何かを思い出すことがある。
毎日の繰り返しのなかで、それとは意識しない動きができるようになることが肝要であると思う。
1月6日(日)

 快晴。絶好の洗濯もの日和。
溜まった洗濯をしながら、ふと、どんなときであれ日常は続いているのだと改めて思う。
それがハレの日でも、ケの日でも、日常があるからこそ、特別な日が特別な日として存在するのは、これまでの乏しい経験からしてもたしかなことだ。
「洗濯する」という行為は、そのどちらのときであっても立派に成立する。言うなれば、日常と非日常を分け隔てすることのない差別意識のない行為である。いまさらながら、なんと中立的な事柄だろうか。と、いまさらながら実感するところである。

さて、問題は「洗濯する」という行為そのものではなく、日常を如何に維持するのかである。如何に継続させるのかである。
そして、たとえば、わたしにとって目的とする「何か」があるとして、その「何か」を日常のなんでもないことにすること、あるいはさらに突き詰めて、「何か」が「何か」という感覚で意識にのぼらない状態になること、継続していくうちに、「何か」が日常のなかで何とも感じないくらいの出来事であるように身体に沁みこんでいくこと、そのような身体を作っていくことが肝要なのである。
年頭にあたって、このような思いを抱いた。
おもては、実に穏やかな晴れ間が広がっている。
空を見上げながら思う新年の抱負は、これで決まりである。

1月5日(土)

 昼バスで帰阪。予測された交通渋滞もなく、素直に家路につく。

1月4日(金)

 備忘録的年始。
・ 4日は、はたやんと行く東京初詣ツアーで始まる。
・ まずは近くの六所神社。何度もお世話になっている近辺の神様なので、篤くお礼申し上げる。
・ 東西線に乗って、門前仲町、成田山東京別院深川不動堂へ。
・ ここでは子年生まれの江戸っ子気風漂うおばあちゃんに会う。おみくじをひく。
・ 少し歩いて隣の富岡八幡宮を参拝。おみくじをひく。
・ 境内にある歴代大関と横綱の名碑を熟読。弁天さまも拝む。
・ 浅蜊の蒸釜飯を食す。駅弁で食べるのとはまるで違う。行った先は、粋な江戸っ子情緒溢れる「門前茶屋」というお店。
・ さらに東西線に乗って、飯田橋の東京大神宮を参拝。
・ 「東京のお伊勢さま」で知られるここは、昨今では縁結びでも知られているらしい。ええことである。もちろんおみくじも忘れない。
・ その後、電車に乗り継ぎ、はたはた亭近くのご友人宅へのお届けものに同行。
・ 夜までには、はたはた亭に戻る。
・ お手製の大根さらさら豚肉鍋を囲む。
・ ビールをたらふく飲むが、一向に酔わないのは話したいことがたくさんあったからだろうか。
・ 本日お参りし、訪ねた場所はすべて心地よかったし、風が気持ちよかった。
・ 何よりひとびととの出会いがよかった。そこに流れ、漂う風やその場所がとてもすがすがしかった。
・ わたしは幸せ者である。
・ ああ、よい正月である。


1月3日(木)

 恒例多田先生のお宅へお年始のご挨拶。
内田先生にもご挨拶。
気錬会のみなさまにもご挨拶。
ご挨拶できることもさることながら、ことしもまた、ここに来られる幸せをいちばんに感じる。そこにいられるご縁とつながるご縁。わたしは随分幸せ者である。
その場にいられる悦びと、何か安心と、安堵感と。ほっとして。
ことしも健康で、いい年でありますように。


1月2日(水)

 正月二日目なので、睨み鯛も食べていいらしい。


1月1日(火)元旦

新年あけましておめでとうございます
旧年中は、さまざまお世話になりました ありがとうございます
2008年は、またさらに前に進む所存です。
健康に留意し、ご縁に感謝し、生きていることを悦び、心身のバランスを崩さず、身体をうまく感じられるように生きてまいります。
 本年もどうぞ変わらぬご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

と書いたあとから、実家なのをいいことに、食っちゃ寝してみる。テレビを見る。これ食っちゃね~のあとにまたテレビ。こんな正月も久しぶり。


12月31日(月)大晦日
 
大晦日は何かと心が慌しい。
ここに来て日本人を意識するものなんだが、冷たい風が身体に当たるとき、その風さえもが2007年最後の温度を運んでくる気がする。何をするでもなく暇を見つけては、地上波テレビを気に入って見ている。

 午後には近くのまた別の親戚宅を訪問。
紅白歌合戦をザッピング。
あの茂木健一郎さんが審査員を務めている。
陣内智則やら藤原紀香も審査員になっている。
「麻布大学野鳥の会」による得点集計の姿は見られず、いつの間にやらコンピュータ集計になっている。時代は変わったものだ。
再結成した米米CLUBが、これまでの流行った歌を引っさげて出ている。
和田アキ子、石川さゆり、森進一、五木ひろしらが出てきて、それぞれ阿久悠作詞の歌を歌っている。
司会者(SMAP中居正広と笑福亭鶴瓶)が、ふたりとも男性というのも50年ぶりくらいのことだそうで。時代は変わったものだ。
除夜の鐘の音を聞きながら、田作りを作りながら、気がつけば時計が12時を超えている。そんなふうに迎える新年。


12月30日(日)

