10月20日(土)
昼からは稽古。ソッコーで家に戻り、シャワーを浴びて、着替えて電車に飛び乗る。
夕刻から、小林秀雄賞受賞を記念した内田先生を囲む会。
神戸の神仙閣で開催されたパーティは、イベント・ホリノ社長の見事な仕切りのなかで、内田先生を囲む暖かな方々の思いと喜びと幸せと笑顔で包まれていた。
発起人として参列させていただき、参加させていただけたことを、とても幸せに思った。
内田先生が師匠である幸運に、そして、そこからいただいたさまざまな方とのご縁に、改めて深く深く感謝した。
ああ、生きていてよかったと思う。
唐突な言い方だけれど、人間でよかったとまで、そう思えたくらいだった。
10月19日(金)
むかし10月19日生まれの友人は、自己紹介で必ず、「トイックです」と述べ、聞く者の心を瞬時に掴んだ。その反応の向けさせ方を、なかなかいいもんだと思い、憧れる者も少なからずいたものだ。しかし一度使うと、同じ人の前では、二度三度と使えるものではないはずだろう。皮肉ったことを思う人物もまた同時に存在したのは事実である。二度目三度目はどうするのだろうと気になりながら、遂にその事実を知ることなく、卒業のときを迎え、互いの道を歩んだのは、ひとりやふたりではないだろう。
10月18日(木)
紡ぎ出す作業を今日もまた繰り返す。
10月17日(水)
道場に行く。
今日はふいに、精密な動きを心がけようと思う。
精密な動きというのは、「精密」というだけあって、どこか一点に、その動きがぴたりとはまって、決まっている状態を言うのだろうという仮説を立てる。
ぴたりとはまって、決まっている状態がどこかにある。必ずあるので、そこを探す、という具合に進めていく。しかし、探していては見つからず、探すのをやめては、見つかるはずもない。では、探すのではなく、見つけに行くのではなく、ごりごり関わるのではないのだとすれば、どうやって精密な動きに近づくのだろうか。
そこで、元に戻る。
動きの精密さを発するのは身体である。その身体の精密さこそが、根本的な動きを創造し、起こさせるのだとすれば、それこそがもっとも重要で、必要なところとなるだろう。
身体の精密な使い方の一環として、杖を振ってみる。
すぐさま身体の自由さと不自由さを感じる。身体の自由度は限りなく、身体の不自由度も限りない。どちらもあって、どちらもないのだ。それはまるで、わたしのなかの宇宙のようでもある。
10月16日(火)
火曜日は少し機嫌のいいときと、少し機嫌の悪いときがあるなあと、我ながら思う。