昨晩は親戚顔合わせ会に出席した。一番遅れてくると思われていたわたしが、最初に店に着いた。近い人のほうが遅れるのはどこでもある話らしい。やれやれ。

そのまま実家で年末の時間を過ごす。
 知らぬ間にテレビが新しいものに変わっていたので、軽くザッピング。
普段はテレビをほとんど見ないのだが、地上波デジタルの美しさには見とれてしまう。
それに思ったよりも結構いい番組もやっているのだ。ふと気になって、これまで使っていたのはどうしたのかと尋ねると、それまでなかった部屋に備えているらしい。合計、実家にはいまテレビが4台。現在の家族構成人数からして、均等に割り当てると、どう考えてもひとり一台あるいはそれ以上である。
いったい誰が使うのだろう?ま、ひとつはモニター仕様のようだが。

午後から父方の祖父母宅へ。年始には時間がないので年末の挨拶。数年ぶりの訪問。
祖母は会うなり「来年は満91歳になる」とはっきりした口調で言う。それを聞かされた孫は、祖母が知らぬ間に90歳を超えていたことのほうに驚く。ひえ~。こうなったら100歳まで生きていただきたい。

帰りには、急遽、大石神社をお参り。
この神社は、門までの両脇には、討ち入りした四十七士の石造が並んでいる。
「大願成就」の神とのようなので、思いっきり強く願いごとをしてくる。
境内全体がどことなくひっそりしている。なぜかと思えば、どこもかしこも明後日からの迎春準備で忙しいのであった。
そのままさらに赤穂御崎へと行く。
海が運んでくる風が頬に冷たい。
羽織っていたコートのフードをかぶる。ライオンみたいだ。びゅーん。

 相変わらずテレビをつけてみると、「レコード大賞」が放送されている。
大晦日の恒例番組かと思っていたら、いつのまにか30日に放送されていた。時代は変わったものだ。
コブクロの「蕾」が何度も聴こえてくると思ったら、大賞だった。
個人的には、ことしの大賞が誰であるのかよりも、過去のレコ大の歴史を振り返るVTRを見るほうが断然好きである。そのために、この番組を見ているようなところもある。


12月29日(土)

日付が変わってしばらくして、「おめでとう!」の声をかけた。
同行者は誕生日であったのである。よいいちねんになるといいね。

朝食後、のんびりとコーヒーをすすりながら、その日の大まかな予定を決める。
 清水寺(北法相宗)と地主神社(清水寺の鎮守社)に参拝は最初から決定していたので、まずはそこから。
寺と神社が隣接しているのでちょうどいい。
清水寺では、胎内めぐりもした。
なかに入るまで、出入口付近には誰もいなかったのに、われわれが入るとなると、辺りが急に賑わってきた。入ると中は真っ暗。光がまったく差し込まない(ジェームス・タレルの部屋を思い出す)。
あまりの暗さのせいか、たまたま先を歩く見知らぬ他人がぎゃあぎゃあ騒いでくれるので、こちらがその場に行き着くまで、先々何があるのかわかってしまって随分厄介である。もう少し五感を働かせてくれたまえ。梵字のところでは、思いっきり願う。

 京都界隈と歩く。あまり歩いたことがないので、その風景さえも喜ばしい。
高山寺に行こうかということにもなったが、先に見えてきた霊山護国神社へ。
坂本龍馬と中岡慎太郎の墓をお参りする。
桂小五郎と幾松さんの墓もあったので、手を合わせる。
ほかにも天誅組、長州藩、水戸藩、土佐藩などを出自とする人たちの御霊が祀られている。さらりと拝む。詳しいことは、隣の霊山歴史館にあるのだろうが、年末のため休館。残念。

バスを乗り継ぎ、こんどは東寺へ。弘法大師ゆかりの寺院である(真言宗)。
 わずかな京都土産を手にして電車に乗る。それぞれの帰路につく。


12月28日(金)

 備忘録的年末。
・ かーるく掃除と洗濯。
・ 普段よりもすこし背伸びした程度の、大まかな煤払いも行う。
・ 荷物をまとめて宅急便を送る。
・ 午後、待ち合わせ場所に向かう。
・ 京都年末小旅行。同行はいつものトラベルM氏。
・ まずは雨の京都歩き、ねぎづくしの夕食を頂く(かなり美味なり)。
・ わりに衝撃の告白を受ける。驚き、笑って、礼を述べる。
・ 食後は、その筋では有名な喫茶店でお茶とケーキを頂く。おいしい。
・ 宿泊先の宿は結構快適。


12月27日(木)

 内田先生のご自宅の煤払い。
 キヨエ&マサコの「お掃除のプロ隊」、掃除隊長のマドレンジャーゑびす屋さん、謎のケーキ職人(!?)ヒロスエさんと共に、昼過ぎに先生宅を訪問。
 掃除部の訪問を歓迎するかのように、外はとんでもないほどの快晴。
 まずは職人ケーキをみなで食して、エネルギーを蓄えてから、掃除開始。
所要時間およそ4時間半。各部屋、各部分がとてもきれいになった。なんだか掃除したこちらまですっきり。
掃除のあとは、話が弾んで、内田先生から映画についての考察をいただきながら、全員でほっこりワインを頂く。先生の解説を横で聴きながら、映画を見ると、これまたおもしろさが増す。すげげえええ~。なんだか得した気分。めぐりめぐって、こんな風な場所にいられるなんて、かなりいいことあるぞー。来年も。
さらに話が弾んで、お肉までご馳走になる。
内田先生ごちそうさまでした!ありがとうございました!

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2008年1月11日 20:13に投稿されたエントリーのページです。

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